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ダムインタビュー(36)
大藪勝美さんに聞く
「インフラの重要性をもっと多くの人に知ってもらいたい」

 大藪勝美さん(元独立行政法人水資源機構理事)は、九州大学土木工学科をご卒業の後、当時の水資源開発公団に入り、いくつものダム建設に従事されてこられたダム造りのエキスパートです。全国各地のダム現場での工事に携わってこられたほか、土木学会や土質工学会の委員も歴任されました。またダム技術者の育成という面でもたいへん大きな実績を残して来られました。
 新規のダム事業が少なくなった昨今、今一度ダムの役割を見直しつつ、これからのダム事業のあり方を考えていく上で何か良いヒントがいただけたらと思い、今回インタビューさせていただきました。

(インタビュー・編集・文:中野、写真:廣池)




洪水体験とダムとの関わり

中野: ご自身はどうしてダム技術者になろうと思われたのですか?小学生のころ、昭和28年だったと思いますが、福岡県で大水害を経験されたことも影響があるのでしょうか?

大藪: 私は小さな農家の四男に生まれました。小学校2年の時に、筑後川、矢部川が大洪水を起こしました。父は始め、うちは敷地が高いから大丈夫だと言っていましたが、矢部川が決壊というのを聞き顔色が変わったことを覚えています。ただ、そういう経験からダム屋になったということでもありません。在学中に父が亡くなりましたので、母には大変苦労をかけましたが奨学金と周囲の皆様の応援もあって大学にも行かせてもらうことができ、卒業前に公務員試験に合格していたのでうまく就職できました。就職先が、たまたまダムだったということです。

中野: 水資源開発公団に入られて、すぐにダム現場にということですね。

大藪: 建設省の合同面接があって、「貴方はどんなことをしたいのか?」と聞かれ、「現場でコンクリートを練らしてください」と言いました。コンクリートの実験室でその面白さが解ってきたので、仕事としてやってみたかったのです。結局、わがままを聞いてもらい、始めから水公団の現場になりました。同期の昭和43年組は6〜7名いたのですが、私以外は殆ど本社・支社に配属されたと思います。

最初の現場・早明浦ダムで実質的な時間雨量126ミリという豪雨


早明浦ダム(撮影:灰エース)

中野: 最初の現場が高知県の早明浦ダムということですが、最近でもよく渇水の話題になると登場するダムですね。工事に際して何か印象に残っていることはありますか?

大藪: 第一印象は、山が険しくて、ものすごい雨が降るということです。赴任した年の梅雨時期に、時間雨量記録としては60ミリ2時間連続を経験しました。実状は10:30〜11:30 の1時間に126ミリも降り、周囲がまったく見えないという状況でした。幸い犠牲者はでませんでしたが、その時に見た5000d/秒の大洪水が相当強烈な印象でした。

中野: 早明浦ダムは、水が溜まらないことで有名かと思いましたがたくさん雨が降るのですね。
大藪: 干上がったダム湖の写真がよく登場するのでそう思われますが、年降水量は3,000_に近かったと記憶しますが、雨量強度も大きく、びっくりするような雨が降る時があるのです。赴任してすぐ経験した大雨については、山地河川でそれだけの大水が流れるというのはすごいなと思いました。そして、仕事を覚えていくうちに、この地域には地滑りが多いということも解ってきて、構造物を造る時には、地山を含めた全体の安定性が重要だと理解できたのでいい経験になったと思っています。

中野: 早明浦での大雨以外の感想はどうですか?

大藪: 工事に関しては、事業費が非常に厳しかったと思います。例えば、500mの付替道路を発注する時に積算メモを上司に持っていくと1メートルいくらかと問われ、予定金額より全然高いからダメだ、もう一度設計からやり直せといわれました。積算チェックがあるので下手なごまかしは効きません。設計と施工方法の工夫をしてから持っていかねばならず、いかに安く上げるかということがまず要求されました。


早く造れという、周囲の期待

中野: 当時はダム反対の運動があったとお聞きしましたがどうでしたか?

大藪: 私が行った時は、まだ新入生で解らなかったのかもしれませんが、大きな問題はなかった様に思います。ただ非常に細かいことにも神経を使っていたようですが。昭和38年に工事事務所が出来て、相原信夫さんが初代所長だった時には大変だったようですが、私が赴任した43年当時は、組織的な反対運動には出会っておりません。むしろ、下流の香川県側を中心に周囲の期待が強かったので、短期間にダムを完成させる必要があり、工事が始まってからは、工期が延びないようにしろというのが厳しかったと思います。
 だから工事の工期は総て非常にタイトで、施工計画の面でも、付替え道路の施工では、時間がかからないように迂回方法をどうするとか、本体打設の高さと道路の切り替えの範囲などのチェックをしょっちゅうやっていましたね。

中野: 計画当初は反対運動があっても、事業が始まるとむしろ早く造れということだったのですか?

