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6 水配分のルール
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ア 淀川の水配分
(淀川方式)
「淀川方式」といわれる水配分のルールがあった。昭和37年(1962)に淀川の利水関係者間で合意されたもので、淀川の各水資源開発事業で開発される新規取水可能量を、各取水予定者の昭和45年(1970)時点での需要水量(昭和37年から45年までの新規需要予想量)で按分比例して全取水予定者に配分する、という取り決めである。
昭和37年は淀川水系水資源開発基本計画(フルプラン)が初めて決定された年であるが、その計画に基づく水資源開発事業の単位開発水量当たりの費用は事業ごとに異なるであろう。このルールの趣旨は、それらの開発費用を利水者間で均等に負担するため、複数の事業による新規取水可能量をプールして、各利水者が需要量に比例して取水しようということである。その考え方をモデルとして示せば、表のようになる。
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この取り決めは、水需給が逼迫している地域で利水者が平等に取水する考え方として、合理的ではあろう。だが、水利用には利害関係が伴い、特に取水の優先劣後関係をめぐっては紛争に至ることも多い。そのような緊張関係を超えて費用負担の均等化を合意するには、強い社会的な要請が必要のはずだ。
また、取水予定者すべてが各事業の水利権者となるという手法は、いわば開発した水資源をプールするという考え方であるが、開発事業は時期や場所を異にするし、水需要は利水者ごとに変化する。取水地点も区々であろう。そのような状況のもとで開発水量をプール化するのには多くの困難を伴うはずだ。特に、水利権は個々の取水ごとに設定されるのが基本だから、取水量の比例按分という手法が果たして水利使用のルールと整合するかどうかという問題を孕むことになる。
では、なぜ淀川で初めてこのような取り決めが実現したのだろうか。その背景を探ると、淀川水系の水利用秩序の特性が浮かび上がる。
(琵琶湖開発)
淀川水系の最大の特徴は、琵琶湖の存在である。水系の上流部に存する琵琶湖は、湖面積が約674m3、容積は約275億m3であり、ここから流出する河川は瀬田川のみである。そして、その巨大さから、湖水位1p当たりの水量は約670万m3(毎秒1m3取水するとすれば77日分、一年分取水するのに湖水位5p弱の貯留水量で足りる!)に相当する。上流に巨大なダム湖を抱えるかたちであり、淀川の流況が安定しているのは、琵琶湖からの流出口が流量調節機能を果たしているためである。流出口には明治38年(1905)に瀬田洗堰が設置され、流出量を人為的に調整することが可能となったが、その機能を強化すれば、さらに調節の幅を拡大することが可能となるということでもある。(位置関係は図参照)
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だが、ここで忘れてはならないのは、琵琶湖は、古来、様々なかたちで利用されてきたことである。舟運、漁業、観光・景観、農業取水などであるが、湖水位の変動はこれらの利用に大きな影響を与える。貯留量が多くなれば浸水被害を招きやすく、水位が低下すれば舟運や取水に支障が生じる。つまり、琵琶湖岸地域と淀川下流地域とでは、琵琶湖の活用をめぐって利害が対立するのである。治水上は、湖岸地域は洪水を早く流出させるため放流量の増大を望み、下流地域は貯留による洪水被害の軽減を期待する。利水上は、湖岸地域は水位の安定が重要であり、下流地域は貯留・放流機能の拡大(つまり、水位変動幅の増大)による水資源開発を求める。琵琶湖を活用するに当たっては、このような上下流の利害の調整が最大の課題となるのである。
さてしかし、増大する淀川水系の水需要に対応するには、琵琶湖を活用することが決定的に重要である。たとえば現在のフルプラン(供給目標年次平成12年度、その後の需要対応をも含む)によると、淀川水系の全水資源開発計画量は毎秒55.7m3であるが、その約71.8%(毎秒40m3)は琵琶湖の開発により供給することになっている。結局、下流地域のすべての新規利水は、琵琶湖開発との関係調整を避けることができない。(注1)
