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ダムの書誌あれこれ(76)
〜阿武隈川水系白石川・七ヶ宿ダム〜

 これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事を一部修正して転載したものです。著者は、古賀邦雄氏(水・河川・湖沼関係文献研究会)です。
◆ 1. 阿武隈川の流れ

 日本の河川について、流域面積の順次でみてみると、利根川16,840km2、石狩川14,330km2、信濃川11,900km2、北上川10,150km2、木曽川9,100km2、十勝川8,400km2、淀川8,250km2、阿賀野川7,710km2、最上川7,040km2、天塩川5,590km2、そして阿武隈川は5,400km2で、第11位である。周知のように、関東の利根川、九州の筑後川、四国の吉野川は、それぞれ坂東太郎、筑紫次郎、四国三郎と呼ばれているが、筑後川の流域面積は2,860km2、吉野川の流域面積は3,750km2となっており、これらの2つの河川は阿武隈川より小さい。東北地方においては、阿武隈川は北上川、最上川に次いで重要な河川であることは間違いない。

 阿武隈川の流れについて、国土開発調査会編・発行『阿武隈川・北上川・雄物川・最上川』(平成元年)には、次のように記されている。

 「阿武隈川は、東北地方の南東部に位置する福島県白河郡西郷村大字鶴生の1,835mの標高を持つ旭岳にその源を発し、これより渓流は東に向かって流れ、白河市を経てから北に向きを変え、阿武隈高地および奥羽山脈から発する社川、釈迦堂川、大滝根川、五百川、移川、荒川、摺上川等の支川をあわせて、福島県のほぼ中央である中通り地方の安積、信夫盆地を北上し、狭窄部を経て、宮城県に入り、さらに白石川等の支川をあわせて仙南平野を東流し、岩沼市において太平洋に注いでいる。その幹川239q、総延長1,931.10qで、その流域は福島・宮城・山形の3県にまたがり、流域面積は5,400km2を有する大河川である。流域人口は約126万人を擁し、福島・宮城両県における社会、経済、文化の基盤を成し、本水系の利水と治水について果すその意義は極めて大きい。」

 七ヶ宿ダムが建設されたのは、この阿武隈川水系左支川白石川である。白石川は流路延長60.2q、流域面積813.6km2という阿武隈川最大の支流である。白石川は奥羽山脈蔵王山系の山形・宮城県境の金山峠(標高806m)を水源とし、苅田郡一帯の山間の渓流を集めて東流し、蔵王山系の南東麓を流下して白石市塩倉にて北折し、同市福岡蔵本付近で北東に向かい、白石市北西部を流下、平地部に入り、斉川、児捨川、松川などを合わせ阿武隈川に合流する。

 七ヶ宿ダムは、白石川の宮城県苅田郡七ヶ宿町大字渡瀬地先に、平成3年に建設省(現・国土交通省)により建設された。なお、七ヶ宿町は、現在国道113号線が貫いているが、江戸時代、奥州、羽州を結ぶ街道の一つで、仙台領内に七つの宿場があったことから、町名になったという。七ヶ宿町は、当時、陸奥、出羽13大名の参勤交代や城米の輸送、また出羽三山参りで賑わったところで、歴史と文化の町である。

 七ヶ宿ダム建設に関しては、建設省東北地方建設局七ヶ宿ダム工事事務所編・発行『工事誌 七ヶ宿ダム』(平成4年)、同『写真集 七ヶ宿ダム』(平成4年)、同『図集 七ヶ宿ダム』(平成4年)が刊行されており、これらの書により、七ヶ宿ダムの建設背景、建設経過、目的・諸元、建設の特徴などを追ってみたい。

