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「ダムナイト5〜ダムのデザイン、どうしてこうなった〜」
そのあらまし

 2011年8月14日、東京カルチャーカルチャーでトークショー・ダムナイト5が行われた。萩原雅紀さん(ダムサイト)が企画のダムナイトは、東京カルチャーカルチャーで第1回があったのが2008年4月19日、早いもので今回で5回目。回を重ねるごとに、熱気を帯び、ますます充実。特に今回は「ダムのデザイン、どうしてこうなった」というテーマを掲げ、出演者も絞ってこのテーマを掘り下げて議論しようと言うことのようだ。事前準備も、相当に力を入れたようで、萩原さんの並々ならぬ意欲が感じられた。

 出演者は、萩原さんの他に、DamMapsやニコニコ生放送で知られるtakaneさん(ダム日和)がダムマニアとして参加。takaneさんはこれで5回すべてに出演。それに、ゲストとして、中村靖治さん(ダム工学会計画部会長)が参加。中村さんは、長くダム建設に携わってきたダム造りのプロ中のプロ。さらに特別ゲストとして、ダム好きのミュージシャン、鳥口マサヤさん(風味堂)。9月には鳥口さんがプロデュースして世界初?のダムの音楽CDアルバム『音楽式コンプリートダム』が発売される予定。多彩な参加者がどんなやりとりをするのか、始まる前から楽しみだ。

【開演前に】

 17:00 開場、18:00 開演だが、その前に、出演者は4時前から準備とリハーサル。中村さんは、だいぶ後に悠々と現れたようだが、他の3人は壇上でマイクを持って真剣にリハーサルする光景が見られた。 




入り口に看板も出て開場を待つ
 この日は、前売り券はすべて売り切れ、当日券なしの状態で、5時の開場と同時に観客がだいぶ入った。会場では、萩原さんの写真集や、ダム・トート・バッグなどの物販が行われていたが、開演を待つ間にその売れ行きも好調。特別メニューでダムカレーがあったが、開演10分ほど前にはそれも売り切れ。このような熱気は、これまでになかったように思える。

開場と同時にかなりの客が

写真集や、ダム・トート・バッグなどを販売

売れ行き好調、これはダム・トート・バッグ

ダム・トート・バッグを買った人

女性3人組、ダムカレーを食べ始めたところ

ダムカレーとダムの清流をイメージしたというカクテル「清流」

カクテル「清流」、その他に「四万川」「品木」も
 観客は、予想通り若い人が多い。ツイッターに書き込んでいる人がだいぶいて、開場にもツイッターの画面が表示されていた。女性客が思いの外多かった。見た感じ男女比6:4ぐらいではないか。女性同士で3人、あるいは2人連れ立ってというケースもだいぶ見られた。萩原さんもtakaneさんも人気のあるダムマニアで、それを目当てに来ているのかと想像もしたが、ある女性3人組に聞いてみたら、ダムが好きで来たので萩原さんもtakaneさんも特に関係ないと言っていた。「ダム好きは男が多い」といったイメージはもはや過去のものかもしれない。 


 もう一つ観客を見て、例年は、よく知られているダムマニアの方が多く見受けられたが、今年はそれが少なかったようだ。ダムへの関心のすそ野が広がったようにも思えたがどうだろうか。

【開演】

 そして定刻6時をわずかに遅れて、開演。
 以下、印象が深かった点を中心に内容を紹介する。正確性に欠けるところがあるが、ご容赦ください。

 萩原さんが、緊張しているなどと言いつつ、手慣れた短い挨拶。そして自己紹介。

【自己紹介】

(萩原)僕から自己紹介を始めます。「ダムサイト」をやっています。ダム巡りをして、写真集の出版などもしている。今回は、いつもとは違うゲストがいます。風味堂のベーシスト、鳥口マサヤさん。ダムのCDを・・・。

