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ダムインタビュー(46)
入江洋樹さんに聞く
「水を大切にするという日本人の心の原点を守り、継承していけば1000年先もダムは残っていく」

 入江洋樹(いりえひろき)さんは、建設省入省して長年ダム事業に携わられ、退官後は財団法人河川情報センター理事、水資源開発公団理事、財団法人ダム技術センター理事長等の要職を歴任されました。
 またダム工学会会長も務められるなど、長年にわたりダム技術の発展を支えて来られました。

 今回は、その入江さんにこれまでのダムの経験について伺うとともに、特に最近話題のテーマとして、既設のダムを1000年先まで残すには?というお話を伺います。ダムを長く使えるようにするためには何をどうしていけば良いのか?具体的な課題と解決の方向性を中心に語っていただきます。
(インタビュー・編集・文:中野、写真:廣池)


最初の仕事は、日本一のダムにすること

中野: 入江さんが最初にダムに係わられたのはいつ、どこのダムになりますか?

入江: 僕は、昭和43年に建設省に入省したのですが、最初の配属先は「木曽川上流工事事務所」でした。そこは、ダムの予備調査もやっているところで、その担当になりましたが、当時は対象のダムの用地交渉がまったく進んでいなかったので、最初の一年間はほとんど仕事らしいことを何もしていなかったと思います。2年目になって、徳山ダムに関わりました。もともと徳山ダムは、電源開発がやっていた事業でしたが、発電だけではペイしないので多目的ダムへ計画変更したいということで、その計画変更の設計に関わったのです。それがダムへの関わりのきっかけとなりました。

中野: 徳山ダムの設計に携わることになって、どう思われましたか?

入江: せっかく任されたのですから、どうせやるのなら日本一のダムしてやろうと思って…。(笑)電源開発の計画容量の上に、治水と利水分を上積みしました。当時、日本一だった奧只見ダムの貯水容量が6億3000万トンくらいでしたから、それを超えて6億6000万トン位の計画にしたのです。

中野: 日本一のダムにするというプランができたわけですね。

入江: まず仕上げた計画書を持って中部地方建設局へ説明に行きましたが、これがすんなり通ってしまったのです。その後、本省にも説明に行きましたが、途中で誰一人反対することもなく、僕が計画した通りの案でOKが出てしまった。やっているのは赴任してまだ2年目の若輩者です。途中で必ず誰かのチェックが入るだろうと思ってほとんど勢いだけで計画していたものですから、こちらが驚いてしまいました。おかげで、徳山ダムの高さと容量は、僕が計画した通りに今も日本一になっています。(笑)

中野: それから本格的にダムの設計に取り組まれたのですか?

入江: いや、設計としてはその時たまたま徳山ダムに携わっただけで、もともと専門というわけでもなかったので、その後いくつものダムを設計したという経験はないのです。(笑)

中野: 徳山ダムには、その後もずっと関わられたのでしょうか?

入江: 昭和46年に実地調査計画書を仕上げたのですが、その後はほとんど関係していません。すでに本省の開発課に転勤になっていましたので、徳山に関しては予算要求の事務的仕事くらいでしょうか。構造的なこと、技術的なことは全部、電源開発がしていたので、私はダムの目的変更に応じて、高さや容量を再計算すればよかったのです。ものすごくダムを勉強して設計したということではないのです。

沖縄で経験したダム造りの難しさ

中野: その後はダムの現場で苦労されたこと、例えば用地交渉とか施工で苦労されたというご経験はありますか?

入江: 徳山ダムの後は、本省に行ったのでダム現場で苦労することはありませんでした。ただ用地交渉で苦労したなと感じたのは沖縄のダムです。実はダムの工事現場で仕事をしたのは、沖縄県の北部ダムの事務所長の時だけなのです。(笑)

中野: 実際にダムの用地交渉にあたってみて、どう思われましたか?

入江: 僕は沖縄で4つのダムの用地交渉にあたりました。が、ダムの用地交渉には、こうすればよいというお手本や類型的な答えはありません。場所、場所によって交渉相手の人も違いますし、結局のところ最後に解ってくれるかどうかのポイントはこちらの誠意だと思いました。こちらの誠意が向こうに通じるかどうかが大事であるというのが僕の印象でした。もともと、ダムの用地交渉は難しいものなので最後は誠意ではないでしょうか。

中野: なぜ素直にこちらの誠意が伝わらない?伝わり難いのでしょうか?

