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水利権とダム(7)
−流水の貯留−

長 谷 部  俊 治
みずほ総合研究所 理事
 
7 先行的な水資源開発

(1)多目的ダムの建設手法

 ダム建設に適する地点は限られている。多目的ダムはその地点を有効に活用するための知恵であるが、それぞれの用途に供する者が共同で建設するのが原則である。特に治水用途を含む多目的ダムは、河川管理施設との兼用工作物として建設・管理されることとなる(河川法第17条及び第51条)。この場合、ダムを治水及び不特定用途に供するのは河川管理者であり工事等は河川管理行為としてなされるが、それ以外の用途に供する者は、工事などのために河川法の許可を必要とするだけでなく、水利使用許可を得なければならない。そして水利使用は、ダムによる流水の貯留のみならず、取水など水利用のために必要な流水占用を一体的に捉えてその可否や条件が判断されることとなる。

 実際、貯留の流水占用のみでは利水の目的を達成できない。ダムによる貯留・補給によって成り立つ水利用のための水利権は、貯留のための流水占用と取水のための流水占用とを一体的に運用できるものでなければならないから、両者を分離して取り扱うことはできないのである。

 ところがこの原則には大きな例外がある。特定多目的ダムと独立行政法人水資源機構(旧水資源開発公団)による水資源開発施設(ただし、治水用途を含むものに限られる、これを「特定施設」という)である。特定多目的ダムは、治水だけでなく利水用途をも含めて国土交通大臣が自らダムを新築するしくみにより建設されるダムであり、また、水資源機構の特定施設は、機構が単独の事業主体となって治水用途をも含む多目的ダム等を建設するしくみにより建設されるものである。
この二種類の施設は、河川管理施設とされ、その建設・管理は河川管理行為として行われるから、貯留のための水利使用に関しても流水占用の許可などを必要としない。これらの施設による流水の貯留・補給によって取水量を確保する者は、取水のための水利使用許可を得るのみで水利用を実現できる。つまり、貯留のための流水の占用と、取水のための流水の占用とが分離して取り扱われるのである。

 もちろん、取水者はダム建設費を負担しなければならないし、そのダムによる貯留・補給を確保するための法的な権利を持たなければならない。貯留のための水利権を有しないのだから、貯留と取水との関係を明確にするしくみが必要となる。そのために、特定多目的ダムの場合には、利水者がダムによる一定量の流水の貯留を一定の地域において確保する権利(ダム使用権、物権とされる)を持つことによって、機構の特定施設の場合には、機構が流水の貯留・補給の義務を負い政府がその遵守・履行を監督することによって(利水者は機構に対して流水を貯留させる債権を有すると考えてよいであろう。)、それぞれ貯留・補給を確実ならしめている。

 さらには、これらの二種類の施設については、利水者が確定しないままでダム建設に着手することができる。特定多目的ダムの場合には、洪水等による災害の発生を防止・軽減する緊急の必要や、水の需要が十分にありその供給を確保する緊急の必要があるときには、ダム使用権設定予定者(つまり利水者)が未定のままでも基本計画を策定して事業化することが認められている。また、機構の水資源開発施設の場合は、水資源開発基本計画フルプラン、7水系について策定されている)に基づいて費用負担者があらかじめ決まっていることが必要であるが、その者は利水者である必要はなく、着工時に必要な事業実施計画においては都府県などが費用負担者となり、取水開始時までに最終的な利水者(その者が取水のための水利権を得る)を確定するような取り扱いが可能である。

 これは、貯留を取水から分離することの発展と考えることができるが、取水者が未定の水利使用を認めることを意味する。もちろん現実に取水するためには取水者が確定し、その者が取水のための水利権を有することが必要である。しかし、水利用秩序の視点でこれを見れば、ダム建設に着手する時点で新たな取水の参入が確定することになるのである。
このように、特定多目的ダムと水資源機構の特定施設に関しては、(@)水利使用を貯留と取水とに分離すること、(A)利水者が不確定な段階で新規利水の発生を確定すること、という例外的な水利権の取り扱いが認められているのである。それを整理すれば、表のようになる。


 
 では、なぜこのような例外が必要となったのであろうか。大きく二つの事情があろう。
 一つは、ダムサイトを最有効に活用した施設整備を実現する必要や、将来の水需要に応えるために長期的な視点で水資源の開発を進める必要に応えるためである。