(鳥口)「デンシケンセツ」という名前で、9月にCDアルバムをリリースします。ダムの曲が11曲。ダムが好きで、ダム歴は5年。よく行くダムは宮ヶ瀬ダムです。それから、神奈川県の道志ダム。画面に映っているのはアルバムのジャッケット。曲にまつわる絵がちりばめられたイラスト。後ろの方にアーチがある。



(萩原)もう一人、毛色の違ったゲストが。数々のダムを手がけてきた中村さん。ダム工学会の・・・。

(中村)今は、どこからも給料をもらっていません。ダム工学会の仕事もしていますが、ダムが嫌われものになっているので、分かってもらえればと・・・。ダムを50年やっているので・・。


(萩原)宮ヶ瀬の所長をやっていたとき、今ではクリスマスツリーで有名になっているもみの木を、当時切らずに残したとか。

(中村)あれは残したのではなく、別の場所に移転したのです。

(萩原)中村靖治さんです。

(takane)「ダム日和」のtakaneです。最近サボってて、あまりダムやっていないんです。砂防とかやって。このイベントをやるんでいろいろ調べたんですが、ダム面白いなと改めて思ったりしました。


 
 
【ダムの基礎知識講座】

 続いて、ダムの基礎知識講座へ。萩原さんによるダムの初心者向け簡単な解説。と萩原さんは言っているが、実は簡単どころか時に相当高度。萩原さんの解説にたいして、中村さんがだめだしをする場面もしばしばあって、観客が大喜び。

○ダムとは

(萩原)高さが15m以上のものがダム。写真は正確でなくて、実際はもっと下にある基礎地盤からの高さ。


(takane)見た目に15mないようなものもあるが、これは埋め戻したのでしょうか。

(中村)それは埋め戻したのが多い。かなり深く掘り込むので、下流面のところはそのままにしておくと危ないので埋め戻す。
 ここに書いてある定義の15m以上がダムというのは間違い。15m以上はハイダム。逆に、15m以上でも河川にないとダムにならない。たとえば、こないだ決壊した藤沼ダムは15m以上だが、河川にないから溜め池。ダムではない。

型式

(萩原)一番主流の型式。重力式コンクリートダムが一番多いような気がする。正確に言うとアースが多いが。昭和以降では一番造られている。コンクリートの重さで水圧に対抗して堰き止める。


(萩原)重力式の派生形でしょうか、中空重力式。昭和20年代、30年代、40年代に造られた。中を空洞にして貴重なコンクリートを少なくする。底を広くして抵抗力を強くして・・・。


(中村)その説明はちょっと違っていまして、今写っている金山ダムは僕が最初にやったダムですが、下流面が立って見えるが、高さ1に対して横が0.5。水の方も同じ勾配。上下流面が、0.5、0.5の同じ勾配。上流面に乗っかる水の重さを利用して安定を保っている。

(萩原)中空重力式は中部電力に多い。

(takane)地形の関係なんだろうか。

(中村)中空重力式はU字谷にむいている。空洞になる部分が多いほどいい。下の方が空洞なので。

(萩原)アーチ式コンクリートダム。写真は北海道の豊平峡ダム。この形式は、アーチ作用を使って薄くして、コンクリートの量を少なくというのをねらった形式。


(中村)その通り。金山ダムの次に行ったのが写真にある豊平峡ダムです。ちなみに、このダムで、環境庁と話をして、日本で初めて下流の維持流量を作った。国立公園の中にあるダム。

(萩原)アーチは日本ではもうできない・・・。

(takane)温井ダムが最後のアーチダム

(中村)九州の川辺川がだめになったので。これでアーチダム技術が途絶えるかもしれないと、残念でしょうがない。

(萩原)次に、重力式アーチダム。重力式とアーチの両方の性質を備えていると説明がどこかにあったように思うが。


(中村)重力式アーチもアーチも同じです。厚いのを仮に重力式アーチと言っているだけ。片持ち梁とアーチとの分担が違うだけ。計算することは同じ。どちらも片持ち梁とアーチとの計算をする。アーチは模型実験をやらないと正確なところはわからない。セメントの量は大きく違う。アーチは造らないと技術が途絶えてしまう。

