洪水常襲地域を洪水から守るにはどうするのがよいか。もっとも単純な発想は、護るべき地域を堤防で囲うことだ。実際、大昔からそうやってきた。川からの水を防ぐのはそれでよいが、堤防で囲われた域内に降る雨に対しては効果がない。それは都市下水路や下水道網により集められ、多くはポンプを使って排除される。
さて、その水はどこに行くのか。地中にしみこんだり、蒸発散するわずかな量を除けば、川を通って海に行くしかない。流域の土地利用が進むと、そうやって排除される水の量がどんどん増えてくる。その結果、川の下流部の洪水量は次第に増え、今まで浸水しなかったところまで浸水するようになる。
これが河川改修は下流側から進めなければならないという原則の根拠であるが、現実はそうはなっていないで、土地利用の進んだところから改修が進められる。土地の古老などに話を聞くと、昔より洪水の量や頻度が増えたと言われるが、これは流域の開発が進んだためである。
水文学などやっていると、洪水量が増えるのは流出率が上がったためなどと説明されるが、そんなものは微々たるもので、実際は流域内の貯留量が減ったことによるものが大部分である。河川改修や下水道・内水排除は、言い方を変えれば流域内の貯留を減らすのが目的であるから、川の中の洪水量が増えるのはいわば宿命である。
自然の河道は、人間の手が加わる前の流域の大きさや降水量に応じて形成され、その両側には自然堤防と呼ばれる高まりがある。多くの堤防はその高まりをかさ上げする形で作られているが、上述のようなことで川の中の洪水量が増えてくると、それでは間に合わず、川幅を広げる引き堤や、川底を掘り下げる浚渫なども行われる。これは上流部の河川改修により、氾濫箇所が下流部に移されたためであると見ることができる。
その典型的な例が東京の都市河川で、明治時代はまさに春の小川はサラサラ行くよという風情だった川が今やコンクリートのU字溝と化し、それでも足りなくて、トンネル河川を併設したり、地下貯水池を作ったりしている。地下貯水池の水を海に吐くためにはポンプを使わざるを得ず、動力が必要である。これは危機管理上あまり好ましいことではない。
江戸川橋付近の神田川。右側にトンネル河川の取入れ口が見える。 このような事態を避けるには、自然排水可能な貯留施設を設ける必要がある。山間部ならダムを作り、平野部なら遊水地を設ける。それなしには川の排水路化は避けられない。そのような反省から、流域総合治水事業が進められ、鶴見川などではある程度成功しているが、一方で国土交通省は「できるだけダムに頼らない治水」などと言っている。
これは矛盾ではないか。貯留施設を伴わない治水を進めることは、つまるところ下流に迷惑をかけているという意識を持てば、「できるだけ貯留施設を伴う治水」でなければならないはずだ。
現に激甚災害特別措置法による中流部の改修においては、しばしば貯留施設とセットになった計画が作られている。さもなくば、激甚災害を下流に移すだけのことになるからだ。政治におもねって技術的思考を失ってはならない。
(これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事の転載です。)
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