全項目表
 
ダム番号:624
 
八ッ場ダム [群馬県](やんば)


15/03
ダム写真
D-shot contest 入賞作品   →ダム便覧トップ写真   →フォト・アーカイブス [ 提供者順 / 登録日順 ]
どんなダム
 
ダム名は沢の名から
___ 「八ツ場」と書いて「やんば」と読む。珍しいが、この名はダムサイトの直上流に左支川として流入する小さな沢の名からきている。この沢の名は、ダムサイト左岸の字名にもなっている。
温泉街など水没多数
___ ダム建設に伴い、川原畑、川原湯地区が全戸水没、横壁、林、長野原地区はその一部が水没。水没世帯は約340に及ぶ。中でも川原湯温泉街では18軒の旅館や約50軒の土産店、小売店、サービス業が全部水没することになる。公共施設としては、小中学校、JR吾妻線、国道145号等が水没。水没者の多くは、集落ごとにダム湖の湖畔に代替地を造成する「現地再建方式」(ずり上がり方式)により移転。公共施設は移転や付替え。生活再建を進め、新しいまちづくりを目指す。
半世紀に及ぶ歴史
___ 利根川改定改修計画の一環として昭和27年に調査に着手。一時中断を経て、昭和42年に実施計画調査を開始。昭和45年、建設に移行。平成13年6月には、補償基準の調印が行われた。半世紀に及ぶ建設の歴史がある。
吾妻峡を残すためダムサイトを変更
___ ダムサイトは当初、地形・地質上最も有利な位置に計画したため「名勝吾妻峡」のほぼ中央部にあったが、吾妻峡を最大限残すために、昭和48年に約600m上流の現ダムサイトに変更。吾妻峡の指定区域約3.5kmのうち下流側の約4分の3は現況のまま保存される。吾妻峡のうちでも最も観光客が訪れる「鹿飛橋」付近は、手を加えない。
テーマページ ダムインタビュー(70) 陣内孝雄さんに聞く 「ダムが出来たら首都圏の奥座敷として 訪れる温泉場に再びなって欲しい」
インタビュー  音楽でダムを表現する時代が来た 〜 ダムガール登場 〜
「理の塔、技の塔」 〜私説・戦後日本ダム建設の理論と実践〜 (8) 地元補償:「水特法」の精神
「理の塔、技の塔」 〜私説・戦後日本ダム建設の理論と実践〜 (10) 高度経済成長と水資源開発
レポート:品木・八ツ場ダム見学会  現場に行くと見えてくるものがある 
ダムインタビュー(32) 土屋信行さんに聞く 「きちんとやるべきことと、そうでないことの本当の仕分けが今こそ必要ではないか」
ダムインタビュー(31) 宮村 忠先生に聞く 「これからは‘線’ではなく‘点’で勝負すべきだ」
ダムインタビュー(27) 虫明功臣先生に聞く 「八ッ場ダムは利根川の治水・利水上必要不可欠」
特別インタビュー 〜 竹林征三さんが新たな出版を準備 〜
このごろ ダムは税金のムダ?
ダム随想 〜 ダム建設の凍結
wDNレポート(9)〜今、迫り来る大災害の危機
ダム随想 〜 南の島で八ッ場ダム
線から点へ
ダム随想 〜 水資源開発と八ッ場ダム (前編)
ダム随想 〜 水資源開発と八ッ場ダム (後編)
八ッ場ダム本体着工〜カスリーン台風から68年目
画期的な八ッ場ダム見学会
八ッ場ダムを見学しました
春爛漫やんばウォークに参加してきました
八ッ場ダム定礎式〜カスリーン台風から70年目
「やんばだむ」と「やつばだむ」
左岸所在 群馬県吾妻郡長野原町大字川原畑  [Yahoo地図] [DamMaps] [お好みダムサーチ]
位置
北緯36度33分25秒,東経138度42分51秒   (→位置データの変遷
[近くのダム]  鍛冶屋沢(2km)  大津(8km)

河川 利根川水系吾妻川
目的/型式 FNWIP/重力式コンクリート
堤高/堤頂長/堤体積 116m/291m/911千m3
流域面積/湛水面積 711.4km2 ( 全て直接流域 ) /304ha
総貯水容量/有効貯水容量 107500千m3/90000千m3
ダム事業者 関東地方整備局
本体施工者 清水・鉄建・IHI
着手/竣工 1967/2019
ランダム情報 【水特法関係】八ツ場[法第9条指定ダム等]、水没総面積:316ha、水没戸数:340戸、水没農地面積:48ha、ダム等の指定年月日:S61.3.18、水源地域指定年月日:H7.9.29、整備計画の決定年月日:H7.11.28、H12.2.10一部変更
【検証対象ダム】平成22年9月28日、国土交通省 [八ッ場ダム]
【検証対象ダム国交省対応方針(H23.12.22)】継続
ダムカード画像コレクション
八ッ場ダム [建設中] Ver.0.0 (2015.5)
[協力:安部塁]
八ッ場ダム(建設中) Ver.0.1 (2016.09)
八ッ場ダム(建設中) [第3回やんばウオーク] Ver.3.0 (2016.10)
八ッ場ダム [春爛漫八ッ場ウオーク] Ver.2.0 (2016.5)
[協力:ピンクのうさぎ]
道の駅八ッ場ふるさと館 [八ッ場ダム] Ver.1.0 (2014.1)
道の駅八ッ場ふるさと館 [八ッ場ダム・丸岩大橋] Ver.3.0 (2015.10)
道の駅八ッ場ふるさと館 [八ッ場ダム・不動大橋] Ver.2.0 (2015.01)
[協力:安部塁]
道の駅八ッ場ふるさと館 Ver.4.0 (2016.9)
リンク DAM Photographer・なんか繋がったらしい・・・
DAM Photographer・繋がったのを見てきた・・・
DAM Photographer・名前ついた・・・
DAM-goodfellows・八ツ場ダム
ダムペディア・0624-八ッ場ダム/やんばだむ
ダムマニア・八ツ場ダム
ダム日和・夏休み特別版 親と子のダムめぐり
八ッ場ダム工事事務所(国土交通省関東地方整備局八ッ場ダム工事事務所)
参考資料
■八ッ場ダムの生活再建案について:編集部
【ダム日本 No.435(S56.1)】
関連書籍 ■萩原好夫 『八ッ場ダムの闘い』 岩波書店 1996
諸元等データの変遷 【05最終→06当初】ダム名[八ツ場→八ッ場]
【06最終→07当初】河川名[吾妻川→置賜野川] 目的[FWI→FNWI]
【07当初→07最終】河川名[置賜野川→吾妻川]
【08最終→09当初】竣工[2010→2015] 堤高[131→116] 堤頂長[336→285] 堤体積[1600→910]
【09最終→10当初】目的[FNWI→FNWIP]
【10最終→11当初】堤頂長[285→291]
【12最終→13当初】堤体積[910→911]
【13最終→14当初】流域面積[707.9→711.4]
【14最終→15当初】竣工[2015→2019]
【15最終→16当初】本体施工者[→清水・鉄建・IHI]

