葛丸
(くずまる)
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岩手県花巻市石鳥谷町大瀬川 |
親子ダム
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隣接する滝名川で山王海ダムの再開発が行われている。山王海ダムは自己集水面積ではダムを満水に出来ないため、葛丸ダムとの間で、導水トンネル、取水トンネルを通じ相互に水を補給する計画。山王海ダムの再開発が完成すれば全国でも珍しい親子ダムになる。
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宮沢賢治の「葛丸」歌碑
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湖畔に宮沢賢治の歌碑がある。「葛丸」と題し、「ほしぞらは しづにめぐるを わがこゝろ あやしきものにかこまれて立つ。 賢治」とある。賢治が盛岡高等農林学校本科を卒業して、ひきつづき研究生として土性調査に各地を歩きまわっていた頃の作。葛丸川ぞいの山中で野宿をしようとしている時に詠んだ歌らしい。1918年、賢治22才の作。
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九頭竜
(くずりゅう)
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福井県大野市長野 |
ダム湖の大きなロックフィルダム
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湛水面積890ha。ロックフィルダムとしては徳山ダムに次いで大きい。傾斜コア型。総貯水容量3億5300万トン。ロックフィルダム中第3位。ダム湖である九頭竜湖は深い緑色の水が印象的で、紅葉の美しさでも知られる 。
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揚水発電の上部貯水池
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ダム直下にある長野発電所は、直下流の鷲ダムとの間で揚水発電(自流混合揚水式)。最大出力は22万kW。福井県最大の水力発電所。
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国交省と電源開発が共同管理
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ダムは、洪水調節と発電を目的とする多目的ダムとして、建設省と電源開発鰍ニが共同で建設。河川法第17条の兼用工作物。管理も国交省と電源開発(株)が共同で実施。堤体管理は電源開発(株)。
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他県にあると誤解されないよう改名
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所在地の字名によって長野ダムだったが、長野県にあると誤解されるなどの理由で、昭和43年、村の要望によって、九頭竜ダムに改名。ダム直下の発電所は長野発電所。
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夢のかけはし
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九頭竜湖が一望できる箱ケ瀬橋は別名「夢のかけはし」。ここからの眺めは最高。この橋は瀬戸大橋のテストケースとしてつくられた本四架橋のミニチュア版だという。
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ダム湖名を持つ貯砂ダム
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上流に貯砂ダムがある。そのダム湖の名は蝶の湖(ちょうのみずうみ)で、和泉村の小学生の投票によって決まった。九頭竜川上流の清流が「蝶の水」と呼ばれていることに由来するという。貯砂ダムにダム湖名があるのは珍しい。
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九頭竜川鳴鹿大堰
(くずりゅうがわなるかおおぜき)
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福井県吉田郡永平寺町法寺岡 |
歴史ある堰
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この地には江戸時代から農業用水の水源として、川の中に石積みの堰が作られていたが、戦後、大がかりな農業用頭首工が建設され、昭和30年に完成。その後、頭首工が老朽化したこと、水道用の水需要が増大したことなどを背景に、建設省が多目的ダムとして再開発を行った。これが、現在の九頭竜川鳴鹿大堰。
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堰柱は「鹿」をイメージ
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堰柱は、堰の名称ともなっている鳴鹿の「鹿」をイメージしたもの。全体的に、景観に配慮したデザイン。
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魚道を設置
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鳴鹿大堰には、左右両岸に階段式魚道、人工河川式魚道、呼び水水路がある。途中に魚道観察室があって、魚が階段式魚道をのぼる様子を見ることができる。
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油圧シリンダ直吊り式のゲート
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主ゲート4門、土砂吐ゲート2門のローラゲートを備えているが、これには全国の大規模堰で初めて油圧シリンダ直吊り式が採用された。
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久瀬
(くぜ)
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岐阜県揖斐郡揖斐川町 |
赤いラジアルゲート
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4門の赤いラジアルゲートを備える発電専用ダム。中部電力久瀬水力発電所で発電。堤体は立入禁止。
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放流を間近に見られる
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ダム直下を国道303号が横切る。ここから見下ろすと、ダムが間近によく見える。あまり大きくないダムだが、放流時には迫力満点。ただしダム側には歩道がないので、注意が必要。
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九谷
(くたに)
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石川県加賀市山中温泉枯渕町 |
円弧を描く重力式コンクリートダム
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重力式コンクリートダムだが、地質、地形を考慮し、また景観への配慮から半径400mの曲線構造に。堤体が円弧を描いている。
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デザインに工夫
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全体的に、デザインに工夫がされている。堤体の圧迫感を軽減し、周辺の自然景観に馴染みやすいよう、ダム軸を曲線状に。横継目の6m毎に深目地を入れ、水平ラインを強調することで曲面の美しさを演出。取水棟以外の建屋を天端より上に出さず、天端の中央の取水棟は鳥が羽を広げた形をイメージ。
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脱水ケーキを有効利用
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骨材プラントから発生する脱水ケーキはリサイクルプラントを設けてセメント、生石灰を混ぜ、公園盛土材、林道舗装材などとして有効利用。
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上流に「九谷磁器窯跡」が
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ダムから上流約4kmの大聖寺川右岸に国指定史跡「九谷磁器窯跡」がある。周辺は古九谷発祥の地と言われる。ダム建設に伴って、九谷磁器窯跡近くの遺跡で発掘調査が行われ、文政七年(1824)銘の方形鉢などが出土。
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山中温泉
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下流の大聖寺川は渓谷となり、山中温泉街の南部を貫流。特に、奇岩や滝、淵が続く鶴仙渓は、温泉の代表的名所。芭蕉も奥の細道に詠んでいる。
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桜の里づくり
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九谷ダム周辺で、県による「桜の里づくり」が進む。付け替え県道沿道には、全国から取り寄せた開花時期の異なる13品種600本の植樹が完了。2003年秋からは県道に沿う大聖寺川対岸にも1200本を順次植える計画。
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ダム湖は「五彩湖」
