俳句には、「台所俳句」、「療養俳句」、「文人俳句」、「戦争俳句」、さらには「戦火想望俳句」(実際に戦場に赴くのではなく、報道をもとに、戦場のありさまを想像してつくった作品)と呼ばれるものがある。これらの区分を考えると、「ダム俳句」、「土木俳句」という新しいジャンルがあってもいいのではないだろうか。日頃そのような思いでいたところ、たまたま「ダム便覧」を覗いてみたら、ダムを詠んだ俳句がいっぱい紹介されていて驚いた。古賀邦雄さんの「ダムをうたう」シリーズである。私はかつてダムを詠んだ俳句がないかと、手元にあった歳時記(参考文献1)を1冊まるごと調べてみたことがある。その結果、ダム、堤、堰、水門という言葉を含む句は、
ダムの底をのがれし数戸夏の山(春一) 新蕎麦や夕照りのダムまなかひに(麦丘人) 春風や堤長うして家遠し(蕪村) 堰き止めて水の古びし犬ふぐり(移公子) 花うばらふたゝび堰にめぐり合ふ(不器男) 水門に少年の日の柳鮠(茅舎)
の6句のみであった。全体からするとかなり少数である。なお、全数は正確には数えていないが、概算見積で約4,500句であろうか。もう少し基準を緩めて、ダムの世界を感じさせる句を探してみると、
盛り土に初日たっぷり土工居ず(静塔) 発破の音響すすり舌焼くなめこ汁(知世子)
がある。これらの2つの句は、私に長野県木祖村で過ごした味噌川ダムの現場の冬を思い出させる。さらに、河川や橋梁を詠んだ句となると、
流木を上げんと待てり秋出水(たかし) 一燈のもと音もなき秋出水(冬燕) 冬を待つ河原の石のひとつひとつ(遷子) 涸川や波を曳きゐる杭ひとつ(秋桜子) この橋を自然薯堀りも酒買ひも(素十) 一橋脚さびし涸川もそこは鳴る(林火) 菖蒲葺く千住は橋にはじまれり(林火) 涼しさに四つ橋を四つ渡りけり(来山) 橋に出て橋の広さの荒神輿(黄枝)
などである。橋に関する句は比較的多い。これは山奥に位置することの多いダムよりは、橋梁のほうが人間生活の場に近いためであろう。治水から利水および海岸へ目を向けると、
掘りあてし井戸の深さや竹の秋(零餘子) 井戸堀てまづうつろふや松の花(鬼貫) 五月の夜給水塔に水みたす(欣一) 送水管野菊を摘めば手にひびく(樟蹊子) 波除を越ゆる波あり豆の花(敏郎) 蒲公英や激浪寄せて防波堤(秋桜子)
がある。その他に土木との関連性を指摘できるものとして、
穴掘りの脳天が見え雪ちらつく(三鬼) 虹消えて土管山なす辺にゐたり(波郷) 石工の鑿冷したる清水かな(蕪村) 鋸のゆききを透かし夏氷(研三) 荒々しき男同士や氷水(古郷) 強力の清水濁して去りにけり(碧梧桐) 海の虹にかゝはり薄し塗装工(吾亦紅) 柳鮠蛇籠になづみはじめけり(秋桜子) 蜻蛉の夢や幾度杭の先(漱石)
がある。他にもダムや土木の世界を詩情豊かに表現した句は多数あるはずである。引き続き、折を見てそうした句の発見に努めたい。ダムに限らず土木は自然の中での工事が多い。現場では常に四季を体感できる。その点、土木と俳句は相性が良いといえよう。以下、僭越ながら、現場で詠んだ拙句をいくつか紹介したい。
ポンサリ現場歳時記 〜雲の沸くところ〜 自選8句 源流は中国の川冬の川 寒月やふるさと遠き男たち 大寒に岩掘削の響きかな 此の月は日曜ごとの秋出水 遠雷に工事の無事を祈りけり 雨期明けの転流を待つダムサイト 竹伐りて現場事務所を飾りけり 如月やいよいよ壊す仮締切
私は現在、ラオス国ポンサリ県ニャット・ウー郡ウータイというところで、小水力発電所の建設に従事している(参考文献2、写真-2参照)。場所は、ラオス最北部の中国国境に近い山間部である。現地は、日本の昭和30年代にタイムスリップしたような、長閑な懐かしい光景が広がる (写真-1参照)。当現場も2月末にはいよいよ竣工であり、その記念にダムカードを作成して配布する予定である。
写真-1 ウ−タイのメインストリート
写真-2 ラオス小水力発電取水ダム
ゆく川の流れは絶へずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。そうした中でも土木構造物は残る。きちんとした計画・設計・施工が行われ、その後も適切に維持・管理・更新がなされれば、100年後、1000年後も十分機能を発揮する。俳句も同じである。名句は長い年月の風雪に耐えて、後世に受け継がれる。
結局、人はむなしく、業績こそすべてである L’homme c’est rien, l’oeuvre c’est tout. ギュスターヴ・フローベール(1821-1880)
の言葉がしみじみと身にしみる「このごろ」である。
参考文献: 1) 水原秋櫻子編:新装版 俳句小歳時記、大泉書店、2005.10 2) 玉川純、中村裕之、大矢通弘:ラオス最北部における小水力発電の設計と施工、電力土木No.374、2014.11
|