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ダムの書誌あれこれ(73)
〜呑吐ダム・加古川大堰〜

 これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事を一部修正して転載したものです。著者は、古賀邦雄氏(水・河川・湖沼関係文献研究会)です。
◇ 1. 加古川の流れ

 播磨五川というのは、加古川、市川、夢前川、揖保川、千種川を指すが、そのなかで最大の河川は加古川である。

 加古川はその源を但馬、丹波、播磨三国にまたがる中国山脈の終端に位置する粟鹿山(標高962m)に発し、兵庫県丹波市山南町において、左支川篠山川を合流する。篠山川は丹波高原の南端天引峠に源を発し、西に流れて篠山盆地を貫き山南町で加古川に合流する。篠山川を合流した後、加古川は西脇市で右支川杉原川、野間川を合わせ、竜野町で闘龍灘の奇勝を形勢しつつ南下を続け、小野市で左支川東条川、右支川万願寺川を合わせ、大きく蛇行したあと三木市に入り、神戸市垂水区の山地部に源を発する流域最大の支川美の川を合わせたのちに、播磨平野に達し、その平地部を南西の方向にゆったりと流れ、加古川市、高砂市界において播磨灘に注ぐ。その流域は兵庫県内の8市17町におよび流域面積1,730km2、幹川流路延長96qで、その面積は全県の約20.7%を占め播磨地域における社会基盤をなしている。

 加古川の地形を大別すると、上流部の中国山地からなる山地部と、下流部の六甲山麓および播磨平野に属する平地部とに分けられる。流域内の山地高度は1,000m以下で、森林限界に達してなく、中流部から下流部にかけて丘陵や大地が発達しており、さらに加古川およびその支川沿いには比較的広い谷底平野が広く分布している。また、最下流の高砂市付近は扇状地に沖積性の播州平野が広がっている。

 加古川流域の地質は、上、中流部の山地の大部分が有馬層群と呼ばれる白亜紀後期から古第三紀に属する流紋岩質凝灰岩から成るが、篠山川水源地から佐治川左岸においては丹波古生層で、砂岩・粘板岩および輝緑凝灰岩等により成っている。中流部および下流部の一部には、第三紀層に属する礫・砂・粘土もみられるが、平野部の大半には第四紀層に属する堆積土が分布している。

 次に、加古川の流域の気象をみてみたい。加古川の上流部は中国山地の東端にあたり、下流部は瀬戸内海に面した平野、丘陸となっている。このため上流部の気象は、降水量の多い日本海型に類似し、下流域は降水量の少ない瀬戸内型に属しており、年間降水量は上流部で約1,900o、下流部で約1,400oである。また、年平均気温は上流部で14℃以下、下流部で15℃であり、兵庫県内では比較的温暖な地域である。
 加古川の主な産業は、中流部では稲作を中心とした農業、下流部では、播磨工業地域の鉄鋼造船・機械・化学などの重化学工業とその関連工業である。また、西脇市、三木市、小野市などは染色・金物・算盤などの伝統的特産工業がある。

 加古川流域は、降水量が少ないことから古来より農業用水として、溜池利用がさかんである。一方河川水は、播磨平野の灌漑用水として、五ヶ井堰、上部井堰などの井堰より取水され、約30,000haの農地を潤している。また、河川水は、小野、高砂市の水道用水として利用されるほか、工業用水としては、下流沿岸の播磨工業地帯に対する県営加古川工業用水の水源となっている。だが、水需要は増大してきた。

◇ 2. 加古川水系内のダム

 加古川水系における主なるダム建設について、その事業の係わりでみてみたい。

 鴨川ダムは、東条川農業水利事業基幹施設として、東条川支流鴨川の加東郡東条町黒谷地点に、昭和26年に完成した。その諸元は堤高43.5m、堤頂長97.1m、堤体積4.8万m3、総貯水容量867.5万m3、型式重力式コンクリートダムである。