大藪: 全体としてやはり水源が必要だったのだと思います。完成後しばらくたって、道路の構造が悪いとか、コンジット(放流管)が無いのでダム操作がしにくいとかいう欠点が指摘されたりしていますが、私の赴任時には計画も決まっており、本体の施工法が半川締切りという方法なので、コンジットを入れると工期が延びる訳です。そういう事情でコンジットを入れなかったと思います。また、工期と事業費の問題はかなり厳しく、当時の日本の経済力からいったらそんなにお金はつぎ込めないという状況があったのかもしれません。

中野: ダム技術者としては良い勉強になったということでしょうか?

大藪: 仕事の中で多くの人に育ててもらったという感じがします。副所長兼工事課長でおられた糸林芳彦さんに現場で直接技術の基本を教えて頂きましたし、調査設計課のメンバーをはじめ事務所の方々のおかげで課内の業務だけでなくいろんな仕事を経験させてもらいました。特に直属上司の今村瑞穂さんからは初歩の手ほどきを受け、その後四国地建に復帰された後も電話等でご指導を頂きました。
 途中で工務課に移りましたが、早明浦ダムは、最初のインパクトが強く思い出深い現場でした。先輩方には数多く現場に連れて行ってもらいましたし、現場を見ることの大事さ、仕事は限られた時間のなかで処理しなればならないということを厳しく教えられました。後で考えるとあの頃に教えられたことが大変良かったと思います。

中野: 期間はだいたい三年間くらいいらっしゃったのでしょうか

大藪: 三年半です。本体掘削開始の時期に赴任し、100万m3のコンクリート打設が終わった時点で離れました。

中野: よく他のダムを見に行かれたということですが、四国のダムですか、まったく別の地域のダムですか。

大藪: この3年半は自分の担当の仕事をやるのが精一杯だった頃です。次の寺内ダムの時は、外部といいますか他の(事業者の)現場を多く見に行きましたが、このころは早明浦ダムの状況は良く見に行きましたけれど、他の現場には殆ど行っておりません。
 堤内仮排水路を閉める時期が近づいてきた頃に、ちょうど青蓮寺ダムがバイパスを閉めるという機会があったので、休暇をお願いして行かせてもらいました。その時、亡くなられた大槻光雄さんが青蓮寺ダム勤務だったので、寮に泊めていただき、青蓮寺ダムのバイパス閉塞を見に行ったことを思い出します。

寺内ダムでロックフィルダムを一から勉強

中野: 現場をたくさん見たことは、勉強になると同時に良い思い出にもなったのですね。


寺内ダム(撮影:梯初男)

大藪: 現場、現場でそれぞれ思い出があります。例えば、寺内ダム。あそこは水公団での実質的に最初のロックフィルダムで、一から勉強するというのもありました。

中野: 寺内ダムはどれくらいの工期だったのですか?

大藪: 昭和46年の2月1日に事務所が出来て、私が行ったのが10月16日。それから昭和52年の4月10日にはゲートを閉めて水を溜めましたからものすごく早かった。現場に出てからはずっと仕事が切れずにありました。当初、所長さんが「とにかくお前にダムの材料は任せるからやれ」ということでフィルダムの材料について勉強させてもらうことが出来ました。同じ事務所に長く居ると、同じような課題の検討を2回するということがあるのですが、ここでは次々に新しいテーマに出会うというような感じで仕事が出来ました。
ダムが壊れるという悪夢

中野: 実際、現場で学ぶことが出来たのは良かったですね。

大藪: 技術者としては幸せでした。フィルダムコアのことが解りだしたら、次の難しい問題にぶつかって、ダムの安全性のことで悩んでいました。ティートンダムの事故があった時に、ダムが壊れるのを何枚かの連続写真で見て非常に驚きました。

中野: ダムが壊れるというのは衝撃ですね。

大藪: 自分が担当したダムが壊れる夢を繰り返し何度も見ました。水が吹いているので止めに行こうとするのですが、周りのみんなが行かせてくれない。そこで目が覚めるというような夢です。ダムの安全性については、今もこれで万全という回答を持っているわけではなく常にどうすれば良いかと考える癖がついています。

現場以外での勉強に戸惑う

中野: それから試験所のほうに行かれましたが、どういう人に影響を受けましたか?

大藪: 現場で9年やってきましたが、今まで勉強していないから試験所に行って勉強をしろということでいきました。水野光章さんが土木研究所から試験所にこられて1年くらいたった時でした。技術者としての見識・思考方法とか感覚の面で影響が大きかったです。また、私はずっと現場でしたから、まず机の前で座っているのがしんどかったです。

中野: そこでは、どういうことを学ばれたのですか?

