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ダムインタビュー(21)
緒方英樹さんに聞く
「“土木リテラシー”の必要性を強く感じています」

日本統治時代の台湾で烏山頭(うさんとう)ダムを建設し、現地では農業の恩人と敬われる土木技師・八田與一(はったよいち)。

烏山頭ダムは、高さ56m、総延長1800mの堰堤。貯水量1億6千万トンという規模を誇り、洪水、干ばつ、塩害の三重苦に悩まされていた台湾・嘉南平原を実り豊かな農作地帯へと変貌させました。建設されてから80年程経つ今もなお現役で人々の暮らしを潤し続けています。

八田は、計画から調査に2年、着工から10年という大工事を成し遂げただけでなく、稲作、甘しょ、雑穀を繰り返し耕作する「三年輪作給水法」を指導し、農民の生活向上に寄与しました。


こうした八田の活躍ぶりを描いたアニメーション映画「パッテンライ!」が最近全国で上映されています。このアニメ映画を企画したのは、緒方英樹(おがたひでき、財団法人全国建設研修センター広報室長)さんです。緒方さんは、これまで、「土木の絵本シリーズ」(全5巻)を制作するなど、土木の分野で幅広く広報活動に取り組んでこられました。今回はその緒方さんに、土木の魅力や伝えたかった思い、さらに土木の広報のあり方などについて伺いました。

(インタビュー・編集・文:中野、写真:廣池)

建設・土木の12部門以上の研修コースが…

中野: まずは緒方さんご自身について伺います。現在、財団法人全国建設研修センターの広報室長でいらっしゃいますが、全国建設研修センターはどういった事業をされているのでしょうか?そこで、緒方さんはどういうお仕事をされているのですか?

緒方: 財団法人全国建設研修センターは、建設大学校(現国土交通大学校)の補完機関ということで始まった建設研修機関です。全国知事会の出資で昭和37年に設立され、自治体、民間団体、機関など職員の方々の研修を小平市の喜平町で行っています。建設大学校の校長だった上條勝久(現・当財団特別顧問)が初代理事長をつとめ、広汎な国づくりに寄与するため、年間約100コースの研修のほか、試験、講習などの業務を行っています。

研修の特徴は、行政と民間の方が座学や演習、現地見学などで学ぶだけでなく、宿泊を共にして交流することにあります。講義で得た知識だけでなく、受講生同士の交流も貴重な財産となっているようです。研修内容は、建設・土木に関連する分野が主でとてもすそ野の広いものです。建設などの事業監理部門に始まり、施工管理部門、土質・土壌部門、防災部門、トンネル部門、土地・用地部門、河川・ダム部門、砂防・海岸部門、道路部門、橋梁部門、都市部門などに分かれ、それぞれにいくつかのコースが設けられています。

一つの研修がだいたい四日から一週間の単位です。その他には、国家試験の技術検定試験も行っています。土木、管工事、造園、土地区画整理士の学科と実地試験です。また、全国各地で監理技術者講習も実施しています。ただ、最近は土木・建設業を取り巻く状況が大きく変わり、土木建設事業者数も減っていますので、非常に厳しくなってきております。

私自身は広報という立場におりますので、こうした幅広い業務のPRだけでなく、土木・建設の役割や価値をどのように一般社会に伝えていけば良いかということをやっております。
財団広報の核となる機関誌「国づくりと研修」は、年4回発行の季刊です。創刊して34年くらい経ちますが、その一貫したテーマは「国づくりは、人づくりから」です。人に焦点を当てた編集を心がけています。ただ、昨今の厳しい状況のもと、行政、民間を問わず、広報にどう優先順位をつけるかが問われています。広報というのはその効果が数字となって明確に現れるものではありませんが、それぞれの機関誌を見れば、その財団なり機関なりのポリシーやアイデンティティが見える重要な顔であると思っています。


機関誌「国づくりと研修」
武者小路実篤の新しき村運動

中野: 緒方さんがセンターに入ろうとお考えになった理由、きっかけは何でしょうか?
広報のお仕事を専門として進もうと考えられたのですか?

緒方: 広報の専門職として入ったのではありません。また土木・建設に興味関心があったのでもなく、たまたま初代理事長の上條が、私と同じ宮崎県の高鍋町という所の出身で縁があったということでしょうか。上條は中学校卒業後、苦学しながら県の嘱託になり、ダム建設に伴うある村の移転補償の仕事を担当した実績を残しました。そこが武者小路実篤の新しき村運動の日向の村だったのですが、村に泊まり込んで話をしたり、飯を食ったり、魚釣りをしたり、やがて気持ちが通じて、村の人と友情というのも芽生えて、交渉が成立したというようなことを聞いています。その功績もあって県から内務省へ抜擢され、やがて建設省で手腕を振るったということです。実際、一緒に仕事をしてみて、明治生まれの代表的日本人像を垣間(かいま)見ながらいろんな刺激を受けました。「土木の絵本シリーズ」もトップの英断なしには実現しなかった企画です。

大ヒット!土木の絵本シリーズ

中野: 次に、緒方さんと土木の関わりについて伺いたいと思いますが、「土木の絵本シリーズ」のことからお聞きします。この絵本は、研修センターの広報企画として発案されたものでしょうか?
全部で5巻ありますが、タイトルを順番にあげると
第1巻「水とたたかった戦国の武将たち」
第2巻「人をたすけ国をつくったお坊さんたち」
第3巻「おやとい外国人とよばれた人たち 異国に捧げた技術と情熱」
第4巻「近代土木の夜明け」
第5巻「海をわたり夢をかなえた土木技術者たち」
ということになりますね。

第1巻から5巻まで、それぞれ簡単にどういう内容なのかご紹介いただきながら、これらの絵本シリーズ作成のきっかけから教えていただけますか?


土木の絵本シリーズ
緒方: これは、当財団の理事会で何か青少年の育成に役立つものを考えたい、研修センターでしかできないことは何だろうという議論があったのがきっかけです。その頃は、漫画ブームでもあり、そうしたものがイメージされて出てきた企画です。

「土木の絵本」は、当財団の公益事業として、1997年から2002年、若年層から大人までを対象に発行しました。全国の小学校24,072校に配布後、活用校にフォローアップ調査を行いました。小学校の学習現場で土木という題材がどのように受けとめられたのか、今後、土木を初等教育に組み込むための条件や課題は何かを分析するためです。この報告は土木学会などで発表したり、さらに私自身の研究テーマの中でまとめているところです。
絵本シリーズは全5巻からなるわけですが、教育関係だけでなく、一般の方々の希望も多くて在庫がほとんど尽きてしまいましたので、財団のホームページからも閲覧ができるようにしています。

「土木の絵本」をつくった目的には、土木の仕事とは何か、その社会的役割と価値を子どもたちに理解・認識してほしいという願いが込められています。そして、絵本という形式を選択したのには3点の理由があります。

欧米では、安全で質の高い社会資本整備の意義が理解されているからこそ、子どもたちにとってシビルエンジニアという職業は誇りある憧れの仕事となっています。そうした意識は、幼児教育、初等教育の段階から育まれています。
そして、科学など技術絵本が副読本として盛んに取り入れられています。たとえば、地下鉄工事や城づくりなどの技術を丹念に絵解きしながら、身の回りにある都市やまちの成り立ちを学ぶ。しかも、それら絵本は、詳細かつ正確で、専門家にも耐えうるレベルの内容を、子ども向けにわかりやすく描いていて、家庭でも気軽に手に入る廉価です。
一方、日本の絵本状況を見てみますと、昔話をはじめとする物語絵本が圧倒的に多い。もちろん、まちづくり絵本や環境絵本、科学絵本なども散見されますが、幼児教育や初等教育の中で体系的に位置づけられ、活用されているとは言い難いでしょうね。欧米の先行事例へのチャレンジ、これが1点目の理由です。

2点目は、絵本という媒体の持つ独自性に注目しました。
日本の絵本は、絵画とそれを説明する詞書によって構成される平安時代の絵巻物が起源とされるように、基本的に絵と文で成り立っています。そのジャンルは娯楽的なものから芸術性の高いものまで幅広く存在しますが、「土木の絵本」が目指したのは、本格的な科学絵本でありながら、子どもの想像力に働きかける絵と物語で構成される作品です。

さらに、土木工学にとって、道具や工法など絵でわかりやすく説明できると考えました。そして、何度でも繰り返し読むことが出来る、教師や親がフォローしやすい、といった絵本の特徴が、家庭学習、副読本や調べ学習に適していると判断しました。


第2巻「人をたすけ国をつくったお坊さんたち」p.10
 3点目は、小学校就学前の幼児向け「ものつくり絵本」の多くが子どもたちの心象に強く働いていることに注目して、土木リテラシーの抽象性や専門性を詳細かつ正確で、専門家にも耐えうるレベルの内容でありながら、それを子ども向けにわかりやすく描いた絵本として、子どもたちの心象、すなわち記憶と想像に働きかけたいという意図を持ちました。

第2巻が最初に出来た?

