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−ダムの用地補償(1)−
代替地はなぜ必要か

長谷部 俊治
みずほ総合研究所 理事
 
1 大規模な代替地

(1)一般化している代替地提供

 ダムの用地補償交渉に当たっては、代替地の要求に直面することが多い。それに応えるために、時には事業者自身が代替地の造成事業を手がけることさえある。

 たとえば、神奈川県厚木市に「宮の里」という住宅団地がある。この団地の総面積は35.13ヘクタールであるが、その6割弱に当たる20.3ヘクタールは、宮ヶ瀬ダム(相模川水系中津川、1971年着手、2000年完成、貯水容量1億9300万m3、重力式コンクリートダム)事業に伴う代替地として、事業主体である建設省(当時)が自ら用地を取得し、造成、分譲した部分である。宮の里団地はダム建設地に近い中規模の都市である厚木市の郊外に立地しているが、もともと日本住宅公団(当時)が住宅地として開発するために用地を取得していた。建設省は、そのなかから代替地として必要な土地を公団から取得したうえで、公団に造成工事等を委託し、被補償者に対して分譲したのである。

 宮ヶ瀬ダム事業による全移転者数は281名であったが、この宮の里代替地に移転した被補償者は190名、68%にのぼる。そして、移転代替地の地名はもともと「中荻野」であったのだが、宮ヶ瀬ダムにちなんで「宮の里」へと変更されたのである。そのほか、宮ヶ瀬ダムの建設においては、宮の里代替地のほか、ダム湖周辺に一般住宅用代替地(A代替地)及び事業用代替地(B代替地)が造成され、これら3箇所の代替地への移転者の割合は全体で81%である(表1参照)。


 このようなダム事業における大規模な代替地の提供は、宮ヶ瀬ダムに限ったことではない。代替地対策の方法としては、斡旋による方法(斡旋方式)、地方公共団体等の協力を得て事業者以外の者が提供する方法(協力方式)、事業者が自ら提供する方法(直轄方式)の三つがある。宮ヶ瀬ダムの例は直轄方式による代替地の提供であったが、この方式が一般化しているわけではない。だが、ダム事業においては、協力方式を含めれば、代替地の提供は当然のこととされているのである。後述するように、用地補償の考え方では、代替地のような現物による補償は「真にやむを得ない」場合に限るとされているが、ダム用地補償においてはまさに「真にやむを得ない」事情があるということである。

(2)代替地提供の困難性

 ところで、大規模な代替地が必要となるのは、被補償者が集団で移転することを希望するからであるが、その要望に応えようとすれば多くの困難が伴う。大きく三つの問題がある。

ア 移転先用地の取得の問題

 まず、集団移転先の用地を取得することが難しい。移転先として必要な立地条件は情況に応じて様々であろうが、適する土地は限られている。代替地提供のために代替地の地権者と土地売買の交渉をしなければならないのであるが、公共施設用地と違って必要な土地の位置や範囲を明確に特定することが難しいこと、代替地は土地収用の対象ではないため純粋な任意交渉としてすすめなければならないこと、譲渡所得等に対する課税の特例は適用されないことなど、公共事業のための用地補償交渉とは違った困難性を抱える。また一方で、取得価格は事業用地の補償基準と齟齬があってはならないことなど、交渉に当たっての制約条件も無視できない。

 この問題については、地元地方自治体等の多大な協力を得ながら、交渉担当者が努力を重ねるほかないというのが現状である。

イ 代替地提供のリスク問題

 次に、代替地計画は不確実さを伴う。事業用地の補償交渉は代替地計画が明確でなければ進展しないが、補償基準が明確でなければ集団移転の意志は固まらない。補償基準と代替地計画は密接不可分な関係にあり、代替地の位置や規模が最終的に決まるまでには紆余曲折があるのが通例である。のみならず、代替地の希望に応じて造成等を実施しても、補償契約締結まで、地権者が最終的に取得するかどうかは不確実なままである。そもそも、大規模な代替地の造成・分譲は、一般の宅地開発と同じように事業としてリスクを伴うのである。