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公募により平成17年5月に決定。貯水池が九谷焼の五彩色のように美しく、県民に愛される湖であるようにとの思いが込められている。
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クチスボ
(くちすぼ)
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三重県尾鷲市南浦字長田横手3208−3 |
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屈足
(くったり)
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北海道上川郡新得町字屈足763−5 |
かんがいと発電目的の共同ダム
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十勝川本川のダム。かんがいと発電目的の共同ダムで、目的別貯水容量は、かんがいが154千m3、発電が690千m3。ダム下流約7KM地点の熊牛発電所で発電される。
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国兼池
(くにかねいけ)
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広島県庄原市上原町 |
悲しい人柱伝説
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「お国」と「お兼」という二人が人柱となってようやく谷川の水をせき止めることができたという悲しい言い伝えからこう名付けられている。河川名は溜池名から名付けられた。
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周辺は国営公園
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国兼池を中心に、周辺のアカマツ林は「国営備北丘陵公園」。
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久吹
(くぶき)
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長崎県平戸市田平町字福崎免 |
海が見える
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ダムは海岸から1キロほどのところにある。ダム天端からは、すぐ下流に海が見える。
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久婦須川
(くぶすがわ)
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富山県富山市八尾町桐谷 |
上流2次締切にCSG工法
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上流2次締切にCSG工法を採用。現地発生材を有効利用。1994年9〜11月に施工。ダム現場でのCSGの初期の事例。
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監査通廊のプレキャスト化
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プレキャスト通廊を採用。宇奈月ダムと同様。作業の省力化、工期の短縮などが図れる。RCD工法を採用したダムでは初めての通廊のプレキャスト化。
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目的に「消流雪用水」
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目的に「消流雪用水」が入っているダムは、全国に数例しかないが、そのうちの一つ。
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久婦須第二
(くぶすだいに)
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富山県富山市八尾町桐谷 |
大規模に改修
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昭和16年に竣工し、60年以上経過していたが、平成11年に、水害によって取水・排砂機能が不能となった。このため、平成14年から15年に、改修工事が行われた。老朽コンクリートのはつり撤去、新設コンクリートの打設、クレストゲートを撤去して全面越流方式にするなど。
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熊野川(再)
(くまのがわ)
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富山県富山市手出 |
容量の再編
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常用洪水吐の位置を2.9m下げ、上水道用水の容量を廃しその他の容量に転用する容量再編を行った。
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熊野川(元)
(くまのがわ)
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富山県富山市手出 |
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雲川
(くもかわ)
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福井県大野市巣原 |
小さなアーチダム
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堤高39mの小さなアーチダム。流れ落ちる水は、まるで滝のようで、美しい。
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滝のような放流口
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右岸ににある河川維持用水の放流口は、崖の上部から放流する構造になっていて、落水はまるで滝のよう。
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倉敷(再)
(くらしき)
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沖縄県うるま市石川楚南 |
既設ダムの下流に建設
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昭和34年から昭和36年にかけて米国民政府琉球水道公社により建設された水道専用ダムである旧瑞慶山ダムの下流に新規に多目的ダムを建設。
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ダム名の由来
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かつてこの地には倉敷集落があった。戦時中、住民の疎開と同時に米軍に接収され、その後旧瑞慶山ダムが建設されたため帰郷できなくなった。人々のこの地に対する思いを尊重し、平成8年にダム名を瑞慶山ダムから倉敷ダムに。
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風土を生かした景観設計
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管理庁舎や選択取水設備、バルブ室などの建物には沖縄の赤瓦を葺く。外壁は琉球石灰岩風。沖縄の風土を考慮し、伝統的な建築様式を取り入れた、景観設計。
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噴水がプランクトンの増殖を抑制
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貯水池の中央に立つ噴水は、打ち上げ高さ約26m。直径約40mに散水して、水質悪化の原因となるプランクトンの増殖を抑制するという。
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都会のオアシス
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市街地に近く周辺整備もよくされ、豊かな自然を生かした都会のオアシス。資料館、高さ41mの展望タワーがあり、広場では周辺地区の老人によるグランドゴルフ、子供達の遠足、山原の川では幼児による水遊び。来場者は年間68万人にのぼる。
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倉敷脇(再)
(くらしきわき)
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沖縄県うるま市石川楚南 |
倉敷ダムの脇ダム
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倉敷ダムの脇ダムで、(再)となっているのは、倉敷ダムが瑞慶山ダムの再開発であるため。
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倉橋防災(再)
(くらはしぼうさい)
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奈良県桜井市倉橋 |
既設溜池を嵩上げ
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既設の倉橋溜池を嵩上げ。
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栗柄
(くりから)
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兵庫県篠山市栗柄 |
