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水利権とダム(9)
−水質−

長 谷 部  俊 治
みずほ総合研究所 理事
 
9 水利用のあとは…

(1)排水の影響調整

ア 河川水の「フレッシュ度」

 河川水は一旦利用された後、また河川に還流し、再び利用される。その程度を把握する指標が「フレッシュ度」である。
 これは、国土交通省河川局が試算しているもので、

  フレッシュ度=(1−既使用水量/河川流量)×100

と定義されている。ここで、既使用水量は、算出地点の上流に排出される生活排水、下水処理場等の排水、工場排水及び畜産排水の量である。農業用水に由来する排水は算入されていない(河川に対する付加の程度が現段階では不明だからとされている)。また、河川流量は低水流量(年間を通じて275日を下回らない程度の流量)である。

 このフレッシュ度は排水量の割合を示すが、排水の相当量は河川から取水した水であろうから、河川水の反復利用の程度を反映している。数値が小さいほど反復利用の程度が大きいと考えてよいであろう。

 その結果を見ると(平成17年5月現在)、たとえば利根川の利根大堰(利根川上流ダム群で開発された水を水道水として荒川に導水するために取水する地点)では84・9%であるが、利根川下流の小見川地点で67・8%となっている。また、多摩川の羽村取水堰(東京都水道大規模貯水池の取水地点)では99・4%であったのが、調布取水堰(休止中の玉川浄水場の取水地点)では27・0%に低下する。下流ほど反復利用の程度が増す様子がわかる。多量の排水が流入する多摩川では、下流部の河川水の7割強が既使用水なのである。


 この試算では、農業用水の取り扱いが明確ではないほか、フレッシュ度と水質との関係についても未解明である。また、排水量には雨水も含まれているからそのすべてが既使用水とは言い難いし、反復利用の程度を知るには、取水後の使用の実態や流域外からの導水なども考慮しなければならないであろう。

 しかし、フレッシュ度が、水利用と排水との不可分な関係を強く印象付けてくれることは間違いない。水利用の秩序を維持するには、排水を無視することはできないのである。

イ 水利使用と排水

 水利用に対する排水の影響で最も重要なのは、水質への影響である。
 汚濁水の排水によって水質が悪化し、水利用が妨げられることなどがあり得る。実際にも、河川の水質が悪化したため、昭和45年(1970)に東京都水道玉川浄水場(多摩川から取水、フレッシュ度27.0%の地点)が、同53年(1978)には堺市水道浅香山浄水場(大和川から取水)が、それぞれ休止を迫られ、そのまま現在に至っている。(休止であって廃止ではない。また、玉川浄水場は、現在、工業用水道に対して給水している。)

 では、水利権制度はこのような排水の影響についてどのように対応しているのだろうか。
 大きく二つの方法で排水の影響を調整する役割を担っていると考えられる。

 一つは、河川維持流量を下回るような取水を認めないという水利使用許可の原則である。これにより、排水を希釈するに足る河川流量を確保して水質を保全する役割を果たしている。だが、河川維持流量は、排水を希釈する機能を一般的に確保する役割を果たすに留まり、取水に対する排水の影響を直接に調整するような役割は期待できない。

 もう一つは、水利使用の条件として、当該水利使用に伴う排水に関して、その水質の測定や水質基準の確保などを求めることである。排水を直接に監視することにより水質の保全を図ることが期待できる。だが、これについては、水利使用者が同時に河川への排水を行う者である場合にしか適用できない。また、水利使用許可に付する条件は、「適正な河川の管理を確保するため必要な最小限度のものに限り、かつ、許可又は承認を受けた者に対し、不当な義務を課することとなるものであつてはならない」(河川法第90条第2項)とされ、通常の河川への排水者に課せられる義務との均衡を保たなければならない。従って結局のところ、非常に限られた水利使用者に対して、後に述べる水質汚濁防止法による規制と同程度の義務を課するに留まらざるを得ないのである。そのような事情があるためか、水質測定等の条件を付した事例もそんなに多くは無い。

