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ダムインタビュー(35)
谷 茂さんに聞く
「これからは少しゆっくりと環境に負荷を与えないかたちで
ダムを造る方法もあるのではないか」
谷 茂(たに しげる)さんは、農業用ダムやため池などの灌漑施設の構築をご専門とされるエンジニア。現在、NTCインターナショナル技術顧問のほか独立行政法人 農業・食品技術総合研究機構のフェローでいらっしゃいます。
3月11日の東日本大震災で福島県須賀川市の藤沼ダムが決壊し、大きな被害が生じましたが、現地に行かれ被災状況を見られたということです。藤沼ダムは完成後60年ほど経過した農業用の
アースダム
で、破堤による土石流で8人の死者・行方不明者が出ています。
今回のインタビューでは、谷さんにこうした地震被害のこと、そして日本人と稲作に欠かせなかった、ため池文化のことなどについてお話を伺うことにしました。
(インタビュー・編集・文:中野、写真:廣池)
東日本大震災でダムが決壊
中野:
藤沼ダムは、福島県の内陸部、須賀川市にあり、堤体は高さ17.5メートル、堤長はおよそ130メートル、貯水容量はおよそ150万トン。農業用の
アースダム
として1949年に完成したとされる古いダムですが、3月11日の震災で破堤してしまいました。現地をご覧になってどんな状況でしたか?
谷:
今回の震災は、いかに想定を超える大地震であったとしても、ダム本体が破堤し人的被害が発生したことについては、ダムにかかわる技術者として、今一度しっかりと肝に銘じるべきことだと考えています。被災原因については、私も現地調査に行きましたが、ほとんどの堤体材料が流れ出していて、現地を見ただけで原因をすぐに推察できるような状況ではありませんでした。今後も引き続き県の担当部局が調査していると聞いておりますので、そこで客観的な被災原因が明らかになると考えております。
中野:
古いダムを改修せずに使ってきたからでしょうか?
谷:
古いアースダムのすべてが耐震性が低い、地震に弱いということはありませんが、耐震基準など現在の設計基準に基づかない経験的技術で築造されていますので、
堤高
、貯水量が大きく、大きな地震動が想定され、万が一の場合に下流の被害が想定されるダムについては、耐震性の観点から安全性の検討が必要だと思います。過去のダムの被災事例からすると、被災ダムには何らかの弱点がある場合が多いので、そういった観点から概要調査を行い、対象を絞り込んだうえで詳細な耐震性の検討を行っていくことがよいと思います。
老朽化ダムで論文賞を受賞
中野:
谷さんは、「地震リスクを考慮した老朽化
フィルダム
の耐震補強対策とLCC評価について」という論文で
ダム工学会
の論文賞を受けておられます。まさに今回は古い
アースダム
が地震で破堤し大きな被害をもたらしてしまいました。これについてはどうお考えでしょうか?
谷:
もともとこの論文は、地震というものは確率的に起こるという考え方で、そのうえでLCC(ライフサイクルコスト)とは、ダムの寿命を考えての想定期間においてどのくらいの補修をかけたらコストパフォーマンスがいいかという考え方についてまとめたものです。
この論文を書いた時は、東日本大震災の前で、'想定期間と想定地震'というものを前提にしていましたので、現時点では、この'想定期間と想定地震'という考え方が重要な構造物にとって適切かどうかの議論はあるかと思います。
今回の地震は1,000年に一度の規模とか言われていますが、その規模の巨大地震が現実に発生したわけで、東北のダム・ため池に関しては、過去の地震に比べて今回の地震の被害が極端に大きかったとは言えないと思います。河川堤防、道路では過去に比べ甚大な被害が発生したとされていますので、その違いについては今後の調査で明らかにされると思います。
過去の地震では400〜500gal 程度で、ダムによる加速度増幅が見られない、むしろ岩手・宮城内陸地震では1,000galを超える地震動がダム基礎に入力されましたが、
天端
での応答加速度は入力地震動以下になっていました。土というものは柔らかいものでして、大きな力がかかると変形しますので、ある程度の大きさ、経験的には500gal程度を超えると、堤体では加速度は増幅しないという現象が観測されています。極端なことを言えば地震の振動を吸収する。つまり、ダム自体が一種の'免震構造'になっていると言えるのです。実際に大きな地震が来た時には、ストレートにその地震動がダムにかかるかといえば、そうとばかりもいえない。現在の耐震設計における地震動の想定はダムにとっては、結果的には適切な値が想定されていると考えています。
今回の地震動においてもそんなに違いはないと思います。実際には、上記の論文におけるリスクの考え方は結果的にはダムの耐震設計では合理的ではないかと考えています。
地震動で何が起こった?