(萩原)これも違うかなー。マルティプルアーチって、日本に二つだけあって、これが同じ型式とは思えない。大倉ダムと豊稔池。うまく説明できないが・・。


(中村)あとからバットレスが出てくるが、豊稔池はバットレスで板になっているところがアーチになっていて、鉄筋がいらないようにしている。アーチダムは、片持ち梁とアーチでもっているが、これはアーチだけで持っている。一方、大倉ダムはアーチダムが二つ並んでいる。豊稔池と大倉ダムは全く違う。

(萩原)名前が一緒で、やっていることは違う。難しい・・・。

(萩原)で、今話が出たバットレス。鉄筋コンクリートの板で堰き止めて、それを柱と梁で支えていると習いました。以前はコンクリートが高価なので造られたが、今は造られない。


(萩原)これまでのは、コンクリートでできたコンクリートダムでしたが、次は土や岩を盛り立てて造るフィルダムです。センターコア型のロックフィルダム。これがフィルダムの主流のようです。コンクリートダムができない地盤が悪いところでもできると書いてあるんですが、底面積が広いので・・・。


(中村)高さの5倍ぐらい底がある。コアが水を止めてダムそのものは石の斜面で安定している。

(萩原)傾斜コアロックフィルダム。コアーが斜め。初期に造られたものが多い。これは入れない方がよかったかなー。うまく説明できないーーー。


(中村)水をコアが止める。そこから下が水圧を支えるのに役に立つ。だから、斜めにした方が合理的だと言う感じがするでしょ。こちらの方が最初に出来た。ただ、ロックの上に土を積むので施工が大変だし、高価なコアの量が多くなる。それで、最近はセンターコアが多い。

(takane)建設の時、何カ所か工事中を見学したんですが、コアを厳密に管理していますね。毎日水分などを調べて。雨が降るとまずいようで。

(中村)一番しめ固まる水分量というのがある。雨が降るとしめ固めがよくできない。

(萩原)表面遮水壁型ロックフィルダム。湖側の表面をコンクリートとかアスファルトで遮水。


(takane)古いダム。

(萩原)終わった型式かと思ったら、苫田鞍部ダムが表面遮水。10年ぐらい前にできたダム。なぜこんなところにと思ったが・・・。

(中村)苫田鞍部は非常にまずい例。これは表面遮水壁型の例として載せてはいけない。表面遮水は上下流面の勾配が立っていないといけない。これは勾配が高さ1に対して横が2。本来表面遮水壁型は高さ1に対して横が1.7ぐらいの勾配でなくてはいけない。それで十分安定する。苫田鞍部は本来のものではなくて折衷案。一番安くできるのはCFRD、表面遮水壁型。世界的に見て、これが主流。材料も少なくて済む。環境にもいい。日本では本格的なものがない。韓国では主流になっている。

(萩原)最後に、アースダム。土手や堤防と同じなのかなーと。農業用の溜め池に使われている。元々ダムとして整備したと言うよりは、地元の人が水がほしくて造っていたのが、明治に河川法で、15mあるからダムにされてしまった・・・。


(中村)その通りですね。ただ土手や堤防と一緒にされては困る。土手や堤防は水を支えているだけ。ため池は水を貯めている。土手や堤防は1週間水を貯めたら、至る所で壊れる。

(萩原)地元の人がダムだと思っていない。訪ねていくと、地元の人が何しに来たかと、地元の人の視線が痛い。鳥口さんは見たことあります。

(鳥口)ないですね。

(takane)見たことはあるんですね、たぶん。でもアースダムと認識していない。
 アースダムを造るとき、中にコアを造ってとかあるんですか。


(中村)ゾーン分けをしているのはかなりある。水が通りにくい部分、丈夫な部分とかとゾーンに分ける。中の方は水が通りにくくして、外側は丈夫にする。でも、基本的にはフィルダムの中を均一型とゾーン型に分けている。構造例で。均一型がアースダムだということになって、それは40m以上ができない。

