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1.はじめに
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愛媛県の今治市に「別所上池(べっしょかみいけ)」という位置未確認のアースダムがありました。全国的にはタオルの産地として知られている今治市ですが、「別所上池」は今治市の中心地から30キロ程離れた瀬戸内海の大三島にあります。現在では、今治市に編入されている大三島にも、かつては「大三島町」と「上浦町」という2つの自治体が存在していました。
大三島は、四国の今治市と本州の尾道市を結ぶ西瀬戸自動車道(しまなみ海道)のほぼ中間に位置しています。本州と四国を結ぶ3本のルートは、基本的に全線自動車専用道路となっています。西瀬戸自動車道も自動車専用道路となっていますが、橋梁部には歩行者・自転車(原付含む)専用道路が併設されています。これを利用すれば、大三島から今治市役所本庁舎まで、徒歩で瀬戸内海を渡って行くことも法律的には可能です。(※橋梁部以外は、一般道を通行します。)
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レンタサイクルも利用可能 |
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大三島には、大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)の総本社が祀られています。
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大山祇神社 |
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この島には、「台ダム」「上浦ダム」「別所上池」という3つのダムが存在していることになっていました。このうち、「別所上池」が現在でも、位置未確認となっています。 ダム便覧2011では、「別所上池」について次のような記載があります。
左岸所在地:愛媛県今治市大三島町宮浦 位置:北緯34度14分43秒,東経133度00分49秒【位置未確認】 河川:明日本川水系明日本川
この情報は、すでに矛盾を含んでいます。 仮に、所在地が正しいとすれば、その場所には「明日本川」は流れておりません。また、設置河川が正しいとすれば、その場所は「今治市大三島町宮浦」ではないということになります。
整理すると、 A説:所在地住所が正しい場合 ×設置河川名が誤り(明日本川水系明日本川は、今治市大三島町明日に存在する。)。 △地図上では、2つの溜池らしきものが確認できる。
B説:設置河川名が正しい場合 ×所在地住所が誤り(今治市大三島町宮浦には、明日本川水系明日本川はない。)。 ×地図上では、溜池らしきものは何も確認できない。 となります。
判定が難しいところですが、一応A説が有力であることになります。なお、ダム便覧に記載されている推定の位置情報はA説を支持しています。
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2.大三島のダム
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大三島に平成4年3月に竣工した台(うてな)ダムは、重力式コンクリートダムです。離島に建設されているダムとしては、大きな部類に属する方です。瀬戸内海に浮かぶ小さな島の河川の流量は必ずしも多いものではありません。その僅かな水を大切に集めて有効に利用しています。
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台ダム(台本川水系台本川) |
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台ダム碑文 |
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農業用のアースダムとしては昭和53年に上浦ダムが完成し、大三島の柑橘栽培の水源として利用されています。
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上浦ダム(大三島本川水系大三島本川) |
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3.明日本川水系明日本川
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上述の通り別所上池は、ダム便覧によれば、「明日本川」に設けられたアースダムであるとされていました。「明日本川」は「あけびほんかわ」と読み、「明日(あけび)」という地区を流れています。
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明日地区 |
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明日本川水系明日本川 |
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大三島では、川の名前に「○○本川」と名付ける習慣があるようです。台ダムが建設された河川も台本川であり、上浦ダムは、大三島本川となっています。沖縄県では「○○大川」という河川をよく見かけます。共通して言えることは、この島の「○○本川」も沖縄の「○○大川」も本当に小さな2級河川であるということです。
道の駅で「明日」について尋ねてみると、 ◆明日本川には、以前は溜池があった。 ◆その溜池は、ダムができた頃に埋め立てられた。 ◆その溜池の名前までは思い出せないが『別所何とか』というものではなかったはずだ。 ◆明日本川にあった溜池はその1つだけだった。
ということです。 「ダム」とは、台ダムを指しているのでしょう。台ダムが本格稼働したため、平地にあった小さな溜池を埋め立てて土地を有効利用することにしたものだと思われます。
「別所上池」という名前から判断して、「別所下池」の存在があるはずです。明日本川にあった溜池は1つだけであったということですから「別所上池」とは関係がないものと言うことができます。
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現在は駐車場として利用 |