中野:
現地を見てわかった問題点は何でしょうか?先日、竹林先生にダムと堤防について伺った中で、堤防が破堤するには3通りあるということでした。
越流
(オーバートッピング)、浸食(エロ−ジョン)、漏水(パイピング)です。今回はどういうことが起こったと考えられますか?
谷:
堤体材料が全部流されてなくなっていますので何とも言えませんが、何らかの原因で
天端
に大きな沈下が生じ、竹林先生がおっしゃるように貯水が越流(オーバートッピング)し、決壊に至ったと考えるのが合理的だと思います。漏水(パイピング)については、その可能性はあるかも知れませんが、今の時点ではなんとも言えないと思います。実際にどういう原因で破堤したのかについては、やはり調査を待たざるを得ないと思います。起きた現象としては、堤体のすべりが生じ結果として天端沈下とオーバートッピング、決壊が生じたと考えるのが合理的だと考えています。
中野:
老朽化した
フィルダム
については、まずは調査が必要だと思いますが、今後の対策についてはどうでしょうか?次に、補修を含む維持管理体制の見直しと、大規模な改修工事ということが考えられると思いますが、どのような体系で考えるべきでしょうか。
谷:
まず、老朽化したダム、ため池についてはその母集団がどのくらいあるかについて早急に把握することが必要だと思います。ですが、いわゆる『ため池』といわれるものは、全国に10万か所以上あるとされています。その多くが江戸時代に造られたものだということで、どのくらい古いものが老朽化にあたるかという定義することから難しいのです。少なくとも100年以上たっているため池が非常に多いというのが現実です。改修するとなると、その数が問題になってきます。予算的なこともあるのですが年間200〜300というのが限界だろうと思います。例え老朽化と判断されても一斉に全部なおすというのは非常に難しいということです。調べた後に改修する順番を決めていくことが重要なのですが、その順番をどうするかというのも重要な課題です。
10万以上のため池をどう調査するか
中野:
我が国には、そんなにたくさんの古いため池があるのですか。
それらは地震に対してかなり危ないというものになりますか?
谷:
これまでに被災したダムには何らかの弱点がある場合が多いので、そういった観点から危なそうなものを絞り込んで詳細な耐震性の検討を行っていくのが現実的な方策だと思っております。数が多いので、現実的なことを言えば、万が一の時に下流に及ぼす被害が大きいもの、人的な被害が想定されるもの、老朽化したものを、重点的に整備することだろうと思います。そのためには、下流への被害を把握するために、'氾濫解析'のような方法で水が流れた時の影響を客観的に評価する方法によって二次的な災害を防ぐというようなことから改修すべき所を絞り込んでいくことも重要なことだと思います。
中野:
満濃池などは
フィルダム
のさきがけとも言われていますが、ここも何度か改修の歴史があるようですが、やはり地震で壊れたりしたのでしょうか。
谷:
古文書にはよれば正確なこところはわかりませんが、安政南海地震(1854)の時に大きな被害を受けた記録があります。大阪の狭山池については古い時代の地震の跡、液状化の痕跡が堤体のなかに明瞭に現れていることが報告されています。狭山池は平成の大改修工事の時、堤体をスライスして断面をきれいに取りました。その断面に液状化の跡が明瞭に見えたということです。狭山池については、時代を遡っていくと、5、6回は改修されているということが判りました。
狭山池の堤体断面
お話の出た満濃池については、空海(弘法大師)が造ったとされ、それからずっと使われてきたのですが江戸時代、明治、大正、昭和に至るまで何度も破堤してきたことが記録されています。そのたびに改修を重ね、今でも使われています。このような大きなため池は、築造と破堤と補修という、そういう歴史の繰り返しになっているのです。