中野: 初めに出版されたのは「水とたたかった戦国の武将たち」ですね。


第2巻「水とたたかった戦国の武将たち」

緒方: 実は、お坊さんの巻が最初に出来ていたんですが、初めにお坊さんの巻を出していきなり学校などに配ると、宗教がかってみえないかと心配しました。学校の敷居は案外高くて、まず読んでもらって納得までいかないと学習活用には至りません。ちょうどその頃、大河ドラマで「秀吉」をやっていましたので、戦国武将から入ろうと考えました。みんなが知っている秀吉が、土木の目で見てみると、実はすぐれた土木技術者であったことから知らせたいと考えたからです。その第1巻を1997年の2月に、お坊さんの第2巻を10月に出しました。そうした資料調査など準備には二年間ほどかかりましたね。監修いただいた高橋裕氏は、絵本シリーズの重要なテーマである水に関する世界的エキスパートとして周知のように、「国土の変貌と水害」(岩波新書)、「都市と水害」(岩波新書)など水に関する著書が多く、シリーズで取りあげる人物や技術、土木史的思考の重要性について多くの示唆を得ました。
中野: 戦国武将、お坊さんと次々に出版されていったのですか。
緒方: 1997年には二冊出しましたが、その後は一年に一冊ずつ、それで1999年に第4巻の「近代土木の夜明け」を出して終わろうと思っていたのです。「近代土木の夜明け」では、井上勝、古市公威、沖野忠雄、田辺朔郎、広井勇、彼らがそれぞれ幕末から明治の初めにかけて苦難の幼年時代を乗り越え、勉学を重ね、「おやとい外国人」の示してくれた道筋を実際に具現化しただけでなく、「技術は人なり」という品格ある人格で、理想の土木技術者像を後世に残したことなどを描きました。そして、世界中が驚くほどの早さで、日本が近代化を成し遂げたのはなぜかを考える契機となることを狙いました。本来はそこで終結する予定でしたが、近代化を成し遂げた技術を持って海外に尽くした人もいるということまで伝えたいという欲があって、2002年に何とか最後の第5巻「海をわたり夢をかなえた土木技術者たち」を出しました。久保田豊、青山士、それに八田與一を取り上げましたが、八田與一の話題は台湾ですので、向こうに行って取材して資料を調べたりと相当の時間がかかりました。ここでの八田與一との出会いが、後の映画づくりへ導かれる萌芽となったわけです。



第5巻「海をわたり夢をかなえた土木技術者たち」
まずはストーリーの文章を自分で書いた

中野: そういう絵本の企画はどうやって進めたのでしょうか?いろいろ調べて内容を考える訳ですよね。

緒方: 歴史の大きな転換期に国土づくりで活躍した人たちをたどるという企画をたてました。
登場する人選は、すぐれた技術のみならず生き様もドラマチックな人としました。

それまで機関誌の編集しかやっていませんでしたし、絵本作りは初めてでした。
最初は絵のことは全く放っておいて、想定した人物の詳細な年表をつくり、そこからストーリーを作りだしました。だいたい七、八回書き直し、大人の言葉で自然に書きました。その過程で歴史的考察、土木工学的考察を重ねていきました。私自身、土木の専門家ではありませんから、自分が技術的にわからないことを解きほぐすことに苦労しましたね。さらには、明治時代以前の資料探しが難関でした。具体的には、「明治以前日本土木史」(土木學會編・田邊朔郎編集)以外には郷土史や古書などから宝探しのような資料探しでした。そうした上で、次に根拠や資料が明らかでない話を省いていきました。学校で子どもたちに使ってもらうためには内容が間違っていてはいけないし、憶測が入ってもいけない、さらに余分な感情的な要素は削っていって最終的な文案を作りました。

絵本作家の加古里子(かこさとし)さんとは、この文章にこういう絵を描いて欲しいとか、図面をこのように描いてくださいとかお願いをして、一巻につき六回くらいやりとりをしました。パソコンはほとんど使わず、大きな紙に文章も絵も切り貼りしてレイアウトし、巻紙のようなものをアナログ的に手作りして進めました。それらを詰めたあとで実際に活字はこの大きさにしようと決めてページごとに作り込み、そのあとで原画の大きさを決めていきました。

また、「土木の絵本」に記した年表は、教科書で教える順番とは逆になっています。教科書の歴史年表は、古い時代から新しい時代へ辿るのが一般的ですが、「土木の絵本」では、「いま」を起点に歴史を考える年表構成としました。自分のお祖父さんの時代、そのお父さんの時代はこうだったとか、現在を起点に100年前や後、過去や未来が想像しやすいと考えたからです。
「今から100年少し前、日本は200年ほど続いた鎖国を開き、欧米が100年ほどかけて蓄積した技術を、わずか10年ほどで身につけたのはなぜでしょうか」(第3巻、4巻)といった問いかけから、100年前の「なぜ」を考え、そこから私たちの今居る現在、そしてこれからの100年を考える契機を提供する意図があるからです。
たとえば、今からおよそ400年以上前、戦ばかりしていたと思われている戦国武将が、実は優れた土木技術者だったことを知ってほしいと思いました。


NHK大河ドラマでおなじみの武田信玄もその典型です。信玄は、家も田畑も人馬も一気に流す大洪水を解決するため、信玄堤などの土木技術を駆使して水を治めたこと。新田開発によって拓いた農地に葡萄や菜種などの作物づくりを奨励して地域を開発したこと。「土木事業は、工事が完成した後が大事だ」という思想を持った名治水家だったこと。「人は石垣、人は城」と言った信玄の本意は、城郭よりも領民との信頼関係を築くことにあったことなど、そうした身近で意外な事実を、土木的視点から描くことによって、土木の本質、すなわち地域の問題を解決して人々の幸せづくりに尽くす役割を見直してほしいと願ったのです。

さらにこれは、学校教育において、歴史を学ぶとはどういうことなのかに対する問いかけでもあります。歴史の事柄や年代、仕組み、機能を知識として覚えることにとどまらず、歴史を学ぶ本来の目的は、過去の事例や対応から、人間がどう生きていたのかを想像する。そこから、私たちは明日をどう生きるか、どういう世の中にしたいかを考えることにあるのではないか、という問いかけです。

子ども版プロジェクトX

中野: 発刊した後は、どういうふうに配ったのですか?無償配布されたのですか。

緒方: 小学校数が公立で2万2000校くらいですので、まず2万2000冊は作ろうということになりました。今なら財政的に考えられないことですが、財団の公益事業として教育分野への啓蒙は重要なテーマでした。小学校の校長先生や教師、図書館の司書さんたちにまずは読んでもらって、学習に活用できるかどうかの要望を聞いてみましたら、各巻約2000校から副読本や調べ学習などで使いたいという申し出がきまして、さらに増刷を重ねます。一方、新聞とか雑誌に掲載されたことによって一般の方からの申し込みが相次いで、とても対応に苦慮しました。

たとえば、女優の中井貴恵さんが朝日新聞の「私の絵本箱」というコラムに、この絵本のことを「これは子ども版プロジェクトXだ」と書いてくれました。そうしたら、どんどん注文が来まして…。その後、芸術新潮とか土木とは全然違う分野で取りあげられたり、作家の杉本苑子さんが「私の選んだ今年の3冊」に選んでいただいたりしました。実は子どもたちに見せる前に大人の方からの反響、希望が大きくて、それらが財団にできる許容範囲をこえてしまった。全5巻の海賊版まで出る始末で、ホームページ上で閲覧できるようにした由来はそうしたところにもあります。

中野: 新聞、雑誌などで紹介されたから反響が大きかったのでしょうか。

緒方: そうですね。土木関連以外での紹介や評価がありがたかったですね。
「土木の絵本」と題をつけたのは、あえて「土木」をアピールしたかったからです。
さっそく、この本はどこに置いたら良いでしょうか?と小学校の図書室から電話が来ました。小学校の図書室には、本棚に土木というコーナーがないのですね。分類は歴史でしょうか、理科でしょうか?…と。

小学校では、副読本、調べ学習、図書室などで活用されていますが、これがまた「土木の〜」と名付けたものですから、どの教科のどの単元で使っていいのかわかないと…。「土木の絵本」を副読本や調べ学習として活用した小学校では、当初、次のような教科や単元で用いられました。
<教科>(27%)
 社会科、国語(「伝記」)、道徳、理科
<単元>(73%)
 「郷土をひらいた人々」、地域開発教材、環境教育、自由研究、まちづくり、郷土の歴史、生活、国際理解
土木は、教科や単元に定位置を持てない状態で、さまざまな場所を渡り歩きました。初等教育の範囲に土木という分野がない以上、仕方のないことであったのだろうと思います。結局、国語、理科、社会、道徳、朝読書などいろんなところで先生たちが使って下さいました。実は、土木というのは義務教育の中では身の置き場がないのだなと思いました。