『工事誌 七ヶ宿ダム』

『写真集 七ヶ宿ダム』

『図集 七ヶ宿ダム』
◆ 2. 七ヶ宿ダムの建設背景

 阿武隈川における大出水はほとんどが台風によるものである。昭和13年9月の台風は、岩沼上流で流域平均2日164o、岩沼地点で最大流量4,430m3/sに及び、昭和16年7月の台風では、228oの降雨があり、岩沼地点において5,450m3/sに達し、阿武隈川支川の随所で破堤、溢れ、岩沼水位観測所では、最高水位8.04mを記録した。阿武隈川の直轄河川改修工事は、大正8年に福島基準点において計画高水流量を3,900m3/sとして開始され、昭和11年に工事は着手したものの、戦争等で中断し、その後中断をはさんで、前述のように洪水を契機として、第一の流量改訂を行い、改修工事が実施されてきた。

 昭和16年7月の洪水を契機として、昭和17年福島基準点で4,400m3/sの第一次流量改訂を行なった。しかしながら、昭和23年のアイオン台風と前線との作用によって、宮城県、岩手県にかけて大豪雨をもたらした。総雨量は白石291oとなり、阿武隈川及び支川において随所で破堤、逆流を生じ、岩沼観測所では、最高水位7.43mに達し、その被害は死者11名、流出家屋148戸を含め全被災家屋8,267戸など、多大な被害を及ぼした。昭和26年に第2次改訂を行ない、福島基準点4,500m3/sとした。

 さらに、昭和28年8月の洪水は、熱帯性低気圧によるもので、特に宮城県中部の名取川流域から南部の白石川流域にかけて未曾有の大洪水となった。白石川では、遠苅田で総雨量367.3o、横川で総雨量317.1oを記録し、下流下大河原地点で最高水位17.97m、岩沼地点で6.55mに達し、白石川及び阿武隈川などで破堤、溢水を生じた。その被害は氾濫面積360ha、全被災家屋数千戸に及んだ。その後もまた水害は生じた。昭和33年9月、同41年6月、同41年9月と台風が襲った。さらに、近年阿武隈川流域内の人口・資産の増大と開発は著しく、治水の安全性の確保が必要とされた。阿武隈川水系一貫としての治水新計画は、昭和49年4月に樹立された。それは阿武隈川の基準地点福島において基本高水流量を7,000m3/s、岩沼において10,700m3/sとし、三春ダム、摺上川ダム、七ヶ宿ダム等のダム群により洪水調節を行い、計画高水流量を福島で5,800m3/s、岩沼で9,200m3/sとする計画に改訂された。さらに白石川流域における都市化に伴い都市用水の供給を図るために、七ヶ宿ダムの建設が進められた。


◆ 3. 七ヶ宿ダムの建設経過

 このような治水、利水の重要性を背景のもとに、七ヶ宿ダムは昭和46年より予備調査、48年から実施調査に入っていたが、建設地点の歴史と文化を誇る七ヶ宿町渡瀬、原、追見の3地区では、ダム水没によって移転世帯164に及び、町の経済などに多大の影響を受けることから、住民たちの激しいダム反対がおこった。その後紆余曲折を経て、昭和55年8月に「七ヶ宿ダム建設に伴う一般補償協定」が締結され、昭和56年8月ダム本体建設第1期工事に着手し、平成3年10月に竣工式を迎えた。着工以来18年余の歳月を経てダム湖の誕生である。七ヶ宿ダムにおける建設経過について次のように辿ってみた。

昭和48年4月 七ヶ宿ダム調査事務所開設
  49年7月 調査立入に関する覚書締結
    9月 渡瀬、原、追見公民館等に生活相談所開設
  51年5月 七ヶ宿ダム工事事務所に改称
  52年6月 用地調査を開始
  53年3月 水源地域対策特別措置法第2条に基づく「ダム指定」
  54年6月 損失補償基準を提示
    12月 水源地域整備計画が決定
  55年8月 「七ヶ宿ダム建設に伴う一般補償協定」締結
    11月 水没地権者との個別補償契約開始
  56年8月 七ヶ宿ダム本体建設第1期工事を契約
  57年1月 材木岩1号トンネル開通式
  58年10月 白石川仮排水路転流
       七ヶ宿ダム本体建設第2期工事契約
  59年8月 二次締切盛立開始
    11月 骨材製造設備運転開始
  60年3月 洪水吐き初打設
    4月 二次締切盛立完了
    6月 コア盛立開始
  61年10月 七ヶ宿ダム本体建設第3期工事契約
  62年5月 七ヶ宿ダム本体建設第4期工事契約
  63年7月 洪水吐きコンクリート打設完了
    9月 フィル堤体盛立完了
平成元年8月 七ヶ宿ダム本体建設第5期工事契約
    10月 試験湛水開始
  2年11月 国道113号線付替道路全線開通
  3年10月 七ヶ宿ダム竣工式
  4年4月 ダム管理移行
  5年4月 水と歴史の館がオープン
  19年9月 水と雲の流れる広場を一般に開放する