アースダムとため池
中野:
話があと先になってしまうかも知れませんが、ダムとため池の違いについて伺います。ダムというと、どうしてもV字型の渓谷に
コンクリート
で堤体を構築したものというイメージがあります。土盛りの堤防で水を堰き止めている
アースダム
はそういうイメージからは離れていると思います。
谷:
ダムとかため池とか、アースダムとか、
フィルダム
とか、いろんな呼び方をされているので、少し整理してみますと、ダムというものの中で、大ダムというものは
堤高
が15m以上あるもので、世界大ダム会議で登録されています。では、小ダムというのは何かというと、この定義は逆にないので、堤高が15m以下のものがそれになります。
ため池というのはどういうものかというと、目的としては、農業用で比較的古くに造られたもので、土だけで造られているものをいいます。ダムとため池の境界線が不明瞭なんですが、ため池の場合は堤高が10m以下くらいというイメージですね。堤高が15m以上ある大きなものは大ダムの中に入れられているので、その辺りは境界がはっきりしていませんね。重要なことは、そのダムが1945以降の近代的な設計基準に基づいて築造されているかどうかということです。
中野:
アースダムの特長と、特性、について教えてください。
谷:
フィルダムのなかにアースダム、
ロックフィルダム
というものがありますが、アースダムがいわばダムの原点です。地産地消のような考え方で、ダムの堤体に使う材料が現場近くからしか出てこないものです。改修してみるとよくわかるのですが、高さによって土の性質が随分違う。材料を選ばないので、中身をみると非常に不均一です。堤体土がほぼ遮水性材料で、近くの土を使うのが特徴です。アースダムは同じような材料で造られていて、全体で水を止めているという構造になっているわけです。
近代的なロックフィルダムでは、センター
コア
という真ん中に水を止める
コア材
、周りにロック材があって、明瞭にゾーニングされているので、そういう違いがあります。
お坊さんによるため池築造
中野:
ため池は、日本人がもっとも古くから利用してきた水利用の形だと思います。その起源、構築法を伺いたいと思います。
谷:
我が国のため池については、お坊さんが造ってきたものが多いです。狭山池は、行基、満濃池は空海(後に弘法大師と呼ばれます)が造っています。
なぜお坊さんがこういうものを造ってきたかというと、当時、国を治める基本は農業の安定だったわけで、それは食料の安定確保になり、人心安定につながるということです。当時、遣唐使として、大陸に渡って土木技術を学んできたのがお坊さんたちだったのです。彼らが帰国後、土木技師としても活躍したのです。他に、橋を架けたり、港を整備したり、今の土木技術者がやることを全部やっていたようなところがあります。お坊さんだった人が全国を歩いて仏教を広めつつ、その土地の役に立つようにため池を整備してあげたのが、
ダムの歴史
の始まりだといわれる訳です。
満濃池
満濃池
その後、我が国の人口増加が始まるので、水田農業はたくさん水を使うので灌漑することが必要になり水需要がどんどん増えてきたのですが、大きなため池を築造する技術がなかったので大規模にするというより、近所の農家10戸分くらいの田んぼで使えるように、小さなため池を造って使うというようなことをやってきた。結果的に全国で10万以上のため池が造られてきた経緯があります。多くは戦前までに造られたもので、だいたいは農民、土木の素人が造ったものです。昭和30年代頃まで造られたようですが、その後は
ロックフィルダム
や
コンクリートダム
に代わってきました。
稲作に欠かせないため池
中野:
日本は稲作中心だったので、ため池文化が発展したということでしょうか?
