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ダムインタビュー(49)
足立紀尚先生に聞く
「ダムの基礎の大規模岩盤試験を実施したのは黒部ダムが最初でした」

 足立紀尚(あだち としひさ)先生は、我が国の地盤工学、トンネル工学及びダム工学の発展に大きな功績を残されました。とくに粘土や堆積岩等の地盤材料の力学特性の解明とそれらの構成式ならびに解析について極めて重要な研究に取り組み、数多くの論文を発表されたことで、ダムやトンネルといった土木構造物の設計及び施工技術の研究開発の進歩を支えられただけでなく、その技術レベルを世界最高水準に引き上げる役割を果たされています。
 今回は、足立先生にダムと岩盤、地盤工学の発展の関わりについて、技術的な側面からお話いただき、黒部ダムに代表される我が国のダム事業の黎明期における新技術の取り込み方や現場の工夫、ダム技術者の思いに触れ、その後の土木技術の発展について語っていただきます。また、これからのダム事業のあり方、若手技術者への期待についても伺って参ります。
(インタビュー・編集・文:中野、写真:廣池)



毎日歩いた錦帯橋が土木への道

中野: 先生は、土木のどんな部分に興味を持たれ、研究対象にしようと考えられたのでしょうか?

足立: 私は高校1年の2学期に、静岡県の浜松北高校から山口県の岩国高校に転校し、転校後は毎日、錦帯橋を渡って登校することになりました。しかし、遅刻常習犯の私にとっては、上ったり下ったりのこの橋は大変迷惑なものでした。しかし,大学に入り基礎工学や橋梁工学を学び、錦帯橋が技術的にも大変すばらしい橋であることが分かりました。錦帯橋は、1673年に建設されましたが、翌年橋脚の洗掘により流失したため、洗掘防止を目的に河床に石畳を敷いて再建し、1950年の台風による流失まで、約280年間流されることのなかった橋なのです。

中野: まずは、橋に興味をもたれたのですね。

足立: 大学1年の夏休みに帰省した時、伯父に瀬戸内海に浮かぶ周防大島の村役場に連れて行かれたのですが、そこに本土と周防大島を結ぶ橋梁の図面がありました。地元の人にとっては、島と本州側の大畠地区を結ぶ橋が欲しかったのです。そういうこともあり橋梁工学を学びたいと考えました。

中野: ダムとの関わりはどうでしょうか?

足立: 初めてダムの建設現場に行ったのは大学3回生の時です。当時、3回生の夏に50日、春に30日の必修・無単位の「学外実習」があり、夏は涼しい信州を希望していたところ呼び出しがあって木曽三川の揖斐川の中流の極暑のダム現場にだまされて参りました。それが基礎岩盤を掘削中の横山ダムで、バイパストンネルが完成したばかりの時でした。事務所には東北大から2名、徳島大から1名の実習生がすでに到着しており、実習生は私を含め4名でした。

横山ダムでの実習

今の横山ダム(撮影:Dam master)
 実習の内容は付け替え道路のダム上流に架かる橋梁の設計でしたが、3回生の我々にできる訳もなく、50日間を無為に過ごすことになりました。それは、実習生4名に対してタイガー計算器が3台しかなく、先に着いた3名に割り当てられており、私の役割は毎朝橋の桁断面の寸法を与えた用紙を彼らに渡して計算をしてもらうことでした。計算器を持った3人は一日中計算ばかり、一方私は暇なため、毎日、原石山や掘削現場の視察等々、有意義な50日でした。しかし、結局は橋梁の設計は完成せず成果はゼロで、大学に戻って「何を実習してきたのか」と怒られましたが、「現場を隅から隅まで見てきました」とごまかして、許してもらいました。

大学で橋の研究希望から一転して「土」の研究へ

中野: ところで地元の橋は、どうなりましたか?

