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特別インタビュー
〜 竹林征三さんが新たな出版を準備 〜

 竹林先生は、これまで業界新聞のコラム等の執筆活動や各地での講演活動を通して、「ダムは無駄」「ダムは環境破壊」といった言葉のみが先行しがちな反対論のあり方に一石を投じてこられましたが、それらをまとめた著書『ダムは本当に不要なのか〜国家百年の計からみた真実〜』が、平成23年春のダム工学会著作賞に選ばれました。

 そして、その続編として『ダムと堤防〜治水・現場からの検証〜』をこの8月に発刊されます。これは、ダムに代わる治水のあり方や堤防について現場目線から検証するという視点で書かれたものとのことで、ダム問題の議論に新たな道筋が見えてくるのではないかと期待されます。もう一冊、同時期に発行される予定の『環境防災学』は、震災があったために急遽、最終章に東日本大震災に学ぶという章を書き足されたということです。今回は、この2冊の新刊書についてお話を伺うことにしました。

(インタビュー・編集・文:中野・北川、写真:廣池)


次々に登場するダム不要論に応える

中野: まず始めに著作賞を授賞された「ダムは本当に不要なのか」について伺います。
ダム不要論のどういうところに問題があると考えますか?また、ここなら理解できるというところはありますか?

竹林: この本は、昨年10月に出版したもので2部構成になっています。第一部は、田中康夫氏の「脱ダム」論が出た時、言葉のインパクトが大きく影響力があると思い、それが間違った方向に行ってはいけないということで、日刊建設工業新聞に60回くらい連載しました。これは「脱ダム」論のあれこれについて、一つひとつ丁寧に解説をしたものです。今回はそれを採録しました。新聞掲載時はもう一段落したかとも思いましたが、その後、政権交代を経て川辺川ダムや八ッ場ダムが中止ということになり、今度は「ダムによらない治水」への方針転換が、確たる根拠が見えないまま唐突に打ち出されてきました。それで以前の原稿に付け加えて、第二部に八ッ場ダムの治水、利水の代替案が本当にあるのかということを書き加えることになったわけです。この本の大半は、「脱ダム」論への反論となっています。


八ッ場ダムの代替案は?

中野: 八ッ場ダムに関する有識者会議の中間報告書をご覧になってどのようにお考えでしょうか。現在は、どのような方向性になっているのでしょうか?治水面、利水面からお聞きしたいと思います。

竹林: まず、代替案とするならば、遊水地やスーパー堤防を造るということがあげられていますが、八ッ場ダムを造るよりも何倍も費用がかかり、これは比較になりません。利水についても首都圏の人口増大で、東京オリンピックの時には水手当が間に合わなかった。その時の緊急措置として利根川の利水の安全度を5年に1回くらいにしたのですが、利根川の安全度はそれ以来ずっと低いままという訳です。少子高齢化の進行で人口減になるのでそんなに水需要は伸びないという人もいますが、数年毎に渇水・水不足が生起し、何%かの取水制限で何とか最悪の危機を切り抜けている状況です。

中野: 遊水池の案は、すでに川のそばまでたくさん人が住んでいるので難しいと聞きましたが。


竹林: それはコストの面にも関わることです。他の代替案は、海水の淡水化や、小河内ダムのうえにヨウ化銀をばらまいて人工降雨をするという対策をやっていますが、そのようなことでは渇水は改善されません。従って、代替案はすべて架空のもの、絵に描いた餅です。

脱ダム論の根拠は?

中野: 平成13年の脱ダム宣言は、計画高水流量を問題視して反対したのでしょうか?