谷:
まさに日本の農業はお米、とくに水田農業が中心だったので旱魃に備えて安定的に水を供給するという意味でため池が有効だったのでしょう。
中野:
資料を拝見すると、地域的には西日本が多いように、とくに兵庫県が多いそうですがどうですか?
谷:
兵庫県には5万ヶ所以上のため池があると言われます。淡路島には1万はあると言われています。この地方は年間降雨量をみると例えば東京と変わらないのですが、時期的な偏りが大きい。梅雨時や台風シーズンによく降る以外には雨が少ない。水が必要な時に雨が降らないので、調整用にため池がいっぱい造られてきたようです。降った時に溜めないとすべて流れて行ってしまうからです。
中野:
ため池の造り方というのは、どのようなものですか?
谷:
だいたい農民が寄り集まって造るもので、共同利用するというものです。いまで言う水利組合のようなものと思って良いです。組合と言っても何百人もというのではなく、せいぜい10戸くらいで、ごく小さな集団で造って自分たちで管理するということで、未だに水守というか、水を出し入れするような役割の方がおられます。近代的な設備になってくれば数百人の組合員が居て、その中で管理人をおいてというやり方になりますが、昔は隣近所の少ない集団でやってきたようです。
中野:
ため池で問題になっていることはありますか?
谷:
農業全般に言えることですが、高齢化してきたので後継者がいない、管理がうまくいかないのが問題です。まったく管理されていない「放置ため池」というのが出てきています。自然に水が溜まってしまうので、放置が続けば非常に危険なこともあります。例えば市町村で買い取ってそこを埋めて公園化する、廃棄する、処理をしないといけないようになっています。とくに防災上の問題が生じることもあるので問題視しています。
中野:
ため池の問題は管理なのですね。そのためにはデータベース化を?
谷:
私たちもこの問題についてはいろいろ各地域の人と協力してやってきて、今から15、6年前からデータベース化をすすめてきました。とくに阪神淡路大震災を契機に、紙ベースの情報をコンピュータ化して、10万か所のため池をデータベースにすることをやり続けてきました。
中野:
放置ため池は地震の時には心配ですね。
谷:
例え放置されていたとしても水が溜まっていなければそう心配じゃないので、放置されているものを的確に把握していき、水を溜めないことを第一に考えています。小さいものまで入れると本当に放置されているのかさえ全容を把握するのが難しいですね。
ため池は身近な自然
中野:
生態系などについては、どうでしょうか?
谷:
古いものが多いので、むしろ自然環境の一つとして見られています。ダムと同じく元々は人工的に造られたものですが、長年たつと自然のものになり、ため池周辺にはトンボなどの生物が多く集まり、自然のものとして受け入れられています。人に管理されないままになると問題が生じるということですね。
中野:
ため池とダムを考えると、同じように必要とされて造られたものなのに、一方は地元の人が力を合わせて造る、もう一つは反対運動が起こったりすることがある。この違いというのはなぜでしょうか?
谷:
ため池は受益者とダムが近接しており、コンパクトに出来ていることが一つの理由ではないでしょうか。ただの池なので、造って百年もたつと自然のものになってしまいます。さっき言いましたがトンボをはじめ多種多様な生物の棲家として、生物多様性を育む場になっていきます。そこまで環境に溶け込んでいくことができます。
ダムの場合は、同じように人間が造っているものですが、はるかに規模が大きい。たくさん水を溜めて安く供給したいという効率化の問題があります。つまり広域化、効率化、大規模化です。
これは干拓事業でも同じですが、もともとは江戸時代から営々と行われてきたことで、ゆっくり造ってきたといえます。それで自然環境にあまり負荷を与えないでやってこれた。しかし、戦後、ダムを造った頃は効率化が求められ、大規模で短時間の工事が必要だった。結果的に環境問題に対する配慮が十分でなかった。
逆に言えばこれからは少しゆっくりと環境に負荷を与えないかたちで、地域密着型の比較的小さいダムを造ってやる方法もあるのではないかと思います。そうすると環境に影響が少ない、良いものが出来るということになると思います。
時間をかけて開発するメリット
中野:
急速に開発をすすめるといろんなひずみが出てくるのですね。
谷:
ダムとため池の違いは、圧倒的に大きさが違うということです。たくさんの水を溜めるのがダム。ため池はごく小さなものです。それと、ため池は河川外に水を溜めます。川筋の外側に溜める河川外貯留という形式です。もちろん流域も狭いです。ため池を分類すると、山池の沢水を集める「山池」と、もう一つ、これは主に兵庫県に多いのですが、平野部に作られる「皿池」があります。これらは非常に規模が小さいです。溜めた水はその周辺でしか使われません。ダムの水源は一級、
二級河川
で、多くは上流域で山岳地帯に築造されるものという違いがあります。流域が広くたくさん溜めます。ダムは環境にもインパクトが大きいのです。
中野:
ため池に溜められた水は、一度水田で使われた後に、また川に戻されて流さていくと聞いておりますが、どういうふうになっているのでしょうか?また水利用の運用についてはどういうやり方なのでしょうか?
