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ダムの書誌あれこれ(92)
〜江の川水系馬洗川支川上下川 灰塚ダム〜

 これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事を一部修正して転載したものです。著者は、古賀邦雄氏(水・河川・湖沼関係文献研究会)です。

◆ 1. 広島県三次市の水景

 平成23年7月8日、広島駅からJR芸備線に揺られ三次みよし市に向かった。太田川左岸沿いに走るが、堤防の高さでなかなか河川が見えてこない。玖村駅のところで根ノ谷川と三條川とが合流する。出水時のあとで、三條川は滔々と流れており、車窓から眺めると至る所に取水堰が設けられ両岸の青々とした水田に水が送られている。取水堰もいろいろなタイプがあって、斜め堰、直線堰、それに魚道も設置されている。芸備線と県道37号線、それに三條川が並行する田園風景はなかなかよい。向原駅手前で三條川は芸備線から離れ、列車は吉田口駅の付近から西の方から流れこむ江の川(可愛川)に沿って走り、間もなく三次駅に着いた。一時間半ほどの2両ディーゼル車の川旅であった。

 三次市内で最初に目についたのは、下水道マンホールの蓋に鵜飼が描かれていたことである。鵜飼の盛んなところである。それに、「1.2m昭和47年7月 洪水実績浸水深 日頃から、避難所・避難経路を確認しておきましょう 三次市 三次河川国道事務所 2008、3設置」の洪水表示板だった。

 江の川は中国地方第一の長流で、延長194q、流域面積3,870km2、中国太郎とも呼ばれる。広島・島根県境の阿佐山(標高1,218m)に発し、広島県北部を東流し、北流して小支川を合わせ、三次市において、馬ば洗せん川、西城川、神瀬川を合流し、狭窄部となって島根県に入り、出羽川、八戸川などを合わせて江津市において日本海に注ぐ。水量は豊かで、河床勾配は緩く、かつては水運が盛んで山陰と山陽を結ぶ文化、経済の通過路であった。石見銀山経営とたたら製鉄の盛業により、島根側では、江津、川本、浜原、広島側で三次、作木などの河港集落が発展した。上り船には米、塩、茶、瓦類、下り船には楮、木材、薪炭、和紙、銑鉄を積み、人も乗せた。1930年(昭和5年)、江の川に沿ってJR三さん江こう線が江津−川戸間に開通してから舟運は衰退し、1953年(昭和28年)、中国電力(株)によって浜原ダムが島根県美郷町に完成し、航行は不能となった。

 流域内の人口は三次盆地と河口部に集中する。三次市は人口約56,000人、上述したように三次市で3川が合流するところで、三次は茗荷の子でかわばりといわれている。 「かわ」は茗荷の皮と川をかけており、水害が起こりやすいところを意味している。

◆ 2. 三次市の水害

 明治以降の主なる三次市の水害ついて、江の川編集委員会編・発行『江の川』(平成4年)に次のように記されている。

明治2年 洪水 陰霜80日間綿入れを着用
     秋に実らず 早霜 大凶作
  6年 8月29日三次十日市大水 助け舟51
  13年 大洪水
  23年 7月4日大洪水十日市町中船を浮かべて往来
  26年 10月10日大雨大洪水 水量二丈九尺 浸水900戸 全潰39戸
大正8年 7月1日より雨 大洪水 浸水多し
  12年 大洪水 7,000戸余 田畑8割浸水
昭和元年 堰堤一部切り下げ
  2年 熊見発電所完成(作木村)
  16年 大洪水 道路・橋決潰
     十日市「赤壁」「弁天」付近堤防完成
     巴橋下手堤防完成
  20年 60年来の大洪水広島県下死者1,239人
     馬洗川左岸「赤壁」堤防決潰 十日市上原より浸水
  40年 6月20日 7月21日・23日大洪水
     道路鉄道寸断
     京蘭寺〜巴橋堤防完成
  47年 7月豪雨

 これらの三次市の水害特性について、江の川上流域は備北山地、吉備高原(高田高原・世羅台地・神石高原)、三次盆地の三つの地形面を流域とし、その地形特性が洪水の特徴を表すとして、次のように、建設省三次工事事務所編発行『水禍を顧みて』(昭和56年)に、述べている。