名称を変更
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ダム名は西紀ダムだったが、兵庫県の公表資料では、平成27年5月24日の竣工式の時には栗柄ダムという名称になっていた。また、5月18日の兵庫県知事記者会見では、「整備を進めてきました篠山の西紀ダムですが、栗柄ダムという名称にしており、竣工式を5月24日に実施します」とある。なぜ変更されたかはよく分からない。
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栗駒
(くりこま)
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宮城県栗原市栗駒字沼倉玉山 |
町名に改名
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水没地の字名により玉山ダムであったが、昭和36年、管理移行に際し、玉山地区が完全に水没して地名がなくなったので、町名と、水源の名峰でもある栗駒山に因んで、栗駒ダムに改名。
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栗原
(くりはら)
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広島県尾道市栗原町字門田 |
薄さにびっくり
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重力式コンクリートだが、驚くほど薄い。元は砂防ダムだったものを改造したためだという。
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栗山
(くりやま)
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栃木県日光市佐下郡字平田ヶ嶽 |
揚水発電の上池
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栗山ダムは揚水発電の上部貯水池で、下部貯水池は今市ダム。今市発電所で発電が行われている。下から見ると、山の上に堤体が見える。
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栗山
(くりやま)
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北海道夕張郡栗山町字桜山地先 |
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久留里
(くるり)
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長崎県西彼杵郡時津町久留里郷 |
海が見える
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海まで500mほどで、堤体上から下流に大村湾を望める。
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呉
(くれ)
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福岡県田川郡香春町 |
渓流公園
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上流に渓流公園が整備されている。東屋、トイレ、ウォーキングコースに、夏場は水遊びが楽しめる親水ゾーンがあり、春はさくら、夏はホタル、秋には虫の声と、四季折々の自然が楽しめるという。
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黒川
(くろかわ)
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兵庫県朝来市生野町黒川字サコヤシキ |
国内第2位の出力を誇る揚水発電所
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奥多々良木発電所は、国内第2位の出力を誇る揚水発電所。出力193万2千キロワット。その上部ダムが黒川ダムで、下部ダムが多々良木ダム。この間の有効落差最大387.5mを利用。
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風力発電の風車も
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風力発電の風車を一基設置。最大出力は150kW。天端から風車がよく見える。観光客に人気。
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黒杭川
(くろくいがわ)
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山口県柳井市大字柳井字森ヶ迫1031 |
ダム湖は「柳北湖」
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昭和62年の森と湖に親しむ旬間の行事の一環として、一般公募により柳北湖に決定。柳北はこのあたりの地名。
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黒杭川上流
(くろくいがわじょうりゅう)
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山口県柳井市大字柳井 |
堤体が折れ曲がる
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堤体がL字型に屈曲している。右岸側のやせ尾根地形に取り付けるためだという。
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ダム湖は「鳴滝湖」
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ダム湖は鳴滝湖と呼ぶようだ。名付けられた経緯はわからないが、岡山県に鳴滝ダムがあり、そのダム湖も鳴滝湖なので、紛らわしい。
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黒沢
(くろさわ)
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大分県佐伯市青山字ウリコヤ |
美しい声でなく鳥が
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美しく鳴くので、ウグイス、コマドリ、オオルリを日本三鳴鳥というらしい。ダム湖にはこのうち、ウグイスとオオルリが生息している。そのほかにも美しく鳴く鳥がいて、小鳥の鳴き声日本一とも。
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黒瀬
(くろせ)
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広島県東広島市黒瀬町 |
憩いの場
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釣りやピクニックを楽しむことが出来る。春には約500本の桜の桜が咲く。ダム湖は落ち着いた佇まい。
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黒瀬
(くろせ)
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愛媛県西条市黒瀬字龍ヶ獄乙157−1 |
スキージャンプ式減勢工
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洪水吐はスキージャンプ式減勢工を持つ。鮮やかな赤のラジアルゲートから流れ出た水は、落下してスキージャンプ式減勢工へ。
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トモエガモのの飛来地
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ダム湖は絶滅危惧種のトモエガモの県内有数の飛来地で、湖面は、2013年11月に鳥獣保護区分の中でも最も規制が厳しい「特別保護指定区域」に指定された。この区域の指定は四国で初めて。
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ダム湖は「黒瀬湖」
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昭和63年、「森と湖に親しむ旬間」を機に公募、命名。黒瀬は地名。またダムも黒瀬ダム。
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黒田(再)
(くろだ)
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愛知県豊田市黒田町 |
既設ダムの嵩上げ
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既設の黒田ダムを10.2m嵩上げ。既設重力式コンクリートダムの背面にコンクリートを打ち足す。元々は黒田発電所(自流式)の貯水池だったが 、揚水式発電所の上部貯水池とするため嵩上げ、貯水容量を倍増。
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世界的にも珍しい二段式揚水発電所の上池
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奥矢作第一・第二発電所は中部電力初の純揚水式発電所で世界的にも珍しい二段式揚水発電所になっている。その上池が黒田ダム(黒田貯水池)で、下池が矢作ダム(矢作湖)。中間に富永ダム(富永調整池)がある。
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黒谷(再)
(くろたに)
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岡山県岡山市北区河原落石1945―1 |
