ダムとそれに接する地面により形成される3次元の閉空間を貯水池という。なんというしかつめらしい表現をするのだとお思いであろう。例えば広辞苑を引けば「水を貯えておく人工の池。云々…」とごく自然な説明がある。しかし、それではこれから書こうとしていることの前段にならないのである。これでも、できるだけ簡潔に書いたつもりだ。 もっと厳密にいえば、地面には「その地下構造を含めた」という修飾語が欲しいし、「ある時点で水がなくとも、貯水池であることの存在意義は必ずしも否定されない」などと、ややこしげな注釈までつけたくなる。
わが国のように地形図が整備され、原則的に誰でも利用できるようになっている場合、ダムサイトの選定はその地形図を利用して机上で行われる。さらに5万分の1地質図が手に入れば、それも参照しながら候補地を決める。
最初に現地で行われる調査は地質踏査である。知らない人が見れば、ただ歩いているだけである。地図を見ながら、時折ハンマーでそこらの切り取り面の石を叩いたり、コンパスのようなものをあてがったりする。沢があれば、とにかく入り込んでみる。 実は、これがスタート時点で最も重要な調査である。この調査が不十分であると、のちの調査に手戻りが生じたり、極端な場合はそのダムサイトを放棄して、新規蒔き直しといった事態に発展したりする。だから、この調査はその地域の地質に通暁したベテランの地質技術者が当たるべきである。初期の調査に力を入れるほど、のちの調査が楽になり、効率的になる。
地質踏査の三種の神器 いたずらに、調査ボーリングの数を誇るべきでない。最終的には漏れのないようにグリッドを埋めるような調査ボーリングも必要となるが、はじめはダムサイトおよび貯水池周辺の地質構造を明らかにする調査に重点を置くべきである。
ダムの基礎地盤で重要なことは、ダムを支えるだけの強度があるかどうかと、致命的な漏水が発生しないかどうかである。貯水池周辺では湛水による地すべりの発生と流域外への漏水に注目する。これが地面に関して「その地下構造を含めた」と修飾語をつけようとした意味だ。 火山岩地帯では、むかし川が流れていたところが火山灰で埋められ、平気で周りの固い岩盤と同じような顔をしている地形がよく見られる。伏谷、埋没谷などと呼ばれ、流域外への漏水の原因となる。
調査の成果は地質図という形で表されるが、その地質図は地質の構造がわかるようなものでなければならない。単にここにこういう石がありますという塗り絵であってはならない。ある基盤の上にこういうものが積もったとか、下から抜いてきたとか、何らかの仮説を作ってそれを表現する。その仮説を証明するための調査を行い、証明できなければ他の仮説を考える。 データが少ないから仮説が作れないというのは、技術者としての能力不足を告白しているに過ぎない。少ないほど仮説はつくりやすい。ただ間違った仮説である可能性が高いだけである。間違った仮説を唱えることを恥じてはならない。仮説なしで闇雲にデータだけが増えると、逆に手に負えなくなってしまうこともある。
(これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事の転載です。)
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