 つまり、水利権制度の運用によって排水の影響を調整することには限界があるということである。これは当然であり、水利権によって維持される水利用秩序は流水の占用行為に着目したものであって、影響関係の調整に当たって排水行為に直接関与するようなしくみとはなっていないからである。

 なお、水利使用を許可するは河川管理者だから、河川管理者は許可した水利使用の目的を達成できるよう水質を保全しなければならないのではないかという考え方があろう。だがこの考え方には無理がある。渇水時に取水ができなくなったときに河川管理者にそれを可能にするよう請求することができないように、排水による汚染を防ぐよう請求することも、特段の事情がない限りできないと考えられる。水質の変化は、水利権に内在する制約なのである。

 ただ、取水口の上流で大量の汚染水が排出されて被害が生じる恐れがあるような場合には、直接にその排出を止めるよう求めるだけでなく、河川管理者に対しても必要な措置を講じるように要求することはできるであろう。だが、河川管理者が講じることのできる措置は限られている。

ウ 河川法による排水規制

 では、河川管理者は河川への排水についてどのような規制ができるのだろうか。
まず重要なのは、河川の利用についての基本的な原則は、「自由使用」であることである。公共の利益を損なうとか、他の利用者等に迷惑を及ぼすとかの恐れがない限り、河川は自由に使用することができる。たとえば、水遊びや河川敷の散歩、消火活動などのための一時的な水利用はいずれも自由である。そして同様に、河川への排水もまた自由使用と考えられている。

 だが、排水によって河川が汚染されることを未然に防ぐことも必要である。河川は、「洪水、高潮等による災害の発生が防止され、河川が適正に利用され、流水の正常な機能が維持され、及び河川環境の整備と保全がされるよう」(河川法第1条)に管理しなければならないから、排水によって水利使用が困難となることを防ぐことも管理の目的となるはずである。
 そのための調整の手段として、河川法には二つの方法が用意されている。

@ 排水の届出

 河川法には、「河川の流水の方向、清潔、流量、幅員又は深浅等について、河川管理上支障を及ぼすおそれのある行為については、政令で、これを禁止し、若しくは制限し、又は河川管理者の許可を受けさせることができる。」(同法第29条第1項)という規定がある。そしてこれを受けて、一定量(原則としては一日につき50立方メートルであるが、河川の流量、利用状況等により河川管理者がこれと異なる量を指定したときは当該量)以上の汚水を河川に排出しようとする者に対して、排出の場所、期間、排出量、汚水の水質や処理の方法などをあらかじめ河川管理者に届ける義務を課している(河川法施行令第16条の5第1項)。もっとも、水質汚濁防止法など他の法令による届出等が必要なときには、当該届出等をすればよいとされている(河川管理者は、他の法令によって届出等を受けた者から通報を受けて排水行為を把握する)。だから、直接に河川管理者に届出される例はそんなに多くはないであろうが、河川管理者は一定規模以上の排水行為を把握することができる。

 さて、排水行為を把握した河川管理者は、水利使用に対する影響についてどのような対応ができるのだろうか。二つの場合があろう。

 まず、届出の排水位置が取水口の直上流であるなど、水利使用に支障が生じる恐れがある場合である。この場合には、河川管理者は水利権者に通報し、水利権に伴う水利使用を妨害する行為を差し止めるなどの権能(妨害排除請求権)を活かして悪影響を未然に防止することができるであろう。だが、これはあくまでも当事者の直接交渉を促すだけで、対応としては民事(私的関係)に委ねることになる。

