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水利権とダム(8)
−水経済−

長 谷 部  俊 治
みずほ総合研究所 理事
 
8 経済から見た水利用秩序

(1)水利権の価格?

(水利権の取引)

 水利用には費用負担が伴う。ペットボトルの水だけでなく、水道水も灌漑用水も一般的には有償である。だが、水利権は水利用の基礎となる財産であるというのに、その価格が問題となることはほとんど無い。その理由は二つある。

 第一は、水利権の取引が強く制限されていて、価格形成の機会がないことである。
 水利権の譲渡に当たっては、その目的が変わらないこと、水利使用のための工作物などを一体的に譲渡することに伴う場合であることなど、水利使用が継続されることが必須の要件とされている。たとえば事業の縮小などに伴う余剰水利権を他の用途に転用するための譲渡は、水利使用の継続ではないから要件を満たさない。そもそも水利権による水の使用量は、その目的を満たすに足る量に限られるとされており、不要な水を利用することまで許可されているわけではないから、遊休化した水利権は失われ、それに充てられていた水は自然の姿に戻るのが原則とされている。従って、水利権が移転するのは水利事業の事業譲渡などに伴う場合に限られる。(その法的な考え方は、注1を参照)

 また、譲渡の際にも、譲渡される水利権の価値は利水施設の譲渡価額と一体化していることが多い。例外は、電力事業で、その会計原則において水利権は無形財産とされて価額が確定している。しかしその価額は、一般的に水利権を得るために要した投下資本額であって、取引価額ではないのである。

 第二は、水利権の取得に当たって経済的な競争が行われず、また、その保有のための費用負担が極めて小さいことである。
 新規利水が競合する場合は、経済的な競争ではなく関係者の政治的、社会的な調整に委ねられる。水利権の配分において価格メカニズムが発揮されることがないということであるが、これは、利水事業はコストにかかわらず水需要量を満たすべく運営される傾向にあり、しかも水の供給可能量が地域の生活や経済活動を左右するという公共的な利害を伴うからである。

 また、水利権を保有することに伴う費用負担は、ダムの管理費などの負担を伴う場合でも、利水による便益に比べて非常に小さい。のみならず、その負担は、取水量の如何に左右されない。水利権を有効に活用しようとする経済的なインセンティブが乏しいから、一旦水利権を取得すれば、その財産性への関心は無きに等しいものとなる。

 この例外は、またしても電力事業である。水力発電は、火力発電や原子力発電と競争しなければならない。従って、事業採算性を厳しく問われるから、水利権の取得に要する費用は事業の可否を左右する。また、計上した水利権価額は減価償却の対象となるし、事業戦略により水力発電所が譲渡されることもあり得よう。ただ、現在の電力事業は地域独占体制を色濃く残しているから、既存の水利権を譲渡・整理するようなインセンティブは働いていないと思われる。

(水利権も経済財)

 このように水利権は経済財としての性格が薄く、取引されることはほとんどない。だが、水利権も立派な経済財である。
 まず、その価格は収益を還元して得ることができる。毎年の効用と費用の差を割り引いて耐用年数分累積すればよい。毎年の収益と割引率が一定で、耐用年数が無限であれば、土地の収益還元価格と同様に、

  P=C/r (P:水利権価格 C:収益 r:割引率)

である。

 また、水は必需品だからその需要量は価格に左右されない(価格弾性値がゼロ)、従って市場メカニズムが働く余地が無いから水利権の取引市場は成立しないという主張も誤解である。現に、工業用水の需要量は1961年から75年までの間に4・5倍になったが、その間に回収使用率が25%から67%への急増し、新規の淡水補給量は約2倍に留まった。これは、工場の排水規制が強化されて排水に伴う費用負担が急激に大きくなったため、排水量を削減すべく水の回収利用が強力に推進されたためである。水価格が負担を明確に意識できるほどに増加すれば、水使用量も減少するであろう。