大藪: 基本的なダムの理論とレポートの書き方を教えていただきました。当時、私の書いたものはレポートにもなっていないので、水野さんにいちいち添削してもらいました。読んでもらい返されると真っ赤になっていて、もう1回読んで書き直しましたが、3回くらいやってもダメなんです。その時は大変だと思いましたが、手間がかかることをやっていただいて有り難かったです。
 後々、同じような立場になって、新人のレポートを添削したら、なかなか辛いものでした。自分もそうして育ててもらったのだから、できるだけ丁寧にやろうと思ってやってきました。
 最初の勉強のメインはコンクリートダムについてでした。今はもうありませんが振動台の小さいので実験をやっていたので、振動学のこともやりたいと思っていました。2年目にはフィルダムの実験室が出来て、移りましたが、水野さんに出会って理論的に教えていただいたことがいちばん大きいです。


浦山ダムで形式変更に遭遇


浦山ダム(撮影:だい)

中野: ダム技術者として大変だなと思った現場はどこですか?

大藪: 現場毎にいろいろ課題はありましたが、水公団の職員としての特異な経験として、計画変更という課題に取り組んだ浦山ダムがあります。ダムサイトには、試験所時代に水野さんに連れられて行ってから、ひとりでも行っていました。今だと叱られるかも知れませんが、休みの日に勝手に行って試掘横坑を見せてもらっていました。このダムを自分がやるとしたら、何が問題でどうしなくてはいけないか?と、考えていました。

中野: 休日までダム現場に見学に行くほど熱心に勉強されたのですね。
大藪: 浦山ダムは当初フィルダムでしたので、…試験所時代に、現場からも具体的な相談を受けていたのでコア材・ロック材などについてアドバイスしたりしていました。材料の試験も試験所でやっていました。
そのうちに昭和59年に浦山ダムの現場に転勤することになりました。その時は浦山ダムの形式変更というのに遭遇して勉強し、様々な方からご指導頂ました。

中野: すでに計画されていた浦山ダムが、どうしてタイプ変更になったのですか?

大藪: 話が専門的になるかも知れませんが、最初は、現地の基礎岩盤が弱いのではという考え方があり、岩盤がよくないからロックフィルダムだと応用がきくというのもあって事業計画がスタートしました。実際に岩盤を調べて行ったら、対処できないほど悪くないというのがわかってきて、どっちが得かという話になってお金の計算もしましたし、いろんな検討をしました。ロックフィルの形式でも詰めていましたから、精度良くダムタイプの比較ができたわけです。コンクリートで造ったほうが安かったのです。

中野: あそこにロックフィルを造ったら、すごく大きいものになったでしょうね。

大藪: 谷の断面積が狭いですから高さはありますが、堤体積はそれほどでもありません。ただ、ロックフィルとコンクリートを比較すると、コンクリートが大きく得をすることが一つあるのです。ロックフィルダムにした場合、上流側にもずいぶん堤体が伸びるので、この分貯水量が減るのです。コンクリートダムだと出っ張りませんから、その体積分だけロックフィルより多く水を溜められます。同じ貯水容量ではコンクリートダムの方がダムの標高が低くて済みますから、タイプ変更の大きなファクターになります。ダム用地はすでに地元と合意していましたが、ダムの高さを変えるとなると用地もやり直さなければいけないので、もう一度精査してダムの容量を変えた。ダムの天端高さを変えないと、上流側への張り出しがなくなる分、貯水容量が増えるので、その分を利水容量洪水調節にまわして計画変更が出来たのです。

中野: なるほど、ダムの形式を変えることで費用が安くなり、貯水容量が増えるならば大きな意味がありますね。

大藪: 土木研究所に、最初はこういうやり方でダムが造れるか?どういうダムの姿ならできるか?ということで相談しました。コンクリートダムが有利ということで、今度は計画変更になります。当然、事業費も変更した計画に合わせないといけない。地元から今頃になって、なんでダムの形を変えるのか、計画を変えたら危ない、壊れるのではないかというように心配される意見も出てきます。ダムの地元関係者から出てくる質問に対して一つずつ、技術的な説明してまわるというのが私の仕事でした。言葉も考えて説明したのですが、おまえの言うことは難しいのでちっともわからないとよく言われました。(笑)ダムが小さくなると、用地買収の面積も狭くなるので、その了解も得なければなりません。すでに用地調査も済んでいましたが、買わないとなると今頃何を言うかと怒られる事もあります。それを集落ごとや個人宅に説明して回って納得していただきました。

浦山ダムの堤高が変わった理由



中野: 堤体の高さが最後の最後で計画よりも1m変わったというのは、どうしてですか?

