《このごろ》
ダム随想 〜 ダムの用地買収の範囲

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 ダムを作って貯水池にしようと思えば、水没する土地は買い取らなくてはならない。土地だけがあって、別に使われてはいないのであれば、値段の交渉だけで済むはずだが、そこに生活の根拠があったり、その土地を農業や林業など、生産の場として使っていれば、それなりの補償が必要となる。

 用地交渉に関してはいずれ何か書こうと思っているが、今回はどの範囲まで買うのかという話である。水に浸かってしまうところを買い取るのは当然だろう。しかし、波をかぶったりして、今までとは条件が変わってしまうところもある。ダムの最高水面プラス2mということでやっていた時期もあった。ところが2mというのは高さのことだとダムを造るほうでは思い込んでいたのだが、地主にしてみれば土地の取引というのは平面図で行うのだから、水面から水平に2mであると主張する人が出てきた。

 そのもっとも強硬な主張者は当時の営林局であった。国同士のことであるから、ある限度以下の面積であると、手続きをするだけで、土地代は営林局に入ってこない。だから独立採算制を取らされていた営林局としては、ただでふんだくられる土地の面積は極力小さくしたい。そんなことでもめているダム事務所もあったので、用地買収範囲はダムの天端高さとするという通達を出した。そこまでは水が来る可能性があるということだから、文句はあるまいという理屈だ。

 ただし、フィルダムの天端は堤体越流が生じないように、コンクリートダムの天端より1m高くするという原則があるので、ダム形式の変更によって用地買収範囲が変わってしまうということがないように、フィルダムの場合は天端より1m下ということにした。

 ダムの天端高さというものはいろいろな要素を考慮して決められているため、一言で説明することが難しい。それでも、技術的に必要な高さを検討したうえで決められた数値だといえば、説得力はあるので、現在はそれで通用している。

 ところが、韓国で仕事をしてみると、かの国では用地買収範囲はサーチャージ水位となっている。計画洪水は確率200年分の1とするのが普通なので、数字的には日本の設計洪水位に近いものになるが、いずれにせよ計画をオーバーした洪水については責任を持たない、必要なら補償で対応するというのだから、それなりに筋が通っている。

 ところが、そうなると自由越流堤の計画をすることができない。自由越流堤というのはサーチャージ水位に越流天端を設けて、計画以上の洪水が来たときには、ゲート操作をすることなく洪水を放流できるという仕組みだが、そうすると、越流水深分だけは必ず水位が上がってしまうことになる。まあ計画を超えたときの話であるから、これも補償で割り切ることも可能だと思うが、結果として水に浸かってしまうのと、設計上必ず水位があがってしまうというところで、やや舌をかみそうなところがある。

 このようなところは、ダムの企業者がそれなりの哲学を持って処理すべきことだと思うので、単なる技術指導をしている立場では口を出しにくい。官の人にであればそれなりに意見を言えるが、設計を請け負っているコンサルタントに言ってみても、結論を出しようがないのである。

(これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事の転載です。)

(2010.2.9、中村靖治)
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