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ダムインタビュー(23)
竹林征三さんに聞く
「ダムによらない治水と言うが、堤防を強化して首都圏の大都市を守れるのか」

 今を遡ること7年前の2003年、そして2005年の二度にわたり、日刊建設工業新聞に連載された「ダム無用論を憂う(全24編)」「続・ダム無用論を憂う(全36編)」という、竹林征三先生(たけばやし せいぞう、富士常葉大学 環境防災学部教授)のコラムを読み返してみて、ものすごい衝撃を受けた。それは、ようやく本体工事にとりかかるという寸前に発せられた「八ツ場ダム建設中止」の声にも負けないくらいインパクトがあった。

 コラムの始めに記されている、土木の「つもり違い」十か条の中から、いくつかをご紹介すると『余っていると思っていたが全く不足しているのが水資源』『“守れ自然河川”と言っていたが実は人工河川・長良川』『ダムの機能があると思っていたが全くないのが緑のダム』…まるで、つい最近のダム問題について記されたものに思えるのですが、皆さんはどのようにお感じになるでしょうか。

 そこで今回、竹林征三さんにお話しを伺うことにします。先生には、世間に広がるダムバッシングの風潮の中、短絡的で偏ったイメージをどのようにすれば払拭できるかという点について、有益なヒント、あるいはどう対処していけば良いかという解決への道しるべを教えていただければと思います。

(インタビュー・編集・文:中野、写真:廣池)



辛口コラムのきっかけは、長良川河口堰の反対運動から

中野: まず最初に、この「ダム無用論を憂う」というコラムは、どのようなきっかけで連載になったのでしょうか?竹林先生には、2006年のダム工学会15周年記念特別講習会でもご講演いただいているのですが、当時からこうした問題提起をされていらした理由はどういうものだったのでしょうか。

竹林: まず一つは、だいぶ以前ですが、長良川河口堰問題。あの反対運動が世に出始めた頃、マスコミはダムをたたいてばかりだった。どうしてそうなったかと考えると、新聞記者たちが「長良川河口堰は環境破壊だ」ということで「自然河川VS土建屋が作るダム」というようにわかりやすい対立構図を描き出した。そして、マスコミ全体の報道姿勢が、ダムを魔女狩の標的に仕上げた。ダムを環境破壊のシンボルにまつりあげ、ダムの悪いイメージが形成されるようキャンペーンをはったのではないでしょうか。

中野: つまりマスコミがダムが悪いというイメージを作ったということでしょうか?

竹林: 長良川河口堰を悪に仕立てあげる意図でつくられたスローガンがあり、反対運動を大きく盛り上げるためのキャッチフレーズが「日本で唯一残された自然河川、長良川を守れ」というものでした。マスメディアはこのキャッチフレーズのメッセージを何度も何度も繰り返し、国民の頭に強烈に刷り込みました。長良川は109の一級河川の中で、第2位の人工河川なのですが、マスコミは執拗にこのメッセージを使い続けました。人工河川の定義は、当時の環境庁がまとめたもので、建設省のように河口堰を推進している側が言っているのではありません。


 人間が工事等で触った護岸のあるところを人工ということにして、川の河口から源流までを調べあげたもので、長良川の場合、人工化率84.6%です。これは長崎県の本明川に次いで全国第二位です。そんな詳しいことは世の中の人は誰も知らないから、「自然のままの長良川を守れ」というインパクトのあるメッセージがマスコミで流し続けられたら、結局そう思ってしまう。実際、長良川にはたくさんのダムや堰がある、と何度もデータを見せて説明しても記者たちは聞き入れてくれなかったんです。

中野: 長良川の実態を知らない人は、自然河川だと言われればそうかなと思ってしまいますね。

竹林: マスコミが悪いのは、長良川が日本で第二位の人工化した川だということが解っても、ダムも堰もない唯一の自然河川、長良川を守れという、反対派のメッセージを取り上げ続けたことです。現実には長良川には、支流に3つの立派なダムがあるんです。当時はさらに3つのダム工事をやっていたし、堰は本川だけでも14あった。我が国でダムと言えば、堤高が15m以上のものを指し、それ以下は堰と呼ばれますが、長良川にはその堰がたくさんあるにもかかわらず、どの新聞もこのことだけは絶対に書かなかった。そう書けば面白くないし、長良川の反対運動が盛り上がらないから。人々には対立構造がハッキリしている方が解りやすい、社会が混乱し、騒々しくなればなるほど新聞は売れるのでいつまでたってもこうしたキャッチフレーズを書き続けたのだと思います。

対立構造を明確にし、魔女を仕立てれば新聞も売れる

中野: 対立構造を明確にするという方向から、報道が過熱していったということになりますか?

竹林: 日本人は、昔からマスコミが言うことを信用する国民性があるから、いろんなメディアが全部口をそろえて同じことを言ったら、結構すんなり信用してしまうところがある。

 ダムとか堰を作る側で仕事をやってきた人間が、いくらそれは違うと言っても聞いてもらえなかった。その土地に住んでいる人は長良川には堰もダムもあることを知っていますが、日本中のほとんどの人は知らない。全マスコミが寄ってたかって、口を揃えて、反対派がこう言っているとたたくわけだから、一人くらいが違うと言ってもどうにもならない。地元の反対にもかかわらず中央官庁が強引に進めて巨大な長良川河口堰を造って、自然環境がますます悪くなるという、対立構造のイメージになっていく訳です。

 問題が派手になればなるほど世間の注目を集めることができて新聞も読まれるから、より簡単なメッセージが必要になる。それで単純な話ではないにもかかわらず、河口付近の住民が住んでいる所の、頭上3メートル位の所に堰を作るという反対派の説明を流し、造った河口堰にはすぐ大量の土砂がたまって、死の川になるということもずっと言い続けたんです。

