◇ 5. ダムの景観デザイン
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ダムづくりは、ただダムを造るだけではない。ダムの付帯施設を設置しなければダムの機能は果たせない。ダム管理所、副ダム、付替道路、橋梁、レクリエーション広場等がつくられる。これらのダムに係わるトータルな景観デザインを追求した2つの書がある。
熊沢傳三絵・著「景観デザインと色彩−ダム、橋、川、街路、水辺」(技報堂・平成14年)には、著者が昭和38年に完成した黒部ダム(黒四ダム)について、実際にデザインを任されたことが具体的に述べてある。 ハンドレールのデザインについて「非越流部のあるダムと橋梁とではハンドレールのデザインは自然に相違があること」を指摘し、「橋梁では河川横過のスペースがあるが、非越流部ダムでは堤体がある。橋梁ではshade&shadowの活用ははかれないが、非越流部の場合はそれの活用が可能である」として、ハンドレール及び上部構造のデザインを次のように考慮している。
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@shade&shadowの活用:歩道をキャンティレバーとして張り出すこと A豪雪地帯のため除雪に配慮:日本の伝統の笠木、通貫のタイプとすること。通貫は横型とする。 B歩行者に恐怖感を与えないこと:30p角の笠木とし(アルミのため横倒し型とする)。通貫はレベルとすること(隙間を感じさせない) C環境調和とメンテナンス考慮:ペイント塗装を廃しアルマイト(グレイ)採用 D照明設備:ハンドレールと面一とする間柱に内蔵 E間柱を入れたこと:伸縮継手の考慮、照明内蔵のため、またハンドレール取付けの施工の容易性を考慮した。
さらにこの書では、 「shade&shadow採用によって両岸スパン約400mの水平線が強調され、広がりの表現ができた。また間柱をハンドレールと同一高さ1.2mとしたため、ハンドレール天端の水平線が強調された」とある。
一方、アーチダムとウィングダムの取付部については、次のようにデザインされた。「ウィングダムが重力ダム(高さ約70m)型式で両岸アバットで軸線が上流に振れているため、アーチスラストを考慮し、取付部の下流側にはRをつけずに面取り程度ですませた。ただし、バス運行を考慮し、車道には曲線をとり入れ、歩道スペースに記録説明石を設置した。また、親柱は横長の長方形とし、黒御影を採用した。さらにモニュメント設置を考えたが、右岸アバットにスペースがなく、現地側で勤労の尊さをモチーフとして、レリーフ(浮彫)式の彫刻を配した」とある。
立山黒部アルペンルートは夏には多くの観光客で賑わう。平成17年8月黒部ダムの観光客の一人となって、ダムサイト左岸に渡り、遊覧船「ガルベ」で木ノ谷までの往復11.5qの黒部湖を一周した。湖は壮大なアルプスの山々にやさしく包まれているようだった。このとき黒部ダムのハンドレールの水平線の美は強く印象に残っていた。いま振り返ると、熊沢氏によるこのようなダム景観美に配慮したデザインがいかされていたことに気付いた。
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ごく最近、ダムデザインが地域づくりの重要な役割を持つことを意識した書が発行された。篠原修編「ダム空間をトータルにデザインする−GS群団前走記」(山海堂・平成19年)で、具体的に苫田ダム(平成16年完成)と横川ダム(平成20年完成予定)のデザインについて論じている。
(1) 苫田ダム
苫田ダムは国土交通省によって、吉井川の河口から90qの岡山県北部奥津町(現・鏡野町)に多目的ダムとして建設された。堤高74m、堤頂長225m、堤体積約30万m3、湛水面積3.3km2、総貯水容量8 410万m3、型式は重力式コンクリートダムである。
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「ダム空間をトータルにデザインする−GS群団前走記」 |
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苫田ダムのトータルデザインのテーマ・理念を「湖が創る・ふるさと・新風景」と設定し、その基本方針について @苫田の原風景(ダム空間の地域特性として着目した美しい山の斜面林とそこに展開する棚田の風景)を基調とする四季おりおりの湖畔の風景づくり A農村風景のイメージを凝縮した空間的な核(ダム湖の新しい魅力となるふるさと体験の場)づくり B地域の新しい風景をつくる土木施設(ダム本体・湖面橋など)のデザイン C湖畔の風景に溶け込む控え目な土木施設のデザイン D新しいライフスタイルの実現を支援する洒落た雰囲気を醸し出す施設づくり Eダム湖と多様な関わりを演出する表情豊かな水辺の風景づくり の6つを設定している。
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これらのテーマ、理念、基本方針、さらに対象とするデザイン要素の枠組みは12年にわたって、苫田ダム環境デザイン委員会のなかで検討された。この書から苫田ダムデザインの内容をみてみると、苫田ダムグランドデザインの始まり、ダム空間の地域特性、全体構想、道路とトンネル、橋梁群、水辺と公園、堤体、サインシステムから構成されている。
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苫田ダムの堤体デザインについて、岡田一天氏は次のように論じている。 苫田ダムの堤体デザインの大きな特徴は、日本初のラビリンス越流であり、非常用洪水に対する珍しい越流方式の採用であった。このため、ラビリンス越流型式の採用により、天端施設のエレベータータワー、選択取水設備、常用洪水吐ゲート、オリフィスゲートの施設類がダム天端橋梁の上流側に配置される。これらの施設は委員会のなかで徹底的に論議され、無駄が削ぎ落とされたデザインになり、コンパクトに仕上がったという。例えば選択取水設備の機械室上屋については、維持点検のことを考慮したうえで、巻き上げ機構の工夫により上屋の高さを低く抑え、コンパクトに収めたデザインとなっている。また、ラビリンス越流のおかげで堤体上流面と天端橋梁の間に通常のダム以上に広い空間が生まれ、この空間の中に機械室を内蔵してしまうというデザインで、これにより選択取水設備操作室上屋の高さを7.5m程度から2.5mへと低く抑えることができたとある。エレベーター乗降口を天端より下のレベルにすることで、天端からの立ち上がりをエレベーター機械室部分だけとするデザインとしている。