 さらには、水利使用はそれに伴って他の水利使用などに大きな影響を及ぼす(外部経済性が大きい)から、水利権を私的取引に委ねることは弊害が大きいという考えがある。あるいは、水道水の供給義務にみられるように水利用を確保することは公共的な責任であるからその供給を市場に委ねるべきではない、従ってその基礎となる水利権もまた市場取引にはなじまないという意見もある。いずれも一理ある考え方であるが、外部経済性の負担を明確にするしくみや事業への公共的な関与を工夫すれば、市場機能を補完することができる。私的取引を完全に否定する理論的な根拠はないと言わざるを得ない。

 ただし、水の価格弾性値は通常の財よりは小さいかもしれない。また、必需財の配分を経済的な取引に委ねることによって社会的な不公平を招く恐れも大きい。その意味で、水の経済的な取引が現実になじまないという考え方は理解できる。現実的な妥当性に照らして、政策的な判断として水利権の取引を認めないという取り扱いがただちに誤りというわけではない。

 実際にも、自然流量の範囲で水需要を満たすことができる限り、水利用の秩序を維持する際に市場メカニズムを活用する必要性は小さかった。水利権による秩序維持の基本は、「当該水利使用に係る権原の発生前にその権原が生じた他の水利使用に支障を生じないようにしなければならない」というルールであるが、これによって利水者相互の利害を調整することができたのである。

 水利権は市場経済の発達以前に生まれ、主として社会的な慣習によってその姿が定まってきた。そしてそれを引き継いだ河川法による水利使用許可制度も、特許という行政処分によって水利用の秩序を維持するに留まり、経済メカニズムを活用することはなかった。逆に、水利権の取引を厳しく制限して、その経済財としての性質を顕在化させることなく秩序を維持する法体制が築かれたのである。そしてそのような法体制は、経済的な取引が活発化したのちもよく機能してきたと言ってよい。

 水利権の取引によってその経済的な価値を最大化するような考え方が検討されるような状況は生じず、その現実妥当性も吟味されることはなかったのである。

(2)希少資源としての水

(経済合理性の要請)

 ところで、水需要が増大して水供給のために水資源開発が必須となってくると、水利用のために巨額の投資が伴うことなどから、水は希少資源の性格を帯びる。それとともに、水利用のルールに関して経済な合理性を求める要求が高まってくる。

 経済的な視点で水利用を捉えると、大きく二つの問題がある。
一つは、水を合理的に利用するインセンティブが働いているかどうかである。希少資源の浪費を防ぐようなルールが必要となるのだが、水利権制度がそのような機能を担うことができるかどうかが問われる。

 もう一つは、水資源が適正に配分されているかどうかである。水利権制度のもとでは、ほぼ必要性が発生した順番に希少資源を配分し、その後は配分を見直すことはない。そのようなしくみによる配分は、果たして経済的に最適な状態を実現したと言えるのだろうか。社会経済環境が変れば再配分が必要となるが、それに対応できるのだろうか。あるいは、時間的に後になるほど水資源開発費の負担が増大するような水利権のしくみのもとで、大きな経済的負担を伴う資源の配分を円滑に調整する機能を発揮できるのだろうか。限られた資源を適切に配分できるかどうかが問われるのである。

 このとき見逃してはならないのは、経済財は取引を通じてその効用を最大化できるということである。そして、先ほど述べたように水利権は経済財なのである。取引のためには、価格を形成するしくみ、取引ルール、取引の場などが必要となるが、それを用意すれば、水利権の取引によって、水利用の合理化や水資源の適正な配分を促進することが可能となるはずである。

 たとえば、余剰水利権を有償で譲渡できれば、水利用を合理化するインセンティブが働くであろうし、水利権の収益還元価格が明確に意識されて市場に晒されるならば、取引によってその価値を高めることもできるであろう。

 もちろん市場メカニズムは万能ではなく、社会的に最適な状態を作り出すことができるとは言い難い。だが、経済的な効率性を高めるためのしくみとしては、これに勝るものは見当たらないのである。