 川代ダム、大川瀬ダム、呑吐ダムの三つのダムは、東播用水農業水利事業の基幹施設である。川代ダムは、篠山川の多紀郡丹南町大山下地点に建設され、堤高9.0m、堤頂長78.0m、総貯水容量128万m3のゲートダムである。大川瀬ダムは、東条川の三田市大川瀬地点に建設され、堤高50.8m、堤頂長164.0m、堤体積11.7万m3、総貯水容量928万m3、型式は重力式コンクリートダムである。

 呑吐ダムは、志染川の三木市志染町三津田地点に建設され、堤高71.5m、堤頂長260.0m、堤体積37万m3、総貯水容量1,886万m3、型式は重力式コンクリートダムである。

 糀屋ダムは、加古川西部農業水利事業の基幹施設として、野間川支流仕出原川の多可郡中町糀屋新田地点に建設され、堤高44.1m、堤頂長260.0m、堤体積88.86万m3、総貯水容量1,350万m3、型式はロックフィルダムである。

 平荘ダムは、加古川工業用水第1期事業の基幹施設として、加古川の加古川市平荘町地点に建設され、堤高26m、堤頂長570.0m、堤体積65.4万m3、総貯水容量940万m3、型式はアースダムコンクリートダムからなっている。

 権現ダムは、加古川工業用水第2期事業の基幹施設として、権現川の加古川市平荘町地点に建設され、堤高32.6m、堤頂長570.0m、堤体積85.64万m3、総貯水容量1,112万m3、型式はロックフィルダムである。

 さらに、加古川大堰が洪水調節不特定用水河川維持用水、水道用水の確保を図る目的で建設されている。加古川における呑吐ダム、加古川大堰の建設を追ってみたい。

◇ 3. 呑吐ダムの建設

 呑吐ダムについては、近畿農政局東播用水農業水利事業所編・発行『呑吐ダム技術誌』 (平成5年)が刊行されており、この書によりみてみたい。

(1) 呑吐ダムの目的

 まず、国営東播用水農業水利事業は、4つの目的を持って施行された。
@ 播磨平野東部と吉川町を含む北神戸地域の既成田畑7,650haの用水不足を解消すること。
A 神戸市と三木市に広がる山林約390haの農地造成と畑地灌漑(主として樹園地)用水を確保すること。
B 東播台地に点在する非効率な皿池の埋め立てを含む地区内全域にわたる大規模圃場整備事業を通じて、営農労力の大幅な節減と高生産性土地基盤の整備を目的とする総合土地改良事業を図ること。
C この地域の進展著しい都市化に応じて日量最大27万7,000m3の水道用水の供給を行う兵庫県水道用水供給事業との共同施行を併せた広域利水を行うこと。
 このため、前述のように、加古川の支川、篠山川に川代ダム(取水兼用)、東条川に大川瀬ダム、山田川(志染川支流)に呑吐ダムを建設し、それぞれのダムを導水路で直列に結び、これを主要水源として、一部の直接掛かりを除いては、幹川・支川水路または、河道放流、頭首工取水の各用水系統を経て、受益地域内の各農地及び上水道の原水供給地点に配水される。

(2) 呑吐ダムの建設経過

 呑吐ダムは、全体実施設計時点では、中空重力式ダムで計画されていたが、その後の地質調査の結果ダムタイプを昭和47年3月確定の事業計画において、重力式コンクリートダムに変更された。

 ダム建設は、昭和48年12月用地補償の基本交渉妥結を受けて、昭和49年〜51年に準備工事に入り、昭和52年に基礎掘削工事に着手。しかし、堤体基礎岩盤に幅の広い破砕帯があることが判明したため、昭和53年度から地質調査を工事規模で実施し、破砕帯の実態を究明した。これによって、基礎を原設計の置換コンクリートからコンクリートマットとすることとし、詳細設計を昭和54年度に実施した。コンクリート施工に入り、昭和55年度キーコンクリート打設終了後、活断層に関する検討の必要が生じて、専門家の指導により調査・解析を行った。


