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ダムインタビュー(80)
三本木健治さんに聞く
「国土が法令を作り,法令が国土を作る −法律職としてのダムとの関わり−」

 三本木健治(さんぼんぎけんじ)さんは,1959年9月の伊勢湾台風による甚大な被害の状況を聞いて国土保全方面の行政官を志し,翌年東京大学法学部を卒業後建設省に入られました。官房・本省全局と東北・近畿両地方局勤務のほか,千葉県工業課長(工業用水・地下水対策),水資源開発公団本社管理課長(水利権管理・規程整備),環境庁水質保全局企画課長(水質汚濁防止法令の整備)に出向し,退官後の下水道事業団理事・国立国会図書館調査立法考査局の職務と併せて,広範かつ豊富な水行政・立法経験を積まれました。河川局次長を以て退官後は,OECD環境委員会・世界気象機構等の国際機関や,国際水法学会等の国際会議での経験交流でも活躍され,明海大学教授在任中には,中国の水利権水資源制度整備に関するJICA協力プロジェクトの政策専門家として尽力し,政策提言を含む中文日文1 300頁の個人報告書を中国政府水利部に提出するなどの貢献をされました。国内外の多数のメディアに論文を発表し,5冊の単著のほか,金沢良雄教授(初代のダム建設功績者表彰選考委員長)との共著「水法論」を初め,土木学会新土木工学大系「河川の計画と調査」,建設産業調査会「地下水ハンドブック」等の共同執筆も多数あります。

当協会では,13年にわたり前記表彰選考委員を務めて頂き,また,国土交通省では治水対策有識者会議委員をされておられます。

 今回は,内外の治水・水資源・水質関係の制度全般に詳しい三本木さんに,ご自身の経験を振り返りながら,我が国の河川・ダムに関する法令・基準等の成り立ちと,その考え方や将来展望について語って頂きたいと思います。

(インタビュー:中野 朱美 文・編集:事務局 写真:廣池  透)

生い立ち,水開発とのかかわり


オランダ人技師ファン・ドールンの銅像

中野: 土木の世界で仕事をしたいと思われたことについて,まずは生い立ちからお聞きしたいと思いますが,お生まれが福島県,猪苗代湖のそばでということですが…。

三本木: 猪苗代ではなく郡山です。県央部の郡山は周辺部が一大農業生産地となる前は,もともとは水利が悪くて不毛な土地でした。そこで明治の頃,国の士族救済の一つとして,猪苗代湖の水を引いたのです。だから私の産湯に使われた水というのは,その安積疎水,もとは農業用水だったのですが,早い時期から電力と水道に転用されて多目的になりました。私自身の水との関わりは,これが原点ということになると思います。

 小学校2年の時には,郡山駅前の空襲で家を焼かれて,三春ダムの湛水線の辺りに疎開をしました。三春ダムの湛水線というのは,非常に複雑な地形なので,全部足すと猪苗代の湖岸線に匹敵するぐらいになるそうです。猪苗代湖畔には,安積疎水開削の指導者であったオランダ人技師ファン・ドールンの銅像があったのですが,戦時中に鉄砲の弾にされそうだというので,土地の人はこれを地中に埋めて隠したのです。
中野: 苦労して引いた水の恩恵を受けていたので,地元の人には大事にしたいという気持ちがあったのですね。

三本木: それで戦後に掘り返して銅像を再建したわけです。その話は,小学校の遠足の際に聞いて,実際に銅像を見たので,非常に感動したのを覚えています。それも私の水に対する憧れの1つです。高校生の頃には,只見川電源開発の問題が毎日報道を賑わしていました。そういう中で育ったのが,私の郡山という町の思い出です。その後,自分としては世の中の役に立つ公共施設を整備する仕事,建設省はじめ土木の分野で仕事が出来たというのは,私の生涯の幸せであったと思います。

安積疏水十六橋水門(日橋川)

三春ダム(写真提供:三本木氏)
戦後の復興はダム開発から

中野: なるほど小さい頃から水とはご縁があったのですね。建設省時代は,戦後の復興と経済成長,ダムが数多く造られた頃だと思いますが,当時を振り返ってお話をお聞きします。

三本木: 私は戦後の復興と成長,全て体験をしました。今思えば,資源の乏しい日本の戦後の復興というのはダム開発から始まっているのです。その出発点は,昭和25年に制定された国土総合開発法で,それを根拠法として,一番先に具体化された政策が「特定地域総合開発」というもので,実はこれがダム事業を推進するためのものだったからです。

中野: それは全国で32事業ぐらいあったという話ですね。

三本木: その中で最もダム事業が盛んだったのが,東北と北関東です。東北では,宮城県に三本木町というところがあって,町長さんが直轄ダムの推進会長になっているというので,私も敬意を表して会いに行ったことがあります。現在は大崎市という,仙台の北にある一大穀倉地帯となっています。小高いところから見ると,土地改良により広大な田園地帯が碁盤目のようにきれいに整備されています。これも感激しました。建設省で最初に現場を歩いた時に見せて貰いましたが,忘れられない風景です。

