よく使う用語であるのに、どこかの機関できちんと定義しないものだから、未だにバラバラという用語がいくつもある。ダム用語であれば、日本大ダム会議かダム工学会かもっと包括的には土木学会ででも決めればいいのだろうが、実務的には困らないので、どこも手をつける様子がない。
まず、「余水吐き」。英語ではspill-wayであるから、訳語としては問題ない。「余水路」という言い方もあり、こちらの方がより忠実な訳ということになる。「余水吐き」については送り仮名がついていることで、用語としては落ち着きが悪い。しかし、送り仮名がないと余水吐けと読まれる恐れがあり、事実そう読む人も決して少なくない。
必要以上の水を放流する設備であるから、「余水吐き」で一向に構わない。しかし、構うと考えた人がいるらしい。今となっては誰だかわからないのだが、洪水調節をやるダムで、計画以上の洪水を余水といっていいのか、計画の範囲内の洪水を調節して放流する設備は「洪水吐き」と呼ぶ、それを超えたら途端に余水といっていいのか、と考えた人がいるらしい。そこで「常用洪水吐き」と「非常用洪水吐き」という用語ができたようだ。
余水吐き?洪水吐き? 「常用洪水吐き」など、単に放流設備といってもいいような気がするが、雨の降っていないときに、利水用の放流をするのが放流設備であるという整理をしているらしい。それで、洪水調節を担当する当時の建設省の政令である「河川管理施設等構造令」には、「余水吐き」ではなく、「非常用洪水吐き」と表現されている。
ダムの中には通り道が作られている。これはギャラリと呼ばれ、より丁寧には英語で、inspection gallaryという。これも忠実に訳せば「監査廊」だ。ずっとそう呼ばれてきていたのに、いや必ずしも監査のためにだけ通るのではなかろうというので、「通廊」という言葉が出てきた。広辞苑にも出ていないような言葉を使うこともないと思うのだが。
グラウチングもそのたぐいだ。グラウトというのは岩盤内の亀裂を詰めて止水するためのセメントミルクなどの材料を指す名詞であるが、その材料を使って止水するという動詞でもある。だからグラウトするのではなく、グラウチングするというべきだと主張する人がいた。そんなことでもめてもしようがないからそれが通ってしまったが、日本語としてはグラウトするで一向に差し支えない。なんの紛れもない。
バッチャプラント、バンカー線というのも不思議だが、既に書いたことなのでもう言わない。
砂防ダムという、世界的にも知られている用語を使わないようにしたということをご存知だろうか。ダムバッシングが激しいときに、砂防ダムはもともと(貯水)ダムとは違うし、昔は砂防堰堤といっていたのだから、今後は砂防ダムという言葉を使わず砂防堰堤というと、河川砂防技術基準を改訂するときに宣言した。ただし、堰という字が当用漢字にないので、「砂防えん堤」というまことに座りの悪い名前を使うことになってしまった。 同じ省の同じ技術基準の中で、「ダム」という用語と「えん堤」という用語が並存するというのは、いかがなものであろう。
(これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事の転載です。)
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