@ 本川を含む4大支川、すなわち可愛川(本川)、馬洗川、西城川、神野瀬川の水系パターンが異なり、さらにそれは三次盆地で求心的に合流していることである。可愛川は広島県北西部に水源をもち、高田高原上を東南流したあと、90度方向を転じ北東に流下して三次盆地に至る。これに合流する支流はいずれも可愛川本流に比べてごく小さく、流域は全体として細長く、水系パターンは北東から南西の主方向とそれに直交する構造線に支配された格子状を示す。次に、広島県中央部の起伏の少ない世羅台地に水源を発する馬洗川は、本流に匹敵する美波羅川や上下川を支流に持ち、きわめて丸味を帯びた流域形状と典型的なモザイク状の水系パターンを有している。一方道後山に源を発する西城川は、備北山地を急流をなして南下し、さらに西南流して、三次盆地で馬洗川に合流する。備北山地内の支川は東西方向の構造線に沿った流路を有するが、全体として北東〜南西方向の水系が卓越している。神野瀬川は、北東〜南西方向の直線的な水系を示す上流部ではやや緩勾配であるが、それより下流ではかえって急流をなし、三次盆地下流で江の川に合流する。



A 各流域いずれにも数多くの小盆地が発達し、盆地と峡谷が交錯することである。すなわち、可愛川では大朝盆地、八重盆地が、馬洗川では吉舎盆地、三良坂盆地が、西城川では西城盆地、庄原盆地、比和盆地が、また、神野瀬川では新市盆地、君田盆地が、いずれも狭窄部を挟んで分布している。なかでも神野瀬川の新市盆地と君田盆地の間の狭窄部は延長20qに及び、大規模な穿入曲流となっている。

B 三次盆地の下流に中国山地を横断する先行谷、通称江の川関門を控え、求心的に集中する4河川の水の疎通を妨げていることである。このことは、求心的水系パターンと重なりあって、三次盆地に常襲的な水害地域の性格を与えている。

 以上のような流域特性は、降雨分布と関連し合って、三次盆地に非常に複雑な出水をもたらしている。降雨をすぐに反映して急激に出水する西城川と、徐々に出水する馬洗川の増水に対して、当地方では「西城の男水」、「馬洗川の女水」と表現して警戒している。しかし、最終的には、三次盆地の洪水は馬洗川の出水いかんによって決まるといわれている。その意味では、後述するが、馬洗川支川上下川に灰塚ダムが完成したことは、治水にとっては大きいと言わざるを得ない。

 なお、昭和47年7月9日から13日にかけて、梅雨前線による400oを超える豪雨は、広島県・島根県に甚大な被害を及ぼした。江の川流域における三次市やその周辺にも未曽有の大水害をもたらした。江の川上流域の被害状況は、死者は三次市6人、庄原市7人、甲奴町、君田村、作木村、西城町はそれぞれ1人となっている。計17人。それ以外に行方不明者が3人、負傷者61人である。家屋被害では全壊206棟、半壊2,255棟、床上浸水4,052棟、床下浸水5,824棟、耕地被害流失埋没447haに及んだ。

◆ 3. 灰塚ダムの建設

 灰塚ダムは、江の川水系馬洗川支川上下川の広島県三次市三良坂町仁賀地先に、国土交通省によって、平成19年3月に完成した。ダムサイトの位置は、馬洗川と上下川の合流点から、10q上流で上下川の狭窄部の三良坂灰塚地区に決定した。このダムの建設について、 「灰塚ダム湖とその周辺の生活」編集委員会編『灰塚ダム湖とその周辺の生活』 (灰塚ダム建設対策三町連絡協議会・平成10年)、灰塚ダムパンフレット等により、追ってみたい。

 江の川流域では、たびたび水害が生じ、昭和28年からは、建設省の直轄事業として改修工事が行われてきた。灰塚ダム建設事業は、昭和40年から予備調査が開始され、地元3町に対し、三良坂町、惣領町、吉舎町へ調査を申し入れたが、地元では「灰塚ダム建設反対同盟会」が結成され、現地調査の受け入れが拒否された。昭和47年7月の豪雨災害を契機に、ダムの必要性が認められ、紆余曲折のすえ、建設が進み、平成19年3月に完成した。