20世紀主要国の国策の中核はダム開発

中野: 建設省では最初の配属で東北地建に行かれたそうですが。

三本木: 入省してすぐ東北の地方局に出されました。主に用地補償の仕事でしたが,ダム事業については,そこでいろいろ教えて貰いました。考えてみると世界の主要な国の国策の中心にはダムがあったというのは後になって知りました。まずは20世紀初めに,ソ連がロシア革命の後,レーニンが先頭に立って全国電化計画というのを始めます。NEP(ネップ,新経済計画)という国策です。レーニンはスイスへ亡命していたのですが,その当時,世界のダムの先進国はスイスであったわけで,恐らくそのスイスのダムの知識をレーニンは持ち帰ったのではないかと思われます。

 2番目には,1929年の世界恐慌,アメリカの大不況ですね。フーバーダムという一大プロジェクトが始められますが,この理論的な背景になったのは,ケインズの経済理論ですね。雇用と有効需要を喚起する,このために公共事業を推進する。これはまさに建設省が役所のスローガンとして使ったもので,ケインズは建設省の指導者的なポジションを得たのではないかと言ってもいい程だと思います。我が国が政策として打ち出したのは,やっぱりダムですね。

 その他,ドイツもルール工業地帯という一番大事なところの復興のためにダムを考えました。進駐軍,つまりアメリカがビッグダムを造れと言ったのですね。

中野: そうなんですか。

三本木: 英語でビッグダムと言ったのが,ドイツ語風にビッゲ・ダムと称しています。私も実物を見て来ましたが,ものすごく大きなダムで,ルール川の一番上流にある1912年完成のリステル・ダムの直下流に作られて,連携運用をするので,非常に効率の良いダムであるという説明を聞きました。美しく観光地化されております。中国では,毛沢東が人海戦術でもってあらゆる適地に土堰堤を造りました。その時,堤体の構造基準,例えば天端はどのぐらいの幅で法面の角度はどうということを毛沢東自身が決めたのです。

中野: 国を引っ張るトップが土木技術に明るかったということになるのですね。

三本木: 土木事業に詳しかったというか,先頭に立って号令を掛けていた訳ですね。毛沢東が始めた土堰堤を近代化・多目的化したのは周恩来です。「私のライフワークは水利開発とダム開発である」と,天津の周恩来記念館にそう書いてあります。周恩来も実際にモッコを担いだり,トロッコを引いたりして,全国60のダムサイトを歩いたという写真やパネルが記念館に掲げてありました。考えてみますと,中国はまさに人からコンクリートへということなんですね。

中野: なるほど,人からコンクリートですか。


毛沢東の碑
北京郊外官庁ダム(写真提供:三本木氏)
三本木: 国策としてダムを造るというのが,原点になっていると言うべきでしょう。三峡ダムというのは,孫文が最初に提唱しています。ようやく21世紀になってから竣功しました。

新河川法の屋台骨になった 特定多目的ダム法

中野: ともかく世界中で国策としてダム造りが進められてきたという中,日本でもダム開発が活発に行なわれたのですが,実は法整備をしないとなかなかうまくいかないということもあるので,それに携わられたお話を伺いたいのですが。

三本木: 私よりも諸先輩が随分苦労されました。いわゆる内務省水利法案,大正8年に政策の具体化が始まります。内務省がそれまでに出来ていたダムを含めて,これからはダムを多目的化していこうということを提唱します。これに対して,農林省と通商産業省が一緒になった農商務省が農業水利法案というのを出しています。さらに,当時,電力を管轄していた逓信省が発電水利法案を出すということで,三つどもえになってなかなか決着がつかない。これが何年も続いて,昭和11年には「時局緊迫の折柄」と始まる文章が出されています。それは,二・二六事件等もあり,役所同士が争っている時代ではない,河水統制事業調査という費目で予算を付けるから,皆仲良くこれを分けて一緒にやりなさいという方向性が打ち出されます。これが戦時中も続きますが,資材がなくてなかなか進まなかった例が小河内ダム事業,これは戦後になって実現しました。ダムは総合的な開発事業ということで,戦後の国総計画のいわば土台になっている計画です。

 戦後は,経済安定本部というものがGHQ主導で立ち上げられ,その後,経済企画庁になりましたが,ここに水制度部会というのがありました。結局は,各利水省庁と河川管理を一元的に管理したい建設省との間で意見が対立して,ついに分裂して両論併記という形で終わってしまうのです。しかし,建設省としては間髪を入れず旧河川法のもとで共同施設省令というのを出した−これは省令ですから建設大臣が立案するものです。他省庁と協議しなくても良い。省令でなく政令となると,これは閣議で決めますから協議が必要となりますが,旧河川法を実施するための省令という形で,建設省が単独でダム共同化を実現するということをやったのはすごいことです。

中野: 国会で決める法律というのは概要のことを定めていて,詳しくは政令または省令で細かな基準等を定めるという形式になっているのですね。この時は,省令ということで。

三本木: 流れとしては,その時に出した省令が母体となって,昭和32年に特定多目的ダム法というのが出来ることになります。

中野: 明治,大正,昭和と時代を重ねつつダムがあちこちの省庁所管で造られてきた経緯を踏まえ,それらのダムの位置付けを一つにまとめてしまおうという狙いがあったのでしょうね。

三本木: そうしなければいけなかったからです。なぜならば,日本は資源が足りないから,それに狭い国土にダムもひしめき合うことになる。だから最初からきちんと調整してやらなくてはいけないという考えが基本にあります。建設省には,利水問題についても,ワン・オブ・ゼムになってはいけないという思いがありました。やはり中心になって他省庁を調整する立場を堅持しないといけないということです。

