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ダムの書誌あれこれ(98)
〜旭川水系旭川ダム〜

 これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事を一部修正して転載したものです。著者は、古賀邦雄氏(水・河川・湖沼関係文献研究会)です。

◆ 1. 旭川の流れ

 つい最近、ダム建設と鉄道敷設の関係についての書、武田元秀著『ダムと鉄道 一大事業の裏側にいつも列車が走っていた』(交通新聞社・2011)が発行された。この本については別の機会に紹介しようと考えているが、私もまた、汽車の旅であっちこっちのダムを歩いている一人である。岡山駅から津山線に乗って、武部駅で降り、旭川を遡ると旭川ダムに出合った。

 まず、旭川について、宗田克巳著『旭川』(日本文教出版・1976)、岡山理科大学「岡山学」研究会編『旭川を科学するPart1』(吉備人出版・2005)から、旭川の流れ、旭川の水利用状況、旭川の水害と治水対策を次のように追ってみる。

『旭川』

『旭川を科学するPart1』
 旭川は、岡山県の中央部に位置し、その源を蒜山高原の北端・朝鍋鷲ケ山(標高1,081m)に発し、新庄川、備中川、宇甘川など146の支川と合流し、岡山市街地を流れ、児島湾に注ぐ流域面積1,810km2、幹線流路延長142qの一級河川であり、東の吉井川と西の高梁川に挟まれた岡山三大河川の一つである。流域は、標高1,000m級の中国脊梁山地を流れる上流部、標高300〜500mの吉備高原を流れる中流部、そして岡山平野を形成して児島湾に流れ込む下流部に分けられる。

 旭川の年平均降雨量は、上流部の北部山間部で1,700o〜2,000o程度で、日本の年間降雨量よりやや多い。中流部は1,300o〜1,500o、下流部では1,100o〜1,300oであり、平均降雨量は少なく、流域内には1,900ほどの農業用ため池がある。

 戦国時代の旭川は、一条の流路となっており、濱から森下を通って児島湾に注いでいた。現在の旭川になったのは、宇喜多秀家が岡山城を現在地に築くに当たって、城の防御のために城を囲むように大きく蛇行させて、西に付け替えた。旭川を蛇行させたことと、当時行われていた「たたら製鉄」で樹木が伐採され、山々が荒廃したこと、加えて「かんな流し」に伴って、土砂生産量が増大し、それが河床を上昇させ、岡山城下はたびたび大水害を蒙った。この治水対策として、陽明学者熊沢蕃山が旭川放水路となる百間川を立案し、それを引き継いだ津田永忠によって百間川が整備された。また、津田永忠は操山以南において、倉田新田、沖新田の大規模な干拓を行った。一方、旭川西側の海岸線は明治以降に干拓が進み、昭和に児島湾締切堤防が完成した。このようにみてくると、もともと岡山市街は海であり、干拓により発展しており、洪水時には河川水より低く、治水上危険なところに都市が発展してきたことがわかる。

◆ 2. 旭川の水利用状況

 旭川水系のダムは、上流から土用ダム(土用川、昭和61年完成、電力)、湯原ダム(旭川、昭和30年完成、洪水調節、電力)、北房ダム(備中川、昭和55年完成、農業用水)、恩木ダム(豊国川、昭和62年完成、洪水調節)、旭川ダム(旭川、昭和29年完成、洪水調節、不特定用水、水道用水、発電)、山手ダム(大成川、昭和59年完成、農業用水、水道用水)、鳴滝ダム(加茂川、昭和56年完成、洪水調節、不特定用水、水道用水)などが築造され、それぞれのダムは治水と利水の役割を担っている。

 前述のように、旭川下流部には干拓地が増大し、その干拓地へ農業用水を供給するために江戸期から多くの井堰が設けられてきた。しかしながら、石積構造の斜め堰は漏水が生じ、渇水時には、岡山市の右岸側の旧御津郡と左岸側旧上道郡との間でしばしば水争いがおこった。そのためこれらの井堰を統合して、コンクリート製の旭川合同用水堰が昭和16年に着工し、昭和29年に完成した。岡山市玉柏に位置する旭川合同用水堰からの取水は最大16.2m3/sで、灌漑面積は旭川両岸あわせて約2,300haを潤している。

 旭川合同用水堰は、右岸側から取水するために、堰から1.5q下流で分派させ、旭川の川底の下をくぐるサイフォンにより、左岸側にも配分している。岡山市新京橋に位置する新堰は、昭和52年に改築され、最大2.2m3/sでもって、灌漑面積約717haを潤している。旭川の平成15年度における水利用は、水道用水5,800万m3、工業用水4,100万m3、農業用水2億9,500万m3となっている。また、旭川ダム、湯原ダムなどの水力発電が行われており、旭川の水を利用した年間の発生電力量は平成16年度で約4億400万kWとなっている。

