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ダムインタビュー(22)
吉越洋さんに聞く
「電力のベストミックスといって、火力、水力、原子力などの最適な組み合わせを考えて、計画をたてています」

東京電力の吉越洋さん(よしこし ひろし、東京電力株式会社顧問、日本大ダム会議会長)には、以前「ダム日本」のトップインタビューにご登場いただいておりますが、その中でお父様もダム技術者であったことと、お二人とも台湾でお生まれになったことが紹介されています。奇しくもこの度、台湾の烏山頭ダムが日本土木学会の土木遺産に認定され、2009年11月21日に行われた認定証授与式に吉越さんが日本土木学会会長の代理として出席されたと伺いました。この烏山頭ダムは、嘉南大しゅう(注)プロジェクトの中心をなす構築物として、今から80年ほど前、日本統治時代に八田與一技師によって建設され、現在でも嘉南平野を潤していますが、ご自身も台湾と深い絆をお持ちだということで、今回の土木遺産認定というのも何か感慨深いものがあったのではないでしょうか。

(インタビュー・編集・文:中野・北川、写真:廣池)


(注)「嘉南大しゅう」のしゅうの字は、漢字で土偏に川ですが、日本で通常使う漢字にはないため、ひらがな表記にしました。

台湾の烏山頭ダムを土木遺産に認定

中野: 烏山頭ダムは初の海外土木遺産ということですが、まずこの土木遺産というものからお教えいただけますか?

吉越: 「土木学会選奨土木遺産」といいます。幕末から昭和20年頃までの土木建造物を対象として、優れたものを顕彰することで歴史的な土木構造物の保存に資することを目的として平成12年度から始まりました。毎年20件程度が認定されています。趣旨は、一つに土木遺産の文化的価値についての評価を、社会に対してアピールし広く理解を得ること。次に先輩技術者の仕事に対して敬意を表し、将来の文化財創出に向けて土木技術者の責任と自覚の喚起を促すこと。そして、土木遺産の文化的側面から地域や町づくりへの活用促進という目的意識を持って、放っておくと知らぬ間に失われてしまう恐れのある土木構造物を末永く保存していける環境を整えようとするものです。

中野: 今回の烏山頭ダムは、どういう点が評価されたのでしょうか?

吉越: 烏山頭ダムの受賞理由は、まず八田與一氏の設計と施工監理によって建造された当時のアジア最大級のダムであること。高さ56mの堤体が1300mにわたって構築されている立派なフィルダムです。総貯水量は1億6680万m3あり、それが総延長1万6千kmに及ぶ給排水路で、不毛の地と呼ばれていた嘉南平野を潤し、米で8万3千m3、砂糖で15万トン以上の収量を誇る一大農業地帯に変えるという多大な貢献をしたことも評価されました。嘉南平野というのは、台湾の西海岸の真ん中あたり、嘉義という町と台南市の間に広がる平野です。この辺りは年間雨量が2000o以上と豊富なのですが、日本と同じで河川は中央山脈から一気に海岸線まで流れ下るので、雨期にはすぐ洪水になる暴れ川に、乾期には川底まで干上がる程だったそうです。また塩害も酷く農作物がなかなか育たないので、農業は不安定で低水準でした。八田さんはこの地域一帯の15万haの農地を潤す烏山頭ダムを10年かけて完成させました。その功績は偉大で今もなお現地の人々からは大恩人と敬われているということです。


記念式典に出席し、認定証を渡す

中野: その土木遺産認定の記念式典に吉越さんが出席すると言うことで、台湾に行かれたのですか。

吉越: 日本の土木学会が台湾の土木学会(中国土木水利工程学会)から、2009年11月20日の年次総会で烏山頭ダムについて話をしてほしいという依頼を受けたのが、話の発端です。ダムが日本人技師によって造られたからだけでなく、近時日本で資料が発見されているのではないかと思われるから、ということでありました。近藤会長と古木専務理事がお二方とも国内行事と重なって訪台できないということで、私が代理のご指名を承った次第です。

 そして、「今年は烏山頭水庫を土木遺産に選んだ、すでに賞状とか銘板は送ってあるので、ついでに現地に行って近藤会長の代わりにその授与式を行い挨拶してきてくれ」と頼まれ、会長の挨拶文を持って行き認定証をお渡ししてきました。会長の挨拶文の一部をご紹介しますと「日本土木学会推奨土木遺産の認定制度は、土木遺産の顕彰を通じて、歴史的土木構造物の保存に資することを目的として2000年に創設されました。これまで185件の土木構造物が認定されてきましたが、このほど日本土木学会台湾分会から烏山頭水庫について推薦があり、厳正な審査によってこの施設の歴史的意義の大きさが高く評価され認定にいたりました。海外においては初めての認定となるこの烏山頭水庫に関する技術や社会的・経済的意義がさらに評価され、台湾と日本の交流が一層深まることを期待します。」ということです。


認定書と銘板
中野: 日本の土木学会分会が台湾にあるのですか?

