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ダムの書誌あれこれ(96)
〜ダムマニアの撮った写真集〜

 これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事を一部修正して転載したものです。著者は、古賀邦雄氏(水・河川・湖沼関係文献研究会)です。

◆ 1. 三つの水循環−ダム建設の位置づけ

 2011年3月11日の東日本大震災で、水と食糧とエネルギーの確保が一時大混乱を起こしたが、今では少し落ち着いてきた。とはいえ、東京電力(株)福島第一原発事故の放射線被害は広範囲に拡大し、この三つの生活基盤を脅かし、まだまだ完全に安定していないのが、現状である。
 人間の生活にとって、水と食糧とエネルギーの確保が最も重要である。お米をおいしく食べるにしても、先ず、水で、食糧である米をとぎ、それを電気やガス等で炊飯しない限り、我々は口にはできないし、生きていけないといえる。この三つの物資の持続的な、安定的な確保は、国家の安全保障につながる。それらの確保のために戦争さえ起きてくる。水戦争、穀物戦争、石油戦争である。

 この三つのうち、水が一番重要な位置を占める。なぜなら、水を農業用水として、導水し、食糧の生産がなされる。さらに、水の落差によって水車を回転させて水力発電エネルギーを生み出すからである。これらの大きな役割を持つのが河川における水資源開発施設のダムや堰や水路の建設とその管理である。

 水は多すぎても少なすぎても我々の生活に重大な悪影響を及ぼす。洪水の場合は水資源開発施設であるダム等によって、水を地域的に、空間的・距離的に、時間的に適量に分水しながら流すのが治水の役割であり、また、同様に渇水の場合には、水を適量に調整しながら、地域的に、空間的に、時間的に公平に、公正に配水するのも利水の役割である。

 さて、私たちがこのようなダムを含めた水資源開発のインフラの建設について、水循環から見てみた場合、どのような位置づけになるのだろうか。ここで水循環について、次のように三つに分類してみたい。

(1) 自然的な水循環
 海から蒸発した水蒸気は雨となって、山林や平野に降り、森から川へ流れ、海へ戻り、また雨となり降り注ぐ。これは自然的な水循環である。その間、水は自然界の植物や動物や漁族等の命を育んでくれる。

(2) 社会的な水循環
 自然界に降った雨を、河川等において、水資源開発施設、即ちダムや水路や堰を建設し、その水を地域的に、空間的に、時間的に、治水として流下を遅らせ、さらに農業用水、水道用水、工業用水、発電に使い、使用された水は、下水道処理場を通じて、あるいは地下を伏流して、また河川に戻り、海へ流れ、またその水は雨となり循環する。このように治水と利水として人間の活動のために水を制御し使用する。これは社会的な水循環である。

(3) 文化的な水循環
 水はまた文化を生み出す。それは水のお祭りであったり、川のお祭りであったり、雨乞い行事であったり、水や河川に関する伝説や民話等である。このような様々な文化が古から伝承され、さらに未来へ継承される。これは文化的な水循環である。

 三つの水循環については、中庭光彦多摩大学経営情報学部准教授の「新たな水の価値〜里システムによる水循環の維持」(「河川」2011−5月号)の論文に触発された。

 以上、水循環の観点から、ダムの建設にかかわる者は、当然社会的な水循環における構築業務の中に位置づけられる。私もまた水資源開発公団(現・独立行政法人水資源機構)の一職員としてダム建設等に従事していた者で、社会的な水循環の構築のために仕事してきたことになる。恥ずかしながら、退職して初めてこのことを認識した。ただ、高度経済成長時において、ダム等の建設による社会的な水循環の構築が行き過ぎると、河川環境に悪影響を及ぼすことになり、自然的な水循環、文化的な水循環を脅かすことになった。よって平成9年河川法の改正がなされ、第一条河川の目的に、従来の治水と利水に加えて河川環境の整備と保全が規定された。ダムの管理が開始されても常に河川環境には配慮しなければならない。

 最近、このように社会的な水循環を構築するダムに関する写真集が刊行された。それはダムマニアが撮ったダム写真集であり、その書から全国のダムめぐりを追ってみたい。

◆ 2. ダムの魅力

 ダムの魅力にとりつかれ、ダムを愛するひとが増えてきた。いわゆる「ダム萌え」と呼ばれる人たちである。萩原雅紀著『ダム』((株)メディアファクトリー・2007)では、全国のダムをめぐり、36基のダムを収録している。