 兼用工作物による多目的ダムの建設のしくみでは、各利水者の水利用計画がすべて明確でなければ建設に着手できない(水工一体の原則。なお特例的に建設を先行させることも認められているが、手続きの便宜に過ぎない。注1参照)。従って、治水や緊急性の高い水利用の必要に応える場合でも、他の利水事業者の計画確定を待たなければならなくなる。あるいは、当面の必要に応える範囲で事業を進めるとすれば、ダム地点を十分に有効活用することは技術的に難しいであろう。ダム着工後の計画変更は極めて困難であるし、建設後にダムサイトの有効性を高めるダム再開発なども経済的、技術的な課題が多い。詳細な水利用計画の確定を待たずに先行的にダム建設に着手するほうが合理的であるし、現実的でもある。

 このとき、貯留のための水利使用を取水と分離して、その先行的な実現を可能とするしくみが必要となったのである。そしてそのような例外を一般化することなく、治水用途を含む場合に限定して河川管理者の権限で行うこととしたのである。またそのように取り扱いを限定すれば、貯留のための水利使用許可は不要(河川管理行為については許可は不要である)となるから、貯留水利権が独立的に成立することにはならず、水利用秩序への影響も最小限に抑えることができるであろう。
もう一つの事情は、多目的ダムの主要な利水用途が発電から都市用水に変化することに伴い、河川流況を調節する幅が大きく広がったことである。

 日本の大規模なダム建設の歴史を振り返ると、その先駆けは電源開発の用に供するダムである。ダム式発電は、豊水を多量に貯留して水力として活用することが基本である。また、貯留水はすぐに水力に変換できるから、火力発電と比較して発電量のコントロールが容易である。流れ込み式の発電と違って、ダム式発電は、電力需要の変化に応じて需要のピーク時に発電する手段として特に有用なのだ。(その究極の姿が、揚水式発電である。これは、夜間に余剰電力で下池から上池に流水を汲み上げて置き、需要のピーク時に上池からの放流により発電するというしくみである。)

 そして、ダム操作は発電機を通過する流量をコントロールすることを目標とするが、その流量は放流量そのものである。ダム操作によって河川の流量を大きく変化させるほど、ダム式発電の有益性がより増大するという関係にある。だが、河川流況の大きな変化は、河川利用などに様々な強い影響を及ぼすであろう。そこでそれを最小限に抑えるために、発電後は逆調節地で河川流量を調節して流況を安定させることが要請されている。また、発電ダムは通常上流部に建設されるため、中下流部に至る間に流況が回復することが多い。発電ダムは、河川流況の変化をできる限り局所的なものに留めるよう運用することが原則であり、その原則にしたがっても水利使用の目的を達成することができるのである。(しかし、発電のための分水や導水管を連ねることによる河川水のバイパスにより中下流部の流況が変化して社会的な問題となる場合がある。このことに関しては、「水利権とダム(5)」を参照されたい。)

 ところが、高度経済成長の開始とともに、都市用水の需要が増大し、その供給のために大規模な水資源開発が必要となった。そして都市用水の用に供する大規模なダムは、発電用のダムとは違って、その補給水を利用する地点(つまり取水地点)はダムから遠く離れている場合が多い。もともとダムからの貯留水の補給は、当該取水により他の水利使用及び漁業に支障が生じないようにするために行うのであるが、下流の取水地点までの間には、他の水利用や支川からの流入など流況に影響を及ぼす様々な要因があり、結局、一定の基準地点の流量を確保することを目標にダムを操作することになる。広域にわたる流況の調整が必要となるのである。(ダム操作による流況調整の実態については、たとえば「水利権とダム(3)」の図を参照されたい。)

 このような広域的な流況調整は、河川の利用実態を総合的に把握し、渇水時には適切に対処することが必要となるなど、取水を確保することだけに留まらない、河川の利用全体に大きな影響を及ぼす行為である。さらには、治水用途を含む多目的ダムの操作は、利水と治水という異なる性格の流水調整機能を共存させるという難しさを伴う(注2参照)。従って、そのような機能を適切に発揮させるには、河川管理の一環として多目的ダムを建設・管理するほうがより望ましい。