 これは,戦前,内務省国土局長を務められた新居善太郎大先輩が会うたびに私に口を酢っぱくして言われていたことを記憶しています。まさにその通り,特ダム法というのは,平たくいえば建設大臣がダムの家主で,利水省庁はその店子という立場だということを明確にしたものです。そういう水行政の法的な構造を作り上げました。これがなかったら新河川法は土台からガタガタになっていたのではないか,ということは,私の約20年先輩の国宗正義さんが,公式の会合で言われたのを覚えています。だから特定多目的ダムの法制度が,日本の水制度のいわば屋台骨,根幹にもなったということですね。

建設省でのダム経験


大倉ダム(撮影:安河内 孝)

中野: 三本木さんの諸先輩方というお話がありましたが,三本木さんが建設省に入られたのは昭和35年ですね。その当時のダムの経験をお聞かせ頂きたいと思います。

三本木: 私は昭和35年建設省に,法律職−俗に法令事務官と言いますが−として入りました。私たちの年代は,最初は大抵,用地課という部署に配属されました。これは土地とか,国民の権利をいじるものですから,補償問題があってなかなか難しい。法律に携わる者には,まずそれを経験させるということで,私も東北地建でダムの用地問題,補償問題を担当し,経験を積ませて頂きました。
中野: これは詳しくお聞きしても良いのでしょうか?

三本木: 経験と言っても,私が直接こういう問題を切り盛りしたのではなくて,新人ですから現場を見せて頂いたくらいというだけで,諸先輩からこういう話を聞いたという思い出になりますが,例えば湯田ダムは,鉱業権補償が大きな課題になっていました。大小200社もの鉱山会社が関係する鉱山補償の問題です。それを一つひとつ交渉して解決していくわけです。それから大倉ダム,多目的ダムでは日本で初めてのアーチダムですが,仙台市の郊外にあって上水道供給が目的のダムです。現在は仙台市に移管されていますが,そこの地権者の相続問題に関連して,仙台地方裁判所に補償実務の証人として呼ばれたこともあります。

中野: そうなんですか,新人の時ですね。

三本木: それから四十四田ダムは,盛岡市の郊外に計画されたものですが,ここでは地元の方の厳しい言葉を聞いて,自分の仕事について深く考えさせられました。「国は一番良い森林を先に取った。次に良いところを県が取った。我々は一番悪いところで仕事をやってきたが、今になってこれさえも取り上げるというのか」ということです。何も言えず,何も出来ない私はただ泣けてきました。ダム現場でこういう話を聞いたことも大きな経験です。


四十四田ダム(撮影:Dam master)
水政課で河川構造令の内部審査に携わる

中野: 入ったばかりでそういう経験をされてから,本省河川局に戻られて,入省13年目になるということですが,水政課で河川構造令,内部審査と法制局審査に対応されたということですが,その辺お伺いしてよろしいですか。

三本木: 当初は,伊勢湾台風の被害状況を見て,自分でも何かのお役に立ちたいということで建設省に入りましたが,実際に河川局に勤務するようになったのは入省して13年経ってからでした。それまで戦災復興土地区画整理事業の終束や,それから高度成長の幕開けとして象徴的な全国の高速道路網のネットワーク整備などを担当してまいりましたが,近畿地方建設局と千葉県の出向が終わってようやく河川計画課に配属されました。治水経済調査とか,そういう面を担当する部署ですが,そこは短い期間しかおらず,次に水政課という河川局の法令のお守りをする部署に行きました。そこは新しい政策の企画立案をするというところで,一番まとまった仕事をしたのが,河川構造令の改正についてですね。私が内部審査に携わったのは,第11次案です。

中野: 第11次案ですか?そんなに何度も繰り返されていたのですか?

三本木: それまで約20年余りの間は,「(案)」として運用されてきたものです。これは賢明なやり方だと思います。いきなり出すのではなくて,試行的に経験を積んでいくわけです。これの第8次案について,縄田さんという人が解説書を出されています。いよいよ,これで決まったようなものかと思ったら,実はそうではなくて,更にブラッシュアップしていこうということで,私が担当したのが第11次案ということになります。

中野: そうなんですか。

三本木: やってみて,私が最初に驚いたのは,まず「ダムは、滑動または倒壊しない構造のものとする」と書いてあることです。これは,ダムがズルっと滑る,あるいはパタンと倒れたりしないようにと読めますが,そんなことが仮にもあるのだろうかと思いました。要は,決してそうならない構造とするという,究極の守りですね。これは,河川法第16条に「河川管理施設は、安全な構造となるようにしなければならない」と書いてあるから,その規定は自己完結的なので,そこさえ押さえておけば安全だという保証は得られるのですが,実務上の具体的な基準は,やはり指導指針として必要になりますね。そのような基準としての構造令は,条文を読みますと「これ、これをしなければならない」とは書いてなくて「〜とするものとする」と書いてあります。マニュアル規定だと考えれば良い,こうするのが標準であるということです。しかし,外部からみれば,これは立派な基準,守るべき基準ですから,例えば,訴訟になったようなときに,これに適合していなければ敗訴します。賠償金を払わなくちゃいけないということになるので,非常に重要なものですね。

