《このごろ》
ダム随想 〜 河川技術者としての自省

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 いつも、ダム屋だダム屋だと広言しているが、ダムを計画するとき、流域全体を考えないことはありえないので、本質的には河川技術者の一員だと本人は考えている。そういう意味で、ダムやスーパー堤防を無用のものと見なす昨今の状況を見ていると、一河川技術者として生きてきたものとして、努力が足りなかったところを見せ付けられている気がする。

 治水はむつかしい。個々の技術は、他の分野のものとくらべて特にむつかしいということはないのだが、無数にあるとも言える代替案の中から選び採った一つの案が、いつでもどこでも通用するというものではなく、流域の状況や時代が変わると、別の案のほうが優れているということがしばしば起こる。

 急流河川で周辺が水田であるような所では霞堤(注参照)は優れた手法であるが、水田が宅地に変わったりすると、選択肢にはなりえない。当然のこととして霞堤を締めてくれという要求が出てくる。しかし、そこを締めると下流の洪水量が増大するので、簡単に応じるわけにはいかない。下流の流下能力を増やす工事をするか、ダムなどを設置するまでは手をつけるわけにはいかない。


 議会での質問という形でこういう要求が出てくると、まことに困る。上に書いたようなことですぐにはできませんと答えるのは簡単だが、ではいつごろになったらできるのかという次の質問が来るのは明らかだ。それに答えることはほとんど不可能に近い。ご要望の趣旨はよく承知しておりますので、流域全体を勘案して、できるだけ早くご要望にそうよう努力致しますというような回答をして、結局は専門家に任せておいてくださいということで、説明を省略してしまう。

 こういったことの積み重ねできているので、結局は説明不足になってしまっているのだ。時間をとって聴いて戴けるのなら説明をすることはやぶさかではないが、すべてを理解してもらおうと思えば、河川工学概論を修得してもらうことになってしまう。そんなことを県議会の委員会で正直に言ってしまい、議員を馬鹿にするのかと怒られたこともある。

 議員を含む専門家でない人、マスメディアの人たちになんとか理解してもらおうと、わかりやすいパンフレットや教科書を作ったり、説明会をもうけたり、ささやかな努力はしているのだが、何事もないときにそこまで勉強してくれる人はほとんどいない。だからなるべく簡便に要点を伝えることが必要だ。100%伝えようとすると、むつかしくなる。100%書いたり話したりしても、100%分かってくれるわけではない。それは自分の経験を踏まえれば十分にわかることだろう。これだけはどうしても伝えたいということを厳選すべきだ。

 独裁国家でない民主主義国家では、何事も国民に理解してもらうことが必須だ。地道に努力を重ねていくしかない。今のように何が何でも公共事業をムダと決めつけているときは、むしろ関心を持ってもらえると考えることができ、そのとき勉強をしようとする人の理解を助ける資料をしっかりと提供できるよう、遅まきながらダム工学会でも部会を発足させて、活動中である。

[注] 霞堤:カスミテイと読む。堤防を不連続とし、勢いのある洪水は入れないが、川の水そのものは取り入れ、川の水位が下がると自然に水を川に戻すようにしてある堤防。

(これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事の転載です。)

(2011.2.9、中村靖治)
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