ところが、文部省(当時)が2002年度から小・中学校で「総合的な学習の時間」を導入すると、「土木の絵本」はその前倒し授業での活用に移行していくわけです。「総合学習」は、従来、教科学習や教科書の範疇に取り入れられていなかった題材の受け皿として格好の場となっていったことがうかがえました。

「土木の絵本」で子どもたちに一番伝えたかったことは、土木の仕事とは何か。土木事業が社会に果たす役割は何か。私たちの暮らしとどのように関わり、どのような価値があるのかということです。それに対する生徒の反応の一つとして、「僧侶や戦国武将たちが機械も電話もない時代に、川の流れを変えたり、山を動かすほど大きな工事をしたことが、すごい」と驚いたり、教師から見ると「この絵本を活用して、私たちの生活は、土木の発達があっての現在であることを知り、今まで素通りしていた人物や川のことに興味を持ち始めるなど、何か1つでも子どもたちが感じ取ってくれたらいいと思った。自然や時代をたどることで土木建設の役割を知ることが出来る。反対に、土木建設の視野からその時代の背景を探ることが出来る。その点を考えると、学習に役立つ資料となりうる」(鳥取県)というものなどあってとても嬉しく思いました。

一方、土木を若年層教育に取り入れるための課題もいくつか見えてきました。

一つは、学習指導要領や教科書にある土木の題材や内容が、土木の役割や価値に発展させて教えられていないということです。換言するなら、土木の側から見ると、社会科や理科の教科書に出てきている題材や内容が土木教育として発展させられるテーマを想定できても、学習現場では、そこに至っていないのだろうと思います。たとえば、教科書にある堤防や水路橋など土木構造物や施設といった題材があっても、それらがなぜ、どのようにつくられたかという問題提起を投げかけ、そこから土木の役割、価値を学ばせるといった展開へ至っていないということです。


その理由は、「土木の絵本」アンケート調査の中にありました。教師の感想に「土木学習に活かす、深めるには、教師の力量、関心が大きく作用する」という意見がありました。小学校の先生方は、子どもたちにとって格好のインタープリターであるわけなのですが、土木工学系の大学を出て、小学校の先生になった人はほとんどいないでしょう。そうした人たちに対する土木界からの情報提供や学習支援が求められていることの証左でもあります。さらに、土木の成り立ちや仕組みを教師が説明するときに見えにくいのが「その時代の土木技術」であり、それらを解説する「専門用語や知識がわかりにくい」という感想に対してきめ細やかな対策が不可欠です。
土木というマイナスイメージの払拭は、実はそうしたところからもアプローチできるのではないでしょうか。
たとえば、いまある土木の危機とは何でしょうか。土木逆風世論に翻弄されて地方建設産業の弱体化や人材難を招いている荒漠とした現象もさることながら、世間が「ものをつくること」に価値を見いだせないでいることにもあるという気がしています。それは、小・中学校の社会科教科書や改訂された学習指導要領からも窺える傾向です。それらを丹念に見ると、社会科の教育のねらいに、土木の働きや役割、価値が位置づけられていないことに気づくでしょう。

教科書に、土木とか社会資本といった言葉はほとんどありませんが、「この題材は土木学習に結びつく」と思われる箇所は相当見つかります。小学三・四年の社会科教科書には、郷土につたわる願い、くらしと土地の様子、五年生では私たちの国土と環境、自然と暮らし、生活と工業など関係する項目は多いです。疏水やダム、トンネルや灯台など近代土木遺産を取りあげている中学社会の教科書もあります。それを土木的価値として説明するかどうかは、教える教師の資質や興味に委ねられているという勿体ない状況があるのです。カリキュラム支援や出前講義、現場見学など積極的に活動している行政や工学系大学、建設企業も多くなっていますが、それらをコーディネートする基点がないために、学校関係者から土木が見えづらくなっているのかもしれません。

空気のようにあってあたり前、ないとたちどころに困ってしまう土木について、世間の風を意識するあまり、土木関係者みずからが過小評価していることはないでしょうか。「ものをつくる」ことに対する社会の評価は、一元的な見方が多い気がします。たとえばダムがムダと映るのは、ダムの持つ多目的な役割などを国民の多くが理解しない、あるいは知らないがゆえに一元的な報道に対して的確な判断ができないでいる面があるでしょう。

私の考える土木リテラシーとは、これからの社会形成に対して適切な意志決定を行うための基礎的素養を指します。そして、土木リテラシー向上がめざすものは、国民の正当な理解力、認識力、判断力によって、これからの健全で質の高い社会構築に貢献することだと思っています。



土木による福音は、歴然としてありましたし、現在も、私たちの暮らし、経済、文化を支えている基盤であることを毅然と伝えるべきではないでしょうか。

中野: 大学でも土木工学科が社会基盤学科などの名称に変更されたりしていますね。

緒方: 現在、国立大学で土木工学科があるのは、信州大学と鳥取大学のみです。そのほかは環境系学科に組み込まれている傾向があります。行政でも、土木部や土木課の名称を変更しているのは、マイナスイメージの払拭をみずから考慮してのパターンが多いようですね。こうした風潮の中だからこそ、堂々と「土木」を名乗ってアピールすることに意義があると思うのです。
歴史的に繰り返される天変地異、洪水や地すべりなど災害の多い日本列島において、土木によって実現した数々の奇跡は、世間の喉元を過ぎるとあたりまえのこととなってしまいがちです。地域の願いとして実現した開発や復興なども、時を経るとその表土はありふれた風景と化してしまいます。同時に、なぜ、何のためにつくられたのかという土木の背景までが忘れ去れてしまっています。
電灯が点いた。水が引かれた。鉄道が走った。トンネルや橋でまちが、人がつながった。そんな感動はきちんと後世に伝えるべきだと思います。歴史の断層に埋もれて消えたがゆえに、人々は言います。もう奇跡はいらない。何もつくらなくていいんだ、と。でも、想像してほしい。土木の仕事とは、普通の暮らしを支え続ける、ありふれた奇跡の連続だということを。

絵本からアニメへ

中野: 「土木の絵本」の内容を順次アニメ化していったようですが、それはどんなきっかけからだったのですか?

緒方: 「土木の絵本」の第1巻から第3巻までの内容を元にして、アニメと実写による教育ビデオをつくりました。「私たちの暮らしと土木シリーズ」です。これが、虫プロダクションと一緒に仕事をした始まりです。絵本には、図解してわかりやすいという特徴があります。土木の絵本は、物語ではありませんから子どもたちが自分で読み解くには、難しい部分も、とっつきにくい部分もあります。小学校5、6年生くらいだと一生懸命読む子もいますし、感想文もたくさん来ましたが、土木の特徴であるダイナミックな構造物や土木事業、一方で、緻密な調査や繊細な技術、土木に携わる技術者たちのドラマチックな生き様を表現するには、むしろ映像の方が適しているという思いもありました。


教育ビデオ「私たちの暮らしと土木シリーズ」
ちょうど絵本の5巻目を作っていたとき、絵本を見た虫プロダクションのプロデューサーの方が尋ねてこられて、何かいっしょにできないでしょうかというお話をされたのです。総合的な学習の時間用にもっとわかりやすくということを考えていた時でした。教科時間が40分とすると、20分くらいでまず映像を見て、それから絵本を見て勉強したらさらに理解が深まると考えて、絵本の映像化が始まったのです。「土木リテラシー(土木の基礎的素養)の向上を促す」というテーマは基本的に絵本と同じですが、感情移入しやすい映像媒体で短時間に視覚・聴覚へと訴え、「土木の絵本」で調べる、確認する、反復することが狙いです。

ビデオ制作に至った背景には、小学校をはじめとする教育機関から、「土木の絵本」と併用して学べるような映像ソフトを求める要望に応えたことと、さらに2002年度から初等・中等学校で導入された「総合的な学習の時間」の前倒し授業が2000年から始まったことが背景にありました。この「総合的な学習の時間」を視野に、若年層に土木の歴史をアニメと実写映像で提供し、土木とは、私たちの生活を支え、国土を保全し、環境を守るための最も基本的で重要な、しかも夢とロマン溢れる仕事であることを伝えたいと思ったのです。そのための物語は、日本の国づくりがなぜ、どんな人たちによってどのように進められたのかを学べる教育用として構築しました。

アニメ化する予算はどこから?

中野: 絵本を配ったりしたあとで、アニメーションを作る予算はあったのですか?