吉越: そうです。台湾分会長さんは、成功大学教授の李徳河さんという方で、ものすごく日本語の上手な方でした。向こうには、八田さんのお墓と銅像があって、命日の墓前祭などいろいろと現地でお世話をしていただいており、歴代総統も訪問されるなど、日台親善の架け橋となっていることは、近時新聞紙上等で再三報道されているとおりです。

八田技師を慕う人たちで盛大に

中野: 認定証授与式は、盛大に行われたのですか?

吉越: 日本土木学会の台湾分会は総勢でも40人くらいですから、せいぜい10人か20人くらいの式典だろうと思っていました。ダム湖の近くに八田さんのお墓と銅像があるので、最初はその周辺でささやかにというお話だったのですが、ダム・水路等々の設備を運営管理している嘉南農田水利会の方々が、今回の受賞を非常に喜んで、周りの人に声をかけたら総勢200人を超える人々が参集することになり、急遽、ダム湖のそばにある公園内のホテルの講堂でやるということになりました。これほど盛大になるとは思ってもみませんでした。地域の皆様の八田さんへの敬慕の念の深さを改めて痛感いたしました。

式典の様子

式典の様子
八田與一の銅像に献花

八田技師紀念室
中野: どんな方が参加されていたのでしょう?

吉越: 農業関係者と地域の行政関係、市長さんの代理人とか、地元の名士の方がたくさん来られました。この嘉南大しゅうプロジェクトは、日本の統治時代に八田與一さんが計画から完成まで携わったもので、建設費用は日本政府と地域の人が出し合い、公共牌しゅう嘉南大しゅう組合という組織により実施されたということですが、日本人が引き揚げてからも嘉南農田水利会が引き継いで、運営管理してきたようです。これについては、古川勝三氏の「台湾を愛した日本人」という本に詳しく載っています。

中野: 台湾ではどんな話をしてこられたのですか?

吉越: 話といっても、私もそれまでこのプロジェクトや烏山頭ダムのことをよく知らなくて、一夜漬けで調べて行った訳で、全て受け売りで新しい知見などは何もありません。
 私は、現代のダム技術について、フィルダムでは1933年のプロクターによる土の締め固め理論の確立が、コンクリートダムでは1930年前後のフーバーダムに関係する様々な研究が、それぞれ最大のエポックメーキングであったろうと考えています。 嘉南大しゅうプロジェクトは、それを遙かに遡る1910年代に世界有数の大規模プロジェクトとして構想され、 1920年代に実施されたものです。それまで大規模なダムプロジェクトの経験の乏しい国で、しかも若い技術者が、欧米先進国の直接の援助なしに成功させたということは、真に驚異的で感動的です。まさに「昔の人は偉かった」というのが偽らざる感想でした。
 八田さんは、確か東大の広井先生の弟子で、当時の広井門下というと、非常に思想が高邁で、土木は世のため人のためという高い志を持った方々が大勢おられたようですね。

 台湾の土木学会でしてきた内容を一部ご紹介しましょう。
 烏山頭ダムは、高さ56m、長さ1273m、体積5,400千m3、当時世界有数の規模のフィルダムです。ダムの基礎は岩盤まで掘削し、ダムの中央部には粘土やシルトなど細粒の材料を配置し、外側に向って砂など次第に粗粒にし、一番外側を玉石や栗石で保護する設計としています。現代の目で見ても合理的な設計であると思われます。

 ダム中心には、底部巾1.5m、頂部幅0.9mの鉄筋コンクリートコアを設けています。比較的古いダムには、このようにコンクリート壁によって、基礎岩盤とダム底の境界付近を通る漏水の抑制を確実にしようとする例が数多く見受けられます。コンクリートコアの高さをどのようにして決めたのかは不明ですが、おそらく提体の変形への追随性や工事費を勘案して決めたのでしょう。



 烏山頭ダムは、セミハイドロリックフィル工法という施工方法で築造されました。当時は、アメリカなどでハイドロリックフィル工法によるダムがかなり数多く築造されていたようです。この工法は、大小粒径の混じり合った土砂を水流に乗せて流すと粒径の大きい物ほど早く沈殿し、細粒の物は遠くまで運ばれるという現象を応用した築造方法です。私は、恐らくゴールドラッシュの時代に、金鉱での選鉱方法にヒントを得て発達した技術ではないかと感じています。水締め工法と訳されていますが、個人的にはこの訳語には若干違和感を持っています。

 ハイドロリックフィル工法は、材料の採取場において強力な射水により土砂を崩壊させ、濁水に混入させて送水管により築造地点に運搬し、中央部に向かって放流して外側に粒径の大きな材料を沈積させ、中央部に粒径の小さい材料による不透水のコアを築造するものです。中央のコンクリートコアは、このような工法に伴う粘土コアの品質の不確実さを補う意味でも多用されたのだろうと想像しています。
 烏山頭ダムの場合は、材料の採取場がダムサイトから20kmと離れていたために、材料の運搬には貨車を使用し、築堤の外側部分に積み上げ、これに射水して水流の力によって築造するセミハイドロリックフィル工法を採用したものと思われます。

中野: 土砂を水で流していくだけで、うまくいくのですか?