◆ 4. 七ヶ宿ダムの目的・諸元

 七ヶ宿ダムのホームページにより、ダムの目的を次のように追ってみた。

@ 洪水調節
 ダムサイトの計画洪水流量1,750m3/sのうち1,500m3/sを貯水池へ貯めこみ、下流へ250m3/sを放流する。この洪水調節により下流の洪水被害の軽減を図る。
 七ヶ宿ダムでは、完成から平成18年度末までに7回の洪水調節を行い、ダムからの放流を最小限に抑えることで、下流域における洪水被害の低減に役立ってきた。平成18年12月の大雨では、ダムへの流入量は最大約290m3/sを記録し、約14m3/sの水を放流し、約1,340万m3の水を貯めることができた。
A かんがい用水
 白石川沿岸など約2,800haの農地に対し、かんがい用水を補給する。
B 流水の正常な機能の維持
 下流既得用水の安定した水利用を確保し、河川の正常な機能を維持する。
C 水道用水
 仙台市を含む7市10町へ供給する仙南仙塩広域水道用水として、日量最大595,000m3(約183万人分)を供給する。
D 工業用水
 仙南地区の工業用水として、日量最大55,900m3を確保する。
E 管理用発電
 七ヶ宿ダムでは、ダムで使用するエネルギーを得るため管理用発電を行なっている。その規模は1号機・2号機を併せて3,600kWの発電を行い、余剰発電は東北電力に売電し、経費の節減を図っている。売電は年間2億円になる。

 続いて、七ヶ宿ダムの諸元をみてみたい。堤高90.0m、堤頂長565.0m、堤体積527万m3(フィル510万m3、コンクリート17万m3)、総貯水容量10,900万m3、有効貯水容量9,950万m3、型式は中央土質遮水壁型ロックフィルダムである。起業者は建設省、施工者は佐藤工業・青木建設・フジタで、事業費は1,260億円を要した。

◆ 5. 七ヶ宿ダムの用地補償

 ダム建設の完成には、用地補償の解決は絶対に欠かせない。七ヶ宿ダムの補償地区は、七ヶ宿町における渡瀬、原、追見の3地区、それに白石市における冷清水と大熊の2地区である。補償関係については、建設省東北地方建設局七ヶ宿ダム工事事務所編・発行『七ヶ宿ダム 補償と生活再建(昭和59年)の書が、大変よく纏められており、この書によって用地補償をみてみたい。

 七ヶ宿ダムの事業用地は、水没地と付替道路を併せて465.8ha、移転世帯は水没158(関係者628人)、準水没5(関係者22人)、付替道路1(関係者3人)で、合計164世帯(関係者653人)である。また公共補償として、渡瀬、原、追見地区における3公民館の除却補償、白石営林署渡瀬担当区事務所の現物補償、七ヶ宿町の行政費負担等である。特殊補償として、東北電力(株)渡瀬発電所が水没するため廃止補償、苅田発電所の取水口が水没するため代替施設建設期間中の休電補償、白石川漁業協同組合に対する漁業補償などが行なわれた。