(取り組みの現状) 

 さて、しかしながら、これらの問題に対する現実の取り組みは、水利権のしくみに大きく立ち入ることはなく、また、市場メカニズムを十分に活用する方向で検討されることもなかった。

 まず、水の合理的な利用に関しては、三つの政策がある。節水の推奨、水の再利用の促進、用水の転用である。

 このうち用水の転用は水利権と密接に関係する政策であるが、農業用水の転用を紹介した際(「水利権とダム(3)」)に述べたとおり、水利権のしくみを前提として進められ、水利権を取引するようなかたちは否定された。また、節水も節水コマの配布など、水利用者の自助努力を促すことが主流であった。

 一方、水の再利用は、主として排水量の規制によって促進された。排水に伴う負担が増加したことも水の再利用を促したが、これは市場メカニズムが働いた結果と見てもよい。だが、市場メカニズムを積極的に活用した政策というよりは、環境保全政策の強化に伴う副次的な効果と考えられる。

 その中で、唯一、水供給事業の価格政策が注目される。たとえば水道料金は、水供給に必要な費用に等しい収入を確保するという原則(総括原価主義)のもと、受益者が受けるサービスの程度に応じて原価を分担して負担するしくみ(個別原価主義、具体的には口径別料金体系がこれに当たる)を組み合わせ、料金は、一定水量までは定額で、それを超える水量については使用水量に応じて(従量料金)徴収することが一般的である。その際、一部の事業者は、従量料金の単価を使用水量の増加とともに高額にするしくみ(逓増型料金)を導入し、水の使用量を抑制するインセンティブを付与している。市場メカニズムを活用して節水を推奨する事例と考えてよいであろう。

 この逓増型料金の導入の背景には、水道供給量を増やすために必要な水資源開発費の負担が相当程度増大し、それを料金に転嫁する際に、料金体系の合理性が問われたという事情があった。負担がある水準を超えると、価格による需給調整機能を活用することの合理性が顕在化することを示唆していると考えられる。

 もう一つの水資源の適正配分に向けた政策には、2本の柱がある。特定多目的ダム制度と水資源開発計画である。前者は、ダム建設を総合的に進めるしくみを整備することによって、後者は、水資源開発事業を水系ごとに策定する水需給計画に組み入れることにより、それぞれ利水者間の水配分を調整する役割を果たすのである。

 これらのしくみによる資源配分は二段階にわたって行われる。第一段階は、利水者の確定であり、その際には主として社会的な必要性によって調整が進む。その際に市場メカニズムが働く余地はほとんど無いと言ってよい。次に第二段階として、利水者間で水資源開発費の負担が調整される。この場合には、負担の経済合理性が問われるし、投資額の妥当性など経済的な検討も必要となる。

 だが、実際には、費用負担のあり方は、第一段階の利水者の確定にも大きな影響を及ぼすはずだ。だから、費用負担のルールは、資源配分の機能を担う可能性を秘めていると考えても誤りではない。では、そのルール、つまり多目的ダムのコストアロケーションルールは、水資源の最適配分を実現するようなものなのであろうか。

(3)多目的ダムのコストアロケーション

(分離費用身替わり妥当支出法)

 多目的ダムの建設費の負担を決めるルールは、原則として分離費用身替わり妥当支出法が採用されている。(その歴史的な経緯は興味深い。注2参照)

 その考え方の概要は、次のとおりである。(詳細は、たとえば特定多目的ダム法施行令第2条、第4条から第6条に規定されている。正確を期すなら直接に条文を参照して欲しい。ただし条文は非常に読みにくいことを覚悟されたい。)