だからこそ利水者は共同して関係調整に当たらなければならず、その前提として費用負担の平等化が必要となるのである。また、新規水源の7割を超える部分を琵琶湖開発事業に求めているから、琵琶湖開発に係る水の配分が明確であれば、残り3割弱の水を加えてその配分をその他の事業に当てはめるという合意を得るのは比較的容易である。すべてをプールして配分する淀川方式が成立した背景には、このような琵琶湖の存在という淀川水系の特徴が大きく寄与していたのである。
もう一つ背景として見逃せないのは、淀川下流域における農業用水シェアの少なさである。琵琶湖・淀川の水利用の現況を見ると、農業用水のシェアは、滋賀県内では85%強にのぼるが、大阪府・兵庫県の利用では14%に過ぎない。また、淀川水系フルプランによる新規水利用によれば、農業用水のシェアは5.5%である。(滋賀県内で使用された水はその大半がまた還元されからこれを除いて算定した。ちなみに利根川・荒川水系のフルプランにおける農業用水需要のシェアは23.5%である。)
一般に、農業用水を含めた水配分の調整は課題が多い。農業用水の費用負担等については、既得の慣行的な水利権を確定するという課題があるほか、必要取水量の算定方法、負担能力、負担の考え方などが上水道・工業用水道と違う。農業用水と都市用水を同様に扱うことは難しいのである。しかし、淀川下流地域では、農業用水のシェアが小さく、琵琶湖開発による農業用水供給量はゼロであることなどから、農業用水を除いた利水者間の調整が成立する環境にあったと推測できる。 このように、水配分のルールには各河川の特性が色濃く反映される。淀川方式を一般化することは難しいのである。
(利根川との比較)
ここで、淀川と利根川の水配分ルールを比較しておこう。 利根川も、淀川方式が合意されたのと同時期に、急増する水需要に応えることが大きな課題となっており、同様にフルプランが策定された。だが、利水者間の水配分は個々の事業ごとに決められており、負担の均等化などのような調整は明確なかたちでは実現しなかった。詳述する余裕はないが、水配分において焦点となったのは農業用水との調整である。利根川を東京都の上水道の水源とするには、荒川に導水しなければならない。そのための調整が最重要課題となったのである。(その一端は、水利権とダム(3)を参照されたい。)
また、利根川の水資源開発は、淀川における琵琶湖開発のようなひとつの巨大事業に頼ることはできない。個別のダム事業等を少しずつ積み重ねていかなければならないから、その際に生じる個々の事情(たとえば、水没者の生活再建、水質の改善、自然環境の保全など、事業の特性に応じた各種の問題)に対応することが課題となる。水配分も、ダム所在地の地域開発に伴う将来の水需要にどの程度配慮するかなどの個別具体的な調整が重要となる。そして、個別の事業の進捗は様々であるから、それらの水資源開発を前提にした豊水取水は、事業の進捗と取水の緊急暫定性を十分に吟味した厳格な運用が必要となろう。
このような利根川水系の特性は、淀川とは違う水配分のルールを必要とする。やや大雑把であるが、淀川と利根川の水利用の特徴を比較したのが次表である。水配分のルールは河川の特徴と密接不可分であることがわかるであろう。
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ここでは淀川水系と利根川水系を比較したが、その他の水系についてもそれぞれ水利用に特性がある。そしてそれらに応じて、水配分のルールもまた違うかたちとならざるを得ないのである。たとえばフルプランについても、その合意の過程に注目すれば各水系の水利用ルールの違いが露わとなるはずだ。
イ 水配分と水利権
(水利権の取り扱い)
淀川方式は、淀川の水利用の実態に照らすと、有効に機能する水配分ルールであろう。だが、このルールに即して水利権を確定しようとすると、大きく二つの問題に直面する。
@ 水利権の個別性
まず、淀川方式は、水利権の個別性の原則に反する恐れがある。水利権は流水の占用に関する権利であり、個々の占用行為について成立している。つまり、水利権者が同一であっても、取水口が複数あれば複数の水利権となるのが原則である。
しかし淀川方式では、まず新規取水量全体を利水者に比例配分し、利水者はさらに配分された取水量を適宜取水口に割り振るのである。しかも取水量は、水資源開発事業が完了するごとにそれにより可能となる新規取水量に限って順次配分されるから、実態は、水資源開発事業ごとに一つの水利権が発生し、その権利を利水者が一定のルールで分け合うというようなかたちとなるのである。