『呑吐ダム技術誌』
 その結果、2筋の断層の分岐点付近に生じた幅の広い破砕帯に、ダム敷河床部が位置していることが判明した。この破砕帯も活動度の認められるような大規模断層ではないとの確証は得られたが、ダム敷における破砕帯規模が大きいことを考慮し、近畿農政局管内ダム技術検討委員会の審議を経て、ウェッジブロックジョイント方式のコンクリートマット工法とする一部設計の補正を行って断面が確定した。

 昭和55年10月コンクリート打設を本格的に再開し、昭和55年5月の定礎以来3年8ヵ月の打設期間を経て、昭和58年12月にコンクリート打設を完了。その後ダム管理施設建設と周辺整備の工事を実施して、昭和62年3月に山田川疏水路トンネルの閉塞(平成3年閉塞工事完了)を残してダム工事が完成した。

 これに並行して1次試験湛水(昭和61年9月〜昭和63年1月)、そして川代ダム、大川瀬ダムの完成を待っての2次試験湛水(平成4年3月〜4月)を経て、平成4年5月にダム完成検査に合格してすべて完了した。
 呑吐ダムの建設は、兵庫県三木市志染町三津田、神戸市北区山田町衝原で、摂津と播磨の国境に位置し、古来より交通の要所として登場する渓谷でもある。この谷に沿って、衝原(つくはら)の里が営まれてきたが、ダム建設のために33戸が移転を余儀なくされた。その中には国の重要文化財箱木千年家も含まれていたが、水没補償で移築された。

 なお、呑吐ダムの主要仮設備機械は、昭和48年に永源寺ダム、大迫ダムで使用していた9tケーブルクレーンバッチャープラント骨材プラント等が借用された。

◇ 4. 加古川大堰の建設

 昭和53年3月、「加古川下流部水資源開発利用調査委員会」のなかで、加古川下流部の水問題解決の一策として、建設省から多目的の加古川大堰計画を提唱し、審議の結果、具体的に計画を検討するとの方針が示された。その当時は、農林水産省による加古川頭首工計画が先行していたが、その後約2年に及ぶ協議を経て、建設省が事業を実施することになった経過がある。

 加古川大堰については、加古川大堰工事誌編集委員会編『加古川大堰工事誌』(平成5年)が刊行されており、この書により追ってみたい。

(1) 加古川大堰建設の必要性

 加古川大堰建設の必要性は、治水及び利水の点から次のように考えられた。

@ 治水の面
 加古川の改修事業は、基準点国包における計画高水流量を4,450m3/sとして、大正7年から昭和8年まで直轄で実施。その後昭和16年から中小河川改修が実施されたが、昭和42年6月に一級河川に指定され、再び直轄河川改修が実施されるようになった。この改修の再開にあたり、計画高水流量は暫定的に国包地点で、基本高水流量6,200m3/s、計画高水流量5,600m3/sと決定された。しかし、この措置は暫定的なものであり、現在では加古川の下流域が播磨工業整備特別地域として発展しているために、安全度の向上を図ることが必要とされ、国包地点で2日雨量生起確率1/150(流域平均271o)に対応する基本高水流量を9,000m3/s、計画高水流量を7,400m3/sとする改修計画が昭和57年に設定された。


『加古川大堰工事誌』
 このようなことから、計画高水流量の変更による流量の河道負担増量分は、河床掘削及び低水路断面の拡幅に対処することになった。

A 堰の統合
 加古川大堰の建設地点は、既設の五ヶ井堰及び上部井堰のコンクリート固定堰があり、そのために全面的な改築が必要となった。また、兵庫県営加古川工業用水道事業(第二期)及び東播用水農業水利事業との合併事業である県営東播広域上水道事業の取水堰は、この大堰建設地点と近接した位置に計画されており、当該位置に建設されると河道の阻害施設が多くなるため、これらの堰を統合する必要があった。