吉越: 実際、これだけの大ダムが百年近く立派に機能しているのですから・・・。(笑)
 これだけの高さと体積のダムをハイドロリックフィルで造ったのは、この烏山頭ダムだけかと思います。
嘉南大しゅうプロジェクトの計画と設計に先立ち、八田さんは、アメリカの文献を広範に勉強し、その後実際に渡米して現地を視察、アメリカ土木学会の権威者と議論を戦わせるなど、徹底的な研究を重ねたようです。そして、単にアメリカの先行事例を真似するだけでなく、随所に八田さん独自の見解を加味して構想を纏められたものと思います。


 例えば、ハイドロリックフィル工法によるダムは、提体が密実になりにくく、含水比が高いため、地震や何らかの荷重増加に対して提体の安定にやや心配な面があるような気がします。そのためと思いますが、烏山頭ダムでは下流面の勾配を1:3とアメリカの実績に比べて格段に緩くし、提内の排水にも十二分な配慮をしているように見て取れます。

 工事中にアメリカのジャスチンさんという当時の最高権威者が台湾に招かれ、コンクリートコアの高さが足りないとか、幾つかコメントしたそうですが、八田さんは堂々と議論・反論して譲らなかったという話です。研究に研究を重ねた自信の程がよく伺える話だと思います。

【ダム計画から大型重機の買い付けまで】

中野: 土と岩が混じったものを運んできて、それを水で吹き飛ばすのですか?

吉越: 人工の土石流を作って押し流すというイメージではないでしょうか。
 先程申し上げたとおり、八田さんは1922年に当時のダム先進国アメリカに7ヶ月間出張しておりますが、そのとき同時に最新鋭の土木機械を買い集めてきたそうです。蒸気駆動の機械類の時代で、パワーショベル、蒸気機関車、射水用のポンプ等々、47機種、1,000トンを上回る買い付けをしたと言われています。大型重機械による施工の全面採用という面でも、正に画期的な工事でありました。八田さん個人の能力や執念はもちろんとしても、当時の日本政府か台湾総督府かは分かりませんが、関係者全部のこのプロジェクトにかける期待と意気込みがひしひしと伝わってくる話だと思います。


 その写真にあるのが、土砂を積んでいる貨車ですね。それで線路の上から貨車を傾けて土砂を落とし、強力なポンプで射水する訳です。烏山頭ダムの場合、堤体材料の採取地がダムサイトから遠く離れた場所だったので、まずはそこから線路を引いて蒸気機関車を持ち込んで…と、とんでもない大工事を行いました。80年以上前ですからね、現地の人は驚いたでしょうね。
この写真ではダムのいちばん真ん中にコンクリートコア壁を造っているのが写っています。


中野: 調査計画から設計、施工、機械の買い付けまでですか、すごいですね。そういう八田技師のダム造りについては、どのように評価されておられますか。

吉越: 今の時代、正直これだけの大工事は、一人の技術者ではできないでしょう。調査、設計、工事と一貫して長期間携わったというのもたいへんなことです。広井 勇さんの小樽築港の工事もそうですが、本当に昔の人はよくやったものだなと思います。
 長期間かかる大きなプロジェクトを手分けして、何代もの指揮官に引き継ぐという今のやり方は、色々なマニュアル・規制やシステムが整っているからできるので、進歩であることは確かでしょうが・・・。土木学会で最近議論された「誰がそれを造ったか」という観点は薄ぼんやりしてしまいます。

中野: 八田技師を描いたパッテンライというアニメ映画にも出てきますが、工事にかかる際に渡米して勉強してきたということですが、そういう方は他にもいたのでしょうか?

吉越: インクラインの田辺朔郎さんなんかもそうですね。彼らは現場でものすごく努力をした。彼もアメリカに行き水力発電を勉強して帰ってきた。それで発電もやるようになったとか。 今だと、こうした人たちと同じようにするのは難しいかも知れませんね。現代の若い人に彼らのマネをしろといっても、とてもできないでしょう。なすべきこと、マスターすべきことが昔より格段に複雑多岐になっておりますし、ひとつのことにずっと取り組んでいて、果たしてそれなりの処遇を受けられるのかどうか。難しい問題だと感じています。

 ただ一つ学ぶべきことは、技術者として課題解決にあたってすごく勉強したこと。それと是が非でも完成させるという強い意志を持つこと。当時としてはすさまじい大工事をよく続けたものだと思います。日本が台湾を統治していて、内地と同じレベルにしようとして懸命であったからこそ、出来たという感じもあります。
 何としても先進国に負けない立派な事業を完成させる、そのためにはどんな難関にも怯むことなく努力を惜しまない・・・。ひたすら頭が下がるのみです。

ずぼらで選んだ土木屋から…

中野: 次は、吉越さんご自身のことをお聞きします。大学、さらに大学院を出られてから就職されたのが電力会社というのは、何か理由があったのですか?