『灰塚ダム湖とその周辺の生活』


 ダムの諸元は、堤高50.0m、堤頂長196.6m、堤体積16.4万m3、非越流部標高251.0m、集水面積217km2、湛水面積3.54km2、総貯水容量5,210万m3、有効貯水容量4,770万m3(洪水調節容量3,800万m3・利水容量970万m3)、平常時最高貯水位EL.231.2m、サーチャージ水位247.3mである。放流設備として、常用洪水吐き(自由放流)1門、常用洪水吐き(オリフィス)2門、非常用洪水吐き(自由越流)1門、環境用水放流設備2門が設置されている。型式重力式コンクリートダム、起業者は国土交通省、施工者はフジタ・竹中土木・不動テトラで、事業費は1,800億円を要した。


◆ 4. 灰塚ダムの目的

 灰塚ダムは、三次市とその周辺地域の水害の減災と、水道用水の需要、それに河川環境の維持に対応するために建設された。

@ 洪水調節
 灰塚ダムは、江の川上流ダム群の一つとしてダム地点における計画高水流量1,150m3/sのうち750m3/sの洪水調節を行い、江の川の上流部及び馬洗川沿川の水害を軽減する。

A 既得取水の安定化・河川環境の保全
 ダム地点より下流の上下川、馬洗川、江の川上流沿川の耕地等は江の川を水源としており、これらの地域の既得用水の取水の安定化及び河川環境の保全のための流量を確保する。

B 水道用水の供給
 三次市、庄原市における水道用水の需要増大に対応するため、新たに三次市に対して0.116m3/s(10,000m3/日)、新たに庄原市に対して0.058m3/s(5,000m3/s)の取水を可能とする。


◆ 5. 灰塚ダムの建設過程

 灰塚ダムの建設経過は、昭和40年からの予備調査が開始されて以来、完成まで44年間の長きにわたった。そのプロセスは次の通りである。

昭和40年4月 灰塚ダム予備調査開始
  41年9月 現地立ち入り調査を三良坂町、総領町、吉舎町へ要請
       地元有志による「ダム反対期成同盟会」の結成
  42年7月 灰塚・知和・木屋関係地区で「建設反対同盟会」の結成
  45年4月 「灰塚ダム三町連絡協議会」の開催
  47年7月 梅雨前線による江の川流域大水害
  48年3月 江の川水系工事実施基本計画の改定
  49年4月 江の川総合開発調査事務所を庄原市に開設し、実地計画調査を開始
  59年10月 地元から調査立ち入りの了解を得て、現地調査開始
  63年4月 江の川総合開発工事事務所に改称し、建設事業開始
平成元年3月 「灰塚ダム建設事業に係る環境影響評価書」公告
  2年1月 「灰塚ダムの建設に関する基本計画」告示
    3月 水源地域対策特別措置法によるダム指定を受ける
  4年3月 水源地域対策特別措置法による水源地域整備計画の決定
    4月 「灰塚ダム学術調査団・生活部門調査委員会」の結成
    11月 灰塚ダム用地補償基準妥結調印
  5年10月 灰塚用地補償地・「のぞみが丘」開村式
  6年3月 吉舎町・灰塚ダム新生活激励会
    4月 稲草用地補償地・「田総の里」里開き
  12年6月 「灰塚ダムの建設に関する基本計画(変更)」告示
  13年3月 灰塚ダム本体工事着手
  14年10月 堤体コンクリート打設開始式
  15年3月 灰塚ダム定礎式
    8月 県道三良坂総領線、同梶田三良坂線供用開始
  16年9月 堤体コンクリート打設完了式
  17年7月 試験湛水開始
  18年4月 試験湛水完了
    11月 灰塚ダム竣工式
  19年4月 灰塚ダム管理・運用開始