竹林: そもそも複雑な自然現象を科学的に数字だけで説明することには限界があります。洪水時の流量などは確定ができません。類推しているだけです。雨が降って水が出てくるプロセスは、極めてブラックボックスだらけの話です。単純計算して議論できる話ではないと思います。だから、計画高水流量が、脱ダムの根拠と問われてもわかりません。

 今回の震災は想定外といっていますが、毎年日本のどこかでこれまでになかった洪水が起きているわけで、それに備えるのが治水事業なのです。

今回の『ダムと堤防』の出版は、ダムによらない治水

中野: 「ダムによらない治水」という方向性については、どのように思われますか?

竹林: 現政権は「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げ、「ダムによらない治水」を考えるという方向でダム事業を見直しました。そこで「ダムは悪い、堤防がいい」という観点から、ダムによらない治水を考えようというのが、この度の有識者会議の主目的のようです。それでは「ダムによらない治水」ということについて、本当のところはどうなのか、詳しく書いたのが今回出版する『ダムと堤防―治水の現場からの検証−』です。この本はとにかくダム反対という情緒論に立ち向かうものではなく、治水・現場からの検証というタイトルをつけて、ダムによらない治水ということがどういうことかを考えてみたもので、8月に鹿島出版会から出版することにしました。

中野: まだ出版前ですが、内容についてお聞きしてよろしいでしょうか。

竹林: 前回の本は、反対派の人たちの言うことに対して真面目に答えようとしたものですが、今度は普遍的に「ダム」とは何か、「堤防」とは何かということについて、詳しく解説した内容になっています。タイトルのことですが「ダム」は"つつみ"。「堤防」も"つつみ"。いずれもその語源は同じ意味ですが、一般には「堤防」についても「ダム」と同じように大きな誤解があると思い、これを解き明かしてみようと思って急遽とりまとめたものです。


"ダムはムダ"という固定観念にとらわれて、おのずと反対

中野: ダムと堤防には、どういう誤解があるのでしょうか?

竹林: ダム不要論、つまりダムによらない治水を考えるべきだという人たちの中には、ものごとの一面しか見えていないのではないかと思います。すべての物事には両面あるものです。例えば、ダムは工事中、確かに環境破壊の面がありますが、完成後は長い目でみれば、環境にも生態系にも非常に良い影響を持つという側面もあります。治水、利水に関しても、普段は役に立たないが、イザというときに大きな力を発揮する、消防や自衛隊のような存在です。平常時と非常時では全く異なっていて、二面性があります。それを無視した反対論が多いのではないかというのがこの本の大きな軸です。こういった切り口から環境、治水、利水において表裏二面性を説いてみました。

 堤防には余裕高がある。少し堤防を強化すれば洪水はいくらでも流れる等々、切れない堤防をつくればどんな洪水にも対応することができるというとんでもない論が流されている。


日本の河川の特徴と宿命

中野: 川という自然の猛威を相手にしていることを忘れて、とにかく頑丈な堤防を作れば安全になるという議論はおかしいという訳ですね。

竹林: そもそも堤防や川についての理解がまだまだ一般の人になじみがないのではないかと思います。日本の河川の宿命は、急峻で短く、洪水の危険性に対しては、ものすごく危ないということと、同時に水需要に対しても厳しい条件にあるという宿命を背負っていることに対する理解があまりに少ない。日本のダム、堤防、河川はどういうものかということについて、ごく普通の認識にたってもらえれば、おのずと解ってもらえると思い、今回、本を出させて頂きました。

切れない堤防の幻

中野: 堤防が良いという面と、そうでない面もあるのですか?

竹林: 第一に、切れない堤防というのは幻です。事実、毎年日本のどこかで堤防が切れています。では、堤防はなぜ切れるのか?その原因として越流(オーバートッピング)、浸食(エロージョン)、漏水(パイピング)というものがあると説明されるが、自然現象はそんな簡単なものではない。私がお会いした伊藤光好(元海津町長)さんは、長年の洪水現場での水防活動をとおして堤防の真の破壊のメカニズムを分かっていらっしゃった。洪水の度に堤防がユラユラ揺れて、長靴がドボドボもぐる、こんな恐ろしい経験から抜け出したい、川の水位はたとえ10cmでも20cmでも下げて欲しいと切々と訴えられた。洪水時、堤防は揺れる原因・メカニズムについて詳しく書いた本を見たことがないのです。