大藪: ダムの高さというのは、ダム軸の下の岩盤のところ、厳密にいうと、そこの岩盤の掘削度合いによって変わりますので、計画上の数値が変わるのかどうかは微妙なんです。

中野: 当初より少し深く掘ったというわけですね。

大藪: まずロックフィルダムの計画ときに最初165mあった。それが計画変更になり、ダムタイプが変わった時に、そんなに深く掘ることはないと基礎岩盤の標高を10m上げ、155mになったのですが最後に計画よりも1m掘り下げたので最終的に156mということになりました。
緑のダムのごまかしについて

中野: 現場で学ぶことは非常にたくさんあるということですね。

大藪: 現場ごとにいろんなテーマがありますので、その都度、解決するために勉強しました。大山ダムでは、杉の木についてどうやって手入れをしてどう育てるかとか、地元の人に山の知恵を教えてもらいました。そうやって周りをみると、どこも森林が荒廃しているので、なんとかしなくてはと思いました。大山でも滝沢でもダム近辺の山が非常に荒れていることに気づきました。

中野: そうした森林が荒廃しているという話になると、森林を手入れして「緑のダム」にすればコンクリートのダムはいらないという議論が出てきますね。

大藪: 滝沢ダムのあと本社に戻った頃、そういう話を目にするようになったのですが、どう考えてもこれは正気の沙汰ではないというのが私の意見です。
 「山に木を植えればダムはいらない」という説を言う人には、どれだけ現場を知っているのかと言いたい。当時、非常に腹が立って、データをいろいろ調べ「ダム技術」に反論の寄稿文を書かせてもらいました。

中野: 以前、虫明先生にも教えていただきました。山に木を植えるとダムがいらないという話は科学的に成り立たないものだと…。

大藪: 私の寄稿文が掲載されたのは平成16年です。この時、森林データを農水省の図書室に行って調べ、解説書・論文も読みました。それと現場の流出データを整理して記述したものです。
 まず山の木を全部切ってしまうと、雨水の流出量は多くなります。山に木があれば当然水を吸います。禿山だと流出のピークが早くなりますが短時間に終わるのです。こうした例は市街化された場所で多くみられます。それと保水力の話ですが、よく木があると山に保水力が保たれてダムは要らないという話の根拠になっていますが、実はそれこそが「ごまかし」のもとになっているのです。山の保水力の範囲内だと、確かに流出を遅らせるから良いのですが、その保水力を超えると降った雨が全部出てくるからです。

きちんと検証できる実験を

中野: いかにもそうかと思える話に、一般の皆さんが引っかかるのですね。

大藪: 滝沢ダムの現場にいるときに、時間雨量にすると20mmくらいの雨がずっと続いていて、土壌の保水量が飽和したときに降ったのが全部出てきたという典型的な事例があります。その時、はっきりと解りましたが、土壌が飽和したら降雨は全部出てくるのです。それを文章にしてみました。「緑のダム」について、いろいろ話をされる方は、ちゃんとした論文があるといいますが、その論文にある実験法をどう検証したのでしょうか?まず、その実験というのが、流域全体でどれだけ降ってどれだけ出てくるかというのを計算してやっているのではなく、とにかくある場所にザ〜と水を入れて、どれだけでも入っていくから土壌に保水力があるという表現をしている例が多いのです。そこに「ごまかし」の元があって、ある面積に対してどれだけの水を入れているのか、またその入れ方は適切なのかどうかがきちんと検証されていません。

中野: 都合の良いように実験していると?

大藪: 川辺川ダムの時もたしか当時の国交省の事務所と、反対派の人が共同実験をするということになっていたはずですがどうなったのでしょうか。降雨量のレベルと実験のスケールについては、徳島大学のグループが非常にきちんとした実験をされていて非常に興味がありました。

中野: 検証のない実験で、森林の保水力をうたうというのはまったくいい加減ですね。

大藪: 「緑のダム」論者は1〜2日で250mmとか300mm降る時の話はまったくしていません。
 しかし、逆にダムを造ったら森林はどうでもいいのかという話でもありません。やはりダムも森林も両方必要なんです。森林は初期の急激な流出を抑えてくれますし、一方、山の安定性という利点もあります。そういう側面からもダムと森林の共存は大事だということがいえます。

時間雨量と総雨量、どちらも多いと危険

中野: 実は、荒川の流域でたいへんな洪水を経験されたとか。

大藪: 私が経験したのは、滝沢ダムの現場で平成11年8月14日の洪水です。時間単位の雨量はそう多くないのですが総雨量としてはかなり降りました。ちょうど法事で千葉県の船橋の方に行っていたのですが、あまりに雨が降るので急遽、車で現場に帰ることにしました。大宮までは行けたのですが、そこから先は通行止め。それで電車にしようと思い大宮駅に行きますが高崎線も動いていない、池袋経由もダメでした。結局、次の朝に秩父まで電車で行き、それから事務所の車でダム現場に向かいましたが、現場に行く途中の道路があちこちで通行止めになっていました。ダムの事務所長だから通してくれといってお願いしましたが、道路のり面のいたるところから、ものすごい勢いで水が吹いていました。前の日まで雨が降っていましたから、石が落ちてきたり、木が倒れていたりしました。どうにかダムサイトまで行きましたが、その時に水が出るのは、総雨量が問題だというのを感じました。
 荒川の洪水というのは何回かありましたが、大正時代のような大洪水というのは最近ではないですね。

中野: それはダムがあるからですか?