アースダムを嵩上げ
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洪水防御を目的に、既設の黒谷池(アースダム・高さ30.0m)下流部に旧堤の一部を利用して13.6m嵩上げ。
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黒部
(くろべ)
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富山県中新川郡立山町大字芦峅寺 |
堤高日本一、巨大アーチダム
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堤高186mの巨大アーチダム。日本の全てのダムの中で堤高が最も高い。50階建ての高層ビルよりも高いそうだ。アーチダムとしては、堤高のほか、堤頂長、堤体積が日本一、総貯水容量は4位。
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戦後復興期の電力不足解消のために建設
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電力供給が国家的課題だった戦後復興期に、関電は最新鋭の火力発電所を導入したが、火力は需要の変動に合わせてきめ細かく対応することができないため、それを補う大規模な水力発電所が構想された。当時、関電が水利権を持ち、大規模な水力発電所が建設可能な河川は黒部川しかなかったので、大田垣社長の決断で建設が開始された。
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関西電力が社運をかけて建設
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昭和31年工事着手。時の関電社長太田垣士朗が自ら陣頭指揮。7年の年月をかけ、当時の金額で513億円の工費、のべ1000万人の人を動員。総工費513億円は、当時の関電の年間電気収入の約半分にあたり、現在の貨幣価値だと1兆円を超えるとも。後に映画「黒部の太陽」になった大町トンネルが大破砕帯にぶつかるなど、相次ぐ困難を克服し、ついに完成。関西電力にとってはまさに社運をかけた一大プロジェクトだった。
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黒部川第四発電所
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発電専用ダムで、黒部川第四発電所が10km下流の地下150mのところに設置されている。昭和38年6月完成。最大33.5万kWの出力を誇る。
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ウィングダム
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アーチダムだが、両翼に重力式コンクリートのウィングダムを持つ。コンクリート打設開始後、昭和34年12月、南フランスのマルパッセ・アーチダムが大洪水で崩壊、死者行方不明者が 500人に及んだ。資金の提供者世界銀行は黒四ダムの現場に調査団を派遣し、ダムの高さを下げることを勧告。高さを下げることはしなかったが、岩盤が予想外に悪かったこともあって、設計を変更してアーチの両端に重力式のウィングダムをつけた。
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石原裕次郎主演、映画「黒部の太陽」
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黒部ダムは「黒部の太陽」の舞台。大破砕帯にぶつかった大町トンネル建設の物語。岩岡剛(石原)はトンネル掘りのためにはどんな犠牲も省みない父に反抗し、家を出て設計技師として図面をひいていたが、父の様子を見に黒部に行ったとき、現場責任者・北川(三船)の熱意を見て、父に代わってトンネル掘りの指揮を取る。関電社長の太田垣は危機を乗り切るため莫大な資金を投入。北川や剛らの努力が実を結び、難所を突破。監督熊井啓。三船敏郎、滝沢修、志村喬、辰巳柳太郎、宇野重吉、芦田伸介、佐野周二、高峰三枝子、樫山文枝等が出演。
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映画「ホワイトアウト」のロケ地
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2000年公開の映画「ホワイトアウト」のモデルは奥只見ダムだが、ロケ地は黒部ダムだった。日本最大の貯水量を誇るダムがテロリストグループに占拠されるという話で、日本映画史上空前のアクション大作といわれ、大ヒットした。監督:若松節朗、原作:真保裕一、出演:織田裕二、松嶋奈々子、佐藤浩市など。黒部ダム付近を中心に100日以上に及ぶ過酷なロケを敢行。
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断崖絶壁の難工事はプロジェクトXでも取り上げられる
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2000年6月27日放送のNHKのプロジェクトX「厳冬 黒四ダムに挑む」。ダムの難工事の最大の焦点は、断崖絶壁がそそり立つ秘境・黒部に、60万トンにおよぶ資材をいかに運び上げるかだった。ダムの本体工事を受注した間組は、壮大な輸送作戦を展開。
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中島みゆき、紅白で黒四から生中継
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2002年大晦日、紅白に中島みゆきが初出演。プロジェクトXの主題歌「地上の星」を歌う。会場ではなく、気温が氷点下20度近くまで下がる厳冬の黒部ダムから生中継。黒部ダムから黒部川に沿って10kmほど下流に、地下200mの黒四発電所と欅平とを結ぶトンネルがある。普段は関電従業員や資機材などを運ぶ列車が行き来する。そのトンネル中でワインレッドのロングドレスに身を包み「地上の星」を熱唱。感動的な映像。
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立山黒部アルペンルートのメインスポット
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立山黒部アルペンルートは長野県信濃大町から富山市までの約100kmを結ぶ世界的な山岳観光ルート。昭和46年に開通。美女平・室堂・大観峰・黒部ダムを経由。アーチダムの作り出す雄大な景観。平成15年6月には黒部ダム建設四十周年を記念して、迫力の観光放水が見られる新展望広場がオープン。落差100m以上の放水は壮観。年間数百万人が訪れる。
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中部山岳国立公園
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黒部ダム周辺は中部山岳国立公園に指定されている。このため特別天然記念物のニホンカモシカ、雷鳥などの動物の捕獲、高山植物の採取、工作物の設置等に制限が課せられている。
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切手になったダム
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平成6年4月25日「黒部渓谷と黒部ダム郵便切手」が発売された。80円の「ふるさと切手」。原画作者は、齋藤清策氏(日本画家)。緑に包まれた渓谷と、上部に黒部ダムが配されている。
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正式名の他に呼び名がある
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正式名は黒部ダムだが、黒四ダムとも呼ばれる。当初、ダム自体に正式名称はなく、発電所が黒部川第四発電所だった。ダムは、仮称で黒四ダムと呼ばれた。その後、正式名称が黒部ダムに。ダム湖は黒部湖だが別名太田垣湖。大町トンネルは関電トンネルとも呼ばれる。
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三浦洸一が歌った「ああダムの町」
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ダム建設中の昭和31年に発表された。佐伯孝夫作詞、吉田正作曲。三浦洸一が歌った。「・・・歌も身に沁む ああダムの町」。ところで、この歌は黒部ダムの歌なのか。竹林征三「我が町の宝・湖水の花」に、「佐伯孝夫が黒部ダム建設に携わった人々の思いをテーマとして作詞し」とあり、これからすると黒部ダムの歌ということになりそうだ。しかし一方、黒部ダムの本格的工事は昭和33年4月からで、タイミングが合わないなどの理由で、佐久間ダムなど他のダムではないかという意見もあるようだ。果たして真相は? ただ、歌詞の内容が、建設従事者の気持ちにピッタリで、当時黒部ダム建設の携わった人々はこの歌を愛唱したことは事実のようだ。
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流木が名刺ケースになった
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かんでんエルファームは、黒部ダムなどに漂着した流木を再生利用して、フラワーポット、名刺ケースなどの商品を開発。これが人気だという。
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黒部ダムカレー
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ダムレストハウスで、「黒部ダムカレー」が食べられる。カレーライスだが、ダムに見立てて、ご飯で堤体を作り、カレーのスープがダム湖。1000円と結構いい値段だが、見たところそれなりにデラックス感が。味の方はどうか?