B 利水の面
 加古川には大規模なダム施設がなく、流況は不安定で、かつ河川水は既得水利権が飽和状態にあり、夏季渇水期には、各用水の取水制限もしばしば発生しており、緊急に不特定用水の補給による利水の安全度の向上が待たれていた。また、近年、加古川市、高砂市等加古川下流地域においては、人口、資産の集中と生活水準の向上に伴い、水需要の増大が生じていた。

 このような加古川大堰建設の必要性から、加古川河口から12.0qの地点に造られた。

(2) 加古川大堰の目的・諸元

 加古川大堰は、加古川の兵庫県加古川市八幡町中西条(左岸)、加古川市上荘町薬栗(右岸)地先に、加古川総合開発計画の一環として、次の目的をもって建設された。

@ 治水
 堰地点の改修計画高水流量7,400m3/sを安全に流下させるため加古川改修計画にあわせ、既設の五ヶ井堰、上部井堰の撤去、堰の可動化、河道掘削などによって河道の疎通能力の増大を図り、加古川下流域の水害の防除を行う。

A 上流ダム群とあわせ、下流部の既得用水の補給、流水の正常な機能の維持と増進を図る。

B 都市用水
 加古川大堰の設置によって、新たに、加古川下流域の都市用水として、40,000m3/日の取水を可能とする。また、既設の農業用水取水堰(五ヶ井堰・上部井堰)を統合し、併せて東播用水農業水利事業との合併事業である県営東播広域上水道事業及び県営加古川工業用水道事業の取水を行うための取水位を確保する。

 次に、その大堰の諸元をみてみたい。堰の建設位置は、加古川の計画高水流量を安全に流下させるために支障のない区間で、用水路の取水位等を考慮した結果、加古川距離標12.0qとなった。
 堤高5.3m、堤頂長422.50m(可動部273.50m、固定部149.0m)、総貯水容量196万m3、有効貯水容量164万m3、型式はローラーゲート式可動堰である。

 なお、放流設備として、鋼製ローラーゲート(2段)、主ゲート(3門)高さ6.0m×純径間50.2m、調節ゲート(2門)高さ5.3m×純径間50.2m、微調節ゲート(2門)高さ3.5m×純径間3.0m、魚道ゲート(2門)高さ3.6m〜0.99m×純径間5.0mが設置されている。
 加古川大堰建設事業は、堰費として、堰本体工、左右岸取水設備工、河道掘削工、護岸工、美の川落差工、草谷川水門工等があり、補償工事費としては、左右岸導水路工、JR橋梁工、三井堰水路改修工事であって、事業費は403.79億円であった。その費用割振は、河川63.6%、県営工水16.9%、東播広域上水8.4%、新規都市用水11.1%となっている。起業者は国土交通省、施工者は間組・鴻池組である。

(3) 姫路工事事務所長の思い出

 『加古川大堰工事誌』には、加古川大堰建設に係わってきた姫路工事事務所長の思い出が掲載されている。そのなかからいくつかを紹介したい。

@ 4者委員会の開催(岡田 朋)
 「市会議員の皆様には、水利権の問題は水不足が起こらないように、水の供給力を増やすか、水の需要量を減らすか、あるいは、納得された取水のルールを確立することによって解決されると思います。まず話し合いの場をもつことが大切だと思います。というようなお話を懇切にしたような気がいたします。その後、すぐに建設省、兵庫県、高砂市、加古川市をメンバーとする4者委員会を開き相互理解と解決策を議論することがまとまりました。」