大藪: 荒川ではピークカットにダムが効いています。それに昔の大洪水の時のような量の雨は降っていません。

ダムが洪水調節できるわけ

中野: ダムの洪水調節機能については、どんな効果があるのですか?わかりやすい事例はありませんか?

大藪: 早明浦ダムでちょうど私が水機構の本社で管理担当をしているときに大雨が降ったことがあります。平成16、17年とありましたが大きな洪水調節機能を発揮しました。このケースはCMED会の研修でもお話したと思いますが、早明浦では2回ともラッキーでした。なぜかというとその大雨の直前までは大渇水でダムがカラカラだった。とくに平成17年はまったく空っぽで、一気に2億トンくらいの大雨を溜めました。もともと早明浦ダムはそんなに洪水調節容量があるわけじゃないのですが、結果として良かったなという反面、少し寒気もしました。もしダムの利水容量が満水で洪水調節容量しかなかったらと思うと恐ろしくなりました。

早明浦ダム(平成17年9月5日、貯水率 0%)

早明浦ダム(平成17年9月6日、貯水率 100%)
中野: 先日(平成23年夏)の熊野川の水害では、ダムが全部発電ダムだったので、事前放流せずに洪水になったと批判されましたが、実際そうなのでしょうか?

大藪: 詳しいことは存じませんが、あの時は台風が停滞してまったく動かなかったという側面もあるようです。とにかく雨が降り続いた事が原因だと思います。
 何かあるとすぐダムが加害者にされるという面がありますが、その時の条件がよくわからないとなかなか反論できないということもあり、一度批判されてしまうと覆すのはなかなか容易ではありません。
 熊野川の件は、大雨の時にダムが満杯になると放流する、つまり"ダムを守るために大放流するので洪水になった"と言われるケースのようです。この"放流"という言葉が誤解を招く元と思います。ダムは入ってくる量よりも多く水を出すことはあり得ないのですが、なかなかその概念がうまく伝わりません。大雨の時にはダムがたくさん水を流すと、錯覚してしまいがちです。どうも放流量という言葉がよくないのだという方もいますが、説明するのが非常に難しい。もう一つは、現場の管理者からすると、ダムごとにいろんな役目があり、発電ダムならば発電のために貯水容量は常時いっぱいに保っておくというのがもともとの役目なのですが、それが一般には伝わらない。また、批判されているマスコミの方もそういう仕組みを理解していない。ダムならどれも同じで、とにかく水を溜めて流さないというのが当たり前で、台風の時に放流するなんて下流域の危険性をどう考えているのか?ということになってしまいます。もしダムがなければ降った雨は全部流れていたのに。

中野: 発電ダムでは、放流することはお金を流すことと同じだと言われますね?

大藪: 電力のもとになる水ですから。それを現場の管理者任せにして、どうして放流しなかったかと問うのも酷なことです。操作規則で予め決まっているはずだから現場が勝手に操作出来ない。さらに河川全体の洪水の状況も大事な要素だと思います。どういうときにどんなことをやるかについて、きちんとした方針を出しておかないといけません。
 今は気象レーダーが進歩し台風の進路予測も正確になってきているから、そういうのを生かして事前放流のやり方なども検討されると、もっとうまくいくのではとも思いますが、現実はなかなか簡単ではありません。基本的には、今、鶴田ダムでやっている方式が必要になるのではないかと思います。発電単独ダムの嵩上げや、既存ダムの改修で、あらためて治水能力を持たせるという方法です。これからは新規のダム計画が難しいですから、今後の大雨、洪水対策としては、こういう方法を考えていくのが有効だと思います。

中野: 既存の発電ダムの有効利用ですね。

大藪: もともとダムサイトに適した場所は、そうたくさんあるわけじゃないので、今後はその方向で考えるのがよいのではないかと思います。コストとか水利権の調整とか難しい問題もあるとは思いますが、やってできないことじゃないと思います。

マスコミはなぜ水力をとりあげないか?

中野: 震災、原発事故と今年は電力不足ですごい一年でしたが、それでも水力をという声があがらないのはなぜですか?