緒方: 絵本は公益事業としてやりましたが、アニメ化の話が出ても予算はありませんでしたので、虫プロダクションと協同作業で作るかわりに、虫プロの事業として参加しました。内容は、絵本をもとに作り直すのですが、アニメーションですから今度は物語です。そこで絵本の中でもいちばんドラマチックな部分を取り出して脚色するということになりました。絵本の時も費用を倹約するために自分で書きましたから、今度も脚本を書くことにしました。それと20分すべてをアニメーションにすると非常にお金がかかるということもあり、半分実写、半分アニメーションという方法で作ることになりました。

中野: 節約のためにご自分で脚本を書かれたのですか?

緒方: どう話を組み立てて盛り上げるかなど、アニメーション用の脚本の書き方というのがあるので、そこはプロの方に教えてもらいました。これも六、七回見てもらい書き直して作りました。第1巻からそのやり方で次々に作っていきましたが、やはり予算的な制約があって、映像化は三本で終わってしまいましたが・・。その活用状況からは、「土木の絵本」と映像を併用して「総合学習」や歴史学習に活かしてほしいと想定した小学校よりも、むしろ官庁・関係団体、企業が、イベントなど土木広報の手段として多数活用していることがうかがえます。

大成建設で、ドキュメンタリー映画

中野: このあとに大成建設の映像作品が出てくるのでしょうか。

緒方: そうですね。第3巻の「おやとい外国人とよばれた人たち」のところで、アニメ化は止まってしまったのですが、そのあとの4巻「近代土木の夜明け」を原案として大成建設による本格的な映像化が進んでいきました。

この作品は、キネマ旬報文化映画部門で第一位になりまして、次は第5巻「海をわたり夢をかなえた土木技術者たち」をもとに八田與一、青山士、宮本武之輔を取り上げた「民衆のために生きた土木技術者たち」が製作されて、科学技術映画祭で文部科学大臣賞など多くの受賞となりました。この製作では、八田與一に関するロケや撮影に、さらには編集などにも参加させていただき、とても勉強になりました。


「民衆のために生きた土木技術者たち」
土木技術者の大先輩の業績を知る

中野: 私たちもこうした大先輩がいらしたことすら知らないことが多くて、技術という部分だけでなく、今こそこうした土木にかける思いや、業績を伝えていかなくてはと感じますね。

緒方: そうですね。土木を知らせる、あるいは学ぶ素材は、実は、身近な土木施設や構造物にもありますし、歴史の履歴を紐解くと先人たちの技術や労苦が見えてきます。そうした土木をわかりやすく現場で解説するインタープリターも、実は日本全国いろんなところにいます。それらがネットワーク化され、コーディネートされれば、木となり森となる日も近づくだろうと思っています。土木のインタープリターとは、土木という言葉を使わずに森(土木)のなんたるかを説明できる案内人ではないでしょうか。そうした広報戦略の構築と人材養成も急務です。

中野: 土木が国づくりに関わっていると言いながら知らないことが多いですね。今はイメージだけから無駄が多そうだと思いこみ、簡単に公共事業反対と言われますが、歴史から見ても国づくりというか、人々の暮らしを支えるものとして役立ってきたということがありますから、これは、きちんと教育の場で教えていった方が良いですね。

緒方: 歴史を知るということは本当に大事なことだと思います。初等・中等教育でも教えてはいますが、多くは「歴史を学んでいる」のであって「歴史に学ぶ」「歴史から学ぶ」という視点が足りないのかもしれません。というのは、たぶん今の暮らしのこと、これからの暮らしのことを考えながら歴史を学ぶという視点が少ないのかなと思います。

土木について、きちんとわかりやすく伝えることは専門家ゆえに難しい面もあるでしょう。わかりやすさを追求したときに削ぎ落とされる専門性によって、意味や意義が損なわれないかという一方で、わかりやすく、しかし正確に表したいとすることで余計に専門性が特化されることもあるという相克があります。
そして、知らせなければ、伝わらない、という点においては、情報を「伝える側」と「受け取る側」の非対称性の問題があります。「伝える」という一定方向に偏ることなく、「受け取る」側の階層や知識構造を考慮した土木広報もまた今後の課題でしょう。

土木界から発信している伝達回路が、なかなか社会に伝播していかない事例が多々見られます。
土木学会は、十一月十八日を「土木の日」と制定して、毎年、土木に関するイベントや活動を各地で展開していますが、多くの一般市民は知らないでしょう。それどころか、あるいはそれなのに、土木に対するマイナス報道は即座に多くの知るところとなって国民の総意と受け取られがちです。
もちろん、土木事業をめぐる不正や不必要な工事があることも事実でしょうが、一方で、日常生活では意識されにくい土木の恩恵について語られることがあったでしょうか。ダムに沈む村が哀切に放映される一方、十把一絡げにした公共工事不要論によって、見えないところで地道に続けられてきた砂防工事などに影響を及ぼし、住民自らの命や財産を危うくしてしまう懸念が報道されることは稀です。土木逆風世論には虚と実があると私は見ています。


その原因の一つは、土木の役割について、一般の人々にきちんと説明をしてこなかった土木界の責任もあるでしょう。土木と生活の密接な関わりをきちんと知らせてこなかったツケでもあります。土木界は広報が苦手と自嘲する前に、命と文明を支えている大切な役割を担ってきたことに堂々と胸を張っていいはずです。さほどに責任のある仕事なのですから。

ひるがえって、私たちが朝起きて寝るまで、たった一日に享受している社会資本は、あってあたり前でしょうか。上水道の水で顔を洗い、汚れた水は下水道を通って処理施設へ流れる。学校や職場に通う道路や橋、鉄道や駅、学校や会社の建物、電力など安全で快適な生活を支えている土木。あたり前に機能しているのはなぜかを学校ではほとんど教えないから、若者が土木の仕事に魅力や夢を持てないのは当然かもしれません。
橋や道路をつくる土木の仕事は、誰もが「カッコいい」と思う職業だとカンボジアの留学生は言いました。世界に誇る日本の建設技術が発展途上国で活躍しているのにどうして土木に人気がないのかと彼らは不思議がるわけです。

欧米でも、土木技術者は誇り高い職業として子供たちが憧れる度合いが違うのは、義務教育の段階から、土木技術者が、水準の高いまちや都市をつくることで高度な文明を生んできた歴史を教わり、その職業は清廉な文明の担い手だからこそカッコいいのでしょう。そして、土木とは幸せの基礎をつくる福祉であるという考え方が社会に浸透しているからこそ、不正は許されないのだと言います。さらに、中国や台湾に根づいている「飲水思源(いんすいしげん)」の思想とは、水を飲むたびに井戸を掘った人の苦労を思う感謝の気持ちです。このことを伝えたくてアニメ映画「パッテンライ!」へとつながりました。

八田與一のアニメ、「パッテンライ!」

中野: それでは、最新アニメ映画の「パッテンライ」について伺っていこうと思いますが、始まりからお聞かせ下さい。

緒方: 虫プロダクションとは絵本のビデオ化・三本と、この「パッテンライ!」を作りましたが、実はこの「パッテンライ」の前にもう一本企画した映画が「明日をつくった男」という作品です。琵琶湖疏水を完成させた田辺朔郎の物語です。

中野: 作家の田村喜子さんの「京都インクライン物語」が原作というものでしょうか?

緒方: そうです。製作の虫プロダクションは「私たちの暮らしと土木シリーズ」で、初めてアニメと実写という手法を用いましたが、この「明日をつくった男」も実写とアニメを融合して作りました。ただ、エンターテインメント色を強めて、鶴見信吾さんなど著名な役者さんを使ったり、監督もテレビの演出家に頼みました。土木の題材を娯楽色のある親しみやすく描く試みでした。2003年に世界水フォーラム参加作品ということで封切りました。一連の絵本の映画化でアニメと実写という手法を使ったのですが、そのうち絵本の第1巻を元にした「水と戦った戦国の武将たち」が土木学会の映画コンクールの優秀賞になり、それからこの「明日を作った男」が最優秀賞となりました。その流れの延長に今度は長編アニメーションの「パッテンライ!南の島の水ものがたり」があるという訳です。