◆ 3. 旭川の水害とその治水対策

 旭川は江戸期においてもしばしば水害に遭遇した。百間川が整備されたものの、明治期になっても「かんな流し」の影響によって河床が上昇し、明治25年、26年の大水害を蒙った。この水害により「旭川堤防対策設計案」が策定された。

 昭和9年9月の室戸台風により岡山県吉井川、旭川、高梁川沿いもまた大水害となった。台風進路の西側に約130q離れた岡山県の被害は死者・行方不明者151名、浸水家屋60,324戸に及んだ。旭川の堤防が決壊し、岡山城周辺、後楽園は水没し、岡山市街も濁流が襲った。この被害を受け、百間川の増強計画が策定された。また、旭川の河水事業の一環とする発電ダムとして、湯原ダムと旭川ダム事業に着手したが、第二次世界大戦の影響により中断された。

 戦後、中断されていた両ダムの事業は再開され、昭和29年旭川ダム、昭和30年に湯原ダムが完成した。昭和47年7月の豪雨によって、岡山三大河川もまた水害をうけ、岡山県での死者16名、全壊家屋270棟、田・畑の流失・埋没782ha、羅災者4,650世帯に及んだ。この洪水を契機として、旭川ダムは治水・利水から検討を行い、再開発がされた。また、湯原ダムも昭和53年より洪水調節機能をもつ多目的ダムとして運用されている。


 旭川ダムについては、岡山県編・発行『旭川ダム』(1956年)、川端定三郎著『岡山のダム』(日本文教出版・1994)、旭川ダムパンフレットよりみてみたい。


『旭川ダム』

『岡山のダム』
◆ 4. 旭川ダムの建設過程

 旭川ダムは、旭川中流部、児島湾河口から約40qの岡山市北区建部町地点に位置する。旭川ダムの計画は、大正10年頃岡山県会議員間に県営電気事業計画の話があり、県下の各河川について調査したのが、河水統制事業の始めである。大正13年の報告書は、発電可能地点として、吉井川水系4、旭川水系5、高梁川水系1、計10ヵ所であったが、ペーパープランに過ぎず、発電本位であった。たまたま同年県下は大旱魃で河川の総合開発が望まれた。しかし、第一次世界大戦のため中止となり、その後具体的な進展は見られなかった。

 昭和9年9月の室戸台風によって、ダム地点流量5,100m3/sに達し、未曽有の大災害となって、根本的な治水・利水の計画がなされ、昭和13年に築堤箇所の選定、昭和15年に補助の内定、昭和17年4月に議会の議決を経て、旭川ダム事業に着手した。しかしながら、昭和18年第二次世界大戦によって中止となった。戦後、電気需要の増大に伴い、水の総合利用計画が促進され、ダムの築造によって、洪水調節を図り、洪水を防禦し、さらに河川改修工事費の低減を図り、あわせて電力を確保するための旭川総合開発が立案され、治水、利水、灌漑、発電を目的とした多目的ダムとして、昭和26年に着手し、昭和29年に完成した。


 昭和47年7月梅雨前線の異常降雨で最大流入量2,600m3/sに達し、これを契機に治水計画が検討された。即ち、予備放流方式を制限水位方式(洪水期間6月15日〜10月15日の期間、水位をEL.103.5mに保つ)に改めるとともに、発電可能水位以下の未利用の貯水容量(発電水位EL.99.5m以下、最低水位EL.88.0m以上、1,823万4千m3)を新たに利用することにより、沿岸地域の都市用水の不足解消を目的に36,200m3/日の供給を行う再開発事業が発足した。当施工は、旭川ダム建設時の仮排水路底板上にプレパクトコンクリート基礎で碇着した取水塔を設置した。これにより取水し、縦坑、水平隧道を経て、ダム右岸下流部に放流し、渇水時に下流の河川維持用水及び都市用水を確保できる。事故もなく昭和59年完成した。

◆ 5. 旭川ダムの諸元と目的

 旭川ダムの諸元は、堤高45.0m、堤頂長212.0m、堤体積14.6万m3、非越流標高EL.116.65m、集水面積1,140km2、湛水面積4.21km2、総貯水容量5,738.2万m3、有効貯水容量5,177.2万m3、満水位EL.110.0m、制限水位EL.103.5m、型式重力式コンクリートダム、起業者は岡山県、施工者は熊谷組で、事業費約50億円を要した。なお、ダム建設によって、443世帯が移転している。