 さらに踏み込んで、河川管理者は、水利使用への支障の恐れがあるとして、排水を届け出た者に対して排水位置の変更や排水の水質改善を勧告するなどの措置はできるであろうか。事実として要請することはともかく、河川法には、そのような勧告の規定がない。そして、警察的な取り締まりのためには明文の規定を必要とするというのが通説である。次に述べるような緊急の場合を除いては、排水を規制することは難しいのである。(なお、河川管理者の公害防止責任については、注1を参照。)

 もう一つの場合は、異常渇水等によって河川の汚濁が著しく進行し、河川の管理に重大な支障を及ぼす恐れがあるようなときである。このときには、河川管理者は、「その支障を除去するために必要な限度において、河川に汚水を排出する者に対し、排出する汚水の量を減ずること、汚水の排出を一時停止することその他必要な措置をとるべきことを求めることができる」とされている(河川法施行令第16条の6第2項)。緊急時には、河川管理者は、排水者に対して行政上必要な措置をとることができる権限が与えられているのであり、これによって水利使用者が被る損害を防止、軽減することができる。

 このように、河川への排水行為によって水利使用が被る影響の調整は、原則的には水利権者と排出者との私的な関係調整に委ね、渇水時など緊急の場合についてのみ河川管理者が必要な措置を求めるなどによって調整するというしくみとなっているのである。

 だが、排水の量や水質を直接に規制することできず、また、河川に直接排水せず用水路などを介して排出される排水については、河川管理者の規制は及ばない。河川法による排水の届出義務によって水利使用への影響を調整することには限界があるのである。

 ただ、河川汚染などの異常事態が生じたときに、河川管理者が事実上必要な措置をとって、水利使用に支障が生じないよう調整する機能を果たしていることを見逃してはならない。そしてその基礎となるのは、河川巡視や水質測定など、日常の事実としての管理業務である。水利使用を安全に、安定的に持続するためには、権限の有無とは別に、河川管理者が河川を物理的に監視することが重要なのである。

A 排水のための施設の設置許可

 河川管理者が排水の影響を調整するもう一つの方法は、排水のための施設の設置についてその是非を判断することである。河川に工作物を設置する場合には河川管理者の許可を要する(河川法第26条第1項)。許可に当たっては、主として工作物の設置による治水への影響が吟味されるが、河川の適正利用、流水の正常な機能の維持、河川環境の保全などの視点で検討することも必要であろう。従って、取水口の直上流に排水施設を設置するようなことは、治水上は支障がなくても、河川の適正な利用を妨げる恐れがあるとして不許可にすることができよう。あるいは、許可の条件として水質の測定や排水の水質確保を義務づけることも可能かもしれない。排水の届出に較べて、より直接的に調整することが可能なのである。

 ただ、その設置の是非や、設置の際に講ずべき措置を判断することは簡単ではない。そもそも、排水による水利使用への影響を評価することは容易なことではない。また、許可の是非を判断するのは工作物の設置についてであるから、排水行為そのものに対して判断し、必要な措置を命じ、排水を監督することなどは、事実上はともかく行政権限としては限界があろう。さらには、許可を要するのは河川区域内に設置する場合だけだから、排水の届出と同様、河川に直接排水せず用水路などを介して排出される排水については河川管理者の規制が及ばない。
 ここでも、排水の量や水質を直接に規制できないという壁に直面するのである。

 このように河川管理に限界があるのは、水質を保全するためのしくみが別にあり、河川管理者の行政権限は、そのしくみと重複しない範囲でしか認められていないからである。

 従って、水利使用に対する排水の影響を調整するしくみを考えるには、水質保全のしくみを理解することが必要となる。

(2)水質を保全するしくみ

ア 水質保全行政

 水質保全のためのしくみは、大きく三つの手法によって構成されている。

@ 環境基準

 まず、水質の汚濁に係る環境基準が定められている。これは、「人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準」(環境基本法第16条第1項)であり、その決定に当たっては、公害を防止する必要に応えるだけでなく、水利使用に配慮することとされている。

