これは、「月刊ダム日本」に掲載された記事を一部修正して転載したものです。著者は、古賀邦雄氏(水・河川・湖沼関係文献研究会)です。
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◆ 1. 水力発電の種類
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人間にとって生きるために、水と食糧とエネルギーの確保は欠かせない。ご飯を炊くにも、水とお米と火がないと私たちは食べることができない。
この三要素の継続的な確保は、わが国の経済成長を支え、国家の安全と安定と保障が図られていることは確かだ。先人たちは、水と食糧とエネルギーを得るために血のにじむような努力を重ねてきた。
今日、エネルギーの素、即ち日本の電源別総発電力(kW)は、水力発電所、火力発電所、原子力発電所が重要なエネルギーを占めている。その内訳は、2009年度版電力事業便覧によると、水力17.3%、火力64.6%、原子力17.3%、その他0.8%となっている。クリーンエネルギー、純国産のエネルギー資源としての水力発電をみてみたい。
日本の平均降水量は約1,800oと恵まれている。水力発電は、流れ落ちる水の力で電気をおこすシステムで、自然の力を利用した発電方式である。せき止めた河川の水を高いところから低いところまで導水し、その流れ落ちる勢いで水車をまわし、水車の回転軸が発電機と繋がっており、水車の回転の力が発電機に伝えられ発電が行われる。発電量は、水量が多いほど、落差が大きいほど増大する。 水力発電の種類について、@流れ込み式は、川の水をそのまま利用する方法で、自流式ともいい、豊水期と渇水期の水量変化によって発電量が大きく変動する。A水路式は川の上流に堤を造り、水を取り入れ、長い水路で適当な落差が得られるところまで導水し、そこから下流に落ちる力で発電する。Bダム式は、山間部で、川幅がせまく、両岸が高く切り立ったところにダムを設け、水を堰き止めて人造湖を造り、その落差を利用して発電する。Cダム水路式は、ダムで貯めた水を圧力隧道で下流に導き、落差をさらに大きくして発電する。水路式とダム式をより効果的に組み合わせた方式である。D揚水式は、1日の電力消費量のピーク時に対応する発電方式で、主として地下に造られた発電所とその上部、下部に位置する2つのダムから構成される。
昼間のピーク時には、上のダムに貯めた水を下のダムに落して発電を行い、下のダムに貯まった水は電力消費の少ない夜間に他の発電所からの電力を使って上のダムにくみ揚げられ、再び昼間の発電に備える。
一定量の水を繰り返し使用する。また、運転開始から最大出力までわずか数分という出力調整の早さで急激な電力消費量の変化にすばやく対応出来る。揚水式発電は、貴重な水資源の有効利用が図れると共に火力、原子力発電所と組み合わせて運転することによって、電気の供給コストの低減も図れる。
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◆ 2. 水力発電の歴史と社会の動き
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わが国の水力発電所は、全国に1,800箇所をこえるまでになり、水力発電は総発電力の17.3%を占める重要なエネルギーである。その水力発電の歴史と社会の動きについて、財団法人新エネルギー財団のパンフレットに、次のように記されている(一部追記)。
明治21年 宮城県三居沢発電所完成 24年 京都蹴上発電所完成 43年 第一次発電水力調査 大正3年 第一次世界大戦始まる 14年 ラジオ放送始まる 昭和16年 太平洋戦争始まる 20年 太平洋戦争終わる 28年 テレビ放送始まる 31年 佐久間発電所完成 38年 黒部第四発電所完成 39年 東海道新幹線開業 東京オリンピック開催 41年 原子力発電営業開始 45年 大阪万国博覧会開催 48年 第一次オイルショック 53年 第二次オイルショック 55年 石油代替エネルギーの開発及び導入の促進に関する法律施行 第五次発電水力調査 58年 新高瀬川発電所完成(東洋一規模のロックフィルダム) 63年 青函トンネル・本四連絡橋開通 平成6年 新エネルギー導入大綱決定 9年 気候変動枠組条約第三回締約国会議(COP)開催 神流川発電所着工 10年 地球温暖化対策推進大綱決定 11年 海水揚水発電実証試験開始 15年 電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法の施行 17年 神流川発電所完成(全号機完成後は世界最大の揚水発電所)
以上見てきたように、日本水力発電は、明治21年に開始した仙台電燈の三居沢発電所に始まり、100年の長い歴史がある。水力発電は、運転コストが安いことから明治から昭和の初めまでは発電方式の主流となり、水主火従という関係であったが、昭和30年から昭和40年にかけて急増する電力需要を賄うために、建設費が安く、出力規模が大きい発電所を比較的短期間に建設できる火力発電所が建設され、昭和34年には、発電の主体が水力から火力に移った。だが、今日水力発電の比率は小さくなっているものの、貴重なエネルギーの一環として、また電力ピーク時に安定した供給を支える大きな役割を担っている。