中野: それと鮎やサツキマス、あるいはシジミといった漁業問題もあったように思いますが。

竹林: そうですね。例えば「長良川にしかいない絶滅危惧種のサツキマスを守れ」とも言い続けましたが、サツキマスは絶滅していない。基準の見直しもあって今現在は、準・絶滅危惧種になっています。また、長良川では鵜飼いが有名で、河口堰を作れば鮎がいなくなって伝統も守れないし観光資源がなくなってしまうとも言っていた。反対派の人は、鮎は賢いから堰を作ったら天然の鮎は死滅すると言い続けたが、魚が賢いとか賢くないという話はおかしいのであって、それを真に受けることは、それこそ鵜呑みにするということではないか?
 コラムにも書きましたが、鵜飼いというのは、鵜が鮎をまる呑みするという性質を人間が利用した漁で、鵜は天然でも人工孵化の鮎でもそんなもの見分けが付くわけじゃないし、目の前に来た鮎を丸ごと食べちゃうのが「鵜呑み」だ。自分の頭で考えもせずに、人の意見を丸呑みにするというのもまったく同じではないか…。


脱ダム宣言は覚えているが、その真相、今を知っている人は少ない

中野: 一時は反対派の意見が通っても、結果としてはそうでない場合もありますよね。脱ダム宣言もそうでしょうか?

竹林: 田中康夫氏が長野県の知事選挙に出る少し前に出た新聞記事がある。2002年11月18日月曜日の朝日新聞全国版のトップ、二、三面に、「ダムが寸断。死んだ川にする」「44ダムが半分以上埋まる。浚渫にも巨額必要、土砂堆積」「ダムが川を分断して死んだ川にする。河口は海岸線後退。進む堆積水害の恐れ。重い水力発電の代償」という見出しだ。これらの記事が掲載されてからというもの、マスコミは一生懸命応援し、脱ダム宣言を盛り上げるために決定的な流れを作ったのだと思う。日本人はだいたいにおいて新聞を信用する。例えば朝日新聞に載っているから間違っていないと思ってしまう。それまで、ダムがそんなだと考えてもみなかった人たちは、これを読んだら「あぁ、これからはダムを造ってはダメだなぁー」という流れになっていったのではないでしょうか?

 田中氏は、当選後すぐに脱ダムのシンボルになっている浅川ダムを、入札が終わってから白紙に戻し、ダムによらない治水ということで専門家を集めて検討しましたが、すぐに答えが出た訳じゃなく何年もかかった。そして最後の最後に出たのがやはり「ダムしかない」という結論だった。田中氏は知事を二期やりましたが、2004年9月28日付けの信濃毎日新聞には、「脱ダムと矛盾。説明なく。あらたな展開見えず、どうしてまたダムなのと。早期治水対策を望む声も」という記事が出ました。これが脱ダム宣言の結末ですが、さて全国でこのことを知っている人はどれだけいるだろうか?

 浅川ダム流域協議会において、ダムによらない治水を考えるということで検討した結果の案を長野県が、これはダムじゃありませんと「河道内遊水地」という形で発表した。実際どういう構造物かというと、高さ49.5mの立派なダムだ。結局、脱ダムでは住民の安全は守れないということになって、田中氏は三度目は落選となった。この脱ダムの結果については、最新の知事選の時に、少し新聞に書いてありますが、ほとんど地元の新聞しか出てないので、世間の人は何にも知らない。つまり脱ダムという言葉とイメージだけが残ってしまった。

中野: 確かに浅川ダムは穴開きダムで再度工事が進められていますね。その前にダム建設を中止した地域で、本当に洪水被害が起こってしまいましたが…。

竹林: この時、田中氏はコンクリートはダメ、フィルダムならいいと言っていました。コンクリートで造るのは良くないが、フィルダムならOKというのでは、理論的にも全くおかしい。田中氏は新潟大学で河川専門の大熊孝教授が「ダムは無駄、これからは脱ダムだ」というふうに言っていたことを聞いて、目新しいし言葉のインパクトもあるし、行けると自信を持ってしまったようです。

巧言令色すくなし仁 −食いつきの良い言葉こそ、鵜呑みにしてはいけない−

中野: そうですね、言葉としてのインパクトが強くて誰もが「脱ダム宣言」をそれこそ鵜呑みにしてしまったような、一つのエポックメイキングになったところがありましたね。

竹林: それで、今度は「コンクリート」だ。コンクリートそのものが悪者にされてしまう時代になってしまった。今こそちょっと待って下さいよと言いたい。
 コンクリートは、実は環境にも優しいということを、本質の部分を考えてみて欲しい。最近は「コンクリートから人へ」と言われていますが、もともとコンクリートと人間というのは並べて言ってはいかん。正反対にあるものじゃないのだから。
 ところで、コンクリートの反対、対極にある物については、何だと思いますか?

中野: 難しい質問ですね、何でしょう?言葉としてだと、「アブストラクト?」

竹林: そう、アブストラクト、抽象なんです。では、人の反対は何ですか?「人で無し」になりますか?これは言葉遊びじゃありません。つまり、何がいいたいかというと、要はムード作りのイメージ化だということ。脱ダムでもそうでしたが、イメージ操作でダムは悪者に仕立て上げられてしまった。強引に悪いイメージに仕立て上げられ、マスコミが作った流れに乗っかって、情報が一方的に流されてしまって…、という側面があることを少しは皆さんにも解ってもらいたいですね。

 例えば、「ペンローズの三角形」というのがあります。これは、一瞬普通に見えるが、よくよく見たらなんとなくおかしい。三角形のこの辺はあっているが、こちらの辺の角度がおかしいとなる。つまり一つずつは、なんとなくあっているように思えるが三つ合わせたらとんでもない、現実にはあり得ない形の絵になるというものです。

 このようにダム問題の本質も二面性があるんです。確かにダムは環境破壊の側面もありますが、逆に環境をよくしている一面もあるということをぜひ解って欲しいです。

中野: 環境破壊というのは、ダムのデメリットですよね。では、メリットとしてダムが環境を良くすることもあるのですか?