 たとえば、河川(湖沼を除く)を対象とした生活環境の保全に関する環境基準は、水域を6つの類型に区分して基準を定めているが、水道の利用に適応することが一つの目安となっている。例として水道2級の水域の基準を見れば、沈殿ろ過等による通常の浄水操作を行うことにより水道に利用できる水質を確保するために必要な基準値が、水素イオン濃度(pH)、生物化学的酸素要求量(BOD)、浮遊物質量(SS)、溶存酸素量(DO)、大腸菌群数に関して定められているのである。あるいは、農業用利水点については、水域の類型に関係なく、水素イオン濃度や溶存酸素量について特別の基準が定められている。

 このように環境基準は、水利使用に適応できるような水質の目標を明示するのであるが、政府はこの基準を確保する努力義務を負うのである(責任を負うわけではないが…)。特に重要なのは、確保すべき水質が社会的に広く合意されていることであり、水利使用に対する排水の影響を判断する際にも、この基準が目安となるのである。

 ただ、この基準が真に確保すべき水質を表しているかどうかについては疑問もある。水質は総合的なものであるから、動植物の生育可能性など生態的な視点からの把握が必要である。現在の環境基準の考え方は、公害が問題となった時代の産物であり、生態系の保全に応えるための考え方が十分に反映されているとは言い難いのである。また、内分泌攪乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)による影響など環境システムの精妙さを考えると、物質濃度に着目した基準の限界も思い知らされる。

A 排水規制

 次に、公共的な水域への排水が規制されている。特に水質汚濁防止法は、一定の事業場から公共用水域に排出される水に対して一律に排水基準を適用して、排水基準に適合しない排出水の排出を禁止している(同法第12条第1項)。この基準は排出水の許容濃度で決められているが、瀬戸内海や琵琶湖など閉鎖的な水域については、排出できる物質の総量を削減する目標を定めて排出量そのものを規制するしくみも取り入れられている。そしてこの総量規制は、工業用水の循環利用を促すなど、水の有効利用にも寄与したところである。

 また、「工場又は事業場における事業活動に伴う有害物質の汚水又は廃液に含まれた状態での排出又は地下への浸透により、人の生命又は身体を害したときは、当該排出又は地下への浸透に係る事業者は、これによつて生じた損害を賠償する責めに任ずる」として無過失責任を規定すること(同法第19条第1項)、排出水の汚染状態の測定を義務化すること(同法第14条第1項)など、排水についてのルールも定めている。

 重要なのは、排水が規制される公共的な水域は、河川や港湾など法令で管理者が定められた水域に限定されていないことである。公共用水域とされるのは、「河川、湖沼、港湾、沿岸海域その他公共の用に供される水域及びこれに接続する公共溝渠、かんがい用水路その他公共の用に供される水路(ただし終末処理場を有する下水道を除く)」である。水路は切れ目なくつながっているから、規制を実効あらしめるためにはこのように考えなければならない。水質の確保のためには、河川に着目するだけでは不十分で、もっと広範な水循環全体を視野に入れなければならないのである。

 ただ、排水規制に関しては大きな課題が残されている。
 第一に、生活排水の取り扱いが十分ではない。水質汚濁防止法では、「調理くず、廃食用油等の処理、洗剤の使用等を適正に行うよう心がける」(同法第14条の5)などの規定があるが、その実効を確保するのは難しい。実際に実効があるのは、下水道の整備によってその汚濁負荷を軽減する取り組みであるが、その際に経済的な負担を伴うしくみが十分に働いているかどうかなど、考えなければならない課題が残されている。

 また、農業用水については、畜産施設排水などを除いて規制の対象とされていない。もっとも、農業用水の大部分は水田灌漑に利用されているから、排水規制よりは農薬を使用するルールのほうが重要であり、また実効性も高いであろう。しかし、現在の農薬規制は、健康被害を防止することに主眼を置いていて、その使用に関しても作物・土壌残留を規制するに留まっている。食品の安全に対する関心は高いが、農薬使用と水質汚濁との関係については明確になっていないようである。