■ このごろ (はじめの部分) → このごろ目次
ダム随想 〜 水資源開発と八ッ場ダム (前編)

 
 ダムによる水資源開発は、余っている時に水を貯めておいて、足りないときに足りない分だけを補給するという形で行われる。余っているとか足りないとかいうのは、各取水地点において実際に流れている水の量と、取水する量(水利権量)との差の合計である。水利権というのは早い者勝ちで  ・・・→ 全文はこちら
(H24.5.23、中村靖治)


■ このごろ (はじめの部分) → このごろ目次
ダム随想 〜 水資源開発と八ッ場ダム (後編)

 
 現在使っている水が使えないとなると、新たな水資源開発施設を手当しなければならなくなる。その場合、八ッ場ダム計画以降にも水利用は進んでいるから、新しい水資源開発施設は単価の高いものにならざるを得ない。八ッ場ダムによる開発水は、計画が承認された段階で  ・・・→ 全文はこちら
(H24.5.25、中村靖治)


■ このごろ (はじめの部分) → このごろ目次
八ッ場ダム定礎式〜カスリーン台風から70年目

 
 カスリーン台風の大災害から70年という節目を迎える本年、建設中の八ッ場ダムで定礎式が行われました。(平成29年3月4日)  ・・・→ 全文はこちら
(H29.3.9、ダムマイスター 01-024 安部塁)


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ダムインタビュー(32)
土屋信行さんに聞く
「きちんとやるべきことと、そうでないことの本当の仕分けが今こそ必要ではないか」

 土屋信行(つちや のぶゆき)さんは、江戸川区の現職の土木部長で、水害から区民を守るために何をしたらいいか、その対策に日頃取り組んでいる方です。また、幅広い実践的知見を持つことがよく知られており、講演や意見を述べる機会も多いようです。
 平成21年12月には、八ツ場ダム問題をとりあげた群馬県議会では参考人として利根川の下流域の住民を代表する形で、洪水調整のためには上流部にダムは必要との意見を述べられました。また、平成20年12月、タワーホール船堀(江戸川区)で開催された「世界海抜ゼロメートル都市サミット」では、ホストシティを代表して「スーパー堤防事業による街づくり」をプレゼンテーションされました。この「スーパー堤防事業」は、政府の仕分けでは廃止とされたことは記憶に新しいところですが、一方では、治水事業を国是とするオランダからは高く評価され、平成22年11月には大臣クラスを団長とする視察団が来日しています。


 今回のインタビューは、区内のおよそ7割が海抜ゼロメートルという江戸川区において、低平地に多くの人口集積を抱えるという難題のもと、区民の安全安心をどう考えるかについてお話をうかがいたいと思います。

(インタビュー・編集・文:中野・北川、写真:廣池)

行政として、具体的に治水を考えるということ

中野: なるほど流域面積が大きくてたくさんの人が住んでいる、そういうことで難しいのですね。明治以降も何度か水害がありました。

土屋: 私は、江戸川区の治水の責任者として川のことを預かっているのでお話したいのですが、決定的に難しいというか、大きな要素となるのは、明治の頃の東京大水害の後に掘られた荒川放水路が、都心を守るための構造として掘られているという事実です。

 これが荒川放水路の東側のぜい弱性を形作っています。都心を守るための堤防の方が厚く、当然、反対側は低い。しかし、この事実を否定する人もいて、あまりに悔しいので僕が全部実測しました。ものの見事に低いです。いちばん低いところでは2メートル40センチくらい、厚さも10メートルくらい薄い。その実測値を誰もが認めなければならないと思っています。


 でも、当時は仕方のなかった事です。昔の江戸川区側は、田園風景豊かな農村地域でしたから。それで都心部を守るという考えは良かったのです。本来、自然の構造物の河川として成り立っている時代は良かったのですが、人工構造物として水路を掘った以上安全性は確保するというのが、人工的に造った構造物の責務だと思います。道路を造ったら、道路が安全であることを当然期待するのですが、自然発生的にできた獣道を歩いていて、転んだといっても、自分で失敗したなと思って、誰も道が悪いとは言いません。自然物が自然物として存在する間は誰もが我慢できるのですが、人工構造物として造ったのなら、安全性を守って欲しい。そうだとしたら、江戸川の東の方には住むなと言うべきで、住まわせたのなら守れと。逆に言えば守らなくちゃ行けないということです。

堤防は人を守るが、一方でリスクも生む

中野: 明治43年の大水害で荒川に放水路ができることになるわけですが、それから中川が出来て堤防に守られた形になってきて、区として水防についてどのようにお考えでしょうか?


荒川放水路計画
土屋: その前に、お話させてください。低平地がどのようにできるかについてはこだわりたいのです。
 明治43年の水害で荒川に高い堤防ができ、いわゆる囲われた地域ができた。陸地で言えば離れ小島のような場所ができたというのが一つ。それから昭和22年のカスリーン台風は、利根川水系に初めてダムを治水の中に位置付けるという考えのきっかけになった洪水ですので、この後は上流域ではダムによって洪水調節をしようとなった訳です。その間に、もう一つ大正6年の高潮台風というのがありますが、これは都市域において本格的に高潮堤防で守らなければならないという考え方が入ってくることになりました。その後、昭和24年のキティ台風があってこれも高潮台風でした。これで高潮堤防の高さを定めておこうとなったのです。その後、昭和34年の伊勢湾台風が来ました。これがもし東京湾を通っていたら大変だったということで、低平地の堤防の高さは洪水だけではなく、高潮のための堤防の高さも考慮して決めることになったのです。


 言ってみれば、既往災害という言い方をしますが、誰もが心情としては同じ規模の台風が来たときに、もう大丈夫だというところまでの高さで補強しましょうというのをみんなが認めるということで、いわゆる洪水の歴史が堤防を丈夫に高くしてきたと言えます。耐震補強もそれと同じようなことです。関東大震災があって、耐震性ということが確立してきて、いちばん最近では阪神淡路大震災があって、より強化されたということです。ですからみんなが体験することで進んできている。事実の積み重ねというのか、二度と同じような規模の災害で命を落とすことがないようにという考えがあって、結局はそれで我々が今住んでいる、低平地が形作られてきたと思います。

中野: カスリーン台風では、どんな被害があったのですか?

