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全項目表
 
ダム番号:571
 
川治ダム [栃木県](かわじ)


11/09
ダム写真


022260 ジャワ
040594 ぽこ
047309 Dam master
026265 灰エース
D-shot contest 入賞作品   → ダム便覧トップ写真   → ダム動画   → フォト・アーカイブス [ 提供者順登録日順 ]
どんなダム
 
堤高国内4位のアーチダム
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堤高140m。アーチダムとしては黒部ダム、温井ダム、奈川渡ダムに次ぎ、国内第4位の高さ。アーチ曲線の美しい雄大な景観のダム。川治ダム資料館でダムのスケールの大きさや近代建築工法が紹介されている。
[写真]工事中
上部がオーバーハング
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川冶ダムは、放物線アーチダム。上部で大きくオーバーハングしてひさし状に張り出している。その長さは16mあり、国内で屈指の張り出し長を誇るという。
[写真](撮影:犹泱)
水陸両用バスでダム湖クルージング
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水陸両用バスでダム湖クルージングできる。併せて、監査廊キャットウォークの見学が出来る。道の駅湯西川を発着地にして、コースは、 道の駅湯西川 → 川治ダム見学 → 川治ダム湖クルーズ → 道の駅湯西川。
[写真](撮影:萃香)
周辺に観光地が多い
___ 近くには、鬼怒川の河岸が風化と 浸食により見事な景観を形成する龍王峡、露天風呂もある川治温泉など、観光地も多い。
ダム湖は「八汐湖」
___
那須高原、塩原など栃木県内の山岳地帯に広く分布する八汐ツツジに因んだもの。ダム周辺でも、4月から5月にかけて美しく花を付ける。
[写真](撮影:Hisa)
シリーズ ダム百選 投票から
第 1 回  『 もう1度行きたいダム 』
■ 初めて行ったダム。そのアーチに圧倒されたからです。 (11〜20歳 男)
■ 一目惚れしました。ダムにハマっているのはこのダムのせい。(笑) (41〜50歳 男)

第 18 回  『 ○○に感動したダム 』
■ 川治ダムでの水陸両用バスツアーが6月末で終わりということで、滑り込みで参加してきました。
その際に見た、堤体の反り具合に感動しました。
特に下から見上げる堤体は迫力満点でした。 (kazu_ma)


第 20 回  『 電車やバスで行けるダム 』
■ 東武鬼怒川線鬼怒川温泉駅下車 しおや交通バス女夫淵温泉行きバスで川治ダムサイト下車 (加賀美喜久)
テーマページ 第4回 D-shot contest 受賞作品
ダムの書誌あれこれ(62) 〜鬼怒川のダム (下)(川治・鬼怒川上流ダム群連携・三河沢)〜
「理の塔、技の塔」 〜私説・戦後日本ダム建設の理論と実践〜 (10) 高度経済成長と水資源開発
平成13年度 「森と湖のある風景画コンクール」 受賞作品
(財)ダム技術センター第19回「ダムフォトコンテスト」受賞作品
ダムインタビュー(26) 竹村公太郎さんに聞く 「未来を見通したインフラ整備が大事で、ダムの役目はまだまだ大きいですよ」
ダムインタビュー(56) 近藤徹さんに聞く 「受け入れる人、反対する人、あらゆる人と話し合うことでダム建設は進められる」
このダムどんな人? ・・・ダムの擬人化イラスト集・・・
第2回 D-shot contest 〜こんな写真も〜
「水陸両用バス」で行くダムとダム湖探検ツアー
キャットウォーク(川治ダム)
ダムインタビュー(61) 田代民治さんに聞く 「考える要素がたくさんあるのがダム工事の魅力」
文献にみる補償の精神【55】 「いつも作業衣で腰に手拭いをぶら下げ、 地元にとび込み、自ら山をかけ回り」 (川治ダム・栃木県)
既存ダムの有効活用
このごろ 空からダムを見てきた
奧鬼怒でダムツアーが開催されます
日本ダムアワード2013 〜2年半ぶりに「ダムナイト」〜
川治ダムにもあった三弦橋
鬼怒川上流4ダム見学会
鬼怒川上流4ダムでスタンプラリーが始まりました
ダムアワード2015大賞表彰式&川治ダム・五十里ダム見学
左岸所在 栃木県日光市川治温泉川治  [Yahoo地図] [DamMaps] [お好みダムサーチ]
位置
北緯36度53分55秒,東経139度41分34秒   (→位置データの変遷
[近くのダム]  五十里(1km)  小網(2km)  逆川(5km)  湯西川(5km)  栗山(6km)  黒部(8km)  今市(8km)  土呂部(10km)