大藪: 多くの人が思考停止になっているからだと思います。つまり、ダムはムダなもの、やっかいものというイメージのままなんですね。一般の人の頭には、ダムの効用という面が浮かんでこない。これはマスコミの影響が大きいのだと思います。ダムのメリットは一切ニュースとしてとりあげられていません。原発がらみの電力不足についていろんな説明をする時でも、水力発電という言葉、概念すらも出てきません。これはなぜなのか、私はおかしいと思っています。

中野: そう言えば夏場にあれだけ節電だと騒いだのに、水力発電を増やすとは一切聞きませんでした。


大藪: クリーンエネルギーと簡単に言いますが、例えば、太陽光で原子力と同じくらいの発電をするには、どれくらいの面積がないといけないかとか、今の政権ではこうした具体的な算数をともなった話がまったく無いのです。原発は危ないから将来的にはなしにするとか、ここまでは言うのはたやすいことですが、もし太陽光で発電したら、今の仕掛けだとどのくらいの面積がいるか、効率をどのくらいあげればという具体的な議論が一切無い、単純に、クリーンだから、風力や太陽光でやれば良いというようになります。しかし、それはムードだけで、世の中の問題は解決できません。

中野: つまり具体論がない、政策論が現実的じゃないと?

大藪: 私は、原発を続けろというつもりはないのですが、ただ今すぐなくすというのは実質的に難しい。それを実現するにはそのプロセスを具体的にどうするかという"数値を伴った"議論が必要であり、単純にムードで語られるのがおかしいと思います。

これからのダム技術者に求められること

中野: 今はダム技術者が活躍できる場が減りつつあり、技術の伝承すらも危うい状況にあるという中、理系離れ、土木離れというか、若い人でエンジニアになろうという人が減っている状況については、どう思われますか?

大藪: 時期としては恐らくバブルの頃からではないかと思いますが、モノを作る人が尊ばれていない。汗水流して働く人が、世の中から大事にされないようになった。むしろ、人のお金をやりとりして、それを増やせるような人が偉いんだという風潮が顕著になってきて、バブル崩壊後にそれが一瞬なくなったかと思いましたが、実はそうでなく相変わらずモノを造る人が尊ばれていないのが現状だと思います。
 さらにここ十年くらい前から自分では何もしないが大きな顔をしている評論家・評価者が増えてしまい、さらには芸能人か評論家か分からないような人までが出現してきている。
このような状態が変わって欲しいと思います。

中野: 工学は工学でも金融工学でしょうか。そういう所にライトが当たってしまった?



大藪: 誤解をなくすために言いますと「金融工学」は工学ではありません。
いっときトヨタの現場主義が評価されたとか言われますが、製造業全体で言えば、実際は非常に隅っこの話になっていて、基本的にどうかというとモノを造っている人のことを全然考えていないとしか思えない。派遣業法を製造現場に持ち込みましたが、モノを作る人には、経験という要素が大きいということが軽んじられています。

中野: 技術の伝承に影響が大きいということですね?

大藪: 先日、タイで洪水が起きましたが、緊急避難的に日本にある製造ラインを動かそうとしたら工場にはパートの人しかいなくて、教えられる人がいないので、タイから人を呼んできて教えたというニュースがありました。これは非常におかしなことで、日本の製造現場にラインを動かすことが出来るあるいはそれを教える人がいないという事態になってしまっている。このような状態なのに、今の学生に頑張れといっても仕方がないです。
土木技術の未来に向けて

中野: なかなか厳しい現実ですね。2011年は、台風や大雨による洪水被害があちこちで発生しました。また、大地震や津波といった大災害に対しても、土木技術はどうあるべきとお考えですか?

大藪: 土木に携わる者としては、インフラの重要性をもっと多くの人に知ってもらいたいと思います。地味ですが、人々の暮らしには絶対に必要だという意識を持ってもらえると良いのですが、どうも政策的にも予算的にも、先の見通しがたたないので困ります。これは土木分野だけじゃなくて、いろんな分野でもそうです。日本の明日はどうなるというビジョンがなんにも見えてこない。そういう中、今どうやってお金を儲けるとか、多くの人が目先のことに走っている。そういう流れを変えないといけないと思います。具体的にどうしたらよいかわかりませんが。

中野: やはり土木は大事だと言い続けるしかないのでしょうか。インフラは、だいたい50年ほどの維持管理サイクルだと聞きます。放置すれば「荒廃する日本」になりますよね。また、そのやり方を知っている人がいるうちに次の人に教えていかなければ、いざ直すという時点になって何もできないという状況になりそうで、それが心配されます。

大藪: その通りで、例えば東京の水道に携わる人についても、技術をどう残すかということが話題になっていると聞いています。ダムも同じで、今の水資源機構が典型的な例ですが、新規がないとダムを造る技術が途絶える訳です。水資源機構のような組織でも10年造らなかったらもう解っている人がぐんと減ります。ロックフィルダムの技術にしても、徳山ダムの前が味噌川ダムですが、徳山で新人教育というように、若い人に一生懸命教えてやってきている訳です。それがもし20年も途切れますと、技術の伝承は出来ないと思います。今はなんとか維持するでしょうが、将来、国なり県なりダムをやっている所に勉強に行くしか、技術を残す方法がないのではと考えます。今般も事業仕分けでどんどんインフラ予算を削られてしまったのでどうなるか心配です。


国家百年の計は土木にあり

中野: そうですね。インフラ事業を一気にムダと仕分けるやり方がはたして良いのかと?

