《このごろ》
ダム随想 〜 アーチダムの設計−傾斜アーチ−

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 昨年末の第3回ダムナイト「大忘堰会」は萩原さん(ウェブサイト 「ダムサイト」管理人、「ダム日本」763、776参照)のスイスのダムめぐりの話と写真で大いに盛り上がったが、それで思い出したダムがある。筆者が大学生のときに雑誌で見たフランスのダムであるが、その美しさもさることながら、設計の発想に驚いた。1962年に完成したフランスのロズランダム(Roselend dam)だ。

 写真で見られるように、ドーム型のアーチの両翼にバットレスダムが載っているという構成になっている。高さは150m。貯水池の横を通る国道925号がツール・ド・フランスのコースになったりするから、貯水池の写真はご覧になった人もいるかもしれない。


 アルプスには深く切れ込んだ峡谷が無数にあり、アーチダムのサイトには不自由しないが、実のところ峡谷を締め切るだけでは大きな貯水池は得られない。深さはあるが、幅はほとんど川と同じだけの幅しか得られないということで、効率がよくない。峡谷が上方に開けたところで、峡谷の高さより少しダムを高くできれば、大きな貯水池が得られるが、上部にはアーチダムのアバットメントがない。こうした場合、峡谷が上部に開けたところに人工のアバットメントを作り、その両側に重力式、あるいはフィル、あるいはこのダムのようにバットレスダムなどを設置する。

 ところがこのダムにはその人工のアバットメントがなく、バットレスが直接ドーム型のアーチの上に載っている。どうやったらこのような設計ができるのであろうか。

 一般にアーチダムの設計には試算荷重法という計算が用いられる。簡単にいえば、アーチダムを水平と鉛直の線で短冊のように区切り、縦の短冊は片持ち梁としてたわみを計算する。水平の短冊はアーチとして同じくたわみを計算する。ダムにかかる荷重を片持ち梁の持分とアーチの持分に配分することとして、その割合を上手に配分すると、両方のたわみが一致する。そのときのそれぞれの短冊にかかる応力を足し合わせて、ダムに発生する応力とする。そういう方法であるから試算荷重法という名称が与えられている。「試算荷重」の代わりに「試し荷重」ということもある。英語でならtrial loadだ。この計算は、コンピュータ出現以前は2、3人がかりで1年以上もかかったという大きな計算だ。

 このほかに傾斜アーチ法という方法もある。ダムを主応力方向に切って短冊を作り、2次元で設計してしまおうというものだ。普通は貯水面に置いた点から放射状に切っていくが、その点を貯水面より上に置けば、このダムのようにアーチクレストを峡谷より上に設けることができる。その上にバットレスを載せることには、さほどむつかしい計算は要しない。

 試算荷重法で設計している限り、この発想は出てこない。傾斜アーチ法は計算精度はやや落ちるとされているが、この計算法を用いない限り、この形のダムはうまく設計できるとは思えない。ダムに限らず、構造物の設計にはいろいろな手法があるが、設計手法が構造物の形状を制約することもあるのだということを考えさせられる事例だ。

(これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事の転載です。)

(2010.3.10、中村靖治)
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