つまり、取水口ごとに取水量の妥当性を判断することは意味を失う。さらに言えば、必要取水量を細分化した取水量(たとえば表の@*a/N)は、水利使用の目的を達成する観点からは便宜的な量でしかなく、そのような取水量を内容とする水利使用を認めてよいかどうかについても議論が必要である。
この問題に対しては、開発された水資源を取水するための水利使用に関しては、その必要性や取水量の妥当性などを改めて吟味する必要はない、という考え方がある。取水量の妥当性等については水資源開発事業の実施に当たって判断されており、また、既存の水利使用者の同意なども得ているから、個々の水利使用許可の際には、取水位置の妥当性や取水のための工事その他に伴う影響を判断するのみで足りるはずだということである。つまり、水資源開発に伴う取水については、水利権の個別性の原則を維持する必然性はもはや失われたとする。
だが、そのような取り扱いは、独立した権利である水利権の性格を変えるだけでなく、水利用の秩序を保つ基礎的な条件の見直しにつながる。水利用の秩序は、取水の優先劣後関係など、個々の取水についてその妥当性を判断し、その運用を律することにより保たれている。たとえば、渇水時の水利調整においては、個々の取水口からいつ、どれだけの水量を取水するかが焦点となるのである。水資源開発に伴う水利使用といえどもその例外ではないはずだ。水利権の個別性の原則を維持するかどうかは、水利用ルールのあり方に大きな影響を及ぼす問題として十分に議論を尽くさなければならない。実務的な問題として処理するべきではないと考える。
実は、この問題は水利権の単位の捉え方の問題でもある。確かに水利権は取水口ごとに発生する。しかしながら、利水事業は、取水だけでなく給水や配水を含めた一連の水循環で成り立っている。個々の取水は事業の一部でしかないのであり、水利使用の個別的な必要性や運用の適否を判断するには、事業全体の実態を把握することが不可欠である。もともと水利権は水利事業に従属する(だからこそ、事業の廃止と同時に水利権は遊休化して許可期限の到来とともに失効するし、その移転が認められるのは事業の承継などの場合に限られる)のだから、取水口を単位にして水利使用の妥当性を判断することには限界があるのだ。
その限界を乗り越えるアプローチとしては、利水事業を単位にして水利使用を許可するという考え方があろう。水資源開発に伴う取水であるか否かを問わず、一つの利水事業のための複数の取水をひとまとめにして、一つの水利権と捉えるのである。個々の取水は、この大きな水利権の具体的な実行として取り扱うことになる。水利使用を、利水事業と一体化したひとまとまりの水利権と、個々の取水行為との二層構造として整理するということである。
実際の取り扱いとしては、水利使用は個別の取水ごとに許可するが、その妥当性は主として利水事業全体を捉えて判断し、水利使用規則(水利使用の目的、取水量や取水位置、取水条件など、水利使用の内容を明記したルール)も、水利事業単位で制定・運用するという手法をとることとなろう。現実にも、これに類するような取り扱いがなされている例もある。ただ、異なる河川から取水して一つの水利事業を営むような場合にまで、それぞれの取水をひとまとめの権利とみなすことには無理があるだろうし、水利権の単位を二層的に捉えることについて関係者の合意が得られているわけでもない。問題は残されたままである。(注2)
A 実行の確実性
次に、淀川方式を実行するに際しては、フルプランの水需要量の意味が問われ、その実行の確実性が問題となる。水利使用許可に当たっては、事業計画の妥当性や事業の遂行能力など、その実行の確実性を判断する。そして淀川方式では、個々の水資源開発事業ごとの水利権(たとえば表の@*a/N)は、フルプランの需要量全体を前提に設定されるから、その実行の確実性も需要量全体(たとえば表のa)について判断しなければならないこととなる。だが、フルプランにおける水需要量は推計に基づくものであって、確定した水利事業に基づいているわけではないし、水資源開発事業への利水者の負担を確約するものでもない。実行の確実性をどのように担保するかが課題となるのである。
これについては、個々の水利使用ごとに実行の確実性を判断するほかないというのが現実的な対応である。取水量が@*a/Nであるとすれば、その量が需要を上回らないこと、その取水のための事業計画が具体的であること、その量の新規取水のための水資源開発事業に対する費用負担が確定していることなどによって実行の確実性を確認するのである。淀川方式はaの水需要を前提にしているが、水利使用許可に当たってはその妥当性は問わないということになる。