足立: 時代が進み、1976年周防大島大橋として日本道路公団により建設されました。さて、春の30日の実習は、蔵王でのスキーが目的で、建設省山形工事事務所に行きました。テーマは、これもできもしないコンクリート橋の設計でした。実習から戻り、4回生になると研究室配属です。橋梁工学講座に入り、将来明石海峡大橋の所長をやろうと実習中に決めておりました。ところが研究室配属は希望通りとはいかず、先生から、「土」へ行けと命令され、何の因果か土質力学分野に投入されてしまいました。

中野: 当時の研究で、思い出に残っていることはありますか?

足立: 結局、私は、卒論は橋でもダムでもなくトンネルの論文を書きましたが、修士に行ってからは「土」が相手で、圧密の研究をやりました。圧密とは、水を含んだスポンジを絞ると水が出てスポンジが縮む、粘土地盤も応力を加えると土粒子間の水が排水され徐々に圧縮される。一次元圧密とは、上からの荷重を一定保ち、側方への変位が生じない条件での圧密で、私は、粘土供試体が横に膨らまないように側方の圧力を減少させる実験を手動で行いました。私の修士論文をまとめ1965年の国際学会で発表した論文が、フランスの著名な土質の先生が著した教科書に2ページにわたって引用されているのを数年後に見つけ、まあまあの研究だったのだなと喜んだこともありました。


 
土質力学から岩盤力学の研究へ

中野: すごいですね。海外で論文が引用されたということですね。海外での研究はどうですか?

足立: 修士では「土」に関する研究でしたが、博士課程に進学すると、岩盤を研究しろと言われて渡米することになりました。当時、ミシガン州立大学に世良田章正先生がいらして、岩塩の力学特性に関する研究をされていました。目的の1つに岩塩層中のKCl(塩化カリウム)層を採掘する際、最も多量に採掘するためには、採掘坑道がどのような形状であれば良いのかを見出すことでした。そのためにも岩塩の力学特性、すなわち応力〜ひずみ関係を明らかにし、モデル(構成式)を創り上げる必要がありました。これらの実験研究をとおして、人間のタイムスパンから考えると固体である岩塩がタイムスパンを大きく取ると流体的挙動をすることが分かりました。花崗岩やガラスも長い目で見ると流体です。

中野: えっ、岩やガラスが流体とはどういうことでしょう?

足立: 京都大学の理学部の先生が、撓んだ花崗岩の自然にできた梁をみて、花崗岩も流体的挙動を示すことに気がつき実験を何十年も行っております。窓のガラスも重力により下方に流れておりますが、人間の時間スパンでは見ることのできない事象です。逆に、大変短い時間では、水は固体として挙動します。

海外で学んだ岩盤力学

中野: その研究はどういうふうにされたのですか?

足立: 先に述べたように、当初ミシガン州立大学に参りましたが、指導して頂いていた世良田先生が急にカリフォルニア州のバークレーで研究所を作ることになり、私は研究室で働くことにし、カルフォルニア大学のバークレー校に転入学しました。残念なことに、大学間の格差があり、ミシガン州立大学で取得した単位は認めてもらえず、改めてバークレー校で単位を取り直しました。なお、研究は、岩塩の高温・高圧下の力学挙動の解明と構成式の誘導、また現場計測のための計測機器の製作と現場試験を行い、バークレー校でPh.D.の学位を取得しました。すなわち、世良田先生と一緒に開発した計測計器、例えばクリックメーターやストレスメーターを岩塩鉱山に持ち込み、現場計測を行い現地の岩盤に作用している潜在地圧の解明と最適な坑道形状の提案などの研究を行うとともに、室内実験用の高温・高圧三軸試験装置なども町工場の手助けを受けながら、自らの手で製作し、実験を行いました。