竹林: ダムの工事中は、山を削るし土を掘るし、木が育つ環境も壊している。では工事か終わってからはどうでしょう。今までに造られたダムは、水位が下がるとずーと湖底の土が出てくるでしょう。水没させたものも見えてくる、あの光景を見たら誰がみても環境破壊と思ってしまうかもしれない。しかし、人間が絶滅するようなひどい環境破壊というものは、どういうものか。地球に隕石が当たるとか、阪神淡路大震災で神戸の街がひどいことになる、あるいはスマトラで、大地震があって何万人が津波で呑み込まれるというような災害が起きるというような、大自然災害です。そういった自然破壊の一つである、大洪水災害や大渇水から人間を優しく守っているのがダムだということ考えて欲しい。人類の生存を脅かす自然災害は、最大の環境破壊だけど、そういうことから優しく守るのがダムだということです。現実には環境が悪くなったら人間は生きていけないのですよ。それが解らない人が多すぎると思います。

日本と欧米のダムの違い、自然の違い、魚は増えたか減ったか

中野: ダムを造るにはそれまであった環境を壊すこともありますが、出来たあとはダムが新たな自然を創造するし、大きな自然災害からも人間を守ってくれるということでしょうか?

竹林: そうですね。ダムは川をせき止める。川と海を行き来する魚がいたら、それができなくなり、魚は減ります。ダムが生態系を分断したというのは、明治以降ですよ。本川にダムが出来るようになったのは、明治以降でコンクリートが使われるようになってからです。

 例えば、アメリカのコロンビア川でサケの捕獲量を調べたら、資料によれば、5分の一に減ったと…。そのかわり人間は5倍に増えた。ダムを作るたびにサケの漁獲量が減り、人間はダムで発電して便利になったので街が出来て大都市になって人口が増えた。

中野: 「アメリカではもうダムの時代は終わった」とは、第18回世界大ダム会議での米国開拓局のビアード総裁の言葉ですが、この影響でしょうか?

竹林: これは、多分に彼の政治的なスタンスからの発言でしょう。当時の開拓局の予算を減らす、リストラのために言った言葉ですね。よく言われるダムの撤去の事例についても、私企業が自らの工場に引く電力を作るダムを建設したが、数十年たって事業環境も変わり工場がいらなくなったからダムをなくしただけ。そういうケースが多いのです。

中野: アメリカでは、ダムが出来たらなぜそんなに魚が減ったのでしょう。日本も同じ状況ですか?

竹林: まったく逆です。日本の河川で北海道では、いちばん漁獲量の多いのはサケです。北海道にはたくさんのダムがありますが、その漁獲量は減っているか?実はものすごく増えた。アメリカと同様にダムができて都市ができて人間も増えたが、日本ではサケの漁獲量もカラフトマスの漁獲量も増えた。アメリカと日本では逆のことが起こっています。

中野: どうして、そうなったのでしょうか?

竹林: 答えは簡単です。一つには、鮎を増やす方法が解ったからたくさん増えた。サケマスの話の前に、鮎のことで説明します。これは琵琶湖総合開発事業で人工河川を作って、鮎が川のどういう河床の砂利でどんな水温で、どういう水深だったらいちばん安心して卵を産むかというのを研究し、河床の砂、水温、流速などを工夫して、その通りの理想の水路を実際に作って、それにヨシノボリという天敵を武者返しのカーブをつけて昇れなくした。そうしたらさらに鮎が安心して、たくさん卵を産んでいる。鮎の漁獲量は飛躍的に増加した。こういうことを世の中の人はちっとも知らないままなんです。

中野: 新聞などは反対運動で盛り上がるだけ盛り上がり、その後は知らん顔なんですね。

竹林: そして魚が増えたもう一つの理由は、魚道造りです。実は、欧米の河川より日本の方が魚道を作るのは難しい。急流が多いですからね。それに向こうの川にいるのはサケとかマスのような大きな魚ですが、日本で代表的なのは鮎ですね。鮎は魚体が小さいから昇る力も降りる力もない。だから魚道も変なのを作ると、昇れないし降りられない。欧米とは大違いで、サケやマスと鮎の稚魚の場合とでは全然条件が違います。アメリカでも、彼らは魚を増やす努力をし、養殖もし、日本の何十倍も金をかけたのに魚が減ってしまったのは、そもそも川の条件、ダム湖の条件、魚の生態サイクル条件が違うからなんです。

 それに、欧米でやっているからといって日本でもそうだという考えは間違いで、向こうはサケが減ったからダムをつぶせといっていますが、日本では減っていないし。学者や反対派の人で、何でも欧米ではこうだから日本もそうしなくてはならないという、偏狭な欧米崇拝の考えを持っている人が多くいます。だいたい日本の学者は、日本になくて欧米などにあるというものを見ると、すぐ日本は遅れている、真似をして取り入れるべきだと言い出す。例えば、日本にはエレベータ式魚道がないが欧米にはある。日本は遅れているから日本も作れということを言い出す。実は日本にも立派なエレベータ魚道が小牧ダム等にありました。

湖水が出来たら、自然環境が豊かになり野鳥が増えた

中野: そうなんですか、ダムの影響について日米でまったく逆のお話しなのですが…。

竹林: そりゃ、なんでも新聞に書いてあるのが正しいと思っていると本当のことは分からなくなります。では鳥はどうでしょう。これは松川湖の例です。ダムの用地交渉中、ダム本体工事中、道路付け替え中、完成して水を溜めた後と、ずっと追い掛けて、どういう鳥がいて生息数がどうなっていったか野鳥の会で克明に調べられました。その結果、ダムが出来て鳥が棲む自然環境がどうなったか。ダム建設前は、ダムの周りに棲む鳥の種類が、5目17科50種だったのが、ダム出来てからは、13目29科87種に増えていました。


中野: 本当ですか?そんなに野鳥が増えたのですか。
竹林: 全国のダムの周りには、○○ダム湖鳥獣保護区というのがたくさんあります。本来、自然の中にいる生物にとっていちばん困るのは、水場がなくなって、住んでいるところがカラカラに乾燥することです。しかし、ダムが出来ると反対に水を与えてくれるから、生物の生息環境が良くなるわけです。今は、環境省がダムは環境破壊だから国立公園の中にダムを作ってはいかん、と許可しませんが、実は国立公園にもダムはいっぱいあります。国立公園に関する審議会の報告書によれば、国立公園で12、国定公園では46、県立自然公園は110ヶ所のダム湖がすばらしい自然、景観があるということが書かれています。


