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ダムの書誌あれこれ(84)
〜北上川四十四田ダム〜

 これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事を一部修正して転載したものです。著者は、古賀邦雄氏(水・河川・湖沼関係文献研究会)です。
◆ 1. 北上川の歌

 週刊にっぽん川紀行『北上川』(学習研究社・平成16年)に、宮村忠関東学院大学教授は、北上川について、次のように述べている。

 北上川は流域面積1万150km2で、東北地方第1位、全国第4位。水源は岩手県北部で、そこから北上山地と奥羽山脈の間を通り、岩手県のほぼ中央部を南流して宮城県に入る。津山町柳津で追波湾に注ぐ北上川と、石巻湾に注ぐ旧北上川に別れ、旧北上川は日本有数の低地湖沼地帯を流れる。石巻〜盛岡間は約190q。その高低差は約130mと流れが緩やかで、舟運に有利なことから東北の大動脈となってきた。

○北上川源流域
 岩手県岩手町御堂にある弓弭(ゆはず)の泉が源流と呼ばれている。これは源頼義の祈念の矢で清水を得て、北上川が始まったという伝説による。IGRいわて銀河鉄道「奥中山高原」駅がある起伏のあまりない高原一帯が北上川の水源となっている。

○上流域
 盛岡市で右岸から雫石川が、左岸から中津川が合流し、ここ以北が上流域に相当する。奥羽山脈には岩手山ほかの火山が発達し、その山麓に牧野・畑が展開して松川が東流する一方、北上高地からは丹藤川が西流して、こちらも対峙して支川が合流する。

○中流域
 北上盆地は、西側に隆起扇状地群が発達し、雫石川・和賀川・胆沢川は新しい扇状地を形成しながら北上川を東に押し、この間、左岸から猿ヶ石川を合流する。平泉で、右岸から衣川が中尊寺眼下で合流し、同じく一関市で磐井川が合流した後、狐禅寺で狭窄部に入る。

○下流域
 狭窄部を出てからも北上山地西の山間部を流れる。その後、旧北上川を分流してからも山間部を流れ続け、河北町飯野川で急に向きを変えて追波湾に入る。旧北上川は仙北平野を南北に横切りながら迫川を合わせ、和淵・神取の山間部で江合川を合流し、石巻湾に注ぐ。

 このように北上川は、堂々と岩手県、宮城県を流れ下る。流路延長249qは日本で第5位である。また、北上川は東北固有の風土と歴史と文化を持っている。それは中世の平泉文化、文学では中流域玉山生まれの天才歌人石川啄木。花巻市の農学者・童話作家宮澤賢治を生み出している。かつて、「匂い優しい白百合の濡れているようなあの瞳」で始まる抒情歌謡「北上夜曲」は、昭和36年和田弘とマヒナー・スターズと多摩幸子で大流行した。少し、北上川の短歌をあげてみる。

 わたつみに北上川の入るさまの
 ゆたけきを見てわが飽(あ)かなくに (斉藤茂吉)

 ここにして二つに分かれ静かなる
 北上のみなと橋かかりたり (土屋文明)

 北上の河口の宿の寒きねざめ
 海猫のこゑは窓にきこゆる (木俣修)

 弥生波さをになぎたり北上の
 ゆきしろのみを海にとほれり (折口信夫)

 大川の水脈につらなる薄氷
 吹雪の夜を白く流るる (木村得太郎)

◆ 2. 北上川のダム建設

 北上川は叙情的な歌を醸し出すが、一方それを吹き飛ばす大洪水がたびたび起こっている。前述のように狐禅寺の狭窄部により上流側の一関市は洪水が氾濫しやすく、逆に狭窄部下流の仙北平野への洪水集中はやわらげられる。北上川の大洪水は、台風時期におこる。

 北上川上流部の治水計画は、昭和16年4月に狐禅寺における基本高水流量7,700m3/sに低減させるため五大ダムを設けるとした。

 昭和22年のカスリーン台風、翌23年のアイオン台風は北上川流域に大水害をもたらした。北上川の支流磐井川はこの二つの台風で破堤し、一関市の中心地は悲惨な状況に陥った。昭和24年上流下流を一貫した北上川改修計画がなされ、北上川五大ダム群田瀬ダム、石淵ダム、湯田ダム、四十四田ダム、御所ダムの建設が始まった。