 河川管理者が、利水用途を含めて一元的にダムを建設・管理するしくみが整備された背景には、このような事情があったと考えてよいであろう。

(2)貯留水利権

 さて、特定多目的ダム及び水資源機構の特定施設のように、貯留の水利使用を独立的に運用することは、水利用のルールにどのような影響を与えるのであろうか。

ア 貯留の考え方

 河川の流水を貯留する水利権は、二つの法的な効力により成り立っている。一つは、一定の範囲(通常、「標高○○メートルから○○メートルまで」と表示されている)で貯留を自由に継続することができるという効力である。ここで重要なのは、標高で示される範囲でしか貯留できないことで、最低水位を下回るような放流は許されていない。最低水位に達したら、流入量をそのまま放流しなければならないのである。また、貯留によって他の水利使用に支障を与えてはならないから、貯留に充てることができるのは正常流量を上回る流量のみである。一方で、この範囲であればどの水位を保つのも基本的には自由である。そしてその運用は、専ら取水の必要に応えるために行われる。

 もう一つの効力は、その貯留水を排他的に取水に供することができるという効力である。いったん貯留された流水は他の水利使用に供する義務はないのであり、たとえ渇水時であっても、優先的な他の水利使用に支障を与えないという責任を果たすには流入する自然流量を放流すればよく、それ以上の放流は自主的に任意的に行われるに過ぎない。実際、許可を与えようとする水利使用の前に権原が生じた他の水利使用及び漁業は、当該水利使用に対して優先権を有するとされるが、貯水池に貯留された流水に対しては適用が除外されている。また、水利使用許可の条件として放流責任を課す場合でも、「流入量の範囲で次の流量を放流しなければならない」と規定されており、流入量を超えてまで貯留水を放流する責任は負わないことが明示されている。

 もっとも、貯留水を河道流下させて取水するときには、その途中にある他の取水を充足しないと取水地点での流量を確保することができないから、現実には、途中の他の水利使用に対する補給を含むダム運用が必要になることが多い。また、貯留水も放流されれば自然流水と一体化して区別はつかない。河川に放流されたとたんに、貯留水の排他性は消え失せてしまうのである。

 このように、貯留水利権は取水と一体的に運用すべき性格のものであり、両者を分離して取り扱うのは、水利用の秩序を維持する上で問題を生じる恐れがある。どのような問題があるのか、具体的に見ていこう。

イ 貯留と取水の分離

 まず、貯留のための水利使用を分離して先行的にダム建設に着手することは、取水条件などが不確定なままで新たな水利用を(暗黙に)認めることとなる。もちろん取水のためには別途水利権が必要ではあるが、利水者がダム建設費を負担する以上、新規取水が認められるのは当然と考えるのは無理からぬことである。

 実際には、特定多目的ダムについては、その貯留水を利用する者はダム使用権のほか(取水等のための)水利権を必要とするとされ、また、ダム使用権の設定予定者は水利権を得る見込みが十分であることが必要とされている(特定多目的ダム法第3条及び第5条)。だが、取水の水利使用許可申請に先立って貯留のための工事に着手できることに変わりはない。一方、水資源機構の特定施設に関しては、その建設は、水利権の取り扱いと完全に分離してすすめるしくみとなっている。フルプランにより水需要が認知されているから、取水は当然に認められるということであろう。

 つまり、貯留が先行する水資源開発事業にあっては、水利使用許可により新規の水利用の参入の可否が決まるのではなく、多目的ダムの建設計画がその役割を担うことになるのである。だが、河川管理者以外の者がその役割を担うことになれば、二つの問題が生じることになる。

 第一は、水利用が不確定なままでダムサイトを占有することが可能となり、その競合が生じることが予想される。いわばダムサイト利用権のような権利が発生するが(水力発電のために事業計画が不確定なまま水利権の獲得競争が繰り広げられた歴史を想起されたい、本誌の昨年12月号「水利権とダム(2)」参照)、その妥当性を判断し、調整する一般的なルールは未確立である。技術的な可能性、治水その他の用途の必要性、環境などへの影響等々、多くの調整を経なければならないが、その任に当たることができる者は限られている。国土交通大臣とその監督の下にある水資源機構に限って先行的なダム建設が認められているのは、大臣が治水の責任を負っていて治水のためにダムサイトを最適に活用する必要があるからであるとともに、このような調整・判断能力を有するからでもあろう。事業主体の限定によって問題の発生を防いでいると考えてよい。

