《このごろ》
ダム随想 〜 ダムから始めた改修計画

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 フィリピンの原始河川の河川総合開発マスタープランを作成させられたことがある。JICAの仕事であったが、無謀にも明治時代に石狩川の改修計画を作った岡崎文吉のような気分で仕事に取り掛かった。岡崎は馬に乗ってさえも、それより背が高くて見通しのきかない葦原に入り込んで調査をしたが、こちらは曲がりなりにも地図があるし、ガソリンさえ手に入れられれば、セスナを使うこともできる。格段にいい成果を出せたかといえば、恥ずかしながら足元にも及ばないものだった。能力の差はもちろんだが、白紙のキャンバスに絵を書くつもりが、全然白紙でなかった―すなわち、川そのものにはほとんど手が加わっていなかったが、沿岸部は平水時の水際まで耕作地となっており、周辺の土地利用状況は改修済みの河川の沿岸となんら変わりはなかったのである。


灌漑用のポンプ場から未改修の川を望む

 ここは台風の常襲地帯であり、流域も大きいから、それに比例して氾濫原も広い。洪水をかぶらない安全な土地から耕作地に通うのは遠くて面倒なので、結局氾濫原の中に家屋も増えてくる。結果、台風のたびに人的なものを含めて被害を受けるようになる。

 普通に考えれば延々と堤防を築けばいいわけだが、幹川流路延長が505kmもあるとなると、全部つながるまでに何年かかるか分からない。つながらないことにはほとんど効果が期待できないし、中途半端な形で工事を進めると、工事中の堤防が被害を受ける可能性が高い。

 仕方がないから、ダムをたくさん配置して、洪水量をなるべく減らし、市街地のみを輪中堤のような形で守る計画とした。既存の市街地は、さすがにやや高いところに発達しているので、このような計画が可能となる。

 またこの土地は、稲刈りをやっている横で田植えをしているという二期作が行われているが、水資源さえあれば三期作も可能ということで、ダムによる水資源開発も大いに期待されていた。

 この流域には既設のダムがあるが、この施工法がおもしろい。27000km2もある流域に道路らしい道路は幹川沿いに1本あるだけだから、ダムサイトにいく道路を作るとすると、それだけで何年もかかってしまう。それで、落下傘部隊の要領で、まず飛行場を作ってしまう。後は資機材を空輸して建設を進めればいいわけだ。

 日本では到底考えられない方法だが、ダムをやっていれば、たいていの土木工事を経験できるという例として、冗談半分にしばしば引用している。

 この計画はマルコス大統領の時代に作ったものなので、その後どうなったのかは分からない。何しろ新人民軍が勢力を持っている土地なので、調査が十分にできない。それでもはじめのうちはセスナに乗ったりして、いくらか調査ができたが、後にはまったく現地に入れなくなってしまった。フィリピンの人のためにやっている仕事なのだから、新人民軍も理解してくれるだろうというあまい考えは通用しないようだ。

 流域内には有名な棚田があり、急な斜面を徒歩で上り下りして、今も現役で耕作している。2000年の歴史があるといわれたが、文献があるわけではなし、日々使用しているものの年代がどうして分かるのか不思議に思ったものだ。

(これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事の転載です。)

(2010.6.24、中村靖治)
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