河川 利根川水系鬼怒川
目的/型式 FNAWI/アーチ
堤高/堤頂長/堤体積 140m/320m/700千m3
流域面積/湛水面積 323.2km2 ( 直接:144.2km2 間接:179km2 ) /220ha
総貯水容量/有効貯水容量 83000千m3/76000千m3
ダム事業者 関東地方建設局
本体施工者 鹿島建設
着手/竣工 1968/1983
ダム湖名 八汐湖 (やしおこ)
ランダム情報 【水特法関係】川治[法第9条指定ダム等]、水没総面積:192ha、水没戸数:75戸、水没農地面積:8ha、ダム等の指定年月日:S49.7.20、水源地域指定年月日:S50.6.21、整備計画の決定年月日:S50.11.13
【ダムにいる鳥】国土交通省「河川水辺の国勢調査」(2000)
アオサギ、オシドリ、マガモ、カワアイサ、ハチクマ、トビ、オオタカ、ノスリ、クマタカ、イヌワシ、コジュケイ、キジ、ヤマドリ、ドバト、キジバト、アオバト、ツツドリ、ホトトギス、アマツバメ、カワセミ、アオゲラ、アカゲラ、オオアカゲラ、コゲラ、ツバメ、イワツバメ、キセキレイ、セグロセキレイ、サンショウクイ、ヒヨドリ、カワガラス、ミソサザイ、カヤクグリ、コルリ、ルリビタキ、ジョウビタキ、トラツグミ、クロツグミ、アカハラ、シロハラ、ツグミ、ヤブサメ、ウグイス、センダイムシクイ、キクイタダキ、キビタキ、オオルリ、エナガ、コガラ、ヒガラ、ヤマガラ、シジュウカラ、ゴジュウカラ、メジロ、ホオジロ、カシラダカ、アオジ、クロジ、アトリ、カワラヒワ、ベニマシコ、イカル、スズメ、ムクドリ、カケス、ハシボソガラス、ハシブトガラス
【ダムカード配布情報】H28.8.1現在 (国交省資料より作成、情報が古いなどの場合がありますので、事前に現地管理所などに問い合わせるのが確実です) Ver1.1
○川治ダム管理支所 8:30〜17:15(土・日・祝日を含む)休日は管理支所玄関のインターホンを押してください。
ダムカード画像コレクション
川治ダム Ver.1.0 (2007.07)
川治ダム Ver.1.1 (2012.10)
[協力:安部塁]
道の駅湯西川 [川治ダム] Ver.1.0 (2010.12)
リンク DAM Photographer・キャットウォーク・・・
DAM Photographer・今年もバスに乗る・・・(1)
DAM Photographer・今年もバスに乗る・・・(2)
DAM Photographer・今年もバスに乗る・・・(3)
DAM Photographer・次のダムへ・・・
DamJapan・川治ダム
Dam's room・川治ダム
damsite・ダムデータ
Damstyle・川治ダム
kazu_ma’s WALKING-DIARY・川治ダム
THE SIDE WAY・川治ダム
ウィキペディア・川治ダム
おぼえがき・川治(かわじ)ダム
ザ・レイクチャンプ・川治ダム
ダムどら・川治ダム()
ダムペディア・川治ダム
ダムマニア・川治ダム
ダム好きさん【川治ダム】
ダム浪漫−川治ダム
関東ダム31か所巡り
水力ドットコム・川治ダム発電所
雀の社会科見学帖・川冶ダム見学 その1
雀の社会科見学帖・番外編 川冶ダム湖を水陸両用バスでクルージング その1
日本全国ダム紀行・川治ダム
参考資料
■川治ダムの設計施工について:糸林芳彦
【ダム日本 No.378(S51.4)】
■川治ダム補償経緯について:原秀夫
【ダム日本 No.417(S54.7)】
■川治ダムの施工 関東地方建設局川治ダム工事事務所 所長 北 村 律太郎
【第8回ダム施工技術講習会(S55.12.02)】
■川治ダムの岩盤PS工について:北村律太郎・吉永格文
【ダム日本 No.435(S56.1)】
■川治ダムのグラウト処理について 関東地建鬼怒川ダム統合管理事務所管理支所長 吉 永 格 文
【第15回ダム施工技術講習会(S59.07.02)】
■川治ダムのグラウト処理:吉永格文
【ダム日本 No.481(S59.11)】
■藤原町の観光と川治ダム:八木沢稔
【ダム日本 No.515(S62.9)】
関連書籍 ■建設省川治ダム工事事務所 『川治ダム工事誌』 建設省川治ダム工事事務所 1984
■山越幸吉 『一滴の水』 日向川治ダム対策委員会 1983
■日向川治ダム対策委員会 『ふる里の水は清く (写真集)』 川治ダム水没地区再建対策連合会 1983
諸元等データの変遷 【05最終→06当初】流域面積[323.6→144.2]
【06当初→06最終】流域面積[144.2→323.6]
【06最終→07当初】左岸所在地[塩谷郡藤原町大字川治字数→日光市川治温泉川治] 河川名[鬼怒川→小又川] 堤体積[650→700] 流域面積[323.6→323.2]
【07当初→07最終】河川名[小又川→鬼怒川]