入江: ダムの用地交渉をする場合、まずダムの必要性の説明から始まります。しかしながら、ダムの必要性を理解していただいても用地交渉が解決するわけではないのです。そこから先は、利害を異にしている双方の暗黙的了解に心が通じ合うかどうかが必要なのです。そこには、こちら側の誠意が必要だと思うのです。

中野: ダム事業では、感情と勘定が合わないと交渉が難航すると言われますが…。

入江: まずダムの用地交渉がなぜ難しいかというと、一つには、地元利益がないのに土地を出してくださいと言わなければいけないから。道路のようなインフラには、必ず目に見えて地元にメリットがあるので、わかる人は賛成して他の人を説得してくれるのですが、ダムの場合は地元に明確なメリットが出てきにくいので、そうならない場合がほとんどです。だから説得に苦労します。
 本省の開発課にいる時、そういうことを法律面でサポートできないかということで、「水特法(水源地域対策特別法)」をまとめましたが、この法律を作るお手伝いをしました。それは、地元の理解を得るのが難しい場所にこそ特別な措置を講じる必要がありますが、そのための根拠となる法律がなければ非常に難しいという現実の壁があるということでした。法律が出来た後は、その壁は少し低くなったと思います。

沖縄の北部ダム事務所創立10周年時の歴代所長会議で

同左
中野: 沖縄のダムの仕事で、印象に残っているのはどんなことですか?

入江: 沖縄の思い出は、いろいろあります。用地交渉の難しさということでは、ある現場の説明会をしているとき、一人のお婆さんがつかつかと出て来て、私がいる机の前にきて土下座して「私の先祖伝来の土地を失います。どうかダムはやめてください」と言い出しました。こちらも若かったから、何も反応できずにその場で固まってしまった。今なら、ただ土地を取り上げるというようなことはありませんとか、まず安心してもらえるように何か言うとか考えますが、その時は、こちらも気持ちが落ち着くまで話ができませんでした。そういう人を相手に交渉しなければいけない仕事なので、なかなかうまくいきませんでした。

中野: つまり感情としては、まずは長年住み慣れた土地を離れたくないと。でも沖縄だと渇水で苦しい時の水事情があるので、ダムの必要性について、みなさん解っているのでは?

入江: 私が沖縄に行った時には、隔日断水の状況でした。つまり、水道が出るのは一日おき。当時の沖縄の大きな水がめだった福地ダムの貯水率が30%台で推移していて、たくさんの人が福地ダムを見学に来ましたが、口々に「大変ですね」と言います。それで僕は一言「これだけダムが役に立ったんですよ」と言いますと、皆さん、きょとんとされるんですね。それだけ渇水にダムが必要だということを解っていないという事です。(笑)もし、このダムがなかったらもっと大変だったでしょう。一日おきの隔日断水が、3日に一度しか水が出なくなっていたかも知れません。

貯水と貯金は、同じこと

中野: ダムは水を貯めているのですからね。

入江: ダムでは「貯水」と言いますが、僕は「貯金」と「貯水」は一緒だと思っています。貯金は、何かあった時に使うために貯金するわけで、ダムも同じで、水が必要な時に出せるように貯水池を造っている。それがまず前提です。
 沖縄は雨がたくさん降りますから、水は豊富だと思っている方が多いと思いますが、川が短く、降った雨はすぐに海に流れ出てしまうので、から梅雨ぎみの年や台風が少ない年は、すぐに生活用水が足らなくなります。だからダムが必要ですが、山も低く川の流域面積が小さいので適地が少ないのです。

中野: 水がめが必要なのは解っているにしても、まず自分たちの土地がとなると…。

入江: 今でも、そのお婆さんの言葉が強烈な印象として記憶に残っています。ケースバイケースですが、こうした説明会には、やはりダムのメリットがある人、それが解る人にも来てもらい説明してもらわないと、こちらが一方的に地元の人に説明するだけではなかなか解ってくれないのだとも思いました。
 沖縄のダムの裏話的なものでは、福地ダムはもともと米国の陸軍工兵隊が設計をしていたのを沖縄復帰で国が引き継いだのですが、利水の際の安全度について、アメリカでは50年に1回くらいとみて計画していたのです。日本では10年に1回くらいとされているので、日本とアメリカとの間には国力としてかなりの差があるなと…。国によってダムについての認識も相当に異なるものだと実感しました。

中野: 経験されたダムの中で好きなダムはありますか?

入江: 好き嫌いを言うのは正直気が引けます。代わりに、僕が関わった沖縄のダムは、あまり高さのないダムばかりで地味なのですが、実はこれが一番技術的にはチャレンジするのに適しているという話をしたいと思います。なぜならダム技術は総じて、実際に現地で施工してみないと評価が難しい。頭で考えただけ、ペーパーだけの技術というは、新技術とは言えないのです。やはり現地で成功して始めて新しい技術と言えるので、そういう意味では沖縄のダムは比較的低いダムが多いので新しい技術を試すという意味ではチャレンジしやすいところでした。このことは、沖縄復帰30周年にまとめた「沖縄における多目的ダムの建設」にのせてあります。

沖縄で挑戦した、様々な新技術

中野: 沖縄で始めてやったという技術ではどういうものがありますか?