 これについては、リスクを地元地方自治体等と分担するなどの工夫がなされることもあるが、原則的には、リスクを負いつつ、補償交渉の一環として要望に応える努力を重ねるほかない。

ウ 代替地価格の問題

 さらには、代替地の価格について強い制約がある。代替地である以上、その提供価格は被補償者が取得可能な範囲でなければならない。価格は、原則として代替地周辺の取引事例をもとに決定されるはずであるが、代替地が市街地に近ければダム建設地と較べて地価が高くなるのは当然であるし、ダム湖の周辺に代替地が立地する場合も、付け替え道路の整備などによる利便性の向上を代替地譲渡価格に反映させるかどうかが問題となる。しかも、ダム事業費による費用負担は損失に対する補償の範囲内でなければならないから、支出した代替地の造成等に要する費用は、原則として分譲等の収入等によって回収すべきであると考えられている。事実、土地収用法の替地補償規定の解釈においては、代替地は補償金に代わるものであるからその財産的な価値は同じでなければならないとするのが通説である。もっとも、代替地提供は生活再建への支援でもあるから、そのような解釈に縛られることなく、適正な価格で分譲することができるという主張もある。

 実際には、公共補償などによって代替地の原価を抑えるべく様々に工夫したうえで、原価で分譲されることが多いが、代替地の提供価格を通常の宅地分譲と同じように考えてよいのかどうかなどの疑問は残ったままである。

 このような困難性があるため、ダム事業における代替地提供は、一般的に、地元地方公共団体等による強い支援を得るほか、水源地域対策特別措置法などによる地域整備と連携するなど、関係者の協力のもとで進められるのである。

 さらにそれだけでなく、代替地の提供のために二つのしくみが用意されている。一つは、「公共事業の施行に伴う代替地対策に係る事務処理要領」(注1参照)である。この要領では、代替地の提供に関して、意向調査、候補地の選定、造成計画、提供の価格や提供方法などの標準的な手続きを定めている。そしてその運用方針のなかで、代替地の提供価格は原則として取引事例比較法によるとし、総造成費用のうち公共補償に係る費用等代替地取得者以外の者だが負担する費用を控除した額を回収できるよう努める(義務ではない!)という考え方が示されている。だが、この要領は手続きを定めることによって事務処理を円滑化することが目的であり、費用負担の考え方など一部の規定を除いては、アからウまでに述べたような代替地提供に伴う困難性の軽減に直接に対応するような制度とは言い難い。

 もう一つは、代替地情報提供システムである。これは、各事業者等が個別に保有している代替地情報をネットワーク化して集約し、閲覧できるようにするシステムであり、代替地の希望や代替地候補土地の情報を簡便に検索することができる。しかしながら、このシステムは個々の地権者に代替地を個別に斡旋する上では有効かもしれないが、集団移転地の確保のようなニーズに応える機能を満たしているとは言い難い。

 つまり、ダム事業における集団移転要求への対応は関係者の協力という現場での努力に負うところが多く、そのためのしくみは、いまなお未整備のままであると言わざるを得ないのである。


2 用地補償における代替地

(1)用地補償の考え方

 ダム事業においては代替地の提供が当然視されているが、用地補償の考え方においては、代替地の提供は事業者の努力義務に留まっている。

 まず、任意で用地を買収する際に適用されている「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」は、損失の補償は原則として金銭をもってすると定めたうえで(同要綱第6条第1項)、権利者が金銭以外の方法による給付を要求した場合には、「要求が相当であり、かつ、真にやむを得ないものであると認められるとき」は、事情が許す限り給付するよう努めるべしとしている(同条第2項)。
また、土地収用の場合にも、補償基準と同様に、損失の補償は原則的に金銭をもつてするものとされている(土地収用法第70条)。そのうえで、土地所有者等は補償金に代えて替地による補償を要求できるとし、「その要求が相当である」と認められるときには、収用委員会は起業者に対して替地の提供を勧告する等ができ、一定の要件のもとでは権利取得裁決において替地による損失の補償の裁決をすることができるとする(同法第82条)。このとき、替地は、土地の地目、地積、土性、水利、権利の内容等を総合的に勘案して、従前の土地等に照応するものでなければならないと定めている(同条第7項)。