 昭和25年に国土の保全、食糧増産、水力開発を目的として、国土総合開発法が施行され、戦時中、中断されていた河水統制事業が再開され、昭和26年河水統制事業は河川総合開発事業と改称された。五大ダムについて、昭和28年湯田ダム着手、29年石淵ダム完成、29年田瀬ダム完成、35年四十四田ダム着手、39年湯田ダム完成、42年御所ダム着手、43年四十四田ダム完成、56年御所ダムが完成した。

 以下、四十四田ダム(南部片富士湖)の建設について、東北建設協会編・発行『四十四田ダム工事誌』(昭和43年)で追ってみたい。


『四十四田ダム工事誌』
◆ 3. 四十四田ダム建設の経過

 四十四田ダムは、この五大ダム群による洪水調節の一翼を担う第四番目のダムとして、昭和35年より実施計画調査に入り、昭和43年に完成した。このダムは北上川本川における盛岡市下厨川字四十四田の地に、建設省(現・国土交通省)によって築造された。総貯水容量4,710万m3の貯水池により、計画高水流量1,350m3/sを700m3/sに調節し、併せて最大出力15,100kWの発電を行なう。

 ダムサイトは、輝緑岩及び輝緑凝灰岩から成る古生層を基盤とし、上部は岩手火山堆積物に覆われており、ダムはこれらの地質に合わせ、主体を重力式コンクリートダムとし、両岸部及び四十四田側尾根部はフィルダム型式をとり、総工費67億円をもって昭和43年に竣工した。建設中、死亡事故ゼロという明るい記録や、松尾鉱山からの酸性水の影響を防ぐため、セメントの材質やゲートの金属材料に様々な工夫がなされた。

 四十四田ダムの建設とその後の経過について、ダムのパンフレットから見てみたい。

○四十四田ダム小史

昭和16年4月   五大ダム群による洪水調節計画を含む北上川上流部河川改修計画樹立
  28年4月1日 岩手工事事務所において四十四田ダムに関する予備調査開始
  35年4月1日 四十四田ダム調査事務所設置、実施計画調査開始
  37年4月1日 四十四田ダム工事事務所設置、ダム建設工事に着手
    1月〜11月 用地補償基準発表及び同調印
  38年6月18日 四十四田ダムの建設に関する基本計画官報告示
  39年8月7日 ダム本体、コンクリート打設開始
  40年7月25日 瀬戸山建設大臣臨席のもと、定礎式挙行
  41年7月14日 ダム本体、アース盛立開始
  42年10月18日 試験湛水開始(〜44.3.31)
  43年8月21日 本湛水実験中、最初の洪水調節を行なう
         最大流入量440m3/s、最大放流量150m3/s
  43年10月7日 竣工式挙行
  44年1月1日 四十四田ダム管理所設置
    7月30日 ダム管理移行後、第1号の洪水調節を行う
         最大流入量438m3/s、最大放流量310m3/s
  50年1月1日 北上川ダム統合管理事務所設置、四十四田ダム管理所、管理課に組織替
平成10年4月29日 きたちゃんダムものしり館オープン
  12年4月29日 柳平水辺公園オープン
  14年4月   松園水辺公園オープン
  16年9月30日 ダム完成後、最大の洪水
         最大流入量961m3/s、最大放流量500m3/s

◆ 4. 四十四田ダムの諸元

 四十四田ダムの位置は、北上川の本川における岩手県盛岡市下厨川字四十四田で、盛岡市の中心地から約5qの至近距離にある。ダム湖周辺には盛岡市最大の住宅団地松園ニュータウンが形成されている、都市型のダムである。ダム建設当時は、まだ水源地域対策特別措置法が制定されてなく、ダム周辺の環境整備は行われなかったが、ようやく平成9年度以降整備がなされている。

 四十四田ダムの諸元を見てみよう。
 流域面積1,196km2、湛水面積3.9km2、湛水延長15.3q、洪水時最高水位EL.171m、平常時最高貯水位EL.170m、洪水貯留準備水位EL.159m、最低水位EL.158m、洪水調節水深12m、総貯水容量4,710万m3、有効貯水容量3,550万m3、堆砂容量1,160万m3、洪水調節容量3,390万m3(内非洪水期容量380万m3)、利水容量洪水期160万m3、非洪水期3,170万m3、計画洪水量1,350m3/s、計画放流量400〜700m3/s、計画調節量650m3/s、洪水期7月1日〜9月30日となっている。

 ダム型式コンクリート・フィル複合ダム、堤頂標高EL.174m、堤高50m、堤頂長480m、堤体積38.2万m3(コンクリートダム29万m3・フィルダム9.2万m3)、堤体斜面勾配コンクリートダム上1:0.06、下1:0.8、フィルダム上1:1.5、下1:2.00、放流設備クレストゲート13.1m×9.0m3門、オリフィスゲート4.5m×5.5m2門となっている。