入江: そうですね、例えば、安波ダムでタワークレーンをダムの施工現場に導入したのは旧建設省系では初めです。福地ダムのサイホン式洪水吐きは日本では初めてです。また辺野喜ダムはコンバインダムです。これは、重力式コンクリートダムと、ロックフィルダムを組み合わせた複合ダムです。真ん中で分けているところは、コンクリートの壁にして擦り付けるのが一般的ですが、経済性を考慮してコンクリートウオール無しにして、ロックでコンクリート部を抱き込んで仕上げる抱き込み型にしました。ここで問題なのは、地震の時の挙動がコンクリートとロックでは違ってくるので、精密な解析とチェックが必要でした。これは、コンピュータの動的解析技術によって大丈夫だということを確認しました。


辺野喜ダムのコンクリート打設
 あとCSGダム工法も、億首ダムが日本で最初のはずだったのですが、もたもたしている間に、北海道の当別ダムが先に完成して日本初を逃してしまいました。(笑)これも最初に技術的検討を始めたのは沖縄です。大保ダムの副ダムで試験施工をして、順調にいけば億首ダムでやるはずでした。こういうふうに低いダムが多いということで、新しい技術をチャレンジするなら沖縄でやってみるという流れがありました。

未来へのダムビジョン〜1000年ダム〜

中野: ダムの技術にはいろいろとあるということが如実にわかるお話ですね。
続いて「21世紀のダムビジョン〜ダムが語る1000年物語〜」(注)について伺ってまいります。これはダム工学会の15周年記念事業として平成19年にまとめられたものですね。1000年という言葉が、すごくインパクトがありますね。

(注) ダム工学会は、「21世紀ダムビジョン懇談会」により、ダムが過去1000年以上に亘ってもたらした恩恵を振り返り、1000年先にも機能し続けるダムをめざした21世紀のダムのあり方に関する提言をとりまとめ、平成19年にダム工学会15周年記念の総会で発表した。内容は、ダムの果たしてきた役割、現状のダムが抱える課題、世界の水問題、ダムに求められる今後のニーズと方向性、21世紀のダムビジョン〜ダムが語る1000年物語〜、となっている。

入江: これはダム工学会として、ダムの技術論文の発表とかだけでない、何か新しい活動ができないかということで、ダムの将来について考えてみて、長期的な視点からみたダムのビジョンをまとめて情報発信しようということになったのです。当時、僕は副会長でこれをまとめる責任者になっていたのでやらせていただきました。
 平成19年5月に発表したものですが、1年前に外部委員の方も交えた懇談会を立ち上げて議論を続けてきました。実はこのサブタイトルは、当時委員に入っていただいていた荘内日報の論説委員の水戸部さんにつけて頂いたものです。残念ながら彼女はすでに亡くなられていますが、非常にダムについての造詣が深い方で、著書「月山ダム物語」を上梓されています。


文学的タイトル、ダムの1000年物語

中野: そうでしたか。1000年持つダムという考え方は、水戸部さんの発案ですか?

入江: 文学的なダムの1000年物語というタイトルについてはそうですが、1000年ダム、それだけ長く使い続けるダムという構想については、同じく委員をやっていただいた京都大学の角先生が従来から言われています。例えば、大阪府の狭山池は1400年も前に造られたとされるダム式溜池で、我が国では最古と言われていますが、今もなお地元の水がめとして灌漑に利用されています。このように水源という重要な施設を昔の人が営々と守り続けて来られて1000年以上もの間、使い続けてきました。これを引き継ぎ、将来、私たちの子孫に受け渡していくには、何をしていくことが大事なのか、ダムをいかに残していくのかと。それで、象徴的に、またわかりやすい言葉として1000年と言う表現を使い、将来にわたって長期間機能し続けるダムを目指したビジョンを出したのです。

中野: それにしてもインパクトがありますね。

入江: ダムビジョンをまとめるに当たり、僕はこれまでにダムが果たしてきた役割から構成していきたいと言いましたら、水戸部さんはそういう書き方をしたらインパクトが弱くて誰も読もうと思ってくれないと指摘し、マスコミ的な言い方をすると「もしもダムがなかったら」というのが良いと言われました。ただ、僕らはマスコミでもないし、どちらかというと軟弱な方なので「ダムの果たしてきた役割」という言い方にして、「もしもダムがなかったら」と括弧書きで書いてあります。(笑)
中野: なるほど。1000年というのは、言葉としては単純で、わかりやすいものですよね。

入江: 水戸部さんが言う、もしもダムが無かったら?ということについて、少し調べてみたのです。今だと、水道用水の38.5% 工業用水 52.1 % 農業用水 47.0 % がダムに頼っているのです。なので、もしもダムがなかったら、これだけの水が困ってしまう。だから、工学会のダムビジョンでも、ダムが今果たしている役割について「もしも、ダムが無かったら…」と書くのが良いとおっしゃいました。
 また、治水面でどれだけ役に立っているかについては、ダムによる洪水調節のことで過去15年間の直轄ダムの投資効果を調べてみたのですが、ダムがなくて洪水があった場合の想定被害額が4.2兆円で、ダムを造るのにかかった費用が3.7兆円です。つまり、治水の面では、ダムはほぼ15年で元を取り返している計算になります。すると、ダムは100年はゆうに持ちますから、投資額と想定被害額を比べるとすごく役立っているわけです。

中野: 我が国では1400年程ですが、世界的にみると古いダムはどうでしょうか?