『七ヶ宿ダム 補償生活再建
 七ヶ宿ダムの補償交渉を振り返ってみると、昭和45年からの諸々の調査から10年後の昭和54年6月に「損失補償基準」を提示するが、妥結に至らず、この頃が恐らく、用地担当者としては一番苦しかった時期と思われる。だが、再度補償基準に関し、粘り強く交渉を重ね、翌年昭和55年8月、 「七ヶ宿ダム建設に伴う一般補償協定」の締結に漕ぎつけた。一年あまりの交渉力は賞賛に値する。この書には在職時の思い出として、用地担当者の生の声が収録されている。その声を聞いてみよう。そこにはダム事業を完遂させようという意志が貫徹している。

 「忘れえぬ日」小野寺秀一・用地第一係長(在職期間 昭和53年4月〜56年4月)

 「昭和54年6月29日 午前10時、七ヶ宿町立関中学校、七ヶ宿ダム建設に伴う損失補償基準発表会場。着任早々の小暮用地部長から大山渡瀬ダム対策委員長、岩松小原地権者会委員長に基準書を提示し、山川用地第二課長から内容の説明に入った。説明が建物移転料の項に入った時と記憶している。「−−−−−!」突然、渡瀬ダム対協の役員の一人が叫び声をあげた。それを合図に全員がパンフレットを天井目がけて放り投げ、総退場してしまった。それをみた小原地権者の会員も退場を始める。 地建職員及び県、町の関係者を残して地権者全員が退場するまで3分程度を要しただろうか。当時調査立入等で地権者と第一線で接していた小生は、当日、受付係として出入口でこの様子を目撃したが、付き合っていた役員が噛み付くようにして、抗議しながら出て行ったあの日を、いつまでも忘れないだろう。このことがあってから、事務所と対協の関係が正常化するのに、富沢町長のあっせんにもかかわらず、数ヵ月を要した」

 このことについて、斉藤賢一七ヶ宿ダム工事事務所長(在職期間 昭和53年4月〜58年6月)も、次のように述べている。

 「七ヶ宿ダムのこれまでの歩みは、正に用地の歩みであり、生みの苦しみから誕生の喜びへの歳月であったかと思われます。私は、その後半をたずさわらせて頂きましたが、苦労が多いほど、思い出も深いとかで、過ぎし日のさまざまのことが、昨日のことのように想い出されてなりません。
 忘れもしない悪夢のような出来事−それは昭和54年6月29日の基準発表会での一斉退場です。罵声と怒号で騒然とする中で、呆然と立ちつくし、最後に重い足どりで去って行った大山委員長の後姿、その時の様子は今でも忘れられません。そこには自分の姿も重なって見たように思えてならないのです。このハプニング以来の半年間はお互いに相手の出方待ちのにらみ合いが続きましたが、結果的にはこの冷却期間が地権者内部に自浄作用が働いたことになったと思っています。
 補償基準の発表は、従来から地権者全員を集めた発表会の場で公表する形式がとられてきましたが、それを逆手にとられるようでは、むしろ考え直さなければとの教訓になった苦い経験でした。
 そして補償協議が再開され、緊迫した交渉を経て、補償額の詰めが最終的に合意した時は、本当に感慨無量なものがあり、ほっとした思いでした。私のみならず苦労に苦労を重ねてきた関係職員の一人一人が同じ心境であったと思います。宿願かなって晴れて迎えた妥結調印式、その日のことは生涯忘れえぬ思い出です。協定書調印に先立ち、経過報告をさせて貰いましたが、報告の途中から押さえていた感情が段々昂ぶるのをどうすることも出来ず、絶句すまいと懸命に努力したものでした。」

 図らずも、小野寺用地係長と斉藤所長は、昭和54年6月29日の補償基準提示日を忘れえぬ一日と意義付けている。結果的にはこの日を境として、起業者と地権者とが真の信頼関係を築く契機となったのではなかろうか。そして昭和55年8月27日「七ヶ宿ダム建設に伴う一般補償協定」が締結された。