中野: 研究は、帰国後も継続されたのですか。

足立: アメリカから京都大学に帰り、再び岩から粘土に戻り、クリープ、応力緩和、ひずみ速さ依存性などの時間依存性挙動を含めた粘土の力学特性を実験により解明し、それらの挙動を記述できる構成式の研究を行いました。一方、トンネル工学においては、世界的権威者でありました京都大学の村山朔郎先生の下でトンネルの研究を継続したいと希望し、鉄道建設公団が土木学会に委託した研究会「青函トンネル土圧研究委員会(岡本舜三先生が委員長)」が発足したばかりで、村山先生にお願いして、委員として参画できることになりました。

青函トンネル土圧研究委員会に参画

中野: 青函トンネルの岩盤については難しい地質構造で難工事になったということですが、やはりそういうことに興味があってこの研究会に参加されたのでしょうか。



足立: そうですね。青函トンネルの地質は、本州側は火山岩、北海道側と海峡中央部は第三紀堆積軟岩でできています。工事は、高圧湧水と軟岩、断層との戦いとなり、トンネル技術と技術者の育成の場になったとも言えます。そこで、堆積軟岩の研究を行うことにし、圧力制御の部品は米国から取り寄せ200気圧の側圧が載荷できる三軸試験器などを作りました。また、地下水面下深くトンネルを掘削するとき、トンネル内への湧水を許さないと静水圧に相当する高い水圧が覆工に作用するため厚い覆工が必要になります。したがって、地山の透水係数が大きい場合には、注入により透水係数を減少させて湧水量を減じ、トンネル内に導き、覆工背面への作用水圧を減ずる方法がとられます。しかし、注入はトンネル掘削に多大な時間的、経済的影響を与えますから、地山の強弱等の力学特性に対応した注入域の範囲を知って施工することが大切であり、注入域の適正規模を推定するための解析的研究を行いました。
中野: 岩盤の水抜きについての効果は、どうでしょうか。

足立: 海底トンネルに限らず、定常的な高圧湧水を伴う地山内にトンネルを掘削する際には、水の処理がもっとも重要な問題となります。高圧湧水がある場合、掘削面から離れて地山内に水抜孔(あるいは水抜トンネル)を設け、水を抜くと切羽や周辺地山が安定することは周知の事実です。簡単に言えば、水を抜けば岩盤強度が強くなります。ダムでも同様で、カーテングラウトで止水しますが、そのすぐ下流側でドレインを設け、水を抜きダムへの揚圧力を減じて、ダムの滑りに対する抵抗を増加させ、安定性を確保します。地滑り防止工として水抜き孔や水抜きトンネルを適用するのも同じ理由によります。

黒部ダムで岩盤力学が注目された:黒部ダムにおける大規模岩盤試験

中野: 黒部ダムでは大規模岩盤試験が有名ですが、ダムの基礎岩盤についてどう見直されたのでしょうか。

足立: 黒部ダムでコンクリート打設し始めて3ヶ月後にフランスのマルパッセダムが崩壊しました。原因は、断層で滑ったのではないかということで、世界銀行の技術調査団による調査が黒部ダムでも行われ、マルパッセダムの例もあるので高さを下げるよう助言がありました。しかし、関西電力は堤高を下げると貯水量が減るので困ると言って、なんとか技術調査団に納得してもらうべく、構造地質学の世界的権威者であったドイツ・カールスルーエ大学のミュラー教授の指導で大規模な岩盤試験を徹底的にやり、安全性を訴えました。この時のマルパッセダムの事故と黒部ダムの岩盤試験が相まって世界でもようやく岩盤力学に目が向いたといえます。1930年代に炭鉱で石炭の柱の強度試験が実施されていましたが、他の岩種については黒部ダムが最初でした。その結果や他の岩盤調査で、下部の岩盤はしっかりしているが、上部の岩盤はやや問題があることが判明しました。


黒部ダム(撮影:安河内 孝)
中野: ダムの堤高を下げると貯水量が減って電力量が減るので高さにこだわったのでしょうか?