 起業者は建設省(現・国土交通省)、施工者は鹿島建設で、総事業費は67億円を要し、アロケーションは河川96.3%、発電3.7%である。

 なお、水没地は、盛岡市、玉山村、滝沢村を合わせて244.7ha、水没家屋は60戸、69世帯であった。移転先は盛岡市、玉山村、滝沢村などにそれぞれ移転した。公共補償として、玉山小学校の川又分校、集会場、神社、特殊補償として、上北上川漁業協同組合と漁業補償を締結した。


◆ 5. 四十四田ダムの目的

 四十四田ダムは、洪水調節と発電を行なう役割をもっている。

@ 洪水調節
 四十四田ダムは、400m3/sまでは下流河川にそのまま水を流し、400m3/sを越えた分を徐々にダムに貯める。そして、最大流量が1,350m3/sに達したときに最大放流量700m3/sに抑え込み下流河川では氾濫被害を起こさないように洪水調節を行う。なお、計画流入量の1,350m3/sを超える場合は、700m3/s以上の放流を行なう場合もある。
 北上川流域には、この四十四田ダムのほか、御所、田瀬、湯田、石淵と五大ダムがあり、これらを中心とする、総合的な治水事業が広い地域で計画的にすすめられている。

A 発電
 四十四田発電所において、最大55m3/sの水を利用して最大15,100kWの電力をつくり、1年間で7,000万kwhの発電を行なう。これは盛岡市内の消費電力の約15%に相当する電力量である。
 岩手県で初めて、家庭に電気が届けられたのは明治38年のことで、盛岡市梁川に出力120kWの発電所ができ、盛岡市内の77戸の家庭に灯りが点った。現在北上川流域に15の水力発電所が設置されている。昭和26年に始まった北上特定地域総合開発計画でも、水力発電を発展させることが大きな目標とされていた。

◆ 6. 四十四田ダムの技術的特徴

 ダム建設に当たっては、上流に松尾硫黄鉱山の坑廃水に起因する、強酸性水が流れていたため、酸性対策や、右岸部の脆弱岩盤に対する特殊基礎処理、また、コンクリートとフィル堤体の接続部の設計ほか、コンクリート骨材の品質向上を図るための重液選別など幾多の技術開発が行なわれた。そのダム技術の特徴について、建設省東北地方建設局河川部編・発行『東北のダム五十年』に、次のように4つあげている。

@ 複合ダム
 四十四田ダムは、河心部基礎が変輝緑岩で比較的堅硬であったが、右岸取付部は基礎岩盤が低く、その上に泥流堆積物が厚く分布していた。このような地質状況から、当初はフィルダムで計画された。しかし、原石山が手近に得られなかったことのほか、集水面積が1,196km2と大きいのに対し、計画洪水量が1,350m3/sで、比流量が1.1m3/s/km2と小さいことから、コンクリートダムを主体として、左岸取付部の風化地帯及び右岸の堆積層部分に、それぞれ堤頂長約30.0m及び約190.0mのフィルダムを接合させる複合ダムとした。
 なお、接合部の構造については、以下のとおりである。
(1) コンクリートとフィルダム堤体の接触面は、できるだけ大きくとることとし、センターコア天端幅を3.0m、上下流共勾配は1:0.5の大きなものとした。
(2) コア部の接続面は、なるべく緩勾配1:0.5とした。
(3) 地震時における接触部の透水性増加に対処するため、フィルター断面を大きくした。
(4) コンクリートダムの上流面を盛土で巻くことは、荷重増を与え、好ましくないので翼壁で押さえている。
(5) 接合部のダム高は、右岸側25.0m、左岸側12.0mであり、十勝沖地震の震度5の洗礼を受けたが、異状はなかった。



A レジスティングブロック
 ダムサイトにおける地質構造は、河床部及び左岸部の大半が輝緑凝灰岩、粘板岩の互層からなっており、左岸台地部では地表より20m〜50mの深部まで風化している。このため、所要のせん断強度を得る岩盤までダム基盤を下げることは、左岸側にアバットとなる岩盤がないことと、少々の盤下げでは強度上昇が期待できないことなどから上部岩盤をダム基礎とし、せん断抵抗力の増加をはかるため、堤体基礎下流部に最大約25mの直掘り方式(ピラー工法)によるレジスティングブロックを施工した。
 また、堤体揚圧力の減少を図るため、上流部には遮水壁を設けた。さらに、基礎岩盤のすべり抵抗を増すため下流部にトンネルを設置してグラウチングを行い安全度を高めるように施工した。
 なお、光弾性及び模型実験等により応力伝達の確認をしている。