 第二は、ダムによる貯留・補給と取水の実態と切り離すと、ダムの運用は基準地点を定めてそこでの流量を確保すること、つまり河川の流況をコントロールすることが目標となることである。その結果、まず河川流況を調節する機能が独立して運用され、その反射的な利益として取水の水利権が成立するかたちとなる。つまり、貯留水利権を有する者がダムの運用によって基準地点での流量を確保することとし、その結果可能となる新規の取水を行おうとする者が、いわば受益者負担としてダム建設費を負担するというような関係となるのである。実際にも、特定多目的ダムや水資源機構の特定施設から補給を受けて取水する者の水利使用規則には、貯留との関係は一切記述されていない。

 取水と貯留が一体の水利権である場合には、ダムの運用は取水のための水利権に従属する関係にあるが、両者の分離の結果、その関係が逆転するということである。そして、このような河川の流況を調節して流水の機能を維持・増進する役割は河川管理機能そのものであり、利水者に委ねるわけにはいかない。だから、貯留・補給を独立して広域的に行う可能性が大きな一定の多目的ダムに関しては、河川管理者がその運用に当たることとされているのである。

 このように、水利権を貯留と取水とに分離することに伴って生じる二つの問題に対応するには、貯留行為を河川管理者が代位するという方法を取らざるを得ないのである。水利権を得ることのできるのは現実に水を利用する者であるというルールの例外がうまれるのであるが、多目的ダムの合理的、効率的な建設のためにはやむを得ない例外であると考える。

 思うに、水利権を中心とした水利用のルールは、大規模な水資源開発を想定していない。河川流況を人為的に大幅に変えるような場合には、ダムの運用こそが秩序を律する際の焦点となる。取水の優先劣後関係や異常渇水時の取水関係を調整するルールだけでなく、ダムサイトの決定や、ダムの貯留・補給による河川流況の変化を適正に保つためのルールが必要なのである。だがそのようなルールが自律的に形成されることはなかった。河川管理者が自ら貯留を担う方法が選択されたのである。

 なお、貯留水利権と取水水利権があたかも分離されているかに見える事例として、農業用の大規模ダムがある。ダムの建設者は国や都道府県であり(河川管理者ではないから貯留のための水利使用許可を要するが、国の場合は河川管理者との協議が成立することで許可があったとみなされる)、その貯留水により補給を受けて取水するのは土地改良区等であるというような事例である。だがこのような事例は、関係者が役割分担して農業水利事業を実施した結果に過ぎない。大規模な農業取水施設の水利権者は必ずしも実際の営農者とは限らないが、それと同じと考えてよいのである。

ウ 水源供給事業

 次に、特定多目的ダムや水資源機構の水資源開発施設は、利水者が確定していない段階で貯留施設の建設に着手することができるが、このことは、ダムの建設者は自らのリスクで水資源を開発することを意味する。まず自己の負担(金利の負担を伴うであろう)によってダムを建設し、そのダムからの貯留・補給によって新規取水が可能となる者の負担で事業費を賄うというしくみであり、その多くはダム建設が完了するまでには事業費(金利を含む)の負担者が確定する。だが、利水者が確定するかどうかは社会経済環境などに左右され、投下事業費を賄えるかどうか等のリスクはダム建設者が負うことになる。

 さて、このようなしくみを活用すれば、新規の取水可能性をつくりだし、それを売却ないし有償使用させる事業、いわば水源を供給するような事業を営むことができるようになる。ところが、このような水源供給事業は、水利用のルールとして認めないことになっている。その矛盾が問題となる。

 よく知られているように、河川の流水は私権の目的となることができないとされている。河川流水の取引(売買)は認められていない。取水した河川流水を転売するような水利使用は、原則的に禁止されているのである。だが、ダムの貯留水は占用された流水であって、それをどのように利用するかは基本的に占用者に委ねられる。だからこそ貯留水を取引の対象とさせないために、貯留の水利使用許可にあたっては目的が明記され、また取水のための水利使用と一体的に取り扱うことによって、専ら自らの取水のために供すべきことを明確にしているのである。従って、ダムを建設しその貯留水を他の者に利用させるというような水源供給事業が成立する余地はない。この、貯留流水の転売を禁止して自己使用にのみ充てるという原則は、水利用秩序を支える重要なルールの一つなのである。