 ダムの見方では、重力式コンクリートダムを例として、その主なる設備を、堤体、天端(クレスト)、取水設備、非常用洪水吐常用洪水吐導流部減勢工、発電所を解説する。さらに、ダムの型式について、重力式コンクリートダムを初めとして、中空重力式コンクリートダムアーチ式コンクリートダム、ゾーン型ロックフィルダム、表面遮水壁型ロックフィルダム、アースダム重力式アーチダム、マルチプルアーチダムバットレスダムなどをあげる。

 そして、迫力あるダムを写しだしその魅力に迫る。萩原雅紀さんは、そのダムを撮影し、コンパクトに論じられている。この書はフォートエッセイの形式である。


『ダム』
(1) たとえば、神奈川県中津川に建設された重力式コンクリートダム宮ヶ瀬ダム(堤高156.0m、堤長400m、総貯水容量1億9,300万m3)では、次のように述べている。「およそ30年もの時間をかけて完成にこぎつけた、日本を代表する超巨大ダム。規模、立地、風格など、どれをとっても関東地方でもっとも魅力的なダムといえる。特に下流側から見上げたときの迫力は言葉では言い表せられない。立派な資料館や自由に利用できる堤体内エレベーター、堤体脇のインクラインほか見どころには事欠かず、さらに定期的に観光放流を実施するなど積極的な集客活動が行われている。」私もこの宮ヶ瀬ダムを初めて仰ぎ見たときは、萩原さんが表現している通り、確かに超巨大ダムであり、風格のある、人を惹きつけるダムであると感じた。特に、ダムサイトに上がった時、堤長400mもあり、その堤頂巾の長さにまた驚いた。テニスコートが一面とれる面積であり、テニスを興じるぐらいの空間があったからだ。おそらく、このような広さを持つダムは、宮ヶ瀬ダムが唯一ではなかろうか。

(2) 奈良俣ダム(群馬県/■俣川 ゾーン型ロックフィルダム 堤高158.0m、堤長520.0m)では、「1990年に完成した日本を代表するロックフィルダム。2006年現在、高さで全国3位、堤体積では全国1位の大きさを誇る。青い空に映える白く美しい堤体が衝撃的で、初めてこのダムに出くわしたときのインパクトは今でも忘れられない。」と、ある。
 とにかく、逆三角形の形状の奈良俣ダムは美しい。積雪地帯にあるこのダムは、近くにあるアーチダム矢木沢ダムと合わせて、春夏秋冬に訪れるとダム風景が楽しめる。

(3) 日本では大正から昭和初期にかけて8基のみ造られ、今では6基しかないバットレス式ダムの笹流ダム(北海道/笹流川 バットレス式ダム 堤高25.3m、堤長199.4m)、さらに、日本最初に建設された中空重力式コンクリートダム井川ダム(静岡県/大井川 中空重力式コンクリートダム 堤高103.6m、堤長243.0m)をとりあげ、珍しいダム型式が紹介されている。このことはまた日本におけるダムの歴史を物語っている。

(4) アーチ式ダム奈川渡ダム(長野県/梓川 アーチ式コンクリートダム 堤高155.0m、堤長355.5m)に佇めば、ちいさな悩みなんか吹っ飛んでしまう、という。

(5) 大倉ダム(宮城県/大倉川 マルチプルアーチダム 堤高82.0m、堤長323.0m)は願っても得られない逸材と評価する。「杜の都・仙台市を洪水から守り、水道用水を供給する目的で造られたダムであり、その型式は日本で2例しかないマルチプルアーチダム(アーチダムを横に複数つなげたダム)だが、これだけ貴重なダムでありながら全国的な知名度はまったくない。おそらくほとんどの仙台市民がこのダムの重要さを知らずに暮らしている点が残念だ。」大倉ダムのように、知られないダムを採りあげ、現場で実際に歩き、そのダムの特徴を捉えている。

 萩原雅紀さんがまだダムに憑りつかれる以前に偶然出くわした、糠平ダム(北海道/音更川 重力式コンクリートダム 堤高76.0m、堤長293.0m)は、発電専用ダムである。
 目の前の橋は国道で、巨大なストラクチャ−(構造物)同士が対峙している光景はまるで竜虎の図。これはいちど見たらやみつきになるという。