 どうしてそうなのかというと、これらのダム湖は制限水位方式ではないからです。制限水位方式だと人工的に水位を落とす。つまり水位を短時間に急激に低下させることは湖周囲の環境にはよくない。「環境に良いダム湖」に選ばれているところは、常時サーチャージ水位方式のダム湖です。つまりダム湖の生態系の環境を良くしようと思ったら、常時満水位方式のダムに変えれば良いのです。ダム湖に水が一杯あれば、水際と水面との間にものすごく豊かな生態系のゾーンができ、それは、魚付き林ができてきます。ダム湖の効率的運用を目指し、洪水期制限水位方式のように、強引に夏期制限水位にするというのはよくないですね。

 前にも言いましたが、人間にとって、あるいは生きるものにとっていちばんの環境破壊は大自然災害で、実は、これはハッキリと観音経にも書いてあります。お釈迦様の方がよく知っていますね。大自然災害の被害を軽減するのがダムだから、ダムは環境を破壊する面と、そうでなくて、環境を良くする面と、二面性があるということです。

物事に表裏があるように、ダムにも二面性がある

中野: ダムの二面性ですか、なるほどと思います。最近は、ダム=無駄という、一方から決めつけるような視点から描かれたアニメがテレビで放映されたりしていますが、片方からしか物事を見ないからそう思えてしまうんですね。

竹林: なんでも多方面からの視点で見なければ本当のことが見えてこないと思います。よくダムは無用だ、という人がいますが、たしかに普段は無用に思えますが、洪水調節が目的のダムは、やはり大雨が降ったときに役に立つ。百年に一度という大洪水が来た時にも洪水を小さくしてくれる。もしダムが無用だという見方の人の論理で言えば、消防署は火事がないと役に立たないのかということになる。しかし火事は無くなる訳じゃない。だから常に備えておかなければ、いざという時に役に立たないんですよ。また、ひと月、ふた月も雨が降らないという渇水の時に、大昔は雨乞いしかなかったですが、ダムは水を貯めていることにより長い無降水期には命の水を補給してくれる大変頼りになるものです。


 それでも、ダムは無用だと言う人がいる。でも、これは防衛、軍備といっしょだ。自衛隊も普段は平和だから何もやっていないように見えるが、いつ飛んで来るかもわからないミサイルに対して一生懸命に日本の国民の安全のために備えているわけです。なので防衛力というのは、無用とか有用とか言う前に、緊急時にあってこそ役立つもの。ダムも、それと同じで大きな渇水になればなるほど効果はケタ違いに大きくなるのです。ダムは通常時は無駄なように見えるが洪水時や渇水時には非常に心強いものなのです。

八ツ場ダム問題、もう水は足りているのか −水問題は深刻−

中野: 八ツ場ダム問題でも50年経ってダムが出来ていなくても、今まで何も支障なかったのなら要らないと言われますが?

竹林: 八ツ場反対派の人が「首都圏の水は余っている」と言ってますが、私は毎年、春になって関越の山々の雪解けの量が少なくなっていたら、果たして今年の夏は乗り越えられるだろうか、と心配になります。今までは、ダムの操作で何も問題なかったが、実はたいへんな綱渡りをやっているんです。毎年、四国の早明浦ダムでもほんの少しの間、雨が降らなかったらすぐに空っぽになる。それで騒ぎますが、もし早明浦ダムがなかったらどうですか?もっとたいへんでしょう。こういう状況は、全国どこでも同じです。

 しかし、ダムに反対する人は水は余っていると言う。なぜだか解りますか?あれは、紙に書かれた水。いわゆる水利権量が余っているということで、10万人都市なら10万人みんなにいつも配れる水量が必要ですが、水利権の量とは、ある程度の渇水には水が取れますが、それ以上の大きな渇水の時にはとれなくなるということです。だから水利権量としては足りていても、実質は足らないのに、それにもかかわらず水は余っていると言っているのです。ダムに水がなければいざ渇水になった時、水利権として標記された水が一体どこにあると言うのか?非常時になったらどうするか?と言うことです。平成6年の首都圏の渇水の時、30%の取水制限をしました。反対派は取水制限30%しても誰も困らなかったと言っている。実は河川から取水量を減らされた分だけ地下水を急遽汲み上げた。その結果、350km2にわたり、沈静化していた地盤沈下が再び始まった。地盤沈下は回復不可能な深刻な不治の病です。絶対に回避しなればなりません。

中野: なるほど、例えばダムの水利権も見る方向で変わってくるのですね。だから足らないとも、余っているとも。

竹林: そう。河川工事も同じこと。普段は被害がなければダムなんか要らないかもしれません。しかし、日本の川では、雨量で20〜30mm/hも降ったらどこかで溢れていますよ。一級河川においては、百年に一度の確率とか、百五十年に一度の確率、利根川なんか二百年に一度の確率で大雨が来たら溢れてしまう。

 利根川を例にすると、平成10年に大洪水がありました。利根川や江戸川で、堤防のあちこちで漏水が生じました。パイピングの浸透破壊が生じたのです。時間がたったら一気に破堤する。水防団の人々が昔からのやり方で浸透破壊をギリギリのところで防いだ。危機一髪の綱渡りの連続だった。大事故破堤に至らなかったので世間から見過ごされてしまうことが多い。要するにヒヤリ・ハットの例です。


 この前あった米国ニューオリンズのハリケーン・カトリーナの水害のように、もしも利根川が破堤していたら首都圏は、大変なことになります。月の輪工法による水防活動は毎年、日本の川のどこかでやっています。日本のどこかの河川で洪水で破堤している。現状ではヒヤリ・ハットの事例から脱してはいないということです。

利根川のDNAの語るもの −もしも利根川が溢れたら?−

中野: 利根川は、昔、江戸時代に大改修をしたとか?家康の時ですか?