ここで、東京電力(株)が施工した世界最大の揚水発電所神流川発電所の建設を追ってみたい。
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◆ 3. 神流川発電所のしくみ
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神流川発電所は、長野県東部南相木村を流れる信濃川水系南相木川の最上流部に上部ダム・南相木ダム(奥三川湖)、群馬県南西部上野村を流れる利根川水系神流川の最上流部に下部ダム・上野ダム(奥神流湖)の2つのダムを築造し、その間を約6qの水路で結び、有効落差653mを得て、地下発電所で最大使用利用水量510m3/sにて最大出力282万kW(47万kW×6台)の発電を行うもので、平成7年から平成17年にかけて11年の歳月を経て完成した(現在、1号機が運開中であり、2号機、平成24年7月、3〜6号機、平成32年以降の完成予定)。
神流川発電所の建設に関して、平成18年に東京電力株式会社編・発行『神流川発電所建設工事報告(第T編 総括 第Y編 建築)』、『神流川発電所建設工事報告(第U編 ダム調整池)』 、 『神流川発電所建設工事報告(第V編 発電所)』 、 『神流川発電所建設工事報告(第W編 水路)』、 『神流川発電所建設工事報告(第X編 電気)』の五冊が出版されている。これらの書から神流川発電所における南相木ダム、上野ダム、2つのダムを結ぶ水路等の諸元及び建設の技術的な特徴等について、以下みてみたい。
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『神流川発電所建設工事報告(第T編 総括 第Y編 建築)』 |
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『神流川発電所建設工事報告(第U編 ダム調整池)』 |
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『神流川発電所建設工事報告(第V編 発電所)』 |
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『神流川発電所建設工事報告(第W編 水路)』 |
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『神流川発電所建設工事報告(第X編 電気)』 |
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◆ 4. 南相木ダムの建設
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神流川発電所における上部ダム・南相木ダムは、長野県の南相木村を流れる信濃川水系南相木川の最上流部、長野県南佐久郡南相木村字南相木山地先に建設された。そのダムの諸元は、高さ136.0m、堤頂長444.0m、堤体積730万m3、流域面積6.2km2、調整池面積0.59km2、利用水深27m、満水位海抜1,527m、総貯水量1,917万m3、型式は中央土質遮水壁型フィルダムである。
起業者は東京電力(株)、施工者は前田建設工業・大成建設・大林組・青木建設である。 南相木ダムの地質をみてみると、泥岩基質の混在岩で、含まれる砂岩やチャートなどの礫の岩種により更に区分される。ダムサイトの基礎岩盤は堅硬でC M〜C H級が広く分布し、左右岸では一部でC L級が20m以上分布するほかは、それ以下となっている。ダムサイトのルジオン値は、右岸側では局所的に5〜10Luが存在するものの、ほぼ40m以深で2Lu以下の難透水ゾーンとなっている。 一方、左岸側は高標高部で20Lu以上の層がGL-60〜70mまで存在するが、概ねGL-50〜100m以深で2Lu以下の難透水ゾーンが出現する。変形係数は、C H級で3,300〜5,500MPa、C M級で550〜2,600MPa、C L級で120〜130MPaである。
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南相木ダムの設計は、次のようにして決定された。ダムの型式は、ダムサイトの地形、基礎岩盤の性状ならびにダムサイト近傍で材料を採取できることから、中央土質遮水壁型フィルダムとなった。堤体形状は、上流側法面勾配を1:2.7、下流側を1:2.0とし、ゾーニングは、コア、フィルター、ロックとなっている。コア材料は、ダムサイトより3qほど下流にあるコア採取場の崖錐堆積物を使用し、一部、粗粒の段丘堆積物とロームを混合して使用し、各ゾーンの設計値は、締固め・透水試験や三軸圧縮試験から決定した。 洪水吐きは、設計洪水流量が280m3/sで流入部が横越流型、導流部が水路式、減勢工が跳水式水平叩き型であり、ダムの左岸に配置している。
神流川発電所の技術的特徴について、東京電力(株)編・発行『神流川発電所で導入した先端技術』(平成17年)の小冊子から追ってみたい。
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『神流川発電所で導入した先端技術』 |