(萩原)もう一つあった。コンバインダム。今あるのは、重力式とロックフィルがつながっているの。左右岸の強度が異なる場合に採用されるとどこかで読んだが。


(中村)重力ダムを造り、それを山と考えてその脇にフィルダムを造る。接合部が一番弱い。そこの設計が難しい。

(takane)これ、やむを得ずそうするんですか。全部重力とかではだめでとか。

(中村)どっちが安いかだ。

○放流設備

(萩原)もう一つ放流設備、違いを見るのもおもしろいので。一番ポピュラーなのはローラゲート。単純に鉄の板を上げ下げする。クレストゲートに使われるのが多い。

(takane)ローラというのは、両側にローラがついていると言うこと。それで滑りやすくする。平べったいのはまずローラゲート。

(萩原)それからもう一つ同じぐらいポピュラー、ラジアルゲート、あるいはテンターゲートとも呼ばれる。扇型の水門を扇の中心を支点にして回転・・・。
 で、最近、引っ張りラジアルゲートが登場。反対向きにして。鉄が圧縮より引っ張りに強いと。



(中村)まさに理屈で設計した結果だ。ラジアルゲートを設計して辛いのはザクツ。腕がくにゃっと曲がってしまう。その補修に金がかかる。引っ張りの場合、自転車のスポークと同じで、強い。だが、造りにくくて困る。

(萩原)これは数が多くないですが、フラップゲート。油圧で下流側に倒れる。水が上を乗り越えて放流ができる。


(中村)川の堰によく使われている。機能的には非常にいい。大きなものは出来ない。

(萩原)シリンダーゲート。望遠鏡を縦にしたような形で、伸び縮みできて、一番上の覗く部分に穴が開いている。伸び縮みできるので、いろんな水位に対応できる。


(中村)普通、取水ゲートとして使われる。上に朝顔のようなものをつけて洪水吐きに利用することもある。

(takane)ダム穴というものですか。

(萩原)あとバルブというものがあって、2つほど。
 まず、ホロージェットバルブ。放流感の中に弁がついていて、勢いを殺しつつまっすぐに水を飛ばすことができる。もう一つが、ハウエルバンガーバルブ。放流管の外側が開いて、水が霧状に広がって飛ぶ。黒部ダムが、観光放流もあって有名。



(萩原)これで基礎知識は終わり。これだけでお腹いっぱいかも。

(takane)やってよかったなみたいな。すごい勉強になった。

 
 
【ダムのデザイン、どうしてこうなった】

 ここで10分ほど休憩。
 そして、いよいよ本題の「ダムのデザイン、どうしてこうなった」に入る。3部構成で、その「第1部 戦前のダム -文化財的なダムたち-」。萩原さん、takaneさんが、それぞれいくつかのレポートを用意しているようで、まずは萩原さんから。
 



 
○笹流ダム

(萩原)本庄水源地堰堤。これは表紙に使っているだけで・・・。
 気になっているのは笹流ダム。日本で最初に造られたバットレスダム。函館。もうちょっと上流に新中野ダムがあって、ダム公園があって、北海道のダムのミニチュアがある。ダム版東武ワールドスクエアー。


(萩原)最近の公共建築の「中世ヨーロッパの城」はたいていひどい。黒部川の発電所。で、笹流ダムは、素直に「中世ヨーロッパ」と。嫌みがなく、過装飾でもなく、すてきだなーと。


(萩原)完成は、1923年。90年近い。最初に完成したときは格子が細い。

(中村)設計は、小河内と同じ小野基樹さん。資材がない時代だったんで、できるだけ細くした。それで、その後風化して、そばによるとわかるが、鉄筋が露出している。改修は、それをかぶせただけ。



(萩原)昭和11年に、世界ダム会議があって、北欧の事例で凍害が報告された。日本では、たぶんそういう事例がなかったんだろうと思う。小野さんが会議に出席していて、これはやばいと函館市に改修を助言。函館市が調べてみると痛んでいることがわかった。20年代か30年代かに1回補修した。そのあと、50年代にもう1度調べた。もう1回改修することになった。元々のダムの周りにコンクリートを。板も、痛んでいるので、下流側にもう1枚板を造った。ほとんどバットレスダムをもう一つ造ったようなもの。
 華奢なバットレスもすてきだが、縦ラインが強調された中に横ラインがある、これもすてき。計算の結果出てきたんだと思うが、飾らないすてきさがいい。