竹林: 人工的に流れを変えましたね。だから、もし大きく溢れたら川は昔の流れを探すとも言われるのでとても心配です。利根川東遷後、利根川の洪水が江戸川に達したのは、宝永元年(1704)寛保2年(1742) 天明6年(1786)享和2年(1802)弘化3年(1846)明治29年(1896)明治43年(1910)昭和22年(1947)の洪水と、おおよそ30年から40年に一度の割合で江戸・東京の町を襲ってきました。平成10年(1988)の大洪水で水防活動が失敗すれば、東京まで洪水は押し寄せてきたことでしょう。

 東京とか名古屋の海面より低い零メートル地帯は、雨が降ったら水が自然には出ていかないので、ポンプで汲み上げて溢れないように出しています。常にポンプを動かすことで生活の安全を保障しているのです。心臓病のペースメーカーといっしょで、もし故障して動かなくなったら、即その人は死んでしまう。墨田区とか江戸川区とか、零メートル地帯では水が溢れてポンプが止まればたいへんなことになる。電気が止まったらそれでアウトです。日本の産業、人々の暮らしは、そういう大変なリスクの上に成り立っているので、常に備えなくてはならないのです。



中野: なるほど普段は平穏だが、実はいろんな危険性というのがあるのですね。

竹林: 水害に備えるという問題、それにダムの問題でも表と裏、二面性があることをまず認識してもらわねばなりません。

 その前に、今はマスコミのせいでダムは強引に悪者に仕立て上げられてきています。長良川河口堰の時もそうでしたが、今回は「コンクリートから人へ」というスローガンを出していて、国家百年の計を否定し始めています。憂慮に耐えないことです。そういうやり方で今度はコンクリートに悪いイメージを与え、公共事業、土木事業全てを悪者に仕立てようとしている。それをまず言いたいです。
 またコストとベネフィットのことですが、例えば、ゼネコンでダムを造ったら、コンクリートにどれだけお金がかったとか、これだけのコストがかかるというのは、計算すればすぐ出てきます。しかし、そのダムから得られるベネフィットについては、本当のところは計算してもなかなか出てこないんです。昔は、川が氾濫したら米の収穫が減るというので、どれだけ米が獲れなくなるか、損害になるかを基にして換算していた。でも、もしも今、東京のような大都市が水に浸かったら、その被害はもう想像出来ないんです。コンピュータがやられたら、大変なことになります。日本の首都機能が全部アウトになるかもしれません。

中野: そうですね、たしかに被害は甚大でしょうね。

竹林: 洪水の被害を計算するのに、昔は米の減産割合で測った。だから、そういう昔から統計のある価値というのは、積み上げれば計算出来ますけども、今の日本のハイテク産業のように、新しく産み出されたものも含めてどれだけの価値かは、実はすごく計算しにくいのです。要は比べられるものがないから、そこからベネフィットを出せと言われてもうまく出せないのです。

 以前に、西日本、中国地方に大渇水があって、水島コンビナートの製鉄所が軒並み止まったことがあります。川崎や水島の製鉄所では鉄を1トンつくるのに水が140トンいる。それが渇水で水が使えないとなると、急きょ井戸を掘ったところで間に合う訳がない。海に水があるからと言っても脱塩装置を使うにしても難しい。人間が暮らす水がないのだから工業用水は70%カットとか、一日のうち16時間断水となって、どうしようもない。そこで出たのが水の緊急輸入ですよ。この時は、韓国、香港、上海、ベトナムなどから1トン三千円かけて輸入して急場をしのいだ。こういうことからも、いざという時の備えがいかに大事かが、わかるでしょう。洪水の後で調べると、ダムのある河川では被害はない。隣のダムのない河川では被害が甚大である。渇水の影響を受けたら、普段の水は安いけれどもいざという時の水のコストは非常に高いことがわかるでしょう。ダムで水利権を確保している市町村は安心だが、備えがない市町村は大変なことになる。

国家の最重要使命 −いざという時に備えるということ−

中野: 今は何ヶ月も雨が降らないということはないですけど、もし気候が乾燥化したら?危ないですね。

竹林: 東京の場合はだいたい30日でアウトです。首都圏だと上流のダムを、毎日、東京に向けて放流するようにして、なんとか持つ。一ヶ月くらい雨が降らないというのは、歴史上にはたくさんあるのです。でも、もしもそれ以上になったらどうしますか?雨乞いして神だのみしかない。沖縄では、昔ダムで水を溜められない時代は、自分の家は自分のところで溜めるという対策をしていました。つまり自家製タンクで屋根の雨水を集めて溜めていました。一軒ずつですね。だからみんな水の大事さがわかっている。

堤防は、切れるのが当たり前、土堤の原則

中野: それでは、切れないはずの堤防が切れる、という問題について伺います。そもそも堤防は、切れるというのを前提とすべきなのでしょうか?

竹林: 日本は大昔から洪水で家を流されてきた経験がある。だから、人間が浸水しても良いと思われる土地は畑とか田んぼにして、自然堤防上とか小高い土地とか、山際の土地に家を建てて住み、洪水に対応してきた。たくさん雨が降ったときに水が来るところには、もともと人間が生活しなかった訳だ。しかし、江戸末期から明治になり、どんどん人が増えて、そういう所にも人が住むようにしないと、だんだんと住むところがなくなってきた。それで問題も急増することになった。

中野: 昔、コンクリートがなかった頃はみんな土堤ですよね。

竹林: そう、昔はみんな土で堤防を作った。堤防という土木事業をやらなかった時代は、川が溢れたら水が面状に広がる。だが、川が溢れたら水が土を運ぶから自然に盛り土のようになって堤防のようなものができた。それが自然堤防です。それが「面の治水」の時代です。氾濫源にも人間が住むようになって人間が堤防を作って洪水を防ぐような「線の治水」の時代になった。