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◆ 5. 南相木ダムの技術的特徴
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@ 積層仮置・切り崩し工法の開発による高含水比コア材料の最適化 上部ダム・南相木ダムのコア材料は、日本のフィルダムのコア粒度実績範囲内にあるものの、自然含水比が高いため、そのまま使用した場合には透水係数の管理基準値を満たさないうえ、トラフィカビリティも十分に確保できないものであった。この材料を管理基準を満足するコア材料に改良するため、乾燥材と積層仮置した後、切り崩して混合するという工法(積層仮置法)に改良を加えて南相木ダムのコアゾーンに適用された。
A 振動ローラによるフィルダムロックゾーンの品質管理手法の開発 密度管理で限定的にしか評価できなかったフィルダムロックゾーンの内部摩擦角を、面的、かつリアルタイムに計測できるものとして、ロックゾーンの転圧機械である振動ローラによる品質管理手法を考案した。これは、ロック材の内部摩擦角と良好な相関性がある簡易な指標として含水比を取り上げ、この値を介して振動ローラ転圧時のロックゾーンからの加速度応答と内部摩擦角の関係を導き、ダムの強度分布を推定する手法を考案したもので、材料の有効活用に繋がるだけでなく、ダムの設計合理化に寄与する技術である。
B ワイヤレス間隙水圧計の開発 ロックフィルダムには、盛立て前後の堤体内の間隙水圧、土圧、変位等を計測するために種々の計測機器が埋設される。これらの計測データは、すべてケーブルによって堤体内から外に引き出されることから、 iケーブルトレンチが湛水後の水道になる、 ii設置の施工が煩雑になる、iiiケーブルが、 締固め過程や完成後の沈下等により破断する、 等の問題がある。南相木ダムでは、このような問題を解決するため、コアゾーンに数多く埋設される間隙水圧計に対して、ケーブルをなくしたワイヤレス間隙水圧計を開発した。試験運用に対し、現在まで良好な結果が得られており、今後はセンサー部分を取り替えることにより、土圧、変位等の計測が可能であり、幅広い分野への応用が期待される。 ワイヤレス間隙水圧計は、筐体、基板、リチウム電池、アンテナコイル、間隙水圧計から構成され、全体を小型化するとともに、計測期間を延ばすために基盤部を省電力化し、高エネルギー密度のリチウム電池を使用した。1台の送受信機で制御が可能なワイヤレス間隙水圧計は118台である。
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◆ 6. 水路と地下発電所の建設
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水路の地質は、泥岩または砂岩基質の混在岩が大半で堅硬なC H級岩盤であり、弾性波検査でも5q/s帯以上にすべて入っている。一方、地下発電所の地質は、大半が砂岩基質の混在岩であり、変数係数は、23,000MPa〜57,000MPaである。
地下発電所の設計では、泥岩基質部(変形係数7,500〜14,500MPa)を避け、堅硬な砂岩基質内に納まる配置とし、地山かぶりを確保した上で、取・放水口と地下発電所とを最短で結ぶ水路ルートとした。
発電所は地下500mの深部に2つの空洞を設け、482,000kWの立軸フランシス形ポンプ水車6台(1号水路系4台、2号水路系2台)と525,000kVAの立軸三相交流同期発電電動機6台(1号水路系4台、2号水路系2台)が計画され、現在、1号系空洞および1号水路系1台の水車、発電機が運開中であり、2号系空洞および1号水路系3台、2号水路系2台については建設中もしくは計画中である(平成32年度以降完成予定)。1号系空洞の規模は、高さ51.4m、幅33m、長さ215.9mである。空洞掘削は、ベンチカット方式で行われ、各ベンチの掘削前後における周辺岩盤の挙動計測データを計算機により処理して、岩盤の変位、PS工の荷重などの実測値と予測解析値の比較を行い、最適な支保パターンの選択などがリアルタイムで実施できる、情報化設計施工管理システムを導入した。
なお、水路及び地下発電所で採られた先端技術は、次のとおりである。
@ 全断面TBMによる水圧管路長大斜坑掘削 水圧鉄管路は、全長1,400mのうち961mは、標高差714m、傾斜角48度、掘削径6.6mの斜坑である。この水路管路斜坑の施工にあたって、東京電力(株)では、これまでの実績及び地質が比較的良好なことを踏まえ、下部より1工程で掘り上がる「全断面TBM工法」を採用し、更なる安全性向上とコスト縮減を図った。
A HT100を用いた水圧鉄管の設計・施工 延長1,400m、高低差714mに及ぶ水圧鉄管の設計内水圧は、導水路水槽基部で約1MPa、水車位置で約11MPaと大きく変化するため、材質及び板厚を、設計水圧に応じて切り替えた経済的な設計を行っている。また、堅硬な岩盤内に埋設するため、内水圧の一部を岩盤に負担させる岩盤負担設計を採用している。更に建設コスト縮減のため高水圧部に国内の水圧鉄管としては初めて高張力鋼HT100を採用していることが大きな特徴である。