 コンクリートダムは、静水圧と揚圧力の二つの外力に対して、コンクリートの重力と岩盤面の剪断抵抗力の二つの抗力でもって設計している。堤防の場合は揚圧力にあたるものはどうなるかということである。浸潤線以下の空隙を水で満たされた堤体を構成している土粒子にバラバラに水圧がかかり、堤防は半液状化状態になり破壊する。もともと土を盛ってつくった、堤防というものは、そういうものです。ダムをやめて堤防を強化すればよいという人がいますが、堤防の破壊のメカニズムが解らなければ強化の対策も決まらない。



中野: 堤防をどんどん強くしていけば安全が得られるというものではないのですか?

竹林: 大阪平野を流れる淀川は、明治、大正、昭和と何度か破堤して大阪市内が大々的に浸水しましたが、洪水が去ったあと浸水被害を減らすためには人為的に下流の堤防を切って内水を河川に戻すことが求められる。地元の人は、堤防を一刻も早く人為的に切って欲しいといいますが、行政はなかなか切れない、そこで、地元の人が自らの手で次々に切っていきます。「態(わざ)と切り」によって被害を少なくするのです。ということは、堤防というものは、浸水被害を大幅に軽減するために人為的に切らなければならない時が往々にしてあるのです。何日も浸水状態が続けば市域は壊滅してしまいます。切れない堤防は幻です。氾濫・浸水を許容する町づくりなどありえません。
堤防は切れることを前提に考えること

中野: つまり堤防というものは絶対に切れないということを前提としないということですか?

竹林: そう。切れないように堤防を強化し丈夫にしようとすることも非常に重要ですが、これまで以上の既往最大洪水が想定されている。大雨が来たら堤防の一番弱い所が、切れる。水防活動の役割・意義は極めて大きい。更に、切れた後のことも想定しておけば「態と切り」の対応もスムーズに出来る。

中野: 堤防は切れるものだというのは明確に認識されていませんので、実際には難しいですね。

竹林: もう一つ、堤防を作ることで河床がどんどん上がるということを覚悟しておかねばなりません。日本の川は放っておけば、天井川になるという宿命を背負っています。

 一つ目は、川は水を流す所だけではなく、山地崩壊した土砂が徐々に下流へ流されてくる。川は上流から流されくる土砂の堆積することころなのです。
 二つ目は、堤防を築いて守らなくてはならない所に人が住まねばならないこと。

 この条件がある以上、どんどん天井川は成長して行くわけです。つまり川は生きている。どんどん自然が変化していくプロセスの一場面です。川はより安全であって欲しいと考えるのは人間の勝手です。人間の思いとは逆に天井川の宿命でどんどん危険になっていく。天井川はフライングリバー(空を飛ぶ川と英訳している)は、どうも日本の川の特徴のようです。

洪水から国土を守る

中野: ダムにたよらない治水というのは、もしかするとあり得ないことなのですね。

竹林: ダムやスーパー堤防は治水の切り札です。大手術のようなものです。大変な治水の努力がなければできません。今回の原発の事故を見てもわかるように、一大プロジェクトをする時には、地道な地元との交渉でプロジェクトに対する深い理解と大きな協力がいるわけです。日本は独裁的な権力社会ではないので、住民一人一人の理解があってはじめて治水の安全度が高まるわけです。八ッ場ダムの計画が50年かけてようやくここまできたことはある意味快挙です。これまでの大変な先人の努力の結晶であるとを考えると、八ッ場ダムに代わる施設をこれからつくることとなれば、今後それ以上はるかにもっと時間と人のエネルギーがかかることになるということです。