だが、問題は残ったままである。@*a/N の取水は、水需要量aに対応するためのプロセスでしかない。水利事業はaを想定して計画されるが、そのような将来にわたる大規模な投資を決断することは事業に大きなリスクを抱えることになるから、@*a/Nを取水する際にそれが確定しているかどうかは定かではないのである。そしてそれが確定しないならば、@*a/Nを取水するための事業計画も未確定のままであり、水利使用は許可されないであろう。
結局、利水者は、将来に向けた投資を見据えつつ、段階的に取水量を増やすという事業計画を立案することになる。しかし、社会経済状況の変化により水需要量aが変化することは避けられない。そして、@*a/Nの水利使用が許可された後aの変更を余儀なくされた場合に、いったん実現した@*a/Nの水利権を変更することは非常に困難である。淀川方式は、将来の水需要に応えるための投資が確実に実行されないと成り立たないということである。後述するように、この問題は実際に顕在化し、その対応のための調整に多大の労力が費やされた。
さて、このような問題を孕みながらも、結局のところ、水利使用許可は、琵琶湖開発の推進を妨げないよう現実的な対応が求められたのである。水利権の個別性に関しては、水資源開発を前提として判断し、個々の取水についての独立性は問われなかった。また、実行の確実性に関しては、フルプランによる需要を満たすための過程として判断された。淀川方式に即した水利権の取り扱いが容認され、また、豊水取水も認められたのである。水利権の本質を問うような問題を回避して、実務的に処理されたと言わざるを得ない。
その背景には、水需給の逼迫という社会的な要求のほか、水利使用許可が直面した@及びAのような問題は、琵琶湖開発事業が完了すればほぼ解消する見込みがあったからであろう。理論的な難点があろうとも、過渡的なものとして柔軟な対応が許されたということだ。淀川の水利用秩序の将来は、ひとえに琵琶湖開発の成否にかかっているという事情が問題への対応の方向を決したのである。
(水利権の水配分機能)
ところで、淀川方式に関して水利権の取り扱いに問題が生じるのは、水配分というしくみと水利使用許可のルールとのあいだに考え方の違いがあるからである。淀川方式が成り立つには、開発した水資源をプールすることが前提となる。たとえば、一方に複数の水資源開発事業を実施して新規取水を可能とする独立した事業者が存在し、他方に新規取水を必要とする利水者のグループがいて、双方が交渉によって事業費の負担と水の配分を決めるというしくみを想定すればわかりやすい。
だが、水利使用許可のルールは、まず個々の利水者が事業のために取水を必要とし、それを実現するために水資源を開発するという考え方が貫かれている。水利使用の可否は原則的に取水口ごとに個別に判断され、流水の貯留(つまり水資源開発)は、その取水によって営む利水事業の目的を達成するに必要な範囲で許される。独立した水資源開発事業者は想定されていないのである。(注3)
この違いは、水配分のしくみが主として資源の開発・配分の合理性を目指したものであるのに対して、水利使用のルールは水利用の既存秩序に新たに参入する場合を強く意識したものであるという性格の差に起因するであろう。そして、淀川方式を実現するためには、この両者の考え方の違いを調整する必要に迫られたのである。
そして、この問題を突き詰めると、水利使用のルールは水資源を最有効に利用するために十分に機能しているかどうか(当然、経済合理性の実現などが焦点となろう)、水資源を開発し新規取水を可能とするような水供給事業(必然的に水を売買するようなしくみを伴うであろう)を水利用の秩序にどのように組み入れるかなど、水資源開発と水利権との関係をめぐる基本的な課題に行き着くであろう。この課題は、取り組むに容易ではない困難なテーマであるが、後ほど水資源開発と水利権との関係を考える際に改めて触れるつもりである。
ところで、淀川方式は、当初のルールどおりには運用されなかった。水資源開発事業の一部が完了した後、工業用水の需要が減退したからである。さらに、琵琶湖開発に関して地域振興策が実施されて下流地域の新たな負担が必要になったからでもある。