B 高流動コンクリートによる水圧鉄管斜坑充填コンクリート工事 水圧鉄管は、据付けた鉄管を充填コンクリートにより岩盤に固定し、鉄管−コンクリート−岩盤が一体として水圧に抵抗する構造物である。このため硬化コンクリートの強度・弾性係数が重要となる。普通コンクリートの場合、良好な硬化コンクリートを発揮するためには入念な締固めが必要となるが、狭隘な斜坑内での足場の設置撤去・足場上作業は、安全性・経済性から得策ではないため、水圧鉄管路充填用コンクリートとして、自己充填性を有し締固めが不要な、高流動コンクリートを採用した。
C 地下発電所空洞情報化設計施工 地下発電所の空洞は、長さ215.9m、高さ51.4m、幅33.0mで、最大断面積は約1,400m2の規模を有する卵形空洞であり、中古生層の堆積岩中の地下深部500mに位置する。この空洞の施工にあたっては、AE測定など新しい計測技術の採用、ITの高度化の活用等情報化設計施工を採用することにより支保の最適化を図った。
D 新型ポンプ水車ランナの開発 神流川発電所では、10枚羽根のスプリッタランナを採用することにより、当初計画に対して40%程度の効率アップが図られ発電出力を450MWから470MWに変更した。
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◆ 7. 上野ダムの建設
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神流川発電所における下部ダム・上野ダムは、群馬県の上野村を流れる利根川水系神流川の最上流部群馬県多野郡上野村大字楢原字本谷地先に建設された。そのダムの諸元は、高さ120.0m、堤頂長350.0m、堤体積72万m3、流域面積31.2km2、調整池面積0.56km2、利用水深29.4m、海抜843.4m、総貯水容量1,840万m3、型式は重力式コンクリートダムである。起業者は東京電力(株)、施工者は間組・飛島建設・日本国土開発・戸田建設である。
上野ダムサイトの地質をみてみると、泥岩基質の混在岩であるが、主ダムの基礎岩盤は、ほとんどがチャート岩塊であり、右岸の脇ダム部では、主に砂岩・チャート岩塊混在岩及び砂岩岩塊混在岩が分布する。ダムサイトの基礎岩盤は堅硬でC M〜C H級が広く分布し、右岸痩せ尾根部を除きC L級以下の岩盤の厚さは10m以下となっている。
右岸痩せ尾根部では、風化の影響でC L級の層厚が20〜25m程度あり、その下にC M級が10m程度存在するため、右岸沢部に脇ダムを設けている。脇ダムの右岸側は、風化は軽微でGL-10m程度でC M級が、GL-20mでC H級が出現している。ダムサイトのルジオン値は、局所的に10〜30Luが存在するものの、60m以深で2Lu以下の難透水ゾーンとなっている。変形係数は、掘削近傍では、C H級で3,400〜10,700MPa、C M級で1,500〜3,000MPaである。
上野ダムは、ダムサイトが両岸とも急峻なV字谷をなし、基礎岩盤は全般的に堅硬であること、ダムサイト直上流の採石場から採取する原石を主体に、地下発電所及び放水路などの掘削ずりをあわせてコンクリート骨材として使用できることなどを総合勘案し、コンクリート重力式ダムとした。堤体の形状(ダムの基本三角形)は、剛体法による安定計算により、断面積が最小となる最適断面(下流法面勾配1:0.84、ダム高70m以上となる範囲に勾配1:0.1のフィレットを設置)を決定した。施工は東京電力(株)で実績のあるRCD工法を採用した。
洪水吐きは、設計洪水流量が870m3/sで、流入部が正面越流、導入部が堤体流下式、減勢工が跳水式水平水叩き型である。無害放流量以下の中小洪水については、最大放流量52m3/sの放流設備を設置した。また、下流利水に対しては、河川の水質を維持するため、最大2.5m3/sの選択放流設備と南相木ダムと同様に湛水池右岸には、対象流量0.32m3/s(平水量相当)の水廻し水路を設けて対処している。
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◆ 8. 上野ダムの技術的な特徴
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上野ダムの技術的な特徴として、RCD工法・拡張レヤー工法による施工を挙げることができる。 前述のように上野ダムは、堤高120m、堤頂長350m、堤体積72万m3の重力式コンクリートダムである。堤体コンクリートは、所要品質の確保を前提として、単位結合材料量の削減によるコストダウン、並びに急速施工による工期短縮等を指向して、RCD工法・拡張レヤー工法により打設した。コンクリートの打設は、2回の冬季施工中断を除き、26ヵ月で完了した。
@ コンクリートの施工区分 堤体コンクリートの打設方法は、施工能率や、クーリング費用等を総合勘案して、主ダム側の河床EL.726.5m〜EL.800mまでは1mリフトのRCD工法、それより高標高部は1.5mリフトの拡張レヤー工法(ELCM)、脇ダム側の河床EL.781m〜800mまでは1mリフトのELCM、それより高標高部は1.5mリフトのELCMとした。