大藪: 社会基盤の整備というのは、長期的なビジョンのもと、一歩一歩絶え間なく進められるべきだと思います。必要な時には変更すべきでしょうが、コロコロと変えるべきではない。ましてや変える時は「抽象的」な議論ではなく「時間軸」を明確にし「具体的」な課題を検討したうえですべきです。決して「思いつき」や「感情論」的な議論で変えるべきではないと思います。短時間で何がなんでも答えを出すというような事業仕分けという手法がインフラ整備に適しているかというと疑問符がつきます。やはりインフラというのは、何十年後にはどうだというような、ロングスパンの視点からの議論がないといけないと思います。大衆迎合的なスローガンのもとに、ただ変えることのみを目的とするようなのはよくありません。愚痴ってばかりでも仕方が無いのですが、名案がある訳じゃないので弱ります。

中野: ダムを維持管理していくにも、わかる人がいなくなると直すこともできなくて、電力事情などにも響いてしまいそうですね。

大藪: 今なら、後輩たちが頑張ってなんとかしてくれるでしょうが、何もしないままだと人が育たず、遠からず危ういことになりかねません。こうした状況は、土木の分野だけじゃないでしょう。日本のモノ作りの現場では、効率化が優先して新しいことを考える余裕を認めてもらえないことが起きているのでは?そういうのも含めて、今は振り子が振れすぎているのです。例えば、アメリカでは「荒廃するアメリカ」という言葉が使われた1980年代、橋がいくつも落ちたりと、いろんな事故が起きました。一度荒廃してしまったインフラを更新し、機能を維持することは容易なことではありません。当時アメリカがインフラ整備をやっていないのだから日本もいいじゃないかという意見があって、この20年くらいずっとインフラ関連費を減らし続けてきた。アメリカではインフラ予算を増加させているというのに、日本では今もそれを引きずっているのではないでしょうか?

中野: 新規のダムはもうないと言われていますが、既存の2700もあるダムを今後、放っておくわけにもいきませんし…。

大藪: そういう話をすると、たくさん造ったのだから、いつまで経ってもお守りがいるだろうと批難されます。今ダムがあることでどれだけ役に立っているかという議論は、すっかり飛んでしまいます。

中野: 人間の身体でも、健康的に維持していくのはすごく大事だと思うのですが、なかなかそこに議論がいかないのですね。

大藪: 明確にこれはこうあるべきと言うのは難しい。具体的にどうしたらいいかとなると、現場の問題と違ってすぐに答えが出てこない。やはり少しずつ理解を得ていくしかないでしょう。

理解を得るには、地道に説いて回るしかない

中野: 先日あったダムマニア展でもそうですが、熱心なダムマニアさんは、ダムが連携して洪水調整をしたということをハイドログラフから読み取って解説したりしてくださいます。少しずつでも、こうした理解のある人が増えていくのが良いと思いますね。

大藪: ダムに携わる専門家が、自分たちが何をやっているかの説明をきちんとして来なかったり、やっていても言葉が難しくて伝わっていなかったりという背景がわかってきたので、今は反省してだんだんやるようになってきていますが、十分だとは言えないと思います。この意味でも、ダムマニアさんの活動は貴重だと思います。私たちも、市民の側から見たダムというのをもっと見てもらいやすくしたいと思います。
 私が今までにいちばん辛かったのは、長良川河口堰の件で、子供からお父さんの会社はなんて悪いことをしているのか?と責められたことです。毎日、新聞やテレビで叩かれていると、お父さんの会社は悪いことをしているとしか思えないというわけです。あの時は本当に愕然としました。竹村公太郎さんを中心としたチームが頑張ってマスコミ対策をしているうちに批判も和らいだのですが、どうもマスコミはダムそのものが嫌いなようです。



中野: 標的にしやすいというか、大きいから目に付く?公共事業でも金額が多いですし。

大藪: ダム問題は、私たちの場合は、地権者の方とどう向かい合って理解してもらうかというものでした。しかし、だんだんと地権者の方と仲良くなり話ができるようになる一方で、一般向けの説明の仕方について、少しさぼった所があったのでしょう。例えば、県の職員とか学校の先生とか、あるいはマスコミとかでも、先方がお見えになったらよく説明をしていましたが、こちらから説明に行くようなことまではしていなかったなと、それが反省点としてはあります。まずダムを造らなければというのがありましたから。
 私もだんだん時間が経ってわかってきました。ただ、ダムについて地権者の納得と協力を得るには長時間掛かりますので、単純に一度計画して造り出したら止まらないと言われても困りますね。
土木の未来を継いで欲しい

中野: 最後に、これからの若手の技術者に向けて、あるいは学生に向かって、何か声をかけてあげられるとしたらどういう言葉をかけますか?