中野: なるほど。

ダムと堤防の規定が違うのは

三本木: それまで技術的な基準がこのままで良いかどうかが長年試行され,議論されてきましたが,なかなか決定版に至らずに「(案)」のままで運用してきたわけです。審査原稿を読んで非常に悩んだのは,ダムの規定と堤防の規定の仕方が随分違うことでした。ダムというのは非常に精密な,いわば一大設備装置です。しかし,堤防というのは土堰堤でも何かでもそうですが,とにかくその場の地形に合わせて,また水利施設の整備等と合わせて造っていくものですから,粗放と言ってしまっては何ですが,力学的にどうなのかという問題点もあります。材質の問題もありますしね。それで,果たしてこれが,1つの政令で表現出来るものだろうかと思って,内心では非常に悩みましたけれども,しかし,1つにしてやってみるしかないわけです。

 そこで,ダムと堰と堤防はどう違うのか,定義を作成してくれと開発課と水政課の両方に注文を出したのです。ところが案が出て来るとみんな違っている。何度書き直しても噛み合わないのです。

中野: 開発課と水政課が噛み合わない。見解の相違ですか?

三本木: 実態が様々あるということです。ダムと堰の定義の仕方がいくらやってもくい違うので,一群の定義にまとめるのは諦めました。現実的に,世の中にはダムと称しても堰に似た格好のものがあります。池田ダムのようなのものですね。見た目は堰のようですが,あれは水を貯留するからダムだと称している訳なのです。そういうふうに,現実に対応してやるしかないのかなと思いましたけれども,最初は規定の仕方,スタイルが違うということが1つの悩みでありました。これは法制局に行ってからの問題になりますが,内部審査で出来上がった政令案の最大の問題は,遡及するかどうかでした。要は,今あるものの危険性や不具合など明らかにすることも大事だと思いましたから,昔造ったものにまで遡及する必要があるとしたのです。

中野: 昔に造ったものにも適用させると影響大ですね。

三本木: 現存するものまで対象にするかどうか,我々の原案は遡及する考えだったのですが,この時,たまたま建築基準法改正案の法制局審査が先を走っていました。その中で,一つの例は,病院の避難階段の問題です。これは日本医師会からの強い要望により,遡及しないことになりました。現に今ある建物はやむを得ない,これから造るもの,これから改築するものだけに適用して,この新しい基準に適合するようにしなければならないということです。河川管理施設についても,同様に遡及出来ないと法制局で言われて,結果そうなったのです。

 以前に都市局で,遡及したために苦労をした都市公園内の料亭の処理の例を経験しましたが,こちらは人の安全に係わる問題です。今まではその基準が出来ていなかったことはやむを得ないとしても,今この基準を新しいものに合わせて造るのは当然のことで,問題の大半は,今までに造ったものが安全かどうかではないか,病院の避難階段も同じではないかと私は思いました。それらがどの位の費用価値に当たるものなのか,治水課では一度試算してみようとやってみたのです。私の記憶では,およそ20兆円になりましたかね。

中野: そんなにですか。

構造令に合わせる苦労

三本木: 新たな規準に不適格なもの,この構造令に合わせてみると十分でない,または危ないというおそれのあるものが,大体20兆ぐらいになるのではないかと,うろ覚えですけどもそのぐらいの規模だったと思います。その後10年ぐらい経って,私が河川総務課長の時に特定施設改築事業という新しい予算費目が出来たのですが,これで,ようやく昔に造ったもので現状が良くないものを改修するきっかけになりました。例えば,荒川の三領水門というところは水がジャブジャブ漏れていた訳ですよ。これをとにかく何とかしようということで,特定の事業費目を作りました。大体,予算書の中で「特定」と名がついているものは,「特別に」予算補助を付けたという意味なのです。つまり,高規格堤防は,予算を付ける,或いはつけようとすれば「特定」となってくるのです。それでやっと一部は実現したということになりました。そういう苦心もありました。そういう諸々の問題が次第にクリアされて,新築又は改築する(既存のものに遡及しない)第12次案が現在あるもので,先輩から引継ぎながら,ようやく私の時代の頃に成案を得たということになります。

中野: 三本木さんが,たたき台をつくられたということですね。

三本木: 私が原案を作ったわけではないのです。勉強になったというか,大事だと思ったのは,計画高水流量という指標です。これは,その後また何十年かたって,ダムの検証の際にも,これを1つの指標にするということになりました。なぜ計画高水流量,計画高水位なのか。本川の治水指標として,何をもってそう判断できるのかといった質問があった時に,私は即答したのは,至近距離にある具体的な計画だからですということ,その先にあるものは,それにあわせて具体的に何かを考えようとするのは難しい。至近距離のものとして具体化されている,これがいいのですと答えました。現に,構造令にもそう書いてあるということです。そこまでは当面,ハードな事業でやる責任がある。それを越えるものは,いわゆる超過洪水とかと言われますが,様々な手段が必要になってくる。しかし,避難とか土地利用とか,いろいろ必要なことはありますが,主たる責任はハードの責任である。だから,これが大事です。なぜならインフラは構造令をもって組み立てられているからだと,私は説明しました。

中野: なるほど。そうしてみると,この構造令というのは後々になっても非常に重要な役割があるという訳ですね。

三本木: 水害訴訟とかなんかでも重要な問題になりました。現に計画高水位でもって判断されたのは有名な加治川訴訟です。我が国の水害訴訟の考え方が広く認められた一番初めのものですね。それ以来,計画高水位までについてはハードな事業の責任ということが定着しております。そこが非常に重要なポイントになってくる訳です。