土屋: これは荒川放水路が出来てから起こった本格的な台風被害です。想定としては、もし洪水があっても桜土手という葛飾区にある小合溜という溜池のところにある堤防のところで、誰もが止められると思っていたのです。この桜土手というのは実は江戸幕府が直轄工事で造って守っていた堤防で、その下部が、葛西郷という郷になっていて、その郷の周りが輪中堤のようになっています。そのいちばん北側が桜土手というのになっていて、みんなその堤防は切れないと思っていたのですが、それが切れてしまい、一気に下流に洪水が来たのです。しかし、その前に荒川堤防が完成していたので堤内地側に水が溜まってしまいました。荒川の東側と江戸川にはさまれたところに水が溜まってしまったのです。自然河川としての中川だけだったら、もう少し氾濫域は広がりますが、浸水深はもっと浅くて済んだのではないかと言えます。

 実は、どこでもそうですが、堤防を造ればそこが一つのガードラインになりますが、囲まれた土地は安全なのかどうか。逆に堤防が切れれば、その囲まれた範囲だけが水没する。ブロック化といいますか、一方で荒川がそのブロック化の防御ラインになった。最下流で考えれば、カスリーン台風では、江東区、墨田区までは水は来ていませんから、そこが判断の難しいところです。でも、都心を守る荒川放水路という目的で考えれば、見事に役割は果たしたと言えます。

江戸川区民として八ツ場ダムは必要

中野: また八ツ場ダムの問題に話が変わりますが、以前、群馬県議会でお話されたとのことですが、その内容を伺えますか?

土屋: 明治の洪水、カスリーン台風、いろいろな災害にあって洪水の危険を感じている私たち下流域のために地元の方には得心していただいて、ダムを受け入れるとなったことについて、とにかく有り難うございますということを群馬県の皆さんにお伝えしたくて話しました。そして下流の人が洪水と戦ってきた歴史を話させていただき、八ツ場ダムの計画は50年もかかったけれど、ここまでの決心をいただいたので、ぜひダムを作っていただきたい。私たちもいっしょに頑張っていきたいと話しました。

中野: 緑のダムについても触れられたのですか?

土屋: 洪水の歴史を中心に話しまして、その中には、緑の森が豊かになればダムに匹敵できる水が保水できるというのはとんでもない話ですよと、そういう話もさせていただいた。どちらかというと技術的な話ではなく、僕自身が山に登るものですから、山に入っていて雨が降ればもう10分くらいすれば登山道なんかはもうドロドロになって水が流れていきます。もし、山に多くの保水機能があるというならば、30分くらい雨が降ったとしても、山道が川のような状態になる訳がないのです、そういうことを話しました。砂山にじょうろで水をかけて表面が川みたいになって水が流れるようになるのですが、実は砂を掘ってみると、中はパサパサした状態になっている。あれと同じようなことが山の中でも起こっているのです。山は急に降る雨にはあまり期待できないし、長く降り続いた後の雨にも保水力は無い。そういう話を自分の体験も含めて話をさせていただきました。

八ツ場ダムの代替案を考えると2兆円

中野: 利根川というのは、山の上の方で止めないととても危険であると宮村先生もお話になっていましたが。

土屋: そうですね。中条堤をやめてしまったのですから。宮村先生に教わって現地に行ったのでわかりますが、昔の中条堤はだいたい広さが50平方キロくらい、江戸川区とほぼ同じくらいの面積がありました。江戸川区が2メートル沈むとすると、中条堤一つで十分に下流域の洪水調節機能が足りてしまう。もちろんそこでは水に浸かる被害を受けるし、迷惑がかかる人がでます。そういうことから、総合治水といして上流はダムで、中流は遊水池で、下流は河道でというようにいろいろと機能を分担をしないといけないのではないか。しかし役割分担をどこかで放棄されてしまうと、必ず別なところにしわ寄せが来ます。

 八ツ場ダムがないと、江戸川区あたりでは60メートル川幅を広げなくてはいけない。実は、江戸川区で独自に計算したのですが、用地買収、移転補償費で試算すると江戸川改修で7000億円。利根川改修で1兆3000億円かかる。下流の安全を図るとなると2兆円かかるということになります。これは、あちこちでお話ししています。政府にも試算を提出しています。だから、今ダムをやめて節約しようとなっている今後の予算は八ッ場ダム一個分で約1000億円ですから、八ツ場ダムをやめて将来2兆円かけ続けてて洪水対策をするという考え方は、これはもう全くナンセンスですよね。

中野: 長い時間がかかったけど、50年の間洪水がなかったからもういいだろうという話になりかけていますが、果たしてそれで良いのかということですね。住んでいる人にとってみれば、何も安心できないと。事業仕分けでもスーパー堤防がムダだとされてしまいました。そのあたりは土屋さんがいちばん心を痛めておられるのではないかと?



土屋: 仕分け委員の方がニコニコしながら"スーパームダ使いですね"、とおっしゃっていたのですが、あんなふうに笑われた時にぞくっとしました。その事自体が、人間の"命の仕分け"になっているのが判らないのですから。国民1億2千万人の命のうちのどれだけか分を仕分けたことになるのが判っているのか?果たして疑問です。低平地ゼロメートル地帯では頼みの綱なんです。少なくとも洪水が来たときに、逃げるだけの高台があるかどうか。洪水がきて破堤すれば、もちろん水浸しになるので堤防の必要性はあります。また、海抜ゼロメートル地帯は、海からも水が来ます。これまで何度も、大正6年や昭和13年、24年と水害を経験していますが、海から来る高潮に対しても堤防が守ってくれている。それとゲリラ豪雨のような局地的な豪雨。さらに決定的なのは、ゼロメートル地帯で恐ろしいのは地震洪水です。こういう言葉はないので、私の造語ですができれば広めていきたいと思っています。
海抜ゼロメートルだからこそ危険な、地震洪水

中野: 地震洪水とは、どういう種類の洪水ですか?