 なお、念のために述べておけば、河川流水の取引と水利権の取引とは別の概念である。水利権は、流水を排他独占的に使用する権利であって、その譲渡は可能である。ただしその際には、水利使用が継続することが必須の条件とされ、たとえば目的を異にする水利権譲渡は認められないなど、強い制限があることはすでに述べた。(「水利権とダム(3)」を参照。)

 つまり、利水者未定の特定多目的ダムや水資源機構の水資源開発施設は、新規取水の可能性を取引するような事業形態が成り立つ特筆すべき例外なのである。そしてその例外を一般化せず、また、水源供給事業を認めないという原則との矛盾に対処するために、二つの要件が課せられている。

 第一は、事業主体の限定である。国土交通大臣及び水資源機構のみがこのようなかたちでの事業を営むことができる。しかも事業の開始に当たっては、法律に基づいて基本計画や事業実施計画を策定しなければならない。事業は、行政的な行為として実施されるのである。第二は、費用負担に関して厳格なルールが定められている。そのルールは、貯留水を取引するようなしくみではなく、ダムの建設費を負担するしくみとして構成される。そしてその建設費の分担は、自らがダムを建設する場合に必要となる費用をもとに算定される。利水者は施設の建設費を負担するのであって貯留水を買うわけではないし、実際にも、取水のためには別途に水利権が必要である。

 思うに、特定多目的ダムや水資源機構の水資源開発施設の建設事業は、河川水の供給というよりは、河川流況を安定化させる事業という性格が強いのではないか。河川利用の増進を図るための事業を政府や機構が実施し、特定の受益者(貯留水の補給を受けて取水する者)に対して事業費の負担を求めるしくみであると理解すれば、公共的な緊急性が伴う場合に、事業者がリスクを負って利水者が特定しないままで事業に着手することはある意味で当然であろう。さらに言えば、河川流況の安定は、水利用だけではなく河川環境の維持・保全のためにも必要かもしれない。もっとも、流況の安定化事業が、治水や水資源開発とは異なる事業として明示的に実施されているわけではないし、そのような事業が明確に認知されているわけでもない。だが、特定多目的ダムや水資源機構の水資源開発施設の建設のしくみと、水源供給事業を認めないというルールとが矛盾しているのではないかという疑問は、このように考えることで解消できるであろう。


(付論)河道外貯留

 ところで、貯留の水利権を独立のものとして取り扱うことに関連して、河道外貯留などの取り扱いが議論となろう。

 そもそも、水資源開発の手法は多様であって、ダム、河口堰、湖沼水位調節施設などを利用して流水を貯留・補給する方法に限られているわけではない。雨水や河川の豊水を貯留して補給する手法や、地下水を補給に利用する方法などがある。さらには、ダムからの補給に加えて、取水地点の直下で高度処理した下水を河川に放流して河川維持流量を確保することにより新規利水を実現する計画(猪名川総合開発計画、高度処理下水によって取水により減少した河川流量を補給するというしくみである)もある。いずれも、取水と貯留・補給とを分離した取り扱いである。

 だが、河道外の貯留水等と組み合わせた水利使用を許可することに関しては、消極的な取り扱いがなされている。なぜならば、これらの河道外の貯留水等により河川水を補給する方法は、基準渇水流量を基礎に安定的な水利用を確保するという河川水の利用ルールと齟齬を生じるからである。

 まず、渇水時の影響は、河川水の貯留に対しては取水の水利使用と同様に現れるが、河道外の貯留への影響は現れ方が異なる。一般的に、河道外貯留の安全度は河川貯留より低いであろう。従って、共同的な水利用という前提が崩れるほか、渇水時の貯留水の運用を含めた水利調整が困難となるなどの問題を生じる。また、豊水水利権と同様に、河川水を開発して安定的に取水を行う者との間に費用負担などについて不公平が生じる恐れがあること、後発の水資源開発に当たって利用可能となる豊水が減少することなど、水資源の公平な利用を阻害する懸念が言われている。特に、豊水を河道外に貯留してそれを補給に用いるような方法は豊水水利権そのものであり、原則的には認められていない。(「水利権とダム(4)」参照。なお、揚水式発電において、上池が河道外である場合があるが、そのような発電方法は、水が消費されないという特徴があるから下池の貯留とその利用が許されているのである。)