 この書では、「ダムに出かけてみよう」として、ダムめぐりについて、その言葉どおり、いくつかのダムを見ることを目的とした小旅行であると定義する。ついでの旅の途中でダムを見るのはダムめぐりではないと、明確に論じている。萩原雅紀さんは、ダムめぐりの魅力について、それは「同じ形のダムがふたつとしてない」ことだと言い切る。そして、「ダムには建設地点の地形や地盤の強度に合わせたさまざまな形式があり、その目的すなわち必要な貯水量によって規模もいろいろ、下流へ水を流すための放流設備にも多くの種類がある。それらの要素が組み合わさることで、それぞれが日本で、いや世界でたったひとつしかないダムの姿を形成しているのだ。」と、主張している。

 また、「ダムの見つけ方」については、@地図から探す、Aダム年鑑『ダム便覧』で探す、B出かけてから探すとなっている。私は、たまたま、あるダムを見に行ったときに、偶然に知らなかったダムに出くわすと、本当に心が躍ることがある。
 巻末には「ダム用語事典」が掲載されており、ダムの知識も豊富となり、この一冊を携帯すれば、ダム巡りが十分に楽しめる。

◆ 3. 西日本のダムから

 続いて、同著『ダム2』((株)メディアファクトリー・2008)は西日本におけるダムをめぐり、47基を収録している。その中からいくつか追ってみる。

(1) 九州で最大のダム、一ツ瀬ダム(宮崎県/一ツ瀬川 アーチ式コンクリートダム 堤高130m、堤長415.6m)は、その特徴の一つが、洪水吐きの「スキージャンプ式のタイプ」である。私は5年前に見学したが、洪水吐きを見下ろしたときの、身がすくんだことが思い出された。また、ダムサイト右岸側には、ダムに殉職した人達の慰霊碑が厳かに建立されていたのが、印象に残っている。

(2) 次に、荒瀬ダム(熊本県/球磨川 重力式コンクリートダム 堤高25.0m、堤長210.8m)について、萩原雅紀さんは、「豊富な水量を誇る球磨川において発電用として長年活躍したダムだが、水力発電所のコストパフォーマンスや環境保護運動の高まりなどの要素を勘案した結果、堤高15m以上のダムでは日本で初めて完全撤去が決定した。」と述べている。現在、荒瀬ダムは撤去が決まったためか、ゲートが開門されており、下流に水が流出している状況である。


『ダム2』
(3) マルチプルアーチダムの豊稔池ダム(香川県/田野口川 堤高30.4m、堤長128.0m)は、昭和初期に完成した農業用のため池である。石積みの5連アーチで築造され、これはもう本当に「ここにしかない」堤体である。このダムサイトの前に立つと、ダムそのものが、ヨーロッパの古い城塞に見えてくる。日本人が美を形成する能力と技術力を既に昭和初期には発揮していることがよく解るダムでもある。

(4) 高山ダム(京都府/名張川 重力式アーチダム 堤高67.0m、堤長208.7m)では、萩原さんは次のように著わしている。「木津川5ダムのうち最初に建設されたダム。上流に青蓮寺ダム、室生ダム、比奈知ダムを抱えるため、この水系の治水、利水面においてはしんがりを務めることになる。堤体はアーチの曲線と洪水吐の直線が融合した不思議な美しさを持っていて、導流壁がそのまま常用洪水吐ゲートの機械室になるという機能的なデザイン。ところで、このダムの貯水池沿いには名勝指定の美しい梅林があり、梅の花の咲くころには、もっとも梅が美しく見える「観梅水位」というものまで定められている。年間を通じ働きつづける、多忙なダムである。」よくここまで高山ダムを観察しておられて、感心させられる。「観梅水位」という表現も、大変面白い。桜の名勝のダムは多数存するが、梅花が美しいダムは少ない。ほのぼのと春を感じさせるダムである。

(5) 小里川ダム(岐阜県/小里川 重力式コンクリートダム 堤高114.0m、堤長331.3m)では、 「平成15年に完成した最新の重力式コンクリートダム。最大の特徴は、そそり立つ壁に水を導くぶっとい円柱を埋め込むという、まるで神殿を思わせる大胆なデザイン。」という。そのダムサイトの青空へ突き出した写真は、小里川ダムの特徴をよく表現している。