土屋: これは、阪神淡路大震災の時に淀川の堤防が壊れたので大変心配なのですが、あの時は一月で洪水の時期じゃなかったので幸いでした。ゼロメートル地帯では一月だろうと何月だろうと、もしも堤防が切れてしまえば直ちに海水が入って来るので大水害となってしまう。それを地震洪水と呼びました。
 どういう危険かというと、地震で堤防にひびが入ったり、少し壊れただけでも、ただちに無尽蔵な海水が入ってくるのです。大雨が降って起こる洪水と違って、無尽蔵な海の水が供給され続けますから、ダムとか遊水池で防ごうというようなボリュームではないのです。もし満潮であれば、その水位に達するまで海水が入ります。つまり、一年365日洪水の危険性がある訳です。だから堤防を壊してはいけない。もし壊れたら即座に人の命に関わる堤防です。だから我々は、スーパー堤防が欲しいと言っているのです。


阪神淡路大震災で壊れた淀川の堤防
中野: 江戸川区が考えるスーパー堤防は、八ツ場ダムの代替案だけではないと?

土屋: そうです。もちろん堤防が連続堤であればより望ましいのですが、仮に連続でなくても海抜ゼロメートル地帯では、水から逃れるために高い場所がいるのです。どうしてもゼロメートル地帯では逃げる高台がないのですから、堤防が結局一番高いところとなってしまうのです。これはもう切実に逃げる高台が欲しい。幅というか広さが50メートルでも100メートルでも、川沿いにバラバラでも、ピンポイントでも高台になる堤防があれば、住民はそこに逃げられる。連続堤である必要などなにもない。スーパー堤防が出来たところから直ちに効果が生み出されるのです。400年も待たずに投資がすぐに効果を生む、それがゼロメートル地帯のスーパー堤防です。まさに命を守る堤防なのです。ゼロメートル地帯では"逃げる"というソフト対策を支えるハードとしての高台が必要なのです。

ゼロメートル地帯では、堤防がいちばん高台に

中野: なるほど、区内では見回してもどこにも高台がない。いちばん高いのが堤防だと。

土屋: それが根本の考え方になっています。海抜ゼロメートルですから。普通、防災計画では4平米/人というのが避難基準になっていますが、江戸川区のハザードマップの場合は1平米/人。それだけ小さいスペースでも良いから、とにかく逃げて命をつなぎましょうということになっているのです。だから、1ヘクタールでもできれば一人1平米で1万人。昔の山手線のぎゅうぎゅう詰めを考えれば三万人程度は入ります。だから万が一の時、逃げられる高台になるスーパー堤防は、可能なところ、できるところからやってもらいたいと考えています。それ以外に、区民が現実に助かる場所がないのですから。

中野: 400年かかるからダメと言われても、その間、江戸川区民は危険にさらされて良いのかということですよね。ゼロメートル地帯なのですから切実ですね。

土屋: あれをやった人は、まさに命の仕分けになっている事に気付いていません。それが今の政治の現実なのです。

中野: 無駄の削減は大事ですが、国民の命を守る公共事業は、きちんと手をかけていかないと文明の進んだ国とは言えないのではないのでしょうか。

土屋: まさにそうです。400年かかると指摘されましたが、予算を注ぎ込まないから400年なので、地球温暖化も今後進む、海面の上昇も進む、いろんなことを考えたら、それだけのお金をかけていられませんから、止めてしまうというのは、ちょっと考えられないです。逆に400年もかかってはたいへんなので、200年にならないか、もっと早くできないか、お金のかからない方法はないかなら解りますね。そういうのが「国民の命を守りたい」と言った政権の目指すところだと思うのですが、時間がかかるから止めてしまうというのはちょっと乱暴過ぎではないでしょうか。

根拠なしに感覚的に切り捨てられると辛い



中野: これまで長期間洪水が起きなかったから止めろとかいうのは根拠が薄いですよね。

土屋: 議員さんの中には、スーパー堤防は宇宙人が攻めてくるのに備えるということと同じとおっしゃった方もおられますが、地震というのは誰もがいつか起こると思っています。関東地方は幸いかどうかわかりませんが、60年間水害が起きていない。カスリーン台風以来大きな洪水を経験していないのです。だから洪水は起こらないと思ってしまう。八ツ場ダム反対の方が、カスリーン台風がもう一度来たとしても八ツ場ダムは役に立たないと言われますが、果たして同じルートしか台風は通らないのでしょうか?台風がどこを通過するかわからないのに、もう大丈夫というのはあまりに根拠が薄いと思います。

中野: 何か感覚的に聞こえてしまいますね。
土屋: 僕は防災キャラバンというのをやっていまして、昨年は年間80回くらい地元の方に小学校などの体育館に集まってもらってお話をしています。皆さんにお話するとき、熱帯性低気圧というと台風というのをすぐに想像しますが、そういう熱帯性低気圧で洪水が起きる場所というのは地球上で3カ所しかないとお話しています。インド洋で起こるのがサイクロン、大西洋で起こるのがハリケーン、そして太平洋で起こるのがタイフーン。北緯5度から45度の間、東経100度から180度の間。この狭い範囲でしか台風というのは起こりません。絶対にここでしか発生しない。絶対にここしか通らない。これだけの範囲の中で発生し通過するという自然現象なのです。ここに日本があるのです。なのに、それは宇宙人が来ることに備えるようなものだと笑っておられる方がたは、なぜカスリーン台風のルートしか想定しないのか?、日本のどこでも台風は通る可能性があるのに、八ツ場ダムが役に立たないと言えるのか?例えば、共通一次試験の問題はこの範囲ですと言われているのに、この問題は試験に出ないと勝手に思いこんで勉強しないことと同じです。日本はは台風が通る場所だと言われているのに、備えないで良いというのはどうしてなのでしょうか?想定外のことは起こらないと高をくくっている、その感覚がよく解りません。


1951年以来の台風の発生と経路図(国立情報学研究所,デジタル台風台風画像と台風情報より土屋さんが作成)
中野: 日本は災害大国で、洪水も地震も多い。国土も狭く川は急流で、全国海に囲まれています。そうした中、区民の生活を守るために江戸川区では、どういう事に注力されているのでしょうか?

土屋: 僕は、危険を知ってもらうことが備えの第一歩だと思っています。医療現場の言葉でインフォームドコンセントといいますが、例えば医者がここが悪いですという説明をすることです。どういう病気か知らないで、ただこの薬を飲んでいれば良いと言ってては治らないように、ちゃんと説明したうえで患者にも理解してもらって治していきます。
ここは危ない地域ですといって、自助力、共助力というのが備わっていく。家の中にも地震用に例えば突っ張り棒とか、非常用の食料を用意しておくことかがありますが、水害の場合は備えの話が出たことがないのが現状です。

江戸川区で世界ゼロメートル都市サミットを開催

中野: もしもの備えというのは、どういうことかをきちんと考えることが大事なのですか?