入江: 人間は水なしでは生きていけないのですから、文明が栄えたところには何かしらの水源施設があります。インド文明も沢山の貯水地を造っていますし、メソポタミア文明も街のなかに貯水地を造っていました。エジプトでは世界一古いダムというのが、ピラミッドと同じくらい、つまり4500年くらい前に造られたと言われており遺跡がありますが、1000年も使ったわけではありません。どういう理由でそれらが失われたのかもわかりません。古代ローマも水道橋などが遺跡として残っていますが、いたるところから水を引いてきて使っていました。狭山池は、年代が科学的に分かっています。世界一なのかどうかはよくわかりませんが、日本では一番古いことになっています。しかも、今でも活用されているのです。


現実に存在する1400年ダム

中野: そうなんですか。当時の材料が発見されているということなんですね。

入江: 狭山池では、溜池から取水するために水を流す部分、堰堤に設けた斜樋(しゃひ)という部分が木造で、発掘されたその木の年代を測定したら600年代、つまり7世紀前半に造られたことが解っています。実は、狭山池のことはそれより300年程度も古い日本書紀の「崇神記」にも書いてあります。そこに書いてあるということは相当に古い。しかも何度も改造しているので、何回目かの時に使われた斜樋の木片を測定して、600年代の築造ということになっているかもしれないのです。

中野: 世界のダムの歴史を調べている人はいないのでしょうか?

入江: 聞いたことがありません。もしもシュメール人のメソポタミア文明でダムを造っていたら、おそらくそれが一番古いことになるのですが、彼らの民族は滅ぼされてしまって残っていません。中国でも溜池などはあるのですが、これまでの長い歴史の中では国が変わるたびに民族が入れ替わっていますので、残っているものがありません。始皇帝陵にも行きましたが貯水池はなく、川から直接引き入れていたようです。しかし、都江堰(とこうえん)は、約2500年前の大地震で崩壊した山崩れでせき止められたのを利用したもので、堰として今も残っており、2000年以上にもわたって成都平原の中枢の水利施設として活躍しています。またカンボジアのアンコールワットの横には貯水地があります。このように古い町の近くには必ず貯水池があるのです。こうした世界のダムの歴史については、国際大ダム会議のような組織で調べてもらえるといいですね。

これから1000年後にダムを残すには

中野: そうですね。ダムの歴史については世界的にまとまった調査研究がなされると良いですね。実際、ダムを1000年もの間使い続けるには、どのような技術が必要でしょうか?既存のダムを再開発していけば良いのでしょうか。

入江: まず、ダム工学会が発表したダムビジョンの「ダムの1000年物語」と、ダムの再開発を行って1000年使うということは、少し次元が違います。既存ダムの再開発というのは、ダムを長く持たせるための一つの方策です。それだけでなく我が国ではこれまでかなりの数のダムを造ってきました。そのためダムサイト、ダムの適地も減ってきたので、今後、社会的なニーズに応えるためには既存ダムについて、何らかの手法、つまり再開発を行って機能向上、有効活用を図っていくべきという考え方があります。これは僕がダム技術センターの時に、京都大学の中川博次名誉教授を委員長になって頂き、約1年にわたる全6回のダム再開発検討研究会を経て、委員の先生方に議論をしてもらってまとめた「ダムの再開発の今後方向」なのです。

中野: ダム工学会のダムビジョンではなく、ダム技術センターで行われたダムを長く使う一つの考え方、方策としてダム再開発があるということですか。具体的にはどういうふうに再開発するのでしょうか?

入江: ダムの再開発はこういうふうにするという話をする前に、まず今あるダムを1000年も使おうと思ったら、いろんなことを、まったく変えていかねばならないということをご理解いただきたいのです。
 というのは、今、普通に行われている経済評価の方法論を変えないといけません。一言で言えば、いろんな土木構造物というものについては、更新という概念があるのですが、それはどういうことかと言うと、寿命が来たら更新する、つまり造り直すという前提で経済評価がなされています。しかし、1000年ダムの場合はこの考え方がマッチしません。更新せずに長期間にわたって使い続けるのだから、長期間利用する構造物の経済評価を考えていかなければならないのです。
 今ダムの場合、経済評価は、50年間のベネフィットとコストいわゆるB/Cでやっています。現在でも、ダムの耐用年数は100年になっているので、それは、それで問題であるのですが…。それが1000年という途方もない年月のスパンで考えるとなると、もはや現在の経済評価では不適切です。現在の経済評価は最大に期間をとっても50年くらいでしょう。それを1000年にするにはどうしたらよいのか?
 それだけのタイムスケールで考えるということは、従来の経済評価方法では不可能だと思います。しかし、我々もどういう答えを出せるか見つかっていません。今までの経済活動の常識からしても、すでにスケールアウトしています。

人智を超えたタイムスケールにどう対応?