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ダムインタビュー(26)
竹村公太郎さんに聞く
「未来を見通したインフラ整備が大事で、ダムの役目はまだまだ大きいですよ」

竹村公太郎さん(財団法人リバーフロント整備センター理事長)は、かつて旧建設省の河川局長時代に、新聞に掲載された記事に公開質問状を出し、その後のやりとりをインターネット上で全文公開、真実を公開の場で明らかにしようという果敢な行動は、当時の人々に大きなインパクトを与えました。

また、幅広い知見と活動はよく知られるところであり、最近では著書も多数、その議論はインフラから歴史、文明にも及びんでいます。

その竹村さんに、ダム造りの経験、マスコミとのやりとり、日本を支えるインフラのあり方など多方面の話題について、わかりやすくお話しをしていただきました。

(インタビュー・編集・文:中野・北川、写真:廣池)




 
 
初仕事で成果の出せた四年間

中野: 現場でのご苦労はたいへんでしたか?今、楽しかったとおっしゃっていましたが。

竹村: 川治ダムではダムの地質調と140mのアーチダムの本体設計を任されました。当然、いきなり設計は出来ないので、配属されて二、三ヶ月したら土木研究所へ派遣され、土研で勉強してこいということでした。

当時、土研では、飯田隆一さんがダム構造室長で、柴田功さんが主任研究員、原田譲二さんがダム研究員というそうそうたるメンバーがダム構造室におられました。そこへ派遣されて、タイガー計算機を回したり、コンピュータは初期の段階でしたので、センチュリーリサーチというところへ行って、アーチダムの本体設計プログラムを動かして計算するのが私のテーマでした。

プログラム自体は、飯田さんが作ったものでした。それは立派に出来ていますから動くのですが、要はプログラムがブラックボックスになったらいけない。そのプロセスを勉強した訳です。カンチレバーと水平のアーチがどのような挙動をしているかを手計算して、アーチダムの本体計算の感触をわかったうえで、実際の計算はコンピュータでやる。そうやって設計の勉強をして川治ダムの現場に戻りました。


川治ダム(撮影:だい)
中野: ダムとの関わり始めは、まずは現場で勉強という状況ですね。そういう中でいちばん印象深かったのはどんな事ですか?