吉越: そもそも大学院に行ったのが何かの間違いだった。(笑)なんとなく最後まできちゃったというのが本当のところかも知れません。
 最初は、造船とか建築が良いかなと思ったこともありました。造船では、技術的に一番グレードの高いのは軍艦を造ることですが、日本には海軍がない。昭和40年頃ですからようやく十万トン級のタンカーが出来始めたかという時で、軍艦を造れないなら今一つかなと。次に建築ですが、実は私、相当に汗っかきなもので製図の最中にせっかく墨入れした図面のケント紙にポタリと汗が落ちてダメにするというのを何度もやり、汗でこんなに大変なのはいやだなと思った訳です。それで親父をみてみると、適当にやっていてもなんとかなりそうなのは、土木じゃないかと思って。(笑)いわば、ずぼらで土木に進んだ訳ですね。


 で、なぜ電力会社かというと、大学院卒というのがまだ珍しい時代でした。学校の先生になる口も今ほど狭き門ではありませんでしたし、お役所も、研究所なら公務員試験無しに入れてくれるという時代でしたが、何か必要に迫られないと勉強しない性格なので学者はダメじゃないかと思いました。いろいろ探して電力中央研究所に内定したところで、急にその年は採用ゼロになり、結局、採ってくれませんでした。来年なら採るかもしれないから、大学で1〜2年腰掛けしたらと薦められたのですが、改めて探したら、運良く東電が採ってくれるということでお世話になったのです。東電は、当時でいう基本給、これを5年前に入った人と同じにしてくれるというので、すぐお世話になって今に至ったということです。入社してからは、一つダムを造らせてもらったところでやめて研究に戻るという道も考えないでもなかったのですが、実際は、その後もそのままずるずると続いたというところです。

ダム、山のてっぺんに登る

中野: 東京電力に入られてから、すぐに難しいダム工事に携わったとか?

吉越: 難しいという意味が違うかも知れません。私が初めてダムに携わった頃は、佐久間ダムとか黒部ダム御母衣ダムのような、大河川の本流をせき止めて大出力の発電所を造るという時代は既に終わっていて、発電所の再開発の時代でした。高瀬川とか梓川とかが典型例ですが、既存の発電所をつぶして、揚水発電を組み合わせていくようになりました。


玉原ダム(撮影:kanayama)

 私が入った頃は高瀬川の現場が始まったばかりで、東洋一の規模を誇るダムだったので行きたかったのですが配属されず、玉原に行きました。ここは純揚水式といって下ダムから汲み上げる水だけで発電します。この純揚水式というのは、自然の流水はほとんど使わず、電力=落差×水量 ですから、落差が大きいほど水量が少なくて済むので、ダムも水路も小さくて済みます。何かと安上がりでメリットがありますので、まずは落差が欲しいので、必然的に上ダムは山の高いところへと登って行きます。東電でも、玉原以降の上ダムは、ほとんど山のてっぺんに近いところにあります。だからダムに水を集める面積が小さい。玉原ダムは集水面積が6q2です。今市の上ダムではわずか2q2しかありません。次にできた蛇尾川の上ダムも流域は小さい。
 こうした所は本流の峡谷と違い、ダムへの流入量が極端に少なく、池の周囲の山も薄く、地質もあまり良くないことが多いので、折角ポンプで揚水した水が周りの山に浸透して無駄になるのを防ぐことが普通のダムより大事になってくるとか、色々と固有の問題が有りまして、ダムだけを勉強していてもなかなかうまくいかないのです。そんな意味で難しい工事というのであって、ダムそのものは、他に比べて特別に難しいということはありません。(笑)

中野: でも山の高いところにダムを造るのはやはり難しいのでは?

吉越: 色々と貴重な経験をさせていただきました。
 山のてっぺんにダムを造ったということで貯水池の周辺の山から水が逃げる。これを防ぐために、玉原ダムでは、池の周りの地質の悪いところにダム本体基礎に数倍するグラウチングをしております。社外の権威の先生方のご指導を仰ぎながら、試行錯誤を重ねて勉強させていただき、工事を完成させて、「これでよし」という段階で気がついたら、調査設計時点から完成まで、本店〜現場〜本店と合計14年間玉原に付き合っておりました。年数だけは八田さんに近かったですね。もちろん、中身は月とすっぽんですが・・・。

 その次の今市では、玉原に懲りて、設計変更して池の底を塩化ビニルのシートで覆いました。この工事も仕上げ段階で3年間、現場の指揮をさせていただきました。

手ごわい地質に悪戦苦闘



中野: ご苦労されただけに、玉原ダムはそれだけ思い出深いという所ですか?