中野: そうですね。1000年と言えば、とてもインパクトがあって、すごいとは思うのですが冷静に考えてみると、どうも想像がつかない時間なんですね。それを今の技術でどうするかと?とても難しいと思います。どう考えたらいいんでしょう。

入江: 真正面からの答えではありませんが、よくダムに反対する人たちが、ダムは造ってもすぐに堆砂で埋まってしまって役に立たなくなるといって批判しています。しかし、僕らはそうは思わなくて、他のダム以外の構造物であれば、50年もしたら更新しなければならないかもしれないが、ダムの場合は造り直しをせずに、堆砂を取り除く部分的な再開発を行えば良いのであって、その問題が解決されるならば造り直しを考えなくても、長くもたせていけるということになります。そういうふうに考えていくことによって、1000年という時間を頭に入れることができるのです。

ダムと自然はなじむもの

中野: ダムは大いに役立つのですが、一方でダムを造ること自体が自然破壊だ、環境破壊だと言われて反対されることもありますよね。そこをきちんと説明できると良いのですが…。



入江: 確かにダムは大きなものなので、造る場合は自然環境を破壊するというところは間違いがありません。できるだけ軽減するように対策はとっているのですが、そこはちゃんと説明をしなくてはいけないのです。
 もう一つ、こういう視点もあります。現在ある天然の貯水池、いわゆる天然の湖沼は、地すべりや山崩れで川を堰き止めた、自然が形成した天然ダムです。つまり、それらの貯水池が今見て自然できれいだということは、長い間になじんできたからです。そのように考えれば、一時は自然を破壊してダムは造られますが、長期間使用することによって多くのダムが自然になじんでいく。すでにダム湖が自然の公園になっているところもたくさんあります。ダムは自然還元するととらえるという視点も、1000年ダムという考えの中に含まれると思います。

中野: そういえば、上高地の大正池も堰き止め湖ですね。
入江: 確かに、1915(大正4)年に梓川上流の一部が焼岳の噴火によって堰き止められてできた池で、放って置けば水があふれ、堰が崩れて池ではなくなる可能性が高いのでちゃんとしたダムにして水を貯めているのです。景観としてすごくきれいで、それは自然の賜物ですが、一方人間が構築したダムでも長い時間をかければ自然と一体化していくことは疑いようがありません。

ダムの堆砂をどう克服するか?

中野: そうですね。次に、古いダムの機能をどのようにして回復させるかというお話を伺います。京都大学の角先生にもお聞きしたのですが、ダムの堆砂問題はどう克服していけば良いですか?

入江: 僕も角先生から聞きましたが、例えば、中国のダムは非常に堆砂が多いので、排砂することを前提としてダムを計画することになっていると。それもダムの下部から排砂していくので、自然にこれ以上は貯まらないだろうという量で納まるような考え方(角先生はこれを平衡堆砂と呼んでいます)、そういう概念でダムを造るそうです。
 日本だと、およそ100年分の堆砂があるまでは計算に入れているのです。貯まることを前提に一定量を常に排出することで平衡を保っていくことも可能なのだということに驚くのですが、そういう技術を持てば長い間ダムが使えます。ダムの機能を長期化させる最大の問題がこの堆砂です。それを克服すれば長期にわたって機能するダムが実現に近づきます。

残す意志を持って日々使っていく



入江: 1000年もの間どうやってダムを持たせるかを最初から設計することは難しいと思いますが、今の延長で長く使えるようにすることと、再開発のような技術を組み合わせていくことで、次の時代のニーズに適合していくことがしっかりできれば、可能なのではないかと…。ダムは適地に恵まれていない貴重な資源ですから、そういうふうに残す意志を持って日々使っていくことがいちばんの原動力になると確信しています。

 だから狭山池もそうして地元の人が守ってきた。何度も洪水に流されながら苦労して改修してきた。志をきちんと引き継いでいけるかどうか、そこが一番大きな課題なのではと考えます。
中野: そうやっていけば、1000年使えるダムになっていくのですね。ただ、今はダム事業が減っています。今後の技術の継承はどう考えれば良いですか?