 だから、堤防というのは、土で出来ているので大水になると必ず切れるんです。それが前提です。しかし、切れない所もあった。それは、岸の左右の堤防の高さを変えていたから。守るべき大事な岸の方、お城のある方や人家がある方は、少し高くして、そうじゃない方は少し低くしていた。すると高い方はかなりの割合で切れない。反対に低い方は、必ず溢れて切れる。これが切れない堤防の秘密です。
昔はずっとそういう方法でやってきた。現代は、川の両岸に人間が住んで、堤防のこちらが高い低いと言ったら大変なので仕方がないから左右同じ高さにしてきた。そうすると、どこが切れるかわからないんです。


中野: 切れない堤防というのは、川岸の左右で堤防の高さを変え、わざと最初から切れるところを用意しておいたという訳ですか?だから大事な方は切れない堤防だと。

竹林: そうです。堤防をホントに安全にしようと思ったら延々と工事をやらないといけない。堤防は、時間も距離も高さについても、終りのない治水なんです。現代では、ひとたび堤防を作れば、もう川の源流から河口まで、両岸に全部家が張り付いているから、管理する方もどこが切れるかわからない。それで堤防を増強しようにも、その用地交渉もたいへんだというのが解りますよね。

 なので、最も確実なのは何かというと「点の治水」。「面の治水」から「線の治水」になって、次に「点の治水」になった。「点の治水」というのは、ダムのことです。ダムだったらダムで溜める分だけは、確実に洪水調節が出来るわけだから「点の治水」。今まで時代が進んでようやくダムの治水になっていった。堤防とダムは、こういう歴史の流れなんですよ。
賢者は歴史に学び、愚者は己の体験に立つ −歴史の中にこそ、土木の知恵がある−

中野: 戦国武将の時代から堤防工事に力を注いできた伝統があるんですね。

竹林: 堤防というのは、大宝律令の頃から土堤の原則というのがあります。日本の堤防の始まりは、洪水の氾濫でできた土地。氾濫原の土砂か砂利です。それを盛り上げ堤防にしました。今は、コンクリートを使いますが、土堤の上にコンクリートを打ったら、地震が来るだけでやられてしまう。例えれば、柔らかい豆腐の上に鉄を打ってはダメで、豆腐の上に豆腐だったら良いわけです。氾濫原の砂利層の上は、その土地の土砂で作るのが良いのです。そこにある土砂で修復できて、その下の土地と馴染も良い。それに運んでこなくても良いので、壊れても瞬く間に修復できるから、土堤がいちばん良いのです。

中野: 堤防には、昔からのいろんな知恵が数多く積み上げられているという訳ですね?ほかには、どういう工夫があるのでしょうか?

竹林: 溢れる前に切るという知恵もあります。いままでにあった大きな洪水、例えば、カスリーン台風で利根川の堤防が切れた。群馬と埼玉と千葉の間にある堤防が破堤して、葛飾区から江戸川区まで、一週間から十日ほど水に浸かったことがある。だいたい日本の川の特徴というのは、洪水の時はものすごく早くワーと水が溜まるが、洪水が終わったらサーと水が引いていく。しかし、利根川みたいな大河川の洪水で水が早く引かなかったらどうします?

 そこで大洪水になりそうな時、例えば都心の方は洪水にならないように、反対側の堤防を切った方が被害が少なくて済むとなったら…。過去の日本の水害の歴史を調べてみると、水害を免れるために、堤防を切って被害を少なくしようとした例がいっぱいあります。カスリーン台風の時もGHQが利根川の堤防を切ろうとしたが、頑丈で堤防を切るのに時間がかかって間に合わなかったそうです。もしも簡単に切れていたら、きっと東京は水害を免れていたでしょう。

中野: そんなことがあったのですか。今ではカスリーン台風クラスの危険度すら計算に入れるべきではないと、過大だと八ツ場ダム反対の人は言いますが。



竹林: もしもそうなった時、その人たちはどうすると言うのでしょうか?ダムによらない治水と言うが、堤防を強化して首都圏の大都市を守れるのかということです。それに、もしもの時には、堤防のどこかを切ってでも東京を守るつもりがあるのかと聞きたいですね。

切れない堤防は、まぼろし −破堤の三つの要因−

中野: 堤防には破堤の危険性があるということですか?

竹林: 堤防そのものは、土堤がいちばんいいのですが、堤防を高くして強化するということは、実はものすごく危険な考え方なんです。なぜかというと、さっきから言っているように堤防は切れるのを前提として築造されているのですから、日本の河川行政では、震度4以上の地震になったら堤防が崩れていないか、ひびが入っていないかと、全ての堤防を点検します。そうするのは、堤防の地盤が緩んだり崩れたりしていると破堤する可能性が出てくるからです。

 堤防が破堤するには、三つの要因があります。一つ目は、オーバートッピング(越水)です。水が越えてきたら水勢で堤防は壊れます。越水すれども破堤せずというのは、私に言わせるとあれは嘘で、越水すれば必ず破堤します。二つ目は、パイピング(漏水)です。土だから、地下水が浸潤する。その浸潤線が堤防の法面の下だったらパイピング破壊せずに止まるから堤防はつぶれない。しかし下流法面に浸潤線があらわれるようになったらつぶれます。下流法面に水の道ができてしまうと、これがパイピング破壊です。下流面に浸潤線が出てくれば破堤します。それに対しては、昔からの水防工法があります。例えば、月の輪工法はものすごく合理的で、堤防のこちらに水がちょろちょろと出てくるのを見つけると、そこを囲ってUの字形に土のうを積み上げる。漏れている位置より上まで水を溜めると水の重みでパイピングが進展しない。この月の輪工法というのは、古くから伝わる日本独自の洪水から人を守る知恵なんです。三つ目は、エロージョン(浸食)です。川の流れによって堤防が内側から削り取られます。これについての対策は、武田信玄が積んだ石積みの技術とかが知られていて昔からいろんな策が用意されてきました。だから、我が国の治水工事は大宝律令の時代からの土堤に始まり、コンクリート護岸になり、人々の安心安全を守っている。面から線へ、そしてダムによる点の治水と時代が進んだ。今は、これらを組み合わせてどう備えていけば良いかを、コスト、ベネフィット、いろんな側面から総合的に考えるべきだと思います。


緑のダムは、まぼろし

中野: いろんなものを組み合わせるというのはわかりますが、最近よく言われるのが緑のダム構想というものですが、これはどうでしょうか?