◆ 6. 灰塚ダムの生活再建地

 灰塚ダムの水没地区は上下川流域における広島県双三郡三良坂町、吉舎町、甲奴郡総領町の一部にまたがる。現在、三良坂町と吉舎町は三次市に、総領町は庄原市へそれぞれ合併している。水没面積437haのうち三良坂町が271ha、吉舎町が69ha、総領町が97ha、水没戸数はそれぞれ177戸、54戸、101戸の計332戸という大規模の移転補償となった。灰塚ダムにおいては、生活再建と地域整備については、 「灰塚方式」という合意形成がなされた。その原則は、@重要事項決定条件のしばり、A国、県、町との基本契約は一年ごとに、その内容や範囲を明示しての協定とすること、B先行的な生活再建づくりや周辺整備をする、Cダム建設にかかわらず地区住民の生産・生活条件整備事業の実施、の4項目であった。

 年月を重ねながらも、地元民の合意形成が成り立った。移転者の多くは、各町内に整備された生活再建地で暮らしている。

@ 灰塚生活再建地(のぞみが丘)

 三良坂町では、県道三良坂稲草線の才の峠の西南丘陵の東北斜面を削り、造成面積71.2haに142戸が生活する。再建地内には田畑、神社、寺、小学校も移転した。また、再建地内を流れる杉谷川では、住民による蛍が育てられ、毎年乱舞する様子が見られる。住民により「えみき公園」が整備され、住民から「えみきのじいさん」と呼ばれ親しまれてきた樹齢500年の椋木が移植されている。
 また、仁賀地区には「仁賀地区生活再建地」0.7haが造成され4戸が生活する。

A 安田生活再建地(ひまわり)

 吉舎町では大字安田の落合地区で、上下川は東西方向より南北方向に流れをかえ、安田の小盆地を潤している。屈曲地点すぐの左岸堤防東辺に「安田生活再建地」1.9haが造成され、安田・知和両地区の13戸が生活する。再建地に隣接してひまわり公園やパークゴルフ場が整備されている。ひまわり公園は、河川敷きを利用して整備されて親水公園となっている。また、付替市道沿いの一角は、希少春植物であるユキワリイチゲの生育地として地元住民が主体となって管理している。
 一方、再建地南隣には、安田小学校やJR福塩線の備後安田駅があり、再建地の中では比較的生活の利便に富んでいる。また、吉舎町の市街地南部の馬洗川東岸にも、安田地区をはじめ、知和地区からの移転者のための「吉舎地区生活再建地」が造成され、9戸が生活する。吉舎小学校、吉舎中学校、日彰館高校等をはじめ、吉舎町役場や関連施設が所在し、最も生活の基本条件が整っている。交通条件も整備され、JR福塩線や国道184号線も利用でき、三次、上下、甲山の各方面への分岐点でもある。

B 稲草生活再建地(田総の里)

 総領町では水没地域が彦の宮付近に及び、北部山麓を田総川が流れ南岸にやや広い川原となっており、ここに「稲草地区生活再建地」5.0haが造成され、40戸が生活する。再建地に隣接してせせらぎ水路、多目的広場、グランドゴルフ場が整備されている。また、付替林道沿いの一角は希少春植物であるセツブンソウの生育地として市や地元が管理し、毎年2月〜3月に「節分草まつり」が開かれている。

◆ 7. 灰塚ダム建設の技術的な特徴

 灰塚ダムは前述のように、堤高50.0m、堤頂長196.6m、堤体積16万4,000m3、総貯水容量5,210万m3の重力式コンクリ−トダムであり、放流設備として常用洪水吐き等が設置されている。灰塚ダム建設における技術的な特徴について、いくつか挙げてみる。

@ 拡張レヤ工法

 灰塚ダムでは、コンクリート打設合理化施工法として、拡張レヤ工法を採用した。この工法は従来のレヤ工法を、ダム軸方向に拡張して広い範囲にコンクリートを面状に打設する。広い施工現場による安全性の向上や汎用性の高い機械の導入を可能にすることができ、合理的に施工できる。
 灰塚ダムのコンクリート骨材は、水没する場所から比較的良質な玉石や砂が採取できたことから、河床の砂礫を利用した。通常のように原石山を掘削して骨材を採取しないため、山林の環境保全や建設コストの縮減ができた。1層75pリフトで拡張レヤ工法により本体コンクリート施工を施した。コンクリートの練り混ぜからの施工の流れは、コンクリートプラント→トランスファーカー→ケーブルクレーンによる運搬→コンクリート堤内放出→内部振動機による締固め→目地切機による目地切り→養生グリーンカット→次リフト打設の順である。
 灰塚ダムの主なコンクリート製造〜打設設備として、コンクリートプラント 2軸強制練4.5m3×1基、セメントサイロ サイロ600t輸送設備50m3/h、トランスファーカー 運搬能力 122.0m3/h、ケーブルクレーン 15.0t軌索式 コンクリートバケット4.5m3、クローラクレーン 100t(減勢工導流壁 堤趾導流壁)を使用した。

