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文献にみる補償の精神【56】
「クマタカについては巣立ちに成功し、
保全対策の効果があったと確信しております」
(三河沢ダム・栃木県)

古賀 邦雄
水・河川・湖沼関係文献研究会

 これは、財団法人公共用地補償機構編集、株式会社大成出版社発行の「用地ジャーナル」に掲載された記事の転載です。
 
1. ゲリラ豪雨の恐怖

 2008年新語・流行語は「アラフォー」と「グ〜?」が選ばれ、しかもベストテンのなかに「ゲリラ豪雨」が入っていることには、いささか驚いている。予想がはるかに困難なゲリラ豪雨は、今夏には突如として都市を襲い、尊い人命と財産を奪った。新聞情報から追ってみた。

@ 7月28日未明、金沢市豪雨、浅野川、高橋川、大野川等氾濫。朝8時30分浅野川水系全域2万世帯5万人を対象に避難勧告、午前11時40分解除。
A 7月28日午後2時頃、神戸市灘区都賀川〔河川延長1.8キロ〕、降雨量一時間32ミリで水位上昇1.3メートル、濁流に遭った子供5人死亡。都市親水河川公園の落とし穴。
B 8月5日午前11時40分頃、東京都豊島区雑司が谷2丁目の下水道工事中、ゲリラ豪雨想定外一時間60ミリを超える。下水道内作業員流されて5人死亡。下水管に雨水が集中したため秒速7メートルを超えた可能性。ひざ下で秒速2メートルの流れでは人は立っていれない。秒速7メートルでは体に1トン以上の力がかかる。
C 8月16日栃木県鹿沼市一時間85ミリの降雨。東北道の下をくぐる市道冠水、最大水深2メートルの水たまり、そこに軽乗車が突っ込み女性ドライバー1人死亡。
D 8月29日東海、関東地区に記録的豪雨。14万世帯に避難勧告。岡崎市29日午前2時まで一時間146ミリ、24時間で302.5ミリに達する。伊賀川、広田川氾濫。2人死亡、床上浸水愛知県491棟。

 このようなゲリラ豪雨は狭い範囲に突然短時間でおこる。雨の範囲はわずか数キロから10キロ四方に一時間あたり50ミリ以上も降らせることがある。台風でも梅雨前線でもない大雨を降らせる。まるで滝のように降るゲリラ豪雨は恐ろしい。ゲリラ豪雨の発生要因は都市がヒートアイランド化しているからである。さらにこの現象がおこるのは地球の温暖化が進んでいるからであろうか。
 なお、三上岳彦著『都市型集中豪雨はなぜ起こるか?』(技術評論社・平成20年)は、ゲリラ豪雨の発生要因とその対策について論究している。


2. 宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』

 水の地球、緑の地球が温暖化によって異変が起こっている。日本人で初めて地球温暖化を指摘したのは、童話作家の宮沢賢治ではなかろうか。『グスコーブドリの伝記』に以下のような一節があるからだ。

「先生、気層のなかに炭酸ガスがふえて来れば暖かくなるのですか」
「それはなるだろう。地球ができてからいままでの気温はたいてい空気中の炭酸ガスの量できまっていたと言われるくらいだからね」
「カルボナード火山島がいま爆発したら、この気候を変えるくらいの炭酸ガスが噴くでしょうか」
「それは僕も計算した。あれがいま爆発すれば、ガスはすぐ大循環の上層の風にまじって地球全体を包むだろう。そして下層の空気や地表からの熱の放散を防ぎ、地球全体を平均五度くらい暖かくするだろうと思う。」

 かって、宮沢賢治は二酸化炭素による温室効果を利用して地球温暖化すれば、東北地方の冷害に苦しむ農民たちを救えると考えた。だが今日では経済の発展とその利便性を追求してきた生活が地球温暖化を招いている。いまこそ我々は地球と共生しなければならなくなってきた。ダム造りもまた自然環境に伴う鳥類、動植物界との共存共生を図らねばならない時代だ。栃木県に建設された三河沢ダムに係わるクマタカの対策ついて追ってみる。


3. 三河沢ダムの建設

 三河沢川は栃木県塩谷郡栗山村に位置し、その源を枯木山(標高1755m)発し、山間部を南流して途中で悪至沢川、熊湯沢などと合流して湯西川へと流れる流域面積16.2km2、流路延長3.55km河川であるが、たびたび下流の湯西川沿川に水害を起こした。この三河沢川に平成16年三河沢ダム完成した。