A 大堰事業の三つの方針(豊田高司)
 「大堰事業を実施するに当たり、三つの基本方針を考えた。第一は、関係市町村は当然、地元住民全員に喜んでもらえる事業にすることです。とくに、歴史のある井堰の統廃合を進めるわけですから、相手と同等以上に井堰の歴史と現況をしる必要がありました。丁度、穂孕期のかんがい用水を流している農業水路を全線見て歩き、都市部を流れている水路について、今後の管理を含めた改修案を土地改良組合に提案し、大堰事業で実施する範囲を示し、水利用の合理化を納得してもらうことができました。第二の方針は、将来の大堰の管理の容易性と人手を省くことです。可動堰は一般に一定水位維持方式が普通でしたが、これは、流入量に応じて、常にゲートを操作する必要があるので、管理人が二十四時間常駐しなければなりません。これを何とか改善したいと考え、多少の水位変動にも対応可能な自然越流方式としましたが、問題は、洪水移行時の操作で、越流と潜流が同時に発生することを防ぐ方法をどうするかということでした。京大の中川教授を委員長として検討し、建設技術研究所のプロポーザル等を参考にし、現在のフラップ付二段ゲートにしました。
 第三は、今日でいう生物にやさしい事業にするということです。淡水生物研究所の森下氏等の意見を聞いて魚道等を設計しました。」

B 昭和58年9月の大出水(青山俊樹)
 「工事が順調に推移し、出水期が明ければ再開しようとその準備に忙しかった昭和58年の9月、大出水が加古川を襲った。午前中から10〜20o/hの激しい雨が降っていたが、午前10時、11時、12時の3時間雨量が100o前後に達したため、これは一大事になると判断し、出張所にパトロールを命じると共に、沿川各市町村長に「これは大出水になるため、水防団による巡視を徹底してほしい。」と直接電話をかけまくった。議会中の首長さんもおられたが、皆さん事態の緊急性を理解していただいて適切な対応をとっていただいた。特に危なかったのは、加古川大堰直上流右岸の法崩れと東条川であった。前者は、夕方の16時頃、当時の大堰出張所長の田口さんが発見し、採石を放り込んだり、自衛隊にも参加していただく水防活動を徹夜で実施し、かろうじてことなきを得た。……東条川の件は、昭和58年5月に出水期前の河川巡視をした際に、石田出張所長から「県管理区間との境界部が未拡幅のため、非常に狭い」という指摘を受け、早速拡幅工事をしたのが幸いして破堤という最悪の事態はまぬがれた。この出水は約5,000m3/sの洪水だったと推定され、流量改訂以前の計画高水流量4,450m3/sを超えているような大きなものだったため各所で被災したが大堰直上流の五ヶ井堰、加古川線橋梁の橋脚等の構造物も被災した。洪水の威力を思い知らされた次第である。」

[関連ダム]  呑吐ダム  加古川大堰
(2011年5月作成)
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  [テ] ダムの書誌あれこれ(80)〜神流川発電所(南相木ダム・上野ダム)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(81)〜雄物川水系玉川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(82)〜北上川水系江合川鳴子ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(83)〜北上川水系雫石川・御所ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(84)〜北上川四十四田ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(85)〜米代川水系森吉山ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(86)〜阿賀野川水系大川ダム・大内ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(87)〜東京都のダム(村山上貯水池・村山下貯水池・山口貯水池)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(88)〜東京都のダム(小河内ダム)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(89)〜筑後川水系・藤波ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(90)〜江の川土師ダム、太田川高瀬堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(91)〜遠賀川福智山ダム・遠賀川河口堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(92)〜江の川水系馬洗川支川上下川 灰塚ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(93)〜九頭竜川 九頭竜ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(94)〜九頭竜川水系真名川 笹生川ダム・雲川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(95)〜九頭竜川水系真名川・真名川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(96)〜ダムマニアの撮った写真集〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(97)〜吉井川水系苫田ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(98)〜旭川水系旭川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(99)〜利根川水系薗原ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(100)〜淀川水系琵琶湖支川野洲川ダム・青土ダム・姉川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(101)〜川内川・鶴田ダムとその再開発事業〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(102)〜筑後川・筑後大堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(103)〜阿武隈川水系大滝根川・三春ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(104)〜豊川水系宇連川宇連ダム・大島川大島ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(105)〜安里川水系安里川 金城ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(106)〜荒川水系中津川 滝沢ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(107)〜鹿児島県の川辺ダム、大和ダム、西之谷ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(108)〜肝属川水系串良川支川高隈川 高隈ダム〜
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 (古賀 邦雄)
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