《このごろ》
ダム探偵団 第4話 「裏山池を探る」

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2011年8月の夏休みに、長野・新潟方面のダムめぐりをしました。
その際、ダム便覧では位置未確認となっている新潟県裏山池(ダム番号:740)を探ろうとした結果をご報告します。
結論からいえば、裏山池にたどりつくことはできませんでした。
しかし、位置をを示した文献を見つけることができたため、ご紹介したいと思います。


【上平丸地区にて】

まずは裏山池の水系となっている平丸川沿いを訪れ、上平丸地区の方々にお話を伺う事ができました。
「学生のころ遠足でいった」
「裏山用水はもう管理していないのでは」
「いまはもういけないんじゃないかなぁ」
「はじめて行く人がひとりではいけない、遭難するよ。遭難したら探しに行かないといけないから、行ってほしくないなぁ」

いきなり出鼻をくじかれてしまいます。
ましてや遭難レベルの話まで出てくるとは。
ちょっとそこまで、少しぐらいは歩くかな、ぐらいの覚悟はしていたのですが、身の危険を心配される話が出てくるとは思いませんでした。

「ため池をわざわざ見に来たの?」
「じゃぁ花立用水はもう見たの? ここ登った所にあるから見ていけば」
「そういえば今年は草刈りしてないなぁ」
などと、ほかのため池を案内されてしまうほどです。
それほど裏山池へたどりつくことは困難なことなのでしょうか。

そしてあとになって、気がついたことがあります。
「ダムや湖ありませんか?」と尋ねたことに対して、裏山用水・花立用水と水路の名前で答えてくれているのです。堰堤や湖よりも水路のほうが日常意識としては順位が高いのでしょう。
いろいろお話をうかがう際に、お茶までごちそうになりながら、花立用水の水源地となるため池の場所と、裏山池を管理する寸分道地区への道順を確認し、平丸地区を後にしました。


【花立用水と裏山用水】

次に、せっかく教えてもらった花立用水の水源となる湖を見に行きました。
堤高15m以上ならば、未掲載ダム発見といえるのでしょうが、この堰堤に関してくわしい資料をまだ見つけることができません。
  花立用水水源地[地図閲覧サービス(ウォッちず)]


花立用水水源堰堤


花立用水水源地

続いて、寸分道地区へ向かいます。その途中道に気になる物件があったため写真を撮っておきました。
こちらは後々になって気づくのですが、これこそが裏山用水の水路管のようです。
周辺は電信柱もない山中です。そんなコンクリ舗装一本道の途中に、
突然進路に現れた構造物だったため、写真に収めておりました。


寸分道への入口


裏山用水


【寸分道地区にて】

そして寸分道地区へたどりつき、「深山の里」にいらした方にお話を伺う事が出来きました。
「稲作をおこなっていた人は10名ほどいたが、維持が困難となり、数年前に池の管理を終了した」
「ため池はそのままある。穴をあけたりはしていない。もし決壊しても、池周辺に住民はいない」
「最近になって近くまでは林道が整備されたが、水路沿いをたどっていくと1時間から1時間半ほどかかる」
「今の季節は草木が生い茂っていてもう行くことができない。行くとすれば4月末から5月初めの春先でないと困難」

なんということでしょう。池はあれども、もはや管理をすることができていないとのことです。
ましてや、私のカラーシャツ姿ではとてもとても、それなりに準備した服装でないと行くことすら難しいとおっしゃいます。
裏山池へ行くことは断念するしかありません。
よっぽど私が残念そうな顔をしたのでしょう。
「時季が良ければ案内してあげることもできるのだけれど」
とまで言ってくだいました。


【資料調査】

旅行から帰り、私は職場近くの図書館にて新井市史を閲覧しました。
(現在、寸分道地区は妙高市ですが、元々は新井市です)
しかし裏山用水に関する記述を見つけることはできません。
また、花立用水ついては、名前が1行載っている程度です。

地元の図書館ならば何かあるかもしれない。
そう思い立ち、妙高市図書館のホームページより検索すると、「二十世紀に生を享けて 第三集 裏山用水ものがたり」という書籍を見つけました。
タイトルからしてまさに私が知りたい内容です。

複写サービスを依頼することができますか? と、妙高市図書館へメールでたずねると、可能であるとのこと。
そして、ほかにも裏山用水に関する資料があれば教えていただきたいとお願いした結果、「地すべり地帯 平丸地区の総合研究」という書籍も教えてくださいました。

後日、郵送にて送っていただいた資料の中には、裏山用水成立の歴史背景と、裏山溜池の位置と用水路を示した地図がありました。


【裏山池位置】

「二十世紀に生を享けて 第三集 裏山用水ものがたり」に記載された裏山池はここです。

そして寸分道地区への途中、裏山用水の水路管を見たのはここでした。

地図上の破線は、裏山池まで続いていることから、築堤時に使われたものと考えて間違いないでしょう。
そして裏山池の水系は、関川水系馬場川支流大瀧川の支流とのことです。

以下の「-」「*」「+」印は下記資料より。
- 新井市史 上巻
* 二十世紀に生を享けて 第三集 裏山用水ものがたり 石田真
+ 地すべり地帯 平丸地区の総合研究 新井市学校教育研究会理科部社会科

1686年(貞享3年)-七兵衛が開拓した地内が検地を受け、寸分道新田として成立。
1876年(明治9年)*花立用水着工。4年で完成。
1923年(大正12年)*水路延伸や水利権の問題より、溜池造成の工事は遅れて完成(+坂森沢貯水池)。
1949年(昭和24年)*裏山用水着工。翌年水路が完成するも、うまく流れず手直しへ。(+昭和26・27・28開通)
1953年(昭和28年)+貯水池完成(+平丸沢貯水池)

図書館よりいただいた資料、「二十世紀に生を享けて 第三集 裏山用水ものがたり」は2004年発行です。
その本文中には、
「短命だった裏山用水」や「裏山用水組合の終焉」
「用水の心臓がいつとまってしまうか、誰も保証が出来ない」
という表現がされています。
もしかしたら著者は、執筆時にはもうすでにある程度の覚悟をしていたものと考えられます。
残念ながら、この数年でその憂いはそのまま現実とってしまったようです。


裏山池は、地元の人々が必要とし、地域住民自らの力によって築き上げられたものでした。
そして間違いなく土地を、生活を豊かに潤したものであったのです。
今回、たどりつくことはできませんでしたが、
裏山池はきっと今でも、満々と水をたたえ、人々の訪れを待っているのではないか、
そんな思いに駆られるダムめぐりの旅となりました。

[関連ダム] 裏山池
(H23.10.12、mayuno)
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