@まず、ある用途が参加することによって増加する費用(分離費用)は当該用途が負担する。
A分離費用の合計額を超える建設費(残余共同事業費)は、各用途の身替わり建設費または妥当投資額のうち少ない金額から分離費用及び専用施設費を控除した額の比率により各用途が按分して負担する。
B身替わり建設費は、各用途が多目的ダムと同様の効用を有する施設等を独自に設置するときに要する費用とする。
C妥当投資額は、各用途の多目的ダムから得ることのできる効用とする。(つまり、Cn/(1+r)nをダムの耐用年数分累計した額。ただし、Cnはn年目の効用(年便益と年経費の差)、rは割引率である。また、rは用途によって異なる値が用いられている。)

 たとえば建設費を100としてこのルールを例示すると、次の表のようになる。


 多目的ダムのような共同事業における費用負担の考え方は、大きく二つある。一つは、得られる効用に応じて負担する方法(応益負担)、もう一つは、負担する能力に応じて負担する方法(応能負担)である。そして実際にはこの両者の考え方を勘案するのが一般的である。

 多目的ダムのコストアロケーションにこれを適用すれば、応益負担であれば妥当投資額で、応能負担であれば身替わり建設費で、それぞれ按分して負担することになろうが、この両方をどのように勘案するかが課題となる。だが、多目的ダムの建設の場合には、さらに、事業者によって事業に参加する緊急性や優先度に違いがあり、その要素をいかに加味するかも考えなければならない。特に、治水、発電、農業用水、都市用水という各用途は、それぞれ事業の性格が異なるし、また、各用途はいずれも独占的な事業であって市場競争のもとに無いため、効用や負担能力を共通の基準で判断することが難しい。

 このような事情のもと、事業への参加の有無によって全体の事業費が大きく左右されることに着目して、分離費用の負担を優先するルールが考案された。その際に、各種の事例が検討され、経験的な知恵が活かされたことは言うまでもない。分離費用身替わり妥当支出法は、理論と経験の混合物として案出されたルールなのである。 

 実際にルールがどのように機能しているかは、上表の例において各種費用の用途間の負担割合を算出して比較するとわかりやすい(下表)。負担のバランスが偏らないように調整されていることがわかろう。


(資源配分機能)

 では、このダムのコストアロケーションルールは資源の最適配分を実現するのだろうか。厳密には、実例をもとに経済的な分析によって実証しなければならないが、ダムサイトを有限な資源として捉えれば、その有効利用を促す役割を果たしたことは間違いない。ダムサイトは、治水、発電、農業用水、都市用水など性格を異にする用途が共同で利用する必要がある。その場合の費用負担ルールが合理的であれば、ダムサイトは有効に活用されるであろう。そして、特定多目的ダムや水資源機構の特定施設など大規模な多目的ダム建設の費用負担に関しては、事業費の高騰や事業開始後の縮小・撤退が問題となることはあっても、その負担ルールをめぐって紛争となった例は無いのではないか。

 一方、水資源の配分という視点で考えれば、経済的な最適性を実現するようなしくみであるかどうかは疑問である。二つの問題がある。

 第一の問題は、コストアロケーションに当たっては、電力事業を除いて、事業への参加や水資源の開発量が所与とされていることである。水力発電については火力や原子力による発電コストとの比較がなされて参加の妥当性や発電量が調節されるが、その他の用途に関しては、コストに応じて取水量を調整するような余地は想定されていないのである。その証拠に、都市用水の妥当投資額は原水単価×水量で算出されるが、その額は代替施設の建設費と等しいとされる。原水単価に応じて水量が変化するようなメカニズムは期待されていない。

 もっとも、このようなメカニズムが働くためには水価格が市場取引により決定されるような環境が必要で、そのような環境が整っていない以上、コストアロケーションルールが水資源を経済的に最有効配分する機能を発揮することを期待するのにはそもそも無理がある。多目的ダムに参加する利水者の確定において、経済的な合理性を確保するしくみが必要なのである。