 その完成までのプロセスについて、栃木県土木部日光土木事務所編・発行『三河沢ダム工事誌』(平成16年)により記してみる。
 昭和59年地域生活防災ダムとして実施計画調査に着手。昭和62年地元説明会の開催。平成2年建設工事に着手。平成6年基本設計会議の開催。平成8年用地補償基準の妥結。環境調査の開始。平成9年ダム工事本体発注。平成10年希少鳥類クマタカ営巣地の発見。平成12年希少鳥類の保全に関する協議会の発足。平成13年クマタカの巣立ち確認。平成14年コンクリート打設完了。平成15年試験湛水式。平成16年三河沢ダム完成。


4. 三河沢ダムの目的・諸元

 続いて三河沢ダムの目的、諸元をみてみたい。
 三河沢ダムは3つの目的を持って建設された。

(1) 洪水調節
 ダムは大量の水を一度に下流へ流さないように洪水時には、145m3/sのうち85m3/s
の洪水調節を行い、ダム地点下流の湯西川沿川の水害の軽減を図る。
(2) 流水の正常な機能の維持
 流域の既得用水の確保や、生態系(魚類、昆虫類)の棲息環境と河川環境の景観を保全するために、川の流れを維持し、その維持流量は0.116m3/sを確保する。
(3) 水道用水
 湯西川地域に対し、新たに水道用水1700m3/日(0.0197m3/s)を上乗せし、3000m3/日(0.0347m3/s)を供給する。

 ダムの諸元をみてみると、堤高48.5m、堤頂長97.5m、堤体積5.75万m3、総貯水容量89.9万m3、型式重力式コンクリートダムである。起業者は栃木県、施工者は鹿島建設・三井住友建設共同企業体で、事業費123億円を要した。費用割振は河川93.7%、水道用水6.3%である。なお、補償関係は家屋移転なし、土地取得面積(林地)16.7ha、公共補償として林道、橋梁、トンネルの施工であった。


5. 補償の精神―国内希少野生動物種の対応

 三河沢ダム流衣木の地形は、深い谷が刻まれている大起伏山地をなし、流域植生はブナ・チシマザサ群落、ブナ・ミズナラ群落する自然豊かな地域である。周辺にはツキノワグマ、クマタカ、オオタカなどの大型動物、水域にはイワナ、ヤマメなどの渓流性の魚類が生息する。そのために、ダム造りに細心の注意が払われた。とくにクマタカ、オオタカには十分な対応がなされた。

 関口行雄日光土木事務所長は、「工事誌の発刊にあたって」のなかで、次のように述べている。

 当ダムの特筆すべき事項は、建設地周辺に「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」に基づく『国内希少野生動植物種』に指定されているクマタカ、オオタカ等が生息していることであります。そのため、平成8年度から環境調査を行い、生態等に詳しい学識経験者や有識者の助言を得ながら、事業と希少鳥類との共生を目的とした17回の打合わせ会、さらに平成12年度から現在まで11回の協議会を行い、保全対策等を講じながら事業を進めてまいりました。その結果、クマタカについては平成10年度、11年度及び13年度には孵化が見られ、13年度には巣立ちにも成功し、保全対策の効果があったと確信しております。

 このように、自然と人とが共生を図らねばならない。今日、ダム造りには動植物、鳥類などの自然生態系に係わる保全対策が欠かせない時代だ。
 前記のように、三河沢ダムには水没家屋はない。この国内希少野動物種の事細かな対応が、まさしく補償の精神ではなかろうか。水没者だけの補償の対応だけでなく鳥類や動植物の再生もまた大切である。ここに補償の精神が貫かれているのではなかろうか。


6. おわりに

 よく人間が大事なのか、鳥や動植物が大事なのか問われることがあった。それはどちらも当然大事なのだ。クマタカ、オオタカを頂点として、鳥類、動植物界は成り立っている。もしタカ類が生息できなくなれば、動植物界は消滅する運命となるだろう。そして人類は存在の危機に陥るだろう。このことを考えれば、三河沢ダム事業の関係者の努力によって、クマタカの営巣からの巣立ちには心より拍手をおくりたい。

   湧き上がる峡の風受け鷹舞へり  行待武男

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(2009年8月作成)
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