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ダム湖は「黒部湖」
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昭和38年の竣工式の時に命名。時の関電社長の名を取って太田垣湖とも呼ばれる。エメラルドグリーンの水を満々とたたえ、静かにたたずむ。湖面には、日本最高標位を航行する遊覧船「ガルベ」が走り、北アルプスを見上げながら雄大な大自然を満喫できる。
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黒部
(くろべ)
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栃木県日光市黒部 |
日本初の発電専用コンクリートダム
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大正元年竣工。日本初の発電専用コンクリートダムといわれる。粗石コンクリートを使用している。これ以前に竣工した布引五本松、本河内低部、立ヶ畑の各ダムはいずれも水道専用ダム。
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土木遺産
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数少ない戦前の重力式アーチダム。1987年に改修が行われ、22門あった洪水吐を8門にするなどして、今や建設当時の面影を残すのは堰堤部分だけ。美しい3次元局面は石張り。土木学会の「日本の近代土木遺産〜現存する重要な土木構造物2000選 」に選定されている。
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もう一つの黒部ダム
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黒部ダムと言えば「黒四」とも呼ばれる富山県の大アーチダムが有名。しかし名前はこちらが元祖。明治44年工事着手。当初計画は堤高60mの日本一の高さのアーチ形重力ダムだった。しかし、基礎岩盤に不良個所があり、途中、今の高さで打ち切ってしまった。
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黒又
(くろまた)
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新潟県魚沼市栃山 |
土木遺産
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信濃川水系ではもっとも古いダム。長さが200mを超える曲面状の堤体に玉石を張っている。土木学会の「日本の近代土木遺産〜現存する重要な土木構造物2000選 」に選定されている。春先の融雪期には堤体から豪快に越流する様子を見ることができる。
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黒又川第一
(くろまたがわだいいち)
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新潟県魚沼市 |
シンプルなデザイン
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重力式コンクリートダムだが、直線的でシンプルなデザインが自然の中に堂々と見える。最近のダムはシンプルなデザインのものも多いが、この時代としては珍しいのでは。ラジアルゲート2門、スキージャンプ式洪水吐、大型の取水設備など、大きくはないダムだが、特徴がある。
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黒又川第二
(くろまたがわだいに)
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新潟県魚沼市大栃山字横沢1334−32 |
アクセスできないダム
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平成16年頃からダムに至る唯一の道路が通行止めになり、それ以降閉ざされたダムとなっているようだ。
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下条川
(げじょうがわ)
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新潟県加茂市大字下条字祖坂879 |
700本の桜
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ダム湖周辺にはダム完成時に植えた桜の木700本ほどが成長し、4月下旬には一斉に花を咲かせる。ほとんどがソメイヨシノだが、鬱金(うこん)という黄色い花の桜があるそうだ。
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へら鮒釣り
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ダム湖ではへら鮒釣りができる。メッカとも。毎年夏には「森と湖に親しむ旬間」のイベントとして、下条川 ダムを会場にへら鮒釣り大会が開催される。
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化女沼
(けじょぬま)
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宮城県大崎市古川川熊字苔の谷地 |
元は自然の化女沼
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元は自然の化女沼があって、農業用水の水源に使われていた。それをダム化したもの。
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アヤメやハクチョウ
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化女沼はアヤメが咲く沼で、沼周辺にはあやめ園がある。冬にはハクチョウが飛来する。周辺には宮沢遺跡、朽木橋横穴古墳群などの遺跡があり遺跡散策を楽しめる。
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照夜姫伝説
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化女沼には照夜姫伝説がある。いくつかあるようだがその一つ。 その昔、沼のほとりの長者屋敷に、美しい姫がいた。その美しさに沢山の蛇が沼の水面に集まるようになった。ある秋の夕暮、通りがかった若い美男が屋敷に泊まり、やがて旅だったが、姫はいたく悲しみ、打ち沈んだ。しばらくして、姫の胎内より蛇体の子が生まれ、この蛇は沼の中に消えた。それから毎晩の様に、沼から幼子の泣き声がするようになり、やがて姫はその声に誘われるように水中へ身を投じた。その夜から、泣き声は止まったが、毎年5月の節句の日には、沼から機を織る音がするようになったという。
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小荒(元)
(こあら)
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新潟県東蒲原郡阿賀町小荒 |
土木遺産
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土木学会の「日本の近代土木遺産〜現存する重要な土木構造物2000選 」に選定されている。大正期の石張りダムだという。写真で見ると石張りには見えないが。
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小池
(こいけ)
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兵庫県神戸市西区井吹台西町3丁目 |
これはダム?
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計画的に開発された大規模住宅地(西神南ニュータウン)内にあり、四方は道路。おそらく住宅地の調整地として機能しているのだろう。ダムには見えないが、案内図にもダムとある。
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高西
(こうざい)
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徳島県阿波市市場町尾開高西 |
山道を歩く
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あれた山道を相当歩かなければ行き着けない。途中の道には「危険! この先罠あり!」の看板も。行く価値のないダムだとも言われるそうだが、それでも(いや、だからこそかもしれない)行きたくなるようだ。
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香坂
(こうさか)
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長野県佐久市大字香坂 |
農地防災専用ダム
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農地防災専用のダムで、通常水がほとんど貯まっていない。大規模な洪水吐を備えている。
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川迫
(こうせ)
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奈良県吉野郡天川村大字北角字塩坪 |
コンクリートブロック張り?