足立: 黒部ダムの生い立ちについては、もともと東洋アルミナムの高橋譲吉博士がアルミの精錬をしたいということで、黒部川下流から発電所の建設が始まり、次々と上流に造っていったのですが、黒部ダムのダムサイトの位置は相当前から決められていたようです。V字型の渓谷で上流は勾配もゆるやかで、ダム建設地点としては良い条件でしたが、あまりにアプローチが厳しく、なかなか建設には至らなかったわけです。
 日本の河川は急流ですから、高いダムを造っても多量の水が貯められません。渓谷が狭くて深く、上流の勾配が緩やかならば、ダムの位置からずっと上流まで水が貯められるので貯水量が増えます。例えば、最近出来た徳山ダムは、日本一の貯水量を誇りますが堤高161mで6億トンです。これに比べて1935年に完成した米国のフーバーダムは、堤高221mで352億トンもあります。関西電力は、1.8億トンの貯水容量を確保すべく、ダム上部の岩盤に直接力がかからないようウイング状の重力式ダムを設けることにして、高さ186mを実現したわけです。賢明な対処法を考案実施したと、先達には敬意を表します。

中野: それでアーチダムと重力式ダムで出来たダムになったのですね。このような形式のダムは他に例がありますか?

足立: 私は他に知りません。上から見ると鳥が飛んでいるような形で、始めは奇異に感じましたが、じっくり見ていると実にきれいな形です。安全性、長寿命化を考えて高さを下げることなく設計変更をして対応したということは、素晴らしい対応策だと考えます。

土木は足元がしっかりしていないとダメ

中野: 岩盤工学の進歩によりダムが安全に造りやすくなるということでしょうか?

足立: 岩盤あるいは地盤の強弱でダムの形式を変えます。すなわち、岩盤が強ければ、単位面積当たりの作用力が大きいアーチダムを建設できますが、強度の小さい地盤の場合には、単位面積当たりの作用力を小さくするため、接地面積の大きなフィルダムになります。このことは、橋梁等の土木構造物の基礎の形式選定においてもまったく同様です。人間を含め何にしても足元が大切で、地に足の着いたしっかりした土木構造物を建設することが大切です。足元がしっかりしていないものは、まさに砂上の楼閣です。しかも、地盤、岩盤は神が造りたもうた自然生成物であり、全容を明らかにする調査法はまだありません。トンネルの建設においても一寸先は闇に近い状態にあり、足元の地盤、岩盤を含め地球の内部の様子が最も未知なものの1つであると言っても過言ではないでしょう。

中野: 足元ですか。地盤、岩盤、土の中のことはまだまだわからないことが多いのですね。
ダム建設においては、安全性の確保は第一条件だと思いますが、巨大地震に対する備えとしては地質、岩盤力学はどのように役立つのでしょうか。

足立: そもそも「土」とは、鉱物粒子と水と空気、すなわち固体、液体、気体の三相が混合しているものです。このような物質は「土」しかありませんし、最もモデル化の難しい材料です。力学特性も完全に解明されているわけではないのです。日本は地震が多いので、多くの方が研究をしておりますが、どのような大きさの地震が、いつ、どこで起きるかの予知は今もって困難です。地震は断層がずれることで起きますが、その結果生じる振動が岩盤、地盤中を伝播して当該地域に到達し、構造物を揺らします。地震波の伝播、構造物の揺れ方は伝播途上の岩盤や地盤の特性、構造物の揺れ方はその基礎を支持する岩盤あるいは地盤の特性によって異なります。これらを解明するためには、岩盤および地盤の力学特性を知る必要があることは言うまでもありません。

中野: 断層部分の土を専門家が触って「柔らかいから活断層の可能性がある」と、手触りで判定されていたのですが足立先生はどのようにお考えでしょうか?