 第二に、監視が行き届かない。取り締まりという警察的な規制の限界が現れているのであるが、CSR(企業の社会的責任)への取り組みなど、企業活動を環境負荷の視点で評価する動きと連携することが必要であろう。

 第三に、これが最も重要であるが、水循環自体の健全性を確保することについて考慮されていない。汚染物質排出濃度を規制することによる実効の如何は、排出先の水域の水量(水量によって希釈できる程度が違う)や水質(環境基準が未達成ならより強い規制が必要であろう)によって異なるし、その切実さも水域の水の利用形態に左右されるであろう。切れ目なく続く水循環の質を保全するには、排水規制は、水利用の実態と緊密に結びつかなければならないのである。

B 水の浄化事業

 水質を向上させるために、各種の事業が実施されている。その中心は下水道事業である。終末処理によって生活排水による汚濁負荷は大きく軽減される。そのほか、汚泥の浚渫、流入小河川の礫間浄化、河川浄化のための導水など、様々な事業が実施されている。そのための技術も向上し、下水道と浄化槽の役割分担の明確化など、事業を総合的に実施する体制も整備されつつある。

 これらの事業の最大の課題は、事業費の負担であろう。公害対策を支える基本原則は、排出の規制、環境アセスメント、原因者負担の三つであるが、水を浄化するための事業費について原因者が負担するしくみがあれば、排水を排出するルールのあり方がより切実なものとして意識されるようになるはずだ。因果関係の立証など取り組むべき課題は多いが、税による事業費負担には限度がある。排出者の責任を明確にするような負担ルールを工夫するべきであると考える。

イ 水源を守る

 ところで、水質は水道などの水源についてはより切実な問題である。水道水についてはその水質の基準が定められており(水道法第4条第1項)、浄水場で必要な浄水を施すだけでなく、水道原水の水質を保全するため、下水道、屎尿・雑排水処理などの事業(水道原水水質保全事業)を計画的に実施するための制度も制定されている。

 だが、水源自体を保全することを忘れてはならない。水利用のための水源水質を確保するために取り組まれている主要な手法は、すでに述べたように、取水に影響のある排水等を把握して排水行為を監視し調整を図ること、排水規制や下水道の整備などにより水質の環境基準を達成すること、の二つである。だが、それに加えて、水利権者自身による水源を保全するための努力を怠ってはならないのである。 

 さて、水源を保全するうえで有効なのは、土地利用と調整を図ることである。水源地付近にごみ処分場の立地が予定される事例(たとえば水俣市(!)の例)など、緊急の対応が必要となる場合も見受けられる。

 実際、そのための対応として、東京都は、水道の水源林として2万ヘクタールを超える土地を保有、管理している。あるいは、ダム湖周辺の土地を「ダム周辺の山林保全措置に対する費用負担制度」(地方公共団体等がダムの周辺山林の取得及び管理を行う場合に、付け替え道路整備費の範囲内で事業者がその費用を負担するという制度)によって公共的に管理するしくみも用意されている。また、水源の涵養のために保安林等を指定して、立木の伐採などを制限することもできるようになっている。

 だが、土地取得については買収交渉や土地管理のしくみを整えることが必要となる。また、保安林等の指定については私権制限との関係が問題となるし、特定施設に対する行政による立地規制は、政治問題化する恐れも大きい。

 実は、水源地を保全するために必要なのは、開発行為ができないよう一定の土地利用を抑制すること、そして不法投棄などを監視、防止するように土地を管理することである。所有権まで取得することは必要ではない一方で、無償で土地利用を特別に制限することには限界がある。また、水源地は過疎地であることが多く、土地を実効的に支配するしくみが必須でもある。