B 骨材重液選別
 骨材採取予定地の雫石川は、流入支川の特徴を反映して種々の岩種が混在している。これらの中で、不良岩とみられる、流紋岩系、頁岩系は25o以下の骨材に集中し、それぞれ35%、25%とほぼ半数を占めていることが判明した。
 骨材がコンクリートの耐久性に与える影響を知るとともに改良の目安とするため、土木研究所に依頼して、凍結融解試験を行なった。自然骨材25o以下の場合は、20〜35Cycleで破壊が生じ、空気量を10%に増加しても100Cycle以下で破壊することがわかった。このため、不良骨材(低比重)を鉱山で使用している重液選別により除去し品質を確保することにした。重液選別機械はドラム型を使用した。これはマグネタイト、フェロシリコン等の固体粉末と水を混合した高比重懸濁液に25o以下の骨材を投入し、撹拌して浮・沈によって分離する方法である。


C 酸性河川対策
 ダムサイトにおける水質は、強酸性河川である。そのため、次のような対策を講じた。
(1) 堤体コンクリートには、フライアッシュセメントを使用。フライアッシュセメントはあらかじめペースト状にして使用した。

(2) ダム継目止水板は、従来銅版を使用している例が多く、酸性河川の鎧畑ダムではステンレスの使用実例があった。しかし、この頃になってプラスチックの急速な発展に伴ってポリビニールクロライド製の止水板に着目し、各種試験を実施し検討の結果、塩化ビニール止水板が耐酸性に有利であることから採用を決定した。以後はダムの止水板として使用され今日に至っている。
(3) ダムの放流時における酸性水の浸食をさけるため、越流部及びエプロン導流壁に対して、エポキシ樹脂塗装等を施工した。
(4) 金物はステンレス系を使用した。20年余りを過ぎた現在でもタール系は紫外線の影響等から一部劣化がみられるが、エポキシ樹脂系は剥離もなく、その目的が達成されている。

 なお、赤川酸性水対策については、建設省東北地方建設局岩手工事事務所編・発行『北上川を清流に』(昭和57年)が刊行されている。


『北上川を清流に』

◆ 7. 所長の苦労

 以上、四十四田ダムの建設について技術的な特徴などをみてきたが、現場をあずかる所長たちの苦労は絶えることはなかったことと思われる。前掲書の『四十四田ダム工事誌』のなかに、次のように述べている。

@ 宮内 章 初代所長
 「コンクリートダム主体と決まった上でさらに問題となったのは、コンクリート骨材の問題です。それまでロック材料山とし調査をすすめていたものに加えて、さらに広範囲に原石山を調査しましたが、骨材用原石山としてさえ適当とされる山が見当たらず、川砂利に依存するしかないということになりました。川砂利としては支川雫石川以外に適地がないのですが、ここの自然砂利は石質が非常に悪く、比重が軽く耐久性に乏しいという欠陥があり、これがまた厄介な問題となりました。
 これについてはいろいろ実験を繰り返したうえ、重液による浮遊選別法が採用されましたが、この方法が土工事にとり入れられたのは、恐らくわが国では初めてではないかと思います。そのほか、酸性の強い水質に対するゲートとその対策、特殊な地形に対応する打設設備の型式の選択、右岸アースダムについての材料と施工法の検討等、四十四田ダムはかつて例がない程盛沢山の技術上の問題に悩まされましたが、関係の皆さんの工夫と努力で一つ一つ解決されていったものであります。」

A 吉井弥七 二代所長
 「コンクリートと土との接合は、俗に「木に竹を接ぐ」というが如く、まことに異質のものの接合であってこの部分が四十四田ダムにおける最も大きな弱点を形成する事になるので、十分に意を用いて設計し、施工した積もりであるが、今後の観測によって得られるであろう、いくつかの資料が将来の良き設計の指針となり得れば幸せであると念願している。アースダムとコンクリートの接合は、工程面でも厄介な問題を提起した。水を浴びるほど欲しがるコンクリートと、極端に水を嫌う盛土作業を併行させることは、非常に困難な事であるので、従来多く採用されたコンクリートの端末部をアースで抱き込む方式では1年以上も工程が延びることになってしまう。この打開策として、接続部にウィングウォールを設けたほか、アースダムの上流面を1:1.5の急勾配としコンクリートを抱き込む長さを極力短くした。
 昭和42年10月、ダムの概成を待って貯水を開始したとき長年見慣れた赤い北上の流れが、啄木の昔に返って、輝くばかりの青さを取り戻してくれたことは望外の喜びであったが、それにもまして、ダム工事の全期間を通じて、『死亡事故者零』の快記録を守り通し得た事は、ダム建設史上例のない、誇るべき金字塔を打ち立てたものであって、関係者一同と共に声を大いにして喜びを分かちあいたい事の最たるものである。」