足立: 最近、断層の現地調査をした専門家が、穴を埋め戻した境界面にセメントが存在したにも関わらず、活断層だと判定して笑いものになったことがありました。先入観を持たずに、注意深く境界面を調査すればわかることでした。断層は、地形や地質構造を調査することで、ほぼ判定できるレベルにあると思います。ただし、活断層かどうかの判定はその断層が最後に動いた時代を同定する必要があります。それは、医者が触診するように手で触って分かるものではありません。そうなる日を期待はしておりますが。

黒部ダムとの出会いは自然回復状況調査から

中野: 足立先生が黒部ダムに行かれたのはいつごろになりますか。

足立: 黒部ダムは私が大学修士2回生の1963年に竣工しましたが、黒部ダムを初めて訪れたのは1981年8月に関西電力の「黒部ダム周辺自然回復状況調査」検討会に、委員として参画できたからです。この調査は、大規模な土木工事によって自然改変が行われた地域が、その後時の経過による自然の回復力と、人々による回復への努力が、どのような結果をもたらし、一般観光客がどのような印象をもつか、黒部ダムをケーススタデイとして調査検討し、今後の自然保護対策への指針を得ようとするもので、自然景観の現状評価と自然景観を対象とした環境モニタリングの一つの試みでありました。この最初の黒部行きは、富山から立山経由で、雪渓を歩き霧の中を近くの山に登り、室堂で一泊しました。快晴の翌朝、大観峰経由で黒部ダムに立ちました。この秘境に、あの時代に、このような立派な構造物を建設した先達に敬意を表するとともに、羨望の念を禁じえなかった思いは現在も鮮明に覚えております。委員会の報告書は、1984年3月に刊行されました。

黒部ダム下流右岸の緑化で回復のお手伝いができた

中野: 黒部ダムではどういうふうに自然が損なわれていたのですか?

足立: この検討会は、3ヵ年で終了しましたが、「黒部ダム下流右岸部緑化対策」検討会に移行し、ダム右岸下流の工事中で損傷した斜面等が、真っ白いがれ場になっており、以前から緑化の対策が行われておりました。私はこのように自然の厳しい場所の緑化は無謀ではないかと発言しましたが、委員会の指導の下、例えば工事用道路の端部に「ふとんかご」で壁を設け下部への落石を防止するとともに排水路を設置するなどして、自然の回復力の手伝いをしたわけです。今日、緑の回復した斜面を目の当たりにし、ささやかな人間の自然に対する手伝いがこれほどのものになるのかを知り、当初の考えを恥じ、効果の大きさに感銘すら覚えております。

中野: 黒部ダムの周辺は、とても自然が豊かに見えますが、過去にそのような努力があったのですね。

足立: 最初の黒部行きの時、立山経由で行きましたが、大観峰からのエメラルド色に輝く黒部湖は、とても人造湖だと思わせない神秘さを漂わせる美しい湖で自然ととてもマッチしていました。その時、新田次郎の「アルプスの谷 アルプスの村」で、「人の手が入った草原と自然の白い山とのコントラストがヨーロッパアルプスの美を構成している」と著しているのを思い出しました。ダム下流の緑化がさらに黒部の美の向上に貢献していると思うとともに、人間のささやかなお手伝いが自然回復に役立つことを実感しました。


中野: 人間が手を入れないと、自然の緑は復旧しないのですね 

足立: そうですね。琵琶湖の南に湖南アルプスと呼ぶ500m以下の山並みがあります。これは、1000年以上も前にこのあたりの木を伐採して平城京の造営に用いたため、荒廃して稜線が、がれ場となり真っ白く雪をかぶった山々に見えたためアルプスと称したものでしょう。人間が荒廃させた負の遺産は、自然の力のみでは回復せず、明治になってから内務省(建設省、国土交通省)が延々と植林事業をやってようやく緑の山になりました。明治初期には六甲山も全山真っ白な禿山で、農林省が植樹して現在ではご承知のとおり緑の山になっております。人間の手が入るということで緑が復活した例は他にも多数あると思います。