「パッテンライ」のパンフレット
中野: そうですか。絵本の第5巻がそのままアニメになったのかと思いましたが。

緒方: 自分の中では絵本第5巻で9年前に取材した時から、やっぱり八田與一は全編アニメーションで子どもたちにもわかりやすい形で描きたいという気持ちがありました。

60年にわたり地元の人が八田の墓前祭

中野: 台湾まで取材に行かれて、想像以上に印象的だったのですね。

緒方: ある意味理想的な、代表的な土木技術者像というのを示したかったので、とくに現在の人々の暮らしに、強くつながっている八田與一を選んだのですが、やはり絵本の取材に行った時の印象があまりにも強烈でした。たとえば、60年以上にもわたって毎年、地域の人たちが八田與一のお墓参りをしてくれていることをもっと日本の人に知らせたいという気持ちになりました。そして、最初に案内してくれた嘉南農田水利会の古老に尋ねました。「なぜ、日本統治時代の日本人技師にこれほどしてくれるのですか?」。すると古老は、怒ったように言いました。「なぜ? 八田技師によって私たちが長い間苦しんできた三重苦、洪水、干ばつ、塩害を取りのぞいてくれただけでなく、土木事業によって暮らしを豊かに変えてくれた恩に感謝するのは当たり前のことです」。

烏山頭ダム

現地にある八田與一の墓と銅像
古老からは、そういうことを知っている台湾の人もだんだん少なくなってきていて、特に台湾の若い人たちが何事につけて感謝の気持ちをなくしつつあることを聞ききました。そして、八田技師のこと、当時のことを知っている人も少なくなっていることを知って、映像によって残したいと思ったのです。それは八田與一が示した土木技術者のあり方を描いて社会に提示したい気持ちにも通じていました。それは、ダムを造って終わるのではなく、土木事業が完成した後にも、農民のために「三年輪作給水法」による道筋までケアしたことなど、八田技師の恩師・廣井勇が導いた「土木事業というのは民衆のための福祉である」という薫陶を実践したことにもつながっていることを感じました。
こうしたことを教えてくれた古老こそ、映画で台湾少年のモデルとなった徐欣忠さんです。

だんだんと当時を知る人が減ってきた

中野: ただダムを造るというだけでなく、その地域の人たちの暮らしに寄与するということ、心のつながりというものがあったからこそ、今でも慕われているのだと思います。土木は造るだけじゃないというのは、本当に教えられますね。取材では、台湾のほか金沢にも行かれたそうですが大変だったことはありますか?

緒方: 今でこそ、八田與一は郷土の偉人として金沢で有名になりましたが、それはここ数年のことです。
始まりは、市民一人の熱意でした。現在「八田技師夫妻を慕い台湾と友好の会」代表を務めておられる中川外司(とし)さんです。中川さんは、昭和60年、台湾で毎年の5月8日、郷里の土木技術者が地域の人たちから慰霊されていることを知って驚き、これは自分たち金沢の人間がそのことに報いなくてはならないと行動を起こします。地域の有志を募って、墓前祭に出向くだけでなく、八田夫妻の顕彰、石川県と台湾・嘉南との友好活動などを持続する中で、ようやく地元から認知されていくわけです。そして、石川県、金沢市、土地改良区などを巻き込んで台湾との地道な草の根交流がはじまります。そうした途中で私は中川さんと出会い、多くの関係者を紹介されて訪ねて歩き、そのおかげで「土木の絵本」で八田與一を取りあげました。

中川さんは、その絵本を教材として小・中学校への出前講義を始めました。金沢ふるさと偉人館では、八田與一を土木偉人として展示しました。土木技術者が偉人となった希有な例でしょう。金沢ふるさと偉人館はさらに、館長さんみずから脚本を書かれて地元発の演劇「台湾の大地を潤した男 八田與一の生涯」が石川県で上演されました。連動して、石川で七ヶ用水を完成させた土木の先人・枝権兵衛を題材とした子ども歌舞伎上演が地元大学から起こります。そうした潮流は地元マスコミを動かすに十分でした。「パッテンライ!」企画に北國新聞社が参画を決定するや、県、市など行政も後援についたわけです。「パッテンライ!製作委員会」は、こうして北國新聞社と虫プロダクションによって成立します。

ですから、「パッテンライ!」は、金沢の人たちの地道な活動があり、行政、マスコミ、学校、地元住民の情熱が集約され、その結果、アニメーション映画という形となり、八田與一という地域資産が外界へ向かう後押しにもなったのだと受けとめています。

製作は最高の布陣で

中野: 八田さんのことは、このアニメでどのように伝えられたと思いますか。

緒方: この映画で八田與一の偉人伝を作ろうとした訳ではありません。監督といつも話していたことは、八田與一という異国から来た土木技術者が、民衆の悩みを土木という技術と熱意で解決しようとしたことに対して、そこに生きる人々がどう葛藤して、意識を共有していったか、そこでの交流、少年たちの思いや夢に重ねていこうとすることなどに焦点をあてて、そういう中から八田與一がやったことを浮かび上がらせるようにしたいと考えていました。

そうはいっても土木が中心となる題材ですから、どうしても地味なイメージとして受け取られがちです。そこで、エンターテインメント映画にするにはそれなりの布陣をたてようということで、虫プロダクションに関わる最高のスタッフが集められました。
監督を「宇宙戦艦ヤマト」などアニメ界の第一人者である石黒昇さん、脚本家は映画「半落ち」などで注目された田部俊行さんほか、美術、音楽など第一級の人たちが結集されました。みな、虫プロダクションで育った人たちです。さらに、声優さんでは、台湾にゆかりのある方ということで、歌手の一青窈さんの実姉で女優の一青妙さんに八田の妻、外代樹を担当してもらいました。また一青窈さんには主題歌の「受け入れて」を歌っていただいています。そうした代表的な方々のほか、アニメーション製作には総勢100名以上のスタッフが参加しました。

映画づくりは、土木事業ととても似ています。関わった一人一人はワン・オブ・ゼム。誰もが自分が関わったという誇りと愛着を持ちますし、作品は、完成しても道半ばです。土木事業が完成してから、住民にとってどう役立つかが問われるように、映画も見ていただく中から評価が下されます。まして、作品の質、完成度と同様に問われるのは、観客を映画館に集められる内容やインパクトが備わっているかです。


台湾のポスター

「まじめなアニメは人が入りません。それに、土木関係はイメージが・・」。映画館や配給会社に何度も言われた言葉です。「黒部の太陽」みたいに有名スターが出ているわけでもないですし、八田與一という人のことを一般市民はほとんど知りません。まるで、土木の宿命を背負ったようなアニメ映画ですが、だからこそ、土木関係者だけでなく、一般市民も映画館で見てほしいという線は譲れませんでした。

そして、5月8日、八田與一の命日に、新宿の映画館で「パッテンライ!」は封切りました。その後、大阪、名古屋の映画館で上映後、順次、沖縄、鹿児島、宮崎、福岡、広島、仙台、弘前、札幌などホールなどで、土木学会、建設弘済会・協会などの協力を得ながら上映は続いています。
台湾でも、11月13日から台湾全土10館の映画館で上映が始まりました。嘉南農田水利会をはじめ現総統や李登輝氏、ジュディ・オングさん、八田與一がつくった台南市小学校の生徒など鑑賞して日本以上の盛り上がりを見せたようです。この映画を契機として、台湾と日本、国交は途絶えていますが、心の通いあう草の根的交流につながれば嬉しいですね。
このアニメがどのように伝えられたかにつきましては、まだ上映途中ということで判断はつきませんが、子どもたちの感想文から多くのことを感じています。
「感動したことは、みんなががんばって働いていたことです。そして、ダムができて、水くみにいかなくてもよくなって本当によかった」小学二年生の感想です。小学生で一番多かった反応は、大型土木機械に対する興味でした。それぞれパワーショベルの絵、トンネルを掘っている工事風景などが見事に描いてありました。なかには、「わたしが大人になったら、八田さんのように工事をする人や、トンネルを掘る人になって、みんなの笑顔が見たい」という女子児童がいたことに強い感動を覚えました。

一方、大人の方の感想は、「一般人向けで、しかも子供向けであるため仕方ないが、土木の専門家としては、少し物足りないが、これからの土木を背負う人間がこの映画を見て一人でも多くなればと思います」という土木関係者、「日本人が台湾で台湾の人々の為に灌漑工事をしたという事実に感動しました。日本人として誇りに思います」という主婦の方など、様々な感想が寄せられていますので、これから整理していきたいと思っています。

土木の「広報」について

中野: 次に、土木の広報について伺います。ダムでもそうですが、難しい面があって、たとえば、土木やダムについての本、機関誌などもなかなか読んでもらえないですね。

緒方: 機関誌、報告書、論文など、土木に関する紙媒体は、大なり小なり、岐路に立たされているのではないでしょうか。情報の送り手、受け手ともに、厳しい状況に陥っていることが多い上に、広報そのものの価値さえ問われています。多くの行政、団体、企業にとって、経費削減あるいは投資の優先順位で、広報を上に置くか下に置くかにより、進むべき方向も職場の空気も変わってくるでしょう。