 なぜ土地収用において金銭補償が原則とされているかと言えば、第一に、市場経済のもとでは金銭で補償すれば損失を補填できるはずであること、第二に、金銭補償であれば被補償者はその使途等を自由に選択できること、第三に、事業者には現物で補償するための確実な手段がないことであるとされる。(たとえば、小澤道一著「逐条解説土地収用法」(ぎょうせい、1995年)を参照。)
つまり、代替地の要求が「相当である」と認められるのは、市場機能が有効に働かず、被補償者が損失を回復することが困難な場合に限られるということである。また、事業者に確実な代替地確保の手段が無い以上、たまたま適当な土地を保有している場合のほかは、代替地の提供は努力義務とするほかないということでもあろう。さらには、金銭に「代わる」補償であるから、金銭で補償する者との均衡からも、代替地の価値は補償の対象となる財産の価値の範囲内でなければならないと考えられているのである。

 そして、このような土地収用における考え方は、任意の買収においても踏襲される。事業認定を受けた事業であるならば、最終的に収用裁決に至ることを想定しなければならず、その場合に補償の扱いに齟齬があってはならないからである。

(2)いくつかの疑問

 しかしながら、このような用地補償における代替地の扱いについてはいくつかの疑問がある。
 第一に、市場経済のもとでは必要なものはすべて金銭によって入手できるということは事実ではないであろう。そもそも土地は個別性が高く、その流通量は限られている。特に居住地が失われるようなときに、金銭があればそれに代わる土地が容易に入手できるというのは楽観的に過ぎるのである。ましてや、借地・借家の入手は困難である。また、後述するように、コミュニティの機能のように金銭によっては損失を十分に充足できない場合も少なくない。
 金銭補償によっては損失を回復できないような社会的状況は、相当広範に存在していると考えなければならない。

 第二に、補償金の使途について被補償者の自由を確保するために金銭補償を選択すべしという論理は、代替地を要求するような事情のもとではその前提からして崩れている。むしろ、金銭補償か現物補償かを被補償者が自由に選択できるほうが、損失補償の実効性はより高くなるはずである。

 第三に、要求が「相当である」という判断基準が曖昧である。そもそも、土地収用において替地補償が裁決された例は数少なく、どのような場合に代替地要求が相当であるかを判断するうえでの裁量の幅が大きい。個別の事情を参酌するほか無いのであろうが、たとえば、よく言われる「生活再建が困難な場合」であるかどうかの判断基準をとってみても、その運用は単純ではないはずだ。
 裁判において、「替地の要求が相当であるとは、被収用者側に、金銭によったのでは代替地の取得が困難であり、かつ、代替地を現実に取得しなければ従前の生活、生計を保持し得ないと客観的に認められる特段の事情の存する場合をいう」という判決がなされた例もあるが(神戸地判、平8・8・7)、この判例にいう二つの要件を具体的に見極める基準が明らかでないと、替地補償規定の運用に対する信頼性は確保し難いであろう。

 第四に、事業者が確実に代替地を確保する手段が無いというのは事実であろうが、事業者が代替地を確保するのが困難であれば、被補償者にとってはなおさら困難なことではないか。土地収用法では、事業者が所有する土地を代替地に指定して要求した場合の取り扱いや、地方公共団体又は国の所有する土地の譲渡の斡旋・勧告など、公有地の提供について一定の配慮を規定している。また、平成13年(2001)の土地収用法の改正において、被補償者が生活の基礎を失う場合に、事業者は宅地の取得等の実施の斡旋に努めるべきという規定(同法第139条の2)が創設され、事業者の生活再建に対する対応努力を促す趣旨を明確にした(もっとも、この改正は、替地補償の考え方を変えるという趣旨を含むものではない)。
 だが、金銭補償のほうが補償交渉も事務処理も容易なのは明白である。事業の準備段階から代替地提供の可能性を確保するなどのきめの細かい対応ができるようなしくみを構築しなければ、事業者が、代替地の提供という困難性を抱えた対応を避けようとするのはある意味で自然な対応である。