 スーパー堤防が400年もかかるから無駄であると事業仕分けで言われましたが、日本の堤防の歴史はここまでくるのにそれ以上かかっています。築いては壊れの繰り返しをし続けて来たのです。堤防を高く築けば河床が高くなり、より危険も増す氾濫原に都市を築いてきた。自然相手のいたちごっこです。破堤の輪廻の宿命です。

 治水は国家100年の計として、延々とやっているわけです。手を抜かざるを得なかったのは戦争中の時だけです。その結果、戦後日本の川はあちこちで破堤を繰り返しました。川というのは、ごまかしがききません。人間が手を自然に加えて変えていく、自然が川を変えていく、そういうことですが、人には暮らしがあり、経済がないとやっていけないので危険なところにも価値を見出して居住空間、産業の場としてきた、洪水から国土を守るため、先人達の知恵と努力で洪水調節するダム技術や、洪水の予報技術等も進展し治水の安全度も向上してきたことも事実でしょう。マスコミは氾濫原に発展した文明の宿命について何も言わない。想定を越えた自然現象というものは必ず来ます。

五つの気象異変と地球温暖化

中野: 今回の大震災では千年前の津波の跡があったのに、それを生かせなかったと言われていますが。予想をはるかにこえていたということは、ほかにも要因があったのでしょうか。

竹林: 東日本大震災では、500qにわたりプレートが連動して動いたことで日本の歴史上最大級の巨大地震がおこりましたが、こうした巨大地震には火山の噴火なども連なっていると考えられますから、どうやら天変地異の世紀に入ってきたことは間違いないのでしょう。
 日本列島が乗ってるプレートの活動期に突入したようです。

 また、大地だけなくなく大気もおかしくなってきた日本の気象についても五つの気象異変が起きています。
1.降れば大雨、降らなければ小雨という降雨変動幅が拡大
2.全国平均の年降水量の経年変化、トータル雨量の減少化
3.局所集中豪雨の頻発、多発しているゲリラ豪雨はどこで起こるかわからない
4.季節の区分に異変が起き、台風期・梅雨期にも異変が起きている
5.台風の襲来の異変が起こっている、台風上陸頻度がゼロになったり、10になったり、時期はずれに来たり。

 また、ダムにかかわることについて言えば、雨の降り方も変わり、豪雨頻度が大きくなれば、ダムの治水、利水効果も激減していきます。これまで日本のダムは効率を追求しすぎたのではないか、ダムの運用は洪水期には水位を下げ、非洪水期には上げるという人為的に水位を変化させる制限水位方式により、貯水容量を有効利用しようとしてきましたが、この考え方は日本の気候が安定している時はよかったのですが、今のように季節の区切りが不安定な時にはかえってマイナス面の方が大きいと考えられます。制限水位までに水位を急激に降下させることにより、水際線の帯状裸地が増えるのも環境破壊ということで、マイナス面です。

 このようなことから、今は日本のダムが必要なくなったという訳ではなく、効率重視のダムではなく、ゆったりとした貯水池計画のダムにしていくようにしなくてはならないということだと思います。そうすればダム湖の湖周の水辺環境ははるかに良くなっていくのです。ダムの治水・利水の安全度が大幅に目減りしていっている。治水・利水の安全度の回復のために新たな治水容量、利水容量の確保は喫緊の重要課題です。


緊急出版『環境防災学−災害大国・環境を守る文理シナジー』

中野: もう一冊出版予定の「環境防災学」についてお話を伺っていきたいのですがよろしいですか?当初の出版予定よりも遅くなったのは何か理由があったのですか。

竹林: 今回の大震災です。本の構成は、環境とは何か、防災とは何か、二つあわせた環境防災とは何かという三本立てになっています。それに今回、最終章に、東日本大震災と福島第一原発事故という困難にどう立ち向かうかということを考えて書き足しました。

中野: 『環境防災学』とは、どういうものでしょうか?