(中村)そのとおり。日本でなぜ今造られないかというと、バットレスは横方向の地震に弱い。それでもここまで厚くすれば大丈夫。

(鳥口)ホテルっぽいですね。

(萩原)団地っぽいと言ったら、団地好きの大山さんに怒られた。


 
○石積みダムの積まれ方

(takane)続いて、石積みダムの話。日本でコンクリートダムが最初に造られた時期は、表面に石が使われた。



(中村)石を積んでいって、その中にコンクリートを入れているだけ。メイソンリーと言って、昔からやっている。今は石を張る技術が大変なので、コンクリートブロックでやっているのが増えている。プレキャストと型枠の先祖。
 ついでに、粗石コンクリートとあるが、コンクリート節約するために大きい石を放り込む。周りは普通のコンクリート。最近砂防ダムなどでも、合理化施工でやられている。いかにも良さそうだが、ブリージングと言って、大きな石の下のコンクリートから水が上がってきて、出所がないからそれが石の下に張り付いて、そこが水みちになってしまう。それで、今はやらない。

(takane)次に具体的な例。北九州の河内ダム。今も使われているようだ。それから、豊稔池ダム。 この積み方は布積みと言って、石を煉瓦みたいに積む。目地が横に通っている。だいたいダムの石積みは布積みが多い。




 代わって、砂防ダム。これも石積みが結構多い・・・。(以下砂防ダムの例が多数)


 何で砂防の話を突然始めたかというと、砂防ダムは昭和30年ぐらいまで石積みが造られた。途中から積み方が谷積みというものになった。斜めに互い違いに。


 ダムでも、それっぽいものもある。発電用の大津ダム。1931年。見え方が違うが谷積みっぽい。


(中村)石は種類にもよるが、非常に耐久性が大きい。また、耐摩耗性が非常に優れている。現地の石を使えば減らない。黒部川は越流部の摩耗で困っていて、一番いいのは石だが、きっちり石を積む技術が難しい。

(萩原)石は、型枠として使えて表面の摩耗も防げる、一石二鳥。

(中村)石積みの技術が継承されていればこういうのをずっとできる。見た目もいいし。

(takane)普通のダムで谷積みを見てみたいと思って探したらあった。山梨県。先々週行ってきた。車で行けなくて、1キロぐらい歩いた。普通のダムの形をしているが谷積み。上栗沢川ダム。




(萩原)導流壁もきちんと石で積まれている。

(takane)もう一つ。尾口第一ダム。石川県の白山の山麓。かつてこんな感じだった。摩耗しきって、傷だらけのダム。凍害でやられていることと、上流が土砂で・・。



 最近リニューアルされた。こだわりの部分。上の部分のカラーは環境に配慮。化粧型枠を使って装飾。でも、修復したばっかなのに、木が貯まっている。またえらい目に遭うんだろうな・・・。厳しい環境でがんばっているダムとして、紹介しました。

 続いて「第2部 戦後のダム -質実剛健ダムたち-」に入る。今度は萩原さんの報告。


 
 
○有峰ダムの堤体はなぜS字を描いているか

(萩原)北アルプスの麓、周りを見ると黒部、高瀬が近い。各電力会社のエース級がいっぱいあるあたり。「孤高の戦士」とか「北陸の王者」とか勝手に呼んでいます。


 堤体が折れ曲がっている。何でこんなややこしい形をしているのか。


 実は、堤体が折れ曲がっているダムは他にもある。これは南川ダム。ネーミングライツを宮城県が募集。クレアリアという会社が落札して、クレアリア南川ダムになった。


(takane)クレアリアって何の会社なの。

(中村)主にダムをやってたINAという建設コンサルタントがあって、南川ダムはそこが設計している。そのINAがファンドに乗っ取られて、クレアリアという名前になった。