土屋: 僕は水害によって街が被害を受けてきたこと、これだけの命が失われてきたことを徹底してお話しさせていただいています。一昔前なら、土地の値段が下がるからやめろと言われました。


2008年12月 海抜ゼロメートル世界都市サミット

 今からもう4、5年前になりますが、ハリケーンカトリーナの災害対策をアメリカがやっているときに、世界の海抜ゼロメートル都市に集まってくださいと呼びかけて、世界ゼロメートル都市サミットというのを江戸川区で開催しました。これにはニューオルリンズでいろいろ尽力された当時の米国土木学会の会長で工兵隊の隊長でもあったW・マキューソン氏をはじめ、イタリアのベネチア、タイのバンコク、オランダの南北ホランド州といった都市から代表をお招きして、それぞれの国での取り組み、アイデアを教え合おうということで、内容は、どの国でも住民に危険の度合いを説明して話し合っていますということでした。日本の場合、遅れていると指摘されたのは、地球温暖化の要素をまったく考慮せずに治水の対策を考えているのは、あまりにノー天気だと。どの川もまだ地球温暖化の影響を考慮した堤防の増強とか、沿岸部で海面上昇の影響を考えに入れた対策をとっていないということで、みんなからサプライズだと言われてしまいました。
中野: 実際、地球温暖化の影響で、海面上昇のために満潮になると水没して困っている都市もあるのですから。

土屋: この第二回目のサミットが昨年、オランダのアムステルダムで行われて、僕も行ってきましたが、その時は、ノルウェーとかデンマークとか欧州の国が来ていましたが、どの国も温暖化を要素に入れた治水対策を始めていました。河川洪水の計算も増強しているし、各シミュレーションには温暖化の影響を入れ込んでいるということです。オランダにはウォーターボード(水管理委員会)というのが出来ているのですが、オランダはもう以前からウォーターボード税という治水目的税というのがあって、税金で行われる治水対策に加えて、治水対策を行っている。もちろんこれらは話し合いの上連携をとって行われています。さらに最近ではデルタファンドという基金を起こすそうで、これは地球温暖化を見越したものだそうです。治水対策は国の重要な安全保障として位置づけられているのです。

 もうひとつ、オランダでは前回のサミットで日本から学んだ、ミスター土屋から教えてもらったとお世辞を言ってくれましたが、スーパー堤防にジャパンダイク(日本型堤防)という名をつけてくださって、その実現に取り組もうというのです。この間、大使館から連絡をいただいたのですが、治水の関係の大臣をはじめいくつかの治水や土木関係の人たちが来日されるのでアテンドしてもらえるかと尋ねられました。向こうは、一万年確率の大洪水に対応するというので、治水対策を国を挙げてやっておられます。国土の5割が海抜ゼロメートルで、七世紀頃から堤防を造ってきた国ですからね。

オランダはすでに地球温暖化を織り込んで備えている

中野: オランダの備えは一万年ですか、200年に一度というのも認めてもらえない我が国は寂しいですね。

土屋: ロンドンのテムズ川では、今度テムズバリアという要素でスーパー堤防のことを研究してくれています。ライン川では計画洪水量1万6000トンを2100年までに1万8000トンにするとして、どの国も地球温暖化による影響を考慮に入れて、お金がなければちゃんと税金として設定してくださいと、国民にその事実を突きつけて命を守るためには予算が必要ですが、どうしますか?という判断をあおぐということをやっています。

中野: 温暖化によって海面が上昇するとしたらいつ頃どれだけか、それに備えるにはどうするのかという議論をしているのですね。


土屋: この間来たオランダの代表には、スーパー堤防については5年単位で見直しをしていると説明したのですが、そうしたことを話したら、デルタ計画などは10年で見直しますが、見直しをして堤防が低くなったことはないとのことです。

 ・・・→ 全文はこちら
(平成23年6月作成)



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ダムインタビュー(31)
宮村 忠先生に聞く
「これからは‘線’ではなく‘点’で勝負すべきだ」


 宮村 忠(みやむらただし)先生は、日本の主要河川のほとんどを巡っている河川分野の代表的研究者で、特に利根川の研究は有名です。世界各地でも大河川を多数踏査し、それぞれの川の性質と地域性を追い求める「川博士」として知られています。これまで数多くの学会や国や自治体の河川行政についての委員会にも関わってこられました。
昨年開かれた、ダム工学会20周年一般公開シンポジウム第四夜(2010年10月30日)では「点(ダム)と線(堤防)」というテーマで講演されました。

 今回は、首都圏における重要河川である利根川について、その歴史や人々の暮らしとの係わり、また今注目されている八ツ場ダムの建設問題など、さらには、河川についての知識の啓蒙に独自に取り組んでおられる「宮村河川塾」での活動など、河川に関する様々な問題について幅広い視点からお話を頂きました。

(インタビュー・編集・文:中野・北川、写真:廣池)


線から点へ

中野: 群馬県議会でお話しされた堤防との関係ですか。

宮村: 八ツ場ダムのことで議会に出たら群馬県の人が「丈夫な堤防をつくればいいのではないか?」とおっしゃるので、その質問に答えました。

 堤防をつくれば良いという意見は、河川史をちゃんと学んでいないから言えることなのです。実は堤防というものは人間が仕方なく作ってきたものです。なぜかというと、壊れたら危ないからです。想像力をちょっと豊かにして考えてください。自分が川の側に住んでいて、たいした技術も材料もないのに堤防を造りますか? ちょっと大雨になると崩れる、そんなもの、江戸時代には危なくて、人々は作りたくなかったのです。堤防を造るから、そこにとどめている水のエネルギーが強くなり、壊れた時のリスクを考えるととても出来なかった。堤防を造ると同時に水防活動もやらなくてはならず、自衛手段として水屋というものもつくってきたのです。

 利根川は、明治43年の洪水から以降、この100年間にとても高い堤防を作ってしまいました。高さ13m位のものが実に450q以上も続いています。この高さ、あと2m足すと法律の区分的にはダムです。ダムが450km以上も並んでるなんて、どう考えても変でしょう。群馬県議会では、これまでもなんとかしようと思ってきたが、堤防に変わる手法、技術がなかったから、しかたなく、努力を傾けて堤防をずっと造ってきた。利根川はこんなに危ないのだという話をしました。

中野: そうですか。確かにダムと呼ぶのは堤体の高さが15m以上からですが。

宮村: ここにきて軟弱地盤のケースと同じようにダムの技術も急速に発達した。これからの河川のあり方を、今まで仕方なく造ってきてしまった堤防から解放してくれるチャンスだったんです。その意味は、「洪水は山の中でとどめろ」ということです。よくダムは環境破壊だと言われますが、ホントは堤防が一番の環境破壊なんです。河川史を通して言うと、堤防の造成は人間が仕方なくやってきた。僕はこれを「線」と表現した訳です。議会でもこれからは「線」ではなく「点」で勝負すべきだと話しました。

中野: 「点」がダムですね。では、高い堤防の例でいうと他にありますか?