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地元の方から溜池の跡地として教えていただいた場所は、駐車場として利用されていました。駐車場の広さや、土地の高低差を考えるとこの場所にあった溜池はアースダムを称する規模ではなかったことがわかります。
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土石流危険渓流の標識 |
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埋め立てられてから、10年以上経過していると考えられ、溜池の面影を残すものは見当たりません。「土石流危険渓流」の標識だけが、近くに川が流れていることを示しています。
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4.宮浦本川水系明治川
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国土地理院2万5,000分の1地形図より |
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やはり、明日本川水系明日本川には別所上池は存在していませんでした。ダム便覧の設置河川名は誤りであるということになります。ダム便覧で推定位置とされている場所は、「宮浦本川」水系にあたるはずです。この場所にある河川は「宮浦本川」水系「明治川」という名前が付けられていました。
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明治川 |
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この2つの溜池のある場所に行くためには大山祇神社の横にある道を登らなければなりません。その神社の横にある道は「鶴姫ロード」と名付けられていました。このロマンチックな名前の道を進むと、すぐに獣道のような様相を呈し始めました。
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瀬戸内海のジャンヌダルク鶴姫像 |
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別所橋 |
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途中、明治川に架けられた小さな橋には、「別所橋」という名前がついています。橋の名称の由来は不明ですが、この道を進んだ先にある2つの溜池は、「別所下池」と「別所上池」である可能性が高くなりました。
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下池(仮称) |
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みかん畑なのか、単にみかんが自生しているだけなのかわからないような場所を抜けると「下池(仮称)」がありました。「下池(仮称)」付近には、堤体の名称につながると思われるものは見つけることができませんでした。堤体自体も非常に低くアースダムには該当しないものでした。尺八樋による取水を行っているようです。
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下池(仮称)にあった尺八樋 |
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傾斜が急にきつくなりましたがさらに上を目指して進みます。やがて「上池(仮称)」の堤体と思われる姿が見えてきました。一面枯れ草で覆われています。堤体の規模は下流の池に比較すると大きいものでした。
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上池(仮称)の堤体下流面 |
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余水吐が右岸側(道路側)に設置されています。道路と堤頂の間には、橋はありませんでした。一度余水吐きに降りてから、本体に登ります。眼下には瀬戸内海を望むことができました。
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堤頂部からの眺望(瀬戸内海) |
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上流側 |
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この日の水位は非常に低いものでした。堤頂部中央に石碑があります。
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「水神」、「宮地耕地整理組合」 |
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石碑右岸面側には、「宮地耕地整理組合」の文字が確認できます。石碑上流面側は、草書体で「水神」と刻まれているものと思います。
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一番下の文字は、判読不能 |
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石碑下流面は、「昭和11年11月27日」という日付が漢字で刻まれています。さらに、その下にも文字が刻まれているようでしたが、破損していて読み取れませんでした。日付に続いて、「建立」または「竣工」のような文字が刻まれていたと推測できます。ダム便覧によれば、「別所上池」の竣工年が「1937年(昭和12年)」と記載されていますので、この堤体が「別所上池」であると考えて良いようです。
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「宮祇池」 |
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ところが、石碑左岸側には、「宮祇池」という3文字が刻まれていました。中央の文字は「しめすへん」に「氏」で『祇』という字であると思います。「宮祇池」の読み方は「ミヤギ」か「グウギ」かよくわかりませんが、「別所上池」という文字は刻まれていませんでした。堤頂長は、歩測で50m程度あります。これは、ダム便覧掲載の別所上池(堤頂長=53m)にほぼ一致しているといえます。
この結果、「上池(仮称)」の名称は、石碑の存在から「宮祇池」であり、「下池(仮称)」の名称は不明という結論に至りました。