ダムの天端橋梁の高欄については、洗い出し仕上げのコンクリート壁を採用している。このような苫田ダムの堤体デザインは無駄なものを削り落としコンパクトなダムに仕上がった。
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(2) 横川ダム
横川ダムは山形県西置賜郡小国町を流れる荒川の左支川の横川に国土交通省によって建設された多目的ダムである。堤高72.5m、堤頂長280m、堤体積約25万m3、総貯水容量2 460万m3の重力式コンクリートダムである。 横川ダムのデザインについては、横川ダムグランドデザイン検討委員会のなかで協議がなされ、その基本コンセプトを「小国・隠国・白に染まる湖水の郷」に決定した。その理由は、小国町の目指す「白い森の国おぐに」に相通ずることとし、それは水、そして森と雪の厳しく、しかし美しく豊かな小国町ならではの魅力を享受できる場として考えたからである。
そして、この基本コンセプトのもとにダム空間全体のゾーニングを@ダムエントランスゾーン Aダム湖周辺ゾーン B林間アプローチゾーン Cダム湖上流ゾーンの4つに設定した。 この書では、横川ダムのデザインについて、吐水大橋と橋詰の広場、子持トンネル、津川橋と黒沢峠橋梁、堤体とダムサイト広場、水辺、建築(管理庁舎・インフォメーションセンター)が検討され、実施されたことが記されている。
堤体とダムサイト広場のデザインを担当した堀繁氏は最初にダムサイトの現地に立った時、山肌に見られる岩の露頭が印象的であったという。この一種の荒々しさ、力強さに負けないデザインを行う必要性を強く意識し、デザイン操作場の条件を次のように論じている。 @ダム本体:ダムの基本形状(基本三角形)を侵すかたちでの形状の操作は不可 A非常用洪水吐:設定水位条件を変化させないためには、開口部の全越流幅(B=155m)を確保する必要がある。サーチャージ水位において作用するため下端高はサーチャージ水位に設定する必要がある。 B非洪水期用常用洪水吐:設定水位条件を変化させないためには、開口部の全越流幅(B=30m)を確保する必要がある。常時満水位において作用するため、下端高は常時満水位に設定する必要がある。 C洪水期用常用洪水吐:オリフィスの大きさ(4×4m)を変えることは不可。下端高に洪水期制限水位に設定する必要がある。減勢工との関係から減勢工幅内に収まることが望ましい。 D堤体下流面(越流部):ダムの安定計算から定まる勾配を侵すかたちでの形状の操作は不可。スムーズな流れを基本としているが、越流水の減勢効果をねらいとした下流面形状も考えられる。 E堤体下流面(非越流部):越流水による磨耗等の問題はないため、裏面処理も含めてデザインの操作性は高い。ダムの安定計算上定まる勾配を侵す形状の操作は不可。 F堤趾導流壁:越流水の挙動から定まる壁の必要高を侵すかたちで形状を操作することは不可。必要高を確保したうえで、いびつな折れ曲がりを整正することは可能である。
さらに、堀氏は「横川ダムを眺める場は右岸側のダムサイト広場しかないので、右岸より設けられたエレベータータワーの存在感を弱めるために詳細設計では、当然、このタワーの外形7.5m×7.0mを5.50m×5.65mの大きさに、天端からの立ち上がりを同じく約8mから7.35mに抑えることにし、ダムの眺めは抵抗感のないよう図った」と述べている。
天端照明については、豪雪のことを考えると高欄埋込み照明は天端の除雪時に損傷を受ける可能性があることからシンプルな柱状照明としている。ダムサイト広場はダムが見える場所性を重要視し、また、前述のようにダムサイトに立った時に感じた岩の露頭が持っている一種の荒々しさの地形の魅力を引き出すために、ダムサイト掘削法面について、折れ曲がり部のラウンディングを提案している。
また、法面の断面形状については、最下段の勾配を1:0.8から1:0.5と急勾配としたうえで、その壁画を広場を縁取るデザイン壁としてデザインした。施工目地に合わせてリブを設けた大きな単位での分節を狙った。リブとリブの間の部分には現場の岩を素材に用いたテクスチェア処理を意図し、最初、ダムサイトを印象付けていた岩の露頭の荒々しさのイメージの継承を図った、とある。
景観論から言えば、「ダムを丁寧につくる」と同時に「ダム景観を印象深くつくる」ことが肝要だと指摘し、そのためにはダムを十分に眺めやすい場所の設定が必要であると説く。横川ダムサイトはダム管理の拠点であると同時にダムをよりよく眺める場所でもある。なかでもインフォメーションセンターの屋上と芝生広場が重要な視点であるから、景観づくりでは見せる場所が決まったら、そこを眺めやすいようにつくることが大切だと主張する。
堀氏は広場は道路沿いと谷沿いの部分との二つに分けられたので、それぞれの方針を次のように記している。 @幅が狭く、立入利用に向かない道路沿い部分には、切土のり面、擁壁の圧迫感を軽減する役割を担わせる。 Aやや幅が広い谷沿い部分には、ダムを眺めながら休む展望休息苑地の役割を担わせる。以上のことを考え、図のようにデザインを行っている。
最後に堀氏は苑地、広場は添えものであるために、施設ほどには丁寧にデザインされることが少ないようだが、ダムを印象深く見せることで、そのダムの社会的価値を高める大事な装置だという。
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