A 基礎処理の合理化

 灰塚ダムの建設では、ダム地点の岩盤の強化や岩盤内の遮水のための基礎処理(グラウチング)が技術指針改訂の試行開始に伴い合理的に施工できた。すなわち、過去の指針では、ダム堤体基礎の前面に必要であったが、今回、セメントミルクを注入する孔数が大幅に削減された。さらに、岩盤の遮水性、変形性、強度の基準が緩和され、注入の省略が可能となり、ダムの横断方向に注入するリムトンネルも不要になった。施工後の状況は良好で、遮水性、変形性などについての岩盤改良目的値を満たしている。


B 灰塚ダムの放流設備

 放流設備として、オリフィスと自由放流の常用洪水吐き、100年に1回程度発生する規模の洪水が発生した場合に越流させる非常用洪水吐き、ダム建設による河川流況の変化による環境への影響を軽減するための環境用水放流設備、それに任意の水深から取水が可能であり、貯水池や水温や濁り等を考慮して、最適な水深の水を放流する利水放流設備(選択取水設備)を設置している。


C 台形CSGダムの採用

 川井堰堤は、田総川に台形CSGダム型式で施工された。堤高13.5m、堤頂長146.0mの堰堤で、その役割は、灰塚ダムの洪水調節区域の土地の荒廃を防止し、田総川の流れを一時的に滞留させることにより、懸濁質の沈降を促進させ、ダム湖への流入水質の改善を図る。

 さらに、粗石付斜面式魚道(表面に石が付いた斜面になっている魚道で、場所によって水の流れる速さが異なる)と呼ばれる魚道を施工し、様々な魚が遡上できるようになった。創出された湖面やその沿岸をレクリェーションの場として利用できる。



◆ 8. 灰塚ダムの環境対策

 灰塚ダムでは、様々な環境に対し配慮されたダムとなっている。

@ 環境用水放流設備

 環境と名前のついた放流設備は全国的に珍しい。この環境用水放流設備は、出水状況を再現したり、洪水後の放流を早めたり、自然調節方式の弱点を補う。

○中小出水の再現……出水後期に、下流に被害の出ない程度の出水(200m3/s未満)を再現し、下流河川の付着藻類の剥離更新などの環境保全を図る。

フラッシュ放流……ダムに貯めた水を下流に流し、人為的に出水(最大100m3/s)を起こすことにより、鮎などの餌となる下流河川の付着藻類の剥離更新を促す。また、河原が水に浸ることにより、草木の種子が洗い流されるなどして、河原の樹林化の抑制にもなる。

○洪水調整後の早期放流……洪水後期に、ダムに貯まった水を下流に被害の出ない範囲(200m3/s)で速やかに放流することにより、ダムに貯まった濁水を早期に放流、下流河川の濁りが長期に及ぶことを防ぐ。

A 水質保全対策

○流入対策……知和堰堤・川井堰堤により流入河川の流れを滞留させることで、流入する土砂やそのほかの懸濁質の沈降、除去を促進し、また懸濁質に付着した窒素やリンも合わせて除去することができる。また、ウエットランド沼沢地には葦やマコモなどの水生植物、スゲ類やミゾソバなどの湿生植物が生育しており、これらの植物によるリンや窒素などの吸収効果によりダム湖へ流入する水質を改善する。