入江: それが一番、難しい問題です。技術者は造るものがなくなったら、技術の維持は本当に難しいのです。唯一の方法は、書き物で残していくことですが、書いた人だけは技術が残るけど、読んだ人には技術を伝承するのは難しい。だから、その質問に答えることは難しいのです。
 今なぜ、ダムがこんなに造られなくなったかというと、日本はお金、公共事業費が減っているからです。お金があれば、アメリカのように利水に対する安全度1/50まで高度化できるのです。しかし、現状では、オーバースペックと言われて批判されます。
 今後、ダム技術を継承していくのであれば国内だけでは厳しい。むしろ世界的にみると人口も今世紀末には100億人を超え、水問題もシビアになってくるので、世界中にはまだまだニーズがあります。海外に出ていって技術指導をするということで、技術を継承するということが一番いい方法だと思っています。ダム事業が減ってきたこところで技術を継承しようとするのは、本当に難しい問題になってきたなという感じがします。

ダム技術の継承を考える

中野: 技術継承する現場がないということが、問題なんですね。1000年ダムの実現に向けて、今やっておくべき事は何でしょう?

入江: 1000年ダム構想で一番キーになってくるのは、堆砂対策の技術開発だと思いますが、もう一つ大切なのは、治水計画をどう考えるかという問題です。今は100年に一回起きる洪水に備えるというパターンですが、1000年もたそうと思うと100年に一回の計画では意味がないのではないかと…。(笑)
 そうすると、100年に一回を超える規模の洪水、いわゆる超過洪水にどう備えるかという議論になります。また、近年地球温暖化の影響で降雨強度が大きくなり、相対的に治水安全度が下がり、超過洪水が起きやすくなっています。
 どういう考え方があるかというと、日本のダムは、今の河川管理施設等構造令でいくと、ダムの高さは自由に設計できます。つまり、サーチャージ水位まではダム計画で決まり、洪水をどのくらいで吐くか、設計洪水流量をどのように流すかで、高さが変わってきます。だから、設計洪水位とサーチャージ水位の差を大きくしておけば、相当に大規模な超過洪水でも効果があると考えられるのです。つまり、ダムが高くなる分、貯水容量が増えますから効果があるわけです。
 そういう意味で、最近建設している湯西川ダム、津軽ダムなどは、設計洪水位を高くして造っているので非常にいい計画だと思います。

中野: 長期の将来のことを考えると、自然環境の変化も大きいのではないですか?気候自体が変わってくる可能性もあるし。

入江: そういう意味でも、超過洪水対策が必要です。現状では、大きな洪水が来たら、あわててゲートを開けて水を流して対応します。しかし、これではまずいのです。実際には、ダムは入ってくる以上の水は流しているわけではないのですが、急激に放流量が増えることが問題なのです。
 どういう対応があるかというと、ダムを嵩上げする再開発をして、貯水地容量を大きくする方法がありますが、これはより多くの用地買収をしなければならないなど、いろいろ難しい問題が出て来ます。多くの用地確保が困難な場合などは、全面越流型の洪水放流で対応することで提案しています。
 全面越流型の洪水吐に改造して自然に溢れるのに任せると、多少水位が上がってその分洪水調節ができます。また、ダムでは両側が道路になっているところも多いので、そういう場所は水が流れてしまうでしょうから、多少のダム高さを確保しなくてはなりません。そういう意味では一つの再開発の手法であり、治水にも多少の効果があるし、超過洪水対策にもなるのではないかと考えて、そのように提案をしています。ただしすぐに実現する方向に向かうかどうかはわかりません。

1000年ダム実現に向けて成すべきこと

中野: やはりダムにまつわる問題は様々で、それを1000年もたすという事は、相当に強い覚悟がないと実現しないのかと、改めて感じます。最後に、これからのダムの展望をお願いします。

入江: これからのダムには、いろいろな課題があります。環境問題もある、大雨もある、渇水もある。時代の変化も激しい。洪水容量が足らないなら、安全度が下がるし。大規模地震にも備えが必要。いろんなニーズに合わせて対応が必要となっています。しかし、水に対しては、社会的なニーズもあるし、ダムはなくなりません。ただ、ダムサイトの適地が減るから、当然ですが、既存ダムの再開発、機能向上ということに取り組む必要があります。最もシンプルなのは、嵩上げという手法ですが、それもまだそんなに多くないという状況ですから、さらに技術開発をしていかねばなりません。
 実は、ダムを嵩上げする技術はかなり難しくて、下流に良いダムサイトがある場所なら、下流にもう一つダムを造った方が安くなる場合もあるでしょう。難しい技術で嵩上げするより、下流に新規で造った方が経済的ということでいま造っているのが、夕張シューバロダムや津軽ダムです。