(6) 石徹白ダム(福井県/石徹白川 重力式アーチダム 堤高32.0m、堤長113.6m)では、「あの巨大な九頭竜ダムに発電用の水を送ってサポートしている、小型の取水ダム。正面から見ると自然越流式の洪水吐があるだけの地味なダムだが、国内に12基しか存在しない重力式アーチダムのひとつであり、横から見たときの愛くるしい造形には、ハートを射抜かれる人も多い。そんな人々の合言葉は「愛しの石い徹と白しろ」。」と表す。
  愛しの石徹白・いとしのいとしろとは、またロマンチックなダムを思わせてくれる。

 以上、特徴のあるダムを『ダム』『ダム2』の2書の写真集から12基をあげてみた。

 また、『ダム2』書では、「エリア別ダムガイド」が掲載されている。ここでは国内の代表的なダム密集地帯を河川ごとに紹介しており、ダムめぐりの案内となっている。
 関東エリアでは、鬼怒川水系の小網ダム、五十里ダム、川治ダム、川俣ダム、黒部ダム、栗山ダム、三河沢ダム、湯西川ダム、秩父・荒川水系の有間ダム、浦山ダム、二瀬ダム、滝沢ダム、大洞ダム、合角ダム、奥利根の小森ダム、藤原ダム、須田貝ダム、矢木沢ダム、奈良俣ダム、をコンパクトにそのダムの特徴を表現している。
 中部エリアでは、恵那地区の丸山ダム、小里川ダム、大井ダム、阿木川ダム、矢作ダム、松本&大町地区の稲核ダム、水殿ダム、奈川渡ダム、大町ダム、七倉ダム、高瀬ダムをあげている。
 北陸エリアでは、越前大野地区の真名川ダム、笹生川ダム、雲川ダム、仏原ダム、鷲ダム、九頭竜ダム、山原ダム、石徹白ダムを掲げる。
 近畿エリアでは、名張地区の高山ダム、布目ダム、室生ダム、青蓮寺ダム、比奈知ダムを掲げる。
 九州エリア地区では、中津江村地区の松原ダム、下筌ダム、日向神ダム、松瀬ダム、竜門ダムをあげている。

 最後に、ダムカードを配布しているダムの一覧表を掲げ、全国のダムめぐりを楽しめるようになっている書である。

◆ 4. ダムを知る、ダムを楽しむ

 ごく最近、宮島咲著『ダムマニア』(オーム社・2011)が発行された。この書からダム魅力について、ダムの見方について、ダムの知識について、多くの示唆を受けてしまった。その内容は次のとおりである。

(1) 美しいダムとして、東洋一の純白堰堤・南相木ダム、ダムの女王・奈良俣ダム、漆黒の発電専用ダム・笠置ダム、お城を夢見るファンタスティックダム・四万川ダム、峡谷を堰き止めるアーチダム・雨畑ダム、国内最後のアーチ式コンクリートダム・温井ダム、真紅のゲートは朝日の色・月山ダム、杜の都、仙台の地に佇む長老のダム・青下第三ダムの8基のダム美を讃える。

(2) 働くダムとして、首都を助ける発電専用ダム・宮中ダム、小さな小さなアースダム・東ダム&東第二ダム、揚水発電をする中空重力式コンクリートダム・畑薙第二ダム、深紅のゲート一つで新潟平野を洪水から守る主・加治川治水ダム、新潟と福島の県境、観光名所のダム・奥只見ダム、四国のいのち。四国の人びとを守り続けるダム・早明浦ダム、水量を活かした発電専用ダム・鹿瀬ダム、縦長でスタイリッシュなアーチ式コンクリートダム・川俣ダムの8基は、それぞれ治水と利水の役割を担っている。それはすでに述べてきたように、これらの働くダムは、社会的な水循環を行いながら人々の生活や産業の発展に貢献している。