竹林: 緑のダムというのは効果は全くありません。例えば、もし渇水になったら、木が多いところほど、木が一生懸命地下水を吸います。日本全国であちこち計測した結果、渇水があって日照りが続くと、木が多くあるところほど木が地下水を吸って蒸発させるからその辺りの地下水は減ってくる。渇水時には河川の流量は木が多い方が少なくなります。

 そこで、洪水抑止の話ですが、確率で一年に一、二度という中小洪水ならば、緑のダムというのも効果があると言えますが、十年に一回、二十年に一回というようなダム計画で対象としている大きな洪水には効果は一切ありません。なぜかというと一年に一回二回という中小洪水では、雨が降ると地下に浸透します。その浸透した水は地下水流出として河川に流れていく。地下への浸透分だけ洪水流出は遅れます。しかし、それより大きな洪水が来たら一度で地下水は満杯になります。その前で地下浸透が限界に達した後に降る雨は地下浸透せず直接流出してくるそれと前に降った雨が地下浸透して遅れて流れ出してくる。これが重なりあうので洪水のピークはより大きくなる。従って、木が多くある方が洪水がより大きくなる訳です。

 今の雨は、時間雨量の問題が大き過ぎる。日本全国、どこの山も地質が違うし地下水への浸透率は同じではない。もともとダムと森林という比べるべきじゃないものを同列に語るのはいけないでしょう。ただイメージを変えてみただけでは意味がないのです。森林がダムにとって良いというのは、堆砂を止める効果があるということですが、それで洪水を防ぐ効果は全くないし、又、渇水時の水補給効果も全くありません。「緑のダム」という言葉は大変罪つくりな言葉なのです。

中野: そうなんですか。いろいろと書かれていると、効果があるのかとも思えたりするのですが、やはり反対するための宣伝文句という位置付けでもあるのかも知れませんね。

竹林: なんでも反対だと言うのは、親の心子知らずで、治水も利水も危機一髪という実態を知らないからです。橋やトンネル、道路の場合は、造るときに割と賛成もありましたが、昔から反対なしにダムを造った例はほとんどありません。

 先人のおかげでこれだけ治水の安全度も上がり、水資源も確保されて日本が発展することができたのです。よくよく考えていただきたいと思います。国家百年の計の公共事業はマニフェストとか事業仕分けなどというものではありません。予算を無駄にしないことは大事ですが、国家百年の計の八ツ場ダムを中止するということは大変な税金の無駄づかいそのものです。歴史に残る愚策であります。

 今は、水源地対策特別措置法、電源三法、水源地基金ときめ細かな法制度ができて、ダムについてはいろいろ手当てしている。とくに水特法というのは、地元対策をやろうにも今までの法律ではできなったからですよ。八ツ場ダムが半世紀も出来なかったのはそういう背景もあるんです。だが、そういうことは全然伝えられることはないのです。だからマスコミはおかしい。問題のとらえ方、情報発信のスタンスが感情的だ。対立軸を大事にする一方、どちらかに偏って、一体、中立公平な立ち位置はどこにあるのかと思ってしまいます。

 公共事業というのは、先行してやれば安くでき、後追いではものすごい費用がかかるということもあります。洪水が起きてから、大渇水が来てから、ダムを直ぐに作れと言われても間に合わないのです。

JAICAは神様です、と讚えられた

中野: 長い間いかに備えるかということで百年の計なんですね。もしもの場合を考えて。

竹林: 今は、地球温暖化が大きく取り上げられていて、実際に気候の異変も起きていると考えられています。そこには、ポイントが四つの気候異変があって、一つは雨の降り方の幅が大きくなっていること。降り幅が大きくなってきたので洪水が起きやすくなった。降れば土砂降り、降らなかったら降らない。降れば時間当たり50mm、100mmというような豪雨の頻度が、ものすごい勢いで増加してきていること。二つ目は局地豪雨が増えてきた。所かまわず大豪雨である。三つ目は逆で、年間降水量がじわっと減少傾向にあり、水資源確保の重要性が増してきて、いつでも水を溜めておかないといけない。最後、四つ目は、季節の変わり目が狂ってきたということ。雨が多い梅雨がズレてきたとか、例えば12月に洪水が来たり、夏の暑い時に冷夏になったりして、ダムの洪水調節渇水調節が非常に難しくなってきた。それは、ダムの効果が目減りしてきたということなのに対策がない。だから、常に備えなければならいということを言っているのです。

中野: 今まで何も起きないからこれからも起きないのではなく、防災というのはそういうふうに考えないことが大事なんですね。あるかもしれない、起きるかもしれない。だから実際に起こった時にどれだけ軽減できるかと…。



竹林: そういう例があります。数年前にインドネシア西部のスマトラ島沖を震源とするマグニチュード9.0という大地震がありましたね。その時は、高さが10mにもなる大津波が、インド洋沿岸の各国を襲って20数万人が亡くなりました。この大津波の被害に遭ったのはインドネシア、マレーシア、タイ、ミャンマー、スリランカ、インド、モルディブ、ソマリア、ケニアの沿岸部などですね。こうした中、マレー島という縦横わずか1〜2キロというサンゴ礁でできた、海抜が1mくらいの小さい島に7万人もの人間が住んでいるという世界でいちばん人口密度が高い島がありました。押し寄せる大津波を遮るものがなにもないインド洋の孤島なので、まともに津波をかぶったら全滅するという危険性もありましたが、テトラポットで造った防波堤が完成していたので死者はゼロでした。あの大地震の前に起きた地震と津波で被害を受けたので、日本のJAICAが支援して防波堤を造っていたのです。
 現地では、日本の援助のおかげで私たちは全員助かったと大喜びでJAICAは神様です、と讚えられました。もしも防波堤を備えていなかったら、島は海抜1mくらいしかなかったので、住民全員が亡くなった可能性すらありました。まさに「備え有れば憂いなし」ということで、教訓を得て事前に備えたところには災害が及ばなかった訳です。