中野: なるほど、新規ダムは減っても、ダムを生かすための技術開発を続けることが大事なのですね。

入江: あとは、ダム群という考え方もあります。一つのダムでは対処できない洪水量や利水もダム群であたればよりよい効果が出ます。そういうダム群の再編、連携を水系単位でやるとか、例えば川治ダムのように計画容量を他ダムと融通するというような柔軟な発想をもっていけば、より良いダムの有効活用の方法は見つかると思います。
 つまり、考え方だけでも変わると、ダムも変化していくのです。今までの常識にとらわれているだけでは前に進むことは出来ません。変化への挑戦という意識を持って、時代の変化に対応し、我々自身が変わっていくことで、未来へのダムの継承ができていくのではないかと。水を大切にするという日本人の心の原点を守り、継承していけば1000年先へもダムは残っていくのではないかと思います。

中野: 本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。
 1000年ダムに向けて、考えを新たにすることが出来ました。



(参考)入江洋樹さん プロフィール

入江 洋樹 (いりえ ひろき)
昭和18年 生まれ
前田建設工業株式会社 顧問

昭和41年 京都大学工学部土木工学科卒業
昭和43年 京都大学大学院工学研究科修士課程修了
昭和43年 建設省に入省
昭和50年 国土庁水資源局水資源政策課長補佐
昭和52年 建設省関東地方建設局河川部河川調整課長
昭和53年 建設省河川局開発課長補佐
昭和55年 茨城県霞ヶ浦対策課長
昭和57年 沖縄開発庁沖縄北部ダム事務所長
昭和60年 建設省関東地方建設局企画部企画調査官
昭和61年 建設省河川局開発課建設専門官
昭和62年 建設省河川局河川計画課河川計画調整官
平成元年 日本建設情報総合センター研究第一部長
平成3年  建設省東北地方建設局企画部長
平成7年 建設省北陸地方建設局長
平成8年 (財)河川情報センター理事
平成9年 水資源開発公団理事
平成12年 (財)ダム技術センター理事
平成15年 ダム工学会副会長
平成22年 ダム工学会会長
平成25年4月 前田建設工業株式会社顧問