表で、利水者Bによる@*b/Nの取水及びそのための費用負担が実現した後、bが減少してその余剰分を利水者Aが取水する場合を考えればよい。このとき、事業T及びUに係る負担を均等化しようとすれば、BとAのあいだの金銭の授受による調整は不可避である。しかしその取引の正当性は疑わしいと言わざるを得ない。事業Tと事業Uは別の事業だから、その負担もまた分けて考えるべきであり、また取水予定量の対価を伴う取引は、水利権(しかもいまだ実現していないそれ)の売買そのものである。さらに、琵琶湖開発の関連した地域振興策の下流地域の負担は、利水者ではなく地方公共団体が担うこととされたから、利水者間の水配分だけを手段に費用負担を均等化することは難しくなった。つまり、当初のルールの前提が崩れたのである。
そして実際にも、昭和49年(1974)、琵琶湖開発事業は当初の水配分から切り離し、同事業による開発水量(毎秒40m3)の新たな配分ルールが決定された。このルールは、フルプランの新規需要想定を基礎とすることには変わりがないが、まず府県別、上工水別に配分し、その配分枠の中で当事者がさらに協議して最終的な配分を決めるという二段階の配分方式に変更された。地方公共団体間のバランスをより重視する方向がうかがえる。このとき決められた配分は平成3年(1991)に再度変更されたが、その際には、府県間の配分は変更せず、各府県内で上工水の配分が見直された。
結局、最終的に重視されたのは水資源の地域間配分だった。水資源の賦存量が地域開発の可能性を制約するからであろう。そして、そのような地域間の水配分の調整が可能になったのは、淀川方式に即した水利権の取り扱いが認められたからであった。
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(注1)琵琶湖開発をめぐる地域間の調整は、治水安全度を向上させたいという滋賀県と、利水量を拡大したい阪神地域とのあいだの利害調整が大きな焦点であった。その経緯は複雑で、理解するのは容易ではないが、大まかには次のように整理できよう。(事実関係は、「琵琶湖総合開発事業25年のあゆみ」(琵琶湖総合開発協議会編、1997年8月)を参考にした。)
@ 淀川河水統制計画(1940) 全体の計画は、利用高水位+0.8m、利用低水位−1.8m、常時利用水量毎秒145m3であったが、第1期事業(1943〜1951)のみ実施されたのち、中止された。第1期事業による琵琶湖の利用水位は、高水位+0.3m、低水位−1.0mで、常時使用水量は毎秒120m3である。
A 琵琶湖総合開発協議会等による検討(1956〜1964頃) 種々の案が検討された。ここでの検討が、現在の琵琶湖開発事業に大きな影響を与えたが、提出された案は、大まかに次のように整理できる。 @ 南北締め切り案:琵琶湖を堤防によって北湖と南湖に二分し、北湖の水位を−3.0m、南湖の水位を±0.0mとして、北湖の±0.0〜3.0mのみを治水、利水に利用する。難点は、湖北、湖南の地域分断である。 A ドーナツ案:琵琶湖を水深5mで環状に二分し、外湖を常時水位−0.3mに保つとともに、内湖を水位−3.0mまで利用する。だが、現実性に乏しい。 B パイプ送水案:琵琶湖からトンネル(延長約40km)により毎秒20m3の水を直接に阪神地区へ送水する。その際、利水者から水使用量を徴収する。だが、水利権の取り扱いや、事業費負担について合意を得ることはできなかった。 C 湖中堤案:水中もぐり堰で琵琶湖を南北に締め切る。もぐり堰の高さは−1.4mとし、その水位までは全湖の容量を、北湖のみはさらに水位−3.0mまで利用する。地域開発にも言及された案だったが、影響が大きすぎるという反対意見が強かった。
B 琵琶湖総合開発計画(1968〜1972) 全湖を利用し、治水の向上、利水の拡大、地域開発を総合的に実現する。計画調整上の大きな論点を対比すると、次の表のとおりである。
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ここで注意すべきは、最終的な計画における補償水位である。湖水位の低下に伴う損失補償に当たっては、−1.5mではなく、−2.0mまでの低下を想定するということであるが、これは、非常渇水時に対応するためである。利用低水位を−1.5m、開発水量を毎秒40m3とすれば、−2.0mまで利用する場合に比べて利水安全度が低下する。非常渇水時の調整が一層必要になるであろうが、その際に選択の幅を拡大するための措置と考えてよい。なお、非常渇水時における瀬田洗堰の操作は、関係府県知事の意見を徴して建設大臣が決定するとされている。