A 単位結合材量の削減 工事費の縮減を指向して、コンクリートに使用する結合材量(セメント及びフライアッシュ:C+F)を削減した。RCDについては適切なコンシステンシー(目標VC値15秒)を確保すること、細骨材率を増すこと、細骨材中の粒径0.15o以下の微粒分量を10%程度確保すること、振動ローラ転圧回数を増やすこと、としてC+F=100s/m3を採用した。結合材料のうちフライアッシュの置換率は(F/C+F=30%)を基本とした。なお、低標高部の100mを超えるレヤー長の長い部分を夏季に打設することとなるため、夏季に打設するコンクリートの温度上昇を抑制する目的でフライアッシュ置換率を40%とした。
B 配分区分 内部コンクリートについては、RCDコンクリートの高標高部には、細骨材率を32%、転圧回数16回(C+F=120、110は12回)とすることで単位結合材量100s/m3を採用し、ELCMコンクリートには120s/m3を採用した。
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◆ 9. 環境に配慮した水廻し水路
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神流川発電所は、下部ダム・上野ダムの流入水のみで湛水並びに発電を行うものであり、そのため、上部ダム・南相木ダムの流入水は湛水池に貯留せずに、直接ダム下流に流下させることとしている。また、ダム構築に伴い河川環境への変化(水温変化・濁水の長期化)を最小限に抑えるため、湛水池周辺の渓流水を直接南相木ダム下流に転流する。このため、湛水池周囲に水路を設け、ダム構築に伴い消失した河川の代償として必要な水理機能を確保した上で、当地域の水生生物が生息可能な環境を創造する水廻し水路が設計・施工された。
水廻し水路の基本方針として、
@ 水路の流下能力は、既往地点を参考に10日流量(0.44m3/s)とし、それ以上の流入は水路に設けた余水吐き等を介し調整池に一次貯水し放流設備により下流に放流する。
A 水路は、土地改変量を最小限にするため調整池左右岸に設ける付替林道、管理用道路沿いに構築する。
B 当地域水生生物の上位種であるイワナの生息環境の整備を基本とし生息に必要な要素(餌生物の生息環境の創出等)を水路及びその周辺に形成させる。
この基本方針にもとづき、日当たりが悪く流入量が少ない左岸側の水路はU字側溝とし、日当たりが良い右岸側に本川の水を転流させ、石積水路等により水生生物が生息可能な河川環境を整備した。 また、神流川発電所は、純揚水発電所であって、発電に利用する水をすべて揚水によって得る方式である。河川の自然流入水を利用しないため、発電所が運転すると、調整池に流入した河川水については、貯留せず下流へ放流する。下部ダム・上野ダム地点でも、下流河川の水質変化、生態系への影響を低減させる目的で水廻し水路、並びに選択放流設備を設置している。
この選択取水設備は、水廻しでは集水できない調整池への流入水を常時放流する目的で設置された。設備は、調整池の利用水深間における任意の水位(EL.843.4m〜EL.814.0m)ならびに中層(EL.802.0m)を選択して取水し、最大2.5m3/sを放流可能な施設となっている。
以上、神流川発電所の建設について、概観してきた。このような世界一を誇る純揚水発電所の竣工までには11年の歳月が流れた。この間、神流川発電所の建設、即ち南相木ダム、水路、地下発電所、上野ダム、水廻り等の施工に当たって、技術者たちの苦労を推し量ることはなかなか困難だ。新しい先端技術が生み出され、それがまた新しい現場で採用され、さらに技術は進展する。ダム建設には壮大な舞台設定とともに、そこに関わる人たちのいわば人間味がでてくる。おそらく、神流川発電所建設は、曽野綾子が描いた『湖水誕生』の世界であったことは確かであろう。
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[関連ダム]
南相木ダム
上野ダム
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(2011年10月作成)
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[テ] ダムの書誌あれこれ(39)〜青森県のダム〔上〕(目屋、久吉、早瀬野、二庄内)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(40)〜青森県のダム〔中〕(浅瀬石川、浪岡、小泊、下湯)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(41)〜青森県のダム〔下〕(浅虫、川内、天間、世増)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(42)〜山形県のダム〔上〕(白川、長井、前川)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(43)〜山形県のダム〔中〕(蔵王、寒河江、白水川、新鶴子、神室、田沢川)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(44)〜山形県のダム〔下〕(月光川、荒沢、月山、温海川、横川)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(45)〜千葉県のダム〔上〕(山倉、高滝、亀山)