 旭川ダムの目的は、次の通りである。

@ 治水
 洪水調節は、洪水期(6/15〜10/15)には水位103.5m〜110.0mでの容量2,300万m3、非洪水期(10/16〜6/14)には水位EL.108.5m〜110.0mでの容量600万m3を利用し、行う。
A 不特定用水
 旭川下流域の農業用水や水道用水など必要な水量を確保して、渇水時に備える。また、河川の流水を維持するための水量も確保されている。
B 水道用水
 岡山市やダム周辺地域の水道用水として約230万m3を確保し、地域住民の快適な暮らしを支えている。
C 発電
 旭川ダム(旭川第一ダム)の高さ45mに旭川の水を貯留し、堤体にある取水口2門から最大60m3/sを取水し、有効落差最大36.4mでもって、旭川第一発電所にて最大18,700kWを発電する。さらに、旭川ダム(旭川第一ダム)の下流に造られた旭川第二ダムにおいて取水された水は圧力隧道を通って、使用水量最大45m3/s、有効落差最大9.95mでもって、旭川第二発電所にて最大3,700kWを発電する。第一発電所と第二発電所をあわせると、年間供給電力量は9,642.2万kWhとなる。

 旭川第二ダムの諸元は、堤高13m、堤頂長150m、貯水池全容量71万m3、発電容量59.4万m3であり、昭和29年に完成している。


◆ 6. 旭川ダム工事の状況

 旭川ダムの工事は、昭和26年〜29年にかけて行われた。一僻村であったダム現場鶴田村和田南地区は急激に活気を呈し、ネオンサインの閃く町に一変したという。

 その工事状況について、前掲書『旭川ダム』から、次のように見てみたい。

昭和26年2月 堰堤仮排水掘鑿に着手
       仮排水路下流部掘鑿に着手
    4月 コンクリート運搬路掘鑿に着手
    5月 セメント索道荷卸場・倉庫敷地着手
    6月 コンクリート運搬路壁、コンクリート打設開始
    7月 仮排水路堰堤上流側12mよりコンクリート打設開始
       バッチャープラント基礎コンクリート打設開始
    8月 堰堤(仮排水路部)第一回岩盤検査
       堰堤(仮排水路部)コンクリート打設開始
    9月 索道荷卸場コンクリート打設開始
    10月 仮締切着工
    11月 ケーブルクレーン据付準備着手
       仮排水路通水

 締切工事については、次のように記されている。
 この締切工事では特に変わった工法は、第三締切のケーシング工法である。ケーシングによって締切を行うため、この方を専門とする白石基礎株式会社を呼び、特に注意を払って行った。このケーシングは幅5m、長さ15mの箱形で深さは各地点の岩盤までの深さに応じて2.9mより5.7mまでの4種とした。この内側に人が入り中を掘鑿し、圧縮空気で滲透水圧に打ち勝ち、水を排除して掘鑿を行うものである。比較的平坦な岩盤であったため、この第三締切は順調に進捗した。締切工事着手の頃には、仮排水路掘鑿を行っている熊谷組と中国土木の受持分は夫々完了し、11月23日には仮排水路は初の通水を行い、ここに旭川の水は今までの河状を変え、右岸仮排水路へ流れ締切内の工事は本格的に行えることとなった。

昭和27年1月 バッチャープラント機械類運搬開始
       ケーブルクレーン竣工
       放水路掘鑿に着手
    3月 索道、ベルトコンべヤ、キニオンポンプ、バッチャープラント等の仮設備総合試運転
    4月 堰堤コンクリート打設開始
    7月 第4土捨場にて殉職者の慰霊祭挙行
    11月 発電所岩盤掘鑿完了

 工事が進む中で、残念ながら尊い犠牲者が出ている。
 工事は着々と進み、掘鑿とコンクリート打設、それに型枠をたてこみその間は他のブロックのコンクリート、と工事は間断なく進めることが出来るようになった。軌道に乗りかけた工事の蔭には尊い犠牲者の出ることを忘れてはならない。4月6日に発電所下段の掘鑿を行っていた中国土木の土工2人は落岩のため死亡した。4月15日には発電所掘鑿中段のインクラインで捲揚中ハッカーのナットが抜けて5名が重傷を負った。津山労働基準局からは「労働安全」、「労働災害」につき、事務局において、17業者を集め会議を行った。しかしながら、5月23日、5月29日発電所掘鑿中、岩石が落下し、死亡者2人、5人が重軽傷を負った。7月8日岡山県主催で、第四土捨場にて殉職者の慰霊祭が行われた。