 このように、用地補償の考え方において代替地提供に消極的である理由を吟味すると、決定的な事情を発見することはできないと言わざるを得ないのである。


3 代替地の意味

(1)代替地提供をめぐる課題

 ダムの用地補償においては代替地の提供が当然視されていること、しかしながら、用地補償の原則は代替地提供に対して消極的であること、さらにその理由にはいくつかの疑問があることが明らかとなった。これらの事情を突き合わせて考えると、代替地提供をめぐる次のような課題が浮かび上がるであろう。

ア 損失補償と生活再建の不可分な関係

 代替地の提供は、生活再建措置の一環と考えられている。そして生活再建対策は、損失補償と切り離して取り扱うべきことがらで、事業者のみが責任を負うべき課題ではないとされている。だからこそ用地補償の原則においては、代替地提供に対して消極的で、いわばやむを得ない措置として取り扱われることになる。

 だが、ダム用地補償では、水没によって失われた生活の基盤が再建されない限り、損失を回復とは言い難いという実態がある。そして、生活再建のためには集団的な移転代替地の取得が不可欠なことが多い。損失補償と生活再建を切り離すことはできないのであるから、代替地の提供が事業者の責務とされるのは当然なのである。代替地の提供が多くの困難性を抱えたままであり、その対応を現場の工夫に委ねざるを得ないのは、ダム事業に対して、損失補償と生活再建を切り離すという用地補償の原則を適用することに無理があるからである。

 少なくともダム事業においては、代替地提供を替地補償という現物補償のかたちとして捉えるのではなく、通損を含めた損失補償全体の実現として考え、「生活再建なくして損失補償なし」というような原則を明確にする必要がある。

イ コミュニティ機能に対する損失補償

 ダム事業に当たって、なぜ損失補償のために生活再建措置が不可欠であるかと言えば、土地市場の発達が十分でないこともあろうが、より本質的には、水没地の生活がコミュニティによって支えられているからである。ダム事業に際して実施された水没地の生活実態調査等の結果が明らかにしているように、大部分の水没地では、地域共同体の構成員が相互に生活・生計を支援しあう関係が濃厚に維持されている。ダム事業が実施される地域の多くにおいては、コミュニティ機能の喪失は、被補償者にとって経済的、財産的な損失なのだ。事業に伴う損失補償は、ダム建設によって失われるそのような機能を回復するに足るものでなければならないのである。

 このようなコミュニティ機能を回復する方法として、代替地に集団で移転するという選択は自然であり、合理的でもあろう。だからこそ、集落ごとに個々の移転代替地を要求するというような例が多いのである(注2参照)。

 代替地の提供は、いわばコミュニティ機能に対する補償という性格を帯びているのである。そのような事情に配慮して、公共補償による神社等の移転も行われているが、個人の財産に対する補償のみでコミュニティ機能を回復することは極めて困難なのであり、失われるコミュニティ機能に対する補償措置が必要なのである。そして、集団移転代替地の提供をそのひとつの方法として捉えれば、これはコミュニティ機能の喪失に対する、現物による損失補償そのものであり、事業者が対応すべき責務となる。

 このようなコミュニティ機能に対する損失補償を、公共補償として考えるか、通損補償として捉えるかについては議論があろう。思うに、被補償者が集団移転地に移住するかどうかは自由なのだから、現物補償と一体化した公共補償として考えることができ、また、このように捉えることが実態にも適合するのではないか。

ウ 正当な補償のために

 より本質的な課題として、代替地の提供と「正当な補償」との関係を問わなければならない。代替地の提供は現物補償のひとつであって、土地収用法では金銭補償の例外として事業者の努力義務として規定されているが、そのような取り扱いは、果たして憲法が要請する「正当な補償」(憲法第29条第3項)を実現することに適うのだろうか。

 「正当な補償」とはどのような意味であるかに関しては、(@)収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくすることである(完全な補償)という最高裁の判例(昭48・10・18)があるほか、(A)完全な補償とはあらゆる意味で完全ということではなく、社会的経済的見地から合理的と判断される程度の補償をいい、財産的損失に対する補償で足りる(生活再建措置は正当な補償には含まれない)という判例(岐阜地裁昭55・2・25)もある(注3参照)。つまり、正当な補償は、財産的な損失を回復するに足るものでなければならないが、その損失は社会的経済的に合理的な範囲のものでなければならないとされている。