絶対に間違いないことは、備えた分だけ効果は上がる

中野: もしもに備えておくということが一番大切なんですね。

竹林: そうですね。実は、人間が河川を管理するということは非常に難しいということ。大洪水が来て、どれだけの雨が降って、どう流れたかというのはその間はブラックボックスで、計算値を出すのはすごく難しい。それを一生懸命研究して、水文学とかの研究がながながと続けられてきて、今でもすごく難しいのが学問分野なのです。八ツ場ダム反対の人が、利根川の基準点ではダムを造っても水位はほとんど変わらないから効果は薄いといっているが、それは違う。昔のカスリーン台風の時は、八ツ場の流域には雨がほとんど降らなかった。もしもカスリーン台風と同じ規模の大雨が、今、八ツ場の流域に降ればものすごい大洪水になりますよ。机上で川の流量計算は出来ても、いつ、どこに、どれだけ降るのかがわからないのが実際の大雨というものですからね。そこを考えておかねばいけないです。水文学も水理学もブラックボックスだらけで、コンピューターゲームの世界ではない、河川工学とは、極めて高度な経験工学なのです。治水・利水の現状は大事故(カタストロフィ)の前兆、危機一髪、ヒヤリ・ハットの連続です。それに対して、どのような有効な対策をたてるかということが経験工学の真髄です。

中野: 災害に備えてもしもの時に、いかにその被害を軽減するという考え方でいることはとても大事だと思います。公共事業というものは本来そういうものなのでしょうね。

竹林: リスクを評価するという点において、一つ目のポイントは、河川というものは、どこまで時代が進んでも、いつ洪水になるかという危険は絶えず内包したままである、ということをよく理解しておくことが大事です。本来ダムや堤防を設置するか否かというものは、人間様の選択の余地がないものです。道路とは違います。道路は、それを設置するか否かで選択の余地があります。逆に、設置したことによって初めて危険が出てくるという性質のものです。

 二つ目のポイントは、道路についてはリスクが解った時、危険状態を回避する手段がある。つまり道路を遮断し、人や車を止める。誰も走らなかったら道路は危険じゃない。ところが、河川では危険状態を回避する手段がない。それが大きな違いなんです。

 三つ目のポイントは、河川は流水という自然現象を代表として成立するが、その源となる降雨の規模、その範囲や発生源等の予測、洪水の発生等の予測が極めて困難であること。
道路は、人や車という人的なものが対象なので、予測が一応できます。盆と正月は皆帰りたいというが、どれくらいの人間が帰りたいか、汽車で行くか車で行くかというのがだいたい予測がつきます。
河川というのは、これだけの雨だったら、これだけ流れるというのが実際にはよくわからないし、それを実験で検証しようにも実物大実験できないのでわかりません。だから百年かけて洪水が来たら、やっぱりここが切れたというしかないんです。途中で氾濫していても、実際の出水があって初めてわかるんです。河川の一つの重大災害の陰にはいくつものヒヤリ・ハットの警告がある。その延長線にカタストロフィが発生する、経験工学な訳ですから。それに対して、絶対に間違いないと言い切れることは、「きちんと備えをしておくこと」ですよ。備えがなかったら対処できない、ダム等で洪水調節や利水確保した分だけ治水利水の安全度は間違いなく上がっているのです。大自然は正直です。嘘はつかない、それだけは間違いがないことです。

中野: 本日は、たいへん貴重なお話しをありがとうございました。
先生には、風土工学についてもお聞きしようと思ったのですが、かなり時間も過ぎてしまいました。またの機会にお話しいただければと存じます。



(参考)竹林征三さん プロフィール

氏 名:竹林 征三(たけばやし せいぞう)
生年月日:昭和18年9月

学 歴:
昭和42年3月 京都大学土木工学科卒業
昭和44年3月 京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了

学 位:
工学博士(京都大学)平成8年11月

職 歴:
昭和44年4月  建設省に入省
 … … … … … … … … … … … … 
昭和59年4月  近畿地方建設局琵琶湖工事事務所所長
昭和61年4月  関東地方建設局甲府工事事務所所長
 … … … … … … … … … … … … 
平成3年4月  土木研究所ダム部長
平成6年4月  土木研究所環境部長
平成8年4月  土木研究所地質官
平成9年4月  (財)土木研究センター風土工学研究所所長
平成12年4月  富士常葉大学環境防災学部教授、附属風土工学研究所所長
平成18年4月  富士常葉大学大学院環境防災研究科教授(兼)
平成21年    富士常葉大学客員教授 現在に至る

受賞歴:
平成5年7月  建設大臣研究業績表彰
平成10年4月 科学技術庁・長官賞受賞、第一回科学技術普及啓発功績者表彰
平成10年5月 前田工学賞受賞。 第五回年間優秀博士論文賞
        「風土資産を活かしたダム・堰及び水源地のデザイン計画に関する研究」
平成14年4月 北上市創作民話公募「鬼翔平物語」最優秀賞受賞
平成15年7月 国土交通大臣建設功労表彰

主な著書:
『東洋の知恵の環境学』ビジネス社、1998.5
『風土工学序説』技報堂出版、1997.8
『風土工学の視座』技報堂出版、2006.8
『ダムのはなし』『(続)ダムのはなし』技報堂出版、1996.2、2004.4
『甲斐路と富士川』土木学会山梨会、1995.9
『実務者のための建設環境技術』山海堂、1995.7
『湖水の文化史シリーズ』全五巻、山海堂、1996.7〜1997.2
『湖国の水のみち』サンライズ出版 1995.5

(参考) ウィキペディア・竹林征三

(2010年4月作成)
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 (竹林 征三)
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  [テ] 特別インタビュー〜 竹林征三さんが新たな出版を準備 〜
  [こ] 竹林先生の新著「ダムと堤防」が届いた
  [テ] 竹林先生緊急インタビュー 「風土千年・復興論−天変地異・災害の世紀」を緊急出版
  [テ] 竹林征三さん特別インタビューダム技術・今昔物語−「昭和40年代後半から昭和50年代当初頃のダムの事業を振り返る」−
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