人を呼ぶ観光地になる努力があった

中野: 黒部ダムは行くのも大変ですが、辿りついた時に突然現れてくる自然と調和した光景が感動を呼ぶのでしょう。

足立: 元関電の職員で、「ダムは生きている」を著した矢ケ崎氏は、「開発により失われたものがある一方、エネルギー資源の有効活用のみならず、環境対策、景観保持の中で、観光開発を併せて行うと共に、産業界への活路を開いた効果は、国民の共感を得たもので今なお高い評価を受けている」と述べておられます。黒部ダムは、ダムと湖が自然にマッチしており、訪れた人が感動するのです。黒四建設が世間から受けた共感として、1962年に黒部を訪れた鎌倉文化人の感想を紹介しておられます。川端康成氏は、「黒部は大発見であった、今日は全く驚いてばかりいた。」、大仏次郎氏は、「黒部の建設をみて、人間はこうゆうこともできるんだなあと驚嘆した。日本人についても、明るい希望がもてたような気がする。発電所は全て地面の下で、余分な装飾がなく、実用だけで主体ができ上がっており、なかなか綺麗であった。」、小島政二郎氏は、「黒四の工事を見て、この山奥の秘境に、これだけの大工事をやろうと考えた人は偉いと思う。」、槙有恒氏は「これだけの大工事をやって、「黒部の自然、風光の点が毀損されず、大変結構でうれしい。大町ルートを作ったのが革命だ。」とそれぞれ述べたそうです。

中野: 黒部ダムでは工事に際して多くの犠牲者が出ているので立派な慰霊碑がありますね。

足立: 険しい断崖絶壁にへばりつくような日電歩道(全長16キロ)を歩いて資材を運ぶ、また断崖絶壁での作業、想像すらできない厳しい環境、状況のもとでの工事であったと思います。現在でも、日電歩道を歩く際、「K部に怪我なし(転落すれば確実に死ぬ)」と云われています。

中野: そういう場所を、観光地化して見せるというのもすごいことです。

足立: 先に紹介した、槙有恒氏の「これだけの大工事をやって、黒部の自然、風光の点が毀損されず、大変結構でうれしい。大町ルートを作ったのが革命だ。」にあるように大町ルート、すなわち黒部の太陽で有名な関電トンネルを通り、自然と人工がマッチした秘境に入れるということは素晴らしいことです。観光放流も規定の水量を黒部渓谷に流すためで、観光と渓谷の水量確保の両面を具現化しているのです。登山者のために、日電歩道は冬期に痛んだ個所を毎年修理して、歩けるように整備しています。委員会は20年以上も前に終了しましたが、関電のご好意で毎年黒部を訪れ、緑の復活等を視察しております。


土木技術者へのメッセージ

中野: どんなに厳しい条件であっても、そのダムを完成させるために頑張った技術者の強い思い入れがあるからこそ、見る人に感動を与えるのだと思います。
今、土木に関わる学生や、若い技術者に向けて、応援メッセージをいただけますか?

足立: 我々土木技術者の役割は、創生(生む)、保生(生かし続ける)、再生(蘇らせる)にあります。戦後電力が枯渇していた時代、関西電力は、会社の総力を挙げて黒部ダムを建設しましたが、優れたリーダーとしての太田垣社長とその言葉「経営者が十割の自信をもって始める事業、そんなものは仕事のうちには入らない。七割成功の見通しがあったら勇断をもって実行する。それでなければ本当の事業はやれるもんじゃない。黒部は是非とも開発しなけりゃならん山だ。」を忘れてはなりません。ダムとダム湖、さらに周辺の自然環境を保生、すなわち、生かし続けることが大切です。また、堆砂で埋没するダムは、排砂等で再生する(よみがえらせる)ことも我々に課せられた役割です。
 若い技術者は、生まれた時から新幹線があり、空気のように思っているようです。すなわち、戦前の弾丸列車構想から始まり、建設に至るまでの先達のご苦労を知りません。新幹線のみならず黒部ダム、青函トンネルや本四架橋のような国家的プロジェクトの建設の経緯を学ぶことは、古きを温ね新しきを知る(温故知新)の例えどおり、若い技術者にとっては不可欠であり、そこから未来の夢を描き実現されんことを期待しております。