(萩原)ダムサイトというサイトをやっていて、始めてからたぶん11年くらいになるが、始めて何ヶ月もしない頃、専門家の方から親切なメールを頂いた。お名前が書いてあったので、ネットで検索するとINAという会社のかなり偉い方だった。そのお名前が中村靖治さんだった。僕が初めて接触したダムの中の人。

(中村)極端な例だ。右と左の堤趾導流壁の長さが全然違う。下の川幅に合わせて越流部を造ればいいが、そうすると越流深が大きくなってしまって、ダム高が高くなってしまう。それで、堤体いっぱいに越流部を造ったのがこれで、今ずいぶんはやっている。開発者は私なんですけど。
 何で堤体がこんなに曲がっているかというと、地質のいいところを選んで造ったらこうなった。曲げると応力計算が難しくて・・・、曲げたくはないんです。

(萩原)一番すごいのはこれ。下久保。直角に曲がっていて、監査廊も直角に曲がっている。



(中村)本当は二つのダムを一緒にした。普通なら角に大きいブロックを造って、両方のダムをそこにつける。そうせずに面倒な計算をしたんだろう。

(萩原)また有峰ダムに戻って。有峰は山に囲まれた高原の盆地だった。昔から発電の開発計画があった。昭和初期に富山県が高さ50mのアースダムを計画。資金的に難しくすぐ中止。
 その後昭和12年にまた県が高さ110mの重力式ダムを計画。昭和12年に110mはものすごいでかい。壮大な計画。実際掘削をし、コンクリート打設もした。戦争になって昭和18年に資材がなくて中断。堤体が20パーセントぐらいできていた。そのまま放置された。


 昭和30年に北陸電力が再事業化。高さを140mに変更。31年に旧堤体を包み込む形で工事を再開。左岸上部に新堤体をつけて山に接続した。工事再開からわずか3年後に完成。



(中村)当時は24時間、土日無しで打設。今は夜は休みだとか土日休みだとかたるんだことを言っている。休まなければかなりコスト節減になる。機械設備が大きくて、休むとそれを遊ばせることになる。きちっとローテーションを組めば問題なくできるはずなのに。

(萩原)有峰ダムのS字には、日の目を見ることがなかった旧堤体の存在が現れている。


 ここで休憩10分。アンケートにあった質問に中村さんが答えていた。排砂ゲートについて丁寧に説明していた。本題に戻り、萩原さんの報告。

 
 
○上椎葉ダムと一ツ瀬ダムの兄弟説を検証する

(萩原)このテーマは昔からやりたかった。両方とも九州電力のダム。上椎葉ダムは、最初のアーチダムで、しかも日本初の100mを越えたダム。



 左右両岸にクレストゲートがあり、そこからスキージャンプ式の洪水吐き。両側から流れ出た水ジャンプ、空中でぶつけて勢いを殺すというすごい構造。


(中村)その方式は標準的なものだ。

(萩原)そうですか。スキージャンプ式の洪水吐きからの放流を一度見てみたい。しかし山奥なのでなかなか見られない。なぜアーチダムとして計画されたのか、なぜ両岸スキージャンプ式の洪水吐きか。
 当時の工事誌は設計についてほとんど書いてない。1行あるが・・・、よくわからない。
 上椎葉ダムは昭和30年完成、その後8年後の昭和38年に一ツ瀬ダムが完成。高さ130m。当時九州最大のアーチダム。黒部が完成した年。もしかしたら一瞬日本一だったかも。九州電力の発電ダムでアーチで、左右両岸にスキージャンプ式洪水吐き。この一致は偶然ではなく、何かの意志が働いたのではないか。
 文献を調べると、一ツ瀬は当初からアーチを前提にした節がある。何としてもアーチにしたいという意志が見える。当時アーチダムが全国で造られていて、きっとアーチを造りたかったのでは・・・(以下、オーバーハング、洪水吐きの文献にある説明を紹介)。洪水吐きについて「この設計は上椎葉の型式を踏襲した」とあったのを見て、図書館で小躍りをした。似せたいという意志が働いているのでは。