◆ 6. 七ヶ宿ダムの技術的特徴

 ダムサイトの地質は脊梁グリーンタフ地域に属し、新生代第三紀中新世の砂質凝灰岩・火山礫凝灰岩等を主体とする赤井畑層と、赤井畑層を覆うように弥太郎山火山岩類が分布する。また、これらの地層を貫いて流紋岩や安山岩、石英安山岩、玄武岩等も分布している。ダムのタイプは高さ90mのロックフィルダムであり、コアゾーンは長崎平から採集した材料をストックパイルで調整後、タンピングローラーで転圧、フィルターゾーンは長崎平と河床砂礫等を採取し、ストックパイルで調整後、振動ローラーで転圧、ロックゾーンはありや山の石英安山岩を重ダンプで直送し、振動ローラーで転圧する工法がとられた。なお、七ヶ宿ダム施工における技術的特徴について、建設省東北地方建設局河川部編・発行『東北のダム五十年』(平成5年)によれば、次の3つを掲げている。

@ ベルトコンベヤによるコンクリート打設

 七ヶ宿ダムの洪水吐きの形状は、ダム軸に対して斜め方向に延長約300m、高低差約63m、シュート部の勾配23度で、コンクリート量が17万m3に及ぶ大規模な構造物である。当時、建設省ではフィルダム洪水吐きコンクリートの合理化施工法として、ポンプやベルトコンベヤ工法の研究開発が進められていた。その成果を踏まえ、七ヶ宿ダムでは、ベルトコンベヤ工法で施工された。即ち、洪水吐き流入部上流に設置するバッチャープラントとフィーダーコンベヤから減勢池部下流端までのコンクリート運搬用の主コンベヤを洪水吐きの縦断形状に沿って敷設した。打設設備は流入部にコア及びアバット部等コンクリートの大量の柱状打設を考えた固定式旋回クライミングスプレッダーを、シュート部と減勢部は自走式旋回スプレッダーを設置した。走行方法はシュート部をインクラインで、減勢部は自力走行の構造となっている。したがって、フィーダーコンベヤから供給されるコンクリートを主コンベヤの途中で流入部・シュート部・減勢部等の各打設ヤードへ切替え、連続した運搬可能な設備構造で、合理化施工としてベルトコンベア工法の発展に寄与することができた。


A 軟質基盤岩部監査廊の設計施工

 前述のように、ダムサイトの地質基盤は複雑となっているために、監査廊の設計においては、FEM2次元解析及び岩盤特性値急変部での3次元を「米国NASAのプログラム」を活用した計算を行い実施設計に反映させた。解析の結果、最大圧縮応力は監査廊の側壁と底盤の隅角部に生じた。したがって隅角部にハンチを設けることは応力集中を緩和する上で非常に効果的であり、また、監査廊縦断方向については、河床部石英安山岩部と凝灰岩部の境界付近に変位と応力が集中するので、変化点とジョイントを一致させることにした。

 施工においては作業日数の短縮と、基盤の振動及びゆるみを発生させない仕上げ掘削工法として、ロードヘッダの掘削技術を応用し、油圧切削機(MTツインヘッダ、能力15m3/h)を開発した機械施工により作業日数の短縮と安全性の向上を図っている。さらに、掘削法面の保護はコンクリート吹付け工法を採用。透水性強度等の試験結果により、吹付けコンクリートを除去せずに監査廊コンクリートの打設を行なっている。
 以上の結果、基礎岩盤と監査廊コンクリートの一体化を図るコンタクトグラウチング時の透水試験結果では、平均0.5ルジオン程度となり、基盤の緩みの発生や劣化も少なく良好な施工となった。


B 上流二次締切をアスファルトコアで施工

 七ヶ宿ダムの上流二次締切は地形等の条件から、堤高34m、堤頂長336m、堤体積55万m3と大規模になっている。これを工事の全体工程上、非洪水期間内に完成させる必要から冬期間でも安定した施工可能な工法について各種構造の比較検討の結果、施工性、経済性等に優れるセンターアスファルトコア型フィルタイプを採用し実施した。アスファルトコアによる内部遮水壁工は全国でも例が少なく、地建管内で御所ダムの堤高14.5mの施工例があったが、規模としては全国で最大級のものとなった。