竹林: 一つは、災害は最大の環境破壊であるということ。そして環境とは、人間にとって恐ろしい一面があるということ。それは、大自然の営力(いとなみ)災害です。例えば、火山の噴火、地震、津波。これらが環境に与える影響力はすさまじく、とてつもない環境破壊を招くものだということをよく理解しておかねばならない。

中野: なるほど、自然災害こそが最大の環境破壊であるのだということは、改めて考えてみればそういうことになるのですね。

A:災害を防ぐ防災は環境保全の根幹ということになります。防災とは、その環境破壊である「災」に対してどう備えるのかということにほかならないのです。しかし、防災学というのは、体系ができていないのではないか。どうも災いの分類ができていないと思います。すべての学問は体系的分類から始まる。また、環境についても、災いと同様に正鵠を得た分類が出来ていない。そこで、東洋の知恵を借りようと思ったのです。


東洋の知恵に学ぶ

中野: 東洋の知恵とは、具体的になんでしょうか?

竹林: 西洋の知恵はものごとをバラバラにすることは得意なのですが、バラバラのものを一つのものに分類して体系立ててまとめて、とらえることは東洋の知恵は格段と深い。象形文字である「漢字」の概念や深い瞑想の結実である「お経」。そこには、たくさんの知恵の結晶の分類がなされています。それを参考にすれば、環境も防災も分類ができるのではないかと考えたのです。どうやら大自然からの驚異である災いについても、抜け落ちているのが環境という視点。防災とは、災害の予知から始まって、予防、復旧となりますが、復旧していく時に、環境を良くすること良好風土の形成を考えないのは、大きな忘れ物をしているということに気がついたのです。

環境と防災を体系にする

中野: 人間の暮らしに自然災害は、必ず起こる。それは大きな環境破壊をもたらすものだと。だから、人類としては災いからの復旧・復興のプロセスで、さらによい環境を創造していくという概念が大事だということですね。

竹林: 環境と防災は、結ばれて始めて大きな体系ができる。それは、今まで誰も考えてこなかった概念です。そう思いついて本をまとめだしたら、東日本大震災が起こったので、急遽、第6章に、東日本大震災から学ぶ、東電の原発事故から学ぶという章を追加して書き加えました。それで出版が遅れてしまいました。

国難に立ち向かう知恵



中野: 環境と防災をひとくくりに体系たてて考えるわけですね。その結果、もっとも大事なのはなんでしょうか?

竹林: 追加した6章で言いたいのは、国難にどう立ち向かうかということです。日本人は、敗戦で本土大空襲(広島・長崎の原爆を含む)焦土と化したところから見事に復興しました。国難を乗り越えた事例だといえます。そして、大地震の例では関東大震災です。そして、今は、東日本大震災と原発の事故という二重の国難です。

 それまで人々が営々とやってきたことが、全部なくなってしまったということで、大変な国難です。そういう国難の時にどのように対処すれば良いか歴史に学ぶことが有効だと思います。かつて、浜口内閣の時、未曾有の国難に遭遇します。人々に窮乏生活を強いる政策をとり大失敗しました。その次の内閣の高橋是清は人々に仕事を与えるということで、大々的に失業対策の公共事業をやるという時局給~事業ことをやりました。それで日本は立ち直ることができました。
 北宗の政治家である范仲淹(はんちゅうえん)は「天下の憂いに先んじて憂え、天下の楽しみに遅れて楽しむ」「先憂後楽」という言葉で有名です。東京ドームのある後楽園の名前の由来です。国難の時には、イベントと仏事をどんどんやらせなさいと説いています。これは、みんながひとつになって明るい気持ちになれば、国難は解決できる。また、失業対策として今までやってこなかった公共事業を大々的にやりなさいと、説いているのです。

エネルギーがなくなれば文明は滅びる

中野: 今は、その国難の時であるとお考えですか?