 似せたいと言ったことは現場であるんですか。

(中村)それはない。技術屋としてはできたら違うものを造りたい。似たのは結果ではないか。よく統一がいいと言われるが、たとえば隅田川の橋梁は全部形が違う。

(鳥口)ミュージシャン的に言うとカバーしたと。

(萩原)セルフカバー、この場合は。
 もう一つ感じている「意志」があって、一ツ瀬ダムは大好きですが、天端アーチダムにしては平らで、何も飛び出たものがない、クレストゲートも上に何もなくすっきりしている。ゲートの機械室をゲートの脇のコンクリートの中に配置し、その天井は天端の柵ときっちりそろえてある。



(中村)立派ですね。

(萩原)入るためにちっさな扉がついている。出っ張らないように小さくしてある。コンジットゲートには予備ゲートが備えられているが、クレストの脇にきれいに収まるようになっていて、機械室もクレストゲートの機械室と同じところに入れてある。



(中村)見習うべきです。

(萩原)こんな細かなデザインは誰かのこだわりがあるのではないか。

(萩原)次にもう一つ。下流に杉安ダムという発電用のダムがある。一ツ瀬ダムからの放流を調整して下流の流量を安定させる、逆調整をしている。


(takane)逆調整って変な日本語ですよね。

(中村)発電側から見ると、発電に都合のいいように調整するのがダムで、それを逆にしているので逆調整。日本語としてはおかしい。韓国では調整ダムと言っている。

(萩原)杉安ダムは一ツ瀬ダムとコンビを組んで仕事をしている。堤高は低く、川幅は割と広い、重力式でもコストはあんまり変わらないと思うが、アーチダムを造っている。当初は重力式だった。文献の説明を見ると、どうしてもアーチにしたい、アーチにしがみついている感じだ。一ツ瀬ダムとおそろいにするために、はじめからアーチありきで計画したと言い切れるのではないか。

(中村)杉安ダムはアーチダムには見えない。単に軸を曲げてるだけ。クレストより下は完全に重力式。

 ここで第2部が終わったが、第3部に入る前に洪水吐が堤体と違うところにあるのはなぜかについての疑問に、中村さんが答えた。

(萩原)第3部に入りますが、その前に一つ疑問。小河内ダムの洪水吐きはなぜ堤体とは別のところにあるのか。矢木沢ダム、池原ダムなども堤体と違ったところに洪水吐きがある。


(中村)コンクリートダムの場合は、堤体の上に洪水吐きを置かなくてはならないわけではなくて、置いてもいいと言うこと。フィルダムの場合は、堤体の上、中、下に置いてはいけない。土や石の構造物は水に弱いから、もし水が漏れると壊れてしまう。だから、堤体に洪水吐きを造ってはいけない。コンクリートの場合は、どこでもいい。
 世界中には、堤体と関係ないところに洪水吐きがあるダムがいくらでもある。洪水が吐ければいい。柔軟な考え方をすればいいのに、堤体に造らなければいけないと言う固定概念で設計している。
 何が悪いかというと、昭和50年頃におおむねダムの設計マニュアルが完成した。その頃ダムがたくさん建設されたので、ダムの技術者が足りなくて、マニュアルに基づいてやればいいと言うことになった。それでその後、マニュアルの勉強したら、もうダムのことはわかったとそれ以上勉強しなくなった。古いダムは一つ一つ考えて造った。昭和50年以降はつまらんもんばかり造っている。

 
○四万川ダム

(takane)それでは四万川ダムの壁面の話。群馬県のダム。水が青い色。原因はわからないようだ。堤体の表面に飾りが彫り込んである。型枠で造っている。



 何を使っているか調べたらすぐわかった。積水の製品。ランマットというので、5種類ある。これを組み合わせる。サイズがあって、計ってみたら、カタログにあるL使っている。価格表もある。Aは1万586円。



