@ 特に昭和36年10月3日の台風23号は、時間雨量57.4oをもたらし、死者4人、全壊家屋67戸、半壊家屋186戸、床上浸水749戸、床下浸水638戸の大被害を与えた。 A 昭和40年8月4日の台風15号では、時間雨量73.7oをもたらし、床上浸水1,229戸の被害を受けた。 B 昭和48年7月16日〜18日の台風3号では、床上浸水670戸、床下浸水406戸と甚大な被害となった。
A 既得用水の補給と流水の正常な機能の維持 安里川沿岸の既得用水の補給として、年間を通じて標高26.8mから標高36.4mの間の容量13万m3を利用して行い、ダム地点において0.025m3/sから0.032m3/sの流量を確保し、流水の正常な機能と維持と増進を図る。 安里川は沖縄県農業試験場の農業用水(慣行水利権・13ha)として、広く利用されているが、昭和38年、57年等冬期において、しばしば深刻な水不足に見舞われた。そのため既得用水の補給等の正常な維持と増進を図る。
A 沖縄県農業試験場の利水用に設けられていた既設のアースダム金城ダムを廃止し、新たに築造されたダムである。
B 世界文化遺産に登録された「首里城跡」と「識名名園」に隣接しており、また、金城ダム地内には、これを結ぶ県指定文化財「ヒジ川橋および取付道路(石畳)」が横断しており、そのために、貯水池を上池と下池と2つに分けて築造された。ダム天端の標高(EL.52.0m)もヒジ川橋と同じ高さにし、文化財との共存を充分に活かしたダムである。
C 金城ダム周辺には、数多くある琉球王朝の歴史的文化遺産にあわせて、「水」と「緑」と「石造り」に配慮されている。ダム堤体は城壁をイメージした修景として、南部石灰岩の石積を模した石張りを行って、歴史の街としての新たな観光資源として脚光をあび、市民にも憩いの場を与えている。
D 金城ダムの基礎岩盤は島尻泥岩(クチャ)という非常にもろい岩盤で、一般的なダムのように直接地盤にダムを建設すると、ダムが水圧を支えることができない。そのため基礎地盤をコンクリートで階段状に置き換えて水圧に耐えられる構造にしている。
E 金城ダムは、必要な容量を確保するために掘り込んで建設したダムである。 そのため、法面が地すべりを起こさないように特殊なアンカーでささえており、そのアンカーは2,545本も使用されている。 アンカーの配置として、上池地中連続壁部を2段、下池地中連続壁部(上段地中連続壁部2段、下段地中連続壁部3段)では、アンカー5段が設置されている。
F 金城ダムは掘り込みダムであるため、俯瞰的に眺めれば、谷底のようになっており、水辺には多くの生物が棲む。上池と下池のそれぞれの周辺には、植物(ブッソウゲ、フヨウ、ミニサンダンカ、クメジマツバキなど)が植栽され、昆虫類(タテハモドキ、シロオビアゲハ、オオゴマダラ、ウスバキトンボ、オオシオカラトンボ、ベニトンボ、ハラボソトンボ、アオモンイトトンボ)も多く生息し、鳥類(ダイサギ、セッカ、バン、リュウキュウツバメ)もみられ、自然豊かなダムである。
G 琉球王朝はかつて日本や中国をはじめ、東南アジア諸国と数百年に渡り交流を重ねた結果、沖縄固有の歴史的文化を創出しており、那覇市に位置する金城ダム周辺環境整備は、その琉球王朝の歴史的文化と調和したダム造りとなっている。