竹林: 文明には、不可欠な3つのものがあります。それは、水、食料、エネルギーです。これらのいずれかひとつなくなったら、その文明は滅亡してしまいます。歴史を見ればわかることです。今の日本を考えてみると、水の自給率(仮想水の概念より)は約50%、食料は約40%、エネルギーはわずか4%台です。こうした低いエネルギー自給率をどのようにしていくのかが問題ではないでしょうか?

中野: なるほど、エネルギーが足りなくなれば、当面は節約すればなんとかなるでしょうが、世界第三位の経済力はさらに衰退する一方でしょうね。

竹林: 20世紀は地下石油資源の争奪を巡る戦争がたえませんでした。エネルギー自給率4%では、国際紛争に巻き込まれれば一瞬にして日本文明は滅亡の危機に陥ります。これまでの石油危機のたびに自然再生エネルギーとして太陽光や風力等に国策として大変てこ入れしてきましたが、太陽光は平地の少ない日本には根本的になじみません。気象変化の大きい日本には風力もなじみません。日本の電力の約30%は原子力です。日本の原発技術は世界一の評価を得ています。今回の事故の教訓に学び世界一安全な原子力発電をつくることができるのは日本の技術です。文明はこれまでも大きなリスクを克服して出来てきました。宇宙開発、遺伝子組み替え、臓器移植、IPS細胞等々、先端技術には大きなリスクが内包している。そのリスクを一つづつ着実に克服して現在の文明社会がある。リスクから逃避した文明は衰亡の道をたどる。

ダムの決壊による災害もあった

中野: 防災と言う観点から見ますと、過去にダムの決壊による災害もあったようですが。

竹林: ダムの歴史を見渡すと、マルパッセダム(Malpasset、1959年)、ティートンダム(Teton、1976年)などの決壊の事例があります。日本でも、アースダムの決壊の例がいくつか報告されていますが、それらは戦前に造られたアースダムで、いわば構造基準のない時代のダムです。決壊の理由で一番多いのは余水吐の設計能力不足により越流して、破堤したものです。地震時の決壊の事例としてはダム設計の基本である着岩が不十分であったことによる決壊が多いのではないかと私は思います。本来、ダムというものは第三紀以前の基礎岩盤に着岩しておれば地震時にも揺れ振動は小さいものです。阪神淡路大震災の時、神戸市街は壊滅的な被害を受けましたが、明治時代初期に造られた布引五本松ダムは壊れませんでした。そんなに古くに出来たダムがなぜ壊れなかったのかというと、着岩していたので揺れは少なかったから壊れなかったんです。


中野: そうなんですか?揺れていないとはどういうことでしょうか。

竹林: 地震は地中の深所でおきます。地中の地層が問題です。とくに第三紀層以前の基盤が重要なのです。第三紀より上には、第四紀があり洪積層、沖積層に分かれます。第三紀より古い地層に着岩していればあまり揺れないのです。その上の洪積層に揺れが伝搬する時には数倍揺れは増幅します。さらに洪積層から沖積層に伝搬する時も数倍増幅します。だから、沖積層の上に造られた構造物はもっと揺れるのです。そこで、ダムは洪積層、沖積層さらに風化層や表土を削りとって、第三紀より下の新鮮な岩盤に着岩しなさいということがダム技術の基本理念です。アースダムの決壊の事例の一因として考えられるのは、風化層の掘削が十分ではなかったようなことがあるのではないかと思います。例えば、そのようなダムの貯水池が満水に近い時に、堤体基礎からの浸透水が堤体内の湿潤線を大幅に押し上げていたとしましょう。そんなところに巨大な振動を受けたりすると、液状化と同様な現象が起き、一瞬にして崩壊するという可能性もあるのではないかと私は思っています。

究極のクリーンエネルギーとしての水力発電

中野: 原発の関係で自然再生可能エネルギーに関心が集まっていますが、こうした動きについては、どのようにお考えですか?