インプットからアウトプットへ

中野: この基準が出来たことによって随分と日本は変わったというか,河川管理者の責任というか,日本の水法のおおもとが決まったということなのでしょうね。三本木さんは,その後,退官され,様々なところに行かれるわけですが,その話をお聞きしてもよいでしょうか。

三本木: 退官後,銀行に入ってすぐに,私は退官記念として本を作りました。これまでに書いた原稿から,いくつかを選んで一冊にまとめ刊行したので,お世話になった方々にどうぞおいでくださいということで百何十人かをご招待したのですが,その時の私の挨拶で水利権と銀行の貸金というのはよく似たものだとお話ししました。

中野: 銀行の貸金と水利権が似ているのですか。

三本木: これが,水利権と同じ感覚なのです。大変な争いになるのは,水利権も,お金も,色がついてないからです。商品は振り代わりというのがあります。これを取られても,こっちを取るからいいやと,代わりのものがある。土地も同じです。それぞれ個性があるから代わりになる,最後には,こっちが取れればいいやという諦めがつく。しかし,水とお金には色がついてないから,人に取られたら絶対に忘れない,それがまず第一。それから第二に,水もお金も溜める事は良いことだ,ということです。

中野: なるほど,色がついてないから。そうですよね。確かに。

三本木: 役所の先輩や銀行の人等を招待して,そういう仕事が出来るというのが私は大変うれしく思うと言ったら,銀行の人は大変喜んでくれましてね。まだ1ヵ月余りしかたってないのに,よく銀行について深く考えられましたねと。

中野: 普通だったら,役所から銀行にいきなり行かれたら,環境が全く違うからなかなか慣れるのが大変だと思うのですが,考え方を変えてというか,ダムの水と預金というふうな発想をされたのがすごいですね。



三本木: その時は全部で110人招待して,会費要りませんということにしたら,ざっと100万ぐらいかかりました。退職金で中古マンション買って,残ったのは全部使おうかと思っていたのでなんとかなりましたが。

中野: すごく大きな額ですね。

三本木: それでも3年で元を取れたというか,その後,いろいろなご縁で,あちこちの調査研究の仕事に呼ばれて,国際的な調査研究やOECDの仕事などもあって,役所からの指名でやらせて頂いた。飛行機賃とか滞在費など全部出してくれますから,そういうインカムを全部足すと,退官記念会全部の費用はおよそ3年で回収出来たかなという計算になります。
中野: さすが銀行のお仕事をされただけあったわけですね(笑)。

三本木: そういう意味では,私は早目に役所を辞めて良かったと思います。それまでの役所での経験を民間の国際交流や国際援助の方面でも使えたから。つまり役所時代にインプットしたものを,すぐにアウトプット出来る側に回れたから,私の意欲や趣味にも合致して良かったなと思っています。

中野: 役所での経験は,国際交流的にも役に立ったということですね。銀行から,下水道事業団に行かれてからの話もお聞きしたいなと思いますが。

下水道事業団で水問題を経験する

三本木: 銀行の次は,下水道事業団に行ってみてはと,それも建設省から声を掛けて頂いたのですが,考えてみたら私はそこに行くことで,水問題のあらゆる分野を経験することが出来たと言えます。以前には,水資源開発公団に出向していたことがあります。そこではダムの水利開発,水をどう使うかの問題をやりました。次に環境庁の水質保全局,使う水について,安全かどうか水質のチェックの仕事です。さらに,使った水を再処理して川の水質を改善するのが下水道事業団です。そういう水に関連した事業をするところに入って,またそういう仲間とつき合って,国際的にも交流をして,恐らく技術畑の人でもそこまで幅広く経験した人はいないのではないかと思います。私がやってない現場は土地改良区の仕事だけですね。それ以外の水に関連する実務分野としては,ほとんど全部経験することが出来たし,非常に幸せだったと思っています。

中野: その経験が,国土庁の水資源基本問題研究会での健全な水循環というところにつながり,後にダム検証にも関係されるのですね。

日本と世界の違いは

三本木: これまで,私はあらゆる水の分野を経験させて頂き,アウトプットとして国際的な交流もやらせて頂きましたが,そうした中で基本的に日本と世界の,特に欧米は違うところをお話ししたいと思います。

中野: どういうところが違うのですか?

三本木: 日本では,水は限られた貴重な資源,争いも今まで随分多かった。それよりも,もっと大きな問題は自然の力に対してどう向き合うか,水害防止等の自然災害が至上の問題でした。でも外国では,神様が人間に与える試練なので水害はやむを得ないものと思っているふしもあります。だから,水についての制度といえば,ほとんど大部分が利水についての問題なのです。ところが,日本は,川が急峻という国土の条件からして治水が中心になっている。

 要するに,川の水の使い方より先に,川の形が大事だという認識なのです。それから,狭い国土にひしめき合って住んでいますから,合理的な水の使い方を最初から考えなくちゃいけない。人のいないところに行って,どんどん開拓,開墾出来るような国ではないから,しっかりした管理体制のもとで合理的な水利用を図らなくてはいけないという考えが定着し,遠い昔からいろいろな知恵が生み出されてきた背景があります。そういう面がまた欧米と違うところです。
 もう1つ,これはもう決定的に違うのは,アジアモンスーン地域に共通するもので,中国も同様だと私は随分強く言ったことですが,川の側に住むというのは水際の危険があることです。