『ダムマニア』
(3) これがダム?として、日本で唯一の5連マルティプルアーチ式ダム・豊稔池ダム、私は自然に還りたい・大内ダム、沖縄の歴史を残すダム・金城ダム、オーラを放つ赤茶けた堤体・黒又ダム、国の重要文化財に指定・丸沼ダム、いつも私はここにいるよ・不破北部防災ダム、4本の円柱が彼のシンボル・小里川ダム、私の風格は若いダムには真似できまい・立ヶ畑ダムの8基は、その特徴を活かしながら、その地域にしっかりと共生している。むしろ地域のシンボル的な存在感を表す。
  たとえば、1901(明治34)年に着手し、1905(明治38)年に完成した兵庫県神戸市兵庫区烏原町東山に位置する立ヶ畑ダム(新湊川水系石井川)を宮島咲さんは「私はこの地で人びととともに、1世紀以上も暮らしているのじゃ。人びとに水を供給し、現代的な暮らしの礎を築いたのは私じゃ」という。このダムの諸元は、堤高33.3m、堤頂長122.4m、堤体積2.6万m3、流域面積18.9km2、湛水面積11ha、総貯水容量124.8万m3、有効貯水容量121.3万m3、目的は水道用水、型式重力式コンクリートダムである。本体施工者神戸市直営で行った。ダム所有者は神戸市である。

 さらに、この書では、ダム巡りに関し、具体的にダムの知識を与えてくれる。
 (初級編)ダムを知るでは、@ダムってなに? Aダムの歴史 Bダムの魅力 Cダムの型式 Dダムの目的 E水位と貯水容量 Fダムの所有者の7項目をわかり易く述べている。
 宮島咲さんは、なぜダムめぐりをするのか。それはダムにはいくつもの魅力があるからだという。そのことについて次のように述べている。
 「私も初めの頃はダムの大きさに無条件に感動していた。その感動を再び味わうために他のダムへも訪問するようになって、いくつものダムを見学していると、ダムに個性があることを発見する。と同時に、ダムの働きに興味を持つようになる。何のためにこの巨大な構造物は造られたのか、人間にとってどのような利益を与えてくれているのか、ダムは私にどのようなことをしてくれているのか。ダムと自分の生活が結びついてくる。そうなると、ますますダムについて学びたくなり、ダムの歴史まで知りたくなるのだ。
 1基1基のダムそれぞれに歴史がある。建設前の歴史や建設後の歴史。ダムには途方もない数の歴史が潜んでいることを知り、ダムめぐりの魅力を二重三重にも倍増させるのである。」

 (中級編)ダムを楽しむでは、@覚えておきたいダム用語 A放流設備 B減勢工 Cダム内部の装置 Dその他の設備 E型式別ダム考察の6項目について、論じている。この中で型式別ダム考察では、食べ物を例に引きながらユニークなダム論を語っている。
 「コンクリート製のダムはたしかに魅力的であり、人びとの心を惹きつける何かがある。食べ物で例えるならメインの肉である。アツアツの鉄板にのせられているサーロインステーキだ。逆に、アースダムは目立たない存在であまり面白みがない。思わぬ発見をせねば、そのダムに何の魅力を感じないことも多々あるだろう。同じく食べ物で例えるなら、メインの脇に添えてある惣菜だ。ステーキの脇にあるポテトやコーンであろう。ダムめぐりはバランスが大事である。メインの肉ばかり食べていると、最後に惣菜ばかり残ってくる。そうなると、食べ残してしまうことがわかりきっている。なので、コンクリートばかり食べずに、国内ダムの半数を占めるアースダムという惣菜もバランスよく食べることが大事なのである。」

 また、宮島咲さんはアースダムの重要性を語っている。日本には2010年現在、2,859基のダムがあるという。土を盛っただけのアースダムから、巨大な重力式ダムまで、国内にはさまざまなダムが存在している。ダムというとコンクリート製の巨大な構造物をイメージするが、日本に存在するダムの約半数は土で造られた単純構造のアースダムなのである。ダムめぐりを始めたばかりの頃は、巨大なコンクリート製のダムばかり見てまわると思うが、これではダムの半分の魅力しか感じていないのである、という。

 さらに、『ダムマニア』書から、ダム巡りのコツを教えてくれる。
 (上級編)ダムに行ってみるでは、@ダムを探す Aダムめぐり必須アイテム Bダムに行ってみる Cダムの内部を見学するには Dダムの放流 E地域に開かれたダム Fダムのおしゃれ Gダムカードを集めるの8項目について、述べている。
 この中でダムめぐり必須アイテムについて、次の物を所持しておくことが必要だという。
 ○地図である。できるだけ詳細な地図を用意する。小さなアースダムとなると見つけることが容易ではないし、どこからダムへ進入すればよいのかまったくわからないことがあるからである。
 ○脚立である。ダムには立入禁止の場所が多い。国土交通省や水資源機構が管理するダムは開放的で、立入禁止エリアはあまりないが、電力会社が所有するダムは金網や塀で隔離された立入禁止エリアが多い。塀が邪魔で、ダムをよいアングルから撮るには脚立が必要である。
 ○クマ避けの鈴、○双眼鏡、○虫除けスプレーは必需品である。

