先月書いたルジオン値のルジオンはこの値を提唱した人の名前である。19世紀から20世紀にかけて活躍していたフランス生まれの地質学者で、主にアルプスを舞台に地質調査を行なっていた。この人の行動や考え方を見ていると、学者というより技術者と呼びたいが、スイスの大学で教鞭をとっていたのだから、学者には違いなかろう。
フランス語で、ボーリングコアのことをニンジンという。これを言い出したのも、どうやらルジオン氏らしい。アルプスの縞模様の赤色チャートなど見ていると、たしかにこの岩盤のボーリングコアはニンジンのように見えるだろうと思う。だからといって、これは仲間うちの業界用語などではなく、普通のフランス語の辞書を引けば、「円筒型の土壌標本」などという訳語がちゃんと載っている。
ニンジン・菓子パン・飴 面白いのがスペリングで、フランス語ではcarotte、英語ではcarrotと発音はほぼ同じだが、子音字のダブリ方が違っている。英語のほうには上のような訳語は載っていない。
日本語で「アメとムチ」というが、フランス語では「ニンジンかムチ(あるいは棒)か」という。ニンジンなど子供の嫌いな食べ物の代表のようなものだから、アメのかわりにはならない。馬はニンジンが大好きなことになっているから、馬を相手に言うのならわかる。
ではなぜ日本語ではアメになってしまうのか。日本ではムチもあまり普遍的ではない。そう思って調べ出したら、「アメとムチ」は広辞苑には載っていなかった。そうなると頼りになるのはパソコンで、いろいろ見ると、元はドイツ語であって、鉄血宰相ビスマルクの社会主義運動に対する政策を評した言葉であったとある。ただし原語ではアメではなく、菓子パンを意味する語であった。ドイツならムチは不自然ではない。小学校のオシオキにもよく出てくる。
ついでに英語を調べたら、これもニンジンを使っている。ただしフランス語のようにorではなく、ドイツ語と同じようにandを使っている。意味合いはどの国の言葉も同じようであるが、ドイツは為政者が巧妙に使い分けているように聞こえ、フランスはどっちにするかと聞いているようで、どことなくニュアンスの違いが感じられるのがおもしろい。
それにしても、菓子パンがニンジンやアメになるのはどうしてか。体罰を思わせる菓子パンとムチという言葉を避けるために、馬に置き換えてニンジンと棒にしたのがフランス語なのだろう。まさか、叩くのにボーリングコアがいいか、木の棒がいいかと聞いているわけではあるまい。
では、日本語でアメになったのはどういうことか。これには全く手掛かりがないし、いつから使われだしたのかもわからない。菓子パンよりはアメが好きなドイツ語の先生が、勝手に意訳したのではないかと想像するしかない。どなたかご存知の方がいたらお教え願いたい。
ダムにはほとんど関係のないトリビアでした。ついでのことに、カット写真は近所のスーパーで買ってきた菓子パンとニンジン、アメです。ニンジンは京ニンジンがもっともそれらしく見えるのですが、近くでは売っていないし、カラーではないので、あり合わせのものにしました。
(これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事の転載です。)
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