昭和28年2月 第1号水車ドラフトチューブ据付開始
       仮排水暗渠門扉据付開始
       水圧鉄管組立据付開始
    3月 仮排水路より堤体内仮排水暗渠へ転流
    4月 12ブロック溢流頂完成
    5月 取水口コンクリート打設開始
    7月 堰堤排砂門据付開始
    8月 堰柱コンクリート完成
    9月 台風13号にて、堰堤築造に浸水を受ける
    10月 排砂管据付完了
    11月 全溢流頂部分完成
    12月 農業用調整水門完成

 ダム施工中には、梅雨前線や台風によって、ダム現場がたびたび水浸しとなり、工事がやむなく中断することもある。
 9月25日に折り悪しく、台風13号に見舞われ、連続の降雨により、河水は増水し、刻々と水位は上昇し、二つの仮排水暗渠から荒れ狂った濁水が奔出し下流エプロン部の水は轟音をたてて流れ去るも、この洪水は流れ去ることが出来ず、栃原集落は軒下まで浸水し、全滅となった。暮色迫る栃原では、家財道具を舟に、或いは上部新道にあるトラックへ崖伝いに移しながら住民が不安の一夜を明かした。このため27日には、三木知事は台風13号被害の栃原方面を見舞った。その後、最後の堰堤堤体工事に全力をあげた。

昭和29年1月 堰堤内仮排水暗渠前のフラップゲートを閉塞し、
貯水開始
    2月 貯水開始12日間で2,730万m3を貯水、溢流を開始
       第1号機運転開始、送電を始める
    5月 旭川第一堰堤、第一発電所竣工式を挙行する


 旭川ダムでは、貯水が開始され、続いて第一発電所の送電が始まり、5月30日には、旭川総合開発竣工式が第一発電所屋上で関係者1,300人の来場を得て、盛大挙行された。

◆ 7. 旭川ダムの特徴

 旭川ダムの建設過程を追ってみると、繰り返すことになるが、その目的が時代の変遷によって、戦後となって多目的ダムに推移していく姿が見えてくる。

@ 旭川ダムの建設は、大正10年頃から水力発電のためのダムとして発案されたものの、第一世界大戦で途切れ、昭和9年9月の室戸台風の災害を受けて、治水・利水面の河水統制事業として、着手されたが、これもまた第二次世界大戦の資材不足の影響を受け中止された。
A 昭和24年、岡山県の重要な施策の一つ旭川ダムの建設計画が県議会で可決された。これに必要な資金が26億円で、昭和24年の岡山県の一般会計予算が42億円、実に、62%を占めた。しかし、このダム計画が数多くの困難な問題を含みながら実現へ向いた背景には、昭和23年におこった岡山県下の異常渇水、戦争中の乱掘による石炭エネルギー不足、戦後の復興のための国の方策としての電源開発に力をいれたからである。
B 旭川のダムサイト、久米郡鶴田村大字和田南(現・建部町)は、旭川の中流地点で、位置的には川幅、地質は流紋岩類に属し、適地であったが、水没世帯が443世帯と多かった。昭和25年からはじまった補償交渉は難航し、ながびくにつれて、物価の上昇がからみ、補償の増額要求が続々出てきた。交渉が妥結したところは工事が進捗し、未承諾者との交渉は旭川開発協議会によって、懸命に続けられ、一件ずつ妥結していった。しかしながら、13世帯が土地収用法の適用を受けている。
C 実際の工期は、まだ完全に用地補償が解決しないまま、昭和26年に着手し、昭和29年に完成したが、補償が解決しているところから、工事がはじまり、湛水するまで補償問題が続き、なお、工事そのものは短期間に施工されたため、30名の殉職者がでた。
D 旭川ダムを旭川第一ダムとして、その下流に旭川第二ダムを築造して、両ダムにそれぞれに発電所を造り、相互に利用して効率的に発電を行っている。岡山県下の電力エネルギーの供給を行って、戦後経済復興に大きな役割を果たした。

◆ 8. おわりに

 旭川における計画高水流量配分については、昭和41年に、昭和9年9月の室戸台風時の既往最大である洪水をもとに、基準地点下牧での基本高水流量を6,000m3/sとし、計画洪水流量はダム調節により5,000m3/sとし、そのうち百間川に1,200m3/s、旭川本川に3,800m3/sを流下させる工事実施基本計画を定めた。