 第二の問題は、ダムのコストアロケーションは建設段階に限ったルールであることである。社会経済の変化の中で水資源の配分を再調整することが必要となるはずだが、ダムのコストアロケーションルールはその必要に対応できない。水資源の再配分に当たっては、ダムを利用する権利を移転するしくみが必要となるが、そもそも水利用は、流水の貯留・放流と取水とが一体となってはじめて実現する。従ってダム完成後のその利用関係の調整は、水利権の移転の問題として考えなければならないのだが、現在その用意はなされていない。

 もっとも、コストアロケーションルールは、ダム建設の費用負担調整のために考案されたのであって、完成後の運用は別途の問題であるという意見もあろう。だが、施設の建設とその有効利用とは不可分の関係にあるのだから、ダム運用の変更を視野に入れたルールを欠いていることは、水資源の最適配分を実現するうえで課題を残したままであるといわざるを得ないのである。

 その観点から注目に値するのは、事業開始後に、共同事業者が事業を縮小したり、事業から撤退したりする場合のコストアロケーションの再調整ルールである。そのルールが現実に必要となったのは最近のことであるが、その具体的なルールは、たとえば特定多目的ダム法施行令第1条の2に規定されている。この場合には、すでに投入した事業費の負担や不要となる工事費の取り扱いなど煩瑣な調整に対応しなければならず、事業縮小や撤退のケースに応じて複雑なルールとならざるを得ない。ここではその解説は避けるが、その煩瑣さをみれば、ダムコストアロケーションのルールは十分な需要を想定して定められており、後に需要が縮小することは考えられていなかったことがわかるであろう。

 では、事業完成後にダムの利用方法を再調整するときにも、このような考え方、つまり建設費の負担ルールを基礎として調整する手法は有効に機能するであろうか。この場合には、事業の縮小・撤退の場合に必要となる煩瑣な調整が必要となるのみならず、ダム建設費の負担額をそのまま貯留水利権の価値とみなせるかどうか、取水の水利権とどのように一体性を確保するか(貯留・補給パターンの変更を伴うこともあろう)など、多くの問題に直面せざるを得ないはずである。市場メカニズムを活用することなく対応することが現実的であるかどうかを含めて、今後の検討課題となると考える。

 思うに、従来は水需要が増大する一方であると想定されていたため、資源の開発に力が注がれ、資源配分の最適性などに対して関して十分に議論する機会が少なかった。だから、価格による需給調整機能などを活用する考え方は影を潜めていたということであろう。

(4)市場機能活用の可能性

 そもそも、水利権は固定的な既得権ではなく、経済社会の要請の中で変化せざるを得ない。水利用の秩序として水資源の最適な配分を実現することが重要となるなか、その必要に応えるために市場メカニズムを活用することを排除する必要は無いと考える。

 では、現実に妥当性のある市場機能の活用にはどのような方法があるのだろうか。当然、水道料金体系の工夫など、利水事業の経営において価格政策を導入することは検討にあたいするであろう。だが、さらに踏み込んだ政策も視野にいれてよいのではないか。たとえば、次のような方向が考えられる。

ア ダムの利水容量のプール化

 同一水系に複数の利水ダム(多目的ダムの利水容量も含む)がある場合には、一つの基準点で一定流量を確保するようにその運用を統合することが考えられる。実際、利根川などでの運用実態はこれに近い。このとき、それらのダム容量はプールされ、全体として貯留・補給を行うのであるから、利水者とダムとの一対一の対応関係は無きに等しいものとなろう。少なくとも水利用のかたちを同じくする都市用水については、貯留・補給のための費用を取水量に応じて平等に負担してもおかしくない。

 このようなしくみが実現すれば、都市用水間の水利権の移転は円滑に進むであろう。これをさらに一歩進めれば、都市用水の水利権を全体で一つのものと捉え、その取水位置や取水形態を事業の展開に応じて柔軟に変えていくことが可能となる。つまり、都市用水に関する水利権の市場が成立して、水利用の合理化などのための投資コストを水利権の取引で回収するなど、水資源の有効利用を促す経済的な基盤が用意されるのである。