谷:
農業用水は多くの水を消費すると言われますが、下流地域での水涵養がなされています。水の流れは複雑ですが、川に戻っていく水、地下水の涵養になるものなどあります。こうしたものの定量的な評価も試みられています。水田では一時的に雨水を貯留しますので、これが洪水調整の一助にもなっています。水利用の形式は、寄り合いが基本で、
水利権
という言葉がありますが、これは慣習法というか明文化されたものでないものが多いのですが、そこで決まっているのは、使う水の量と順番です。どれくらいの量をどこの人がどの順番で使うかというのを決めています。ため池には、底樋といって池の底に水をとる施設があるのですが、西日本のほうにいくと中樋といって堤の真ん中くらいに穴が開いていてそこから取ることもあります。さらに複数の水を取る施設があって、明確に順番を決めているといわれます。
みんなで水を使う知恵
中野:
水をみんなが使うためにはいろんな工夫もあったのですね。円筒分水などもその一つと思いますが、そうした工夫というのは他にありますか?
谷:
昔からの言い伝えで「水を取るのは、ろうそく一本が消えるまで」という言葉があります。今のようにどのくらい流れたか測れなかったので、そういうふうに時間で決めていたようですね。こうした例は古文書にもいろいろ出ています。だいたいのため池には水番がいて、誰かが水をネコババしないように見張るとか。 「我田引水」というのはまさにそういう水争いのことを戒めて言っているのです。水争いは、そう古い時代の話でなく、戦後のダムにとって変わる時代まで続いていたのです。
岩手県の北上川水系の滝名川にある山王海ダムという、
フィルダム
の草分け的な存在のダムがあるのですが、この地域は、水田面積に比べ水源の
流域面積
が小さく、昔から深刻な水不足に悩まされてきました。地域では度々水争いが起こり、それは「志和の水けんか」と言われ、記録に残っているだけでも36回。明治、大正時代になっても死者を出すほどの大騒動が起こっていました。それで、ダムが出来た時に堤体に「平安・山王海・1952」という文字が植林されたのですが、当時の県知事がもう永遠に水争いがなくなるようにという願いを込めて平安の文字を植林したといわれています。それだけ水が原因でこの地域に平安はなかった。そういう悲しい歴史がこの地域にあったのです。
中野:
もともとため池文化があったところにダムという大規模な灌漑施設が造られて、水争いがなくなったというのがよくわかるエピソードですね。
谷:
ため池は、もともと雨の少ないところに造るものだし、降った雨を上手に使うための知恵ですね。ダム100選と同じように、ため池100選というのもあります。また「ため池フォーラム」というイベントが年に一回、ため池の多い県で持ち回りで開催されています。
人力時代はため池、機械化してダムに
中野:
なるほど、ため池の話を伺うと、ダムの基本というのがそこからきているのがわかってすごく面白いですね。
谷:
効率化というのが近代社会では求められ、コストが安くてたくさん水が集められるというのが、いろんなひずみを生んだのでしょう。いまはもっと’非効率’というか、ゆっくりとダム開発も考えるという時代になってきているのでしょう。農業の基本はやはり水ですし、温暖化による雨の偏在化への対応も急がなければ成りません。そういうことに関連してダムのことをより深く理解していただくというのも一つの方法でしょう。
これからのため池を考える
中野:
ため池の絡んだイベントというか、地域でのそういった取り組みというのはありますか?