宮村: 僕の家のところ、江東区で言うと、昭和34年に伊勢湾台風があってから急に高潮防波堤が出来ました。これも利根川の堤防と同じくらい高くて、はしごをかけたって昇れない。そんなものいきなり町の真ん中に作られて、それで守ってやるぞと言われると腹がたちますよ。そんなもの作るよりも、高潮ならば海の入り口で止める河口堰をつくればいい。軟弱地盤だったから昔は出来なかったけれど、今なら出来るはずです。東京でいえば、河口堰を作って防潮堤を取り払うことです。大規模災害への対応として有効なので、すぐには出来ないかもしれないが、これを目標にすべきです。

 利根川についていえば、なんとかしてダムを作って堤防の高さを下げたい。これからの河川の治水のあり方ということで、「線から点」へという話をしました。ダムは環境に悪いといっても「点」の環境でしょう。しかし、堤防の「線」による環境の悪さといったらすごいでものす。利根川の堤防の上に立ってご覧なさい。あそこの風の強さはすごいですよ。強い空っ風で砂が舞う。関東で有名な深谷ねぎというのがありますが、砂が根元にたまっていくから、茎の部分が白いのが出来るのです。

実は、堤防も環境破壊

中野: 「線」の堤防は良くないところがあるのですね。

宮村: 実は、こういうことを知っている人は少ないのですが、堤防も環境破壊の元凶なんです。大きなものだと敷き幅でいうと500mくらいあるので、周辺の土地を一気に取り上げてしまいます。ダムの場合は、川の上下の流域を一つの経済圏、生活圏にしたいとか、いろいろと風土的な宿願を達成するというメリットがありますが、堤防にはそういうものはありません。実際には、近辺に住む人の土地をいわば強引に取り上げてしまうので、地域の人からはものすごく反発されます。よく堤防は人のためにやさしいと言われますが、本当は地域の人のためにとってはひどいことをしなくては、実現出来ないものなんです。



中野: 「線」の堤防は良くないところがあるのですね。

宮村: 実は、こういうことを知っている人は少ないのですが、堤防も環境破壊の元凶なんです。大きなものだと敷き幅でいうと500mくらいあるので、周辺の土地を一気に取り上げてしまいます。ダムの場合は、川の上下の流域を一つの経済圏、生活圏にしたいとか、いろいろと風土的な宿願を達成するというメリットがありますが、堤防にはそういうものはありません。実際には、近辺に住む人の土地をいわば強引に取り上げてしまうので、地域の人からはものすごく反発されます。よく堤防は人のためにやさしいと言われますが、本当は地域の人のためにとってはひどいことをしなくては、実現出来ないものなんです。

中野: でも、ダムは作るまでにすごく長いと言われ、地域の人から批判されますけどね。
宮村: いくらダム工事が長くかかるといっても、100年はかからないでしょう。今ある利根川の堤防なんて出来るまでに100年もかかっているんですから。都市の再開発の計画では30年、50年なんていうのもあり得る話です。ただ堤防の場合は、全部つながらないと役に立たないから、いつまで造り続けるのかと逆に群馬県の人たちに聞きました。県議さんたちの思惑とは別かも知れませんが、堤防造りは環境破壊だと言わなくてはいけないと思いました。堤防を丈夫にしろというのではなく、むしろ堤防を低くして安全にするというのが群馬県にとっては良い方法ではないかと話したのです。

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(平成23年4月作成)



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ダムインタビュー(27)
虫明功臣先生に聞く
「八ッ場ダムは利根川の治水・利水上必要不可欠」

 虫明功臣先生(むしあけかつみ、東京大学名誉教授)は、本体着工寸前でストップしてしまった八ツ場ダムの建設問題では、これまで群馬県議会をはじめ、衆議院の委員会に招かれて意見を述べ、さまざまなデータを示してダム建設の有意性を説明して来られました。

 先生は、東京大学工学部の学生時代には高橋裕ゼミに学び、全国の河川を調査し、治水や利水のあり方について研究してこられたとのことです。その後、数多くの業績を積み重ねて来られ、現在では水文学、水資源工学の分野において我が国を代表する学者の一人としてよく知られています。

 今回は、その虫明先生に、学生時代からの河川研究について語って頂くとともに、ダムや河川が抱える問題ついて、また今注目されている八ツ場ダム問題も含め、幅広くお話を頂きました。

(インタビュー・編集・文:中野・北川、写真:廣池)



治水・利水計画にかかわった研究者として、きちんと言っておきたいという思い

中野: 「正論」誌で、「八ツ場ダムは本当に無駄なのか −治水と水資源の観点から考える」と題した論評を書かれましたね。インパクトが大きかったと思いますが、どういう動機でお書きになったのですか。

虫明: これまで、長年、政府の審議会に関係し、当事者意識を持って、治水計画や水資源計画の討議に参加してきました。この間に、利根川の治水・利水についてもかなり勉強し、その背景や現状と課題を理解しているつもりです。専門的な立場から見て、八ツ場ダム中止という政治決定は、極めて理不尽だと感じました。OBを含めて行政関係者が政権に批判めいた公言ができない中、研究者として科学技術的立場から発言する責務があるとの思いに駆られました。

中野: 具体的にどんな審議会に関わってこられたのですか。

虫明: 約10年河川分科会の委員として、河川整備基本方針の議論に加わってきました。基本方針検討小委員会では、近藤徹さんが委員長として会議をリードされましたが、本当に自由闊達な議論がなされました。問題がある川では、反対派から質問書や意見書が出されましたが、委員長は事務局に資料を整えさせ、意見に対する解答を出して応えましたし、事務局案を差し戻したことも度々あります。審議会というのは、多くの場合、事務局が出した原案を多少の質疑をして承認することが多いと思われていますが、河川分科会では、いわば何でもありで、河川管理や治水の本質論ができたと思っています。河川以外の分野の委員もこの会議は面白いと楽しんでいた雰囲気がありました。川辺川ダムのある球磨川は確か11回、利根川は5,6回審議したと思います。