中野: 水際の危険ですか。

日本は水をわけ合う文化

三本木: つまり水害です。しょっちゅう,これがありますから,そこには住めない,耕作ができない,危険が多いから。従って,ちょっと離れて住んだり耕作したりする訳ですね。そうすると,必要な水はみんなで共同して引っ張ってきて,みんなが平等に分け合うという共同体的な水利用のやり方というのが時代と共に発展してきました。

中野: 米作が社会の基本だった日本は昔からそうですね。

三本木: 古くは,奈良時代あたりからいわば団地開発をやっている訳です。水利用をベースにした団地開発です。みんなで共同してやるということになっています。
 欧米は,川岸辺りまで幾らでも住めるし,耕作出来るのです。地形・地質構造が違いますからね。だから,最初に川の側の土地を開墾した者がそこの水を使って良いということが認められてきた。川に接していない者は使えないという逆の縛りになっています。そこが日本とは決定的に違う。だから,我々は欧米のやり方,水の制度をそのまま鵜呑みにしてはいけないと言ってきました。後年,指導に行った中国でも,このことを強調してきました。

中野: そうですね。歴史的な背景が全然違いますから。


三本木: まずはそういう国土の条件が,利水を考える際にもその国の法令の基礎になっています。そうやって法令が整備されれば,それで整然と国土が造られていくものだと。国土が法令を作り,法令が国土を造るというのが,私が長年仕事をやってきた中で基本としてきた信念というか,スローガンです。

様々な学会・研究会・委員会で 印象に残ったこと

中野: 海外の学会,研究会に行かれて感じたことをもう少しお聞きしたいと思います。先程もおっしゃっていましたが,退官後いろんな人に努めて話してきたことがあると言われていること。具体的に,どういうことを皆さんにお話をされてきたのですか。

三本木: 様々な学会とか研究会,それから国の委員会等で,自分なりに考えて発表したり,その場でも人に話したということが幾つかありますが,一つは,計画高水流量のこと。これがどういう意味で重要なのかということを皆が解っていなくてはいけない。というのは,ダム検証の時にも,これを示唆しました。つまり,それを越えてくるものについては,とにかく人間が助かる努力をしなくてはいけないということです。しかし,土木の世界には想定外ということは基本的にない,全て想定されているはずです。とすれば,どれ程の巨大災害であっても,土木の世界では,それなりに想定をしているのが前提になっていなければならないということ。これがダムと原発では根本的に異なるものだと私は思っています。

 というのも,原発については福島の事故以降,立地のチェックのあり方が問題になりましたが,原発委員会の副委員長,技術系,理工系の代表である島崎教授,この人が第四紀層までちゃんと見なくてはダメだと言われました。私は,ダムについてはどこまで見ていますかと改めて役所に聞きましたら,第四紀層までちゃんと見ていますとのことでした。それでもし問題があれば,グラウチングとか,そういう人工的な手当ては万全にやるわけですね。つまり上物ということでしか考えて来なかった原発とは違うのだなと思って,こちらの方は安心したのです。

河南省 少浪底ダム
中野: ダムの地盤・地質のチェックのお話は以前伺ったことがあります。想定外を想定する想像力が求められるのですね。他に話してきたことを教えて下さい。

三本木: 日本でいう不特定灌漑とか維持流量というものについて,中国ではこれらをひっくるめて環境流量という言い方をしているのですが,これは大変良い言葉だと思っています。それについては,今まで役所でも言ってこなかったし,本にも書いてなかったのですが,それは「川を川らしくするために」非常に重要なものです。これはダムの建設費の配分,積算上は非常に大きなものになるわけです。特定灌漑,特定容量に比べてですね。何でこれだけ大きな公共負担になるかというのは,よく議論になります。それに対して見方を変えなくちゃいけないと思います。特定分がなぜ少ないかということから考えてみると,単価が大きいから利水者の負担がかなり大きなものになります。これを出来るだけ少なくしたいという方向に働くわけです。それから,ダムの水利権を決める際に,やはり他の利水者,既存の利水者からいろいろ問題が出るので,それも最小限度に縮小して考える傾向になります。従って,不特定分が大きくなるという結果です。だから,これをこれからどうしていくのか。積極的に川を川らしくするものだから,きちんと意味を与えようという考え方にしないといけないと思います。

 例えば,環境容量だと考えれば,まだどなたとも議論をしておりませんが,地方負担を増やすというのが一つ。良い環境にするというのは,本来は地方の問題だと思います。国の問題というよりは地方の問題と考えて改めてスタートしてはどうかと思います。

中野: そうですね。そこに住む人たちがいますからね。

三本木: 例えば,アメリカには現に環境ダムというのがあります。そういう目的で造っているダムがあるのです。それを考えれば,これからはダムについても,そういう積極的な意味を見出しても良いのではないか。単に渇水時のためであるとか,周辺の利水支障だとか,そういうネガティブな側面だけから考えるものでなく,もっとポジティブな評価指標があっても良いじゃないかと思いました。これは将来の課題になると思います。