吉越: 玉原ダムは、会社に入ってすぐ設計担当になった現場ですから、思い出深いという意味ではそのとおりです。

 東電のダムの場合は、設計がまとまって発注段階になったら、現場事務所が始まって主力部隊が引っ越します。それで何時現場に転勤の辞令が出るかなと期待に胸を膨らませていた矢先に、第一次オイルショックで電力需要が激減し、資金難に陥り、開発がストップしました。
 私どもの施設計画というのは誠に変幻自在、10年程度先までの経済情勢等を見通して毎年計画を立てるのですが、電力需要が伸びないとなれば、やりかけの工事でも保安上などで必要なものを残して果断に中断しますし、需要の急増が見込まれれば急遽計画を前倒しして着工したりもします。担当している技術者の思い入れなど一顧だにされないようなところがあります。

 玉原の場合、4年間の着工延期となりましたが、途中で需要回復に伴い急遽今度は1年前倒しとなりました。結局3年間技術業務は開店休業で、その間文献等の勉強をたっぷり出来たので、良かったといえば良かったのですが、入社早々の新人には相当過酷な精神修養になりました。

 3年待ってようやく現場に行かせていただき、猛烈に忙しくはありましたが、私にとって初めてでしたので、大張り切りで色々体験させていただきました。大ベテランがパトロールに出る時は必ずついて行き、例えば、足場は揺すってみる、水抜き孔はつついてみるといった習慣が身に付いたのもこの時期です。また、施工の体制は2社五分五分のJVで、多分当時としてはまだ初体験に近く、我々サイドはもちろんですが、施工会社サイドもこのJVという仕組みに不慣れで、幾分ギクシャクしている感じでした。工事管理の総括と諸々の調整役をやらされている過程で、施工会社側の仕事の仕組みや考え方にかなり明るくなったような気がしております。

 難しいと言えば、玉原の地質です。悪戦苦闘の連続で最後まで手を焼きました。河床のコア敷き下流側の半分くらいに分布する強風化の粘土層の処理を手始めに、盛立ての途中では左岸の谷壁の岩盤が崩落したり、原石山の100万m3クラスの地滑りも経験しました。湛水を始めてからも池への注水・放水の水収支が合わないことに気づき、一旦、水位を下げて突貫工事で湖岸沿いのグラウトカーテンを補強し、なんとか予定の発電所の運転開始時期に間に合わせましたが、調べてみたら、設計で用いた池周辺の岩盤の透水係数が、実際には数百倍も大きかったことが分かり、肝を冷やすという経験もしました。湛水式で聞いた「百里の道は九十九里をもって半ばとする」という先輩の言葉を改めて噛みしめたものです。

中野: 現場で学ぶことは多いですね。今は、新規のダム現場がなくなり若手の経験不足を心配する声も聞かれますが、技術継承という面ではどうお考えでしょうか?

吉越: 群馬県に神流川発電所という現場があります。世界トップクラスの大きな揚水発電所でありますが、実は完成している発電機は6台のうち1台だけで、もう1台が据付工事中で、残りの4台の工事は、気の遠くなるほど先の話になりそうです。土木工事としては、ダムはすでに完成していて、2台分の地下空洞と水路トンネルが残っておりますが、電力需要の先行きから言って、いつ着工することになりますことやら・・・私はあの世から眺めることになりそうです。(笑) 山梨県にも4台のうち2台が待機している地点がありますし・・・。 ということで、技術継承という面では大変憂慮すべき事態に立ち至っております。

 建設の縮小、経験機会の減少、技術継承の困難化、という流れは、何も東電とかダムとかだけの話ではなくて、我が国の土木事業全般に共通する問題かも知れませんね。なんせ、とんでもない長寿命のものを造っている訳ですから・・・。定期的にオーバーホールがあったり、取替え工事があったりする電気屋さんや機械屋さんの世界はうらやましい限りです。よく国内ではもうダムがないから、海外へと言われますが、これは難しい側面がありそうです。技術伝承の為に海外工事というのでは、本末転倒みたいな気もしないではありません。
 私個人の感じとしては、遠い将来に必要となるかもしれない建設のためということであれば、技術継承、継承と目くじら立てる必要は無いのではないかと思っています。折角技術を培って来たのに、もったいないことではありますが。私どもの例で言いますと、梓川や高瀬川のプロジェクトは、それこそ大袈裟に言えば社運をかけた大事業でありましたが、当時の関係者にとっては初体験のことで、国内外、勉強に勉強を重ねて物にした訳で、将来の建設ということであれば、同じようなやり方でクリアできるような気がしています。世の中の必要に応じての建設技術であって、技術のために世の中を動かすわけではないでしょうから。

 いままで培った技術力をどう活用すれば良いかということですが、私は、建設よりもむしろ保守、維持管理のために活かすことかなと考えています。今後ダムといえども経年劣化や池の堆砂が進み、それが超大地震、大洪水等の天変地異に襲われた場合、勉強してから対応というようなのん気な体制ではとても間に合いません。最近の常識はずれの集中豪雨や直下大地震の経験から、必ずしも杞憂とは言い切れない気がします。
そのような目的意識をはっきりさせて、小人数でよいからしっかりした組織を確立し、技術を不断に磨いて不意の災害などに備えていただきたい、と社内の後輩たちにはお願いしているところです。また、ずっと後になってからでも役に立つよう、きちんとした記録だけは残しておいてくださいとお願いしております。