外への情報発信と同様に必要な広報がインナーコミュニケーション、すなわち職場や社員の活性化を図る社内コミュニケーションです。その目的は、企業や組織と、職員の信頼関係構築にあります。危機的状況にあるときこそ、職場活性化のチャンスと捉えたいですね。CHENGE(チェンジ)をもたらすのはあくまで人材です。その人材が問題に向かって一致結束してこそ、逆境に立ち向かえる人財となるのではないでしょうか。

私は「行動する広報」というものを意識してやってきましたが、社会に土木をどう広報するかということになってくると、土木界が一丸となる必要を強く感じています。土木学会、建設業界、行政、教育関連が連携しないと、土木をフェアに国民と語り合い、意識共有していく基盤整備がむつかしいですね。
たとえば、「ダムも道路も要らない。土木工事はもういいよ」などとテレビから流れる声が必ずしも一般世論とは限らないと思っています。昨年、八月に土木学会が催した「夏休み国づくりの歴史アニメ映画会」で行ったアンケート調査では、「土木事業は世の中にとってとても大切」と答えた人が89%。二〇代以下がその45%を占めました。的確な理解を得るには、きちんとした広報がさらに必要だと思います。


土木リテラシーの向上を

中野: ダムもまた土木と同じように社会にアピールしていかなくてはいけないのですが、今後の方向としてどうすれば良いとお考えでしょうか。

緒方: 政権交代もあって、土木全体がさらに逆風にさらされています。この間判決が出た鞆ノ浦の景観問題とかもありますね。最近では八ツ場ダムなんかもそうです。その是非はともかく、どういうふうに考えていったら良いかという点では、国民的総意というか、意見集約がきちんとできていないと思いますね。

「土木リテラシー」の必要性を強く感じています。「土木リテラシー」とは、土木事業が私たちの生活とどのように関係して、どのように支えてきたかを理解するための基本的素養です。土木リテラシーを社会的なものにしていくためには、小・中学校の世代に対する情報提供が不足しており、そのための伝達方法として、知覚に訴え感情・思考に働きかける絵本や映像という広報媒体が効果的であろうと考えてきました。
それを子どもの頃から高めていかないと、身近に何か問題が起きたときに、個々人がその問題に対して、きちんと意見を持って正しく判断できません。個人の土木リテラシーが弱くなると、不適切な報道などに対して安易に追従してしまうことにもなります。

中野: リテラシーとは、理解のために必要な基本的な素養なんでしょうか?

緒方: 広辞苑によるリテラシー(literacy)とは、「読み書きの能力。識字。転じてある分野に関する知識・能力」とあります。最近では、科学リテラシー、環境リテラシー、情報リテラシーなど、各分野に照らした定義づけがなされていますが、土木リテラシーが明確に位置づけられているわけではありません。

科学リテラシーを例にとりますと、「一市民が日常生活を営む上で最小限必要なそれぞれの科学・技術の分野に関わる知識、能力、態度」と位置づけられていますが、その背景にあるのは、若者の理科離れ・科学離れに象徴される国民の無関心、国民と科学の乖離であり、そのことによる社会的影響力の懸念から、科学と社会の関係が根本的に見直されているわけです。
科学を土木にあてはめて考えると、同様のことが言えるでしょう。

今回の八ツ場ダムの問題でも、それを国民が判断、評価するためには、公共事業とは何かを知る基本的知識が必要です。まず公共とは何かという基本的な考え方をきちんと下地に持つことだろうと思います。その上で地元の負担、流域の利便性、もろもろのバランスをみていく姿勢が必要でしょう。国民の利益は何かといった時に、景観、伝統・風土、利便性、培って重ねてきた地元の経験など、さまざまな事柄を踏まえたうえで論じ、判断しなければいけないと思います。

そして、そうした公共についての考え方は、平成20年に改訂された学習指導要領の小・中学校編にも明示されていまして、具体的には、小学校第1学年・第2学年から公共物や公共施設利用についての指導内容が設定されています。さらに、3学年からの社会科目標には、「自分も地域社会の一員であるという意識/地域の人々の健康な生活や良好な生活環境,安全な社会を実現していくために,共に努力し,協力しようとする意識を持たせる」という授業設定が掲げられています。こうした公共に対する知識や考え方は、教育の基本的段階から出てきているものであり、年代別・段階的に高められていくべきリテラシーであるだろうと思います。


中野: 土木リテラシーが足らないと声の大きな一人が言うとみんなそれに流されてしまうこともありますね。教育現場のことを考えると、子どもだけじゃなくて親も対象に考えないといけないと思いますね。

緒方: そうですね。科学コミュニケーション分野では、子どもも親も対象としたアプローチの場として、一番目が教育機関、二番目が家庭、三番目が科学館、博物館、四番目が企業、五番目にメディア、六番目に地方自治体、七番目に国、そういう段階ごとに広報アプローチの仕方を変えています。土木の世界ではそういう柔軟で段階的なコミュニケーション戦略がなかなかできていなくて、今まで出前授業をやったりイベントをやったり、様々な取り組みが地道に行われていますが、効果的に市民に届いていないのはなぜでしょうか。

伝えるための広報戦略が必要です。
土木の範囲は広く、専門的な要素も強いので、わかりやすく、正しく伝える土木広報が求められます。その前提として、国民に対してどういう動線をつくるかが必要となってきます。社会との信頼関係を築くにはまず自分のことを知ってもらう情報公開が必要ですが、広報の基本は、誰に何を伝えるかにあります。伝達の回路を効果的に繋ぐための段階的な働きかけ、すなわち戦略的な広報が求められるゆえんです。

広報・広告の世界に「AIDMA(アイドマ)の法則」がありますね。米国のローランド・ホールが提唱したモデルで、消費者が購買を決定する心理を段階的に分け、それぞれ単語の頭文字をとってAIDMAと称しています。図で示すと、ご覧の通りです。

Attention (注目・知ってもらう) 認知段階
Interest (関心・興味を持たせる)感情段階
Desire (納得・喚起させる) 感情段階
Memory (記憶・繰り返す)  感情段階
Action (行動) 行動段階
「AIDMA」に応じた広報目標

この法則は、広報対象に対してAIDMAのどの段階で、どのような影響を与えるかを目標化することで効果を発揮するという仮説です。漠然と情報を散発させるのではなく、各段階によって広報目標を細分化し、対象をどこまで動かせるかがポイントとなります。

この法則を、土木広報に応用してシミュレーションしてみます。
A(アテンション)=まずは社会資本の存在、それをつくっている土木の仕事とは何かを知らしめる認知段階から始まります。
I(インタレスト)=自分たちの問題として関心を持ち、注目させます。
D(デザイア)=納得から、それがなぜ、何のために存在するのかという問いかけに結びつけます。
M(メモリー)=何度も情報を提供して、記憶につなぎます。
A(アクション)=日常生活や社会生活の中で、土木リテラシー(基礎的素養)に基づく意志決定をする場面です。国民の総意となる質の向上、問題意識を共有した行動として、まちづくりなどへ自発的な発言・参加も高まると考えます。

AIDMAの法則では、最後のAにたどり着くために、いきなりアクションから始めることはしません。まずは、心象に届く注目(A)、関心(I)から、納得(D)、記憶(M)、行動(A)へと段階的に進めていくことが効果的だとしています。大学入学の手前で「土木に、来て」と土木の魅力をいくら並べても、一般市民にいきなり「土木が必要」と訴えても響かない理由、そして、若年層からの働きかけが必要なゆえんも、ここにあります。

このように、土木に限らず、広報は、段階的な目安と目的を持った綿密な戦略が必要だと思っていますので、さらに実践と研究を重ねたいですね。

大学院に通っています

中野: 昨年から大学院で勉強されているそうですが。

緒方: ええ、弘前大学の大学院地域社会研究科で勉強を始めました。土木という領域から一旦離れたフィールドから、地域にとって土木とは何か、わかりやすく伝える方法論についてなど勉強させてもらっています。そこからフィードバックして、土木に関わるいろんなことを提示できればと考えています。

テーマは「土木リテラシー向上を促す広報媒体研究」ということで、これまで実践してきた絵本や映像媒体の検証から、双方向性のコミュニケーションにとって有効な条件、広報戦略の道筋などまとめられたらと思っていますが、なかなか時間のかかるるテーマです。

教科書に土木を載せてもらいたい

中野: 教育の中でも土木のことをもっと扱って欲しいですね。土木リテラシーの向上のためにも。

緒方: かつて、たとえば「土木の絵本」でたどった古代から近世に至る社会資本整備、すなわち、人々が生活する場所やその周りを住みやすくするためのインフラづくりは、地域のニーズと直結していたがゆえに、土木事業に対する民衆の理解は基本的に得られやすかっただろうと思います。人々の切なる願いがあって、これを作って欲しいということに対して土木で応えたという、ある意味でわかりやすい時代がありました。空海が修築した四国の満濃池にしても、地元農民は恋い慕うほどに空海という土木技術者の救済を待ち望み、それに応えた空海は大陸で学んだ土木技術を駆使して多目的ダムをつくりあげた、といったパターンが多く見られます。

