本誌3月号の表紙を飾る志津見ダムの写真を見て感動した。美しい。全面越流している水の流れの模様も美しいし、何より天端橋梁がないのですっきりしている。 天端橋梁をなくせば安くあがるなどという姑息な考えではなく、その機能を考え、他の方法で代替可能であるなら、なくしてしまうという、慣習にとらわれない柔軟な考え方がよい。
志津見ダムの全面越流 100点満点を差し上げたいのだが、残念なことがひとつある。堤趾導流壁の法線だ。この導流壁は堤趾とほぼ平行に作られており、それはごく一般的な設計である。この場合、写真のとき程度の越流量であれば何の問題もないのだが、ある程度以上の流量になると、上から流下してきた水が導流壁にぶつかり、入射角=反射角の法則に基づき、堤体中央のほうに飛ばされる。その水と堤体を流下してきた水とがシュート部でぶつかり、流れはぐちゃぐちゃになる。
そんなことは計画洪水流量を超えたときにしか生じないのだからかまわないではないか、減勢さえ行われていれば文句はあるまいという考え方はあり得る。それでも、可能である限り「清く、正しく、美しく」のほうを取りたい。
堤趾導流壁型の水理現象をきちんと水理学の数式で表現することは難しい。少なくとも私の能力は越えている。それでも、流下してきた水が導流壁にぶつかり、その水の行き所としてはすぐ下のフーチングしかなく、その水がウォータークッションとして働き、次第に流下高さの増していくエネルギーの大きな流下水に対し、クッションの量が大きくなって減勢効果が大きくなるというメカニズムは簡単に理解できる。
つまり、流下高さが小さく、簡単に減勢できるアバットメントからの流下水は導流壁と堤体の間を流れることにより、ウォータークッションとして働いてほしい。導流壁にはじかれて、流下高さの大きいエネルギーの強い水と合流してほしくはないのだ。
だから、堤趾導流壁の法線はダム軸と平行であってほしい。しかしそれではダム軸方向に水がこぼれてしまうから、勿論ダム軸直角方向の壁も必要である。その高さは下のほうの平行の壁の高さと同じでいいはずである。
日本で初めて堤趾導流壁を採用したのは福島県の東山ダムだが、施工中の現場に行ったときに、大工にこぼされた。階段状のフーチングの上に斜めの壁を作るのがいかに大変か、横継目は当然フーチングの境と一致しているが、この壁の継目はどうするのだ、薄い壁に斜めの継目を作るのがどういうことか分っているのか等、いろいろいわれた。これも、導流壁をダム軸と平行にすべきだという理由のひとつである。
志津見ダムの場合、本体、フーチングに関係なく、導流壁の法線に直角に継目(目地)を作っているようだが、本体、およびそれと一体化しているフーチングが開く場合、導流壁の目地はほとんど無意味と思われる。導流壁にクラックが入ったからといって、大きな問題は生じないだろうが、あまり気持ちよくはない。
文章の大半が批判のようになってしまったが、他の多くのダムで一般に行われている設計に対してのものであり、このダム自体の設計はすばらしいと思っていることは最後に言っておかなければならない。
(これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事の転載です。)
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