 そこで、たとえば、地役権を設定して開発行為を規制し、その受益を確実ならしめるために土地所有者等に管理を委託するようなしくみが考えられる。このようなしくみは、特別の法令がなくても、水利権者が費用を負担すればたちどころに実現できるし、実効性も確保できるはずだ。あるいは最近、過疎地域の山林荒廃が激しくなっているが、このしくみはそのための対策にも資するから、費用の一部を政府が負担することも考えられるかも知れない。

 水源地の保全に対して現実的に取り組むためには、利水者による受益者負担と国土を保全する政府の必要とを結びつけることが鍵となるのではないか。地域を指定して政府が行為を規制するようなしくみよりは、水利用など私的な関係を具体的に調整するルールを形成していくことのほうがより実効性が大きいと考える。

 しかし、水源を守ることの重要性に対する社会的な関心は薄い。水道は、農業利水のように水利権者と水利用者が一体とはなっていないから、安全な水利用を確保するには相応の努力が必要であるという実感を、社会的に共有することが難しいのかもしれない。あるいは、日本の水環境が豊かであるため、「水はタダ」という認識が強いからでもあろう。日本の水道水源は河川水への依存が大きいが、そのことも技術的な要因によるだけではなく、社会文化的な事情が反映しているのである。(注2参照。)

 良質な水源を求めるという意識は、地下水を含めた水循環への関心を高めるであろう。そして、排水を規制するだけでなく、水環境を水源の土地利用を含めて包括的に保全するようなニーズに結びつくであろう。水源の保全は、国土保全の主要テーマとなり得る課題なのである。

(3)水質から水環境へ

 従来、水質は化学的な分析によって捉えられてきた。だが、水質が問題となるのは、利水の安全性や漁業被害の防止だけではない。水辺や水面は生活環境としても大事であるし、生態系の舞台でもある。その健全性を評価するには、化学分析によって得られる水質指標のみでは不十分なのである。

 冒頭紹介したフレッシュ度も、河川の特性を質的に捉えようとする試みの一環であろう。あるいは、水生生物の生息を把握する努力も同様の発想に基づいている。いまや、「水質」ではなく「水環境」を捉え、評価し、その健全性を保つ取り組みが必要となっているのである。

 河川を水環境として捉えるには、流量、水質、流速、水位、河川生物などについてその相互関係を明確にしなければならないし、その健全性を保つには、水利用だけでなく、排水の秩序を維持することもより重要となるはずだ。現在、水質汚濁の防止からさらに一歩進めて、健全な水環境の実現を目指した取り組みが始まっている。たとえば、「河川水辺の国勢調査」による水生生物等の実態把握や、河川環境を把握するための「河川水質管理の指標」の検討(いずれも国土交通省河川局)などである。今後を期待したい。

(注1)公害が多発したころ、河川管理者の公害防止責任をめぐるいくつかの判例が生まれている。たとえば、農業用古ビニールの流出による漁業被害に関して河川管理の瑕疵が問われた事例では、判決で「河川の総合的管理として、漁場に多量の廃棄物が流入することのないように適切な措置をとることが義務づけられている」という判断を下している。(高知地判昭和49年5月23日判決、判時742号30頁。その解説は、たとえば、宇賀克也「高知古ビニール事件」(「別冊ジュリスト:環境判例百選」所収)が参考となる。この事件は、一審後和解となった。)逆に、工場排水によるヘドロ汚染をめぐる訴訟の判決では、「公物の機能を毀損するような侵害行為に対する措置は本来実定法において具体的に規定されるべきことであり、実定法に規定のない以上はむしろ消極的に解すべき」という趣旨を判示している。(静岡地判昭和49年5月30日判決、行裁例集25巻5号470頁。この事件は最高裁まで争われたが、その解説は、たとえば、山田洋「田子の浦ヘドロ事件」(「別冊ジュリスト:環境判例百選」所収)が参考になる。ただし同解説では、管理瑕疵の問題については言及していない。)(これらの判例の所在は、三本木健治「判例水法の形成とその理念」(山海堂, 1999年)により教示を受けた。同書は、水をめぐる判例を包括的に研究した成果として一読に値する。水利権を考えるうえでも非常に参考となる記述がある。記して感謝する。)