大藪: モノ作りはすばらしいということ。そして、汗水流して働くということは良いことだということをもう一度、言っておきたいと思います。戦後、日本の復興・経済成長は技術を習得した、質の高い技能を持った人たちが支えてきたということが世の中で忘れられているのではないかと思います。その原動力の一つは、高い教育水準にあったのです。今はそれがすっかり忘れられてしまっています。とにかく目先のお金を稼ぐ者が偉いという風潮になっており、精神的な荒廃を招いているようにも思えます。技術や技能への尊敬や、理解を得られるようにしていくことについて、私たちに何ができるか?もう一度振り返って考えてみたいと思います。
 若手の技術者には、どんな立派な設計図を描いても、現場で施工できなければ立派な構造物にはならない。施工に負担をかけない設計をし、キチンとした施工によって立派な構造物が出来るということを肝に銘じて欲しいと思います。
 学生に向けては、常に自己研鑽に取り組んで欲しい。理想としては、浅くても良いので幅広い分野にわたる知識と、狭くても良いので高いレベルの専門分野の知識を持つことが大切だと思います。そうなるためには、基礎的な学力、つまり語学・数学・物理学・地理・歴史などの教養科目と、古典的な力学・水理学・材料学などの専門的な科目が必要でしょう。土木技術においてはコンピュータ無しでは何も出来ませんが、基礎学力がないと計算式の物理的な意味や境界条件などが理解できないので、コンピュータを使っても正確に技術計算が出来ないことを肝に銘じておくべきです。
 土木は手ごたえがあり、社会の貢献できるやりがいのある仕事です。どうか夢を持ってチャレンジして欲しいと思います。

中野: 本日は、貴重なお話をありがとうございました。



(参考)大藪勝美さん プロフィール

大藪 勝美 (おおやぶ かつみ)
元独立行政法人水資源機構理事

■ 昭和20年11月30日 水田地帯(福岡県筑後市)の小さい農家の4男(4人兄弟)として生まれる(昭和28年6月大水害を小学2年で体験)

■ 学歴
 九州大学工学部土木工学科 昭和43年3月 卒業

■ 法令による資格免許等
 測量士(S47―2866号) 昭和47年8月 取得
 技術士(建設部門 河川、砂防及び海岸 第30111号)平成6年4月 取得

■ その他の資格
 特別上級技術者【土木学会】(施工・マネジメントEP0661号)
 平成18年4月 取得
 公共工事品質確保技術者(T)【全日本建設技術協会】(第1−09030110号)
 平成21年3月 取得

■ 所属した委員会等
1.土木学会・岩盤委員会第三分科会委員
   昭和52年4月〜59年3月
2.土質工学会(現地盤工学会)・粗粒土の強度常数に関する研究委員会委員
   昭和53年4月〜56年3月
3.土質工学会「土と基礎」編集委員会委員
   平成3年5月〜4年5月
  土質工学会 理事・「土と基礎」編集委員会委員長
   平成4年6月〜6年5月
4.日本ダム協会・ダム工事総括管理技術者認定事業審査委員会委員
   平成14年4月〜16年3月
  日本ダム協会・ダム工事総括管理技術者認定事業審査委員会委員長
   平成16年4月〜21年3月
5.土木学会 理事
   平成19年6月〜21年5月

■ 職 歴
 昭和43年 4月 水資源開発公団採用 早明浦ダム建設所 調査設計課・工務課
 昭和46年10月 寺内ダム調査所(47年4月建設所)調査設計課・工事課
 昭和52年 4月 試験所 第一試験課 構造材料試験室・フィルダム材料試験室
 昭和56年11月 第一工務部設計課
 昭和59年 4月 浦山ダム建設所 調査設計課 課長
 昭和61年 4月 建設省(出向)土木研究所 ダム部ダム構造研究室 室長
 昭和63年 4月 水資源開発公団 企画部調査課 課長補佐
 平成 3年 5月 試験所 第三試験課 課長
 平成 4年 4月 建設省(出向)東北地方建設局 三春ダム工事事務所 所長
 平成 6年 4月 財団法人水資源協会(出向)開発研究部 部長
 平成 7年 5月 水資源開発公団 大山ダム建設所 所長
 平成11年 4月 第一工務部 審議役
 平成11年 8月 滝沢ダム建設所 所長
 平成13年 9月 第一工務部 部長
 (平成15年 5月 水資源開発公団 退職)
 平成15年 6月 水資源開発公団 監事
 平成15年10月 独立行政法人水資源機構 監事
 平成16年 7月 独立行政法人水資源機構 理事
 平成20年 4月  財団法人水資源協会 参与
 平成20年 7月  財団法人水資源協会 専務理事
 平成22年 7月  財団法人水資源協会 清算人
 平成23年 4月  財団法人ダム技術センター 技師長役(非常勤)
 (現在に至る)

[関連ダム]  早明浦ダム  浦山ダム
(平成24年2月作成)
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