 さてダム補償における代替地の提供をみると、代替地を提供しなければ財産価値の回復が困難で、しかも失われた生活・生計を確保するための財産的な基盤を回復する手段である。(@)及び(A)の考え方に照らしても、正当な補償のための措置であると考えてよい。そしてそうであれば、これは「努力義務」ではなく、「義務」である。

 このように主張すると、二つの反論があるだろう。一つは、「正当な補償」はあくまでも失われる財産に対する補償なのだから、財産価値に等しい金銭を交付すれば憲法上の義務は果たすことになるという主張である。つまり、現物補償は憲法上の義務ではないという考えがあり得よう。だが、(@)の判決では判決文中に「金銭をもって補償する場合には」という記述があるように現物補償の可能性を否定していないし、正当な補償には、移転料、離作料、営業上の損失などの通損に対する補償も含まれていると理解されていることに鑑みれば、正当な補償を財産価値に対する補償に限定するのは不適当である。

 また、確かに(A)の判決では、生活再建措置は正当な補償には含まれないとするが、ここで言う生活再建措置は職業の斡旋などを含めた幅広い措置をさしているのであって、代替地の提供が正当な補償の範囲外であるとしているわけではない。そもそも、代替地の提供は財産的な損失に対する補償なのである。

 もう一つは、補償の個別払いの原則(損失補償は各人別にしなければならないという原則)に照らしても、代替地を取得するかどうかは被補償者の自由であり、代替地の提供が社会経済的に強い合理性があるとは言い難いという主張である。確かに被補償者のすべてが提供する代替地に移転するとは限らない。だが、これは生活・生計の基盤を回復する際の個別事情によるのであって、代替地の提供の合理性を否定する根拠とはならない。社会的経済的に合理的かどうかは、具体的な事情に即して判断すべきで、まさに代替地要求が「相当」な要求であるかどうかという問題なのである。

 また、個別払いの原則は、補償業務を透明化するうえでも当然の原則であるが、一方でダムの補償基準交渉にみられるように、用地補償に当たっては、地域の共同体との合意が不可欠なのである。個々人の事情に対応する必要はあるものの、正当な補償を実現するためには、個人が共同体の一員として生きているという実態を十分に反映した補償でなければならないと考える。個人補償には限界があるということであるが、一方で、被補償者が居住や職業を自由に選択できるよう最大限の配慮をすべきことは言うまでもない。

(2)代替地提供の方向

 ダム事業における代替地提供をめぐる課題を三つ述べたが、それによって明らかになったのは、代替地は生活再建のための手段だけでなく、正当な補償のための方法でもあるということである。多くのダム事業において、多大な困難を克服して大規模な代替地が提供されているのは、それゆえである。

 だとすれば、このような代替地の意味を活かすための方向は、次の二点に集約できるであろう。

A 損失補償の枠組みのなかに代替地提供を位置づけること

 ダム事業のような事情のもとでは、代替地提供は、生活再建措置の一環ではなく、損失補償である。現行の補償基準に即しても、現物補償、コミュニティ機能喪失に対する公共補償、通損補償という補償項目の枠組みを総合化すれば、十分に対応可能である。これによって、事業者の責務と費用負担が明確となり、事務処理も円滑化するはずである。
 もちろんその際に、生活再建対策と連携する必要が高いのは当然である。現実の生活・生計において、損失補償によって損失が回復されてこそ、公共事業に対する信頼が確保できるのである。

B 代替地提供のためのしくみを整備すること

 代替地用地の取得、代替地提供の際のリスク負担、代替地提供価格の設定などの困難性に対応するためのしくみを整備しなければならない。このとき、収用制度の限界、事業採算性の確保、国有財産の取り扱いなどの問題に直面するであろう。公有地を先行的に確保することについての異議もあろう。
 だが、現場の工夫や努力に依存するしくみのもとでは、代替地の提供は受身の業務になりがちである。代替地提供は公共事業に不可欠な業務なのであるから、制度として確立しなければならない。ただ、残念ながら、そのためのしくみのあるべき姿は、私にはわからない。