 ご案内のとおり、柏崎刈羽原子力発電所が地震で大被害を受けましたが、「ダム屋」も含めたオール土木の社内専門家が震災調査・設計と工事管理に当り、クリティカルパス上の復旧工事を見事になし遂げたと聞きました。若い人達も中々やるではないかと少々安堵しております。

電気を使う人が買い取る太陽光発電

中野: 今は太陽光や風力という自然エネルギーが脚光を浴びていますが、こういう点は、どうお考えでしょうか?

吉越: 現在、太陽光や風力発電に脚光があたっておりますが、これらはまだまだ原子力や大規模なLNG火力などに比べると経済性や使い勝手の面で問題が無いわけではありません。しかし、地球環境の保全という観点から、問題があればそれを克服して普及をはかって行こうというのが世界の趨勢となっています。各国政府も財政援助や義務付けなど様々な普及促進政策を進めており、我が国でも再生可能なエネルギーの普及拡大のため、太陽光の電気の買い取り制度とかRPS制度とか、急速に条件整備を行いつつあることは、新聞紙上等で再三報道されているとおりです。

 東京電力でも、八丈島に地熱発電所と小さい風力発電所を持っており、伊豆で少々規模の大きい風力発電所、神奈川県と山梨県で大規模な太陽光発電所、所謂メガソーラー、新潟・長野の県境で1,000kWの小水力を夫々計画しています。またユーラスエナジーという関連会社が世界規模で風力発電事業を展開しており、東京発電という子会社が水道、下水道、農業水路などの小さい落差を利用するマイクロ水力発電を行っています。
さらに、急速に普及が予想される一般からの太陽光電力の受け入れに備えて、スマートグリッドをはじめとする、配電関係の技術開発も進めています。私は専門外で詳しいことは分からないのですが、送電や配電の設備は元々高い電圧を段々に落として最終のお客様にお届けするシステムになっております。これにお客様からの太陽光の電気が逆流してきますと隣近所の電気が不安定になるなどの不都合が生ずるそうで、これを解決すための技術開発を進めているのだそうです。

 その他、太陽光からの電気の料金は多少高くなる訳ですが、これを全てのお客様にご負担いただくため、太陽光設備の有無で不公平になるのではという問題も有るようで、新聞紙上等で報道されているとおりです。
今後、太陽光発電が増えてきますと晴れた昼間にはドーと大量の電気が出てきて、夜になると急にゼロになる、というような不都合も予想されます。余ったときに電気を溜めておいて、必要な時に出だせると好都合ですので、安くて大容量の蓄電池の開発とか、自動車の電池の利用とか、色々なアイデアが出されつつあるようです。ひょっとすると揚水発電の再評価が・・・?なーんて我田引水がひどすぎますか?(笑)
将来は、発電所で作って家庭まで一方通行で電気を流す時代から、いろんな場所で電気を作っていろんな所を経由して流していくという時代になっていくかもしれません。

水力発電の魅力

中野: 水力発電についてはどうでしょうか?

吉越: 水力については、本流をせき止めてやるような大規模地点は殆ど枯渇に近いのではないでしょうか。あとは本当に小さい水力発電を寄せ集めるものになります。これをどの程度やれるかは、採算の問題がありますし、自然保護の観点からの反対もきつくなると予想されます。
水力発電の魅力の一つには、レスポンスの良さがあげられます。水力発電は熱機関を持っていないこともこれあり、ゼロからフル出力にするのにほんの数分。そこから半分に落とすのにも十数秒という即応性があります。バルブを開け締めするだけですから非常に小回りが利くということです。

 もう一つ、水力発電の良いところは、エネルギーの貯蔵ができるという点です。高いところへ水を汲み上げておくだけで、位置エネルギーとして蓄えられる。それも、安い深夜電力で揚げて昼間は水を落として高く売れる電気を作るという一晩だけの短時間の揚水発電から、ダムに雪解け水を溜めるというように季節という長い時間単位でも出来るということです。電力貯蔵については、電池の技術もすごく進歩していますが、やはり揚水発電を含めて水力に代わる大規模なものはなかなか難しいだろうと思います。

 さっきも触れましたが、今後、太陽光がどんどん増えて何千万kWという規模になってくると、例えば、お正月とか連休とか、工場がみんな休みで電気を使わない時、各家庭でどんどん発電して全体に電気が余っちゃう時に、揚水発電所のポンプを動かして水を汲み上げてエネルギーを溜めておくということになるかもしれません。いろんな組み合わせが広がることに期待がふくらみます。