中野: 水資源の関係では、いかがですか。

虫明: 同じく約10年の間、国土審議会の委員として水資源開発分科会で、利根川・荒川水系、豊川水系、木曽川水系、淀川水系、吉野川水系、筑後川水系の水資源開発基本計画の策定に参加してきました。ここでも、研究者の立場から自由な意見や注文を付けましたが、直近の基本計画の変更では、分科会長を務め、当事者意識を持って検討に当たったつもりです。

 そして、水資源部は、この開発基本計画の変更が最後である、水資源開発から水資源管理へ方向転換すべきとの認識のもとに、水量と水質を一体化した流域総合水管理へ向けての中間とりまとめを出そうとしていました。しかし、新政権に代わって、この動きは頓挫しているのは大変残念です。

なぜ日本で「緑のダム」説が出てくるのか

中野: 「緑のダム」の話を少し詳しく聞かせてください。昔から、「緑のダム」というような概念はあったのでしょうか。

虫明: 古くから、「治山治水」という言葉があります。山の森林を健全にすることが、水を安定させるという意味です。岡山藩に仕えた儒学者・熊沢蕃山は、山林の伐採禁止の法令を定め、治山治水を唱えた元祖だといわれています。ここで、「治水:水を安定させる」としていますが、水の量を安定させるといいう意味ではありません。岡山周辺の山地は、花崗岩の真砂(マサ)でできていて、森林を伐採すると植生が回復し難いという特徴を持っていますので、雨によって土砂流出が激しくなり、下流河川の河床が上がって、洪水の氾濫を激しくさせます。また、川からの取水を難しくします。当時、岡山藩では森林伐採による水田や畑地の開発等が盛んで実害が出ていたようですが、蕃山は山地での農地開発を強く戒めています。治山治水の始まりは、花崗岩真砂地帯の土砂流出防止だったのです。

 その後それが全国に普及し、意味も「山を治めれば、水も治まる」という風に拡大解釈されて、明治以降、林野行政のなかで森林の水源涵養機能、洪水流出抑制機能という概念に結びついたのだろうと考えています。
 緑のダムは、その延長線上にあると思います。

「緑のダム」はダムの代替案にはならない

中野: 森林の水源涵養機能については過去にどんな議論があったのでしょうか。

虫明: 森林の水源涵養機能の正否については、昭和9年に岡山県の林業技師・山本徳三郎と農林省林業試験場の平田徳太郎との間でこの分野では有名な論争がありました。岡山県では、花崗岩真砂のはげ山からの土砂流出抑制対策として大正年代から赤松の植林を進めてきたのですが、これが生育すると、溜池に水が溜まらなくなった。山本技師は、この原因が植林にあるとして、森林の水源涵養機能はない、赤松林は伐採すべきと主張。しかし、平田はその説を否定した。当時はしっかりとした測定データもなかったからでしょう、その論争には決着は付かなかった。それを明らかにするため、岡山市郊外に竜の口山森林理水試験地が設けられたと言われています。

中野: 最近ではどうなっているのでしょう。

虫明: 前にも紹介しましたが、それから40年近く経って、中野秀章博士が、全国の森林理水試験地で蓄積された観測データを分析して、森林を伐採した方が雨が降らない時期の流量が増えるという、山本説を裏付ける結果を出したわけです。

 その後、塚本良則先生を編著者として、太田猛彦さん、鈴木雅一さん達が、平成4年に「森林水文学(文永堂出版)」を出版され、その中で、測定データと理論的解析によって系統的に、森林は水を消失させるので、森林流域は森林がない流域よりも渇水期流量が少なくなると結論付けています。
科学的には、もう20年近く前に決着しているのに、未だに「緑のダム」という迷信が、繰り返し主張され、マスコミなどでは常識のように報道されます。

中野: それはどうしてなのでしょうか。

虫明: 鬱蒼とした森林の中は、地面にも空気にも湿り気があって、直観的に水を貯えるというイメージに結びつくのかもしれません。

中野: 洪水についてはどうですか。

虫明: 森林理水試験地では、洪水も観測しています。観測できる範囲、つまり中小の洪水では、森林がある方が、流量が少なくなる。つまり、洪水流出抑制効果があることが明らかになっています。

中野: 観測できる範囲、中小洪水とは、どんなことですか。

虫明: 試験地では、山間の渓谷のようなところに堰を設けて流量を測っています。その堰が壊れずに流量が観測できることをここでは観測できる範囲と言っているのです。河川の治水計画の対象となる、50年に一回、100年に一回、200年に一回といった異常な豪雨の時は、山崩れや土石流が起こり、大量の土砂や礫、場所によっては岩塊が流れてきます。倒れた樹木も流れてきます。そうした異常洪水の場合には、堰などの観測施設が壊れたり、堰が土砂や流木で埋まって流量が測れなくなります。平野部でもそうですが、山間部の河川で、洪水流量を測るのは非常に難しいのです。

中野: 森林の効果を見るための基礎となる流量が測れないのでは、どのようにして異常洪水に対する効果を判断するのですか。

虫明: 森林を形作っている三つの要素、つまり、樹木そのもの、土壌、そしてその下にある母岩、これらの三要素の中で、雨が次第に多くなってゆく時、どんなことが起こっているか、水文学的に言うと、森林斜面の水循環過程を追跡することによって、豪雨時の効果を知ることができます。

 言葉で話してもイメージがわかないと思いますので、「異常豪雨に対する森林の効果」の図を見ながら聞いてください。

【図1、図2】
 降り始めの雨は、葉っぱや枝に付着し地面に到達しません。これを樹冠遮断と言っています。その量は、木の種類によって違いますが、最大1〜3mmです。言い換えると、1〜3mmが樹冠で雨を貯留できる最大量だということです。



【図3】
 雨が降り続くと地面に達して、腐葉土のようなフカフカした土壌中に浸透して行きます。表層の土壌には、非常に水が浸み込みやすく、一時間当たり300mm程度の雨を浸み込ませます。ですから、降り始めの雨は、ほとんど地中に浸透します。もし腐葉土状の土壌層の厚さが厚ければ、どんどん雨は浸み込んで、川に水は出てきません。しかし、実際には、そんなに厚くありません。母岩の種類、樹種、気候、森林としての時間的経緯などによって異なりますが、浸透しやすい土壌層の厚さは数cmから数10cmです。


【図4、図5】
 浸透しやすい層の下には、浸み込みにくい土層や岩層があります。雨が降り続く中、土壌中を鉛直に浸透した水は、浸み込みにくい層に達し斜面に沿って横方向に流れ(これを飽和側方流と呼んでいますが)、土壌のない低い所や渓流に流れ出てきます。ここで中小洪水と言っているのは、こうした状況の出水だと考えてください。