 「ダムめぐりガイド」では、@エリアで巡る群馬のダム Aエリアで巡る埼玉県のダム Bエリアで巡る栃木県のダム C川をさかのぼる天竜川のダム D川をさかのぼる木曽三川のダム E川をさかのぼる只見川のダム Fこれだけは訪問したいダムセレクト10 となっている。最後に宮島咲さんは、これだけは訪問したい10基として、豊稔池ダム、大倉ダム、大関堰ダム、川谷堰ダム、七倉ダム、丸沼ダム、石井ダム、第2袋倉ダム、深山ダム、奈良俣ダムをあげている。奈良俣ダムをダムの女王、その白い堤体は、訪れるものすべてを驚かせる。なだらかな傾斜を持つ豊満な堤体に、誰でもが母に抱かれる安心感を持つだろうと、絶賛する。

◆ 5. 水資源機構のダム風景

 水資源開発公団(現・水資源機構)もまた、社会的な水循環の構築のために多くのダムを築造してきた。

 利根川・荒川水系では矢木沢ダム、奈良俣ダム、草木ダム、下久保ダム、浦山ダム、滝沢ダムの6基、豊川水系では大島ダム、宇連ダムの2基、木曽川水系では味噌川ダム、岩屋ダム、牧尾ダム、阿木川ダム、徳山ダムの5基、淀川水系では高山ダム、布目ダム、比奈知ダム、青蓮寺ダム、室生ダム、一庫ダム、日吉ダムの7基、吉野川水系では早明浦ダム、新宮ダム、富郷ダム、池田ダムの5基、筑後川水系では寺内ダム、江川ダム、山口ダム、大山ダムの4基、合計29基である。

 これらのダムの四季を彩る水資源協会編・発行『ダム湖春秋写真集』(2002)がある。


『ダム湖春秋写真集』

◆ 6. おわりに−落水表情

 人は巨大なダムの構造物に圧倒され、感動する。一つとして同じダムは存在しない。そこにドカッと居座りながらも、常に水を貯め、そして放流し、躍動している。

 ダムは用・強・美の三拍子が揃っている。美に花を添えるのは放流の落水である。
 誰でもが、大分県白水ダムにおける白い線文様の流れを眺めたとき、自然を越えた神秘な雰囲気に包まれる。不思議なダムである。落水表情の造形美であり、その美しい残映が何時までも心の中から消えない。

 逢澤正行著『景観水理学序論−落水表情の造形』(鹿島出版会・2002)には、優れた落水表情を有する土木遺産として、大分県竹田市の白水ダム(1938)と秋田市の藤倉ダム(1911)をあげ、次のように論じる。


『景観水理学序論−落水表情の造形』
 「白水ダムは構造体と落水表情の取合いそのものに特徴を有しているのに対し、藤倉ダムは落水表情に加えて落水表情に至る過程での聴覚や触覚まで含めたシークエンス景観に特筆すべき特徴を有している。白水ダムの平面図、正面図から白水ダムの落水表情を想像できる技術者は、果たしてどれだけいるのだろうか。景観水理学的観点からは、白水ダムの落水表情は越流型における乱流の転波列であり、それが両翼の減勢工と絶妙なバランスを示している。これに対して、藤倉ダムの落水表情は景観水理学的観点からは、急勾配の越流型で底面に粗度要素が存在し、泡立ちを発生させていると見ることができる。いずれにしても、完成後の落水表情を縮小模型実験等で予測することが困難なことにより、これらのダムを設計した技術者が、水の表情と構造物について、極めて優れた経験と直覚(または、直感とイマジネーション)を有していたものと考えられる。」

 以上、ダムマニアによって著わされた書等により、用・強・美を備えたダムの魅力について述べてきた。既に論じてきたように、ダムの建設は、そしてその管理は、社会的な水循環の構築の中に存在するものであり、私たちの生活のため、産業等の発展のために寄与していることには、これからもその意義に変化がないことは確かだ。

