《このごろ》
ダム随想 〜 北の国から

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 1962年に金山ダム建設事務所に赴任した。本体発注直前という時期で、積算に追われていた。使う道具は、そろばんと手回しのタイガー計算機。最新型のリレー計算機というものが1台だけ配置されていたが、幼稚園や小学校にあるオルガンくらいの大きさのもので、性能は今なら100円ショップで売っている電卓程度のもの。しかもしばしば故障するので、あまりあてにはしていなかった。技術計算では計算尺というものが活躍していたが、これは掛算割算専用で、しかも有効数字3桁という代物だから、積算には使えなかった。


 北海道では現場仕事は雪のない半年にほぼ限られていた。現場仕事の出来ない冬期に山の中の現場にいることにはあまり意味がないので、冬場は本部のある札幌で仕事をするようになっていた。半年ごとに引越しをするわけにはいかないので、現場が始まると、まずは本部に集合し、全員マイクロバスで現場に向かう。当時、札幌と現場の間は5時間かかった。石狩川沿いの国道5号線と空知川沿いの国道38号線を使って行く。

 国道とはいえ、舗装されているのは市街地部分のみで、他は砂利道である。砂利道は整備さえされていれば普通に走れるし、ましてや雪が積もってしまえば舗装路とほとんど変わりがない。ただし、これには春先を除いてという限定句がつく。

 春先はどうなるのか。冬の間に凍上した路面が、暖気と共にぬかるんでくる。凍上とは地面の下の水分がレンズ状に凍って、それが次々に発達し、地面が持ち上げられることをいうが、空気をたくさん含んだ積雪の下では、雪が断熱材となってあまり発達しない。ところが、国道ともなると頻繁に除雪が行われるので、常に断熱材なしの状態に置かれ、寒冷地では凍上深が1mを超える。これが春先になると一斉に溶け始め、夜になると溶けたところがまた凍るなどということを繰り返し、ついには一面泥濘と化す。こうなるとまるで田んぼの中を車で走るような状態となる。

 除雪などされない脇道は雪解けが終わると比較的早く常態に戻る。ダムの現場は富良野からさらに50kmほど空知川をさかのぼったところにあるが、この間がいわゆる凍上の名所で、結局脇道を探していくことになる。その脇道が通るのが、それまで聞いたこともない麓郷という集落だった。空知川が氾濫したときも、国道が水没するので、この麓郷回りの道をつかう。店ひとつある集落でもなし、単に符牒として麓郷回りという言葉を使っていた。

 それから10年以上も経ってからだろうか、突如この麓郷が全国的に有名なところとなった。そう、一世を風靡したTVドラマ「北の国から」の舞台になったのである。

 現場には寮を作り、少数の現場採用の人を除き、全員単身赴任である。本部との連絡や、一時帰宅にこの道を度々往復する。そんなことで、個人的には非常に親しみのある土地だったのである。ドラマの中で筏下り大会をやる空知川の流れも、流況調査や何かで、実際に同じところをゴムボートでくだり、沈(チン)もした。富良野に飲みに行くと、ドラマと同じような場面が展開された。

(これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事の転載です。)

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(2011.10.26、中村靖治)
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