【図6、図7】
 さらに雨が降り続くと、土壌層中の流れの深さが深くなり、土壌層から溢れ出て、地表流となって渓谷や川に流出します。この時には、母岩に至るまで飽和状態になっているので、山崩れや土石流、それに伴う流木が発生することがある。これが、治水計画の対象となる異常豪雨の時の出水状況です。



 こうした異常豪雨の場合は、樹木や表層土壌と深層土壌すべてがほとんど飽和状態になっているので、森林とそれが作った森林土壌があるからと言って、洪水流量を抑える効果はありません。つまり、治水面からみても、「緑のダム」は効果がないということです。

中野: なるほどよく分かりました。

ダムに頼らない治水法というのは、現実にあるのか

中野: 田中元長野県知事の脱ダム論は実現せず、最後には穴開きダムになってしまった訳ですが、今後ダムに頼らない治水というのを考えていくとすれば、どう考えれば良いのでしょうか。

虫明: 有識者会議では、「“できるだけ”ダムに頼らない治水」に対する答申を求められています。
この“できるだけ”に深い意味があると思います。

 僕は、日本でダムが今までのような勢いで造られて行くような時代はもう去ったと考えています。高度成長期から多くの多目的ダムが作られましたが、それには二つの理由があったと思われます。一つは、急激な水需要に応じて水資源開発の必要があったことです。もう一つは、もともと河川の洪水氾濫原に集中していた人口と資産が戦後ますますその集中度を増す中で、河川の治水安全度を上げなければならなかったことです。この二つの要求が合わさって、治水目的と水資源開発目的とをもつ多目的ダムが、盛んに造られたわけです。ところが状況は変わりました。

中野: どう変わったのでしょうか。

虫明: 水需要の伸び方が下がって、需要と供給のバランスが取れる段階に入ったのです。現に、需要の伸びを想定して計画していた多目的ダムはかなり中止しています。多目的ダムのメリットは、治水と利水が建設費を共同で負担することによって、双方の経済的負担が軽くなるということです。治水単独のダムでは、従来より割高になるので、それを造るインセンティブは下がります。

中野: 治水ダムはできないのでしょうか。

虫明: そんなことはありません。
 洪水処理の方法には、“流す”か“貯めて調節する”しかありません。“流す”方法には、河道を大きくするのと放水路があります。“貯めて調節する”方法には、平野部の遊水地と山間部のダムがあります。河道の拡大と放水路と遊水地は、昔からある古典的な手法ですが、ダムは、主として戦後新たに取り入れられた方法です。これまでの治水も、各河川の整備の状況に応じてこれらを適切に組み合わせてやってきたわけです。

 有識者会議の中間報告では、ダムを含む複数の代替案を作って、経済性や実現可能性などの観点から適切な案を選ぶことになっていますから、治水ダムが採用される可能性は十分あると思います。
 また、この中間報告に照らしてみると、八ツ場ダムを中止する理由を僕には見つけられません。

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(平成22年9月作成)



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特別インタビュー
〜 竹林征三さんが新たな出版を準備 〜

八ッ場ダムの代替案は?

中野: 八ッ場ダムに関する有識者会議の中間報告書をご覧になってどのようにお考えでしょうか。現在は、どのような方向性になっているのでしょうか?治水面、利水面からお聞きしたいと思います。

竹林: まず、代替案とするならば、遊水地やスーパー堤防を造るということがあげられていますが、八ッ場ダムを造るよりも何倍も費用がかかり、これは比較になりません。利水についても首都圏の人口増大で、東京オリンピックの時には水手当が間に合わなかった。その時の緊急措置として利根川の利水の安全度を5年に1回くらいにしたのですが、利根川の安全度はそれ以来ずっと低いままという訳です。少子高齢化の進行で人口減になるのでそんなに水需要は伸びないという人もいますが、数年毎に渇水・水不足が生起し、何%かの取水制限で何とか最悪の危機を切り抜けている状況です。

中野: 遊水池の案は、すでに川のそばまでたくさん人が住んでいるので難しいと聞きましたが。


竹林: それはコストの面にも関わることです。他の代替案は、海水の淡水化や、小河内ダムのうえにヨウ化銀をばらまいて人工降雨をするという対策をやっていますが、そのようなことでは渇水は改善されません。従って、代替案はすべて架空のもの、絵に描いた餅です。

切れない堤防の幻

中野: 堤防が良いという面と、そうでない面もあるのですか?

竹林: 第一に、切れない堤防というのは幻です。事実、毎年日本のどこかで堤防が切れています。では、堤防はなぜ切れるのか?その原因として越流(オーバートッピング)、浸食(エロージョン)、漏水(パイピング)というものがあると説明されるが、自然現象はそんな簡単なものではない。私がお会いした伊藤光好(元海津町長)さんは、長年の洪水現場での水防活動をとおして堤防の真の破壊のメカニズムを分かっていらっしゃった。洪水の度に堤防がユラユラ揺れて、長靴がドボドボもぐる、こんな恐ろしい経験から抜け出したい、川の水位はたとえ10cmでも20cmでも下げて欲しいと切々と訴えられた。洪水時、堤防は揺れる原因・メカニズムについて詳しく書いた本を見たことがないのです。

 コンクリートダムは、静水圧と揚圧力の二つの外力に対して、コンクリートの重力と岩盤面の剪断抵抗力の二つの抗力でもって設計している。堤防の場合は揚圧力にあたるものはどうなるかということである。浸潤線以下の空隙を水で満たされた堤体を構成している土粒子にバラバラに水圧がかかり、堤防は半液状化状態になり破壊する。もともと土を盛ってつくった、堤防というものは、そういうものです。ダムをやめて堤防を強化すればよいという人がいますが、堤防の破壊のメカニズムが解らなければ強化の対策も決まらない。



中野: 堤防をどんどん強くしていけば安全が得られるというものではないのですか?

竹林: 大阪平野を流れる淀川は、明治、大正、昭和と何度か破堤して大阪市内が大々的に浸水しましたが、洪水が去ったあと浸水被害を減らすためには人為的に下流の堤防を切って内水を河川に戻すことが求められる。地元の人は、堤防を一刻も早く人為的に切って欲しいといいますが、行政はなかなか切れない、そこで、地元の人が自らの手で次々に切っていきます。「態(わざ)と切り」によって被害を少なくするのです。ということは、堤防というものは、浸水被害を大幅に軽減するために人為的に切らなければならない時が往々にしてあるのです。何日も浸水状態が続けば市域は壊滅してしまいます。切れない堤防は幻です。氾濫・浸水を許容する町づくりなどありえません。
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(平成23年7月作成)


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