(2013年11月作成)
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  [テ] ダムの書誌あれこれ(41)〜青森県のダム〔下〕(浅虫、川内、天間、世増)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(42)〜山形県のダム〔上〕(白川、長井、前川)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(43)〜山形県のダム〔中〕(蔵王、寒河江、白水川、新鶴子、神室、田沢川)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(44)〜山形県のダム〔下〕(月光川、荒沢、月山、温海川、横川)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(45)〜千葉県のダム〔上〕(山倉、高滝、亀山)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(46)〜千葉県のダム〔中〕(片倉、郡、矢那川、保台、山内)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(47)〜千葉県のダム〔下〕(印旛沼開発、利根川河口堰、東金、長柄)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(48)〜ダムの事典、ダムの紀行〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(49)〜ダムの切手、ダムの話、緑のダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(50)〜ダムの景観〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(51)〜ダム湖の生態〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(52)〜ダムの堆砂〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(53)〜茨城県のダム(飯田・花貫・小山・緒川)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(54)〜矢作川のダム(矢作・雨山・木瀬)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(55)〜埼玉県荒川のダム (上)(二瀬・有間)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(56)〜埼玉県荒川のダム (下)(浦山・合角・滝沢)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(57)〜長崎県のダム (上)(本河内高部/低部・土師野尾・萱瀬再開発)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(58)〜長崎県のダム (下)(相当・川谷・下の原再開発)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(59)〜熊本県のダム (上)(竜門ダム)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(60)〜熊本県のダム (下)(石打・上津浦・緑川・市房)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(61)〜鬼怒川のダム (上)(五十里・川俣)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(62)〜鬼怒川のダム (下)(川治・鬼怒川上流ダム群連携・三河沢)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(63)〜揖斐川のダム (上)(川浦・川浦鞍部・上大須)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(64)〜揖斐川のダム (下)(横山・徳山)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(65)〜長野県・味噌川ダム 〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(66)〜飛騨川のダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(67)〜木曽川水系阿木川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(68)〜桃山発電所、読書第1発電所、賤母発電所、落合ダム、大井ダム、読書ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(69)〜木曽川水系丸山ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(70)〜牧尾ダムと愛知用水 (上)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(71)〜牧尾ダムと愛知用水 (中)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(72)〜牧尾ダムと愛知用水 (下)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(73)〜呑吐ダム・加古川大堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(74)〜一庫ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(75)〜利根川水系神流川・下久保ダム、塩沢ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(76)〜阿武隈川水系白石川・七ヶ宿ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(77)〜利根川水系渡良瀬川・草木ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(78)〜利根川最上流・矢木沢ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(79)〜利根川水系楢俣川・奈良俣ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(80)〜神流川発電所(南相木ダム・上野ダム)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(81)〜雄物川水系玉川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(82)〜北上川水系江合川鳴子ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(83)〜北上川水系雫石川・御所ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(84)〜北上川四十四田ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(85)〜米代川水系森吉山ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(86)〜阿賀野川水系大川ダム・大内ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(87)〜東京都のダム(村山上貯水池・村山下貯水池・山口貯水池)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(88)〜東京都のダム(小河内ダム)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(89)〜筑後川水系・藤波ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(90)〜江の川土師ダム、太田川高瀬堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(91)〜遠賀川福智山ダム・遠賀川河口堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(92)〜江の川水系馬洗川支川上下川 灰塚ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(93)〜九頭竜川 九頭竜ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(94)〜九頭竜川水系真名川 笹生川ダム・雲川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(95)〜九頭竜川水系真名川・真名川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(97)〜吉井川水系苫田ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(98)〜旭川水系旭川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(99)〜利根川水系薗原ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(100)〜淀川水系琵琶湖支川野洲川ダム・青土ダム・姉川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(101)〜川内川・鶴田ダムとその再開発事業〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(102)〜筑後川・筑後大堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(103)〜阿武隈川水系大滝根川・三春ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(104)〜豊川水系宇連川宇連ダム・大島川大島ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(105)〜安里川水系安里川 金城ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(106)〜荒川水系中津川 滝沢ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(107)〜鹿児島県の川辺ダム、大和ダム、西之谷ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(108)〜肝属川水系串良川支川高隈川 高隈ダム〜
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 (古賀 邦雄)
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