谷:
最近の例では、兵庫県の「ため池フォーラムinたかさご」〜ため池を活かし、どう守っていくか、ということをテーマにフォーラムが開催されました。「ため池文化」が豊かに息づく東播磨地域では、先人の"遺産"でもある身近な水辺空間を、魅力ある地域づくりに生かそうということです。その他には『いなみ野ため池ミュージアム』という施設の計画も進められているようです。答えは一つだけではありませんので、地域にマッチした、ため池活用をこれからも模索していくことが重要だと思います。
ダムの将来について
中野:
一方、ダムについてはどうでしょうか?新規のダム計画が少なくなっています。既存ダムを永く使わないといけないと言う声もよく耳にします。
谷:
たしかに新規に大規模というのはないでしょう。しかし、地域のダムというか、比較的小規模なものというのはどうでしょうか。可能性がないとは言えないのではないかと思います。あくまで水需要であったり、防災であったりコストパフォーマンスがある場合ですが。それと、既存ダムについてはダム湖は断面がだいたい三角形なので、本体を少し
嵩上げ
する
再開発
だけでも、より多くの水を溜めることが出来ますから、そういうやり方で温暖化に備える、あるいは
水力発電
の補助にするようなことがあります。多様な選択肢という中で考えていくべきことがあると思います。
渇水
、大雨による洪水、電力不足を補う水力発電、
揚水発電
など、'事'が起きて初めてダムの重要性が認識されるわけですが、'ダムはすべて悪しきもの'という考えではなく、ダム建設のデメリット、弊害を排除しながら、将来に備えるということが、これからの時代に極めて重要だと思います。
農業を支える大型ダム
中野:
農業に特定した農水省が管轄する大規模ダムというのがあるようですが、代表例はどこですか?
谷:
農水省所管の貯水量の大きいダムとしては、愛知県の牧尾ダムがあります。これは
ロックフィルダム
で、知多半島に農業用水を送る愛知用水の水源になっています。このダムは、農業用の経済効果が非常に大きくて、完成したときには非常にインパクトがありました。
中野:
なるほど、大きな川筋のない知多半島にたくさんの水を持っていくというのは、用水を通す以外に方法はありませんでしたから大きな経済効果がありましたね。農業用の大型ダムなどについても、耐震補強とか
嵩上げ
補修とか、震災後そういうことはあるのでしょうか?
谷:
今回の震災を受けてというのではありませんが、耐震性の向上という面ではいろいろ対策が考えられています。滋賀県の大原ダムというのは、
堤高
が27mくらいある
アースダム
ですが、ここは大規模地震を想定して耐震補強をしています。当然、改修材料(築堤材)に強いものを使って大きな地震動に耐えられるものにしています。そのほかにも何件か進められています。大きさとしては、高さが15〜30mくらいのものです。とくに今回の震災を受けて、被害が想定されるものについては耐震補強に取り組んでいくものも多いと予想されます。
嵩上げ対策というのは、地震で揺れて貯水が波打って
天端
からオーバーフローする可能性があるので、高さをあげて余裕を持たせておくという考えです。それとは別に、貯水容量を上げるために、高さをあげる例もあります。こうしたことは、以前からやってきましたがやはり予算の制約がある中でやっています。ただ、こういう予算が仕分けられてしまうと本末転倒になってしまうので、そうならないようにしなければいけませんが。(笑)
千年後にも豊かな水があるように
中野:
千年以上も前から、日本の農業を支えてきた『ため池』と、その技術が、今もダムの考え方につながっているとすれば、これからも大事にしていって欲しいものですね。地震などに備えて改修が必要なダムもありますので、そういうダムに予算がまわるようにしてあげないと。
谷:
古いため池も現代に役立っています。満濃池なんかは非常によく考えられて作られていると思います。まず、貯水効率が良い。堤体には、水がよく止まるような材料が使われています。千年も昔に遡るように、機械力のまったくない時代から人間の知恵を使って、築造してきたため池には、水利用の方法も含めていろんなものが詰まっています。そういうことで永くもっているため池や
アースダム
には学ぶところが多いです。今後もぜひ大事にしていきたいものです。
中野:
日本人とお米の結びつきを支えてきた古くからのため池文化について、本日は、貴重なお話をありがとうございました。
(参考)谷茂さん プロフィール
谷 茂 (たに しげる)
昭和24(1949)年11月26日生
NTCインターナッショナル技術顧問
(独)農業・食品産業技術総合研究機構フェロー
農学博士、技術士(農業・農業土木)
(職 歴)
昭和51年3 月 東京農工大学大学院農学研究科修士課程 修了
昭和51年4月 農林省入省
平成 3年4月 北海道開発局開発土木研究所農業開発部
平成6年4月 農林水産省農業土木試験場造構部
平成19年4月 (独)農研機構農村工学研究所施設資源部部長
平成22年5月 (独)農業・食品産業技術総合研究機構フェロー
平成22年9月 NTCインターナッショナル株式会社 入社 現在に至る
[関連ダム]
満濃池(再)
狭山池ダム(再)
山王海ダム(元)
山王海ダム(再)
(2011年9月作成)
ご意見、ご感想、情報提供などがございましたら、 までお願いします。
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ダムインタビュー(47)島谷幸宏先生に聞く「設計をする時に環境設計と治水設計を一体的にすることが一番重要なのです」