 もちろん、具体的にプール化するに当たっては、現存する水利権を一体化するという困難な課題があり、その際には、先行的な投資による既得権(たとえば負担が相対的に小さいことなど)やダム建設に当たって負担した水源地整備費の取り扱い等々、種々の問題に直面するであろう。だが、それらの課題は、経済的な取引によって対処可能ではなかろうか。

イ 水利権の譲渡ルールの柔軟な運用

 水利権の譲渡によって水の合理的な利用を促進するため、用途を異にする水利権の移転を認めるなど、ルールの運用を柔軟なものにすることが考えられる。

 もちろん、農業用水の転用を考えた際に述べたとおり(「水利権とダム(3)」)、農業水利権の特性から、その都市用水への譲渡については難しい課題がある。また、水利権の行使にあたっては、通常の財産と違って、歴史的、社会的、文化的に形成されてきた慣行的なルールを遵守しなければならないから、安易に譲渡できる性格のものでもない。さらには、移転に伴う水循環への影響についても慎重に吟味しなければならないであろう。大きな困難を伴う政策である。
だが、水利権の財産的な価値を高めることが、より適切な水利用の実現に結びつくであろうことは否定できない。そして財産の価値は、その流通可能性に左右され、取引を通じて高まっていくのである。

 この政策は、結果として水資源の取引市場をかたちづくることになるから、水配分に経済合理性を導入するための最も正統的な政策と言えるであろう。その際には、市場の秩序を維持することが重要で、取引ルールを明確にし、取引を監視するなどの機能を用意しなければならない。当事者に委ねるのではなく、政府の関与が必要である。

ウ 原水供給事業の容認

 開発された水資源の供給を、営利事業として営むことが考えられる。貯留水利権と取水水利権を分離し、貯留水利権のみを保有して、流水の貯留・補給サービスを有償で行うことを認めるのである。

 現在これに近いかたちで水供給機能を担っているのは、国土交通大臣(特定多目的ダムの場合)及び水資源機構のみである。しかしこの場合には河川管理行為として行われ、また、水資源開発と一体化しているために水供給費用はダム建設費として負担されている。(本誌先月号「水利権とダム(7)」を参照されたい。)だが、建設されたダムの貯留水利権を買収してこれを運用し、利水者は取水量に応じて対価を負担するような事業のしくみが実現すれば、水需給に対して価格調整機能が働くはずである。

 もっとも、これによって水利用秩序のありかたは大きく変質するであろう。事業者による流況調整を適切に保つための厳格なルールも必要となろう。そもそも、事業として採算を確保できるかどうかもわからない。未知の問題を秘めた政策である。

 以上述べた三つの可能性は、単なるアイデアに過ぎない。検討にあたいするかどうかも自信が無いし、現実の妥当性にも疑問がある。ただ、水利用の秩序を経済的な視点で考えるきっかけとはなるであろう。

(注1) 水利権の譲渡についての考え方のポイントは、二つある。一つは、水利権は特定の事業のために水を利用する権利であり、その事業が継続する限りにおいて権利も存続するということである。つまり、権利の譲渡と事業の譲渡は不可分一体なのである。従って、水利権譲渡の承認にあたっては、利水事業の継続の必要性を中心に判断されることになる。もう一つは、水利権は、水利使用にあたっての能力、意思、公益性等を判断した上で認められているのだから、水利権は当然には移転しないということである。つまり、水利権の譲渡承認は、水利権の取消処分と、取り消した水利権と同一の条件で水利使用を許可することとを便宜的に一つの処分としたに過ぎないとされる。(いずれも、建設省新河川法研究会編「逐条河川法」( 1966年、港出版社)による。)

 だがそこまで狭く考えなければならないのだろうか。水田とそのための水利は一体不可分であろうが、たとえば都市用水の供給事業における取水施設(当然その機能を発揮するための水利権を伴う)は事業用資産であって、その資産を別の用途に活用することは可能であろう。あるいは、譲り受けた水利権が遊休化すれば、そのときに権利行使の適否を判断すればよい。