 その後平成4年、計画改定が行われ、基準地点下牧で基本高水流量、8,000m3/sのうち、既設の湯原ダム、旭川ダムを含む上流ダム群により2,000m3/sを洪水調節し、計画高水流量を6,000m3/sとした。そのうち百間川に2,000m3/sを分流し、旭川本川に4,000m3/sを流下させるようになっている。

 旭川ダムが昭和29年に完成して以来、今日(平成24年)まで、既に半世紀が過ぎた。その間、沿岸地域の都市用水の不足を解消するためのダムの再開発事業がなされ、さらには、ダム周辺環境整備事業によって、ダム下流には公園が整い、ダム湖のアオコ淡水赤潮を防ぐための曝気装置が設置された。

 最後に、旭川に関する書を掲げる。
@ 建設省岡山河川工事事務所編・発行『旭川史』(昭和47年)
A 矢木勅時治編・発行『旭川ダム 湖底の村の記録』(昭和57年)
B 岡山県岡山地方振興局編・発行『旭川ダム再開発事業工事誌』(昭和59年)
C 農林省農地局編・発行『旭川水系農業水利実態調査』(昭和37年)
D 岡山理科大学『岡山学』研究会編『旭川を科学するPart1』(吉備人出版・平成17年)
E 同上『旭川を科学するPart2』(吉備人出版・平成18年)
F 同上『旭川を科学するPart3』(吉備人出版・平成19年)
G 岡山の自然を守る会著『百間川』(日本文教出版・昭和59年)
H 坂本亜紀児編・著『岡山の河川拓本散策』(日本文教出版・平成12年)
I 小林健二編『昭和9年9月岡山風水害史』(中國聯盟出版部・昭和9年)
11 山室勝之資著・発行『昭和9年9月21日回顧 落合の風水害』(平成元年)
12 岡山県編・発行『昭和47年7月豪雨災害誌』(昭和49年)

[関連ダム]  旭川ダム
(2014年3月作成)
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  [テ] ダムの書誌あれこれ(61)〜鬼怒川のダム (上)(五十里・川俣)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(62)〜鬼怒川のダム (下)(川治・鬼怒川上流ダム群連携・三河沢)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(63)〜揖斐川のダム (上)(川浦・川浦鞍部・上大須)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(64)〜揖斐川のダム (下)(横山・徳山)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(65)〜長野県・味噌川ダム 〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(66)〜飛騨川のダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(67)〜木曽川水系阿木川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(68)〜桃山発電所、読書第1発電所、賤母発電所、落合ダム、大井ダム、読書ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(69)〜木曽川水系丸山ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(70)〜牧尾ダムと愛知用水 (上)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(71)〜牧尾ダムと愛知用水 (中)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(72)〜牧尾ダムと愛知用水 (下)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(73)〜呑吐ダム・加古川大堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(74)〜一庫ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(75)〜利根川水系神流川・下久保ダム、塩沢ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(76)〜阿武隈川水系白石川・七ヶ宿ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(77)〜利根川水系渡良瀬川・草木ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(78)〜利根川最上流・矢木沢ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(79)〜利根川水系楢俣川・奈良俣ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(80)〜神流川発電所(南相木ダム・上野ダム)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(81)〜雄物川水系玉川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(82)〜北上川水系江合川鳴子ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(83)〜北上川水系雫石川・御所ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(84)〜北上川四十四田ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(85)〜米代川水系森吉山ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(86)〜阿賀野川水系大川ダム・大内ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(87)〜東京都のダム(村山上貯水池・村山下貯水池・山口貯水池)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(88)〜東京都のダム(小河内ダム)〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(89)〜筑後川水系・藤波ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(90)〜江の川土師ダム、太田川高瀬堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(91)〜遠賀川福智山ダム・遠賀川河口堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(92)〜江の川水系馬洗川支川上下川 灰塚ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(93)〜九頭竜川 九頭竜ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(94)〜九頭竜川水系真名川 笹生川ダム・雲川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(95)〜九頭竜川水系真名川・真名川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(96)〜ダムマニアの撮った写真集〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(97)〜吉井川水系苫田ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(99)〜利根川水系薗原ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(100)〜淀川水系琵琶湖支川野洲川ダム・青土ダム・姉川ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(101)〜川内川・鶴田ダムとその再開発事業〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(102)〜筑後川・筑後大堰〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(103)〜阿武隈川水系大滝根川・三春ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(104)〜豊川水系宇連川宇連ダム・大島川大島ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(105)〜安里川水系安里川 金城ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(106)〜荒川水系中津川 滝沢ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(107)〜鹿児島県の川辺ダム、大和ダム、西之谷ダム〜
  [テ] ダムの書誌あれこれ(108)〜肝属川水系串良川支川高隈川 高隈ダム〜
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 (古賀 邦雄)
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