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ダムインタビュー(48)吉津洋一さんに聞く「先人から受け継いだ素晴らしい‘くろよん’をしっかり守り、引き継いでいきたい」
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ダムインタビュー(49)足立紀尚先生に聞く「ダムの基礎の大規模岩盤試験を実施したのは黒部ダムが最初でした」
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ダムインタビュー(50)山口温朗さんに聞く「徳山ダムの仕事はまさに地図にも、私の記憶にも残る仕事となりました」
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ダムインタビュー(51)安部塁さんに聞く「新しい情報を得たらレポートにまとめてダム便覧に寄稿しています」
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ダムインタビュー(52)長瀧重義先生に聞く「土木技術は地球の医学、土木技術者は地球の医者である」
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ダムインタビュー(53)大田弘さんに聞く「くろよんは、誇りをもって心がひとつになって、試練を克服した」
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ダムインタビュー(54)大町達夫先生に聞く「ダム技術は、国土強靱化にも大きく寄与できると思います」
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ダムインタビュー(55)廣瀬利雄さんに聞く「なんとしても突破しようと強く想うことが出発点になる」
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ダムインタビュー(56)近藤徹さんに聞く「受け入れる人、反対する人、あらゆる人と話し合うことでダム建設は進められる」
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ダムインタビュー(57)小原好一さんに聞く「ダムから全てを学び、それを経営に活かす」
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ダムインタビュー(58)坂本忠彦さんに聞く「長いダム生活一番の思い出はプレキャスト型枠を提案して標準工法になったこと」
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ダムインタビュー(59)青山俊樹さんに聞く「相手を説得するのではなく、相手がどう考えているのかを聞くことに徹すれば、自然に道は開けてくる」
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ダムインタビュー(60)中川博次先生に聞く「世の中にどれだけ自分が貢献できるかという志が大事」
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ダムインタビュー(61)田代民治さんに聞く「考える要素がたくさんあるのがダム工事の魅力」
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ダムインタビュー(62)ダムマンガ作者・井上よしひささんに聞く「ダム巡りのストーリーを現実に即して描いていきたい」
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ダムインタビュー(63)太田秀樹先生に聞く「実際の現場の山や土がどう動いているのかが知りたい」
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ダムインタビュー(64)工藤睦信さんに聞く「ダム現場の経験は経営にも随分と役立ったと思います」
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ダムインタビュー(65)羽賀翔一さんに聞く「『ダムの日』を通じてダムに興味をもってくれる人が増えたら嬉しい」
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ダムインタビュー(67)長谷川高士先生に聞く『「保全工学」で、現在あるダム工学の体系をまとめ直したいと思っています』
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ダムインタビュー(66)神馬シンさんに聞く「Webサイト上ではいろんなダムを紹介する百科事典的な感じにしたい」
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ダムインタビュー(68)星野夕陽さんに聞く「正しい情報を流すと、反応してくれる人がいっぱいいる」
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ダムインタビュー(69)魚本健人さんに聞く「若い人に問題解決のチャンスを与えてあげることが大事」
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ダムインタビュー(70)陣内孝雄さんに聞く「ダムが出来たら首都圏の奥座敷として 訪れる温泉場に再びなって欲しい」