この経緯から、二つのことを実感する。第一は、全湖を利用するという決断の正しさである。水質や自然環境の保全、地域社会の一体性の維持、水循環システムの管理などを考えれば、湖を分断する方法が採用されたならばその対応は非常に難しいものとなったであろう。効率性のみで議論しないことが正しい判断に導いたのである。 第二は、水資源開発事業の総合性である。水資源の確保だけでなく、水源地域の将来を見据えて事業を総合的に展開する計画を目指したことが、幅広い合意を促したのである。保全・治水・利水のニーズが錯綜する長い経緯を経た議論の過程が生んだ知恵なのであろう。 なお、琵琶湖総合開発事業は、平成4年(1992)に概成、平成8年(1996)に完成した。治水・水資源開発のための事業費(水資源開発公団事業費)は、約3,513億円、地域開発事業を含む総事業費は、約1兆9,055億円であった。
(注2)水利権の個別性の原則とは別に、水利使用許可の同時申請の原則がある。これは、水利使用のための許可を申請する場合、流水の占用の許可(河川法第23条)のほか、それに伴って必要となる土地の占用の許可(同法第24条)、工作物の新築等の許可(同法第26条)、土地の掘削等の許可(同法第27条)、河川保全区域における行為の許可(同法第55条第1項)などの申請を同時に行わなければならないという原則(河川法施行規則第39条)である。これは、流水の占用及びこれらの行為の全体は一つの事業であること、河川管理上からも同時に進める必要があるためとされているが、この場合には、他の河川に関する行為についても同時申請の対象とされている。 だが、水利権の個別性の原則をどのように考えるかは、行政手続きの問題ではなく、水利用の秩序を維持する場合に、水利使用という個々の行為に着目するのか、水需給や水循環の秩序に着目するのかという選択と密接な関係にある。水利用が水資源開発に依存する傾向を強めるとともに、後者の要素がより重要となってきたのであるが、そのとき個別性の原則をどのように保つかが問われるに至ったのである。
(注3)独立した水資源開発事業者として、独立行政法人水資源機構(旧水資源開発公団)がある。だが、同機構の建設管理する特定施設(洪水防御の機能又は流水の正常な機能の維持と増進をその目的に含む多目的ダム、河口堰、湖沼水位調節施設その他の水資源の開発又は利用のための施設)は、河川管理施設とされており(独立行政法人水資源機構法第17条)、その建設、管理は河川管理者の権限として行われる。従って、流水の貯留に関しても水利使用許可を要しない。水資源開発事業者が水利権を有する事態は生じていないのである。ただし、建設された特定施設は、同機構が流水の貯留に関する水利権を有する場合と同様の考え方で管理・運用されている。また、利水者は、その建設・管理に要する費用を負担するほか、取水等のためには別途の水利権が必要である。 このような、水資源開発事業と水利用とを分離して、前者に関しては水利権を要しないというしくみは、河川管理者が建設する多目的ダムに関して初めて創設された(特定多目的ダム法、昭和32年(1957)公布施行)。水資源開発公団(昭和37年(1962)設立)のしくみは、ほぼそれを踏襲したものである。両者の違いは、建設・管理の費用を負担した利水者が水資源開発施設を利用する権利を確保する方法であり、前者は、利水者が施設に「ダム使用権」(多目的ダムによる一定量の流水の貯留を一定の地域において確保する権利、物権とされる)を有するのに対して、後者は、同公団の事業実施計画に利水者を明記し、同計画の遵守を政府が監督することにより利水者の権利を保全する方法が取られている。前者が物権的な関係であるのに対して、後者は債権的な関係であると理解することができよう。 このように、特定の利水事業のための流水の貯留に関しては、利水ダムや治水ダムと兼用の多目的ダムのように利水者が水利権に基づいて行う場合と、特定多目的ダムや水資源機構の特定施設のように河川管理行為として行う場合という二つの取り扱いが並存している。しかし、その管理・運用に当たっての考え方には大きな違いはない。また、なぜ二種類の異なる取り扱いが必要になったのかについては、後ほど吟味する予定である。
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[関連ダム]
琵琶湖開発
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これは、「月刊ダム日本」に掲載されたものの転載です。
(2006年4月作成)
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