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松行新池と寺山新池〜新池(大分県)

拾泉舎(山口県)
 大分県の位置未確認ダム「新池」の所在地について、若干の考察をしてみました。結論から言えば所在地の特定はできなかったのですが、現地探訪等を行いましたので、内容をレポートさせていただきます。

1.調査対象の決定

 ダム名の「新池」はどこにでもある名称で、これだけでは位置を特定しようがありません。左岸所在は「豊後高田市大字松行」とされているため、当該地を中心に探せばよさそうなものですが、一方で河川名に大きな疑問があります。豊後高田市松行に存在する川は桂川水系都甲川及びその支流であり、富来川水系瀬和田川という川が見当たりません。
 地図で調べたところ、富来川(とみくがわ)は国東市を流れる二級河川で、支川として瀬和田川も実在しています。豊後高田市松行からは直線距離で17qほど離れ、分水嶺を越えた半島の反対側に位置しています。ダム便覧や国土数値情報のデータにおいて近隣の河川と錯誤が生じている例は散見されますが、ここまで遠距離の相違はあまり見たことがありません。
 なぜこうした矛盾が生じているかは不明ですが、所在地と河川のそれぞれに着眼し、新池に比定できる溜池を探してみたいと思います。

 まず所在地を優先して考えれば、新池は豊後高田市松行にある溜池であると推測されます。豊後高田市が発行した『豊後高田市地形図』では、都甲八幡社の北東に「松行新池」という溜池が記載されています。『豊後国都甲荘の調査 本編』や 昭和50年の国土基本図では「新池」とのみ表示されていますので、松行新池は単に新池と呼ばれることもあるようです。(以下「松行新池」と表記します。)
 接続河川は桂川水系大屋敷川(桂川水系都甲川に接続する三次支川)です。
松行新池の東側にはよく似た規模の溜池があり、こちらは各資料で「古池」と呼称されています。接続河川は桂川水系松行川(桂川水系都甲川に接続する三次支川)です。
 国土数値情報には、豊後高田市松行にある溜池として「新池」「旧池」が掲載されています。松行地区にはめぼしい溜池が二つしかなく、また字義から考えると旧池は古池の別称ではないかと思われることから、「新池」「旧池」がそれぞれ「松行新池」「古池」に該当するものだと思われますが、位置や規模が非常に似通っているためか、名称や河川などのデータに混乱が見られ、掲載された位置データ(緯度経度)も次のような状況となっています。
◇新池(富来川水系瀬和田川)→東側の古池(桂川水系松行川)を指している
◇旧池(桂川水系松行川)→西側の松行新池(桂川水系大屋敷川)を指している
 両者は近似した規模であり、位置情報の近接が認められることから、まずはこの松行新池及び古池の2基を調査対象とすることとしました。

 次に接続河川に着眼すれば、新池は富来川水系瀬和田川に繋がる溜池であると推測されます。所在地は前述のとおり国東市国東町と思われます。
 国東市が発行した『国東市地域防災計画資料編』には国東市内の溜池が悉皆的に掲載されています。瀬和田川に接続する溜池8基のうちで堤高15m以上の基準を満たすものは1基しかありませんが、その1基が国東市国東町浜崎字櫛毛にある「新池(寺山)」です。かっこ書きで付された「(寺山)」は、他地区にもある同名の溜池と区別するための説明表記であるため、本来の名称としては「新池」だと思われますが、『国東町全図』や昭和50年の国土基本図では寺山新池と表示されており、寺山新池・新池のいずれでも呼称されることがあるようです。(以下「寺山新池」と表記します。)
 地域防災計画に掲載された寺山新池の諸元は、堤高15.4m、堤頂長70.0mとなっています。堤頂長はダム便覧の情報より若干大きいものの、堤高は小数点以下まで合致しています。名称・河川名・堤高の一致が認められることから、この寺山新池もまた調査対象としました。


対象ダム位置図(国土地理院ホームページデータを加工)
 
2.松行新池(豊後高田市大字松行)