思い出の川治ダムを訪問

竹村: 川治ダムの現場に戻ってからは、調査横坑の調査をやりました。安全なアーチダムのため、ダム軸や掘削線を決めるにはともかく地質を調べなければならない。まだ自分自身は経験がない状態で、先輩の地質屋さんに教えられながら調査を繰り返しました。あの時期が僕にとって、一つのことに対して夢中になっていた時期でした。

それまで、ダムのアバットメントをどこまで奥深くいれるかということで土木研究所と現場事務所の意見が分かれていた部分がありました。土研と掘和夫さんとずっと意見が異なっていたのです。ある時、私は調査横抗を一人で調査していました。その場所は今まで何回も通っていた場所でしたが、ある断層の食い違いをみつけました。事務所に帰って所長の堀さんに「所長、発見しました」と言って、現場に行って二人でそれを見ました。ダムの安全上ここまで深く掘削して、断層の食い違いを取ってしまいましょうという事になり、川治ダムのアバット、掘削面が決まったという事がありました。
その後、僕は川治ダム本体の発注の積算をしている最中に、本局の係長に転勤したのですが、川治での四年間はとても楽しいというか、勉強になったと思います。あとから聞きますと、施工は鹿島建設がやったのですが、川冶ダムのダム軸と掘削線はあそこしかなかった、と言ってくれたのは嬉しかったですね。それは僕に向かって言ったのではなく、鹿島建設の人が他の誰かに言っていたのを、そばで聞いていたのです。僕がそれを決めたというのは知らないまま言っていたのです。それが嬉しかった。

 ・・・→ 全文はこちら
(平成22年7月作成)



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ダムインタビュー(56)
近藤徹さんに聞く
「受け入れる人、反対する人、あらゆる人と話し合うことでダム建設は進められる」

早明浦ダムに行くはずが川治ダムへ

中野: ご自身は、早明浦ダムに行きたいと…。

近藤: 早明浦ダムに行きたいなと思っていたら、いきなり開発課長から川治ダムへ行けという話が出て、実際に行ってみたら計画は全くまとまっていない。その前任である川俣ダムでは労使の紛争があって職場が荒れている。何でそんなところへ僕が行かされるのかと、大変むくれました。が、その時に堀和夫さんが直属上司の補佐で、その前に補佐をやっていた宮内章さんという方も僕を可愛がってくれていて、おまえの骨は拾ってやるから、とにかく行けと言うのです。
 そこで昭和41年10月に川治に行って42年の6月の概算要求には間に合うように、治水計画も利水計画もまとめて一気に原案をつくり上げ、予算要求書も作った。当時、河川部長が西川喬さん、地建局長が坂野重信さんで後に参議院議員になられた方がおられた。計画書を持って行ったら、二人とも良しと言うのです。次は局長、部長が栃木県知事のところへ行って、これで大蔵省に予算要求をしますと言ったら県知事もオーケーになった。関東地建の事務局が意見を言う前に、僕は部長と局長に了解を貰ってダム計画を通してしまったのです。

中野: 計画書を作ったのは着任してからどのくらいの期間ですか。

近藤: 9か月で原案を作りました。計画案についても関東地建は毎年5,000万円くらいかけて利根川本流でタマネギ手法というやり方で河川流出解析をやっている時に、僕は全く別なアプローチをしてモンテカルロ法というシミュレーション法で当時最新の「FORTRAN」というプログラミング言語でソフトを組んで作っちゃった。関東地建にしてみれば文句の言いようがないのです。自分たちはお金をかけてまで進めようとしているのに、僕の方はさっさと計算して案をまとめてしまった。


設計のはずが水没者交渉

中野: 川治ダムの計画は順調だったのですか

近藤: 前に川俣ダムの人がここでは水没はゼロですと地元に言っていた後に、僕が行って水没戸数の出るダム計画書を作った。かなりの家が水没することになってしまったので、住民が僕のところへ苦情を言いにというか、説明を聞きに来ました。当時の開発課は、松原、下筌ダムで相当痛い目に合い、かなり勉強をしていたはずです。今は絶版になっていますが、『公共事業と基本的人権』という本に、ダム事業をいかに住民の理解を得ながらやっていくかということについて、いろいろ有益なヒントが載っていました。僕としては、もっとその後のダム造りへの教訓として活かすべきだったのに、今思うとまだ足りていなかったのではと考えます。


川治ダム(撮影:安部 塁)
中野: その時は、どう対応されたのですか?