(平成25年7月作成)
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  [テ] ダムインタビュー(20)西田博さんに聞く「一部分の経験しかない人が増えることで、ダム技術の継承が心配される」
  [テ] ダムインタビュー(21)緒方英樹さんに聞く「“土木リテラシー”の必要性を強く感じています」
  [テ] ダムインタビュー(22)吉越洋さんに聞く「電力のベストミックスといって、火力、水力、原子力などの最適な組み合わせを考えて、計画をたてています」
  [テ] ダムインタビュー(23)竹林征三さんに聞く「ダムによらない治水と言うが、堤防を強化して首都圏の大都市を守れるのか」
  [テ] ダムインタビュー(24)高橋裕先生に聞く「公共事業を軽んずる国の将来が危ない」
  [テ] ダムインタビュー(25)竹林征三さんに聞く(その2)「風土との調和・美の法則を追求して構築したのが『風土工学理論』です」
  [テ] ダムインタビュー(26)竹村公太郎さんに聞く「未来を見通したインフラ整備が大事で、ダムの役目はまだまだ大きいですよ」
  [テ] ダムインタビュー(27)虫明功臣先生に聞く「八ッ場ダムは利根川の治水・利水上必要不可欠」
  [テ] ダムインタビュー(28)水野光章さんに聞く「水と安全はタダといった安易な考えではいけないと、あらためてそう思います」
  [テ] ダムインタビュー(29)萃香さんに聞く「ダムの魅力を引き出せるような写真を撮って公開していきたい」
  [テ] ダムインタビュー(30)樋口明彦先生に聞く「ひっそりと自然の中に佇むようなダムが美しい、とスペインの名もないダムを見て気づいた」
  [テ] ダムインタビュー(31)宮村 忠先生に聞く「これからは‘線’ではなく‘点’で勝負すべきだ」
  [テ] ダムインタビュー(32)土屋信行さんに聞く「きちんとやるべきことと、そうでないことの本当の仕分けが今こそ必要ではないか」
  [テ] ダムインタビュー(33)沖大幹先生に聞く「ダムは造りすぎではなく最低限の備えが出来た段階だ」
  [テ] ダムインタビュー(34)阪田憲次先生に聞く「技術者には""想定外を想定する想像力""が求められている」
  [テ] ダムインタビュー(35)谷茂さんに聞く「これからは少しゆっくりと環境に負荷を与えないかたちでダムを造る方法もあるのではないか」
  [テ] ダムインタビュー(36)大藪勝美さんに聞く「インフラの重要性をもっと多くの人に知ってもらいたい」
  [テ] ダムインタビュー(37)武田元秀さんに聞く「四十年来の思いが叶い、『ダムと鉄道』にまつわる話を出版することができました」
  [テ] ダムインタビュー(38)山内 彪さんに聞く「若い人は、ダムを糧として立派な総合技術者として育っていって欲しい」
  [テ] ダムインタビュー(39)角哲也先生に聞く「ダムのアセットマネジメントの話をするときに何か目標がいる、千年ではどうかと」
  [テ] ダムインタビュー(40)唐澤一寛さんに聞く「人にものを頼もうとする時は、こちらも誠意をもって付き合わなければいけない」
  [テ] ダムインタビュー(41)糸林芳彦さんに聞く「今は新規のダム計画がなくとも、ダム技術は常に磨いておくべき。いずれ時代の要請に応える日が来るから。」
  [テ] ダムインタビュー(42)今村瑞穂さんに聞く「ダム操作の定式化と現場適用性の向上は車の両輪」
  [テ] ダムインタビュー(43)本庄正史さんに聞く「ダムの海外展開は、現地社会に貢献するという、貢献がキーワードだと思います」
  [テ] ダムインタビュー(44)石田哲也先生に聞く「何か起きたときのリスクのあるシナリオをきちんと一般の人に伝えていかないと」
  [テ] ダムインタビュー(45)古川勝三さんに聞く「今こそ、公に尽くす人間が尊敬される国づくり=教育が求められている」
  [テ] ダムインタビュー(47)島谷幸宏先生に聞く「設計をする時に環境設計と治水設計を一体的にすることが一番重要なのです」
  [テ] ダムインタビュー(48)吉津洋一さんに聞く「先人から受け継いだ素晴らしい‘くろよん’をしっかり守り、引き継いでいきたい」
  [テ] ダムインタビュー(49)足立紀尚先生に聞く「ダムの基礎の大規模岩盤試験を実施したのは黒部ダムが最初でした」
  [テ] ダムインタビュー(50)山口温朗さんに聞く「徳山ダムの仕事はまさに地図にも、私の記憶にも残る仕事となりました」
  [テ] ダムインタビュー(51)安部塁さんに聞く「新しい情報を得たらレポートにまとめてダム便覧に寄稿しています」
  [テ] ダムインタビュー(52)長瀧重義先生に聞く「土木技術は地球の医学、土木技術者は地球の医者である」
  [テ] ダムインタビュー(53)大田弘さんに聞く「くろよんは、誇りをもって心がひとつになって、試練を克服した」
  [テ] ダムインタビュー(54)大町達夫先生に聞く「ダム技術は、国土強靱化にも大きく寄与できると思います」
  [テ] ダムインタビュー(55)廣瀬利雄さんに聞く「なんとしても突破しようと強く想うことが出発点になる」
  [テ] ダムインタビュー(56)近藤徹さんに聞く「受け入れる人、反対する人、あらゆる人と話し合うことでダム建設は進められる」
  [テ] ダムインタビュー(57)小原好一さんに聞く「ダムから全てを学び、それを経営に活かす」
  [テ] ダムインタビュー(58)坂本忠彦さんに聞く「長いダム生活一番の思い出はプレキャスト型枠を提案して標準工法になったこと」
  [テ] ダムインタビュー(59)青山俊樹さんに聞く「相手を説得するのではなく、相手がどう考えているのかを聞くことに徹すれば、自然に道は開けてくる」
  [テ] ダムインタビュー(60)中川博次先生に聞く「世の中にどれだけ自分が貢献できるかという志が大事」
  [テ] ダムインタビュー(61)田代民治さんに聞く「考える要素がたくさんあるのがダム工事の魅力」
  [テ] ダムインタビュー(62)ダムマンガ作者・井上よしひささんに聞く「ダム巡りのストーリーを現実に即して描いていきたい」
  [テ] ダムインタビュー(63)太田秀樹先生に聞く「実際の現場の山や土がどう動いているのかが知りたい」
  [テ] ダムインタビュー(64)工藤睦信さんに聞く「ダム現場の経験は経営にも随分と役立ったと思います」
  [テ] ダムインタビュー(65)羽賀翔一さんに聞く「『ダムの日』を通じてダムに興味をもってくれる人が増えたら嬉しい」
  [テ] ダムインタビュー(67)長谷川高士先生に聞く『「保全工学」で、現在あるダム工学の体系をまとめ直したいと思っています』
  [テ] ダムインタビュー(66)神馬シンさんに聞く「Webサイト上ではいろんなダムを紹介する百科事典的な感じにしたい」
  [テ] ダムインタビュー(68)星野夕陽さんに聞く「正しい情報を流すと、反応してくれる人がいっぱいいる」
  [テ] ダムインタビュー(69)魚本健人さんに聞く「若い人に問題解決のチャンスを与えてあげることが大事」
  [テ] ダムインタビュー(70)陣内孝雄さんに聞く「ダムが出来たら首都圏の奥座敷として 訪れる温泉場に再びなって欲しい」
  [テ] ダムインタビュー(71)濱口達男さんに聞く「ダムにはまだ可能性があっていろんな利用ができる」
  [テ] ダムインタビュー(72)長門 明さんに聞く「ダム技術の伝承は計画的に行わないと、いざ必要となった時に困る」
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