中野: 本日は、貴重なお話をありがとうございました。




(参考)足立紀尚先生 プロフィール

足立 紀尚 (あだち としひさ)
一般財団法人地域地盤環境研究所理事長(京都大学名誉教授)

昭和13年12月5日生
昭和37年3月  京都大学工学部土木工学科卒業
昭和39年3月  京都大学大学院工学研究学科土木工学専攻修士課程修了
昭和44年12月  アメリカ合衆国カリフォルニア大学バークレー校
        大学院応用学科専攻博士課程修了Ph.D.
昭和45年3月  京都大学工学部交通土木工学科・助教授
昭和58年2月  京都大学工学部交通土木工学科・教授
平成 8年4月  京都大学大学院工学研究科土木工学科専攻教授
平成11年4月  京都大学大学院工学研究科附属環境質制御研究センター兼任教授
平成11年6月  財団法人大阪土質試験所・理事
平成12年4月  京都大学附属図書館商議員、工学研究科図書委員長
平成14年3月  京都大学退官
平成14年6月  財団法人地域地盤環境研究所(旧大阪土質試験所)理事長
平成24年4月  一般財団法人地域地盤環境研究所代表理事
        現在に至る

(所属学会)
 土木学会   (名誉会員、元理事、元関西支部長)
 地盤工学会  (名誉会員、元理事、元関西支部長、元副会長、元会長)
 国際地盤工学会(第16回国際会議実行委員会委員長(2005年開催)等)
 ダム工学会  (元理事、元副会長、元会長)

(受章歴)
・ 昭和60年度土質工学会論文賞 (社団法人 土質工学会(現 地盤工学会))
 「地盤材料の構成式に関する研究」(1986年)
・ 平成4年度土木学会論文賞 (社団法人 土木学会)
 「地盤材料のひずみ軟化型非弾性構成式(総合題目)」(1993年)
・ Award for Significant Paper (International Association for Computer Methods and Advances in Geomechanics)“An Elasto-plastic Constitutive Model for Soft Rock with Strain Softening” (1997年)
・ 地盤工学会功労賞  (社団法人 地盤工学会)   (1999年)
・ 平成16年度地盤工学会論文賞  (社団法人 地盤工学会)  (2005年)
・ 地盤工学会名誉会員  (社団法人・地盤工学会)   (2005年)
・ 平成17年度土木学会功績賞  (社団法人・土木学会)(2006年)
・ 土木学会名誉会員  (社団法人・土木学会)  (2006年)