中野: 水力発電はクリーンなエネルギーですが、ダム=無駄という悪いイメージがつけられてしまって、あまり注目されませんね。でも環境のためには役立ちそうなのですが。

吉越: 河川環境の維持・保全の観点から見てそんな風に言う人がいるかも知れませんが、私はそんなにダムが悪者だとは思っていません。むしろ、ご批判やご要望を糧にして技術開発や保全対策を進めるべきでしょう。堆砂対策とか、貯留と放流のソフトとか、魚道とか、環境緑化とか、ダム屋の活躍の場が広がると考えています。

 例えば、現地に行って見てもらえばわかりますが、玉原ダムの周辺、土捨て場や土取り場などは全部自然林に戻っています。そこに地元の方々も参加してスキー場とか、自然観察の散策路とか、サイクリング道路などを整備して相当健康的なリゾートとなっています。自分が現場で緑化工事などをしていた時は、これほどまでに復元するとは予想もしていませんでした。自然の力はすごいですね。ただ、湖岸が、水位が下がった時に土がむき出しになるような景観だけは良くないですね。後進よ、色々研究してくれ、というところでしょうか。また、ダム本体のリップラップがそのままで構造美として評価されるのか、表面に土を入れて緑化する方が良いのか、ダム安定の力学も含めて将来の検討課題でしょう。

 堆砂、濁水なども国交省が熱心に研究し、大ダム会議でも最近はそういうテーマでの研究発表が多くなっています。今はダムが悪く言われますが、将来も必要なものは必要なので、大いに対話して・・、とにかく、どちらの側からにせよ一方通行はよくないと思っています。

電力の組み合わせ方は、ますます工夫が必要

中野: これからは火力、水力、原子力、それに新しい太陽光など組み合わせて、どうバランスをとっていくのが良いのでしょうか?

吉越: 電源としては、今のところまだ水力、火力、原子力が大部分を占めていて、新エネルギーはネグリジブルスモールです。東京電力の例では、発電所の出力(kW)で見ますと、水力14%、火力59%、原子力27%となっております。発電されたエネルギーの大きさは発電電力量(kWh)で表しますが、これで見ますと、おおよそ水力5%、火力55%、原子力40%程度の比率になります。ただし、昨年、一昨年は柏崎刈羽原子力が震災のため止っていましたので、原子力は25%にとどまり、その分火力が70%に増えています。

 電源の構成は、全体としての経済性や需要の変動への追従性、エネルギー資源確保のセキュリティーなどを考えて、最適な組合せ、ベストミックス、になるように計画をたてて電源開発を行います。例えば、原子力発電所は、初期投資は膨大ですが、核燃料を一度セットすれば長期間取替えが不要で、燃料費は大変安上がりとなりますので、四六時中コンスタントに運転するのが効率的な発電所です。一方、大出力の揚水発電所は、出力当たりの建設費は安上がりで、需要への追随性も抜群ですが、揚水と発電の間に約3割のロスが生じますので、燃料費は割高となります。このため、電力需要が極端に大きい時に短時間パワフルな発電をするのに適した発電所ということになります。その他、火力発電所も、石炭、石油、天然ガスなど燃料の種類に応じて、夫々特徴を持っています。様々な特徴を持った発電所を組み合わせて最適な構成を考えて行く訳です。

 ついでに申し上げておきますと、核燃料は長期間使い続けられますので、セキュリティの観点からは準国産エネルギーと位置づけて差し支えないと思います。さらに、使用済み燃料を再処理してプルトニウムが利用できれば、これはもう本当の国産エネルギーということになるでしょう。また、最新の天然ガス発電所は、60%を上回る熱効率を達成しており、燃料の節約ばかりでなく、CO2排出量削減にも大きな貢献をしております。

 今後、風力とか太陽光とか、風まかせ天気まかせの不安定な電源が増えてきた場合に、どのようにしてベストミックスを構築してゆくのか、電力貯蔵設備の役割が格段に重要になって来るのではないでしょうか。


中野: 電力需要というのは、今はだいたい横ばいですか、それとも上がっていますか?

吉越: 今のところ年率1%前後では伸びるだろうと予測しています。ただ、エネルギー需要はそれだけ伸びるかどうかよくわからない。電化率は相変わらず伸び続けるとは思いますが・・・。現実には今は景気が悪いし、だから来年度の施設計画では、マイナスとか伸び率ゼロの答えが出てくるかも知れませんね。


中野: 今後、電気自動車が普及したら、電気を使うようになるのでしょうか。家庭で充電するといいますが。

吉越: 電気自動車が爆発的に普及すれば、充電に使う分だけ量的にも増えると思いますし、夜間の充電が多くなれば、現在の昼夜間バランスにも影響が出てくるかもしれませんね。電気自動車がエネルギー貯蔵所の役割を担って、原子力、太陽光、風力などを有効活用してエネルギー自給率が向上する・・・というようなことになればうまい話なのですが、どうでしょうか。

原子力は、国産エネルギー

中野: 原子力は一度燃料を入れると長期間持つというのですが、ウランは外国から買う訳ですよね。その値段は安定しているのですか?