 もっとも、水資源を合理的に開発し利用するという観点から、河道外貯留などを活用することを一概に否定する必要はないという意見もあろう。ただ、そのような水利用を既存の水利用秩序にそのまま組み込もうとすれば、取り組むべき課題が多いということである。河川流水と河道外貯留水などを一体的に捉えて、それらを総合的に利用するためのルールを確立することが必要となるのであり、水利権を中心とした水利用秩序の見直しを伴わざるを得ないのである。

 いずれにせよ、このような河道外貯留に伴う問題に照らしても、貯留と取水を一体的な水利権と捉えることは、現在の水利用のルールを前提とする限り、利水者相互の円滑な関係調整のためにも維持すべき重要な原則であることがわかるはずである。
(注1)水工一体の原則は、水利使用許可と水利使用のための工事の許可とを一体的に扱うという原則である。治水の安全性に影響のある施設は設置しないのが河川管理の基本方針だが、たとえば取水施設は、水利使用許可がなければその役割を果たすことができないから、工事のみを許可すれば不要な施設が河道内に残る恐れがある。この原則はその方針の具体的な現れである。この取り扱いは、河川法施行規則において「許可を受けて一の行為を行おうとする場合において、当該行為又はこれに関連する他の行為についてこれらの規定による他の許可を必要とするときは、これらの許可の申請は、同時に行わなければならない。」(同規則第39条)というかたちで明文化されている。そしてこの規定には但し書きがあり、やむを得ない理由があるときは同時でなくとも良いとされているが、これは、主として申請書類を整えるのに時日を要するなどの事情に対応するための規定であって、水利用計画の確定前にダムを着工することまで許容していると解してはならない。

 水工一体の原則が重要なのは治水の安全確保にためだけではない。河川は自然の存在なのだから、法令の適用に当たっても、自然的、社会的、文化的な事情を十分に参酌しなければならないからでもある。手続きの根拠条文は異なっても、一連の行為を全体的に捉えてその適否を判断するという、実態を重視した行政の必要性がこのような取り扱いに現れていると考えることができる。

(注2)多目的ダムの治水用途と利水用途は、利害が一致しない恐れがある。治水のためには洪水を貯留するための容量(つまり空いている容量)が大きいほど調節能力は高いし、利水のためには貯留水が多いほど渇水時の安全度は高まる。そこで、ダムの容量を治水用途と利水用途に二分して、相互に容量を流用しないように操作するのが一般的である。その際に、二分する容量を洪水期と非洪水期とでは異なる容量となるように定めて(洪水期は治水用途を、非洪水期は利水用途をそれぞれ大きく取る。)、ダムの機能を効率的に発揮させるような工夫がなされているのが通例である。

 また、利水専用のダムであっても、ダム設置により河道の貯留容量が減少したり、洪水到達の時間が従前よりも早まるような現象が生じる。そこで、それに対処するべく河川流量を調節するためのダム容量を確保するよう河川管理者から指示されることがある。その方法は、サーチヤージ方式、制限水位方式又は予備放流方式のうちいずれか一以上の方式によるとされているが、予備放流方式の場合には洪水調節のためのダム操作が必要になる。そして予備放流量は、一般に、利水のための補給には寄与しないのである。なお、この指示は、河川の従前機能を維持するための義務であって利水者は無償で対応しなければならない(河川法第44条)。指示の基準は、ダム設置によって、(@)上流における河床又は水位の上昇により災害が発生するおそれがある場合(背水、背砂の影響)、又は(A)下流の洪水流量が著しく増加し災害が発生するおそれがある場合(河道貯留の減少及び流水伝播速度の増大)とされている(同施行令第24条)。そして利水専用ダムが洪水調節機能を備える必要があるのは、(A)に対応するための指示がなされたときである。

 ダム操作の大きな原則は、下流に急激な水位の変動を生じないこと(目安として、30分間に30pを超えない範囲と考えられている)、放流が無効放流(補給の用に供されない放流)にならないことなどとされている。だが、洪水時には災害の危険と隣り合わせの慎重さと即断を要する操作を迫られるし、利水のための操作は、河川流況、気象条件、水利用の様子などに応じてその運用に幅が生じるのはやむを得ない。たとえば、利根川上流ダム群の貯留量の推移をみれば図のとおりであるが、年ごとに違いが大きいことがわかるであろう。ダムの操作の難しさの一端を垣間見る思いがする。

これは、「月刊ダム日本」に掲載されたものの転載です。
 

(平成18年9月作成)

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