 むしろ考えなければならない問題は、水利権が水利用の秩序を維持する役割を果たすことができる法的な基盤である。もともと水利権には様々な制約(慣習として定着した水利調整ルール、渇水時の相互尊重、排水の取り扱い、治水との関係維持等々、しかもそれは地域ごとに異なるであろう)が内在するが、それを関係者が十分に認識し合意していないと法秩序を維持できないのである。そして、水利権の財産性を幅広く認めてその譲渡を自由化すれば、そのような法的な基盤は崩れるであろう。水利権の譲渡が厳しく制限されているのは、水利用の秩序を維持するという必要に応えるためなのである。

 ただ忘れてはならないのは、水利用の秩序の実態が変れば、水利権の取り扱いもまた変化するかも知れないということである。法的な安定性を維持することは重要であるが、一方で、法の運用が永遠に不変ということはない。水利権の譲渡をめぐる法制について、社会経済の必要に照らして考え直す時期に来ているのではないかと思われる。

 なお、水利権の取引の制限と、「河川の流水は、私権の目的となることができない。」(河川法第2条第2項)という規定とは、直接には無関係であることに注意を要する。後者は、河川の流水は流動していてそれを支配することはできないから私権の対象足り得ないということを意味するだけで、取水する権利や取水した水の取引を否定しているわけではないのである。もっとも、水利使用許可は、取水した水を水利使用の目的を達成する範囲で使用収益することが条件とされており、それを逸脱した利用は許可条件に反する。たとえば、農業用水路を利用した発電について別途許可を要するのはこのためである。

(注2) ダムのコストアロケーションルールがはじめて定められたのは、昭和27年(1952)の「電源開発促進法」においてであった。その原則は、アメリカのT.V.A.などで用いられていた身替わり妥当支出法(身替わり建設費または妥当投資額の少ない額により按分する方法)を基本とし、緊急度に差があるときには優先支出法(身替わり建設費または妥当投資額の少ない額を、緊急度の高い事業者から順に負担する方法)を用いるというものであった。このとき主に想定されていたのは水力発電と治水との共同ダムである。そしてその考え方は、特定多目的ダムや水資源開発公団(当時、現在の水資源機構)の事業においても踏襲されたのである。

 だがその後、都市用水の需要が増加し、水力発電開発の緊急性が薄れるなどの環境変化を受けて、昭和42年(1977)に、現在の分離費用身替わり妥当支出法に転換されたのである。その際には同時に、妥当投資額の算定にあたって、ダム建設完了から需要発生まで時日を要するときにはその間の利息負担を控除する(先行利息控除制度)など、緊急性の差に配慮した規定なども整備されている。

 なお、妥当投資額の算出にあたっては、発電事業は、山元発電単価に有効出力及び有効電力量を乗じて、洪水調節事業は、河川施設や公共施設の被害復旧に要する費用の減少、氾濫による財産被害の防止・減少等の効用を時価に換算して、灌漑事業は、増産農作物からの純益、営農労力費用の減少額などにより、都市用水事業は、原水単価に取水量を乗じて、それぞれ求めるとされている。その実務のために詳細な取り決めがあるが、その全容を把握するのは容易ではない。

 ダムのコストアロケーションの実態については、たとえば、山口甚郎「多目的ダムのコストアロケーション」(『多目的ダムの建設』((財)全国建設研修センター研修局編、1977年)第1巻に所収)が参考となる。同論文には、妥当投資額の算出方法のほか、コストアロケーションの事例が4つ記載されている。それぞれについて前掲の表のような比率の算定を試みれば、コストアロケーションに対する理解が深まるであろう。なお、同論文は、本稿の記述に際しても非常に参考となった。記して感謝する。
これは、「月刊ダム日本」に掲載されたものの転載です。
 

(平成18年9月作成)

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