竹林: 電力で一番エネルギー変換効率が良いのは、水力発電(約80%)です。初期投資にはお金がかかりますが、ランニングコストがゼロに近いからです。自然再生エネルギーの優等生です。水力発電を再評価すべきです。

 太陽光エネルギーは、晴れた日中しか発電しませんし、エネルギー変換効率がわずか10%の極めて不安定で質の悪いエネルギーです。広大な平地が必要である。平地の少ない日本では太陽光は根本的に最も適さない電力です。地熱エネルギーは、多くが国立公園内にあるし、立地条件が極めて難しいです。風力エネルギーは日本のような地形気象条件では風向風力変動が極めて大きく不向きです。低周波の問題もあり、環境破壊です。原子力は、安全性が確保できれば、大容量で安定した良質でしかも安価な大事なエネルギーです。

 エネルギーをどう使うかということをもっと真剣に考えないといけないのは間違いない事実です。いたずらに脱原発とか言うと、日本経済は壊滅します。つまり、エネルギーを失うと文明が滅びるということが現実になるのです。今は、国難にどう立ち向かうか、その時、どういう意志を持って立ち上がるかが大事ではないでしょうか。みんなで考え、行動しましょう。そう思って本を書きました。

中野: あらためてダム工学会での著作賞の受賞、おめでとうございました。本日は、貴重なお話をありがとうございました。



(参考)竹林征三さん プロフィール

氏 名:竹林 征三(たけばやし せいぞう)
生年月日:昭和18年9月

学 歴:
昭和42年3月 京都大学土木工学科卒業
昭和44年3月 京都大学大学院工学研究科修士課程修了

学 位:工学博士(京都大学)平成8年11月

職 歴:
昭和44年4月  建設省に入省
…………………………………………………………………………………
昭和59年4月  近畿地方建設局琵琶湖工事事務所所長
昭和61年4月  関東地方建設局甲府工事事務所所長
…………………………………………………………………………………
平成3年4月  土木研究所ダム部長
平成6年4月  土木研究所環境部長
平成8年4月  土木研究所地質官
平成9年4月  (財)土木研究センター風土工学研究所所長
平成12年4月  富士常葉大学環境防災学部教授、附属風土工学研究所所長
平成18年4月  富士常葉大学大学院環境防災研究科教授(兼)
平成22年    山口大学大学院理工学研究科講師 
平成22年    富士常葉大学名誉教授 現在に至る

専 門:河川学、砂防学、環境防災学、風土工学

主な受賞歴:
平成5年7月  建設大臣研究業績表彰「ダム・堰技術の高度化と水歴史文化に関する研究」
平成10年4月 科学技術庁・長官賞受賞、第一回科学技術普及啓発功績者表彰
平成10年5月 前田工学賞受賞。 第五回年間優秀博士論文賞
      「風土資産を活かしたダム・堰及び水源地のデザイン計画に関する研究」
平成14年4月 北上市創作民話公募「鬼翔平物語」最優秀賞受賞
平成15年7月 国土交通大臣建設功労表彰

主な著書:
「東洋の知恵の環境学」ビジネス社、1998.5
「風土工学序説」「風土工学の視座」 技報堂出版、1997.8、2006.8
「ダムのはなし」「(続)ダムのはなし」 技報堂出版、1996.2、2004.4
「甲斐路と富士川」土木学会山梨会、1995.9
「実務者のための建設環境技術」山海堂、1995.7
「湖水の文化史シリーズ」全五巻、山海堂、1996.7〜1997.2
「湖国の水のみち」サンライズ出版 1995.5
「環境防災学−災害大国日本を考える文理シナジーの実学−」技報堂出版、2011.8
「ダムと堤防−治水・現場からの検証−」鹿島出版会、2011.8

(参考) ウィキペディア・竹林征三

[関連ダム]  八ッ場ダム
(平成23年7月作成)
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 (竹林 征三)
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