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戦前建設のダムで古風なデザイン。堤体表面はコンクリートのブロックを貼ってあるように見えるが、そうだとすれば珍しいかも。
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堆砂が進む
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電力専用のダムでよく見られるが、堆砂がだいぶ進行しているようで、ダム湖の水位が下がると砂が見えてくる。電力ダムなので、機能には差し支えないようだが。
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楮川
(こうぞがわ)
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茨城県水戸市田野町字楮原1662−12 |
那珂川から取水した水を貯留
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水道専用ダムで、那珂川から取水した水が導水管でここに運ばれ、貯められた水は隣接する楮川浄水場で浄化される。自らの直接的流域からの水はほとんどないようだ。
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堤体が折れ曲がる
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堤頂長364mで、かなり横長の堤体だが、くの字に折れ曲がっている。
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ダム湖は「ジャジャンボ池」
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元々この位置にジャジャンボ池と呼ばれる池があったらしい。それでダム湖がこう呼ばれるとのことだが、本当にこう呼ばれているのだろうか。
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上田池
(こうだいけ)
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兵庫県南あわじ市神代社家 |
石積みのダム
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農業用のコンクリートダムとしては古いもの。表面が切石布積みのダムで風格があってきれい。土木学会の「日本の近代土木遺産〜現存する重要な土木構造物2000選 」に選定されている。
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優れたデザイン
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石造りの洪水吐、天端高欄など装飾的なデザインが、品格を感じさせ、美しい。最近のダムには見られないもののような気がする。
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天端は道路
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天端が道路であることは珍しくはないが、こんなに古くて狭いのに、車が通れるようだ。
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川内(元)
(こうち)
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新潟県柏崎市大字鯨波 |
柏崎市の水道水源
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柏崎市が管理する水道用水源のダム。ダムが3つあるようだが、その中で古いダム。近くに浄水場がある。
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川内(再)
(こうち)
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新潟県柏崎市大字鯨波 |
増厚と嵩上げ
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旧ダムは昭和13年の完成で、現在の基準を満足していないため、基準に合わせることを目的に、上下流面増厚と嵩上げを実施。
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河内
(こうち)
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三重県鳥羽市河内町 |
普段は水が貯まっていない
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防災専用ダムなので、普段は水が貯まっていない。当然取水設備もない。
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上津浦
(こうつうら)
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熊本県天草市有明町上津浦 |
海が見える
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ダム天端から「海が望めるダム」。海と、遠方に天草下島、長崎半島を望む。素晴らしい眺望らしい。
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伐採材をリサイクル
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ダム建設に当たって、急傾斜ベルトコンベアーを採用してできるだけ周辺の伐採面積を減らし、伐採材はチップ化して現場の緑化基盤材としてリサイクル使用。自然環境の保全に配慮。
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向道
(こうどう)
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山口県周南市大道理字掛 |
ダム名は旧村名から。
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現在は徳山市になっているが、水没地はかつて向道村であった。旧村名から向道ダムに。
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最初に完成した多目的ダム
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河水統制事業として計画・建設された多目的ダムの一つで、その中で初めて完成したダム。なお、着手は、現在は水没した沖浦ダムの方が早い。
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向道湖マラソン大会
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毎年4月の桜の満開になる時期に、向道湖マラソン大会が開催される。平成16年は4月11日に開催され、48回目。歴史のあるマラソン大会。
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高野山
(こうのやま)
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新潟県中魚沼郡津南町 |
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高暮
(こうぼ)
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広島県庄原市高野町高暮 |
戦前で6番目に高い
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戦前では6番目に高いダムだという。土木学会の「日本の近代土木遺産〜現存する重要な土木構造物2000選 」に選定されている。
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光明池副堤(元)
(こうみょういけふくてい)
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大阪府和泉市和田町 |
名は光明皇后に由来
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古くから光明皇后はこの地で誕生したという生誕伝説が伝えられており、その伝説にちなんで光明池と名づけられたとか。
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光明池副堤(再)
(こうみょういけふくてい)
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大阪府和泉市和田町 |
老朽化のため改修
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築造以来約半世紀を過ぎ、老朽化が進んだため、1977年から本堤防の補強、余水吐の改修、取水塔の改築を目的とした昭和の大改修を実施。副堤防も、老朽化が進み、2007年から、改修事業(平成の大改修)を実施。
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名は光明皇后に由来
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古くから光明皇后はこの地で誕生したという生誕伝説が伝えられており、その伝説にちなんで光明池と名づけられたとか。
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光明池本堤(再)
(こうみょういけほんてい)
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大阪府和泉市和田町 |
老朽化のため改修
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築造以来約半世紀を過ぎ、老朽化が進んだため、1977年から本堤防の補強、余水吐の改修、取水塔の改築を目的とした昭和の大改修を実施。副堤防も、老朽化が進み、2007年から、改修事業(平成の大改修)を実施。
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名は光明皇后に由来
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古くから光明皇后はこの地で誕生したという生誕伝説が伝えられており、その伝説にちなんで光明池と名づけられたとか。
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周辺は四季を通じての憩いの場
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市街地にあるが、池の周囲には自然が残り、バードウォッチングの格好のポイント。光明池緑地は「大阪緑の百選」に選ばれている。周辺にはテニスコートなどの各種スポーツ施設も整備。ジョギング、ハイキングやサイクリングなども。四季を通じて憩いの場として親しまれている。
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光明池本堤(元)
(こうみょういけほんてい)
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大阪府和泉市和田町 |
名は光明皇后に由来
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古くから光明皇后はこの地で誕生したという生誕伝説が伝えられており、その伝説にちなんで光明池と名づけられたとか。
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河本
(こうもと)
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岡山県新見市金谷 |
倉敷市水島地区へ工業用水を供給
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昭和30年代、高梁川河口の水島地区に石油・鉄鋼を核とした工業基地を造る一大計画が打ちだされ、工業用水の確保が必要となった。このため高梁川総合開発事業の一環として水害防止・発電とともに工業用水の確保を図るため河本ダムが建設された。
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珍しい中空重力式ダム
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日本に十数例しかない中空重力式ダム。堤頂長が258.6mと比較的長く、中空重力式ダムの中では第4位。
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ダムサイトは変わってもダム名は変わらず
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ダム名は当初計画のダムサイトの小字名が河本だったことによる。その後ダムサイトが15kmほど上流に大幅変更されたが、ダム名は変えなかった。
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光林寺池
(こうりんじいけ)
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広島県福山市熊野町中山田 |
ひときわ目立つ取水塔
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どこにでもありそうな溜池だが、貯水池の中にある赤い屋根の取水塔がひときわ目立つ。どうしてこんなデザインにしたのだろうか。
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郡
(こおり)
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千葉県君津市郡 |
堤頂長が長い
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堤高は38mほどしかないは、堤頂長は720mもある。長いアースダム。見たところどこまでが堤体なのか分からないようだ。
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リップラップに鉱滓を使用
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堤体上流面が黒っぽい石のようなもので覆われていて、一見ロックフィルダムのようにも見えるが、これは、リップラップに鉱滓が使用されたため。珍しい。
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小ヶ倉
(こがくら)
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長崎県長崎市上戸町 |
石張りダム
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粗石コンクリート重力式ダムで、表面に御影石が張られている重厚な堤体。完成当時は日本で一番高い水道用ダムだった。土木学会の「2009年度選奨土木遺産」に選定された。
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アーチ型副ダム
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堤体直下流にアーチ型副ダムがある。これも石張り。赤茶色をして古色蒼然。小ヶ倉ダム建設当時からあるものなのか?