そして、江戸時代まで経験工学として蓄積された土木技術は、明治期に入って欧米の先進的な近代科学と技術を取り入れ、明治・大正・昭和初期までに驚異的な迅速さで土木の近代化を成し遂げました。さらに、戦後の復興からわずか半世紀を経ずして、日本の土木技術や建設工学は世界の最高水準に達するわけですね。その間、土木が成した貢献とは、人々の切なる願いを形にしてきた数々の奇跡であり、命や財産を守るだけでなく、文化や経済といった上部構造を支えてきた下部構造としての役割でもあるのだと思います。

そして、身の回りのほとんどが整い、生活が豊かになってくると、もうこんなのいらないという声が出てきたりします。しかし、かつては土木事業が起こした奇跡というのは、国民が望んだことだったと思うのです。もっと遠くへ行きたいとか、便利になりたいとか、そうした願いを土木が見事に実現した。けれども、人々の欲求はさらに高まり、東京オリンピックをめざしてもっと早く、高くといった構造物や施設が望まれて、それらも土木は短期間で成し遂げてしまいます。

ところが、豊かさの質が問われる時代を迎えると、高度成長期の著しい経済発展を支えた国土開発が見直され、現在、そしてこれからの公共事業が持つ意味や価値が問われるようになってきました。もちろん、私たちが豊かさを追い求める一方で、健全な国土や風景のあり方など多面的に見直すことは必要ですが、土木事業の果たしてきた役割や、これからの活用についてきちんと把握した上での議論とはなっていない。
こうしたことをフェアに判断する素養としての土木リテラシーが、教育の場で不足していると懸念しています。

中野: 学校では、まったく教えられていないのですか?

緒方: 教えるための方針は示されていると思われます。
たとえば、小学校学習指導要領・社会科、第5学年では、「我が国の国土の様子、国土の環境と国民生活との関連について理解できるようにし、環境の保全や自然災害の防止の重要性について関心を深め、国土に対する愛情を育てるようにする」という目標を掲げていますし、小学校学習指導要領社会科の第3学年および第4学年では、「地域の発展に尽くした先人の具体的事例」について、第6学年では「国家・社会の発展に大きな働きをした先人の業績や優れた文化遺産について興味・関心と理解を深めるようにするとともに、我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てるようにする」ことを学習の目標として記しています。



ダムに関わることでは、地域の飲料水、電気などの調べ学習や、あるいは良好な生活環境のためにどういう役割をもっているかを調べる、考えるということなど学習指導要領にも書いてあります。そうすると、学習指導要領に沿ってつくられる教科書には必ずその目標が反映されるわけです。ところが問題なのは、小学校から組み込まれているそうした目標や内容が、教育段階を重ねる中で、知識から問題意識へ発展させる学びとなっているのかどうかです。言い換えるならば、土木に関する題材は出てきても、なぜそうした土木事業が必要だったか、どのような知恵と工夫で対応したか、それらは今の暮らしとどう関わっているか、これからの社会にとってどう活かしていくかといった問題解決学習につながっていない。そのための支援が土木界から必要であり、支援を円滑にするために教育界との連携が不可欠だと思っています。
蛇口のむこう側の想像力

中野: 緒方さんは土木全般のことに関わっておられるのですが、ダムについてはどう思われていますか?

緒方: 私が知っているダムは少ないですが、興味を持ったのは、絵本で取材に行った大阪の狭山池、昆陽池、満濃池などです。ほとんど公園化されていたり、隣に立派な博物館があったり、行ってみると非常に面白いですね。地域に十分密着して学べるようになっていますから、どんどんPRしてほしいですね。

中野: 現地をご覧になるのは面白いですか?

緒方: 先ほど郷里の話をしたのですが、以前に「土木遺産を訪ねて」という企画で宮崎県内の石橋やトンネル、ダムや発電所を取材して本にまとめました。そうしましたら、土木学会に登録されていないもので、江戸時代のものとか次々と見つかりまして、それは本当に宝探しのような楽しみと、山林を抜けて現物に出会ったときの感動はひとしおでした。また、そうした土木遺産と言われるものは、役所の土木課に行っても意外と知らないので地元の人に聞いてようやく場所がわかります。ほとんどが木や草に覆われていまして、行く先々で草刈りから始めたり、マムシに出会ったり、ワイルドな調査で大変でした(笑)。

中野: どういうものがあるのですか?

緒方: 上椎葉ダムは、吉川英治が「日向椎葉湖」と名付けたコンクリートアーチ式ダムで、昭和25着工から5年がかりで完成しました。いまは観光名所としても親しまれています。行ってみたら百聞は一見にしかずで、教科書とかで見るのと違ってこれが土木の仕事だというくらいに圧倒されました。地域の人たちがきちんと周辺を掃除しておられます。西都市の一ッ瀬ダムは、上椎葉ダムの技術を活かしてつくられた九州最大の水ガメで、九州の産業経済をささえています。高千穂発電所施設には、樅崎(もみざき)取水ダム、芋洗谷調整池ダムがそれぞれ昭和初期につくられています。樅崎ダムには石堰堤が竣工当時のまま残っていましたし、芋洗谷ダムは、竣工当時の姿を保持している国内唯一の発電用重力式アーチダムといわれています。水面には、ラッパに似たユニークな形状の余水吐けが口を開いていたり、興味深い設計が随所に見られます。自分の生まれた町、高鍋町には防災ダムがあって、あまり知られてないのですが、ダムの周辺に広がる湿原は希少な動植物の見られるため、町が公園化して整備しました。

上椎葉ダム(撮影:灰エース)

一ツ瀬ダム(撮影:安河内孝)
中野: それは、すごいですね。ダムのイメージはどうですか?

緒方: 私の家族にダムはどういうイメージがあるのか聞いてみましたら、水を溜めるところ、水力発電という言葉が出てきました。たぶん、多くの人はそうしたイメージでしょうし、それ以上のことが浮かぶ人は少ないかもしれませんね。ただ、ダムはいろんな機能があるし、こんなこともできる、あんなことでも役に立っているということ、多様性を知ってもらうことも必要だと思うんです。蛇口の向こう側の想像力といいますが、水道をひねったらどうなるかと、ダムから逆に家庭までたどったらどうなるかなど考える場面があってもよいと思います。ダムが自分たちの生活にどういうふうにつながっているかということですね。八ツ場ダムの話にしても、道路の話にしても、想像力というのはある程度の素養、知識がないとうまく働きませんから、土木リテラシーを高め、想像力の基盤を築いていくことが大事だと思いますね。

やはり烏山頭ダムが印象深い

中野: 個人的にお好きなダムというのは、ありますか?

緒方: やはり烏山頭ダムですね。このダムは堰堤が一見ダムと思えないほど自然と溶け込んでいて、実はその中にセミハイドロリックフィル工法というものが施されていて、美しい景観とはうらはらに、すごく奥が深いと思います。

とくに台湾南部では、八田技師に対する感謝の気持ちが強く残っていますし、中学校の歴史教科書「認識台湾」には八田技師による農業土木事業の貢献が記されています。烏山頭ダムとその周辺は公園化されていて、キャンプシーズンには多くの家族連れが訪れますし、早朝のダム堰堤は、地域で格好のジョギングコースとなっています。そのコース途中には、八田與一資料館や殉工碑などありますから、人々は自然と触れあう中で、ダムの歴史や役割を身近に感じているのだと思います。最近では日本でも、烏山頭ダムが、旅行ガイド本に出てきますね。
さらに、外国の施設として始めて、日本の土木学会が烏山頭ダムを選奨土木遺産に選定したことは、嘉南農田水利会の人たちにとっても大きな喜びであったようです。

アニメ映画「パッテンライ!」上映と連動していろんな動きも活発化してきました。
八田技師が指揮した烏山頭ダム周辺の世界遺産登録運動が台湾大学と住民から巻き起こって台湾政府も動かす勢いとなっています。さらには、八田技師が工事関係者の宿舎として、当時、建設した施設を復元して公園化する計画は、2011年完成を目指して始まっています。
私も11月4日、台南市で「パッテンライ!」試写会の日、烏山頭に足を伸ばして復元宿舎予定地を訪ねました。八田與一技師の長男・晃夫氏(故人)の綾子夫人と一緒でした。綾子さんもまた、第4代・烏山頭出張所長の娘として、この宿舎で少女時代を過ごされましたので、廃屋となった日本家屋を懐かしい思いで見つめておられました。

中野: アニメ映画「パッテンライ」がたくさんの人に見てもらい、土木やダムの理解に繋がるといいですね。私たちもいろんな角度からダムのことをアピールしていきたいと思いました。
本日は、貴重なお話をありがとうございました。