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ダムインタビュー(71)濱口達男さんに聞く「ダムにはまだ可能性があっていろんな利用ができる」
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ダムインタビュー(72)長門 明さんに聞く「ダム技術の伝承は計画的に行わないと、いざ必要となった時に困る」
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ダムインタビュー(73)横塚尚志さんに聞く「治水の中でダムがどんな役割を果たしているか きちんと踏まえないと議論ができない」
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ダムインタビュー(74)岡本政明さんに聞く「ダムの効用を一般の人々に理解頂けるようにしたい」
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ダムインタビュー(75)柴田 功さんに聞く「技術者の理想像は“Cool Head Warm Heart”であれ」
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ダムインタビュー(76)山岸俊之さんに聞く「構造令は,ダム技術と法律の関係を理解するのに大いに役に立ちました」
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ダムインタビュー(77)毛涯卓郎さんに聞く「ダムを造る人達はその地域を最も愛する人達」
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ダムインタビュー(78)橋本コ昭氏に聞く「水は土地への従属性が非常に強い,それを利用させていただくという立場にいないと成り立たない」
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ダムインタビュー(79)藤野陽三先生に聞く「無駄と余裕は紙一重,必要な無駄を持つことで,社会として余裕が生まれると思います」
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ダムインタビュー(80)三本木健治さんに聞く「国土が法令を作り,法令が国土を作る −法律職としてのダムとの関わり−」
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ダムインタビュー(81)堀 和夫さんに聞く「問題があれば一人でしまいこまずに,記録を共有してお互いに相談し合う社会になってほしい」
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ダムインタビュー(82)佐藤信秋さんに聞く「国土を守っていくために, 良い資産,景観をしっかり残していくことが大事」
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ダムインタビュー(83)岡村 甫先生に聞く「教育は,人を育てるのではなく,人が育つことを助けることである」
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ダムインタビュー(84)原田讓二さんに聞く「体験して失敗を克復し, 自分の言葉で語れる技術を身につけてほしい」
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ダムインタビュー(85)甲村謙友さんに聞く「技術者も法律をしっかり知らないといけない,専門分野に閉じこもってはいけない」
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ダムインタビュー(86)前田又兵衞さんに聞く「M-Yミキサ開発と社会実装 〜多くの方々に支えられ発想を実現〜」
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ダムインタビュー(87)足立敏之氏に聞く「土木の人間は全体のコーディネーターを目指すべき」
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ダムインタビュー(88)門松 武氏に聞く「組織力を育てられる能力は個人の資質にあるから, そこを鍛えないといけない」
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ダムインタビュー(89)佐藤直良氏に聞く「失敗も多かったけどそこから学んだことも多かった」
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ダムインタビュー(90)小池俊雄氏に聞く「夢のようなダム操作をずっと研究してきました」
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ダムインタビュー(91)米谷 敏氏に聞く「土木の仕事の基本は 人との関係性を大事にすること」
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ダムインタビュー(92)渡辺和足氏に聞く「気象の凶暴化に対応して,既設ダムの有効活用, 再開発と合わせて新規ダムの議論も恐れずに」
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