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小ヶ倉
(こがくら)
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長崎県諌早市小ヶ倉町 |
名前が紛らわしい
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長崎県には「小ヶ倉」というダムが二つある。もう一つは、長崎市にある重力式コンクリートダム。紛らわしいので、どこかで誤りが発生していそうだ。
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五ケ山
(ごかやま)
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福岡県那珂川市大字五ケ山 |
渇水対策容量を持つダム
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通常の利水容量の他に、渇水対策容量を併せ持つダム。異常渇水時には渇水調整を行いつつ渇水対策容量分を補給することになる。
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堤体は鶴翼の形状
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堤体を上から見ると鶴が羽を広げたような鶴翼の形状をしている。左岸には断層があり、右岸尾根部には風化した地層が厚くあったため、これらを避けてこのような形になった。
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越戸
(こしど)
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愛知県豊田市平戸橋町 |
越戸発電所
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ダムの水は中部電力越戸発電所で発電に使われる。越戸発電所は、昭和4年に完成したダム水路式発電所で、昭和初期の建設だが、発電設備等は全て国産品。
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魚道がある
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右岸に魚道があって、間近で観察することができるようだ。階段式魚道か。毎年4月下旬から6月上旬頃までアユの遡上を見ることができる。
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ダム湖は「三水湖」
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矢作川、力石川、御船川の3つの川が合流することから名づけられた。天端左岸に三水湖の碑があって、由来が記されている。湖面はボートの練習場に使われており、周辺は勘八峡と呼ばれ、春には桜が楽しめる。
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小渋
(こしぶ)
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長野県下伊那郡松川町大字生田 |
中部初のアーチダム
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小渋ダムは、中部地方初のアーチダム。アーチの美しさが、南アルプスの清流に映る。下流には、「天竜下り」で有名な天竜峡がある。
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排砂バイパストンネルを建設
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計画を上回る堆砂が進むダムの機能回復を図るため、ダムに流入する土砂を排砂するバイパストンネルを建設する。トンネルは延長約4000メートルで、左岸側に建設。平成12年度から調査を実施しており、工事は平成20年度に着工か。
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エレベータ塔が堤体下流面に
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堤体下流面にエレベータ塔が張り出して設置されている。アーチダムでは珍しいらしい。
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県立自然公園
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ダム湖周辺は、昭和45年、天竜・小渋水系県立自然公園に指定された。
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御所
(ごしょ)
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岩手県盛岡市繋字山根 |
ダム湖の大きな重力式コンクリ−ト・フィル複合ダム
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「日本のTVA(Tennessee Valley Authority)」とも呼ばれた壮大な計画に基づき建設された北上川の5ダムのうちの一つ。右岸側は重力式コンクリートダムで、堤頂長327m、左岸は中央コア型ロックフィルダムで堤頂長210m。湛水面積640ha。この型式のダムとしては湛水面積は国内最大。
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ダム湖利用者数日本一
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国土交通省の「ダム湖利用実態調査」によると、平成12年度の年間利用者数は約89万人で、国土交通省直轄と水資源開発公団の管理中のダムのなかで最も多い。手作り工房を備えた手づくり村、ゴーカートやサイクル列車を備えた乗り物広場ばどの施設の利用者が多かったという。
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白鳥が来る
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御所湖では昭和57年(御所ダム完成の翌年)から白鳥の飛来が確認された。コハクチョウとオオハクチョウ。コハクチョウは毎年10月12、 13日頃飛来し7〜10日間御所湖に滞留した後、さらに南へ。オオハクチョウ はその数日後渡って来て、御所湖で越冬。オオハクチョウの飛来数は年々増え、平成10〜11年の冬には500羽を越えた。
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御所池
(ごしょいけ)
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徳島県阿波市土成町土成町宮川内字相板 |
石積堤体にラジアルゲート
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昭和14年竣工の古いダムで、堤体は石積み。それなのに、ラジアルゲート2門を備える。竣工当時からのものだろうか。
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御前山
(ごぜんやま)
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茨城県常陸大宮市大字上伊勢畑地内 |
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小田
(こだ)
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宮城県栗原市花山字草木沢向小田 |
水没による自然環境への影響をできる限り低減
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ダムが建設によって水没する地域ができ、それによって自然環境が影響を受けるが、できる限り影響を低減するために、現状の調査と予測評価を行い、それに基づいて保全対策が行われた。たとえば、水没によって消失が予測されるオミナエシ、リンドウ、サクラスミレなどの植物は、環境が似ている周辺に移植された。
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小匠
(こだくみ)
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和歌山県東牟婁郡那智勝浦町小匠 |
古い防災ダム
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50年以上前に完成した古い防災ダム。普段水を貯める必要がなく、堤体下部に穴があいていて、穴あきダムと呼ばれることもあるようだ。二つの穴のうち片方には魚道が付いている。古いためか、いろんな面白い点があるとも言われる。
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林道のトンネルが堤体を貫通
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左岸にある林道が、堤体内をトンネルで貫通していて、車が通行可能。出水時にはスライドゲートで締め切るようだ。珍しい構造。
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神谷
(こたに)
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兵庫県姫路市豊富町神谷字塩渕2974 |
上水道用水の揚水式貯留ダム
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市川の流量が多く余裕がある時にポンプで揚水して貯水池に貯留しておき、渇水時には逆に貯留水を浄水場まで導水して利用するという揚水式貯留ダム。ダム建設工事に併せて貯留水の上げ下げに使用する揚導水トンネルも建設。いわゆる河道外貯留施設。このような方式は珍しいのでは。上水道用水の他、神谷川の既得かんがいなどの流量も供給。
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天端高欄には巨石
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天端高欄として、大きな岩が転々とたっている。古代遺跡風にも見える。ちょっと珍しい光景。