(ここで述べた意見は個人のものであり、みずほ総合研究所の見解ではありません。)
(注1)「公共事業の施行に伴う代替地対策に係る事務処理要領」は、1990年4月に中央用地対策連絡協議会で申し合わせされたものであるが、その内容は、1987年6月の建設事務次官通達「建設省の直轄の公共事業の施行に伴う代替地対策に係る事務処理要領」をそのまま踏襲している。そこでは、代替地対策の基本理念として、「被補償者の生活再建対策は、関係行政機関の長、関係地方公共団体及び企業者が共同して行うものであるので、代替地対策を行うに当たっても、これらの者が協力して行うよう努めるものとする」と規定し、代替地提供が生活再建対策のためのものであること、生活再建対策は事業者のみの責任ではないことを明確に示している。また、代替地の提供は、斡旋では確保困難であって、生活再建のため必要があると認められるときにこれに努める等とし、提供方式の選択においては、まずは斡旋に努め、次に、地方公共団体等の事業者以外の者による提供(協力方式)、最後に、事業者自らの提供(直轄方式)という順序で対応すべきことを明らかにしている。

(注2)たとえば八ッ場ダム(利根川水系吾妻川、1967年着手、現在建設中、総貯水容量1億750万m3、重力式コンクリートダム、水没地の住戸340戸)においては、水没する各集落に対応して、それぞれに代替地を造成・提供することとされている。現在の計画では、居住のための代替地は合計6箇所、分譲する予定の面積は約34ヘクタールである。これらの大規模な代替地は、ダム事業、水源地域対策特別措置法による整備事業及び利根川・荒川水源地域基金事業等を総合化して策定された地域居住計画及び振興計画に基づいて整備されているが、基本的にダム事業者が直轄で造成・提供する方法が採用されている。また、代替地を早期に整備するために地上権を設定して造成工事に着手するなど、現場での工夫がたくさん取り入れられている。もちろん、地元地方公共団体の幅広い協力を得ていることは言うまでもない。

(注3)(@)の判例は、鳥取県倉吉市における都市計画街路用地の収用裁決価格をめぐる争いについての判決である(最一小判昭和48年10月18日民集27巻9号)。最高裁は、裁決額が近隣の同類の土地価格よりも低廉であるという原告の主張に対して、「土地収用法における損失の補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によって当該土地の所有者等の被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであり、金銭をもって補償するような場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償を要するという」と判示し、原告の請求を棄却した控訴審判決を破棄して、広島高等裁判所に差し戻した。
 また、(A)の判例は、徳山ダムの建設差し止め請求についての判決である(岐阜地判昭和55年2月25日行裁例集31巻2号)。原告の主張は多岐にわたるが、事業者は水源地域対策特別措置法(以下「水特法」という)第8条に定める生活再建措置を事前に講ずる義務があるという主張に対して、岐阜地方裁判所は、「憲法第29条第3項にいう正当な補償とは、公共のために特定の私有財産を収用または使用されることによる損失補償であり、それはあらゆる意味で完全な補償を意味するものではなく、当該収用または使用を必要とする目的に照らし、社会的経済的見地から合理的と判断される程度の補償をいう」とした上で、「ダム建設に伴い生活の基礎を失うことになる者についての補償も公共用地の取得に伴う一般の損失補償の場合と異ならず、あくまでも財産権の補償に由来する財産的損失に対する補償」が合理的な補償というべきと述べている。そのうえで、同地裁は、本来財産的損失に対する補償で足りるところ、これのみでは社会的摩擦、生活上の不安も考えられるために水特別法の諸規定によってこれを緩和、軽減する配慮をしているのだから、これらの措置は補償とは別個の行政措置に過ぎず、憲法にいう正当な補償には含まれないと判示する。そしてこれらの理由によって、訴えを却下した。
これは、「月刊ダム日本」に掲載されたものの転載です。

(2007年7月作成)

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