○貯水池内対策……水深10m〜15mのところから空気の泡を上昇させる曝気式循環施設を3基設置。この施設によりダム湖内の水に循環を起こし、水面付近の水温を下げるとともに水面付近で発生した植物プランクトンを下層に送ることでアオコ発生などの問題に繋がる増殖を抑制する。また、最大放水50m、最大放水直径90mの噴水で、アオコ等の発生を抑制している。
 なお、灰塚ダムでは定期的に水質調査を行い、富栄養化やアオコの発生を監視し、ダム湖周辺の小学生や流域住民に生活排水を削減するように、啓発活動も行っている。

B 動植物の保全対策

○重要な動植物の移植……ダムに水がたまって浸かる前に、地元民とともに、ユキワリイチゲ、カサグルマ、カタクリなどの貴重な植物を、ダム周辺の生育しやすい場所に移植した。また、動物の移植として、広島県のレッドデーターブックで準絶滅危惧種に指定されているオオタニシの生息分布や生息環境を調査し、ダム湖内となる地点に生息する個体を移植した。さらに、上下川水系で初めて確認されたイシドジョウは一部の生息地がダム湖内になることから、イシドジョウの生息場所及び生息環境を再調査して、移植した。才の峠広場はもともとヒキガエルの産卵場となる池があったので、公園の計画を進める中で、地元民の意見を聞いて、池の多くの部分を残している。

ダムサイト斜面の在来種による緑化……工事の時に削られてしまったダムサイトの斜面を早く元の緑の山に戻すために、元々周辺に生えていたアカメガシワ、ヌルデ、クサギ、ネムノキの4種類の種を利用して緑化を行った。

○知和堰堤・川井堰堤の魚道……灰塚ダムでは、鮎やオイカワのように比較的泳ぐ力が強い魚のほかに、ヨシノボリなどの泳ぐ力の弱い、主に川底に沿って遡上してくる魚が沢山生息している。ダム湖上流部に整備された二つ堰堤には、これらのさまざまな魚が遡上できるように、粗石付斜曲面式魚道と呼ばれる魚道を設置した。

○外来魚の対策……ダムに湛水が始まると、オオクチバスやブルーギルの外来魚が繁殖して、鯉、ギギ、カワムツなどの在来魚が駆逐され、本来の生態系が乱される。ブラックバスは、水深の浅い所にある砂礫(小石)に産卵する習性がある。灰塚湖では、その習性を利用し、人工産卵床を設置して、産卵を確認した後に水位を低下させたり、産卵床を引き上げるなどして乾燥させることで卵を死滅させ、繁殖させないように試みを行っている。
 また、ダムの貯水池に網を張り、ダムから下流に外来魚が降下することを防いでいる。そして、外来魚の持ち込みと再放流(リリース)の禁止の啓発活動を行っている。


C 自然の中で遊びながら学ぶ

 灰塚ダム湖周辺には、遊びながら自然を学ぶ施設が整備された。灰塚ダム記念公園、知和ウエットランド、安田ひまわり公園、木屋癒香(ゆうこう)の杜、大谷植物公園、モミジ山、なかつくに公園、きさ安田パークゴルフ場、田総(たふさ)の里スポーツ公園、トライアル広場などが設置されている。

◆ 9. お わ り に

 以上、灰塚ダムについて、概観してきたが、昭和47年7月豪雨を契機として、いままでダム反対の地元民は、ダム建設に傾いていった。しかしながら、水没移転家屋332戸、取得面積437haと、三良坂町、吉舎町、総領町の3町にもまたがり、その移転者の生活再建対策には、地元も行政側、それに起業者にとって、大変な努力が尽くされたことと推察される。昭和59年以降は、関係者による「灰塚方式」という合意形成がなされたことも、大きな役割を果たしたといえる。

 また、ダム建設には、原石山を不用として、河原から骨材を採取し、拡張レヤ工法基礎処理の合理化などにみられるように、最新の技術で施工している。さらに、環境対策についても、灰塚ダムの洪水調節区域の土地の荒廃を防ぐための川井堰堤、知和堰堤には、それぞれ魚が上り易いように、粗石付斜曲面式魚道が設置され、なおかつ動植物の保全対策として、外来魚オオクチバス、ブルーギルの駆除まで行われている。そして、環境対策等について、地元民の協力とともに行われているのが、特筆に値する。ダムは河川管理者だけのものではないことが証明されている。これからのダム管理は、地元民の理解と協力を必要とする時代になってきたといえるだろう。