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厚東川
(ことうがわ)
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山口県宇部市二俣瀬区大字木田字落畑 |
宇部丸山ダムとの間に連絡水路
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水需要の増加で厚東川だけでは容量不足になり、嵩上げが困難であったため、宇部丸山ダムが建設された。宇部丸山ダムとの間には連絡水路が設けられている。
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ダム湖は「小野湖」
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水没地が旧小野村(現宇部市)であったことから、水没村名を後世に残したいと小野湖と呼ばれるようになった。
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琴川
(ことがわ)
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山梨県山梨市牧丘町柳平 |
国内有数の標高の高いダム
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ダム天端標高が、1464mで、国内で有数の標高の高いダム。標高が高いダムは、いずれも発電用ダム。堤頂標高上位は、南相木ダム1532m、野反ダム1517m、上日川ダム1486mなどだが、発電用ダム以外としては、国内で最も標高が高いダムでは。このため、普通に米を炊くと中に芯が残ったり、走ると空気の薄さを感じたり、1,2月には最低気温が−20℃に達することがある。
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小泊
(こどまり)
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青森県北津軽郡中泊町字成滝 |
ダム湖は「遊仙湖」
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地域住民から公募により決定。幽谷、樹林の森に遊ぶ。その静寂に没入するもよし、家族とのふれあいの場としてもよし、そのような願望から名付けたという。
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小中池
(こなかいけ)
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千葉県大網白里市小中 |
小中池公園
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周囲は小中池公園として整備されていて、全長90mのローラー滑り台は、子供たちに大人気。桜の季節はきれいなようだ。池には、錦鯉が放たれているという。
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子撫川
(こなでがわ)
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富山県小矢部市森屋 |
珍しい形の洪水吐
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洪水吐の流入部が珍しい形をしている。どうしてこんな形なのか不思議だ。
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周辺には12の女神の彫刻と歌碑
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ヨーロッパの美術館などが所蔵する種々の女神像をモデルにした彫刻が点在し、傍らに歌碑が。日本一の「彫刻の湖」とも。
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小渕防災溜池
(こぶちぼうさいためいけ)
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岐阜県可児市可児町久々利 |
日本初のロックフィルダム
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昭和27年完成。堤高18.4mと小規模だが、竣工時期で見れば日本で最初のロックフィルダム。着工時期だと石淵ダムが日本で最初のようだ。
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コンクリート表面遮水壁型ロックフィルダム
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ダムの上流面をコンクリート版にして遮水するコンクリート表面遮水壁型ロックフィルダム。このタイプは、日本では昭和20〜40年代に石淵ダム、皆瀬ダム、小渕防災溜池など数基の建設事例があるが、当時は堤体ロック材の締め固め工法が現在のように進んでいなかったなどのため不等沈下やクラックが発生しやすく、一時採用されなくなった。その後の技術進歩を反映し、最近再び建設の動きがあり、苫田鞍部ダムが建設されている。
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ハイキングコースとしても人気
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ダム湖周辺は公園として整備されており、春は桜、秋は紅葉が美しく、ハイキングコースとしても人気。東海自然歩道が通っている。
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駒ヶ岳
(こまがたけ)
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北海道茅部郡森町字栗ヶ丘 |
鳥崎渓谷八景
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このあたりは鳥崎渓谷と呼ばれ、道南の紅葉の隠れた名所。鳥崎渓谷八景という8箇所の景勝ポイントが設定され、ダムは第6番目にあたる。水面には周辺の樹林の緑が映る。紅葉時期も美しい。「緑とロックの広場」という多目的広場が隣接している。
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小牧
(こまき)
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富山県砺波市庄川町小牧字矢ヶ瀬 |
建設当時は「東洋一のダム」と
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昭和5年に完成。堤高79.2m。アーチ曲面の美しい本格的な重力式コンクリートダム。建設当時は東洋一の高さで、東洋一のダムと呼ばれた。物部長穂の重力式コンクリートダムの設計法を適用した最初のもの。大井ダムに続いて建設された初期の大型ダムの代表的事例。玉石コンクリートが使用された。土木学会選奨土木遺産2001に選定され、平成14年6月25日に国の登録文化財に指定された。
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日本で初めてボーリング調査を実施
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ダムサイトの選定に当たって、日本で初めてボーリングによる地質調査が行われたダムだという。
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17門のラジアルゲート
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堤高が高くて、全幅に17門のラジアルゲートが並び、その姿は圧巻。インパクトが強いとも。
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エレベーター式魚道があった
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鮎の遡上のため、日本で初めてエレベーター式魚道を設置。巻き上げ機で籠を引き上げる。昭和6年の1日最大引き上げ数は、6505尾だったという。当時としては世界一の魚道技術だったとも言われる。この魚道は、昭和9年の洪水により被害を受け、現在は撤去されている。
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船でしか行けない秘境の一件宿、大牧温泉
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ダム湖の上流には、船でしか行けない秘境の一件宿、大牧温泉がある。ダム建設前は峡谷にも村落があり、また村人達の湯治場として素朴な宿があった。小牧ダムの完成とともに村落は湖底に沈み、温泉宿一軒だけが上方に移転した。
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こまち
(こまち)
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福島県田村郡小野町菖蒲谷字堂田 |
小野小町の生誕伝説
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ダムがある小野町には、平安時代に活躍した女流歌人である小野小町(おののこまち)の生誕伝説が残る。「こまちダム」というネーミングも、この小野小町伝説からとられたもの。
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こまちダム賛歌がCDになった
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福島市在住の野地弘治さんが、歌詞とメロディーの付いた「こまちダム賛歌」を寄贈。地元小野新町小学校合唱部が歌ってレコーディング。こうして、子供達にとっても良い思い出となる「こまちダム賛歌CD」が出来上がった。
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ダム湖は「こまち湖」
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一般公募による応募の中から、平成17年9月、応募94点の中から名称選定委員会でこまち湖に決定した。
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