近藤: 普通は役人の言葉として、「ダムを造るかどうかはまだ決まっていません」と言ってしまえば彼らも黙って帰らざるを得ないのでしょうが、そうは言えませんでした。結果、このダムを造ることによって下流にどれだけの利益が上がるか、それなりの投資効果があるかというのを計算するためにこのダム出張所に来ています。下流の人たちがここの水でどれだけ役立つとか、洪水の被害を防げるのかという計算をした上でダムの規模が決まるので、水没者がゼロとは限らない。ただ調査に来ているだけではなく、計画に必要なボリュームを算定していることや、補償問題の手続きについても丁寧に説明しました。もともと純朴な人たちですから、机をたたいて文句を言う訳でもなく、ただ困ったなと言いながら皆さん穏やかに帰って行かれました。開発課を出る時には、単にダムの計画書を作るだけだから、とにかく行ってこいという説明だけでした。今思えば実際に水没者折衝はこうするという基本的なことは事前に教えておいて欲しかったですね。



中野: 大きなトラブルにならず良かったですね。

近藤: 実はその頃、関東地建に結構優秀な夜間大学卒業の方がいて、その方を川治ダムの出張所長に予定していたという噂を聞いていたので、後になってなぜ僕が早明浦の工事課長ではなくて川治ダムの所長になったのかと聞いたら、堀さんが思い出話として、ダムの初代所長は水没者にとっては建設省の顔になる者だ、と。だから将来は直轄ダムの顔になるような人を送らなきゃだめだ。偉くなったとしても管理所長止まりかという人を送ると、地元の受け止め方がそこで決まってしまう。だからおまえを出した。どんな失敗をやっても、おまえの骨は拾うつもりだったと言われて、後から納得出来ました。僕の後に堀さんが調査事務所長になり格上になった訳ですが、僕はそこでようやくお役御免になったのです。
 ・・・→ 全文はこちら
(平成27年8月作成)



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「水陸両用バス」で行くダムとダム湖探検ツアー

2010年10月2日、湯西川ダム建設現場見学会の後、かねてから人気と聞いていた「水陸両用バス」に乗った。

水陸両用バスについて、国土交通省湯西川ダム工事事務所のホームページには、次のようにある。

『 水陸両用バス導入協議会(会長:日光市長)では、水陸両用バスを活用した「鬼怒川流域ダム観光活性化実験」を行っております。
 この実験は、同協議会が事業実施主体となり、ダムを観光資源とした観光活性化のために、水陸両用バスを公共交通機関として事業化することを目指し、地元の企業などと共に官民共同で行っているものです。』

なかなか難しい書き方だが、ダムを活かして観光で地域振興をと言うことだろう。道の駅湯西川を発着地にして、コースは、

  道の駅湯西川 → 川治ダム見学 → 川治ダム湖クルーズ → 道の駅湯西川

バスは1台だが、フル回転してこの時期1日5便。事前予約が必要で、お客で満員。


 


発着点の「道の駅湯西川」。近くで湯西川ダム建設中。ここの食堂にはダムカレーがある。

 


バスが入ってくる。前回の乗客を乗せて。カラフルなバス。

 


水陸両用の証拠、スクリュー。意外と小さい。ゆっくり走ればいいからか。

 


結構乗るのが大変。手すりにつかまって慎重に。ガイドさんも目を光らす。

 


堤高140m。国内4位の大アーチダム。広角でも全体が入らない。

 


ダムの見学は、10人ずつ4班に分かれて、時間をすらしてエレベータに乗る。エレベータの定員上、40人が一度には乗れないので、班別に。それぞれの班にガイドが付く。

 


高さと巨大さがよく分かる。地震でも来なければいいが。いや、地震が来たらどうなるかも知りたい?

 


上を見るとコンクリートの巨大な壁が迫ってくる。

 


足下はこんな具合。透けて見える。

 


落ちないように、落ちないように・・・

 


次の班が見学中。先ほど、あそこに行ったんだ。
 ・・・→ 全文はこちら
(平成22年10月作成)



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キャットウォーク(川治ダム)

 キャットウォークとは、主にアーチダムの下流側に設置される狭い鋼製の通路のことで、点検、補修などのために使われます。これは、川治ダムのキャットウォークの写真です。




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(平成16年6月作成)


→ ダム便覧の説明
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