 おわりに、江の川に関する書を挙げる。
・天野勝則著『川漁師の語り アユと江の川』(中国新聞社・平成8年)
・江の川水系漁労文化研究会編・発行『聞き書き 江の川物語』(平成11年)
・同『聞き書き 江の川物語第二集』(平成12年)
・同『江の川の瀬・淵と民俗』(平成17年)
・同『西城川の瀬と淵−西城川舟運圏を歩く』(平成18年)
・同『西城川の流域の瀬と淵 環境と魚類相の変遷』(平成20年)
・広島県立歴史民俗資料館編・発行『江の川流域の漁労用具』(平成13年)
・同『川に生きる 江の川の漁労文化報告書』(平成7年)
・三次市教育委員会編・発行『三次の鵜飼と川魚』(昭和52年)
・西 實著『三次の鵜飼』(三次市観光協会・昭和63年)
・双三教育研究所へき地部会編・発行『江の川』(昭和55年)
・作木村漁労文化研究会編・発行『聞き書き 江の川に生きる』(平成13年)
・佐々木 晋著・発行『可愛川−水と川と人のくらし』(平成3年)
・三次工事事務所編・発行『三十年史』(昭和59年)
・三次河川国道事務所編・発行『五十年史』(平成5年)
・同『江の川何でも事典』(平成19年)
・同『江の川いきもの事典』(平成19年)