 構造は、盛立材料としてロック材は現場発生材(本体掘削ズリ)を内部に、外部は原石山から、トランジション材は河床砂礫をmax100oとした。またコア用アスファルト混合物は配合試験で最適アスファルト量を6%にして、本施工に先立ちこれら各種材料の盛立試験を行い、施工機種や転圧回数を決定し施工を行なった。

◆ 7. おわりに

 すべてのダムは完成までには、いろいろなドラマが生じる。どのような立場においてダム建設に関わるかによって、そのドラマは相違するものだ。水没者及び地権者、起業者(起業者も用地担当者と技術者は全く異なってくる)、施工者の人たち。さらに宮城県、白石市、七ヶ宿町の行政における関係者等々。結果的にはすべての関係者の協力によって七ヶ宿ダムは誕生した。七ヶ宿ダムは、平成4年4月に管理に移行し、平成22年2月現在、すでに20年が過ぎようとしている。その間治水、利水の効果を十分に発揮している。


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(2011年7月作成)
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  [テ] ダムの書誌あれこれ(60)〜熊本県のダム (下)(石打・上津浦・緑川・市房)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(61)〜鬼怒川のダム (上)(五十里・川俣)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(62)〜鬼怒川のダム (下)(川治・鬼怒川上流ダム群連携・三河沢)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(63)〜揖斐川のダム (上)(川浦・川浦鞍部・上大須)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(64)〜揖斐川のダム (下)(横山・徳山)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(65)〜長野県・味噌川ダム 〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(66)〜飛騨川のダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(67)〜木曽川水系阿木川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(68)〜桃山発電所、読書第1発電所、賤母発電所、落合ダム、大井ダム、読書ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(69)〜木曽川水系丸山ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(70)〜牧尾ダムと愛知用水 (上)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(71)〜牧尾ダムと愛知用水 (中)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(72)〜牧尾ダムと愛知用水 (下)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(73)〜呑吐ダム・加古川大堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(74)〜一庫ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(75)〜利根川水系神流川・下久保ダム、塩沢ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(77)〜利根川水系渡良瀬川・草木ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(78)〜利根川最上流・矢木沢ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(79)〜利根川水系楢俣川・奈良俣ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(80)〜神流川発電所(南相木ダム・上野ダム)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(81)〜雄物川水系玉川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(82)〜北上川水系江合川鳴子ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(83)〜北上川水系雫石川・御所ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(84)〜北上川四十四田ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(85)〜米代川水系森吉山ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(86)〜阿賀野川水系大川ダム・大内ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(87)〜東京都のダム(村山上貯水池・村山下貯水池・山口貯水池)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(88)〜東京都のダム(小河内ダム)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(89)〜筑後川水系・藤波ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(90)〜江の川土師ダム、太田川高瀬堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(91)〜遠賀川福智山ダム・遠賀川河口堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(92)〜江の川水系馬洗川支川上下川 灰塚ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(93)〜九頭竜川 九頭竜ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(94)〜九頭竜川水系真名川 笹生川ダム・雲川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(95)〜九頭竜川水系真名川・真名川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(96)〜ダムマニアの撮った写真集〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(97)〜吉井川水系苫田ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(98)〜旭川水系旭川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(99)〜利根川水系薗原ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(100)〜淀川水系琵琶湖支川野洲川ダム・青土ダム・姉川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(101)〜川内川・鶴田ダムとその再開発事業〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(102)〜筑後川・筑後大堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(103)〜阿武隈川水系大滝根川・三春ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(104)〜豊川水系宇連川宇連ダム・大島川大島ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(105)〜安里川水系安里川 金城ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(106)〜荒川水系中津川 滝沢ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(107)〜鹿児島県の川辺ダム、大和ダム、西之谷ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(108)〜肝属川水系串良川支川高隈川 高隈ダム〜
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 (古賀 邦雄)
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