堆砂問題は難しい

中野: 最近の話題についてはどうですか。

三本木: 堆砂の問題があるのですが,これは基本的に砂の収支と考えることが出来ます。水の収支については大体解ったが砂については難しいと我々の大先輩,山本三郎先生から直接言われたことがあります。本当に砂は難しいということです。いろいろな事情はありますが,今のダムの堆砂計画というのは,私の見方ではどうもまだ計画じゃない,単なる情報,データの集積に過ぎないのではないかと思われることがあります。計画という以上は,どういうふうに改善するのか,どういうふうにこれを持って行くのかという目標がなければだめじゃないですか。どこの砂防でどう止めて,どこまでの堆砂なら許容するか。堆砂量の測定についてはやり方が30種類ぐらいあるようですが,そのうちのジャックナイフ法とか,たまたまどこかで使われているようだから,うちもそうしようというので,余り根拠はないのだと私は聞きました。だから,そういうものも,もうちょっと前向きな計画性を持った方向で考えたらどうかなと思うのです。

 アメリカのある学会で,この時,私は行く余裕がなかったので,開発課に頼んでデータだけ参考に送ったことがあります。各国とも悩んでいるようですが,砂の出方が違いますからね,外国でもなかなか良い案が見つからないようですね。なかでも中国の堆砂問題は桁違いですね。

中野: 堆砂の問題の他にも問題となっていることはありますか。

三本木: 以前からの問題なのですが,どうも上手い解決法が見付からないようなのが,流木問題です。私は,川に入ってくる流木を何とかしなければだめだと思っています。林野に関わる問題なのですが,これもどうにも計画性がない。どこかのダムでは積極的にお掃除していますというけれど,これからどういうふうに協議されるのか。ここ数年来の大水害の多くは,流木が原因です。それが,私の最近の感想です。

水循環法について考えること

中野: なるほど。流木問題は古くて新しい課題なのですね。健全な水循環ということについて,教えて頂けますか。2014年に水循環基本法というのが出来たということですが。

三本木: これは,私が今まで見てきた中では一番新しい法律ですね。そのほか法改正も,いろいろと絡んだものがありますが,まとまった法律としてはこれが一番新しいものです。これについては,私もいろんなところで講演をしたり,感想を聞かれたりしております。

 この法律が生まれるきっかけとなったのが,1992年でしたか,初めて水循環を国の課題とした国土庁の水資源基本問題研究会での議論です。しかし,人がその生活と生産に欠かせない水であるがゆえに,様々な分野に絡んでくるので,スローガン的に使われるだけで,それ以上の議論も進まなかったというのが本当のところです。


 この研究会の時は,公的な機関の政府文書でこういうことを提唱するには,まず定義が必要だということを私は強調しまして,およそ半日かけて,その研究会で定義について議論したことを思い出します。

中野: どういうふうに持って行こうとされたのですか。

三本木: まず国土にある水というものを全体として捉えるということ,だから単に水というのではなく水循環なのです。そして,その健全さを確保しようということですが,健全であるということは,1つはバランスが良いということで,偏っていない。気候的,地形的に偏るのはやむを得ない条件でありますが,出来るだけ平準化するようにもっていくのが1つの指標。バランス良く,偏っているところがない。第2は,病気でないということ。具体的に表現すると,水質が悪いとか,いつまでも溜まっていて捌けないとか,いわば病気の症状がないということです。第3は,再生産可能であること。つまり水は循環するものだからです。この3つの指標を私は提案しました。この時の研究会報告書では,必ずしもその通りの文言になっていないのですが,水循環の考え方自体は大変重要だということで,その後,随分と注目を集め,もてはやされたのですが,なかなか具体的な政策には進展しませんでした。ようやく法制度にしようという具体的な動きになったのは2014年,今から4年前です。

地下水法は重要

中野: 国土庁の水資源基本問題研究会での議論が「健全な水循環」のおおもとなのですね。

三本木: ただこの法律には,出生の秘密というか,いろいろありまして,当初は余り歓迎されなかったのも事実です。私は議論されている途中で,ある党の政策プロジェクトチームから呼ばれまして,どうも先に進まないから,地下水だけでも何かまとめようという話でした。私は地下水法について,どういうふうに組み立てれば良いのかという基本から始めて,それをレクチャーしたことがあります。しかし,これもいつの間にか,地下水に特化せず,全部の水循環について基本法にした方が良いという流れが出来たのです。

 一つ心配なのは,今問題になりつつありますが,外国人が水源地の森林をそっくり買い占めたとか,水道費を安くするために勝手に地下水を掘っているとか,大分前から言われてきたことが表面化しました。そういう中で,この基本法ができたからそれで良いのだとして,この問題をなおざりにしたら絶対にダメです。地下水法を置き去りにしたらダメ,早くやらないと,それこそ足もとを見られて,何だこんなものかと見くびられるのが,私には心配です。これはずっと以前から申しております。

中野: 水循環基本法には,地下水についての規定は含まれていないのですか?