[関連ダム]  黒部ダム
(平成26年6月作成)
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  [テ] ダムインタビュー(40)唐澤一寛さんに聞く「人にものを頼もうとする時は、こちらも誠意をもって付き合わなければいけない」
  [テ] ダムインタビュー(41)糸林芳彦さんに聞く「今は新規のダム計画がなくとも、ダム技術は常に磨いておくべき。いずれ時代の要請に応える日が来るから。」
  [テ] ダムインタビュー(42)今村瑞穂さんに聞く「ダム操作の定式化と現場適用性の向上は車の両輪」
  [テ] ダムインタビュー(43)本庄正史さんに聞く「ダムの海外展開は、現地社会に貢献するという、貢献がキーワードだと思います」
  [テ] ダムインタビュー(44)石田哲也先生に聞く「何か起きたときのリスクのあるシナリオをきちんと一般の人に伝えていかないと」
  [テ] ダムインタビュー(45)古川勝三さんに聞く「今こそ、公に尽くす人間が尊敬される国づくり=教育が求められている」
  [テ] ダムインタビュー(46)入江洋樹さんに聞く「水を大切にするという日本人の心の原点を守り、継承していけば1000年先もダムは残っていく」
  [テ] ダムインタビュー(47)島谷幸宏先生に聞く「設計をする時に環境設計と治水設計を一体的にすることが一番重要なのです」
  [テ] ダムインタビュー(48)吉津洋一さんに聞く「先人から受け継いだ素晴らしい‘くろよん’をしっかり守り、引き継いでいきたい」
  [テ] ダムインタビュー(50)山口温朗さんに聞く「徳山ダムの仕事はまさに地図にも、私の記憶にも残る仕事となりました」
  [テ] ダムインタビュー(51)安部塁さんに聞く「新しい情報を得たらレポートにまとめてダム便覧に寄稿しています」
  [テ] ダムインタビュー(52)長瀧重義先生に聞く「土木技術は地球の医学、土木技術者は地球の医者である」
  [テ] ダムインタビュー(53)大田弘さんに聞く「くろよんは、誇りをもって心がひとつになって、試練を克服した」
  [テ] ダムインタビュー(54)大町達夫先生に聞く「ダム技術は、国土強靱化にも大きく寄与できると思います」
  [テ] ダムインタビュー(55)廣瀬利雄さんに聞く「なんとしても突破しようと強く想うことが出発点になる」
  [テ] ダムインタビュー(56)近藤徹さんに聞く「受け入れる人、反対する人、あらゆる人と話し合うことでダム建設は進められる」
  [テ] ダムインタビュー(57)小原好一さんに聞く「ダムから全てを学び、それを経営に活かす」
  [テ] ダムインタビュー(58)坂本忠彦さんに聞く「長いダム生活一番の思い出はプレキャスト型枠を提案して標準工法になったこと」
  [テ] ダムインタビュー(59)青山俊樹さんに聞く「相手を説得するのではなく、相手がどう考えているのかを聞くことに徹すれば、自然に道は開けてくる」
  [テ] ダムインタビュー(60)中川博次先生に聞く「世の中にどれだけ自分が貢献できるかという志が大事」
  [テ] ダムインタビュー(61)田代民治さんに聞く「考える要素がたくさんあるのがダム工事の魅力」
  [テ] ダムインタビュー(62)ダムマンガ作者・井上よしひささんに聞く「ダム巡りのストーリーを現実に即して描いていきたい」
  [テ] ダムインタビュー(63)太田秀樹先生に聞く「実際の現場の山や土がどう動いているのかが知りたい」
  [テ] ダムインタビュー(64)工藤睦信さんに聞く「ダム現場の経験は経営にも随分と役立ったと思います」
  [テ] ダムインタビュー(65)羽賀翔一さんに聞く「『ダムの日』を通じてダムに興味をもってくれる人が増えたら嬉しい」
  [テ] ダムインタビュー(67)長谷川高士先生に聞く『「保全工学」で、現在あるダム工学の体系をまとめ直したいと思っています』
  [テ] ダムインタビュー(66)神馬シンさんに聞く「Webサイト上ではいろんなダムを紹介する百科事典的な感じにしたい」
  [テ] ダムインタビュー(68)星野夕陽さんに聞く「正しい情報を流すと、反応してくれる人がいっぱいいる」
  [テ] ダムインタビュー(69)魚本健人さんに聞く「若い人に問題解決のチャンスを与えてあげることが大事」
  [テ] ダムインタビュー(70)陣内孝雄さんに聞く「ダムが出来たら首都圏の奥座敷として 訪れる温泉場に再びなって欲しい」
  [テ] ダムインタビュー(71)濱口達男さんに聞く「ダムにはまだ可能性があっていろんな利用ができる」
  [テ] ダムインタビュー(72)長門 明さんに聞く「ダム技術の伝承は計画的に行わないと、いざ必要となった時に困る」
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