◆ 8. おわりに

 ダム工事において、事故死が起こらないことはベストである。そういう意味でも四十四田ダムの建設は賞賛に値する。

 昭和43年ダム完成以来、平成22年現在すでに41年が経過した。その間、洪水調節がなされた。特に平成16年9月30日の台風21号によりダム完成以来の最大流入量961.0m3/sに対し、最大流入時放流量497.5m3/sで対処し、洪水においては最大の効果を発揮できた。

 北上川は、松尾鉱山からの強酸水の水質改善のため投入した中和剤により川の水は赤く濁って流れていた。また、閉山後は水質が極度に悪化し、昭和40年代は魚類の大量斃死事故が相次ぎ、北上川は「死の川」となっていた。しかし、四十四田ダム完成とともに北上川は清流化され、水質(pH)も改善され、貯水池およびダム下流には釣り人の姿がみられるようになった。

 ダムでは河川から水と共に土砂の流入が絶間なくあり、平成18年現在累積堆砂量は8,000m3(堆砂率80%)である。


 四十四田ダムは、盛岡市のベッドタウン松園団地に隣接し、盛岡市内から車で10分のところにあり、南部片富士と呼ばれる岩手山、霊峰姫神山が望まれる。ダム周辺には、松園水辺公園、柳平水辺公園が整備され市民の憩いの場となっている。

 このように四十四田ダムは、洪水調節を行い、発電し、水質の改善を図り、そして市民の憩いの場を提供しており、その効果を十分発揮している。

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(2012年6月作成)
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  [テ] ダムの書誌あれこれ(63)〜揖斐川のダム (上)(川浦・川浦鞍部・上大須)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(64)〜揖斐川のダム (下)(横山・徳山)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(65)〜長野県・味噌川ダム 〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(66)〜飛騨川のダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(67)〜木曽川水系阿木川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(68)〜桃山発電所、読書第1発電所、賤母発電所、落合ダム、大井ダム、読書ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(69)〜木曽川水系丸山ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(70)〜牧尾ダムと愛知用水 (上)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(71)〜牧尾ダムと愛知用水 (中)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(72)〜牧尾ダムと愛知用水 (下)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(73)〜呑吐ダム・加古川大堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(74)〜一庫ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(75)〜利根川水系神流川・下久保ダム、塩沢ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(76)〜阿武隈川水系白石川・七ヶ宿ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(77)〜利根川水系渡良瀬川・草木ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(78)〜利根川最上流・矢木沢ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(79)〜利根川水系楢俣川・奈良俣ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(80)〜神流川発電所(南相木ダム・上野ダム)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(81)〜雄物川水系玉川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(82)〜北上川水系江合川鳴子ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(83)〜北上川水系雫石川・御所ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(85)〜米代川水系森吉山ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(86)〜阿賀野川水系大川ダム・大内ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(87)〜東京都のダム(村山上貯水池・村山下貯水池・山口貯水池)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(88)〜東京都のダム(小河内ダム)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(89)〜筑後川水系・藤波ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(90)〜江の川土師ダム、太田川高瀬堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(91)〜遠賀川福智山ダム・遠賀川河口堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(92)〜江の川水系馬洗川支川上下川 灰塚ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(93)〜九頭竜川 九頭竜ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(94)〜九頭竜川水系真名川 笹生川ダム・雲川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(95)〜九頭竜川水系真名川・真名川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(96)〜ダムマニアの撮った写真集〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(97)〜吉井川水系苫田ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(98)〜旭川水系旭川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(99)〜利根川水系薗原ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(100)〜淀川水系琵琶湖支川野洲川ダム・青土ダム・姉川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(101)〜川内川・鶴田ダムとその再開発事業〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(102)〜筑後川・筑後大堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(103)〜阿武隈川水系大滝根川・三春ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(104)〜豊川水系宇連川宇連ダム・大島川大島ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(105)〜安里川水系安里川 金城ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(106)〜荒川水系中津川 滝沢ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(107)〜鹿児島県の川辺ダム、大和ダム、西之谷ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(108)〜肝属川水系串良川支川高隈川 高隈ダム〜
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 (古賀 邦雄)
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