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(2013年7月作成)
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  [テ] ダムの書誌あれこれ(16)〜神奈川県のダム(相模・城山・三保・宮ケ瀬)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(17)〜香川県のダム(満濃池・豊稔池・田万・門入・吉田)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(18)〜兵庫県のダム(布引五本松・引原・安富・安室・長谷・生野・青野・三宝・大路・大日・牛内・成相・北富士)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(19)〜富山県のダム(室牧・久婦須川・熊野川・境川・利賀川・城端・上市川・上市川第二・布施川ダム・大谷・朝日小川)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(20)〜吉野川水系の水資源開発ダム(早明浦ダム、池田ダム、旧吉野川河口堰)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(21)〜島根県のダム(尾原・志津見・山佐・三瓶・八戸・浜田・御部・大長見・美田・銚子)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(22)〜山口県のダム(小瀬川・弥栄・菅野・屋代・中山川・末武川・島地川・川上・荒谷・一の坂・今富・阿武川)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(23)〜黒部川のダム(仙人谷・黒四・宇奈月)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(24)〜京都府のダム(大野・天ケ瀬・高山・日吉)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(25)〜石川県のダム(子浦川防災・手取川・小屋・八ケ川ダム・医王)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(26)〜奈良県のダム(猿谷・坂本・大迫・室生・布目・白川)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(27)〜天竜川のダム〔上〕(泰阜・平岡・佐久間)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(28)〜天竜川のダム〔下〕(美和・小渋・市の瀬・大泉砂防・横川・片桐・箕輪)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(29)〜千曲川のダム〔上〕(奈川渡・水殿・稲核・高瀬・七倉・大町)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(30)〜千曲川のダム〔下〕(奈良井・水上・小仁熊・北山・古谷・余地・金原・内村・豊丘)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(31)〜山梨県のダム(広瀬・荒川・大門・塩川・深城)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(32)〜三重県のダム(宮川・蓮・君ケ野・滝川・青蓮寺・比奈知・安濃・中里)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(33)〜庄川・常願寺川・小矢部川のダム(庄川合口・小牧・御母衣・有峰・刀利)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(34)〜愛媛県のダム(大谷池・黒瀬・台・石手川・鹿野川・野村)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(35)〜宮崎県のダム〔上〕(轟・上椎葉・一ツ瀬・杉安)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(36)〜宮崎県のダム〔下〕(川原・沖田・田代八重・瓜田・広渡・日南)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(37)〜高知県のダム〔上〕(永瀬、大森川、穴内川)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(38)〜高知県のダム〔下〕(鎌井谷、大渡、桐見、中筋川、坂本)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(39)〜青森県のダム〔上〕(目屋、久吉、早瀬野、二庄内)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(40)〜青森県のダム〔中〕(浅瀬石川、浪岡、小泊、下湯)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(41)〜青森県のダム〔下〕(浅虫、川内、天間、世増)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(42)〜山形県のダム〔上〕(白川、長井、前川)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(43)〜山形県のダム〔中〕(蔵王、寒河江、白水川、新鶴子、神室、田沢川)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(44)〜山形県のダム〔下〕(月光川、荒沢、月山、温海川、横川)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(45)〜千葉県のダム〔上〕(山倉、高滝、亀山)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(46)〜千葉県のダム〔中〕(片倉、郡、矢那川、保台、山内)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(47)〜千葉県のダム〔下〕(印旛沼開発、利根川河口堰、東金、長柄)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(48)〜ダムの事典、ダムの紀行〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(49)〜ダムの切手、ダムの話、緑のダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(50)〜ダムの景観〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(51)〜ダム湖の生態〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(52)〜ダムの堆砂〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(53)〜茨城県のダム(飯田・花貫・小山・緒川)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(54)〜矢作川のダム(矢作・雨山・木瀬)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(55)〜埼玉県荒川のダム (上)(二瀬・有間)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(56)〜埼玉県荒川のダム (下)(浦山・合角・滝沢)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(57)〜長崎県のダム (上)(本河内高部/低部・土師野尾・萱瀬再開発)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(58)〜長崎県のダム (下)(相当・川谷・下の原再開発)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(59)〜熊本県のダム (上)(竜門ダム)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(60)〜熊本県のダム (下)(石打・上津浦・緑川・市房)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(61)〜鬼怒川のダム (上)(五十里・川俣)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(62)〜鬼怒川のダム (下)(川治・鬼怒川上流ダム群連携・三河沢)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(63)〜揖斐川のダム (上)(川浦・川浦鞍部・上大須)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(64)〜揖斐川のダム (下)(横山・徳山)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(65)〜長野県・味噌川ダム 〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(66)〜飛騨川のダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(67)〜木曽川水系阿木川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(68)〜桃山発電所、読書第1発電所、賤母発電所、落合ダム、大井ダム、読書ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(69)〜木曽川水系丸山ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(70)〜牧尾ダムと愛知用水 (上)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(71)〜牧尾ダムと愛知用水 (中)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(72)〜牧尾ダムと愛知用水 (下)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(73)〜呑吐ダム・加古川大堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(74)〜一庫ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(75)〜利根川水系神流川・下久保ダム、塩沢ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(76)〜阿武隈川水系白石川・七ヶ宿ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(77)〜利根川水系渡良瀬川・草木ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(78)〜利根川最上流・矢木沢ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(79)〜利根川水系楢俣川・奈良俣ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(80)〜神流川発電所(南相木ダム・上野ダム)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(81)〜雄物川水系玉川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(82)〜北上川水系江合川鳴子ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(83)〜北上川水系雫石川・御所ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(84)〜北上川四十四田ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(85)〜米代川水系森吉山ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(86)〜阿賀野川水系大川ダム・大内ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(87)〜東京都のダム(村山上貯水池・村山下貯水池・山口貯水池)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(88)〜東京都のダム(小河内ダム)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(89)〜筑後川水系・藤波ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(90)〜江の川土師ダム、太田川高瀬堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(91)〜遠賀川福智山ダム・遠賀川河口堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(93)〜九頭竜川 九頭竜ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(94)〜九頭竜川水系真名川 笹生川ダム・雲川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(95)〜九頭竜川水系真名川・真名川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(96)〜ダムマニアの撮った写真集〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(97)〜吉井川水系苫田ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(98)〜旭川水系旭川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(99)〜利根川水系薗原ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(100)〜淀川水系琵琶湖支川野洲川ダム・青土ダム・姉川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(101)〜川内川・鶴田ダムとその再開発事業〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(102)〜筑後川・筑後大堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(103)〜阿武隈川水系大滝根川・三春ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(104)〜豊川水系宇連川宇連ダム・大島川大島ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(105)〜安里川水系安里川 金城ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(106)〜荒川水系中津川 滝沢ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(107)〜鹿児島県の川辺ダム、大和ダム、西之谷ダム〜
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 (古賀 邦雄)
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