(参考)緒方英樹(オガタヒデキ)さん プロフィール

財団法人全国建設研修センター広報室長。

1997年より「土木の絵本シリーズ全5巻」を執筆・編集、同財団で発刊。
1巻から3巻までは同財団と虫プロダクションの共同で「私たちの暮らしと土木」シリーズとして映像化。脚本を担当。
4巻「近代土木の夜明け」は大成建設が映画化してキネマ旬報文化映画部門1位。
5巻「海をわたり夢をかなえた土木技術者たち」を原案に大成建設で文化映画となり愛・地球博で連続上映される(科学技術映像祭・文部科学大臣賞)。
2005年より、古代から近代まで、日本全国で活躍した土木や建築の人をテーマに週刊文春に「立ち話」を連載。「人物で知る 日本の国土史」(オーム社)として発刊される。
2008年末完成の長編アニメーション映画「パッテンライ!南の島の水ものがたり」の企画・プロデュースに携わる。

土木学会・社会コミュニケーション委員会委員、「土木と学校教育会議」検討小委員会委員など務めている。弘前大学大学院地域社会研究科博士課程在学中。

[関連ダム]  Wushantou[烏山頭ダム]
(平成21年12月作成)
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 (ダムインタビュー)
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  [テ] ダムインタビュー(23)竹林征三さんに聞く「ダムによらない治水と言うが、堤防を強化して首都圏の大都市を守れるのか」
  [テ] ダムインタビュー(24)高橋裕先生に聞く「公共事業を軽んずる国の将来が危ない」
  [テ] ダムインタビュー(25)竹林征三さんに聞く(その2)「風土との調和・美の法則を追求して構築したのが『風土工学理論』です」
  [テ] ダムインタビュー(26)竹村公太郎さんに聞く「未来を見通したインフラ整備が大事で、ダムの役目はまだまだ大きいですよ」
  [テ] ダムインタビュー(27)虫明功臣先生に聞く「八ッ場ダムは利根川の治水・利水上必要不可欠」
  [テ] ダムインタビュー(28)水野光章さんに聞く「水と安全はタダといった安易な考えではいけないと、あらためてそう思います」
  [テ] ダムインタビュー(29)萃香さんに聞く「ダムの魅力を引き出せるような写真を撮って公開していきたい」
  [テ] ダムインタビュー(30)樋口明彦先生に聞く「ひっそりと自然の中に佇むようなダムが美しい、とスペインの名もないダムを見て気づいた」
  [テ] ダムインタビュー(31)宮村 忠先生に聞く「これからは‘線’ではなく‘点’で勝負すべきだ」
  [テ] ダムインタビュー(32)土屋信行さんに聞く「きちんとやるべきことと、そうでないことの本当の仕分けが今こそ必要ではないか」
  [テ] ダムインタビュー(33)沖大幹先生に聞く「ダムは造りすぎではなく最低限の備えが出来た段階だ」
  [テ] ダムインタビュー(34)阪田憲次先生に聞く「技術者には""想定外を想定する想像力""が求められている」
  [テ] ダムインタビュー(35)谷茂さんに聞く「これからは少しゆっくりと環境に負荷を与えないかたちでダムを造る方法もあるのではないか」
  [テ] ダムインタビュー(36)大藪勝美さんに聞く「インフラの重要性をもっと多くの人に知ってもらいたい」
  [テ] ダムインタビュー(37)武田元秀さんに聞く「四十年来の思いが叶い、『ダムと鉄道』にまつわる話を出版することができました」
  [テ] ダムインタビュー(38)山内 彪さんに聞く「若い人は、ダムを糧として立派な総合技術者として育っていって欲しい」
  [テ] ダムインタビュー(39)角哲也先生に聞く「ダムのアセットマネジメントの話をするときに何か目標がいる、千年ではどうかと」
  [テ] ダムインタビュー(40)唐澤一寛さんに聞く「人にものを頼もうとする時は、こちらも誠意をもって付き合わなければいけない」
  [テ] ダムインタビュー(41)糸林芳彦さんに聞く「今は新規のダム計画がなくとも、ダム技術は常に磨いておくべき。いずれ時代の要請に応える日が来るから。」
  [テ] ダムインタビュー(42)今村瑞穂さんに聞く「ダム操作の定式化と現場適用性の向上は車の両輪」
  [テ] ダムインタビュー(43)本庄正史さんに聞く「ダムの海外展開は、現地社会に貢献するという、貢献がキーワードだと思います」
  [テ] ダムインタビュー(44)石田哲也先生に聞く「何か起きたときのリスクのあるシナリオをきちんと一般の人に伝えていかないと」
  [テ] ダムインタビュー(45)古川勝三さんに聞く「今こそ、公に尽くす人間が尊敬される国づくり=教育が求められている」
  [テ] ダムインタビュー(46)入江洋樹さんに聞く「水を大切にするという日本人の心の原点を守り、継承していけば1000年先もダムは残っていく」
  [テ] ダムインタビュー(47)島谷幸宏先生に聞く「設計をする時に環境設計と治水設計を一体的にすることが一番重要なのです」
  [テ] ダムインタビュー(48)吉津洋一さんに聞く「先人から受け継いだ素晴らしい‘くろよん’をしっかり守り、引き継いでいきたい」
  [テ] ダムインタビュー(49)足立紀尚先生に聞く「ダムの基礎の大規模岩盤試験を実施したのは黒部ダムが最初でした」
  [テ] ダムインタビュー(50)山口温朗さんに聞く「徳山ダムの仕事はまさに地図にも、私の記憶にも残る仕事となりました」
  [テ] ダムインタビュー(51)安部塁さんに聞く「新しい情報を得たらレポートにまとめてダム便覧に寄稿しています」
  [テ] ダムインタビュー(52)長瀧重義先生に聞く「土木技術は地球の医学、土木技術者は地球の医者である」
  [テ] ダムインタビュー(53)大田弘さんに聞く「くろよんは、誇りをもって心がひとつになって、試練を克服した」
  [テ] ダムインタビュー(54)大町達夫先生に聞く「ダム技術は、国土強靱化にも大きく寄与できると思います」
  [テ] ダムインタビュー(55)廣瀬利雄さんに聞く「なんとしても突破しようと強く想うことが出発点になる」
  [テ] ダムインタビュー(56)近藤徹さんに聞く「受け入れる人、反対する人、あらゆる人と話し合うことでダム建設は進められる」
  [テ] ダムインタビュー(57)小原好一さんに聞く「ダムから全てを学び、それを経営に活かす」
  [テ] ダムインタビュー(58)坂本忠彦さんに聞く「長いダム生活一番の思い出はプレキャスト型枠を提案して標準工法になったこと」
  [テ] ダムインタビュー(59)青山俊樹さんに聞く「相手を説得するのではなく、相手がどう考えているのかを聞くことに徹すれば、自然に道は開けてくる」
  [テ] ダムインタビュー(60)中川博次先生に聞く「世の中にどれだけ自分が貢献できるかという志が大事」
  [テ] ダムインタビュー(61)田代民治さんに聞く「考える要素がたくさんあるのがダム工事の魅力」
  [テ] ダムインタビュー(62)ダムマンガ作者・井上よしひささんに聞く「ダム巡りのストーリーを現実に即して描いていきたい」
  [テ] ダムインタビュー(63)太田秀樹先生に聞く「実際の現場の山や土がどう動いているのかが知りたい」
  [テ] ダムインタビュー(64)工藤睦信さんに聞く「ダム現場の経験は経営にも随分と役立ったと思います」
  [テ] ダムインタビュー(65)羽賀翔一さんに聞く「『ダムの日』を通じてダムに興味をもってくれる人が増えたら嬉しい」
  [テ] ダムインタビュー(67)長谷川高士先生に聞く『「保全工学」で、現在あるダム工学の体系をまとめ直したいと思っています』
  [テ] ダムインタビュー(66)神馬シンさんに聞く「Webサイト上ではいろんなダムを紹介する百科事典的な感じにしたい」
  [テ] ダムインタビュー(68)星野夕陽さんに聞く「正しい情報を流すと、反応してくれる人がいっぱいいる」
  [テ] ダムインタビュー(69)魚本健人さんに聞く「若い人に問題解決のチャンスを与えてあげることが大事」
  [テ] ダムインタビュー(70)陣内孝雄さんに聞く「ダムが出来たら首都圏の奥座敷として 訪れる温泉場に再びなって欲しい」
  [テ] ダムインタビュー(71)濱口達男さんに聞く「ダムにはまだ可能性があっていろんな利用ができる」
  [テ] ダムインタビュー(72)長門 明さんに聞く「ダム技術の伝承は計画的に行わないと、いざ必要となった時に困る」
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