吉越: 当然需要と供給に応じて値段は上がり下がりしていると思います。現在、中国、インドをはじめ先進国、発展途上国を問わず、CO2対策の切り札としても原子力への期待が盛り上がっておりますから、きっと値段は上がってくると思います。我が国でもようやくプルトニウムを混合した燃料を軽水炉で燃やす、所謂プルサーマルへの道が開かれました。プルトニウムの利用がさらに進めば、ウランの動向に極端に神経を使わなくてすむようになりそうな気がします。

性質の違うものを混ぜて語ると、議論が噛みあわない

中野: ところで電力から離れた話題ですが、ダムに頼らない治水という考え方については、どう思われますか?

吉越: 治水については、新聞雑誌情報の感想として、地域の方や知事さん、学者、新聞記者、事業者等々夫々のお立場から一方通行の主張が交わされるだけで、議論が噛みあっていないように感じております。自然相手の話なので、多分河川毎に、同じ河川沿いでも場所ごとに夫々色々な事情があるはずですが、それらの利害得失を総合的に議論して折り合いをつけていくというような雰囲気は感じられないように思います。不勉強故の私の誤解もあるかもしれませんが。

 確かにミシシッピ川とかライン川とか大平原を流れる大河川でしたら、水源地の山の中で細工をしてもあまり効果的でなくて、ダムに頼らずに下流で浚渫して深くしたり、川幅を広げたり、堤防を作ったりということになるのでしょうが、山岳地の雨が一気にドンと出てくる日本の河川の場合でしたら、多少なりとも水源地で対策するほうが効果的な気がしてなりません。

 何れにせよ、川を見たらエネルギー源にしか見えない人と魚の住処にしか見えない人とがいくら主張を交わしても無駄のようにも思います。しかるべき専門の方々の冷静で論理的、大所高所に立ったご判断を仰ぎたいものです。

中野: 欧米とでは、川の長さも地形もまったく違いますからね。

吉越: 日本の河川は本当に急峻で、流域面積が小さくて。そこに台風でドーンと雨が降って一気に流れる。下流で対策するならそれこそ輪中みたいなものじゃないとうまくないでしょう。実際、ダムのなかった江戸時代は輪中とか、霞堤とか、遊水池を作ってわざと溢れさせて、こっち側はダメだけど大事な岸の側だけは守るという、それはそれで優れた方法だったと誰かから聞いた記憶があります。しかし今、それをやれと言われても、江戸時代より人口が4倍くらいに増えているわけで、あらゆる河川のそばの平な土地にはほとんど人が住んでいて、今住んでいなくても将来住むかもしれないし、一体どこでやれるのか?どうもよく分かりません。

 ダム問題は、メリットとデメリットをきちんと秤にかけて議論する必要がありますが、実際には中々難しいようですね。私の周辺の問題では、原子力のケースと似ているような面もありそうな気がします。柏崎の震災のとき、色々好ましくない出来事もありましたが、肝心要の絶対守らなければならない設備では安全装置がきちんと働いて、「止める、閉じ込める、冷やす」ことが出来ました。私は、これについても門外漢ですが、直後に、きちんと止められたりした技術の高さを評価する記事を書いたのが、フランスの新聞一紙だったと聞いて、ブラックユーモアとしか感じなかったのを覚えております。とは言っても、丁寧に噛砕いて説明していくという地道な努力は必要だと思いますし、反省すべきは反省し、変えるべきは勇敢に変えることが大切だと思います。メリットとデメリットを秤にかけつつ、研究開発を進めてデメリット部分を消していくという努力を技術者としては続けるしかないと、そう思っています。


中野: 水力発電には、まだまだ可能性があるということを改めて知ることができました。
本日は貴重なお話しをありがとうございました。



(参考)吉越 洋 さん プロフィール

よしこし ひろし
東京電力株式会社顧問、日本大ダム会議会長

昭和18年5月1日生

昭和42年 3月 東京大学工学部土木工学科卒業
昭和47年 3月 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(土木工学専門課程)
(研究テーマ:ロックフィルのような粗粒材料の力学)
昭和47年 4月 東京電力株式会社入社
  51年 9月  同社 本店建設部土木課主任
(高瀬川地点研究等 玉原地点、今市地点 調査・設計)
  52年 5月  同社 利根水力総建設所第一建設所第一土木課副長
(玉原ダム工事)
  54年 7月  同社 利根水力建設所第一建設所第一土木課長
  58年 6月  同社 本店建設部土木課課長(水力設計推進担当)
(玉原地点、今市地点担当 蛇尾川地点 調査・設計)
  61年 7月  同社 本店建設部土木課長
平成 1年 7月  同社 今市水力総建設所次長兼第一建設所次長
   4年 7月  同社 本店建設部副部長
   7年 6月  同社 葛野川水力建設所長
  10年 6月  同社 本店建設部長
  13年 6月  同社 取締役 本店建設部長
  15年 6月  同社 フェロー
  20年 6月  同社 顧問

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(平成22年3月作成)
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