 このように、河川管理の権限をどこまで認め、どの範囲まで責任を求めることができるかについては、いまだ確定的ではない。まして、排水によって水利用に支障が生じる恐れのある場合に、河川管理権によってそれを排除することができるか、その責任を負っているかなどについて明確な考え方は確立していないが、消極的な意見が多いようである。しかし、むしろ大事なのは、権限如何にかかわらず、問題が生じる恐れがあるときには看過せずに、必要な連絡や助言を怠らないことである。強制権がなくても、事実として注意を喚起することは、問題の発生を防ぐうえ非常に有効な手段なのである。
なお、公害紛争の大部分が漁業被害をめぐるものであることは注目に値する。水と生活とがもっとも密着しているのが漁業だからであろうが、水質の保全など水環境を維持・向上するには、水と身近に慣れ親しむことが重要であることを示唆している。都市の小水路を蓋覆・地下化することの是非を考えるときに見逃してはならない視点であろう。

(注2)日本の水道水源の7割強は河川水である。そのほかの水源としては、深井戸が約13%、浅井戸が約7%等となっている。従って、水道水質の確保に当たっては、高次の浄水技術に依存するところが大きいのである。

 一方、ヨーロッパでは水源の選択が重視されている。しかも、地下水や湧水の選択を優先する傾向にある。たとえば、古代ローマの水道は11本あるが、そのうち8本は湧水が水源であり、河川表流水が2本、湖水が1本である。地表水は敬遠されて、湧水、地下水の順に優先されている。どんなに距離が遠くとも良質水源を求めて直接自然流下で導水することが原則であり、しかも水源が異なる水道の混合配水は厳禁されていたという。また、現在のフランスやドイツでも、水道水源として湧水と深層被圧地下水が第1選択とされている。そして、その背景には、浄水に当たってできる限り薬品を使用しないことを優先し、どんなに長距離でも良質な水源を求めるという考え方があるという。(鯖田豊之著「水道の思想−都市と水の文化誌−」(中公新書、1996年)による。なお同書は、ここでの論述に非常に有益であった。記して感謝する。)

 この違いには、地形や気候の差が強く反映しているであろうが、文化的な考え方の違いとして捉えることもできる。鯖田氏は、日本の手法には、どんなに薬品を多用しても短時間で浄化しようとする技術的な背景があり、それによって水源が画一化したのであろうと示唆されている。

 日本では、水道水への需要が急増してその対応に迫られたからでもあるが、手近なところに水源を求め、水質は技術的な手段により確保するという考え方が優越したのである。良質な水源を求めて、それを保全するという取り組みが乏しかったのはそれゆえである。だからこそ、水源林を保有する利水者は東京都水道など非常に限られるような結果となった。あるいは、地下水の利用について、地盤対策のための汲み上げ規制にとどまり、その保全のしくみの整備は放置されているのである。

 もっとも、古代ローマやヨーロッパの水道思想が正しいかどうかについては、吟味が必要である。水道水質の違いも無視できない。(ただし、ヨーロッパの水道水は煮沸しなければ飲めないというのは極論に過ぎる。少なくとも私は、パリやロンドンで水道蛇口の水を直接に飲んだが問題はなかった。水道水が汚染されているわけではなく硬度の違いでしかない。)

 いずれにせよ、水道水源をどのように選択するかは、水文化の問題としても興味深いテーマである。そしてこのような文化的な背景は、水循環を考えるときにも忘れてはならない。水循環は、自然と人間が相互に影響しあって営まれている現象なのである。
これは、「月刊ダム日本」に掲載されたものの転載です。


(2006年9月作成)

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