三本木: 含まれていますが,土地所有権との関連についての規定がありません。民法上は,法令の範囲内で,地下水は土地の所有者に属するものとされていますので,それについての有効な制限がなされていないのが問題です。地下水の利用の仕方についてはどの程度の制約でそれでやっていけるのかが疑問です。

 もう1つは,協議会という規定があります。協議会というのは,法律がなくても幾らでも出来るわけですから,旧河川法時代には水質汚濁対策協議会,渇水対策協議会等が出来ています。旧河川法ではこういうことを全然予想してない。にもかかわらず,建設省が各地で直轄の管理者として,当時は代行管理ですが,これをやって非常に立派な成果をおさめてきております。そういう意味からも,この協議会の規定が一番重要だということになりますが,この法律があっても無くてもできるというのは私の皮肉です。しかし,何か本当に怪しいものが出てきた時,そういう協議会があれば,あの森林の買い占めはおかしいとか,何とかみんなでキャンペーンを張って食い止めようとか,そういう動きが出来るような,そういう協議会にしてもらいたいと思っています。要するに危機管理の問題意識を持つことです。危機管理の出来る協議会なら私は歓迎しますという論評を出しております。

中野: 確かにそうですね。

ダムは水循環の最大の要め

三本木: 水循環の最大の要めはダムなのです。これは私が言わなくても誰から見ても,そうだと思います。いわば戦艦,航空母艦みたいなものですから。どういうふうに貯留して,どこでダムの水を出すとか,どういう塩梅にするかというのはダムに関わってくるのです。しかし,私は最初からそうは言いません。それを言うと,みんな俺が,俺がと出てくるから。それでは,今までもあったセクショナリズムを生じさせかねないので,あえてそれを言わず,誰か得意な人が手を出してくださいというように,例えば,じゃんけんでパーはグーに勝つけど,チョキに負けるという具合にぐるっと回っていきます。そこで,誰か人を負かすために手を出すのではなくて,自分の得意な手を出してもらいたい。それが順当に回っていけばみんながプラスになる。自分だけ良いようにしようとするから,マイナスになるのです。

中野: なるほど。

三本木: これは,数学でいえば群論という世界です。この群論を応用して,水循環をうまく回転させて,健全な水循環が進展していくようなことを皆さんで考えてはいかがですかと思っております。

日本のダムの展望について

中野: そういうことなのですね。最後に,まとめとしてお聞きしたいことがあります。これからの日本のダムの展望といいますか,若い人にどのように継いでいけば良いかということを教えて頂ければと思いますが。

三本木: もう何十年前の話になりますが,当時の開発課長から政策メモのようなものを見せて貰ったことがあります。そこに,ダムに関する重点事項というのが書いてあったのですがトップに「ダムの建設」と書いてありました。ダムは必要な時には造るのだから,何もトップにしなくたっていいのではないかと,もっと他のこと,例えばダムの連携とか,広域的な融通とか,新しいことを掲げたらどうかと私は言ったのです。新しいことをトップに掲げて,一般的なことはもうちょっと順位を下にしても良いのではと言ったのですが,建設がトップに来ていました。

 今では,ダムの連携というのは当たり前になって来ています。今度は利水単独ダムも含めて,これをもっと上手く使うことを考えたらどうか。水利権につながるダムが,他の水利権の方からいろいろクレームが来て,小さくなってしまうので,いろんなダムを関連づけるような仕上げも必要ですね。例えば,筑後川のダム群が最近の事例です。その都度,そういう問題をクリアしながら,たくさんのダムを追加することが出来ました。最後に連携が必要になってきましたね。いわば,ここで完結する訳です。だから,そういうものを想定しながら,1つの流域の中で上手くいくように考えれば良いのではないか。

 私は第2回の国土庁研究会の1つのテーマとして,機能性基準ということを提案しました。これは,その後余り取り上げられませんでした。どういうことかと言いますと,機能性というのはパフォーマンスですね。今ある施設がどういう機能を持っているかを一度,全部洗い出して評価してみる。そうすれば,何が足りないか,何が一番重要かというのがきちんと解ってくる。全部の機能を上げてみるのです。これをダムに限らず,水利施設に当てはめて,堰とか水路,それから井戸とか,全部の機能を洗い出して考えていく。評価してみる。そういう総合的なことをもう一遍やってみたらどうか。河川の総合開発というのは,戦後復興で最初に考えられて,途中は途方もない全総計画に変わったりしますが,これからは,そういう流域管理の視点がもう一遍必要じゃないかと思います。

 建設が必要なところはおのずから出来る訳です。だから,何か力を入れてやらなくちゃいけないところは,もう一度皆さんで考えていただくと良いのではないかなと思っています。

中野: 貴重な話をたくさん伺うことが出来て良かったです。三本木さんのお話を伺って,河川やダムに関わる法律が国土を支えることにつながっているということが判りました。テーマ別にお聞きする機会があれば,さらに理解が深まると思います。本日は長い時間,ありがとうございました。

(参考)三本木健治氏プロフィール

三本木 健治(さんほんぎ けんじ)

福島県郡山市出身

1960年 東京大学法学部卒業
1960年 建設省入省
    官房・全局・2地方局勤務
    千葉県・水資源開発公団・総理府本府・環境庁水質保全局出向
1988年 河川局次長退官
    住友信託銀行・日本下水道事業団・
    国立国会図書館調査立法考査局
1998年 明海大学・大学院教授
2008年 退官
2009年〜 国土交通省「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」委員

国際水法学会・OECD環境委員会・世界気象機構等の国際機関の研究会議会議における企画・調査・論文発表等のほか,JICA協力事業の水政策門家として足かけ5年にわたる中国水利権制度整備プロジェクトに参加

[関連ダム]  三春ダム  湯田ダム  大倉ダム  四十四田ダム
(2018年12月作成)
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