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(46)〜千葉県のダム〔中〕(片倉、郡、矢那川、保台、山内)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(47)〜千葉県のダム〔下〕(印旛沼開発、利根川河口堰、東金、長柄)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(48)〜ダムの事典、ダムの紀行〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(49)〜ダムの切手、ダムの話、緑のダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(50)〜ダムの景観〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(51)〜ダム湖の生態〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(52)〜ダムの堆砂〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(53)〜茨城県のダム(飯田・花貫・小山・緒川)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(54)〜矢作川のダム(矢作・雨山・木瀬)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(55)〜埼玉県荒川のダム (上)(二瀬・有間)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(56)〜埼玉県荒川のダム (下)(浦山・合角・滝沢)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(57)〜長崎県のダム (上)(本河内高部/低部・土師野尾・萱瀬再開発)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(58)〜長崎県のダム (下)(相当・川谷・下の原再開発)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(59)〜熊本県のダム (上)(竜門ダム)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(60)〜熊本県のダム (下)(石打・上津浦・緑川・市房)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(61)〜鬼怒川のダム (上)(五十里・川俣)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(62)〜鬼怒川のダム (下)(川治・鬼怒川上流ダム群連携・三河沢)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(63)〜揖斐川のダム (上)(川浦・川浦鞍部・上大須)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(64)〜揖斐川のダム (下)(横山・徳山)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(65)〜長野県・味噌川ダム 〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(66)〜飛騨川のダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(67)〜木曽川水系阿木川ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(68)〜桃山発電所、読書第1発電所、賤母発電所、落合ダム、大井ダム、読書ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(69)〜木曽川水系丸山ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(70)〜牧尾ダムと愛知用水 (上)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(71)〜牧尾ダムと愛知用水 (中)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(72)〜牧尾ダムと愛知用水 (下)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(73)〜呑吐ダム・加古川大堰〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(74)〜一庫ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(75)〜利根川水系神流川・下久保ダム、塩沢ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(76)〜阿武隈川水系白石川・七ヶ宿ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(77)〜利根川水系渡良瀬川・草木ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(78)〜利根川最上流・矢木沢ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(79)〜利根川水系楢俣川・奈良俣ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(81)〜雄物川水系玉川ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(82)〜北上川水系江合川鳴子ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(83)〜北上川水系雫石川・御所ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(84)〜北上川四十四田ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(85)〜米代川水系森吉山ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(86)〜阿賀野川水系大川ダム・大内ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(87)〜東京都のダム(村山上貯水池・村山下貯水池・山口貯水池)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(88)〜東京都のダム(小河内ダム)〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(89)〜筑後川水系・藤波ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(90)〜江の川土師ダム、太田川高瀬堰〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(91)〜遠賀川福智山ダム・遠賀川河口堰〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(92)〜江の川水系馬洗川支川上下川 灰塚ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(93)〜九頭竜川 九頭竜ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(94)〜九頭竜川水系真名川 笹生川ダム・雲川ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(95)〜九頭竜川水系真名川・真名川ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(96)〜ダムマニアの撮った写真集〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(97)〜吉井川水系苫田ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(98)〜旭川水系旭川ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(99)〜利根川水系薗原ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(100)〜淀川水系琵琶湖支川野洲川ダム・青土ダム・姉川ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(101)〜川内川・鶴田ダムとその再開発事業〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(102)〜筑後川・筑後大堰〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(103)〜阿武隈川水系大滝根川・三春ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(104)〜豊川水系宇連川宇連ダム・大島川大島ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(105)〜安里川水系安里川 金城ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(106)〜荒川水系中津川 滝沢ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(107)〜鹿児島県の川辺ダム、大和ダム、西之谷ダム〜
[テ] ダムの書誌あれこれ(108)〜肝属川水系串良川支川高隈川 高隈ダム〜
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(古賀 邦雄)
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