 松行新池及び古池は、豊後高田市の都甲(とごう)地区にあります。豊後高田市の中心部からは自動車で15分ほど離れ、都甲川を中心に田畑が広がる農村地帯です。
 都甲八幡社には江戸時代中期の作とされる仁王像が並び、昔から拓けた地域であることが窺われます。松行新池が所在するのはこの都甲八幡宮社の裏山にあたります。


松行新池及び古池位置図(国土地理院ホームページデータを加工)
 辛うじて自動車が通れる程度の山道を北に登っていくと、程なく松行新池の右岸に到達します。すぐ脇には柞原八幡社という小さな神社があります。
 堤頂長は地図上計測で80m程度ですが、視認でも概ね同程度だと感じました。湛水面は不規則な石積みになっています。


松行新池堤体(湛水面)
 湛水域は狭く、あまり奥行きもありません。貯水位も低いことから、貯水量はかなり少ないものと思われます。
 ダム便覧上では新池の総貯水量は7千立方メートルとされていますが、この数値は全ダム中でも最少クラスです。


松行新池貯水池
 左岸側に取水設備(斜樋)があります。かなり古そうなもので、背面を割石で支えている状態です。栓を操作しようとすれば水に入るしかないと思われますが、どのように管理しているのでしょうか。


松行新池斜樋
 洪水吐左岸側にあって落ち葉に埋もれています。一旦県道側に戻って確認したところ、導水路は大屋敷川となって県道の下をくぐり、直近で都甲川に注いでいます。


松行新池洪水吐
 左岸側から見た堤体・天端です。ある程度の高さはありそうですが、堤体裾部は樹木が繁り、堤高ははっきりしません。


松行新池堤体
 
3.古池(豊後高田市大字松行)

 松行新池から東に300mほど離れた位置に古池があります。山道からUターンするように管理道が設けられ、堤体の左岸に至っています。湛水はなく、樹木の繁茂状態から考えると、少なくとも数年間はこの状態が続いているようです。
 念のため国土地理院の空中写真を確認してみると、2006(平成18)年の写真では湛水が確認できるものの、2013(平成25)年や2016(平成27)年の写真では干上がった状態となっています。


古池貯水池
 堤頂長は地図上計測で90m程度です。堤体や貯水池の規模は新池とよく似ている印象を受けます。洪水吐左岸側にあり、かなり古いもののように見えます。
 導水路は松行川となって都甲川に接続しています。新池の導水路である大屋敷川とは150mほどしか離れていません。溜池の湛水がない状態であるため、現状では雨水や田畑の排水、生活排水等が流れているものと思われます。


古池堤体
 左岸側の斜樋周囲は崩壊状態で、雑草に埋もれかけています。渇水や池干しで湛水がないのではなく、既に廃された状態と考えてよさそうです。


古池斜樋
 
4.寺山新池(国東市国東町浜崎字櫛毛)

 寺山新池は、国東市国東町の浜崎地区にあります。海岸線を走る国道213号からは6qほど山側に入った位置で、オレンジロードと呼ばれる広域農道に接しているため接近は容易です。近くには、大谷池(寺山の大谷池)という比較的規模の大きい溜池があります。


寺山新池位置図
 道路面と天端の段差はごく僅かで、道路面と概ね水平となる位置に広い段が設けられて樹木が植えられているため、見かけ上の堤高は2メートル程度に見えます。天端上には水神ではないかと思われる石祠が据えられており、側面には「明治三十五年三月十五日」の刻字があります。寺山新池の竣工年とされる1893(明治26)年と比較的近い時期ですが、関係は不明です。


寺山新池堤体(上段)
 道路を少し下った位置から見ると、樹木が植えられている面からさらに下に堤体が続いていることがわかります。


寺山新池堤体(下段)
 堤頂長は地域防災計画で70.0m、『豐後國國東郷の調査 本編』で67mとされています。地図上計測では概ね60mで、資料より若干小さく見えます。
 湛水面には石積みが見られます。洪水吐右岸側にあります。


