ダム流域に降った雨は当然のことながら貯水池に流れ込んでくる。流域が大きければ、もともと流れ込んでいる量が多いから、降雨直後に流れ込む水の量は、率としてはそんなに大きくない。流域が小さいと、あっという間に増加する。流域の形にもよるが、100km2以下の流域だとまず1時間以内に流れ込んでくる。
ダムのゲート操作というのは、洪水調節を目的としていれば、流入してきた量の一部を貯め込み、残りの量を放流する。洪水調節を目的としていないダムであれば、貯め込む必要のない場合は、原則として、流入してきた量をそのまま流す。
この流入してきた量をどうやって測るかというと、貯水位の変化から計算する。10分間に10cm水位が上がったとすれば、その水位での貯水池面積をかけて、10分間の流入量とする。もちろん、その間に放流を行っていれば、その分も流入量としてカウントする。
それで何の不思議もないし、どこも間違っていない。ところが、この貯水位を測るのがはなはだ難しい。水位計を設置すれば、瞬間の水位は間違いなく測れる。しかし、風が吹けば貯水池には波が立つし、洪水のときなどは貯水池全体が揺れる。これをセイシュとよび、静振などというまことに見事な訳語が当てられる。
だから、瞬間瞬間に測定される水位が貯水池全体の水位をあらわしているとはいえない。単純な波であれば、平均を取れば消すことができそうだ。だから2秒毎の測定値を30個集めて平均し、それをその測定期間の水位とする。この計算はコンピュータの中で自動的に行われ、分毎の水位が示される。
それでいいかと思っていたら、放流もしていないのに水位が下がることがしばしばある。水位の差分から流入量を計算すると、(どこかから漏水でもしているのでない限り)水位が下がるということはマイナスの流入量ということになる。そんなことはありえないから、その場合は流入量0と表示することでお茶を濁している機器もある。マイナスはもちろんありえないとしても、周期的に流入量が0になることも考えにくい。これは貯水池に発生する波のせいだということになり、水位の平滑化ということが行われるようになった。これまた単純に考えれば、移動平均を次々と取っていけばいいように思えたが、単純な移動平均を取るのでは周期成分を消すことができないことが理論的にわかった。
それでフーリエ級数や重みつき移動平均をとる手法などが考えられ、それでおおむね波を消せることが分かったが、困ったことに平均を取ったり級数を当てはめる時間分だけ、結果が出るのが遅れることになってしまう。その遅れ時間を小さくする工夫もされているが、どうやろうとリアルタイムで結果を出そうとすれば予測を取り入れざるを得ず、精度が落ちることになる。(このあたりのことはここで説明するにはいささか難しすぎるので、興味のある方は、たとえば、http://www14.ocn.ne.jp/~damtec-z/などを参照されたい)
そこで、精度を採るべきか時間遅れを減らすべきか、ハムレットのように悩むことになる。もちろん、洪水の最中にそんなことを悩んでいる暇はないから、採用されている方法をただひたすら正しいと信じて、操作を行うのである。
(これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事の転載です。)
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