 ダムのコンクリートを打つとき、一定の高さで打っていく。1リフトが75センチ。これと型枠の高さが一致しない。


 なぜこうしたか。工事誌には景観に配慮してとあるが、なぜあの形かは書いてない。近くに坂本ダムがあって、その再開発でもランマットが使われていた。坂本ダムの工事誌には理由が書いてある。大きな模様を選んだと。細かだとうっとうしいと言うことか。坂本ダムと四万川ダムは年代がそれほど変わらない。





 古いダムは布積みなどが使われていたが、それを参照した形跡がない。突然出てきた。
 日本全国に12カ所、似たような石積みっぽいものが採用されているダムがある。


 
 
○新滝の池

(takane)もう一つ。新滝の池。大阪にある。重力式コンクリートダムだが、下流面が木に覆われている。堤体は赤い。1990年に造られた。ダムとは見えないが、洪水履きのところを見るとダムっぽい。




 情報がないのでツイッターに書いたら、夜雀さんが仲介してくれて、設計をした会社に教えてもらえた。建設残土の処理に下流面を使った。



 土捨て場として使うだけでなく、重機の進入路を持った土を使った。重力式だが、アーチ状になっている。地形が右岸側が低くて、元々右岸側に川があった。左岸側に洪水吐きがあるが、アーチ状にすることによって元の川に洪水吐きがまっすぐにつながる。洪水吐きを端っこにやると、重機が下流の盛り土の部分から入りやすい。



 赤いのは、設計者の趣味で琵琶湖疎水の色を見習った。際物だと思ったが予想外に奥が深かった。


(萩原)もう時間が、何と9時。まだネタが全然ある。どうしましょうか。



○三春ダム

(萩原)鬱憤を抱えているダムがあって、三春ダム。高さと幅を見ると効率のいいダム。何でこんないいダムに石垣のデザイン。どうしてこんなになっちゃたのか。驚いたのは洪水吐き検討経緯が予想もしない展開。1期ではフラップゲートがずらっと並んだかっこいい計画だったが、最終的には普通になった。



 景観設計を積極的にやったと説明されている。その結果がこれかと思ってしまう。柔らかさのあるコンクリートの堤体・・など、よくわからないことが書いてある。それが石積み模様になぜなった。(以下工事誌を読む。途中つっかかって)どっかで丸で切ってほしいですよね。・・・


(中村)読むなよ、くだらない・・。

(萩原)なぜこんなデザインになったかわからない。


 
 
○横瀬川ダム

(萩原)最後におもしろいダムの話を、中村さんに。高知の横瀬川ダム。まだ工事には入っていない。この絵を見るとなんか違和感を感じる。


(中村)直下にちっさな滝があって、これをどうしても残せと言われて減勢池ができなかった。非常用洪水は、堤趾導流壁で納まるが、コンジットは真ん中にあるので、どうしようかとなって、いろいろ検討して、横に振り分けて、両岸に流す。ところがこれでは大変なことになる。そんなことしなくたって、穴を両側に開ければいい、そう忠告したが受け入れてくれない。工事が大変で、すごい苦労。あほな設計をしている。



 いいダムなんだけれど、ここで失敗している。コンジットは中央にあるという固定観念にとらわれているからこんなあほな設計になる。

(萩原)という感じで、変なダム、いいダム、いろいろ見てきましたが、最終的にはダムで安心安全な生活が守られれば変な形には目をつむってもいいかなとは思うんですが、でもかっこよければなおさら嬉しいなという結論で、終わります。ありがとうございました。

 ということで、終了したが、用意したものがまだまだあるようで、この後、9時半頃から同じ場所で二次会があって、萩原さんが残りを簡単に説明。観客も間近で、飲み食いし、和やかな雰囲気、さらにはほろ酔い気分もあって、観客がマイクを握る光景も。 



 二次会は続くが、そろそろ電車も気になる11時前に会場を後にする。外は満月の夜、ゆりかもめもがらがら。どうにか最終電車で1時前に帰宅。 




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(平成23年8月作成)
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 (中村 靖治)
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