寺山新池堤体(湛水面)
 貯水池は比較的小さく、先に見た松行新池及び古池と同程度か少し大きい程度の規模だと思われます。


寺山新池全景
 『豐後國國東郷の調査 本編』では、別称が櫛毛池であること、大谷池の補助池として1893(明治26)年に竣工したこと、農業水利台帳に「あまりたまりがよくない約六〇%(昭和)四一年は不使用」と記されており、現在では水不足の時だけ使用する状況であること等が記述されています。
 また、大谷池の近くに位置する寺山公民館の敷地内に立てられた「築塘旌功碑」には、隷書彫りの漢文で大谷池の築造経緯が記されており、側面には補助池である櫛毛溜池(=寺山新池)の竣功年が明記されています。


築塘旌功碑(側面部分)
 
5.まとめ

 ダム便覧及び国土数値情報における「新池」の情報と、今回訪問した3つの溜池の状況を比較してみると、次のような状況を読み取ることができます。
 @松行新池は、「新池」と別称、所在地が一致している。
 A古池は、「新池」と所在地、国土数値情報における位置データが一致している。
 B寺山新池は、「新池」と名称、河川、堤高が一致している。


 3つの溜池のそれぞれが部分的に「新池」の情報に整合しているため、いずれがダム便覧における「新池」に該当するか判断ができません。なぜこのような状況が生じているかを推測するために、データの変遷を整理してみることとします。
 ダム便覧が開設された当初(2002年頃)のデータでは、新池の接続河川は「桂川水系長岩屋川」とされていたようです。同時期にあたる2005年版の国土数値情報では、「新池−桂川水系長岩屋川」「旧池−桂川水系松行川」という関係性が確認できます。
 長岩屋川は、松行新池・古池より僅か上流で都甲川に接続する河川で、松行新池の接続河川ではないものの、誤認が生じてもおかしくない程度の近距離にあります。この時点で既に2つの溜池の位置データ(緯度・経度)が入れ違っていますが、それ以外の所在地や河川等名については極端な乖離はありません。まず基本となるダム情報があり、位置データは後から付加される性質のものであることを考えると、本来ダム便覧に掲載されるべきは「松行新池」であったものではないかと思われます。
 その後、河川等名が「富来川水系瀬和田川」に修正(2006)され、同時に堤高が15.4mになり、河川名が一旦「当田川」になった後、再び「瀬和田川」に修正(2007)されています。この段階で、寺山新池のことを指すと思しき堤高及び河川のデータが出現していることになります。
 ここからは全くの憶測なのですが、当初は松行新池のことを指していた「新池」のデータが不十分であったものを、同じ国東半島にある寺山新池のデータと混同して補完してしまい、その過程で両者のデータが混ざった溜池が生じてしまったのではないでしょうか。
 蛇足ながら付け加えると、堤高15.4mであり、かつ明治以降に竣工したことがはっきりしている寺山新池は、ダム便覧の掲載対象に該当するのではないかと思われます。

 以上、「新池」について述べてきました。
 結論は出なかったものの、訪問の中でたくさんの溜池を見学することができました。両子山を頂点として放射状に広がる谷に数多くの溜池が分布する様子は、他の地域ではなかなか見られない興味深いもので、また中世の荘園を単位として詳細な研究が多数行われていることに感銘を受けました。
 国東半島では、他にも吉松新池、上池池が位置未確認となっていますので、折があったら訪問してみたいと考えています。


両子寺仁王像
 
 
(参考文献)
『豊後国都甲荘の調査 本編』(大分県立宇佐風土記の丘歴史民俗資料館、1993)
『豊後高田市地形図(S=1:10,000)』(豊後高田市、2007)
『豊後高田市洪水ハザードマップ 東西都甲地区周辺』(豊後高田市、2013)
『国東町全図』(国東町役場、1996)
『国東市全図』(国東市、2006)
『豊後国国東郷2』(大分県立歴史博物館、2006)
『豐後國國東郷の調査 本編』(大分県立歴史博物館、2009)
『国東市地域防災計画資料編』(国東市、2016)
ダム年鑑2016』(一般財団法人日本ダム協会、2016)
ウェブサイト「地図・空中写真閲覧サービス」(国土地理院)

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(2017年3月作成)
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