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5.地元の方の話
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この日は、平日でした。休日は観光客・参拝客で相当混雑するであろう大山祇神付近のお土産店を回りながら話を聞くことにしました。
下池(仮称)について教えていただいたことは、 ◆あの池は、「ベツソウシモノイケ」という。地名を省いて「シモノイケ」とも呼ぶ。 ◆「ベツソウシモノイケ」は漢字で「別所下池」と書く。 ◆「別所」と書いて、ここでは「ベツソウ」と読ませる。 ◆大山祇神社の裏山一帯を「別所条(ベツソウジョウ)」と呼んでいる。 ということでした。
「別所」は地名でした。明治川にあった「別所橋」の読み方も「べつそうばし」でした。
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「べつそうばし」 |
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やっと「別所下池」までたどりつきました。下流にある小さな池が「別所下池」であれば、その上流の大きな池は探していた「別所上池」であるはずです。「宮祇池」の別名が「別所上池」である可能性は、十分考えられます。
ところが、地元の方からは、「別所上池」という証言は、得られませんでした。
◆あの池の石碑にある「宮祇池」について、地元の私たちもその読み方がわからない。 ◆なぜ「宮祇池」という文字が刻まれているのか正確な理由もわからない。 ◆あの池は、漢字で「浦伐池」と書いて「ウラギリイケ」という名前だ。 ◆「浦伐池」は老朽化しているので、今はではあまり水を貯めないようにしている。
堤体にあった「宮祇池」の石碑は、麓にある大山祇神社と何らかの関係があって刻まれた信仰的な意味合いをもつ詞で池の名前とは関係がないものかもしれません。 上流の堤体は、ダム便覧に掲載されている「別所上池」の諸元とほぼ一致していると考えられます。所在地である今治市大三島町宮浦には、他に想定される溜池はありません。 以上のことから、ダム便覧・ダム年鑑に「別所上池」として掲載されているアースダムは、地元で「浦伐池」と称されている堤体を指していると考えました。
その後、写真を整理していたところ、「浦伐池」の堤頂上に等間隔で杭のようなものが打ち込まれていることが判りました。当日は、石碑に神経が集中して気付かなかったようです。この木製の杭は、測量など何らかの調査が実施された形跡であると思います。
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浦伐池堤頂部 |
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後日、今治市役所大三島支所に確認したところ、次のような事実が判明しました。
◆上流の池は、浦伐池(ウラギリ)池で、下流の池は土ヶ平(ツチガヒラ)池という。 ◆別所上池・下池は、地元民の通称であって、溜池台帳上の名称ではない。 ◆石碑の「宮祇池」について、これは溜池の名前ではない。 ◆溜池台帳上では、浦伐池の堤高は、9.5mで堤頂長61mと記載されている。 ◆浦伐池は、老朽化のため、愛媛県の事業として堤体の保全工事が予定されている。
この結果、「別所上池」は、堤高が15m未満のため「ダム便覧」からは消えゆく運命にありそうです。
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6.おわりに
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台ダムができたことで、大三島では給水制限や断水という事態から免れることができました。台ダムで取水された水は、近隣の伯方島・大島にも送水されているそうです。
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現地説明板「台ダム(うてな湖)のあらまし」より |
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この島の農業用水は、主にみかん・ゆずなどの生産に利用されているようです。道の駅などでは、規格外の柑橘類がとても安い値段で販売されていました。皮に少し傷がある程度で自家消費には何も問題ありません。
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規格サイズにはずれたもの |
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大三島の人々は、ダムに感謝して、台ダムの水を大切に使用していました。水や電気は現代人の生活に必要なライフラインです。現代人は、断水や停電はないという前提で生活しています。これらのライフラインをダムは沈黙で支えているのです。
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台ダム上流面 |
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中央の凹部が明日本川(当日は水が流れていない) |
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明日本川の溜池は平地にあったものです。島には、平野部は少ないものです。この溜池を埋め立てることによって土地を有効活用できるようになりました。
一方、浦伐池は、急峻な地形の谷間に建設された堤体です。谷を埋め立て果樹園に用途を変更しても費用対効果を考えればあまりメリットはありません。改修工事を実施して、末永く利用して欲しいものです。 愛媛県による堤体保全工事の詳細な内容までは伺っておりませんが、嵩上げされて堤高15m以上のアースダムとして、ダム便覧に再登場してくれることを期待しています。
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[関連ダム]
台ダム
上浦ダム
別所上池
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(2012年1月作成)
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までお願いします。
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